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交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

東急世田谷線

東急世田谷線では、200型電車登場50周年を記念して、300型電車の301Fに、200型電車と同じ塗装が施されています。

現在は、308Fのせたまるサンタ号も運転され、話題となっている。こちらは12月25日までの運転。

東急世田谷線の路線

三軒茶屋~西太子堂~若林~松陰神社前~世田谷~上町~宮の坂~山下~松原~下高井戸

かつての玉電の支線時代は、玉電若林、玉電山下、玉電松原と呼ばれていた。かつての砧線と同様に、すべて世田谷区となっている。

西太子堂~若林間(若林駅付近)の環七通りでは、交通信号に従って横断することになっている。電車側の信号が赤の時は、運転停車ということになり、電車側が待たされることになる。
交差点名は、「若林踏切」となっている。

車両はすべて300型連接電車でホームはすべて段差の無いタイプとなっている。

乗り換え電停 三軒茶屋 東急田園都市線 山下 小田急線(豪徳寺駅) 下高井戸 京王線

レールの幅 1372ミリ 電圧 直流600V

東急世田谷線は、1925(T14)年1月18日に、玉川電気鉄道の支線として、三軒茶屋~世田谷間に開業したのが最初で、渋谷と二子玉川園(現二子玉川)を結んでいた東急玉川線の渋谷まで直通運転されていた。 同年5月1日に下高井戸まで延長された。あれから今年で80周年を迎えた。

1938(S13)年4月15日、玉川電気鉄道が東京横浜電鉄(現在の東急)と合併され、のちの東急の路線となる。

1969(S44)年の5月10日に、現在の世田谷線部分(下高井戸支線)を除いた玉電の路線(玉川線、砧線)の廃止により、世田谷線として独立 車両基地も大橋から上町に移転

世田谷線として独立した当時は、70型、80型、150型が活躍していた。

世田谷線だけが残された理由は、都電荒川線と同様に、路線の約9割が専用軌道であるからである。

東急世田谷線は、西太子堂~若林間の環七横断部を除いて、専用軌道となっているので、路面電車よりものどかな雰囲気の中を走るライトレールというイメージが強い状態である。

東急世田谷線 300型2両10編成 20両 日中の運転間隔 6分 運賃は140円均一 一日乗車券(世田谷線散策きっぷ) 320円 パスネットカードは使用出来ない。あとは専用のせたまるICカードがある。せたまる回数券とせたまる定期券があり、せたまる回数券は、チャージすることが可能である。

運賃は、三軒茶屋および下高井戸および上町駅の上りホームから乗るときは、入り口にある運賃箱に運賃を支払うことになり、途中から乗車の場合は、車内での精算(運賃箱)となる。せたまるの場合はタッチする。 前および後ろが乗車口となり、中央部が降車口となる。

せたまるチェッカー、入金(チャージ)機も車内にある。

せたまるカードは、2002(H14)年7月7日に発売開始された。

世田谷線では、女性の案内係(車内アテンダント)が乗務しており、車内アテンダント全員はもちろんのこと、世田谷線の運転士、駅で勤務しているサービスマネージャー全員もサービス介助士の資格を取得しているので、お年寄りや身体の不自由な乗客にも優しい路線となっている。世田谷線スタッフのサービス介助士の資格取得は、今年3月から進められた。

今後は、世田谷線以外の東急線の駅のスタッフ、運転士、車掌にも、サービス介助士の資格の取得が進められていく予定となっている。 

筆者が東急世田谷線に初めて乗った時は、吊り掛けモーター車時代の72号車だった。 当時は三軒茶屋駅が仮駅だった。この72号車は、2000(H12)年に廃車となっている。

三軒茶屋駅は、今から9年前の1996(H8)年11月に新装オープン キャロットタワーに隣接するドーム状の屋根が特徴の駅となっている。以前の位置よりも西太子堂寄りにずれている

このため、かつて玉電(玉川線)の線路と繋がっていた頃の面影が無くなっている。

キャロットタワーの26階展望室は、無料で入場出来るので、ここから世田谷線の電車等を眺めることが出来る。 ここから見た世田谷線の電車は、ミニチュアのような感じでした。

下高井戸駅は、1994(H6)年に、京王線の駅舎と同様に改築されている。

東急玉川線 1907(M40)年3月6日に、道玄坂上~三軒茶屋間が開業したのが始まりだった。 ルーツは、多摩川の砂利運搬目的であった。
同年4月1日に三軒茶屋~玉川(現二子玉川)間、8月11日に道玄坂上~渋谷間が開業。 当時の玉電渋谷駅は、地下鉄銀座線と京王井の頭線に挟まれた場所(現在のマークシティ)にあった。 

1927(S2)年7月15日には、溝ノ口線として、二子玉川から溝ノ口(現溝の口)まで延長。1943(S18)年7月1日に大井町線の路線となった。
こちらは、田園都市線が開業した1966(S41)年4月1日までに高架化されていた。

二子玉川駅駅名の移り変わり 玉電 玉川駅→よみうり遊園駅→二子読売園駅→二子玉川駅→二子玉川園駅

大井町線・田園都市線 二子玉川駅→二子読売園駅→二子玉川駅→二子玉川園駅→二子玉川駅

東急砧線 1924(T13)年3月1日、二子玉川~砧(のちの砧本村)間が開業。専用軌道の単線区間だった。

東急玉川線の路線 渋谷~上通~大橋~玉電池尻~三宿~三軒茶屋~玉電中里~上馬~真中~駒沢~新町~桜新町~用賀~玉電瀬田~二子玉川園

砧線の路線 二子玉川園~中耕地~吉沢~大蔵~砧本村(きぬたほんぞん)

真中電停=現在の駒沢大学駅の位置にあった。 

玉電の渋谷~二子玉川園(現二子玉川)間および砧線のほうは、1969(S44)年5月10日をもって廃止。 同時に30、40、60、200型が引退。 世田谷線に継承された車両は、70型、150型の全車、80型の一部のみであった。

玉電瀬田~二子玉川園間および砧線全線は、専用軌道だった。

玉電が廃止された理由は、道路混雑が激しくなったほか、東名道に接続する首都高速3号渋谷線の建設工事によることであった。

砧線は、全区間専用軌道となっていたのに、廃止されるのが勿体ないほどでした。こちらは、今年3月に廃止された名鉄美濃町線みたいな雰囲気の路線だった。

砧本村駅は、砧下浄水場付近にあった。砧線の廃線跡(二子玉川~吉沢間)は、遊歩道として整備されている。

玉電の二子玉川園駅乗り場跡は、玉川高島屋の立体駐車場(東館)となっている。

玉電廃止後、どちらも東急バス(当時は東京急行電鉄のバス事業)による代替バスに転換された。 1977(S52)年4月7日に、東急新玉川線(渋谷~二子玉川園(二子玉川)間、現在の田園都市線の一部)が開業するまで、8年間のブランクがあった。 この時点で、東急玉川線は、田園都市線および地下鉄半蔵門線に接続する地下鉄に生まれ変わったのである。

あとは、渋谷駅~渋谷橋~天現寺橋~中目黒間の路線も、玉電の路線だった。1948(S23)年3月10日に東京都電に譲渡され、のちに廃止されている。

渋谷駅跡=玉電が廃止された後、ターンテーブル付きのバスターミナルに転用され、渋谷~大井町間の路線バスや高速バスなどが発着していた。 1994(H6)年、渋谷駅再開発および井の頭線渋谷駅の改良(マークシティの建設)により閉鎖され、かつての玉電の面影が無くなったのである。 JR山手線の外回りホーム(1番線)に、玉川口という改札があるけど、当時玉電の渋谷駅と連絡していたという名残となっている。 この改札口は筆者が渋谷駅から目白に帰るときに使っている改札口である。

大橋の車庫は、玉電廃止後、東急バスの車庫に転用されていたけど、現在建設中の首都高速道路の中央環状新宿線(来年度開通予定)の大橋ジャンクション(JCT)建設により、2002(H14)年9月15日をもって廃止されている。

かつては、渋谷や目黒から砧本村行きのバスも出ていたけど、現在は二子玉川駅からのみとなっている。

200型電車は、1955(S30)年に登場した連接車で、201~206号車の6編成製造されていた。 愛称はペコちゃん。当時は下高井戸支線(現在の世田谷線)にも乗り入れていたけど、世田谷線に継承されずに、14年間の短い活躍に終止符が打たれたのである。

そのうちの204Fのほうは、宮崎台駅付近にある電車とバスの博物館に保存されている。 廃止後は、多摩川園(現在の多摩川駅)に保存されていたけど、のちに高津駅高架下に移っていた。 この場所に510号車(旧3000系)が保存されるようになってから、電車とバスの博物館(当時は高津にあった)の中で保存されるようになった。 
206号車のほうは、千葉県野田市の清水公園に保存されていたけど、のちに解体・撤去されてしまった。

現在は宮崎台の電車とバスの博物館で保存され、高津駅高架下にあった510号車も別館に保存されている。
あとは、玉電池尻電停の表示なども復元されている。

70型電車は、1942(S17)年登場、71~78号車、8両すべてが世田谷線に継承 2000(H12)年に全廃となるまで、車体更新が盛んに行われていた。 更新された台車等は、300型に流用されていた。手始めとして、75+76号車が廃車となっていた。

80型電車は、1950(S25)年登場 81号車から108号車まで製造されていた。
うち81~86号車は世田谷線に継承

廃車となった80型のうち、104~107号(のちの87~90号車)は、江ノ電に譲渡され、600型連結電車として活躍していたが、603+604号車は、1983(S58)年に廃車 601+602(のちの651)号車は、1990(H2)年に廃車となったけど、601号車(旧105号車)は、緑色に復元の上で、宮の坂駅前に保存されるようになった。こちらは車内に入ることも自由である。

世田谷線に継承された80型は、81+82号車が最後まで残り、2001(H13)年1月27日、大雪の中でのラストランとなった。80型も70型と同様に車体更新、足回り品が交換され、廃車後、300型に流用されていた。
85+86号車は、両運転台車で、入場の時のピンチヒッターとして活躍していた。 86号車=末期は77号車と連結されていた。

150型電車は、1964(S39)年登場 151+152号車、153+154号車の4両が製造されていた。 2001(H13)年2月10日にラストランを迎えたけど、こちらは最後まで残った吊り掛けモーター車の2両連結だった。

2両連結の旧型車 非冷房車で、前後の通り抜けが出来なかった。

宮の坂駅前に保存されている旧105号車(元江ノ電601号車)は、緑色の旧型電車が全廃となった後、今なお残る旧玉電時代からの継承車となっている。ここで、旧玉電の歴史を語り継ぐことが出来るし。

300型電車 1999(H11)年7月11日登場。 世田谷線初の冷房車。当初は301Fの1編成のみで、サザエさんのキャラクターが描かれていた。翌年の2000(H12)年3月5日には、302Fも登場。

こちらは、2001(H13)年までに10編成導入されていた。ラストランバーの310Fは、増発用として新規導入。 初期に導入された車両は、70・80型電車の台車等が再利用されているけど、308、309、310Fは、完全新製となっている。

当時導入された301F~306Fは、ホームかさ上げ前に導入されていたため、ステップや車椅子用リフトが完備されていたけど、ホームのかさ上げとともに撤去されている。 そのため、307F以降の編成には、ステップや車椅子用リフトは付いていない。

この路線は、カラフルな電車が走っているのでバリエーションも豊富である。 旧型電車が全廃となった後も、広告等を追っかけるファンもいる。

今年11月8日に、301Fが旧玉電の200型と同じ塗装に変更されてからは、サザエさん電車が見られなくなってしまった。

301F=グリーン、302F=モーニングブルー、303F=クラシックブルー、304F=アップルグリーン、305F=チェリーレッド、306F=レフリーイエロー、307F=パープル、308F=レッド 309F=オレンジ(せたまるIC広告付き)、310F=水色

301、308Fは終日運用のほか、運用に入らない日(ウヤの日)または午前中で上町に入庫する運用に日もあるので注意が必要である。

この300型は、2001年度のグローリア賞を受賞している。

渋谷~二子玉川駅間の東急バス 玉電廃止後、渋谷~旧道(桜新町)経由~二子玉川園駅間の渋03系統も走っていたけど、現在は、渋谷駅~新道経由~二子玉川駅、高津営業所間の渋12系統のみ残されている。 1997(H9)年までは、渋谷駅~砧本村間の路線もあった。

所属営業所は、高津営業所(東急トランセ委託路線) こちらは、渋谷駅で唯一見られる(深夜急行バス以外で)、川崎ナンバーの東急バスとなっている。 かつては、横浜ナンバー(川崎陸運支局が設立される前に登録された車両)の旧型車も走っていた。
電車とバスの博物館に保存されている日野の旧型車もこうなっていた。廃車される前は高津営業所所属だった。

あとは、かつての砧線の代替え路線である玉06系統(二子玉川駅~砧本村間)も高津営業所の所属となっている。この廃線跡の道路は、1車線しかない(一方通行)のため、8の字型の運転となっている。 行きは、二子玉川駅から中耕地、砧下浄水場経由(吉沢から廃線跡を通る)で砧本村へ、帰りは、鎌田から多摩堤通りを通って二子玉川駅に戻ってくるルートとなっている。
東急バス㈱は、今から13年前の1991(H3)年10月1日に、東急電鉄のバス事業から分社化された会社となっており、一部がその子会社である㈱東急トランセに譲渡(委託)されている。

東急トランセは、1998(H10)年4月に設立、同年7月28日には、三菱ローザというマイクロバスによる渋谷~代官山循環線が開設されたことで有名である。この路線は全員女性ドライバー(サービスプロバイダー)が乗務している。

東急電鉄は、バリアフリーに強い(バリアフリー率の高い)会社で、2010年度までに東急の全駅がバリアフリー化され、サービス介護士の資格を持ったスタッフも充実などでさらに強化されることになる。
 もちろんエスカレーターやエレベーター、スロープ、車椅子対応トイレも充実している。これから地下化される武蔵小山、西小山、等々力駅、高架化される元住吉駅、大井町線旗の台駅ももちろんバリアフリー化されることになる。

点字の運賃表=全駅に完備 触知案内板、車椅子も通れる幅広の自動改札機、筆談機の設置などもある。東急所有の全車両には、車椅子スペースもある。 もちろん世田谷線にも駅のスロープ、車両の車椅子スペースも完備されている。

世田谷線のノンステップ化により、小さなお子様やお年寄りにも乗り降りしやすい車両となっている。

バリアフリー法の施行に伴い、東急とは限らず、他の鉄道会社でもバリアフリー化が進められるようになった。
by hy_sengen-sin | 2005-11-29 14:13 | 鉄道車両・路線