交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

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都営バスのイベント2

晴海埠頭での都営バスのイベント会場には、都営観光を含めた5台の展示車両がありました。
① 深川営業所所属の新型日野ブルーリボンⅡ。S-R634(足立200か16-92)

② 渋谷営業所所属のいすゞGALA・HD(都営観光、通称セレガーラ)。B-P003(品川200か15-74)

③ 南千住営業所所属のいすゞGALA・HD。(同上)。K-P005(足立200か14-74)

④ 江東営業所所属の日産ディーゼル車(西工製、都市新バス、都07・グリーンスター対応)。L-L100(足立200か・899)

⑤ 早稲田営業所青梅支所所属の日野ブルーリボンHT。W-A530(八王子22か・758)

うち車内に入れたのは③、④、⑤

①の展示車両は、今年度導入された車両(R番台)で、一つ目のヘッドライトが採用されている。こちらはいすゞエルガのOEM供給車となっている。

都営バスのR番台車には未だに乗ったことがないです。地元を走る練馬支所には入ってくる予定はないし。

これらの車両により、A番台のディーゼル車が優先的に置き換えられたのは、排ガス規制のからみもある。

②、③の都営観光バスは、昨年導入された車両で、②の渋谷営業所所属車は、明治神宮外苑の銀杏をイメージしたデザイン、③の南千住営業所所属車は、隅田川の桜をイメージしたデザインとなっている。③の都営観光バスの車内に入ることが出来てよかったです。

こちらは新デザイン登場1周年記念で展示されていた。

どちらも車内にAED装置が搭載されている。

昨年までは、はとバスの車両が展示されていた。昨年は9月30日に行われていたけど、新木場での東京メトロ10000系の撮影会の後に、川口リリアで行われたBerryz工房のFCイベントに行っていた為に行かれなかった。

この都営バスのイベントに行ったのは、一昨年9月10日(℃-uteの日)以来2年ぶりだった。 この後は、鎌倉総合車両センター(旧大船工場)での最後のイベントに行っていた。 鎌倉総合車両センターの工場部分は、昨年3月末に廃止され、旧大船電車区の部分が鎌倉車両センターとなっていた。 

はとバスは、東京都が筆頭株主であり、その縁で展示されていた。都営バスの杉並、青戸、臨海の各支所での運用がはとバスに委託されている。

④の江東営業所所属車は、背当て式の車椅子スペースが試験的に導入されたノンステップバスで、東京都による第一次ディーゼル車排ガス規制が行われた2003(H15)年に導入されていた。この時に排ガス規制を満たさないX番台(1991(H3)年度)以前の車両が全廃となっていた。

背当て式の車椅子スペースは、今年5月に練馬支所から早稲田営業所に転属してきたT-L748(練馬200か10-39)号車にも採用されている。こちらは早稲田営業所で唯一の日産ディーゼル(UD)車として異彩を放っている。早稲田営業所のUD車と言えば、初期のリフト付き超低床バスとして導入されていたX597、598号車を思い出します。 こちらは、北営業所に転属し、2003(H15)年まで活躍していた。

背当て式車椅子スペース改良車は、江東営業所所属車(L-L100)が、東22系統(錦糸町駅~東京駅丸の内北口)、早稲田営業所所属車(T-L748)が、池86系統(東池袋四丁目~渋谷駅東口)で走っている。

⑤の青梅支所の車両は、青梅から遠征してきた最古参のA番台車で、新車への置き換え対象車ということで最後の展示となっていた。

こちらは今年10月に新車に置き換えされて廃車となっている。

なので今回の展示は貴重でした。

行き先表示は玉堂美術館となっていた。
玉堂美術館は、青梅市西部にある美術館である。

④の車両の行き先表示は、都07、境川経由門前仲町行き。

①の深川所属の新車では、オリジナルの表示が披露され、幻の上37須田町、綾24系統綾瀬行きなどが出ていた。綾24系統などは、東武バスセントラルの表示であるけど、リクエストによって実現していた。あとは、バスの日の表示もあった。
客船ターミナル内にはグッズ等の販売コーナーがあったけど、行かれなかったのが残念です。

撤収の時には、①の深川所属の新車から出発し、この次に⑤の青梅支所所属の車両が出ていった。 ④の江東所属車は、そのまま帰庫せずに、ターミナルで停止し、グッズ等の売れ残りを載せていた。 この後、②と③の都営観光が並ぶシーンを見られていた。 

3へつづく。
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by hy_sengen-sin | 2007-10-31 09:57 | バスイベント

都営バスのイベント1

9月15日は、晴海埠頭で行われた都営バスのイベントに行ってきました。

ルート 目白~新宿~東京~晴海埠頭~銀座四丁目…新橋~赤坂見附~新宿~目白

まずは目白から新宿まで山手線で行き、新宿からE233系の快速で東京まで移動。
この時に乗った編成はT15編成(クハE233-15F)だった。

東京に到着した後、丸ビルに行き、モアイ像を見てきました。こちらは渋谷にあるのと違い、南米チリのイースター島から期間限定で展示されていた。

丸ビルのほうは、改築されてから今年で5年経ったのである。 

東京駅の八重洲口にある大丸東京店(鉄道会館ビル)は、11月6日にグラントウキョウノースタワーに移転する予定である。移転後は解体される予定。

このように、東京駅八重洲口のシンボルが無くなることを惜しむ声が高まっています。

この時にJRバス関東の新型いすゞGALA(通称セレガーラ)による知多シーガル号(東京駅・知多半田線)知多半田行き(足立200か16-43号車)を見ることが出来ました。こちらは6月15日に2往復(昼行・夜行各1往復)で開設された路線である。運行はJRバス関東単独で、愛知県側の予約・発券は名鉄知多バス旅行でも行われている。

ルートは、新木場駅(夜行便のみ)~東京駅(出発は八重洲南口・到着は日本橋口)~東名江田~知立駅北(リリオホール前)~刈谷駅南口~イオン東浦店前~生路~有脇~大池町~乙川西ノ宮~半田市役所~知多半田駅

10月1日から夜行便が新木場駅発着となっている。

東京駅から晴海埠頭までは都営バスの東12系統で移動しました。この時に乗った車両は、S-H105(足立200か・375)号車で、東京都中央区によって購入されたいすゞエルガのCNGノンステップバスだった。中央区のステッカーが付いていたのはそのためである。

このことで、2000(H12)年2月末まで運転されていた銀ブラバスを思い出しました。

この路線は、中央区の要請により、2001(H13)年8月1日に新設されていた。

こちらは八重洲通りを通り、隅田川に掛かる中央大橋を渡ってリバーシティ21を通り、ここから月島駅へ。

中央大橋は、レインボーブリッジと同じ1993(H5)年8月26日に開通していた。

東京駅~月島駅間は需要のある区間であり、東京駅八重洲口~東京ビッグサイト、深川車庫間の東16系統と併行している。

月島駅前には、震災時給油可能SS(ENEOS)がありました。

月島はもんじゃ焼きの街として有名である。ここにあるもんじゃたんぽぽは、ハロー!モーニング。(現ハロモニ@)で、モト冬樹氏と保田圭・紺野あさ美・新垣里沙各女史が立ち寄っていた店である。
月島ということでテレビ東京系のアニメであるきらりん☆レボリューションの主人公である月島きらり(モーニング娘。の久住小春女史が声の担当となっている)を思い出します。

月島四丁目を出た後、片面通行区間に入り、晴海一丁目バス停を経由しいた。こちらは新橋~業平橋駅前間の業10系統も通っている。

晴海区民館前からは右折し、晴海埠頭へ。晴海三丁目から左折すれば、晴海大橋、有明北橋を経て有明方面に向かうことが出来る。有明北橋は、土曜・休日に森下駅と日本科学未来館を結ぶ急行06系統(江東区深川シャトル)が通っている。

この周辺には、首都高の10号晴海線も出来る予定で、来年には豊洲、2012年には晴海まで開通する予定である。有明テニスの森駅前には筆者がモーニング娘。の握手会に行かれなくて悔しい思い出のあるディファ有明があるけど、この前身はMZA有明だった。急行06系統や都05丙系統もその前を通るし。

筆者は皮肉なことに6月30日に参加して以来握手会に参加出来ない状態が続いている。

その前には、錦糸町駅~晴海埠頭間の錦13系統のS-R636(足立200か16-94)号車が走っていました。
こちらは今年度に導入された新車で、旧型のA番台やB番台のディーゼル車が置き換えられていた。

1994(H6)年に導入されたA番台でも、CNG車は、ディーゼル排出ガス規制に関係して来ないので残されている。うちS-A476(足立22か49-50)号車は元南千住営業所所属だった。

晴海埠頭に到着した後、イベント会場に向かいました。

2へつづく
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by hy_sengen-sin | 2007-10-29 16:05 | バス乗車記

小田急線撮影ツアー3

小田原からは4人で1000形の1052Fによる各停新松田行きで移動。その前に30000形EXEによるスーパーはこね32号を見ることが出来ました。こちらは小田原始発の前4両が増結されて10両編成となっていた。次の足柄駅では、その通過待ちが行われていました。
新松田~開成間の酒匂川橋梁からは、今年発生した大型台風によって損壊した橋梁が見えました。

新松田では、箱根湯本から来た3258Fと連結され、急行運転となりました。

町田に到着した後、横浜線で帰る奥野さんと別れ、筆者・木沢さん・萩原清さんの3人で小田急百貨店の上にあるオムライスの店(ロムレット)でオムライスを食べました。

以前のハローモーニング。(現、ハロモニ@)でモーニング娘。のメンバーはオムライスが好きなメンバーが多いということを聞いたので食べることが出来てよかったです。

町田の東急デパート跡は、10月5日に専門店街として新装オープンしていた。

ここで2人と別れた後、町田から新宿まで、HiSE10000形の10041Fによるはこね40号に乗りました。この編成は、一昨年10月15,16日の海老名でのイベントの時に展示されていた編成である。筆者がHiSE車に乗ったのは久しぶりだった。

HiSEと言えば、今から3年前の2004(H16)年10月24日に山野さんたちと10021Fに新宿から町田まで乗った時を思い出しました。現在10021Fは、10061Fと同様に、11両のうちの4両が長野電鉄に譲渡され、特急ゆけむり号として活躍している。9月30日にそれに乗ってきたので近いうちにレポートを書く予定です。またしてももうすぐ10月が終わるというのに未だに9月のことを書いて申し訳ないです。

今回乗ったのは、車販基地のある3号車だった。HiSEで走る喫茶室が営業されていた頃、厨房に戻らなくても注文を伝えることの出来るオーダーエントリーシステムが使われていた。現在ORS(小田急レストランシステム)による走る喫茶室(ロマンスカーカフェ)のサービスは、50000形VSE限定なので、オーダーエントリーシステムが復活することはない。

新宿に到着した後、小田原行きのホームウェイ9号として折り返していました。
新宿からは山手線で帰りました。
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by hy_sengen-sin | 2007-10-26 14:05 | 鉄道撮影ツアー

小田急線撮影ツアー2

開成に到着した後、駅前に保存されている3100形NSE車の先頭車(3181号車)を撮影しました。この日は公開日だったので、車内に入らなくても、外観のみの撮影も可能である。この時にはえのしまの表示となっていたので、筆者が子供の頃によく乗った時を思い出しました。当時はえのしま号でも走る喫茶室の営業が行われていた。今回は時間の関係で車内に入ることが出来なかったのが残念だった。2004(H16)年6月5日のさよなら2600形イベントの時に3181号車の車内に入ったことがある。

3181Fは、喜多見の車両基地に保存されている3221Fと共に、最後までオリジナルスタイルの定期運用で使用されていた。3181号車の公開は2001(H13)年から行われている。こちらの現役当時は、新宿寄りの11号車に連結されていた。

その為向きが現役当時と比べて逆向きとなっている。

ここから歩いて田んぼの中にある踏切で撮影しました。こちらは開成駅を出て2つ目(栢山・小田原寄り)の踏切である。

ここでは5000形などの通勤形車両、旧塗装の7000形、話題のVSE50000形、動向が注目されるHiSE10000形などを撮影しました。やはりRSE20000形によるはこね運用を撮影することが出来なかったことで残念に思いました。このような風景とロマンスカーの組み合わせは絵になると思います。

地味なイメージのある30000形EXEも、この風景にマッチしていたし。

箱根キャンペーンで50000形VSEが登場する前に一時期30000形EXEではなく、10000形HiSEが使用されていたのは、EXEがロマンスカーのインパクトに欠けるからだと思われます。EXEがブルーリボン賞を取らなかったのもその為だし。

現在筆者が使っている黒い携帯機種であるW43H2は、ワンセグ付きで先代のW32Hよりも優れているけど、筆者の歴代携帯機種としては地味な状態のでロマンスカーに例えたならEXEということになる。
現在の機種でイベント等を申し込んで全て落選しているので、不運の機種ともなっている。

筆者は時々、ICカードの差し替えで先代のW32H(銀色と黒のツートン)を復活させることもある。

今から10年前に導入した初代のPHSの機種も黒だった。どうやら筆者には黒い機種が向かなかったので、この次に機種変更する時に明るい色の機種に戻すことを検討している。

この撮影場所は、開成町ではなく、小田原市にあり、小田急線沿線在住の木沢さんオススメの撮影ポイントだった。

この時に、下村さんと合流しました。下村さんは、新宿から町田までHiSE10000形によるはこね25号に乗って来ていた。
あとは、4連の通勤形電車の回送も撮影することも出来ました。

ここで充分撮影した後、セブンイレブンに立ち寄り、その前で記念撮影をしました。

開成駅に戻った時には、公開時間が終了していたので、緑色のカバーに掛けられた状態となりました。公開されない日は、このようなカバーに掛けられている。
保存車両では、野ざらしにされて、最後に解体されてしまったという例が多いのが現状である。

鉄道博物館に保存されているオハ31形客車は、青森県の津軽鉄道の芦野公園駅に保存されていたけど、いつ解体されてもおかしくないほどボロボロになっていた。
昨年7月に車体が分割されて輸送され、車体の修復・接合作業が1年間掛けて行われていた。
元の姿に蘇り、10月14日に晴れて鉄道博物館で展示されるようになったのである。

下村さんだけは、新宿方面の急行で帰っていたけど、この時に1254Fに当たっていました。こちらは千代田線直通運用からのお下がりで、新4000形の登場を前に地上運用に回されていた。これにより、ワイドドア以外の1000形の6連も地上運用に入ることになるし。そのうちの1252Fは、日比谷線直通用の東急1000系の1002Fと同様に昭和64年(1989年)に落成した為に、昭和64年のプレートがある。

開成駅付近は、アジサイの名所であり、シーズン中には特急さがみ号が臨時停車するけど、その場合は30000形EXEの6両単独運転となり、新宿~相模大野間でも貫通型のマスクで走る姿を見ることが出来る。

筆者を含めた残りのメンバーは、開成から小田原まで新3000形の3273Fで移動。箱根湯本行きだったので、箱根八里をイメージした発車メロディーを聴くことが出来ました。あとは185系のA1編成(クハ185-1F)による特急踊り子号を見ることが出来ました。

小田原駅の登山線専用ホームは、ホームの端にあったトイレと同時に撤去されていました。

あの後、小田原駅のコンコースで解散し、黒岩さん、高石さん、林直樹さん、山岡さんは、小田原からJRで帰っていた。
3へ続く
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by hy_sengen-sin | 2007-10-23 14:27 | 鉄道撮影ツアー

小田急線撮影ツアー1

9月9日は、萩原清さんたちと小田急線撮影ツアーに行きました。

ルート 目白~新宿~新百合ヶ丘~本厚木~開成~小田原~町田~新宿~目白

まずは目白から新宿まで山手線で移動。
新宿では、HiSE10000形の10041Fによるはこね11号を見ることが出来ました。現在は10001Fとこの10041Fが残っているけど、やはり30000形EXEがD-ATS-P取り付け工事により日本車輌に入場しているからみで予備車として残されいると思われます。

新宿から新百合ヶ丘まで3000形の3257F+8000形の8055Fによる急行で移動。世田谷代田付近でVSEこと50000形の送り込みの回送、成城学園前でJR東海371系によるあさぎり2号とすれ違いました。

登戸駅の新下りホームは、この日から使用開始されたけど、下りの多摩川新橋梁が完成していなかったので、暫定的な配線となっていた。

向ヶ丘遊園では、7000形LSE車(7003F)によるはこね2号を見ることが出来ました。こちらは本来20000形RSE車が使用されるはずだけど、20002Fが定期検査入場中だったので、LSEで代行運転されていたのである。

新百合ヶ丘に到着した後、多摩線のホームに移動し、萩原清さん、黒岩さん、木沢さん、高石さん、林直樹さん、奥野さんと合流し、5000形などを撮影していました。

撮影出来てよかったのは、新4000形に置き換えられつつある1000形の千代田線直通運用、話題の7000形LSEの旧塗装7004Fだった。

多摩線では、10月11日に廃車となった5200形の5265Fを撮影することが出来ました。あとは、1000形で唯一の8両固定編成である1081Fによる区間準急唐木田行きを見ることも出来たし。

小田急の区間準急は、新宿駅の地下ホームから発車した後、代々木上原、下北沢、梅ヶ丘に停車し、ここから各駅停車になる。

萩原清さん主催の本格的な撮影ツアーは、4月29日の中央線撮影ツアー以来だったけど、当時はディファ有明で行われたモーニング娘。の藤本美貴、新垣里沙、道重さゆみ、久住小春各女史の握手会に落選した為に落ち込んでいたので参加を見合わせていた。後の親睦会なら参加したけど。あの時は、自分の推しメンバーである道重さゆみ、久住小春両女史はもちろんのこと、当時唯一握手したことが無かった新垣里沙女史と握手出来なかったからそのはずであった。

ショックにより、次の日にメールアドレスを変更してしまったのである。

ガキさんこと新垣里沙女史とは、同年6月16日に品川ステラボールで行われた中国人留学生のジュンジュンとリンリンのFC限定の握手会で初握手したことで雪辱を晴らすことが出来たのである。あとは1推しの道重さゆみ女史とも握手出来たし。これにより、モーニング娘。の現役メンバー全員と握手出来たという目標を達成した為に、当分の間メールアドレスを変更しなくてもよいことになった。

これにより、筆者が撮影ツアーに本格的に参加したのは、今年2月4日の内房線の撮影ツアー以来7ヶ月ぶりとなった。あの後は品川ステラボールでモーニング娘。の久住小春、光井愛佳、吉澤ひとみ各女史と握手していた。

新百合ヶ丘で撮影した後は、5200形の5270Fによる急行で本厚木へと移動しました。相模大野では、30000形EXEによるえのしま25号と接続。この時に同時発車するシーンを見ることが出来ました。沼津発新宿行きのあさぎり4号(RSEの20001F)とすれ違うシーンも見れました。

海老名の車両基地(海老名検車区)には、新4000形が2編成止まっていました。
小田急の新4000形のうち、4056Fは、JRの新津車両製作所で製造され、11月に新津から松田まで輸送されることになる。こちらは10月13日に新津車両製作所で行われたイベントで展示されていた。

本厚木に到着した後、山岡さんと合流し、1階コンコースにある箱根そばで昼食を取りました。

本厚木でも、7000形LSE旧塗装の通過のシーンを見ることが出来たし。

本厚木から開成までは、新3000形の3265Fで移動。こちらは新松田で後の4両が切り離され、6両編成となったけど、新松田寄り先で各駅に停車していたので、そのまま乗ることが出来たのである。

朝夕には、後の4両が新松田で切り離された後、各駅停車小田原行きとなる。こちらは貴重な4両単独編成となっている。4両編成は、箱根登山鉄道の小田原~箱根湯本間の区間運用にも使用されている。

かつて小田急江ノ島線で、急行を含めて4両編成の通勤形電車が当たり前のように走っていたけど、現在は深夜の下り、早朝の上りの各1本のみ4両編成となっている。

2へつづく
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by hy_sengen-sin | 2007-10-23 11:38 | 鉄道撮影ツアー

小海線3

あの後は、ちょっとの間清里を散策。

清里は、北杜市高根町の八ヶ岳の麓にある高原リゾート地であり、ペンションなどが建ち並んでいる。

周辺には、キープ協会清泉寮、萌木の村(ホール・オブ・ホールズ)などがあり、萌木の村では八ヶ岳高原地ビールを飲むことも出来る。

ホール・オブ・ホールズは、オルゴール博物館となっている。

清泉寮は、宿泊施設で、ジャージーハットでは、ジャージー牛から絞られた牛乳が使用されたソフトクリームを食べることが出来る。

あとは、パン工房やジャム工房もある。

○○工房という言葉を聞く度に、Berryz工房を思い出してしまいます。

Berryz工房といえば、11月3日から11日まで、池袋のサンシャイン劇場でミュージカルが行われることになっている。 

ちょうど6年前の2001(H13)年9月8日には、清里のふれあい広場で、、モーニング娘。CONCERT 2001”ライブレボリューション夏” 「第一回清里高原音楽祭」が行われ、筆者はここに行っていた。当時は5期メンバー(高橋愛、新垣里沙、紺野あさ美、小川麻琴女史)が合流する前の9人メンバー(黄金の9人)で行われ、当時は、吉澤ひとみ、石川梨華両女史をメインに応援していた。 あの時に出演していたメンバーは、今年5月6日に吉澤ひとみ女史が卒業したことにより、全員卒業(脱退)してしまったことになった。

当時は小海線のキハ110形で清里まで行っていたけど、小海線営業所所属の車両のほか、長野総合車両所(現、長野総合車両センター)所属の車両(飯山線用)も応援に入っていた。

清里でのコンサートのほうは、急遽参戦が決まったために、ファンクラブでの申し込みではなく、一般で買ったのである。

現在は勤務の関係で、祝日に当たる時を除いた土曜日のコンサート参戦が大幅に減っている。 2003(H15)年9月までは、毎週土曜日休みだったけど、10月から時々(基本的に隔週)で土曜日の出勤となってしまった。 こちらは、新幹線のはやて・こまち号が全車指定席化されたことになぞられている。

奥野さんの職場は、以前は年中無休の職場となっていたけど、現在は土日休みとなっているので、奥野さんと逆の状態となっている。 こちらは、のぞみ号に自由席が新設されたことみたいになっている。 はやて・こまち号は、のぞみ号の逆である。

そのため、筆者のハロプロ関連のFC先行予約の申し込みは、萩原清さん主催の撮影ツアーと同様に、日曜・祝日に集中している。 

こちらは、はやて・こまち号の指定席が取れなかった人たちが、やまびこ号やつばさ号の自由席に流れてくることになぞられている。

あとは、西武秩父線の特急ちちぶ号の指定席が取れなかった人たちが、池袋直通の快速急行に流れてくることにもなぞられているし。

祝日に当たる時を除いた土曜日のハロプロ関連の参戦が大幅に減っていることは、東武東上線の特急の本数が大幅に減っていることになぞられている。 こちらは現在土曜・休日のみの運転となってるし。

筆者はあれから丸6年後に清里を訪れたことになった。

あの後、周辺でソフトクリームを食べました。

清里から甲斐大泉までは、キハ110形の110-108+113号車で移動。筆者は108号車側に乗っていたけど、2両編成で混雑していました。

こんな時には、2両よりも3両で運転してほしいと思いました。

甲斐大泉に到着した後、折り返しのハイブリッドDCこうみ(快速中込行き)を撮影した後、周辺にある甲斐大泉温泉のパノラマの湯という日帰り入浴施設まで行きました。

このパノラマの湯は、大きな露天風呂があり、天気が良ければ富士山や八ヶ岳の山並みを眺めることが出来る。

ここがあるということは、ホームページを見て知ったのである。ちょうど駅から歩いて近い場所にあるし。

入り口には、深層天然水が出ており、それを飲むことが出来る。

あとは、足湯もあり、宿泊施設のいずみ荘と併設されている。いずみ荘では、食事・休憩のみの利用も可能。

いずみ荘に泊まった場合でも、パノラマの湯に入ることも出来るし。

お湯のほうは、内風呂のほうが熱かった。

この後、甲斐大泉駅まで戻り、キハ110形DCで小淵沢まで行きました。 この時に乗った編成は、キハ110-105+106号車の連番で、筆者は105号車側に乗車。 乗客からは、ハイブリッドでなくてガッカリしていたという声が聞こえていた。 筆者は、ハイブリッドDCと従来のディーゼル車であるキハ110形との乗り比べをすることが出来たのである。

小淵沢駅の手前には、風林火山の文字が描かれた田んぼがありました。

小淵沢から甲府までは、豊田電車区の115系のM6編成(クモハ115-309F)に乗車。 こちらは、小淵沢発甲府行きだった。

甲府駅の1番線にあるかふふ驛煉瓦ひろばは、昨年6月11日の開業記念日に設置され、かふふ来(幸福)の鐘、旧甲府駅煉瓦倉庫、旧跨線橋柱がある。

甲府駅は、1985(S60)年10月に現在の橋上駅舎となり、駅ビルのエクランも新設されていた。

こちらは、翌年の1986(S61)年の1月から10月にかいじ国体が行われたことに合わせて改築されていた。

身延線のホームには、静岡行きの特急ふじかわ14号を見ることが出来たけど、編成はF8編成(クモハ373-8F)で、7月22日から23日に掛けて大垣から東京まで乗ったムーンライトながら号の後ろの3両に連結されていた。F8編成とは、甲府で再会。この時に問題を起こしたF4編成を見なくてよかったです。

甲府駅の北口では、再開発工事により、6月25日からロータリーが仮移設されていた。

甲府駅の南口にある山梨県立県民文化ホールでは、2002(H14)年3月24、31日に、系列の山梨放送開局40周年記念として、笑点の地方収録の時に使用されていた。 

笑点は、1966(S41)年5月にスタートして以来40年以上愛されている日テレ系の長寿番組で、日曜の夕方に放送されている演芸番組となっている。

その収録は、普段は、後楽園ホールで行われている。

現在の笑点のテーマ曲は、1969(S44)年10月から使用されているけど、こちらは、故・中村八大氏によって作曲された「チャンチャカチャカチャカ、チャンチャン」というお馴染みのフレーズ
となっている。 

現在の大喜利メンバーは、三遊亭小遊三、三遊亭好楽、林家木久扇、春風亭昇太、三遊亭楽太郎、林家たい平各氏であり、座布団運びは、山田隆夫氏によって行われている。

甲府から山梨市までは、115系のM11+M8編成(クモハ115-315+クモハ115-311F)に乗車。 311番の番号ということで、モーニング娘。の中国人留学生のリンリン(銭 琳)女史の誕生日である3月11日を思い出しました。

一方のジュンジュン(李 純)女史の誕生日は2月11日ということで、どちらも11日の早生まれとなっている。

山梨市で途中下車した後、塩山まで、スカ色の115系の3両編成、M4編成(クモハ115-307F)で移動。 塩山折り返しの区間運用は、全て豊田区の115系の3両編成となっている。

塩山から大月までは、長野総合車両センター所属の115系のC9編成(クハ115-387F)で移動。 こちらは松本発大月行きで、八王子支社区間と長野支社区間にまたがる列車は、全て長野色(長野総合車両センター所属)の115系で運転されている。 3両編成の場合は甲府まで。

大月から新宿までは、E233系のT7編成(クハE233-7F)で移動。 高尾~大月間をE233系で通ったのは、2度目となった。

新宿からは山手線で帰りました。
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by hy_sengen-sin | 2007-10-17 12:32 | 鉄道乗車記

小海線2,キハE200

小淵沢から野辺山までは、キハE200形ハイブリッドDC(こうみ)による臨時列車(八ヶ岳高原列車)で移動しました。

こちらは3両配置で、2両運用、1両が予備車ならびに試験用となる。

車体は水郡線用のキハE130形DCベースの2ドア車で、座席、車椅子対応幅広トイレ、E233系タイプの吊革の採用によりキハE130形DCに準じた使いやすく、わかりやすいユニバーサルデザインが採用されている。ステップと床面の段差も縮小されているので、地球環境だけでなく、人にも優しい車両となっている。

3両共に東急車輌で製造されたので、東急車輌で気動車の製造が再開されていたことが分かります。水郡線に導入されたキハE130形DCのうちの2編成も東急車輌で製造されていたし。

ハイブリッドシステムのメカニズムは、発車の時は蓄電池に溜まった電気でモーターが動かされる。
加速の時は、エンジンが起動し、それによって発電され、エンジン+モーターの力で走行。

減速時には、ブレーキ時に発生するエネルギーが蓄電池に溜められ、モーターの力で走行。

停止時は、エンジン停止となっているので停車中の電車並みに静かである。

このようなシステムは、トヨタ自動車のプリウスなどのハイブリッド乗用車に準じているので、まさにハイブリッドカーの鉄道車両版である。

これにより、従来の気動車(ディーゼル車)と比べて、窒素酸化物や粒子状物質のほか、地球温暖化の原因でもある二酸化炭素の排出量も大幅に低減されている。

ハイブリッドシステム作動状況は、運転台やトイレ横にあるモニターで確認することが出来る。

7月31日の営業運転初日は、3両のフル編成で、中込→小諸→小淵沢→中込というルート(いずれも臨時快速)で運転されていた。

8月1日から31日までの毎日と9月中の土曜・休日は、中込から小諸、小諸から小淵沢まで運転された後、小淵沢~野辺山間を八ヶ岳高原列車で3往復し、小淵沢から快速で中込まで行っていた。

筆者が乗ったのは、小淵沢14時02分発の八ヶ岳高原列車5号だった。もしも快速ビューやまなし号に乗ってたら、小淵沢12時39分発の3号に間に合っていたところだった。

こちらは平日の定期列車にも使用されている。

10月中は、一部の日のみ中込→小諸→中込→小諸→小淵沢→小諸→小海→小諸→中込間で運転されている。

次の甲斐小泉駅では、従来型のキハ110形DCと交換。

小海線では、1986(S61)年から1991(H3)年まで、キハ52-122,123号車によるときめきの恋列車が運転されていたこともあった。こちらは特別塗装で星空をイメージした内装となっていた。

ハイブリッドDC車内では、地球環境に配慮された車両に因んで、エコモニ。の曲を聴いていました。エコモニ。は、2004(H16)年に、モーニング娘。の石川梨華・道重さゆみ両女史(前者は一昨年5月7日にモーニング娘。を卒業し、美勇伝で活躍中)によって結成された環境に優しい2人組で、文化祭が行われる度に活躍が見られている。

エコモニ。の衣装は、石川梨華女史が森の妖精がイメージされた緑色、道重さゆみ女史が海の妖精がイメージされた青色となっている。

緑の自然の中に青帯の車体が映えるので、エコモニ。みたいなイメージもある。
車内は行楽客に加え、マニアも含まれていたから混雑していました。このことでハイブリッドDCが人気車両であることが分かりました。

上り勾配では、モーター+ディーゼルエンジンの力で走っていた。このディーゼルエンジンも、環境に配慮されている。
まさに八ヶ岳高原の麓を走る列車にふさわしい。

清里駅を出た後、JR最高地点へと進んでいました。JR最高地点は、標高1375mで、記念碑がある。ここでは徐行しながら通過していました。その手前に山梨県・長野県の県境がある。ここには、ハイブリッドDC運転記念の幟がありました。

1986(S61)年7月6日から9月1日まで、国鉄による鉄道写真に関するキャンペーンにより、この周辺にフォトデッキ駅という臨時駅が設置されていたこともあった。

右手には、野辺山のシンボルである野辺山宇宙電波観測所が見えました。こちらはキャベツ畑に囲まれていたので絵になった。キャベツ畑ということで、銚子電鉄を思い出しました。

この地域はキャベツ・レタス・白菜と言った高原野菜の栽培が盛んである。

野辺山駅に到着後、記念撮影をし、ハイブリッドDCで清里まで戻りました。

野辺山駅は、標高1345.67mで、JR線で最も高い場所にある駅であり、八ヶ岳にマッチしたお洒落な駅舎が特徴である。この駅舎は1983(S58)年に建てられたものである。

国鉄時代からは、「国鉄一高い駅」と「国鉄一深い駅」の縁で総武快速線馬喰町駅と友好関係にあることでも有名である。 あとは宇宙にいちばん近い駅とも呼ばれているし。

周辺には南牧村美術民族資料館や南牧村農村文化情報交流館もある。

筆者が小海線に乗ったのは、2004(H16)年1月17日に小諸→小淵沢間で乗った時以来だった。

ハイブリッドDCでは、ワンマン運転が行われていた。

清里に到着した後、駅周辺を散策しました。JR東日本では、キヤE991形(NEトレイン)により燃料電池で走る鉄道車両の試験走行が行われている。

キヤE991形は、2003(H15)年に、ハイブリッド鉄道車両の試験用として、宇都宮運転所をベースに配置され、各種試験が行われていた。

昨年には、燃料電池車両に改造され、今年3月から長野総合車両センターに移り試験が行われるようになった。

3へつづく
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by hy_sengen-sin | 2007-10-15 10:23 | 鉄道乗車記

小海線1

9月8日は、18きっぷの5回目を使用して、小海線のキハE200形ハイブリッドDCに乗りに行きました。
ルート 目白~新宿~立川~高尾~小淵沢~野辺山~清里~甲斐大泉~小淵沢~甲府~山梨市~塩山~大月~新宿~目白
この日は215系によるホリデー快速ビューやまなし号に乗り遅れたので、後続のE233系のT14編成(クハE233-14F)による青梅特快で立川まで行きました。立川から高尾までは201系のH4編成(クハ201-107F)に乗ることが出来ました。

高尾から小淵沢までは、長野総合車両センター所属の115系のC10編成(クハ115-1115F)で移動。途中大月、甲斐大和、酒折、日野春で特急の通過待ちがありました。その時にホームの喫煙所に限り喫煙することが出来るので、萩原清さんなどのスモーカーにとっては有り難い状態である。筆者としては1人で乗るならオールボックスシートの215系で小淵沢に行くよりも、115系のほうが落ち着くと思います。

中央本線のような変わりゆく景色や甲府盆地の風景は、いつ乗っても飽きることはないです。

甲府駅の1番線には、かふふの鐘や煉瓦広場がある。JR東海・身延線専用ホーム(5,6番線)は、甲府駅の1番ホームの酒折寄りにある。かつて線路が繋がって臨時急行みのぶ号が新宿~身延間で運転されていたけど、1986(S61)年11月改正で他の中央線昼行急行と共に廃止されていた。現在は線路が切り離されている。

甲府駅は、身延線ホームを含めて全てJR東日本による管理となっている。

中央線からは善光寺、金手駅という身延線の無人駅を見ることが出来る。このことで、しなの鉄道(旧信越本線の一部)から見たJR小海線の乙女、東小諸駅を思い出しました。

乙女というと、以前モーニング娘。さくら組と共に存在していたモーニング娘。おとめ組を思い出します。筆者は当時紺野あさ美女史が1推しだったので、さくら組派だった。

筆者の現在の1推しメンバーである道重さゆみ女史は、当時の2推しだった田中れいな女史と同様におとめ組に属していた。あとは海老名車両基地に保存されている小田急の旧3000形SE車に乙女のマークが付いているし。
こちらは今年10月20,21日に小田急海老名車両基地で行われるイベントで屋外で展示されることになっている。

竜王駅では、恒例のタンク車の調査を行ったけど、タキ1000-583,430,477,616,282,794,239,781,632,617,287,289,259,473号車をチェックすることが出来ました。

塩崎駅では、183(189)系の国鉄色とすれ違いました。こちらは、前日の9月7日から8日に掛けて、新宿→白馬間で運転された夜行快速ムーンライト信州の後運用の白馬から豊田への入庫回送だった。この日は、国鉄色の183(189)系による臨時あずさ71号(新宿6時30分発信濃大町行き)も運転されていた。こちらも信濃大町到着後に三鷹まで回送されていたし。

小淵沢到着後、立ち食いそば屋でそばを食べました。

この時に小海線のキハ110形DCのキハ111-110Fによる小諸行きを見ることが出来ました。奥には、キハ110-121+111号車が留置されていたけど、キハ110-121号車には、風林火山のラッピングがありました。

小淵沢駅の4,5番線は小海線ホームとなっており、5番線が小淵沢始発の上諏訪・松本方面の電車と共用となっている。この場合の乗り換えは、跨線橋を渡らなければならないので、黒磯駅での直流区間(宇都宮線)と交流区間(新白河、郡山方面)への乗り換えに似ている。

小淵沢駅の中央線ホームは1,2番線となっているけど3番線は欠番となっている。

小海線ホームに話題のハイブリッドDCであるキハE200形の2両編成である臨時の野辺山行きが入線。この時の編成はキハE200-1+2の編成だった。

2へつづく
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by hy_sengen-sin | 2007-10-11 23:52 | 鉄道乗車記
昨年9月には、パシフィコ横浜で行われたモーニング娘。の熱っちぃ地球を冷ますんだっ文化祭に合わせて横浜高速鉄道のY500系Y512Fによるモーニング娘。のHM付き電車が運転されていました。筆者は1999(H11)年9月にネット上のトラブルによるSPEEDファンからの緊急乗り換えでモーニング娘。のファンとなったけど、それ以前からモーニング娘。を知っていた。

当初はなっちこと安倍なつみ女史を推していたけど、翌年の2000(H12)年5月の4期メンバー加入によりよっすぃーこと吉澤ひとみ女史1推しへ。2001(H13)年8月に5期メンバーが加入してからは高橋愛女史が1推しとなり、後にこんこんこと紺野あさ美女史が1推しへ。昨年7月23日に紺野あさ美女史がモーニング娘。を卒業し、一時的に芸能界から身を引くようになってからは、現在のさゆみんこと道重さゆみ女史が1推しとなったのである。

今年はモーニング娘。結成10周年を迎えていたのである。

筆者のように鉄道ファンでもあるハロプロファンが多い状態である。

昨年運転されたみなとみらい線でのモーニング娘。HM付き電車は、鉄系ハロプロファンの心をくすぐるような列車であった。

2000(H12)年3月31日のSPEED解散の時にモーニング娘。のファンに乗り換えるはずだったけど、ネット上でのトラブルが発生した為、LOVEマシーンの大ヒットを期に現在のモーニング娘。1推しに緊急乗り換えしていたのである。

SPEEDファンをやってて精神的なショックに陥るほどのトラブルが多発していたのでモーニング娘。のファンへの緊急乗り換えはやむを得なかった。
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by hy_sengen-sin | 2007-10-11 14:53 | ハロプロ情報等

碓氷峠3

鉄道文化むらを出た後、峠の湯まで、アプトの道を歩いていきました。 このことで、2002(H14)年12月に初めて歩いたことを思い出しました。

トロッコ列車発着ホームには、トロッコ列車+DLがEF63ー24号機と並んでいました。 

その奧には、車掌車であるヨ3500形のヨ3961号車がある。

元JR貨物のEF65-520号機(F形)は、解体予定だったけど、保存団体による熱いエールによって碓氷峠鉄道文化むらで静態保存されるようになったのである。

EF65-500番台は、人気のある機関車で、現在はオリジナル塗装のP形がJR東日本所属の501号機と、JR貨物所属の535号機が最後の活躍をしている。 

F形では、EF65-515号機が、JR貨物で更新されて活躍中となっている。

その途中には、碓氷関所跡や、麻苧茶屋、招魂碑がありました。

あとは、上信越自動車道の碓氷梁も見ることも出来たし。 こちらは、1993(H5)年3月27日に、藤岡IC~佐久ICの開通と共に出来た橋である。横軽区間の現役当時もここをまたいでいたのである。

まるやま駅~とうげのゆ駅間には、霧積川橋梁があり、トロッコ列車もここを渡っていた。 この周辺には、66.7パーミルの急勾配(日本一の急勾配区間)がある。

碓氷峠のトロッコ列車は、12月から2月まで運休となる。

霧積川の奧には、霧積温泉がある。

周辺の観光施設は、麻苧の滝、坂本宿などが挙げられている。

峠の湯に到着した後、温泉浴場に入りました。 ここの浴場は、洋風と和風があり、週毎に男女が入れ替わることになっている。(日曜日の朝に入れ替え) 筆者が行った時には、洋風が男風呂となっていた。 和風風呂は、碓氷で妙義山側に、洋風風呂は霧積でゴルフ場側にある。

洋風風呂からは、碓氷峠の廃線跡を見ることが出来ました。

この浴場は、展望も売りである。

ここでは、和洋の家族風呂があり、檜風呂を借り切ることが出来る。 和風は龍駒、洋風は刎石という愛称が付いている。

アプトの道をさらに進めば、かつてのアプト式区間で使用された5つのトンネル、碓氷湖、めがね橋こと碓氷第3橋梁まで行くことが出来る。 この遊歩道は、めがね橋が終点となっており、その端の上を歩くことが出来る。 今回も時間の関係で行くことが出来なかったので残念に思っている。

めがね橋へは、横川駅からめがねバスというJRバス関東の路線バスで行くことが出来る。こちらは横川駅10時55分、横川駅帰着11時55分と1日1往復で季節運行となっている。

碓氷峠の廃線跡は、復活に向けた動きが出ているけど、実現を願う声が高まっている。

アプト式の時代は、電化後、第三軌条方式による集電方式となっていた。

あの後、横川駅まで戻り、高崎まで、115系の普通列車で移動しました。 この時に乗った編成は、4両編成のT1142編成(クハ115-1133F)だった。

高崎からは、熊谷乗り継ぎで、湘南新宿ラインで帰りました。 乗った車両はどちらもE231系だった。
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by hy_sengen-sin | 2007-10-11 11:56 | 鉄道の博物館