交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

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南入曽電車夏まつり1

9月1日は、西武新宿線の南入曽車両基地で行われた電車夏まつりに行ってきました。

ルート 中井~上石神井~新所沢~南入曽車両基地~新所沢~所沢~池袋~東京~新宿~目白

まずは、中井から上石神井まで2000系の2003Fに乗車。途中の沼袋で20000系の20157Fによる電車夏まつり号に追い抜かれていました。沼袋駅の配線で、地下化工場前の小田急線の東北沢駅を思い出します。
この日は上石神井で発生したトラブルで遅れていました。
上石神井から新所沢までは、3000系の3013Fによる急行で移動。西武3000系は、未だ更新されておらず、座席の色が茶色なので、更新前の旧2000系を思い出します。

西武3000系は、1983(S58)年から1987(S62)年に掛けて製造されていたので、小田急電鉄の8000形の製造期間に準じている。西武新2000系の製造期間も、小田急1000形に準じているし。

西武3000系は、3ドアで8両編成にしか使えないという欠点もある。

新所沢に到着した時、西武新宿から来た南入曽車両基地行きの臨時列車に接続していたからよかったです。本当は昨年みたく、西武新宿から乗って行きたかったです。

やはり新所沢~入曽間で本線から分岐していたので時間調整の為に新所沢で停車していた。そのお陰で撮影することや、3000系の急行本川越行きからの乗り継ぎが出来たのである。
20000系による臨時列車は20157Fによる8両編成で、2004(H16)年に導入された当時は池袋線所属だった。のちに新宿線に転属して現在に至る。同時期に導入された20107Fのほうは、池袋線に残留。

南入曽車両基地への分岐点でも運転停車していました。武蔵丘車両検修場への臨時列車も運転停車があるし。

この車内では、柘植の飛猿さんと出会いました。この時に鉄道やバス、ハロプロの話題で盛り上がることが出来ました。やはり入場時の待ち時間でも退屈せずに済んだし。

車両基地構内に入った時には、スタッフが出迎えてくれました。こちらも武蔵丘でも見られる風景である。

南入曽車両基地は、1969(S44)年10月に、新宿線の輸送力増強により150両収容可能な車両基地として開設されたのが始まりである。現在は拡張され、282両収容可能な新宿線で最大の車両基地となっている。

木沢さんのほうも臨時列車で現地入りしていた。

イベント編につづく
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by hy_sengen-sin | 2007-09-29 10:49 | 鉄道イベント

御岳山のレンゲショウマ

御嶽駅に到着した後、多摩バスでケーブル下まで行きました。この時に乗った車両は、富士重工+日野車(T29503、八王子22か・768)と古参の車両となっていた。こちらは臨時便として運転されていたし。

この手の車両は、廃車が進められているので乗ることが出来てよかったです。所属は多摩バスの青梅営業所。

ケーブル下バス停からは徒歩で滝本駅へ。滝本からは御岳登山鉄道のケーブルカーで御岳山へ。この時に乗った車両は、前回と同様に日出号で、オレンジ色の車体でムササビが描かれている。筆者が御岳山まで行ったのは、昨年7月8日以来2度目だった。

御岳山に到着した後、リフトで大展望台まで行きました。

ここでは、レンゲショウマを見ることが出来ました。筆者はこの御岳山のレンゲショウマを見たのは初めてだったけど、とても綺麗で見応えがありました。

この群生地へは、ケーブルカーの御岳山駅からも歩いて行けます。

御岳山の山頂からは、天気が良ければ東京都心を眺めることが出来る。

あの後、御岳山ビジターセンターを見物し、武蔵御嶽神社まで歩いて行きました。この時には資料館にも入りました。

ここには、樹齢1000年の神代ケヤキが立っており、ムササビが生息している。

この次は、駒鳥売店で、七代の滝の源水が使われたコーヒーを飲みました。 ここでも、レンゲショウマを見ることが出来てよかったです。

やはり、美味しいコーヒー作りには、原料となるコーヒー豆のほか、水も欠かせないと思います。

ここの店の人は感じが良い人で、また来て下さい!と言われました。

ケーブルカーの駅に戻り、ここから徒歩でレンゲショウマ群生地へ。 ここで見た後、リフトで御岳平へ。 

この後、ケーブルカーで帰ったけど、今回は水色の車体にレンゲショウマが描かれた青空号に初めて乗ることが出来ました。

ケーブル下バス停から御嶽駅まで戻った時に乗った車両も同じ車両でした。

御嶽駅付近では、川原を見物しました。

御嶽から奥多摩まで乗った車両も四季彩だったからよかったです。

途中の古里駅では、ホリデー快速おくたま6号の201系のH2編成(クハ201-99F)を見ることが出来ました。 

奥多摩駅に到着した後、折り返しは、快速むさしの奥多摩号の大宮行きとなっていました。 このことで、今年5月3日に乗りに行ったことを思い出しました。

この後、再び川原を散策して、奥多摩温泉もえぎの湯まで行きました。

奥多摩駅付近の道路では、京王バス東・調布営業所所属のトイレ付きの三菱ふそうエアロバス(貸切車、K50359、多摩200か・652号車)を見ることが出来ました。 

こちらは、トイレが付いているので、高速バスの臨時便にも対応している。

奥多摩温泉もえぎの湯では、入場制限があり、入場まで待たされていたけど、足湯が出来たお陰で苦にはならなかったです。

もえぎの湯の足湯は、今年4月3日に開設されており、足湯だけの利用には100円掛かることになる。もえぎの湯利用客の場合は無料。

この時に温泉に入ったけど、レンゲショウマなどを眺めた後に入る温泉は最高です。

こちらは、男女月替わりとなっており、8月は下流側が男性用、上流側が女性用となっていた。

この温泉は、露天風呂もある。

この後、奥多摩駅まで戻り、奥多摩から青梅までは、通常の201系の青5編成(クハ201-84F)で移動しました。

青梅・五日市線専用の201系は、元中央・総武緩行線を走っていた車両で、3桁番台が後期型の軽装車となっている。 どちらも京葉線や青梅・五日市線で余生を過ごしている。

青梅から拝島までは、青2(クハ201-35F)+青72(クハ201-154F)で移動。 

クハ201-154Fは、クハ201-155Fと同様に、1985(S60)年に導入された201系の最終増備車である。

拝島から武蔵五日市までは、東京始発のE233系で移動。 この時に乗った編成はH55編成(クハE233ー55F)で、前4両は、高麗川行きとなっていた。

武蔵五日市に到着した後、折り返し時間を利用して川原まで行きました。

折り返しで拝島まで行った後、西武20000系で中井まで帰りました。
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by hy_sengen-sin | 2007-09-28 14:21 | 鉄道乗車記

青梅鉄道公園

8月26日は、青梅鉄道公園と青梅の御岳山に行ってきました。御岳山では、レンゲショウマを見てきた。

ルート 中井~上石神井~小平~拝島~青梅~御嶽~ケーブル下…滝本~御岳山~滝本…ケーブル下~御嶽~奥多摩~青梅~拝島~武蔵五日市~拝島~中井

使った乗車券は、西武鉄道の奥多摩ハイキングフリーきっぷで、JR青梅線の拝島~奥多摩間、五日市線に乗り放題、御岳山ケーブルカーが割引となっていた。

まずは、中井から上石神井まで20000系の20156Fに乗車。20000系の20102Fから20106Fが池袋線から転入してきたことにより、新宿線で良く見るようになった。
新宿線には8連と10連が6編成ずつの12編成配置なのでそのはずである。

逆に池袋線では20000系の本数が、8連と10連が2編成ずつの4編成と大幅に減っている。

上石神井から小平までは、2000系の2003Fによる急行西武遊園地行きで移動。側面の表示は、急行となっていた。

かつては快速急行として運転され、花小金井通過のみでほとんど急行と変わっていなかった。

かつて西武新宿線で4両編成の普通列車や快速急行が運転されていたことも思い出したし。

現在西武新宿線(国分寺線直通以外)では平日の日中のみ6両編成の普通列車が残っている。

小平から拝島までは、新2000系の4+4編成(2505+2545F)に乗車。

2505Fは、つり手増設工事、スタンションポールの設置、ドア付近の床への警戒色の追加、非常通報装置の交換、消火器移設(床下→室内)、優先席部分のつり革の低位置化や本川越方先頭車スカートへの連結面注意放送用スピーカーの設置などで小変化している。

2507、2509Fも同様に改良されている。

旧スタイルの2000系の更新が完了した後、新2000系の更新も行われることになり、今年度は6連1本がバリアフリー改造されることになる。

旧2000系の初期更新車も、座席のバケットシート化、スタンションポール設置、ドア一部締め切り装置設置などの再更新も行われている。これまで2005、2011、2013、2015Fに対して行われていた。

あとは2000系のドアチャイムの新設も行われるし。

拝島駅では、8月24日に新橋上駅舎が使用されたばかりで、西武とJRの改札が独立化されていた。 来年3月のSuica/PASMOシステムが改修されるまでの間は、、暫定的に連絡通路が設置されている。

これにより、これまで使用されてきた北口駅舎(西武鉄道管理)と南口駅舎(JR東日本管理)が廃止された。北口部分には、新階段が整備されたけど、南口部分は仮設となっている。来年3月には、北口部分にエスカレーターやエレベーターが出来る予定である。

JRの改札内には、エキナカという改札内店舗が新設されていた。 ここには、ブックエキスプレス(書籍) 、吉野家(牛丼など)、リトルマーメイド(ベーカリー&カフェ)、ミスタードーナツ(ドーナツ&カフェ)、フロプレステージュ(スイーツ)、彩花庵(そば&和惣菜)、NEWDAYS(コンビニエンスストア)、コクミンドラッグ(ドラッグストア)がある。これらの店舗への入場は、入場券または乗車券が必要となる。

西武鉄道側の改札外には、イタリアントマトカフェジュニア、ケンタッキーフライドチキン、ジューサーバー(ジュース売り場)が新設されたけど、既存の狭山そばやたい焼き店が閉店となったのが残念である。

西武鉄道側の駅名表示も、西武鉄道の新ロゴおよび塗装(青と緑)が使用されている。
このような表示は、拝島駅が記念すべき第一号となっている。

第二号は、9月16日に上り線が切り替えられた、東長崎駅の上り線部分である。

このように、南北自由通路が整備されたお陰で、入場券無しで南北の行き来が可能となった。

ここでは、青梅・五日市線用の201系を撮影しました。

9月26~27日には、川崎重工から、青梅・五日市線用のE233系(青659+459編成)、クハE233-59Fが出場したけど、外観等は、中央快速線用のE233系のH編成と変わらない。

やはり、中央快速線用の予備車という役割があるので、基本の青59編成の1号車に女性専用車両のステッカーが付いている。

青梅・五日市線用の201系では、中央快速線への使用が出来なかったけど、E233系化されてからはそれが可能となる。 中央快速線のH編成の先頭車が青梅・五日市線と同じ位置に揃えられたのはそのためである。

青梅・五日市線用のE233系が営業運転入りすれば、青梅・五日市線用の編成も長野まで廃車回送されることになるけど、パンタグラフがPS24形に交換されていれば、中央快速線用と同様に豊田から長野までの自力による廃車回送が可能となる。

長野への廃車回送の途中では、姨捨のスイッチバックで待避するシーンも見られていた。

姨捨駅のスイッチバックが残されたのは、貨物列車が通過するからみもある。

拝島から青梅までは、201系のH1編成(クハ201-1F)で移動。 暫定的に組み替えられたH編成は、H1~H7編成があり、来年まで残ると思われます。

このH1編成は、1981(S56)年に登場した量産車のトップナンバーで、201系の一桁番台としては最後の1編成である。

車内のクハ201-1号車の表示は、プレートが盗難された関係で、ステッカー貼りとなっている。この編成とは限らず何度も被害に遭っているのが現状である。 やはり盗難防止が呼び掛けられている。

青梅到着後は、青梅特快東京行きとなっていました。 この向かい側には、201系の四季彩が止まっていました。

この日は、大宮~奥多摩間の快速むさしの奥多摩号が運転されていたので、その間合い運用として走っていた。

あの後は、青梅鉄道公園まで歩いていき、見物しました。 本当は旧型電車のクモハ40形が目的だったけど、一部車両の屋根の取り付け工事の関係で見ることが出来なかった。

青梅鉄道公園は、鉄道開業90周年事業として、1962(S37)年に開園していた。

クモハ40形のクモハ40054号車は、今年5月に青梅鉄道公園入りしていた。 これまでは、C51-5号機のSLが展示されていたけど、10月14日に開館予定の新生鉄道博物館に移設されていた。

新生鉄道博物館で展示予定のマイテ39-11号車は、1963(S38)年9月から1987(S62)年まで、青梅鉄道公園で保存されていたけど、1987(S62)年に大井工場(現、東京総合車両センター)に移されていた。

1972(S47)年にD51-452号機が展示される前は、スシ28-102号車(オハ35形客車の食堂車)も保存されていたこともあった。 車両は解体撤去されてしまったけど、そのTR73三軸ボギー台車は、鉄道博物館で保存されることになる。

クモハ40形電車は、1978(S53)年に引退するまでの間は、青梅線で活躍していた。

鉄道博物館に保存されるクモハ40形の40074号車と同様に、国府津電車区(現、国府津車両センター)所属のイベント列車として使用されていたけど、2000(H12)年12月に発生した京福電気鉄道の衝突事故により、ブレーキの多重系統化のできないという理由で運行は停止されていた。都電荒川線を走っていた6000形の6152号車(旧レトロ電車)もこうなってしまったし。

あとは、クモハ40形電車が国府津電車区での職員輸送用としても使用されていたこともあったし。

青梅鉄道公園に保存されているEF16-1号機も、晩年は青梅線や南武線で活躍していたので、青梅鉄道公園での保存車としてはふさわしい状態である。

日本初の蒸気機関車である110号機も保存されているけど、現役当時は3号機関車となっている。 

交通博物館で保存されていた1号機関車ももちろん鉄道博物館で保存されることになる。 交通博物館の時と同様に、開業当時の新橋駅がイメージされた展示スペースとなるし。

筆者は、鉄道博物館に是非行きたいと思っています。 初日の10月14日、次の週末である10月20、21日には相当の混雑が予想されているので注意が必要である。開館したばかりの頃は、平日でも混雑が予想されるし。

鉄道博物館が開館する10月14日は、鉄道開業135周年を迎える時でもある。

展示室では、1階の鉄道模型のスペースを見ました。 鉄道博物館にも、模型鉄道パノラマが設けられる。

鉄道博物館は、小さなお子様から大人まで楽しめる鉄道のテーマパークとなるし。

ラーニングゾーンの1階には、クハ103-713号車のカットボディが保存されているけど、道重さゆみ女史が1推しの筆者としては嬉しい展示だと思います。

この次は、0系新幹線(22-75号車)の展示スペースへ。

この新幹線は、1985(S60)年に青梅入りしたけど、1987(S62)年にJR化された後、一時的に東北・上越新幹線の200系と同じ塗装になっていたことがあった。

やはり元の塗装に戻して欲しいという意見があったので、元の青色に戻されたのである。

交通博物館のシンボルだった0系の21-25号車の前頭部も、鉄道博物館で保存されることになっている。

この22-75号車は、1969(S44)年に製造された編成で、翌年の1970(S45)年に開催された大阪万博輸送の増備用として導入されていた。

JR東海の700系の最終増備車も、2005(H17)年3月25日から9月25日まで開催された愛・地球博こと愛知万博輸送の増備用として導入されていたし。

0系の車内では、昔懐かしの青色とグレーの転換クロスシートが並んでいたので、中に入った人からは、懐かしいという声が聞こえていました。 こちらは運転台にも入ることが出来るので、お子様連れにも好評である。

このような状態とは裏腹に、夏場は暑く、蒸し風呂状態となっていました。

この後、青梅駅まで戻り、御嶽まで201系の四季彩に乗りました。

昼食は、駅構内の思い出そばで食べたのである。

201系の四季彩のほうは、残念なことに、来年7月頃に廃車となる予定となっているけど、後継ぎ車がどうなるのか気になります。

この影響で、四季彩を撮影していた人が見受けられていた。

訓練車のほうは、京浜東北線の209系が転用される予定となっているけど。

201系のうちの10連2本は、2010(H22)年度完成予定の三鷹~立川間の高架化工事の予備車として残る予定となっているので、仙石線に残っている103系1編成と同じ状態となる。

青梅・五日市線専用の201系のほうは、間違いなく来年までには全廃となる。

(つづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-09-28 10:38 | 鉄道乗車記
10月1日のダイヤ改正で、ライラック、スーパーホワイトアローが、スーパーカムイに統合され、1979(S54)年3月に登場以来28年間走り続けてきた781系が、すずらん号での運用を含めて全廃となります。

785系使用のスーパーホワイトアローも、スーパーカムイに変更されることになる。 すずらん号は、785系に置き換えられるし。

781系のライラック号の時刻 下り 札幌発旭川行き 7:40、9:30~(この間は毎時30分発)~16:30、18:30、19:30

上り 旭川発札幌行き 5:30、8:30、9:30、11:30~(この間は毎時30分発)~16:30、18:30、20:30

781系のすずらん号の時刻 下り 室蘭発札幌行き 6:49、8:11、12:06、16:37、19:15

上り 札幌発室蘭行き 9:51、14:30、15:58、20:28、21:34

すずらん号は、東室蘭~室蘭間普通列車となる。

781系は、モノクラスの4両編成で、札幌寄りの4号車に、uシートと呼ばれる指定席もある。

最高速度は785系よりも遅い120Km/hで、札幌~旭川間1時間30分掛かる。

ライラック号の途中停車駅 岩見沢、美唄、砂川、滝川、深川で、スーパーホワイトアローと同じ。

すずらん号の途中停車駅 母恋、御崎、輪西、東室蘭、鷲別、幌別、登別、白老、苫小牧、南千歳、千歳、新札幌

781系は、1978(S53)年11月に試作車(781系900番台)が6両編成1本で落成。翌年の1979(S54)年3月に札幌~旭川間の特急いしかり号で営業運転開始。

1980(S55)年6月には、量産車が6両編成7本落成し、10月1日の改正で、本格的に営業運転開始。 同時にいしかり号に代わり、旭川~札幌~室蘭間の特急ライラックが登場。白石~室蘭間電化。

1986(S61)年3月3日には、千歳空港(現、南千歳)~札幌~旭川間にホワイトアロー号(スーパーホワイトアローの前身)も登場。途中停車駅は札幌のみという速達列車となっていた。

同年11月1日には、スーパーホワイトアローの一部が苫小牧まで延長されていた。 途中停車駅は千歳空港と札幌

この頃に、6両8編成から4両12編成に組み替えられ、モハ781・サハ780-1、3、11、13号車の8両が先頭車改造され、100番台となった。

当時は多客期に4+4の8両編成で運転されていたこともあった。

1990(H2)年9月1日の改正で、ホワイトアローが785系によるスーパーホワイトアロー(札幌~旭川間)に置き換えられ、781系が一時的にライラックのみとなる。

1992(H4)年7月1日の改正で、ライラックの一部が、新千歳空港まで延長され、札幌~新千歳空港間の快速エアポートとなる。 同時に札幌~室蘭間がすずらん号となった。

同時に1、3号車の客扉が増設されていた。一部の編成は、2号車も増設されている。

2000(H12)年から2001(H13)年に掛けて、ライラック号に使用されるL1~6編成の指定席がuシート化される

2002(H14)年3月16日の改正で、快速エアポート号が130Km/h運転化により、785系に置き換えられ、快速エアポートの運用から撤退。781系の運用が札幌~旭川間のライラック号、札幌~室蘭間のすずらん号のみとなる。

2003(H15)年には、L7編成(クモハ781-7F)およびL104編成の中間車2両が、函館~吉岡海底間のドラえもん海底列車となり、L104編成の先頭車が保留車として苗穂工場に留置。 L7編成が6両編成化されて、ドラえもんのラッピングが施されていた。

2006(H18)年8月27日に運用離脱され、L104編成の先頭車およびドラえもん海底列車に使われていた編成が廃車となった。

2005(H15)年8月2日~7日、2006(H18)年8月2日~6日には、青森ねぶた祭に合わせて、臨時特急「ねぶたエクスプレス」が函館~青森間で運転されていたこともあった。同時に青函トンネル用のATC-L形も取り付けられていた。

のちに、オール試作車のL901編成(クモハ781-901F)も廃車となり、L6、L101編成も789系1000番台の営業運転を待たずに廃車となっている。

L101編成は、中間に試作車が連結された編成だった。

781系は、1995(H7)年12月22日に新千歳空港~札幌間での快速エアポートで乗ったのが最初で最後となった。あの時の編成番号は未確認。

9月30日の最終日は日曜日ということで大いに賑わうことが予想されています。

スーパーカムイについてはのちほど。
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by hy_sengen-sin | 2007-09-27 15:18 | 鉄道車両・路線
8月25日は、東京総合車両センターで行われたイベント(夏休みフェア)にに行ってきました。

ルート 目白~品川~大井町~旗の台~自由が丘~渋谷~目白

まずは、目白から山手線で品川へ。品川から大井町まで、京浜東北線の209系で移動。 

京浜東北線では、近いうちにE233系の1000番台が導入されることにより、209系が当たり前という時代も終わろうとしている。

大井町に到着した後、徒歩で東京総合車両センターへ。 正門をくぐったところには、昨年まで旧大井工場時代からのシンボルだった101系試作車(クモハ101-902、旧モハ90503)号車が保存されていたけど、今年10月14日に開館予定の新生鉄道博物館に移設されていたために、線路と解説の表示だけが取り残されてしまった。

この日は、品川消防署による防災体験も行われていた。

あとは、TCK大井競馬場からポニーが来て、ふれあいイベントが行われるはずだったけど、馬インフルエンザの影響により、厩舎外への連れ出しが禁止されていたので、中止となっていた。

大井工場(東京総合車両センター)は、1871(M4)年に日本で一番最初の車両工場である新橋工場として設立されたのが始まりで、1915(T4)年に現在地に移転、大井工場となる。

2004(H16)年6月1日に、山手電車区と統合されて、東京総合車両センターとなる。

次ぎに、屋内棟の見学。 ここでは入場中の横浜線用の205系のクラH4編成(クハ205-64F)、常磐快速線用のE231系(編成番号未確認)が入場していた。

今年もJRバス関東からの出展があり、夜行高速バスドリーム号で使用されている2階建てバス(三菱ふそう、エアロキング、D674-05504、足立200か11-85)が展示されていました。

こちらは、2005(H17)年に導入された三菱ふそうエアロキングの末期モデルであり、東京~大阪間のドリーム大阪号中心で運転されている。

中に入ったけど、空調が掛かってなく、窓が開かなかったので、夜行高速バスならではの快適性とは裏腹に、蒸し風呂状態となっていました。この時には、後部のエンジンルームの蓋が開けられ、公開されていた。

座席は3列独立シート。 

この後、E233系による試乗電車に乗り込みました。 この試乗用のE233系は、中央快速線用のトタH51編成(クハE233-51F)のうちの4両で、残りの6両は展示用となっていた。

こでまで東京総合車両センター(旧大井工場)のイベントで運転されていた試乗用電車は、2002(H14)年=南武支線用101系(現在は廃車)、2003(H15)年=ムーンライト用165系・湘南色(現在は廃車)、2004(H16)年=房総各線用113系初期型車(現在は廃車)、2005(H17)年=鶴見線用103系(現在は廃車)、2006(H18)年=相模線用205系

昨年の試乗用205系は、相模線の205系のコツR7編成(クハ205-507F)で、紺野あさ美女史の誕生日の番号であった。

2003(H15)年は残念ながら行くことが出来なかった。それ以外は全て乗っている。

一昨年8月27日のイベントの後、横浜BLITZで吉澤ひとみ、紺野あさ美、道重さゆみ、久住小春各女史と握手していたので、あの時を思い出しました。 

今回も、通勤特快青柳、青梅特快竜王、ホリデー快速あきがわ塩尻などの実際の営業運転では有り得ない表示が出ていた。

筆者が乗った時には、ホリデー快速あきがわ号で、東京始発で設定されていた。実際は全て新宿発着となっている。

この時に、撮影の人だかり等を見ることが出来ました。あとは、末端部で、りんかい線の70-000形(お台場ラッピング入り)、洗車体験用のE231系500番台(山手線用)を見ることが出来ました。あとは101系から改造された事業用車もあったし。

この後は、E233系の試乗用車を撮影しました。

屋内の見学の時に、気吹ロボットであるMO.MOちゃんを見ることが出来ました。 この時に、Berryz工房の桃ちゃんこと嗣永桃子女史を思い出しました。

この時に、取り外された台車や空気圧縮機などの車両工場ならではの風景を見ることが出来ました。

屋外の車両展示のブースでは、E233系、E231系、E217系、209系が展示されていました。

E233系は、中央快速線用のトタH51編成(クハE233-51F)のうちの6両

E231系は、東海道線、湘南新宿ライン用のコツS17編成(クハE231-8045F)

E217系は、横須賀・総武快速線用のクラY145編成(クハE217-2045F)

209系は、南武線用のナハ1編成(クハ209-18F)

南武線の209系のほうは、機器の更新等が行われて残る予定となっている。

隣の旧型車展示ブースでは、かつて荷物車として使用されていたクモユニ143形、クモハ12形2両(クモハ12052、12053号車)、クモヤ90801号車。

ここに展示されていた車両の一部が新生鉄道博物館に移ったために、展示車両が変更となっていた。

クモハ12形は、1996(H8)年まで、鶴見線の大川支線(武蔵白石~大川間)で走っていた。

定期運転終了後、2両共に、大井工場(のちの東京総合車両センター)で保存されるようになった。

クモユニ143-2号車は、東京総合車両センターの入れ替え車として使用され、青色と黄色の塗装に変更されていた。

クモヤ90801号車は、かつての73形通勤形電車から改造された事業用車で、現役当時は、北長野運転所(現、長野総合車両センター)での職員用輸送や入れ替え車として使用されていた。

休憩用車両は、E217系のY139編成(クハE217-2039F)で、種別幕は特別快速、運行番号表示(LED)は、この日の日付である0825が表示されていた。

このイベントが行われた8月25日は、Berryz工房の夏焼雅女史の15回目の誕生日であり、その当日は、大阪厚生年金会館でバースデーライブが行われていた。

その隣の車掌体験用車両は、宇都宮線・高崎線・湘南新宿ライン用のE231系のU14編成(クハE231-8007F)となっていた。 表示は、特別快速品川。

新系列車検修場には、E231系のK29編成(クハE231-8029F)があった。

車体の上げ下ろしの実演には、京浜東北線用の209系のウラ65編成のうちのクハ209-66号車が使われていた。

この時には、車体の吊り上げ、移動、トーイングカーによる牽引の実演が行われていた。こちらは毎年行われている。

高所作業車の乗車体験等が行われているけど、その高所作業車にはのび太くんという愛称が付いていた。

このイベントでは、黒岩さんも来ていたけど、今年は会えなかったのが残念である。

大井町の東口には、丸井があったけど、今年8月31日をもって閉店となっている。 丸井の中野本店のほうも、8月26日に閉店となったし。

大井町のイトーヨーカ堂は、りんかい線の地下コンコースと直結し、JR線や東急大井町線方面へも行けるので、雨の日の買い物にも便利である。

大井町からは、東急大井町線の9107Fによる80周年記念号で旗の台まで移動。 中延で8000系8001Fとすれ違ったので、8001Fが来るのを待ちました。

東急大井町線の9000系は、9107Fが大井町線で唯一の9000系となっていたけど、東横線から転属してきた9001Fも加わって2編成となった。 この日は、9001Fの試運転も行われていた。

大井町線は、1927(S2)年7月6日に、前身の目黒蒲田電鉄(目蒲電鉄)により、大井町~大岡山間が開業したのが始まりで、今年で80周年を迎えていた。

旗の台では、1012Fによる池上線の全通80周年記念号も撮影しました。 こちらは1023Fにも付いている。

池上線のほうは、来年6月17日に、五反田~大崎広小路間が開業し、全線開通してから80周年を迎えることになる。

旗の台から自由が丘までは、8000系の8001Fに乗車。 こちらのほうは、今年度末までには廃車予定となっているので、乗ることが出来てよかったです。

自由が丘から渋谷までは、5050系の5155Fに乗りました。

筆者の多忙により、もうすぐ9月が終わるというのに、未だに8月のことを書いているということで更新が大幅に遅延しています。 更新が遅れたことで深くお詫び願います。

お急ぎの方は、mixiまたははてなのブログ(宣言仏の紺碧@さゆこは713M日記)をご参照願います。遅延回復には大変時間が掛かるということでご了承願います。
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by hy_sengen-sin | 2007-09-27 12:17 | 鉄道イベント

川越

8月20日は、川越水上公園のプールに行ってきました。

ルート 池袋~志木~川越~川越水上公園~本川越…川越市内散策…川越~志木~和光市~小竹向原~新線池袋

まずは、池袋から志木まで、8000系の8186+8534Fによる準急で移動。東武東上線の8000系は、最後まで残った未更新車が入場したために更新車で統一されている。こちらは筆者がモーニング娘。のメンバー全員と握手したことがあるということになぞらえている。

志木駅のトイレは以前ホームの朝霞台寄りにあったけど、現在は橋上駅舎部分に移設されている。

志木から川越までは、10030系(11435+11661F)による急行で移動。

川越から川越水上公園までは、西武バスの川越100系統、A8-487(所沢200か・541)号車のUD車で移動。

川越水上公園は、1988(S63)年に開園した県営の公園で、夏にはプールも開設されている。
やはり上尾市にあるさいたま水上公園などと同様に、海の無い埼玉県で、海にいるような気分を味わってもらいたいという願いで作られていた。
こちらは川越線の西川越駅から徒歩で行くことも出来るけど、夏季のプール開設期間には、川越駅から本川越駅経由で西武バス川越営業所による川越100系統という臨時バスが運転されている。

この日は暑かったので絶好のプール日和となりました。

この後、本川越駅まで、西武バスのA5-71(所沢200か・876)で、いすゞのエルガだった。

西武バスのいすゞ車は、埼玉県エリアの路線車のみとなっていたけど、最近になってからは、都内の一部の営業所並びに高速バスでも見るようになった。

高速バスのいすゞ車は、もちろん新型ガーラ(通称セレガーラ)となっている。

こちらはJ-BUS系で、日野セレガのOEM供給車(エンジンも日野自動車製)となっている。

川越では、時の鐘などを見物しました。
川越から志木までは、東京メトロ10000系の10101Fに乗車。
筆者が東武東上線で東京メトロ10000系に乗ったのは初めてだった。こちらは昨年9月30日に新木場で行われた撮影会で展示されていた編成だった。

東京メトロ10000系が登場してから9月1日で1年経ったのである。その本数は大幅に増えている。

志木駅では、東上線スタンプラリーのHMの付いた50000系の51002Fを撮影することが出来ました。51002Fは、一昨年10月に導入された貫通ドア付きの50000系だけど、地下鉄乗り入れ仕様に改造される予定は今のところ無い。

志木から和光市までは8000系の8111F+未確認による急行で移動。こちらは一昨年までリバイバルカラーで活躍した8108Fなどと同様に、1963(S38)年に登場した車両で、オリジナルスタイルのままで更新された車両である。こちらのほうは、車齢44年となっているので、50070系の導入により廃車となる確率が高い。

東武8000系と同世代であるJR西日本の103系の1号車(クハ103-1F)も未だに現役である。

和光市から小竹向原までは、東武50070系の51072Fに乗車。これにより東武鉄道の全形式を制覇しました。

東武鉄道の有楽町線乗り入れ運用は、9000系列が当たり前だったけど、7月の50070系の有楽町線乗り入れ解禁により賑やかとなった。

50070系は、50000系や、半蔵門線直通用の50050系と比べて、行き先表示のフルカラー化、座席の変更などで変化している。

小竹向原では、西武6000系の更新車である6104Fによる所沢行きを見ることが出来ました。西武6000系の更新車は、最近になってから本来の地下鉄乗り入れ運用にも入るようになった。更新前に新宿線に在籍していた6103~6107Fは、初めて地下鉄乗り入れ運用に使用されるようになった。新宿線に残った6101,6102Fは、地下鉄に乗り入れることの出来ない6000系となってしまう。
小竹向原から新線池袋までは、東京メトロ10000系の10111Fに乗車。今回東京メトロ10000系の2次車に乗ったのは初めてでした。新線池袋では撮影を行いました。新線池袋の表示は、来年6月の副都心線の開業の暁には姿を消してしまうことになる。

ホームの外壁では、改修工事が行われていました。

有楽町線の07系のほうは最近見ないけど、どうなったのか気になります。
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by hy_sengen-sin | 2007-09-25 12:24 | 鉄道乗車記

みたけ・おくたま探訪号

8月19日は、立川から千葉まで、旧あさま色の189系による快速みたけ・おくたま探訪号に乗りました。この時に使われた編成は、長野総合車両センター所属(快速妙高用)のN102編成(クハ189-9F)による6両編成で、千葉寄りの2両が自由席で、他の4両が指定席だった。

こちらは8月18,19日に千葉~奥多摩間で運転されていた

途中停車駅は、稲毛、津田沼、船橋、市川、新小岩、錦糸町、秋葉原、新宿、立川、拝島、青梅、御嶽。

この頃御岳山ではレンゲショウマが見頃を迎えていた。筆者は8月26日に行ったので近いうちに書く予定です。

牛久から上野まで、E531系による常磐特快、上野から秋葉原経由で飯田橋まで行き、日本武道館まで歩いて行きました。
日本武道館では毎年恒例の日テレ系のチャリティー特番である24時間テレビの収録が行われていたので、アリーナでの募金に参加しました。昨年は募金での入場で待たされていたけど、今年はすぐに入ることが出来てよかったです。

日本武道館で募金をした後、靖国神社で参拝し、市ヶ谷まで歩きました。市ヶ谷から四ッ谷乗り継ぎで立川へ。四ッ谷から立川までは、E233系のH49編成(クハE233-49F)で移動。

立川からは先頭のクハ189-510号車に乗りました。

510の番号(後藤・ごとうの語呂合わせ)ということで、元モーニング娘。のごっちんこと後藤真希女史やTHEポッシボーのごとぅーこと後藤夕貴女史を思い出しました。

このN102編成は、8月11日に運転されたあずさ81号に使用されていた。こちらは臨時列車でありながら、あずさ号で唯一の6両のモノクラスとなっていたし。

立川から新宿まではノンストップ運転だったので、かつての183系によるあずさ・かいじ号を思い出しました。

表示は快速。その4分前には215系によるホリデー快速ビューやまなし号が出ていた。

本当は新宿か錦糸町で乗り換えて横浜まで行き、横浜BLITZで行われたモーニング娘。のイベント会場に会場推しで行くはずだったけど、某ブログによる情報で握手会があったということを知ったので会場推しを中止し、千葉まで乗ったのである。この時にしおさい16号の新宿行きに乗り継ぐことが可能と判明したので。
錦糸町~千葉間は、総武快速線と同じ駅に停車。この時も、かつての183系の千葉あずさを彷彿とさせる状態となった。
女に幸あれの発売記念の握手会には、らぶかつさんなどが参戦していた。

このイベントは筆者はもちろんのこと、樋口君も落選していたので会えなくて残念に思っています。
握手会では、大阪・新歌舞伎座でのモーニング娘。誕生10年記念隊のツアーに出ていた新垣里沙・久住小春両女史を除いた7人で行われていた。特に田中れいな・亀井絵里両女史とは、2003(H15)年以来足かけ4年間握手していない状態が続いているので寂しいです。1推しの道重さゆみ女史とは、6月16日に握手したから救われている。

当時はモーニング娘。のメンバー全員と握手している状態なので前回(4月29日)にディファ有明で行われたイベントほどは凹まなかった。
それでも落選したことで残念に思っています。

筆者は6月30日以来握手会とは無縁の状態が続いており、当分の間握手会無しのコンサートやイベントの参戦が続きそうです。

モーニング娘。の道重さゆみ女史とは、2003(H15)年のデビュー当時以来4回握手したことがあるので、現役のメンバーでの握手の最多記録を更新している。
道重さゆみ女史が1推しであることはこのような理由もある。

因みに2推しの久住小春女史とは、3回握手したことがある。2月4日には、内房線(黒岩氏凱旋)撮影ツアーの後に久住小春・光井愛佳・吉澤ひとみ各女史と握手することが出来たこともあった。

千葉に到着した後、スカ色の113系との並びを撮影しました。

千葉から新宿までは銚子発新宿行きのしおさい16号で移動。しおさい16号はしおさい号で唯一の新宿発着で、新宿しおさいと呼びたくなるような列車であります。こちらは一昨年12月10日から255系で運転されており、新宿21時08分発のホームライナー千葉3号(土曜・休日はホームライナー津田沼号)の送り込み運用でもある。

以前は新宿行きのあやめ号もあった。新宿到着後に回送列車となっていたことを覚えている。

この時に乗った255系は、1993(H5)年7月2日にビューわかしお・ビューさざなみ号でデビューした時から使われているBe02編成(クハ255-2F)だった。

第一編成はBe01編成となっているので、今から20年前の1987(S62)年に日産自動車で限定発売されたBe-1という車を思い出します。

筆者が255系に乗ったのは2004(H16)年11月3日以来で、総武本線で乗ったのは初めてだった。こちらはNE'Xの253系がベースとなっているので違和感は無いと思います。

千葉を出た後、錦糸町、秋葉原、新宿の順に停車。

一昨年11月26日に筆者が新木場のスタジオコーストで初めてなっちこと安倍なつみ女史と握手した後、東京駅からあやめ1号で千葉まで行き、新宿行きのしおさい16号で折り返していたこともあった。当時は255系やE257系500番台に置き換えられる寸前の183系で最初で最後のリレーしていた。183系のあやめ号に乗ったのもあの時が最初で最後となった。前者は6両、後者は8両だった。

東京19時15分発のあやめ1号は、E257系の10両編成に置き換えられた後、成田で打ち切られ、土曜・休日運休となった。
183系の6両編成は、全て貫通ドア付きの0番台で占められ、オリジナルの幕式の表示となっていた。一部の編成は、廃車となる前に翌年の初詣輸送に使用されていたこともあったし。183系の0番台の貫通先頭車は、LED表示に改造された編成を含めて全て廃車・解体されてしまったのでその姿は見ることが出来ない。

255系やE257系は、253系と同様に130Km/h運転対応となっている。

今年8月10~19日には、新宿→成田空港間で、E257系500番台の5両編成による特急ウィングエクスプレスが秋葉原経由で運転されていた。新宿→空港第2ビル間では、途中秋葉原、錦糸町、船橋にも停車していた。ウィングエクスプレスは過去に183系で運転されていたことがあったけど、今回はE257系化、ルート変更の上で復活していた。

新宿に到着した後、山手線に乗り換えて帰りました。
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by hy_sengen-sin | 2007-09-21 13:40 | 鉄道乗車記
8月18日は、中野サンプラザでのBerryz工房のコンサート、4年ぶりに再開された多摩川花火大会に行ってきました。

総武快速線の馬喰町駅から総武緩行線の浅草橋駅まで歩いて行ったけど、ここで隅田川と神田川に跨る場所を見ることが出来ました。この周辺は屋形船の拠点となっている。筆者は屋形船に乗ったことが無いのでいつかは乗ってみたいと思っています。

浅草橋からは御茶ノ水乗り換えで中野へ。中野サンプラザでは、Berryz工房の夏のコンサート(ウェルカム!Berryz宮殿)を見ました。座席は21列と、12日のモーニング娘。誕生10年記念隊の時よりも1列後ろであった。

今回のコンサートは、8月1日に発売されたアルバム(4th 愛のなんちゃら指数)の収録曲が中心で、夏に相応しい内容の曲も出てきていた。
このツアーは、8月11,12日のハーモニーホール座間を皮切りに、8月17,18,19日の中野サンプラザ、8月21日の静岡市民文化会館、8月25,26日の大阪厚生年金会館、8月28日の宮城(Zepp Sendai)、8月30日の北海道(Zepp Sapporo)、9月1,2日の愛知厚生年金会館、9月8日の福岡(Zepp Fukuoka)で行われていた。

8月25日の大阪公演の日は、メンバーの夏焼雅女史の誕生日だったのでバースデーライブとなった。
筆者はBerryz工房のメンバーでは、嗣永桃子女史がお気に入りであります。

あの後は中野から新宿まで201系のT109編成(クハ201-95F)で移動。この編成は、8月15日に行われた諏訪湖祭湖上花火大会の臨時列車として貸し出されていた編成でもあった。

新宿から渋谷まで山手線、渋谷から二子玉川まで5000系の5105Fで移動。この編成は、今年4月に6ドア車が組み込まれていた。この時に臨時ダイヤとなり、急行運転が中止となっていた。

二子玉川駅から世田谷区側(世田谷区たまがわ花火大会)の会場まで行ったけど、メジャーな花火大会らしく混雑していた。2004(H16)年から2006(H18)年までは、多摩川の支流である野川の水害対策に伴う改修工事により、世田谷区側のみ休止されていた。

今年はその改修工事が完了した為に4年ぶりに再開していたのである。

対岸の川崎市側でも川崎市制記念多摩川花火大会が行われているけど、4年ぶりに同時開催ということになった。

川崎市側の多摩川花火大会は、1929(S4)年に六郷橋付近で行われたのが最初である。1954(S29)年には、多摩川大橋付近に移り、1973(S48)年からは市制記念として毎年行われるようになり、1975(S50)年からは、現在の二子橋付近で行われるようになったのである。

1994(H6)年には、世田谷区側でも行われるようになった。

2003(H15)年には、荒天・増水により、中止となっていた。

せたがや花火大会のテーマは、水辺がテーマとなり、いろいろな花火が打ち上げられていた。 この時に、川崎市側の花火も見ることが出来たので一石二鳥でした。

このような花火大会の同時開催のことで、8月の第一土曜日に行われている板橋と戸田の花火(荒川沿い)を思い出しました。

筆者は世田谷花火大会を見に行ったのは、1998(H10)年以来9年ぶりだった。

帰りは、二子玉川駅が混雑し、入場制限が掛かっていたけど、ここへ向かうルートも制限が掛かっていました。

仕方が無いので、二子橋を渡り、二子新地駅まで行ったけど、ここでも混雑による入場制限が掛かっていたので、JR南武線の武蔵溝ノ口駅まで歩いていきました。 この時に高津、溝の口駅から田園都市線で帰ることも可能だったけど、渋谷方面でまた混雑した列車に乗せられるので、登戸まで南武線に乗ったのである。 

高津駅付近では、溝の口発小杉駅(武蔵小杉)行きの東急バス(KA1700、川崎200か・715号車、富士重工+日産ディーゼル車)を見ることが出来ました。

こちらは、1998(H10)年に新羽営業所に配属され、昨年に川崎営業所に転属していた。 このことで、モーニング娘。の久住小春女史の誕生日である7月15日を思い出しました。

715番の東急バスと言えば、お膝元の高津営業所のTA715号車(川崎200か・746、2002年式のUD車)、青葉台営業所のAO282(横浜200か・715号車、2001年式の三菱ふそう車)もある。

道重さゆみ女史の誕生日の番号である713番の東急バスは、高津営業所のTA713号車(川崎200か・739、2002年式のUD車)、虹ヶ丘営業所のNJ774号車(川崎200か・713、2002年式のいすゞ車)、新羽営業所のNI201(横浜200か・713号車、2001年式のUD車)となっているし。

武蔵溝ノ口から登戸までは、元山手線のクハ205-20F(ナハ36編成)で移動。登戸から成城学園前までは、新3000形の3651Fによる各駅停車、成城学園前から新宿までは、3269+8054Fによる急行で移動し、新宿から山手線で帰りました。
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by hy_sengen-sin | 2007-09-20 15:54 | ハロプロ観戦系

空港快速

お詫び、最近はこのブログの更新が大幅に遅れ、大変申し訳ありませんでした。9月なのに未だ8月のことを書かざるを得なくなってしまいました。このことで深くお詫び申し上げます。10月の鉄道活動ラッシュの時までには遅延回復させていきたいと思います。
本題に入るけど、8月17日は、ポケモンスタンプラリーの合間を利用して、浜松町から羽田空港第2ビルまで、東京モノレールの空港快速に乗りました。

東京モノレールの空港快速は、3月18日に、区間快速と共に登場した種別で、空港快速は、浜松町~空港第1ビル間ノンストップ運転となっており、1964(S39)年9月17日に浜松町~羽田間が開業した(途中駅が無かった)当時を彷彿とさせる列車となっている。
つまり、浜松町を出ると、羽田空港までまっしぐらという状態である。

区間快速は、これまでの快速の停車駅に大井競馬場前、流通センターを加えたものとなっている。

この時に乗った編成は1000形の1013F。

昭和島駅では、普通列車の追い抜きが行われていました。

以前は2面2線の相対式ホームだったけど、外側の待避線の新設により、2面4線となったのである。普通列車の追い抜きは、空港快速のみで、区間快速では行われない。

この時には、開業当時の塗装が再現された1000形も運転されていました。

今から5年前の2002(H14)年に、JR東日本グループになってからは、京急との対抗が積極的に行われるようになったけど、空港快速の新設はこの一環で行われていた。

整備場駅付近では、旧整備場地区や新聞社の飛行機の格納庫が見えてくるので、羽田空港まで来たことを実感しました。天空橋を出た後の地上区間では、ANAのポケモンの飛行機が離陸していくところを見ることが出来ました。

羽田空港第2ビル駅に到着した後、第2旅客ターミナルビルの屋上に行き、ANAのポケモンの飛行機などを見ました。この日は沖合の新C滑走路着陸、新A滑走路離陸となっていたので、着陸する飛行機も見ることが出来たのである。

こちらは飛行機だけでなく、東京湾の眺めも楽しむことが出来るのでデートスポットに適している。夜は夜景が綺麗だし。

あの後は京急の羽田空港駅の上にある連絡通路を通り、第1旅客ターミナルビルに行き、JALなどの飛行機を見ました。この時には離陸する飛行機も見ることが出来たし。今から10年前の1997(H9)年に新C滑走路が開設された当時、新C滑走路から離着陸する飛行機を間近で見ることが出来なかったけど、2004(H16)年12月1日に第2旅客ターミナルビルが新設されてからはこのような問題が解消されていた。

第1旅客ターミナルビルでは、第2ターミナルビルオープン前、北側にANAなど、南側にJALなどが入っていた。

ターミナル間の連絡通路は、羽田空港にはあって成田空港にはない。成田空港の場合は、ターミナル間の連絡バスに乗らなければならない。
羽田空港第1ビルから天王洲アイルまでは、区間快速に乗車。途中流通センター、大井競馬場前にも停車していた。

この時に乗った車両は1056Fで、ポケモンのラッピングとなっていました。車内にもポケモン仕様だったのでポケモンスタンプラリーのPR列車となっていたし。
駅に運転予定表があったので助かりました。

根岸では、タキ1000-370,609,424,486号車などを見ることが出来ました。

新川崎ではタキ1000-713号車(7月8日に郡山で見た車両)と再会することが出来ました。
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by hy_sengen-sin | 2007-09-19 12:25 | 鉄道乗車記

記念隊ツアーと都電

8月12日は、中野サンプラザで行われたモーニング娘。10年記念隊のコンサートに行ってました。こちらは飯田圭織、安倍なつみ、後藤真希、新垣里沙、久住小春各女史が出てきて、過去のモーニング娘。の曲も披露されていた。

この公演は前日の8月11日にてるちゃん氏も見に行っていた。

中野から東京までは201系のH7編成(クハ201-129F)で、東京から王子までは209系のウラ73編成(クハ209-75F)で移動。王子から荒川車庫前までは、7000形の7002号車で移動し、都電おもいで広場での夏祭り会場に行きました。2両の展示車両には入れなかったけど、ライトアップされていました。ここでは夏祭りらしい露店があった。

ここで森敏英さんと出会いました。

森敏英さんは、9000形新レトロ電車で現地入りしていた。

荒川車庫前から大塚駅前までは森敏英さんと8500形の8503号車で移動。こちらは今から15年前の1992(H4)年5月2日に8502号車と共に導入されていたけど、座席はバス型シートとなっていた。

森敏英さんのほうは、東池袋4丁目まで行き、ここから有楽町線・東武東上線経由で帰っていた。

来年6月に東京メトロ副都心線が開業すれば、鬼子母神前電停(雑司が谷駅)でも乗り換えが可能となる。表記が都電の雑司ヶ谷電停と紛らわしい状態が懸念されている。

大塚駅前からは山手線で目白まで行き、ここから帰りました。
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by hy_sengen-sin | 2007-09-17 20:05 | ハロプロ観戦系