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交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

さようなら201系試作車

これまで、京葉線で走っていた201系の試作車(900番台)が、最近になってケヨ72、73編成から抜かれて営業運転から離脱されました。

これにより、試作車の組み込まれていたクハ201-103Fと104Fは、元の編成に戻されました。

旧ケヨ72編成 クハ201-103+サハ201-902+モハ201-902+クモハ200-901+クハ201-901+モハ201-213+モハ200-213+モハ201-214+モハ200-214+クハ200-103

旧ケヨ73編成 クハ201-104+サハ201-902+モハ201-904+クモハ200-902+クハ201-902+モハ201-903+モハ200-902+モハ201-215+モハ200-215+クハ200-104

残された量産車は、新72編成として、クハ201-104+モハ201-215+モハ200-215+クハ200-104+クハ201-103+モハ201-213+モハ200-213+モハ201-214+モハ200-214+クハ200-103 と、本来の編成に戻されている。

こちらは、分割併合出来ない編成のままとなっている。

201系試作車は、1981(S56)年から導入された量産車とは異なり、床が青色、乗務員室の後ろに戸袋窓があること、先頭Mc車となっていること、車体構造が103系に準じていたこと、先頭車の方向幕が異なっていたこと、列車番号の表示が白抜きとなっていたことなどとなっていた。

201系試作車は、1979(S54)年8月20日に5+5編成(8M2T)で中央快速線で限定運用の上でデビュー。 当時は旧国鉄初の省エネ電車として話題となっていた。 クハ201-901Fは東急車輌、クハ201-902Fは日本車輌で落成されていた。

1981(S56)年に量産車が登場。(6M4T) これまでの101系、103系が置き換えられた。 

1982(S57)年には中央・総武緩行線、東海道・山陽緩行線(現JR京都線、神戸線)にも導入される。前者のほうは、中野電車区(西カノ、1985(S60)年に三鷹電車区と合併されたことにより車両の配置が無くなっている)に配置されていた。

1983(S58)年には、細部の設計変更により、これ以降に導入された201系は軽装車というようになった。 この時に試作車の量産車化改造が行われていた。

1984(S59)年、中央快速線の車両がすべて201系となり、101系が全廃された。103系は、前年の1983(S58)年に撤退している。捻出された103系は、中央・総武緩行線、南武線などに転用された。

今年6月25日に運転された三鷹電車区、三鷹駅開業75周年記念号が、武蔵野線の103系・三鷹~高尾間で運転された時、22年ぶりにリバイバル運転されていたことになった。

このE38編成(クハ103-821F)は、8両全車がJR西日本に売却されている。宮原区、森ノ宮区、広島区に分散配置され、既に営業運転に入っている。

1985(S60)年3月14日のダイヤ改正で、中央・総武緩行線の201系導入完了により、三鷹(中野)区の101系がすべて置き換えられた。

習志野電車区(当時)に残った101系は、1988(S63)年12月の改正まで運転されていた。
 山手線から捻出された103系に置き換え。

201系は、1985(S60)年まで1018両製造されていた。(うち、9両は事故廃車、1両は保留車として三鷹区に残留) 

山手線の103系は、201系によって置き換えられるはずだったけど、201系は車両のコストが高いため、よりコストの安い後継車である205系電車に置き換えられたのである。 うぐいす色の201系は幻のものに。
 
試作車の量産車化改造は、パンタグラフの2個→1個化、モハ2両の付随車化(電装解除)、スタンションポールの撤去、6+4編成への組み替えなどが行われた。 モハ201-901→サハ201-901 モハ200-901→サハ201-902 8M2Tから現在の6M4Tへ

のちに中央・総武緩行線に移り、こちらでも先頭に試作車が出ていた状態だったけど、1990(H2)年3月に、中野~千葉間にATS-Pが導入されたことにより、ATS-P装置が取り付けることが出来なかった201系試作車は、分割の上で、量産車(クハ201-103、104F)の中間に押し込められることになる。同年3月改正の時までに組み替え。

2001(H13)年には、三鷹電車区のE231系の導入により、現行の編成のままブルーに塗り替えられて京葉線に転属 今年10月の運用離脱の時まで、京葉線内の列車に限定運用されていた。 

今年10月、山手線から転用された205系初期型車の導入により、先に運用離脱された103系2本に続き、運用離脱された。

京葉線でもATS-P装置がネックで、分割・併合運転が出来ないことは愚か、試作車が先頭に出ることが出来なかった状態であった。 そのため、青梅・五日市線に転用することも無理な状態となっていた。

運用離脱された201系試作車は、クモヤ併結の上で大宮まで廃車回送される予定となっている。第一陣は、10月11日、6両が大宮まで廃車回送。ここで、国鉄型省エネ電車のパイオニアである201系試作車の歴史に終止符が打たれたのである。15年間試作車が先頭に立てないままでの結末を迎えた。

来年の暮れには、E233系新型車両が中央快速線に導入されるのに伴い、量産車にも動きが見られることになる。 103系に続き、201系にも本格的に廃車の波が押し寄せて来ることになる。 103系の時みたく、JR西日本への売却もあり得るかもしれないです。

E233系は1年間で、688両導入予定で、青梅・五日市線内専用の編成を含め、710両の201系(四季彩を除いた豊田所属の201系)が取り替えられることになる。青梅・五日市線の車両は、中央快速線と共通化されることが予想される。

201系と同じく、10両固定、6+4の編成が導入されることになる。

E233系の特徴 最高速度は120Km/h、主要機器の二重系化(1つが故障しても通常走行が可能)、優先席などにユニバーサルデザインの採用、空気清浄機の設置、情報設備機器の設置、幅広車体の採用、低い床の採用などとなっている。 

京葉線でも、E331系(ACトレインの量産先行車)の導入により201系の動向も気になります。

JR東海道・山陽緩行線(JR京都線、神戸線)でも、新型の321系の導入に伴い、順次大阪環状線(森ノ宮電車区)に順次転用される予定となっている。 山手線では実現出来なかった201系の環状運転も実現することになる。 7両編成が8両編成に組み替えられることになる。

4編成のみ存在している205系のほうは、阪和線(日根野電車区)に転用される予定となっている。阪和線では既に、1000番台(4両5編成20両活躍している) こちらは、南武支線の205系1000番台(Mcバージョン)とは別物である。

現存する201系は、豊田電車区に 快速用の10両固定 34本340両(うち18編成は武蔵小金井電車区から転属)、同6+4編成 25本250両(すべて武蔵小金井電車区から転属) 青梅・五日市線内専用 4両編成 10本 6両編成 13本+先頭車2両(いずれも三鷹区から転属) 四季彩用4両編成 1本 計 714両 中央快速線用 590両 青梅・五日市線専用 118両+2両 四季彩 4両 

京葉電車区に、6+4編成 6編成 60両(すべて三鷹区から転用、うち4編成40両は分割・併合対応)

JR西日本網干総合車両所明石品質管理センターに、7両固定32本224両

となっているけど、JR西日本所属車は、大阪環状線に転用される予定となっている。

中央快速線用の201系の走行路線 中央快速線 東京~高尾、大月間(早朝・深夜は東京~三鷹間で緩行線を走る運用あり) 青梅線 立川~青梅、奥多摩間 五日市線 拝島~武蔵五日市間 八高線 拝島~高麗川間 富士急行線 大月~河口湖間 

編成は 10両フル編成 東京~高尾、大月間、立川~青梅間
4両編成 立川~青梅~奥多摩間、拝島~高麗川間、拝島~武蔵五日市間、大月~河口湖間
6両編成 高尾~大月間、立川~青梅、奥多摩間、拝島~武蔵五日市間

これらの運用は、E233系化された後も継続される

土・休日には、新宿~奥多摩、武蔵五日市間で、ホリデー快速おくたま・あきがわ号が3往復運転される。 前の6両は奥多摩行き、後4両は武蔵五日市行き 拝島で分割・併合
その前後の運用は、新宿~武蔵小金井間の快速列車となっている。

前身は、行楽シーズンのみ運転される、おくたま、あきがわ号で、1971(S46)年7月に営業開始された、特別快速おくたま、あきがわ号である。 当時は101系が使用されていた。
当時は、新宿~御嶽間のみたけ号も運転されていたけど、1997(H9)年をもって廃止されている。
1988(S63)年からホリデー快速に。

1994(H6)年から、冬季にも運転されるようになり、現在の毎土・休日に運転されるようになった。 
こちらは、西武の池袋~西武秩父、三峰口、寄居間の快速急行が毎土・休日に運転されていることになぞられます。 

以前は201系による千葉~奥多摩、武蔵五日市間の直通運転列車も運転されていたこともあった。 201系が総武快速線を颯爽と走るシーンもあった。 

2007年12月に、中央快速線がオールE233系化されれば、1957(S32)年の101系登場以来活躍していた中央線のオレンジ色の電車が全廃となる。

特別快速のHMは、101系から使用 103系、201系にも継承されたけど、JR化後に、差し込み式へと変化。 現在は、中間の先頭車を除き、電照式(幕式)に変更されている。
E233系は、伝統の正面の特快表示が廃止されることになる。

E233系のパンタグラフは、1両に付き2基搭載されることになる。 201系の6+4編成の一部の8号車に搭載されている霜取り用パンタが正式採用に。

201系の大月乗り入れ、1986(S61)年11月1日開始 当時は高尾~大月間の低いトンネル通過対策によるPS24型パンタグラフが搭載された武蔵小金井区(当時)の6+4編成に限定されていた。 
10両固定編成のパンタグラフは、PS21型だったけど、シングルアーム型のPS35Cに交換されたことにより、高尾~大月間にも入線可能となった。 E233系の10両固定編成も当然、大月乗り入れが可能となる。

四季彩号は、2001(H13)年8月4日に、展望型電車として営業運転開始

種車は、クハ201-134+モハ201-263+モ201-263+クハ200-134号車で、武蔵小金井区(当時)の6+4編成のだぶりの4両のH26編成から改造されていた。

奥多摩寄りの先頭車は、多摩川の景色を楽しめるように、川側の座席が収納式の座席に改良され、その他の3両は、川側の座席がボックスシートに改良されている。

当初は、立川~奥多摩間のほか、五日市線にも乗り入れていた。 現在は、立川、青梅~奥多摩間のみの運用となっている。

四季彩の車両は、2000年10月に、立川~大月間 一昨年6月14、15日に塩山~甲府間 昨年8月4、5日には、小淵沢~白馬間で臨時に運転されていたことがあった。

あとは行楽シーズンには、四季彩の車両が、南武線の川崎まで運転されることもある。

筆者は、2002年10月6日に、大月から立川まで四季彩に乗ったことがあるけど、四季彩だとは思えないほどの高速運転を見せてくれました。 

四季彩は、塗装変更され、今年7月2日に運転再開されている。 旧塗装での運転は、5月8日に終了 この新塗装は、6月25日の三鷹でのイベントでお披露目されている。

四季彩は、土・休日のみ青梅線で運転されるけど、平日は、訓練車の役割を果たしている。

クハ201-76号車とクハ200-76号車の2両は、クハ201-153F(青71編成)の6両化により、余剰となった先頭車で、予備車扱いとなっている。 6月25日の三鷹でのイベントで展示されていた。

中央・総武緩行線に在籍していた201系は、全て6+4編成だった。 10両での運転が当たり前なので、試作車を除き、転属までの間、切り離して運転されることはなかった。

1993(H5)年に、京浜東北線および南武線から205系が転属してきた時、201系の一部が、増発用として中央快速線に転属。 パンタグラフがPS24型に交換された。

京葉線の103系の6+4編成(分割・併合対応編成)の置き換え用として、201系の6+4編成に白羽の矢が立ったのである。2000(H12)年に転属してきた編成はすべて分割・併合対応。

青梅・五日市線の103系の置き換えでも、6+4編成であるということが生かされていた。 こちらは、編成の組み替えを伴ったけど、先頭車改造をせずに済んだし。
by hy_sengen-sin | 2005-10-09 22:00 | 鉄道車両・路線