交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

東横線80周年記念号

7月15日は、東急東横線の5050系の5159Fによる東急東横線開業80周年記念号を撮影しました。

ルート 目白~原宿…渋谷~都立大学~自由ヶ丘~旗の台~五反田~世田谷区民会館…世田谷~下高井戸~新宿~目白

この日は、台風4号の影響によりダイヤが乱れていた。

まずは山手線で原宿まで行き、ハロー!プロジェクトオフィシャルショップに行き、この日に発売されたモーニング娘。の久住小春女史の誕生日記念メモリアル写真を買いました。 この時には仕事で来店出来なかった友人の分まで買ったのである。

その2日前の7月13日の道重さゆみ女史の誕生日の時も、メモリアル写真を買ったのである。

この日は、台風4号の影響で、午前中に東海道新幹線が運休となり、東京駅で足止めを食らっていた人も多かった。 あとはムーンライトながらも運休となっていたし。

7月15日当日は、筆者は行かれなかったけど、名古屋国際会議場(名古屋センチュリーホール)で行われたハロー!プロジェクトのコンサートが行われ、ここで久住小春女史の15回目のバースデーセレモニーが行われていたけど、その2日前の13日に18回目の誕生日を迎えていた道重さゆみ女史のバースデーセレモニーも同時に行われていた。

あとは、紺野あさ美女史の復活公演でもあった。

この時に筆者が行かれなかったのが残念でした。 やはり18きっぷの期間でないことや、22日に大阪まで行っていたので行くのを見合わせていた。

名古屋国際会議場は、1989(H元)年7月15日から11月26日まで、名古屋市制100周年記念として、名古屋市の3ヶ所で行われていた世界デザイン博覧会の白鳥会場(白鳥センチュリープラザ)として使用されていた。 こちらは、名古屋城(名城公園)、名古屋港でも行われていたし。

その閉幕後の翌年の1990(H2)年には、名古屋国際会議場として常設化されていた。

センチュリーホールは、3012名収容のホールで、筆者は一昨年3月20日にモーニング娘。のコンサートで行ったことがある。

道重さゆみ、久住小春、高橋愛、新垣里沙各女史を推している筆者の友人も、7月15日の名古屋公演に仕事で行かれなかったということで残念に思っていた。

あの後は、原宿のKDDIデザイニングスタジオを見物しました。 こちらは7月7日にリニューアルオープンされたばかりのKDDIのショールームで、auブランドの最新の携帯電話が展示されている。

こちらには、ラジオの収録スペースがあるけど、4月26日には、吉澤ひとみ、新垣里沙、道重さゆみ各女史が出てきたラジオの収録が行われていた。 前述の友人もそれを見に行っていた。

渋谷駅では、5050系の5159Fによる東急東横線80周年記念号を撮影しました。 こちらは渋谷19時20分発の急行元町・中華街行きで、03運行に入っていた。

この時に林直樹さんと出会いました。

こちらは1927(S2)年8月28日に、渋谷~丸子多摩川(現、多摩川)間が開業してから今年で80周年を迎えるという一環で運転されていた。

前年の1926(T15)年2月14日には、丸子多摩川~神奈川(1950(S25)年まで反町~横浜間にあった駅)間が開業している。

東急東横線の東白楽~横浜間は、2004(H16)年1月31日に地下新線に切り替えられていたので、新太田町駅(東白楽~反町間) 、神奈川駅(反町~横浜間)の遺構が失われてしまった。

新太田町駅は、1946(S21)年6月1日に、並木橋駅(渋谷~代官山間)と同時に廃止されていた。 神奈川駅の廃止は、1950(S25)年4月8日のこと。

並木橋駅の跡は、2012年度に渋谷~代官山間が、地下鉄副都心線に接続する地下新線に切り替えられる予定なので、その遺構も失われることになる。

1936(S11)年から1940(S15)年までは、東京横浜電鉄(東京急行電鉄の前身)に、キハ1形というガソリンカーが走っていたことがあった。

来年の5月18日には、神奈川~高島(のちの高島町)間が開業してから80年を迎えることになる。

2004(H16)年1月30日に廃止された横浜~桜木町間のうち、高島町~桜木町間は、1932(S7)年3月31日に開業していた。 

東急の桜木町駅の開業当時は、1面1線の単線区間だったけど、1956(S31)年10月1日に複線化され、1面2線となっていた。

大井町線のほうは、7月6日に、大井町~大岡山間が開業してから80周年を迎えていた。 あとは池上線も開業80周年を迎えることになるし。

19時15分発の5154Fで都立大学まで移動。 ここで記念スタンプを押しました。 この周辺のめぐろ区民キャンパスでホタル祭りが行われるはずだったけど、台風の影響により中止となっていた。

あとは横浜地区での花火大会も中止となっていたし。

めぐろ区民キャンパス・めぐろパーシモンホールは、1991(H3)年に南大沢に移転し、閉鎖された東京都立大学の八雲キャンパスの跡地に建設されていた。

隣接する東京都立大学付属高等学校は、昨年より、東京都立桜修館中等教育学校(中高一貫教育)に改編されている。 

東京都立大学付属高等学校は、2010年度に閉校されることが決まっている。

都立大学駅は、1927(S2)年8月28日に開業した当時は、柿の木坂駅と呼ばれていた。

1931(S6)年7月25日には、府立高等前→1932(S8)年3月31日には、府立高等→1943(S18)年12月1日には、都立高校駅となり、1952(S27)年7月1日に、現在の都立大学駅に改称されている。

学芸大学駅と同様に、移転後も現在の駅名が使用されている。

都立大学から自由ヶ丘までは、日比谷線から来た1000系による菊名行きで移動。こちらは1311Fで、元4+4の分割編成(1310+1311F)だった。 現在は1312、1313Fから捻出された中間車に差し替えられ、8両貫通編成となった。 菊名寄りの先頭車がMc車(1311号車)となっていたことで、4+4編成だった頃の名残となっている。

8月23日からは、東急目黒線の日吉乗り入れ工事の進捗により、日吉での折り返しが出来なくなるので、日比谷線直通列車の菊名延長が行われ、日吉駅改良工事中の1988(S63)年8月9日から1991(H3)年11月までの間に戻ることになる。

同時に日吉駅での優等列車の待避も出来なくなるために、元住吉駅での通過待ちに変更されることになる。

日比谷線直通列車のほうは、2012年の副都心線との直通運転開始後の動向が気になります。

日吉駅は、開業当時、橘樹郡日吉村大字矢上に位置していた。

日吉への慶応義塾大学の進出は1934(S9)年のこと。

自由ヶ丘から旗の台までは、8641Fで移動。こちらは言うまでもなく、8640Fと組み、田園都市線で走っていた編成である。

旗の台駅は、5月27日から上り(大井町方面)のホームが移設され、6番ホームとなっている。

旗の台駅では、池上線で唯一の貫通先頭車の編成である1013Fを見ることが出来ました。こちらは2000(H12)年に日比谷線直通運用から追われた後、池上線、東急多摩川線系統に転用され、当初は先頭部分が揃っていなかった。 従来の先頭車である1313号車と、貫通形先頭車の1312号車での交換が行われていたために、先頭部分が揃えられていた。

旗の台から五反田までは、1019Fに乗車。 こちらは先頭車が1993(H5)年に先頭車が、1991(H3)年に中間車が新製されていた。

池上線の1000系のうち、1014~1018Fの5編成は、1991(H3)年に4両編成として導入され、最後まで残った7000系の置き換え用として目蒲線(現在の目黒線、東急多摩川線)で走っていた。 1993(H5)年には、3両化の上で池上線に転属され、捻出された中間車は、先頭車のみ新造された1019~1023Fの中間に組み込まれていた。 同時に池上線の7200系の一部が目蒲線に転属。 

 
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by hy_sengen-sin | 2007-07-31 11:32 | 鉄道乗車記