交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

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都営バスFL01

あの後は、葛西駅前から亀戸(水神森)まで、都営バスのFL01系統(フレキシブルバス)で移動しました。

こちらは、4月21日にも乗っているので同じルートを辿ったことになった。当時はV-L723(足立200か・795号車)に乗っていた。 723ということで、元モーニング娘。の安倍なつみ女史を思い出しました。 723番は、723(なつみ)の語呂合わせなので。

今回乗った車両は、V-L740(足立200か・841)で、いすゞのノンステップバスである。

都営バスでは、今年度導入分のR台車が、7月31日より順次導入されているけど、第一段階として、品川に5台(R551~555)、江東に4台(R595~598)、江戸川に4台(R623~626)が入っており、1994(H6)年度に導入されたA代車、1995(H7)年度に導入されたB代車に廃車が出ている。 A代車は、今年度中に全廃される予定となっている。

2003(H15)年度のL番台車までは、基本的に営業所毎にメーカー(4社)が指定された方式となっていたけど、2004(H16)年度分のM代車からは、導入年度毎に導入車種が指定されるようになった。

渋谷、千住、南千住、青戸、早稲田=三菱ふそう 北、練馬、江東=日産ディーゼル 品川、港南、杉並、青梅、江戸川(旧葛西)=日野 新宿、小滝橋、大塚、巣鴨、臨海、深川=いすゞ

2005(H17)年3月31日まで存在した目黒支所(旧目黒営業所)は、日野が指定車種となっていた。

2004(H16)年度(M代車)は、いすゞまたは日野(J-BUS製)、2005(H17)年度(N代車)は、いすゞまたは日野(J-BUS製、CNG車を含む)、日産ディーゼル(西工製)、2006(H18)年度(P代車)は、日産ディーゼル(西工製)、三菱ふそう製(CNG車)、いすゞ(JーBUS製、貸切車)、今年度(R代車)は、日野(J-BUS製)となっている。

今年度導入の日野車は、ブルーリボンII(PKG-KV234L2、いすゞ・エルガのOEM供給車)となっており、前面のライトが1つ(一つ目)となっている。

江東営業所は、2006(H18)年4月から12月まで在籍した元新宿支所(現渋谷営業所新宿分駐所)のL-A402(足立200か14-09)号車や、2003(H15)年度に、都07系統(門前仲町~錦糸町間)の江東営業所への移管により葛西営業所(現江戸川営業所)から転属したX605~X610号車を除き、日産ディーゼル車で独占していた状態だったけど、今年度からは日野(J-BUS)車も本格的に加わるようになった。 江東営業所への日野車の配置は、X605~610号車以来4年ぶりとなった。

北営業所の練馬支所も、新宿支所(現、新宿分駐所)または早稲田営業所から転属してきたいすゞ(J-BUS)製が入ってくるまでの間は、日産ディーゼル製の車両で独占されていた。

品川営業所と江戸川営業所(旧葛西営業所)は、元々日野自動車製が指定メーカーとなっていたので、日野車同士の置き換えとなった。江戸川営業所(旧葛西営業所)への日野車の導入は、4年ぶりとなった。

都営バスの江戸川営業所(旧葛西営業所)は、1972(S47)年10月15日の開設当時は、江東営業所の支所となっていた。開設当初に日産ディーゼル車が混在していたのはそのためである。

あの後、水神森では、サンストリートに立ち寄りました。 ここでは、江戸川営業所のV-R623号車を見ることが出来ました。

亀戸から御茶ノ水まではE231系のクハE231-10F、御茶ノ水から新宿まで201系のクハ201-19Fで移動しました。
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by hy_sengen-sin | 2007-08-31 15:34 | バス乗車記

地下鉄博物館8/4

8月4日は、葛西の地下鉄博物館で行われた5000系や10000系に関する展示会(さようなら東西線5000系と新型車両10000系の登場展)に行ってきました。

ルート 池袋~飯田橋~葛西~亀戸~御茶ノ水~新宿~目白
飯田橋駅ではポケモンスタンプを押しました。

まずは有楽町線直通の西武6000系の6112Fで移動。こちらは1994(H6)年の新製当時、西武新宿線に在籍していた。

6000系の更新車である6103F~6107F(いずれも元西武新宿線)は、最近になってから有楽町線乗り入れ運用にも進出している。

8月2日には、6114Fが出場。 現在は6115Fが入場中である。

6114Fは、生え抜きの編成で初めて改造された編成で、1995(H7)年に導入されていたけど、導入当初はATCが付いていなかった。1998(H10)年には6113F、新宿線から転用された6115Fと共にATC装置が取り付けられていた。

6115Fは、1995(H7)年に新宿線に配置され、1998(H10)年に池袋線に入っていた。

飯田橋から葛西までは05系の05-120Fに乗車。こちらは千代田線の06系や有楽町線・東西線の07系に準じている。

葛西では地下鉄博物館に行き、今年3月に東西線から引退した5000系や、昨年9月に有楽町線に登場した10000系に関する展示を見ました。
5000系は、1964(S39)年12月23日の営団地下鉄東西線の高田馬場~九段下間の開業登場は、3両編成で、6編成18両となっていた。

開業当初は、九段下駅付近で地下に吊り下げられていた。前面の帯は細かったし。

そのパネルも展示されていました。

あとは5000系や10000系の模型もあったし。

10000系は、9月1日で登場1周年を迎えることになる。

5000系は、2005(H17)年度中に05系によって置き換えられる予定だった。

2006(H18)年度になり、有楽町線に10000系が導入され、捻出された07系が東西線に転用され、5000系が置き換えられたのである。

副都心線でホームドアの導入が決まり、それに対応しない07系が、東西線の5000系の置き換え用として白羽の矢が立っていた。有楽町線に残る07系も、有楽町線から追われることが予想されている。

あとは記念撮影用のコーナーもあった。

この展示は、6月26日から8月5日まで行われていた。

館内の展示については割愛。
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by hy_sengen-sin | 2007-08-31 12:02 | 鉄道の博物館

大鉄道博覧会

7月31日は、両国の江戸東京博物館で行われた大鉄道博覧会に行ってきました。
ルート 目白~高田馬場~新大久保…大久保~千駄ヶ谷…信濃町~四ッ谷~神田…新日本橋~錦糸町~両国~飯田橋…市ヶ谷~代々木~目白
これらの駅ではポケモンスタンプを押しました。

新大久保と大久保、千駄ヶ谷と信濃町、神田と新日本橋の間は徒歩。ポケモンスタンプは全て改札外にあるため。

四ッ谷から神田まではE233系のT9編成に乗車。この日は武蔵小金井駅で人身事故があった関係でダイヤが乱れていた。

神田から新日本橋までは以前歩いて行ったことがあるのでルートが頭に入っていた。新日本橋駅は東京メトロ銀座線・半蔵門線の三越前駅とも直結しているし。
馬喰町駅から浅草橋駅まで徒歩で行くことも可能である。

新日本橋から錦糸町乗り換えで両国へ。 総武快速線で乗った編成は、E217系のクハE217-27Fだった。

両国では、江戸東京博物館に行き、大鉄道博覧会を見物しました。

江戸東京博物館は、両国の国技館近くにあり、常設展示室と企画展示室に分かれている。

開館したのは、1993(H5)年3月28日のことで、小金井公園にある分館である江戸東京たてもの園と同時に開館していた。

筆者は以前常設展を見たことがある。

こちらは、その名の通り、江戸と東京の歴史に関する資料等が展示されている。 ここでは昔の江戸橋(日本橋)が復元されているし。


今回は大鉄道博覧会のみの入場。

入場した時には、昔のSLの映像が流れるスクリーンがありました。

この横には、100年前に製造された軽便蒸機である「下工弁慶号」が展示されていました。

こちらは普段は山口県の下松市で保存されているけど、修復の上で、三岐鉄道北勢線(旧、近鉄北勢線)に貸し出されていたことがあった。貸し出されていたのは、2004(H16)年4月から今年4月までの3年間だった。

近鉄北勢線が、三岐鉄道に移管されたのは、2003(H15)年4月1日のことで、下工弁慶号が貸し出されていたのは、その後だった。

1934(S9)年には、教材用として、山口県の下松工業高校に寄贈されていたので、下工弁慶号の由来となっている。

それ以前の現役当時は、山口県の徳山海軍燃料廠で石炭運搬輸送で活躍していた。

1988(S63)年に復元され、下津井電鉄線(1990(H2)年12月31日に廃止)で復活していた。

山口県と言えば、モーニング娘。の1推しメンバーである道重さゆみ女史や、同県在住のてるちゃん氏を思い出します。

下松市といえば、日立製作所の鉄道車両部門の工場(笠戸事業所)があることで有名であるし。 以前は普通鋼製車やステンレス車も製造されていたけど、現在は、アルミ車専門となっている。

こちらは、東急車輌がステンレス車中心となっていることと対称的である。

下工弁慶号のVTRを見たけど、100年経っても元気に走っていたことで凄いな!と思いました。 

こちらは今から100年前の1867(M40)年に、東京の石川島造船所(現 石川島播磨重工業)で製造されていた。これにより、100年ぶりに東京に里帰りしたことになった。

保存されている場所は下松市役所前庭グリ-ンプラザの展示格納庫である。

他には、かつての客車列車つばめ号の展望車のモデル、木製長いす、駅名版、修学旅行電車・きぼう号などの座席、オハネ17形客車の3段寝台のモックアップ、赤帽の歴史、20分の1モデル・OJゲージモデルとヘッドマーク、通票閉そく器、手動式券売機、101系のモックアップ、軽便蒸機くろひめ号など懐かしいものが展示されていた。

あとは貨車の模型もあったけど、家禽車と呼ばれる駕籠に入った凶暴なニワトリを運ぶ貨車も模型もあった。家禽車は、家畜を運搬する家畜車の一つである。 

ニワトリと言えば、元モーニング娘。(現美勇伝)の石川梨華女史の苦手な家禽であることで有名である。

以前はウ500形という豚積車もあった。ウは、豚の鳴き声であるブゥのウである。

つばめ号の展望デッキは、以前東京と大阪を結んでいたつばめ・はと号に連結されていたものが再現されたもので、実際に展望台部分に入ることが出来たのである。 ここに立つだけであの時の雰囲気を味わうことが出来る。

101系のモックアップは、昨年5月14日に閉館した交通博物館に展示されていたものである。

ここに展示されていた軽便蒸機くろひめ号は、1956(S31)年に国内で最後に製造された蒸気機関車であり、現役当時は、新潟県糸魚川市の東洋活性白土線で、活性白土の輸送で活躍していた。 1982(S57)年に廃止後、C12-88号機と共に糸魚川小学校で静態保存されている。

この展示会で展示されていた軽便蒸機は、国産最古と国内で最後に製造されたものとなっている。 

新潟県といえば、モーニング娘。の久住小春女史の出身地(糸魚川市から離れている)であるので、下工弁慶号は、道重さゆみ女史の出身地である山口県、くろひめ号は、久住小春女史の出身地である新潟県で走っていた(保存されている)状態である。 どちらも筆者が推しているモーニング娘。のメンバー(レインボーピンク、さゆこは)の出身地であることが分かる。前者は山口県宇部市、後者は新潟県長岡市(旧三島郡和島村)出身であるし。

メロン記念日の斉藤瞳女史は、新潟県新潟市南区出身だけど、こちらは2005(H17)年3月20日まで月潟村となっていた。

旧月潟村は、1999(H11)年4月4日まで、新潟交通電車線が乗り入れていた。新潟交通電車線は、1992(H4)年3月19日に東関屋~白山前間が、翌年の1993(H5)年7月31日に燕~月潟間が廃止されていた。 末期は、月潟~東関屋間の路線となっていた。

月潟駅跡には、かつて新潟交通線で走っていた車両が保存されている。

2001(H13)年1月1日に、黒崎町が、2005(H17)年3月21日に、 新津市、白根市、豊栄市、小須戸町、横越町、亀田町、岩室村、西川町、味方村、潟東村、月潟村、中之口村が新潟市にそれぞれ編入されていた。 

今年4月1日には、静岡県浜松市と同様に、政令指定都市となった。

旧亀田町は、米菓メーカーである亀田製菓の本社・工場があることで有名である。こちらは今年8月26日に創立50周年を迎えていた。旧亀田町や亀田駅と聞いただけで、亀田のあられやおせんべいを連想します。

新潟市は、演歌歌手である小林幸子女史の出身地としても有名である。

奧のコーナーには、昭和30年代の私鉄沿線がイメージされた模型のコーナーがありました。

あとは、昔のポスターもありました。

この展示会は、7月10日から9月9日まで開催。 まだの方はお早めに。最終日の9月9日は混雑が予想されています。

ここでは、八戸の鯖寿司を買って食べました。 終了間際で最後の1個となっていたので、自分が買ったことによって完売となっていた。

商品が完売したということで、買えなかった人には気の毒だけど、売る人にとっては嬉しい出来事である。

8月11日には、SUPER BELL”Z(スーパーベルズ)と鉄道アイドルである豊岡真澄女史もライブが行われていた。 

この後、代々木まで行ったけど、市ヶ谷から代々木まで、E231系の試作車であるミツ901編成(クハE231-901F)で移動しました。 こちらは、1998(H10)年10月に209系950番台として落成し、翌年の1999(H11)年3月27日に営業運転入りしていた。 2000(H12)年にE231系の量産車の登場により、E231系900番台に編入されていた。

こちらは、小山車両センターのE231系のU501編成(クハE231-6001F)と同様に、ローレル賞のプレートが付いている。

代々木では、FM-FUJIの東京支社内にあるStudio VIVIDで行われたラジオの収録を見ました。 

FM-FUJI(エフエム富士)は、山梨県甲府市に本社のFMラジオ曲である。

この時には、モーニング娘。の道重さゆみ、田中れいな、光井愛佳各女史が出てきていた。

この日は仕事が休みだったので、見ることが出来てよかったです。

7月23日にも、モーニング娘。の高橋愛、亀井絵里両女史が出てきた収録で行ったことがあるけど、仕事が終わった後でも参戦可能な時間帯だったからちょうどよかった。

18歳以上なら、テレビやラジオの深夜放送(夜22時以降)の出演が可能となっているので、亀井絵里女史も、昨年12月23日に18歳になったので可能となっていた。

昨年11月6日に高橋愛・新垣里沙女史が出てきた収録があったけど、後者が昨年10月20日に18歳になったので可能となっていたし。

筆者の1推しメンバーである、道重さゆみ女史は、7月13日に18歳になったので、深夜放送の生出演も可能となっている。 今年11月11日には田中れいな女史も18歳になるので、深夜放送にも出れるようになるし。

今年11月11日は、愛知厚生年金会館(ウェルシティなごや、池下駅付近)でモーニング娘。と美勇伝のコンサート(モーニング娘。コンサートツアー2007 秋 ~ ボン キュッ!ボン キュッ!BOMB ~ )が行われるけど、当日は田中れいな女史の誕生日ということで賑わうことになる。 定員が1666名と少ないので、競争率が大幅に上昇していた。

モーニング娘。コンサートツアー2007 秋 ~ ボン キュッ!ボン キュッ!BOMB ~は、9月22、23日に大宮ソニックシティ、9月30日に長野県県民文化会館、10月13日に大阪厚生年金会館、10月14日に神戸国際会館こくさいホール、10月20、21日に東京厚生年金会館(新宿)、11月3日に三重県文化会館(津)、4日に静岡市民文化会館、11月11日に愛知厚生年金会館、11月17日に大阪厚生年金会館、11月24、25日に東京厚生年金会館でそれぞれ行われる予定。

筆者は、9月30日の長野県県民文化会館、11月4日の静岡市民文化会館での公演に行く予定である。

10月20日は、新垣里沙女史の19回目の誕生日なので、賑わうことになる。 筆者は参戦しないけど、てるちゃん氏が上京してくる予定なので、楽しみである。 

その合間の10月7、8日は、パシフィコ横浜で、モーニング娘。などが出てくる文化祭(モーニング娘。“熱っちぃ地球を冷ますんだっ。”文化祭2007 in 横浜”)が行われるけど、筆者はもちろんどちらかに行く予定である。昨年は9月16、17日に行われていた。

第一回目は、2004(H16)年6月19、20日に千葉市の幕張メッセで行われていた。

第二回目の2005(H17)年10月8、9、10日からは、横浜市のパシフィコ横浜で行われるようになった。
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by hy_sengen-sin | 2007-08-29 11:25 | 鉄道イベント

宮城からの帰り

仙台駅では、在来線ホームで、常磐線の717系(原ノ町行き)を撮影しました。 この時の編成は、T-4編成(クモハ717-4F)+T-101編成(クモハ717-101F)だった。

仙台駅の現在の駅舎は、1977(S52)年12月に東北新幹線の開業を見据えた駅舎に建築されたものとなっている。 東北新幹線の開業は、1982(S57)年6月23日。

1985(S60)年12月までは、盛岡駅の西側に、国鉄盛岡工場があった。 その跡地は再開発されている。 あとは、盛岡機関区もあったけど、2002(H14)年3月に廃止されている。

この後、仙台駅の新幹線ホーム(13番線)に行き、はやて・こまち22号の連結シーンを見物しました。

この時の編成はJ54編成+R19編成で、E3系のR19編成は、2002(H14)年に導入された編成である。

J54編成は、昨年3月26日に、仙台サンプラザでのモーニング娘。のコンサートの帰り、らぶかつ氏と共にはやて34号で乗った時と同じ編成である。

なので、あの時を思い出しました。

はやて号とこまち号の分割・併合作業は、5号(繁忙期のみ)、22号を除き、盛岡で行われている。

はやて・こまち22号の仙台での併合シーンは、現在定期列車で唯一となっている。

あとは、仙台~盛岡間のE3系による単独運行もこまち5号・22号だけとなっているし。 こちらは当然275Km/h運転となっている。

はやて5号は、普段はE3系併結で盛岡まで運転されるけど、繁忙期にはE2系が八戸行き、E3系が秋田行き(こまち5号)となるので、仙台で分割されることになる。

1997(H9)年3月22日から199(H10)年12月7日まで、200系+E3系の仙台分割・併合列車も3往復存在していたことがあった。 仙台~盛岡間はE3系の5両編成(当時)による運転で、275Km/h運転が行われていた。 東京~仙台間は200系に合わせて240Km/h運転だった。

あれ以来仙台での分割・併合列車が姿を消していたけど、2005(H17)年12月10日の改正で復活している。

8月25日には、大仙市で、大曲全国花火競技大会が行われていたけど、この時に仙台~大曲間の単独列車や、盛岡、秋田~大曲間のこまち号が運転されていた。これらの臨時列車も全車指定席。

4月30日、5月6日、8月15、16日には、大曲始発の臨時こまち26号が運転されていた。

はやて26号は、盛岡始発のはやて号で、臨時に八戸始発となることがある。

盛岡発着のはやて号は、5、11、22、26号だけど、いずれも臨時に盛岡または秋田まで延長されることもある。

はやて5号は、こまち5号運転日以外は、E2系+E3系編成のまま盛岡まで行くので、E3系で唯一見られるはやて号となっている。

この日のはやて22号は、盛岡始発で運転され、盛岡~仙台間で、新花巻、水沢江刺、一ノ関、くりこま高原駅にも停車していた。

こまち22号は、盛岡~仙台間ノンストップ。

はやて号の盛岡~八戸間、こまち号の盛岡~秋田間は、特定特急券で乗ることが出来るけど、空席がある場合に限り、着席可能となっている。 指定券を持っている人が来たら譲らなければならない。 

ミニ新幹線の分割・併合作業は、見物客が多いです。

仙台から福島までは、E4系のP15編成によるMaxやまびこ124号に乗りました。 こちらは、白石蔵王駅を通過していた。 7月7、8日の土・日きっぷの旅では、東北新幹線の福島~仙台間に乗っていなかったので、この区間は、昨年3月26日以来の乗車となった。

新幹線からは、東北本線の長町駅を眺めることが出来ました。

新花巻駅は、上野延長開業に合わせ、水沢江刺駅と同様に、1985(S60)年3月14日に開業した駅であり、釜石線への乗り換え駅となっている。 釜石線では、新花巻駅の開業以前、西側に矢沢駅があった。 新花巻駅の開業は、矢沢駅の移転・改称という形となっていた。

釜石線の新花巻駅は、小海線の佐久平駅と同様に、1面1線の片面駅となっている。

福島駅では、新庄から来た山形新幹線つばさ124号との連結作業が行われていたけど、ここでも見物客が多かったです。

秋田新幹線こまち号の分岐駅である盛岡駅は、防雪シェルターがある関係で暗くなっているけど、福島駅は、盛岡駅とは異なり、明るい駅となっている。

この時に連結されたつばさ号は、400系のL10編成で、7月8日に高畠から郡山まで乗った時と同じ編成である。

こちらも、来年暮れ以降E3系ベースの新型車両に置き換えられるので、貴重なシーンとなっていた。

このMaxやまびこ・つばさ124号は、福島を出た後、宇都宮までノンストップだった。 今回は宇都宮ではなく、那須塩原で在来線に乗り継いだので、福島駅と郡山駅で乗り換えなければならなかった。

福島から郡山までは、E2系によるやまびこ62号で移動。 この時の編成は、J9編成で、先頭車部分は、1998(H10)年に導入されていたけど、2002(H14)年の10両化の時に、中間車の2~6、9号車が、長野新幹線あさま用のN10編成の中間車と交換されていた。 

この時には、はやて・こまち24号の通過待ちがありました。 はやて24号は、八戸を出た後、盛岡、仙台、大宮、上野に停車する速達バージョンである。

東京発最終のこまち33号と秋田発1番列車のこまち2号は、田沢湖、角館駅には停車しない。 以前は田沢湖、角館駅通過列車が日中にも設定されていた。

はやて・こまち2号は、かつてのやまびこ・こまち(現、はやて・こまち)3、4号と同様に、仙台~東京間ノンストップとなっている。

こちらは現在の東北新幹線の列車で唯一大宮駅を通過する列車となっているし。

金曜日の夜に運転されるやまびこ329号(東京発仙台行き、E2系+E3系)は、やまびこ号で唯一大宮→仙台間ノンストップ運転となっている。

E2系および秋田新幹線のE3系は、全編成フルアクティブサスペンションやセミアクティブサスペンションが装着されている。 E2系1000番台のJ52編成以降、組み込み用中間車、2002(H14)年以降に製造されたE3系のR18編成以降は、新製当時からフルアクティブサスペンションやセミアクティブサスペンションが装着されているし。

郡山から那須塩原までは、始発のなすの278号に乗りました。 この時の編成は、200系のリニューアル車のK48編成だった。

郡山を出た後、新白河、那須塩原に停車。 

仙台から那須塩原までは、特急券のほか、運賃も別払いで乗りました。

本当は、仙台から普通列車乗り継ぎで帰ることも可能だったけど、大宮で行われたハロプロファン仲間とのオフ会に間に合わせるために新幹線を使ったのである。 宇都宮ではなく、那須塩原で在来線に乗り継いだのは、経費削減のためである。

那須塩原駅は、以前東那須野駅と呼ばれていたけど、1982(S57)年6月23日の東北新幹線の開業により、那須塩原駅となった。

以前は、特急や急行が停車しない小さな駅と呼ばれていた。

塩原温泉は、西那須野駅、那須高原は、黒磯駅が最寄り駅でバスに乗り継いで行くことになるけど、現在は那須塩原駅からバスで行くことも出来る。 

在来線の那須塩原駅は、自動改札が無く、簡易Suica改札機が設定されている。

那須塩原駅の北側には、小山駅と同様に留置線があるので、夜間停泊が行われている。 こちらは、つばさ号の400系またはE3系1000番台やこまち号のE3系併結編成も停泊されるので、つばさ号の400系またはE3系1000番台が東京~那須塩原間のなすの号の2往復にも使用されているのはそのためである。

400系のほうは、山形ジェイアール直行特急保有㈱からリースされている関係で、間合い運用が、那須塩原駅付近の留置線への出入り運用であるなすの号での運用に限られている。

那須塩原から宇都宮までは、行きと同じ編成である211系のA37編成(クモハ211-3037F)で移動。

宇都宮から大宮までは、E231系のU585編成(クハE231-6043F)で移動。

大宮では、某居酒屋での2次会に参加したけど、焼き肉食べ放題のコースとなっていました。

この日は、さいたまスーパーアリーナで、ハロー!プロジェクトの合同ライブが行われていた。

筆者はこの次の29日に参戦していた。

帰りは、らぶかつ氏と共に、大宮から埼京線で池袋まで行き、池袋から目白までは山手線に乗り継ぎました。

この時に乗った埼京線の編成は、205系のハエ1編成(クハ205-89F)で、ハエ2編成と同様に、4、7号車の暫定幕式のT車がしぶとく残っていました。

こちらは、新宿、大崎、りんかい線方面への直通が終わっていたので、池袋行きとなっていた。

7月29日は昼と夜に参戦し、その後も大宮駅付近の居酒屋で行われたオフ会に参加していました。
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by hy_sengen-sin | 2007-08-27 11:19 | 鉄道乗車記

新幹線総合車両センター

新利府駅に到着した時には、帰りの列車に乗るための行列が出来ていました。

本当はシャトルバスも運転してくれればいいなと思っています。

この時に、E4系のP2編成による体験試乗電車を見ることが出来ました。 こちらははやて用のE2系も使用され、洗車体験も受けられることになっている。

体験試乗列車は、先着順だった頃、乗れない客も増えていたことがあった。 そのため2005(H17)年からは往復ハガキによる予約制となっている。

新幹線総合車両センターのうち、今回見学出来た部分は、その工場部分(旧仙台工場)である。

新幹線車両センターは、1982(S57)年6月23日の開業の時に開設。 当時は、仙台第一新幹線運転所と仙台工場に分かれていた。のちに、仙台総合車両所となり、2004(H16)年4月1日に現在の新幹線総合車両センターとなったのである。

上越新幹線の車両基地である、新潟新幹線車両センターは、以前新潟新幹線第一運転所と呼ばれていた。

新幹線総合車両センターは、2003(H15)年4月1日にISO9001の認証が取得されている。 新潟新幹線車両センターのほうは、2000(H12)年6月9日に取得されているけど。

まずは、トンネルを抜けた後、E3系1000番台(つばさ用)、FASTECH 360(E954形)を撮影。 こちらは8両編成の高速車両のプロトタイプで、屋外で撮影したのは、東京寄りの先頭車のストリームラインで、JR西日本の500系新幹線に準じていた。

E3系1000番台のほうは、連結カバーが開いていた。

屋内には、E4系のP20編成も止まっていました。

この後、台車工場や組み立て工場を見物。 この時に高速で走ることに欠かすことの出来ない台車の一部などの部品を見ることが出来ました。

この時には、輪軸組立、車輪削正、台車組立、車体検査修繕、基板検査、腰掛けミシンの実演等が行われていた。

入場していた車両はE2系1000番台はやて(番号は未確認)、E3系こまち(R4編成)だった。

このイベントは、1994(H6)年から毎年行われている。

台車工場内には、10月14日開館予定の鉄道博物館のPRコーナーもありました。

腰掛けミシンの実演ブースには、200系の座席が展示されていました。

この後、屋外の展示スペースに行き、961形(200系試作車)、952・953形(STAR21)、200系、電気機関車(EF71-1、ED78-1、ED77-1、ED91-21、ED75-1、ED71-1号機)、蒸気機関車(D51-1108、C11-351、C58-365号機)を見物しました。

961形のほうは、車内に入ることも出来るし、腰掛けもある。

961形は、1973(S48)年に6両編成で試作。 3号車は食堂車、4号車は寝台車が設定されていた。 5号車はオープン状態。

当時は山陽新幹線の岡山~博多間で試運転が行われていた。 

1979(S54)年に東北新幹線の小山試験線管理所(現、小山新幹線車両センター)に移り、青色塗装のままで東北新幹線開業に向けた試験が行われていた。

961形は、小山試験線で試運転が行われていた時に、319Km/hの記録をマークしていたことがあった。 その速度記念プレートは、東京都国分寺市のひかりプラザ内にある同じ試験車両の新幹線951形電車内の鉄道博物館に保存されている。

こちらは1990(H2)年に廃車となり、両先頭車が緑色の帯の状態で保存されている。 なので、見た目が200系と同じとなった。

その横の総務科の建物では、Nゲージによる運転、資料の展示が行われていました。こちらはPRコーナーとして、保存車両と共に、常時公開されている。平日の所内の見学は、ガイドカーによって3回行われているけど、予約が必要となる。

保存車のSTAR21には、SPEED RECORD 425の表示がありました。 それは、1993(H5)年12月21日に上越新幹線の越後湯沢~新潟間で行われた試運転で、燕三条駅付近で最高速度の425Km/hを記録していた証である。

STAR21は、ボギー車の952形4両と、連接車の953形5両から成る編成であった。 952形の先頭車は、米原の鉄道総合技術研究所風洞技術センターで保存されている。

新幹線総合車両センターで保存されている車両は、連接台車の953-1、5号車である。

こちらは、高速試験終了後の1998(H10)年に廃車となった。

この後、再び屋内に入り、E3系の車両分割併合装置の作動実演を見ました。 こちらもミニ新幹線やE4系同士での連結作業に欠かせない装置で、正常に動作しなければならないという状態である。

車両の展示スペースでは、旧塗装に再現された200系のK47編成、E3系ベースの新在直通対応形の事業用車両であるEast-i(E926形)を撮影することが出来ました。 Eastーiは、長野新幹線にも入線可能となっているので、オールマイティーでの検測が出来る。

こちらは6両編成で、そのうちの軌道検測車であるE926-3号車および同一仕様のE926-13号車は、E2系のN21編成(旧J1編成)に組み込んだ上での軌道検測も可能となっている。

このように、旧塗装のK47編成が展示されていたことは予想通りでした。 今回それを撮影することが出来てよかったと思っています。

こちらは、小田急ロマンスカーのLSEの7004Fと同様に、車内はリニューアル車のままである。

この後、FASTECH360およびE3系1000番台の反対側の先頭車を撮影しました。

FASTECH360の反対側の先頭車は、アローライン(E4系の発展型)の形状となっていました。 こちらは空力ブレーキがあるので、猫耳と呼ばれている。

こちらは、2010年度中に東北新幹線が新青森まで延長されるのに合わせて、320Km/h運転が行われるようになるので、それに合わせた新型車両が登場することが予想されています。

あとは、200系の中間車も置かれていました。

車両基地の岩切駅寄りには、仙台地区の在来線の乗務員訓練のために使われるシミュレーター室があり、車両基地まつりの時に人数限定で公開されている。

あの後は、新利府駅からE721系で仙台まで戻ったけど、何とか乗れてよかったです。終了後も乗り場で行列が出来ていたので不安だった。

(つづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-08-24 10:57 | 鉄道イベント

普通列車で宮城へ2

福島からは、快速仙台シティラビット5号で、仙台へと向かいました。

福島駅構内には、455系のクモハ455-45F等が留置されていました。

こちらは郡山発福島行きの1139Mの通し運用となっていた。

停車駅は、藤田までの各駅、白石、大河原、船岡、槻木、岩沼、名取、仙台。

名取~仙台間ノンストップは、仙台空港線の快速と同じである。

福島~東福島間には、阿武隈急行線への分岐点である矢野目信号所がある。

こちらは、1988(S63)年7月1日の福島~丸森間の新規開業の時に新設されていた。

阿武隈急行の路線は、1968(S43)年4月1日に、旧国鉄丸森線として、槻木~丸森間で開業。当時は非電化だった。

1986(S61)年7月1日に、阿武隈急行線に移管。 当時は、国鉄からキハ22形DCが、オリジナルカラーに変更の上で借り入れられていた。借り入れられていたのは、キハ22-148、152、159、160、162号車だった。

その2年後の1988(S63)年7月1日に福島~丸森間が開業し、同時に電化されていた。 

東福島駅には、JR貨物の東福島オフレールステーションがある。

伊達駅は、木造武家造の駅舎が特徴で、東北の駅百選に認定されている。

1895(M28)年4月1日の開業当時は長岡駅と呼ばれていたけど、1914(T3)年12月1日に現在の伊達駅となっている。

伊達駅のある福島県伊達市は、2006(H18)年1月1日に、伊達郡の伊達町、梁川町、保原町、霊山町、月舘町が合併して誕生していた。 これにより、既にある北海道の伊達市(1972(S47)年市制施行と合わせて、全国で2番目の同名市が誕生したということとなった。

府中市は、東京都と広島県にあるけど、市制施行されたのは、同じ1954(S29)年のことで、広島県のほうは、3月31日、東京都のほうは、4月1日に市制施行されていた。

どちらも、郵便番号を必ず記載しなければならない状態となっている。

1995(H7)年9月1日に、茨城県鹿島郡鹿島町と大野村との編入合併により、鹿嶋市が誕生していたけど、やはり、佐賀県の鹿島市との重複を避けるために、鹿嶋市となったのである。

読み方は同じなので、カタカナでの郵便差し出しの時は注意が必要である。 こちらは千葉県の佐倉市と栃木県のさくら市の関係でも言えることである。

旧伊達郡は、鎌倉時代から室町時代までの間は、伊達氏の本拠地として有名だった。

こちらは、今から20年前の1987(S62)年に放送されたNHKの大河ドラマの独眼竜政宗で有名だったし。

1971(S46)年4月まで、伊達駅前に福島交通飯坂東線という路面電車が乗り入れていたこともあった。

貝田~越河間で、福島県から宮城県に入りました。

白石駅は、白石城で有名な駅で、東北の駅百選に認定されている。

東北新幹線の白石蔵王駅へは、バスでの連絡となっている。

白石駅は、東北本線(JR東日本)のほか、函館本線(JR北海道)、肥薩線(JR九州、熊本県)にもある。

鶴見線には、武蔵白石駅があるけど、こちらはむさししらいしと読む。

東北エリアでのSuicaの南端は、この白石駅となっているので、黒磯駅と白石駅にまたがってSuicaを使うことが出来ない。

大河原~船岡間の白石川提には、一目千本桜があり、春の鉄道写真の撮影ポイントとして名高い。

船岡駅は、船岡城跡があり、駅前に、ED71-37号機が静態保存されている。

大河原駅は、今から70年前の1937(S12)年まで、遠刈田温泉まで、仙南温泉軌道が出ていたことがあった。

大河原駅では、485系のお座敷電車せせらぎを見ることが出来ました。

槻木駅は、1929(S4)年まで、槻木~館矢間間に角田軌道が出ていたことがあった。

路線、槻木~小坂~岩崎~桜~角田~館矢間

角田駅は、現在の阿武隈急行線(旧国鉄丸森線)とは別の場所にあった。あとは槻木駅も国鉄の駅と離れていたし。

仙台駅に到着した後、719系の2+2+2の6両編成による小牛田行きに乗り換えて岩切まで行きました。

この時の編成はH3+4+9編成。

岩切駅に到着した後、利府支線のE721系に乗り換え。この時にはP6+P15編成が使用されていた。 この時も、新幹線総合車両センターのイベントに行く人たちで賑わっていました。

岩切駅には、仙台レールセンターがある。

新利府駅は、東北新幹線の仙台第一新幹線運転所・仙台工場(現、新幹線総合車両センター)でアクセス駅として、1982(S57)年4月1日に開設されていた。

この後、会場へと向かいました。

(イベント編へつづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-08-24 10:23 | 鉄道乗車記

普通列車で宮城へ1

7月28日は、宮城県宮城郡利府町の新幹線総合車両センターで行われたイベント(第23回新幹線車両基地まつり)に行ってきました。

ルート 目白~池袋~赤羽~久喜~宇都宮~黒磯~郡山~福島~仙台~岩切~新利府~仙台~福島~郡山~那須塩原~宇都宮~大宮~池袋~目白

まずは山手線で池袋へ。池袋から赤羽まではりんかい線の70-030F(旧70-050F)に乗りました。

赤羽から久喜までは、U591編成(クハE231-6049F)に乗ったけど、こちらは、E231系の近郊バージョンの基本編成のラストナンバーとなっている。

2006(H18)年以降に導入された小山車両センターのE231系の後期車は、基本編成8本、付属編成7本で、全て東急車輌で製造されていた。こちらは、房総地区に転用された211系の一部の置き換え用として導入されていた。

付属編成のうち、U118編成(クハE231-8069F)は、今年3月に、15両編成の増発用として導入されたE231系の最終増備車となっている。

これをもってE231系の導入が打ち切られ、E233系に移行されたのである。

大宮では253系NE’Xや南武線の205系の入場車、189系のホリデー快速河口湖号を見ることが出来ました。

その次の日の7月29日には、鎌倉車両センターでイベントが行われていたけど、行かれなかったのが残念であった。

11月23日には、国府津車両センターでイベントが行われる予定となっているので是非行きたいと思っています。

土呂では、189系の回送、蓮田では、185系のB6編成(クハ185-212F)によるおはようとちぎ号を見ることが出来ました。

蓮田駅からは、1938(S13)年9月3日まで、武州鉄道という路線が出ていたこともあった。

当時の路線は 蓮田~馬込~河合~岩槻北口~岩槻本通~岩槻~真福寺~浮谷~笹久保~武州野田~武州大門~下大門~行衛~神根

岩槻駅は、東武野田線の駅(当時は岩槻町と呼ばれていた)と大幅に離れていた。

こちらは開業から僅か14年で廃止されていた。特に、1936(S11)年12月31日に開業した武州大門~神根間は、1年半の短命だったし。

当初は神根から赤羽方面、蓮田から菖蒲方面への延長が予定されていた。

久喜から宇都宮までは、E231系のU590編成(クハE231-6048F)による快速ラビットで移動しました。 この時には、E231系の新バージョン同士の乗り継ぎとなった。

間々田駅からは、1917(T6)年まで乙女人車軌道という路線が出ていたことがあった。こちらは間々田から 乙女河岸(おとめかし)を結んでいた。

小山では、EF65-1001号機、小山~小金井間では、お座敷電車華号と対面。

この日は、烏山で山あげ祭りが行われていたので、上野~烏山間で、快速山あげまつり号が運転されていた。こちらは全区間DD51-888号機+12系客車による組み合わせで運転されていた。

山あげ祭りとは、歌舞伎の野外劇が中心となっており、重要無形民俗文化財に指定されている。

こちらは7月の第四週の金土日に行われている。

宇都宮駅に到着した後、211系のA37編成(クモハ211-3037F)に乗り換えました。

宇都宮~黒磯間は、昨年7月8日の改正以降、高崎車両センターの211系の5両編成が中心となっている。上野~宇都宮間での211系の運用は、3往復しかない。

宝積寺では、EH500-32号機によるコンテナ列車を見ることが出来ました。

宝積寺からは、1942(S17)年11月6日から1945(S20)年11月1日まで宇都宮陸軍航空廠線(清原軍用線)が出ていたこともあった。

こちらは、宝積寺駅と鐺山(こてやま)駅を結ぶ路線で、陸軍宇都宮飛行場(芳賀郡清原村、現、宇都宮市)を結んでいた。

氏家駅からは、1902(M35)年から1918(T7)年まで、喜連川人車鉄道が出ていたことがあった。

当時の路線 氏家~並木~松山~荒川~喜連川

この周辺のさくら市は、2005(H17)年3月28日に、氏家町と喜連川町が合併して誕生していた。

矢板駅からは、1959(S34)年6月30日まで、東武矢板線が出ていたこともあった。 

こちらは、東武鬼怒川線の新高徳駅と国鉄東北本線(現、JR宇都宮線)の矢板駅を結ぶ非電化路線で、東武鉄道で最後の蒸気機関車(SL)牽引の普通列車が活躍していた。

路線 新高徳~西船生(にしふにゅう~船生(ふにゅう~長峰荷扱所※~- 天頂~芦場~玉生(たまにゅう)~柄堀~幸岡~矢板

矢板駅では、貨物列車のトラブルにより、18分間停車していました。 

西那須野駅からは、:東野鉄道、塩原電車(塩原軌道)、那須人車軌道が出ていたこともあった。

黒磯駅に到着した時、郡山行きの普通列車に接続していたのでよかったです。

黒磯から郡山まで乗った列車はE721系による2+2+2の6両編成でP33+P5+P9編成の組み合わせだった。

E721系は、455系、457系、417系、717系と言った2ドア車の置き換え用として、2006(H18)年に仙台空港線用の500番台から落成。 0番台は同年11月に落成し、翌年の2月1日に東北本線で営業運転開始。 3月18日に常磐線(原ノ町以北)、4月1日に仙山線にも進出。

455系、717系のほうは、常磐線の原ノ町~仙台間に残っているけど、10月までにE721系に置き換えられることになっている。

小牛田~一ノ関間は、701系による運用が主体で、719系、E721系の運用も1往復ずつある。

黒磯駅ではEF66-1号機、EF65-1059号機、EF210ー118号機、ED75-1008号機
などを見ることが出来ました。 この日のフェアウェイ号は、クハ485-346F(K1編成)が使用されていた。 この編成は、昨年10月7、8日に乗った時の編成で、鴻巣駅構内で足止めを食らっていた。

黒田原駅付近では、400系単独による臨時つばさ76号を見ることが出来ました。

豊原駅は、関東で最北端の駅であり、大宮支社管内の最北端でもある。

豊原駅を出ると、福島県に入り、仙台支社の区間に入りました。

JR東日本の大宮支社は、2001(H13)年4月1日に、東京支社(旧東京地域本社)からの独立により発足されていた。

東京支社(旧東京地域本社)から独立して発足された支社は、横浜支社(1996(H8)年10月1日発足)、八王子支社(1998(H10)年4月1日発足)、大宮支社(2001(H13)年4月1日発足)となっている。

大宮支社の設立と同時に、東北本線の白坂~白河間が仙台支社に移管されていた。

福島県のJRの路線のうち、常磐線の勿来~新地間、水郡線の矢祭山~磐城守山間は、水戸支社の管轄となっている。

大宮支社が誕生した1ヶ月後には、浦和市、大宮市、与野市の合併によりさいたま市が誕生している。

大宮総合車両センター(旧大宮工場)でのイベントが10月開催から5月開催に変更されたのは、東京支社から大宮支社に移管された時と同じ時期だった。

さいたま市の政令指定都市移行は、2003(H15)年4月1日で、9つの行政区が誕生。その2年後の2005(H17)年4月1日に岩槻市がさいたま市に編入され、岩槻区となる。

東北新幹線への乗換駅である新白河駅は、白河市ではなく、西白河郡西郷村にある。

1982(S57)年6月23日に東北新幹線が開業する前は、磐城西郷駅と呼ばれていた。

白河市は、白河ラーメンが名物となっている。

周辺には、JR東日本の総合研修センターがあり、事故の歴史展示館も併設されている。

ここには、E991系という電車形の研修用機械もあるけど、車体は209系ベースとなっている。

矢吹駅の駅舎は、トンボを思わせるような2つの丸いガラスが特徴の駅舎で、1997(H9)年に。福島県の建築文化特別賞が受賞されている

須賀川駅は、花の町を演出するステンドグラスが印象的な駅舎で有名であり、東北の駅百選に認定されている。

郡山貨物ターミナルは、1965(S40)年10月1日に、郡山操車場として開設されたのが始まりで、1977(S52)年3月1日に貨物駅(郡山貨物ターミナル駅)として駅に昇格されていた。

郡山駅の手前では、ビッグパレットふくしまというコンベンション施設が見えました。 ここでは、2000(H12)年12月17日にモーニング娘。のコンサートが行われていたことがあった。

このビッグパレットふくしまは、2002(H14)年10月から12月に放映されたドラマ版の「逮捕しちゃうぞ」の最終話のロケに使用されていた。

郡山総合車両センターでは、解体待ちの415系普通鋼製車、455系赤べえ塗装、入場中のニューなのはな号を見ることが出来ました。

昨年までは毎年7月に一般公開されていたけど、今年は行われていないのが残念である。

郡山では、水郡線のキハ130-6+キハ111-117Fによる混結編成を見ることが出来ました。 こちらは、近いうちにキハE130系への置き換えが完了するため、暫定的なものとなっている。 キハ110系列のさよなら運転は、今月26日まで行われている。現在さよならヘッドマークが付いている。

磐越西線では、719系のH8+H32編成が使われているのを確認しました。 

磐越西線の719系では、H11編成(クモハ719-11F)に赤べえのラッピングが入っている。

こちらは455系の流れが組まれているし。

455系赤べえ編成のさよなら運転は、9月2日に郡山~喜多方間で行われるけど、団臨扱いとなる。

郡山駅に東口では、恒例のタンク車の調査。 この時にタキ44176、44163、44157、43407、44011、1000-747、724、745、701、714、726、737、752、738、731、694、715号車などを確認することが出来ました。

タキ1000-715号車ということで、モーニング娘。の久住小春女史の誕生日である7月15日を思いましました。 8日のタキ1000-713号車に続いて見ることが出来てよかったです。 こちらは川崎貨物駅常備となっている。

郡山では、阿武隈の鮭めしを買いました。 こちらは、鮭の身といくら(鮭の卵)が入っているので、鮭の親子丼である。

こちらは、宮城県の亘理地方郷土料理である鮭はらこ飯の駅弁版であり、仙台駅では、はらこめしという名で売られている。

東側にある日本オイルターミナルの郡山営業所は、1968(S43)年12月19日に開設されていた。 ここからは、千葉貨物駅、川崎貨物駅、仙台北港まで貨物輸送が行われている。 

京葉臨海鉄道の千葉貨物駅は、1963(S38)年9月16日の開業から1997(H9)年3月22日に改称されるまでの間、村田駅と呼ばれていた。

2001(H13)年9月までは、保土谷科学工業の郡山工場への専用線も出ていたこともあった。

郡山駅は、東北の駅百選に認定されている。

1891(M24)年12月20日から1915(T4)年10月15日まで、三春馬車鉄道という路線が三春町まで出ていたことがあった。

やはり1914(T3)年7月21日に、平郡西線(現、磐越東線)の郡山~三春間が開業したことにより、利用客が激減し、その翌年に廃止されてしまった。

磐越東線は、平郡西線の路線として、1914(T3)年7月21日に、郡山~三春間が開業。 翌年の1915(T4)年3月21日に、三春~小野新町間が開業。

平郡東線は、1915(T4)年に、平(現、いわき)~小川郷間が開業。

1917(T6)年10月10日に、小野新町~小川郷間が開業し、全通。同時に磐越東線となった。

郡山から福島までは、E721系の2+2の4両(P3+P26編成)で移動。

五百川駅は、その名の通り、周辺を阿武隈川の支流である五百川が流れている駅である。

阿武隈川は、福島県西白河郡西郷村の旭岳が源流であり、福島県中心部を経て、岩沼市と亘理町の境まで流れている川である。

五百川、本宮駅のある本宮市は、今年1月1日に、、安達郡本宮町と白沢村が合併して誕生した市であり、福島県の市では人口が最も少なく、面積も小さいと言われている。

二本松駅は、二本松城がイメージされた駅舎で、東北の駅百選に認定されている。

周辺には、日本さくら名所100選である霞ヶ城公園(二本松城跡)がある。

あとは、岳温泉、安達太良山もあり、安達太良山は、智恵子抄でおなじみの高村智恵子(高村光太郎の妻)の出身地で有名である。

岳温泉へは、二本松駅からバスで行くことになる。

二本松市は、2005(H17)1年12月1日に、安達郡の安達町・岩代町・東和町が合併され、新二本松市となっている。 安達駅は、旧安達町部分にある。

松川駅は、1949(S24)年8月17日に、C51形蒸気機関車牽引の普通列車が脱線するという松川事件が発生していた駅である。

こちらは、下山事件、三鷹事件と並び、国鉄の戦後三大ミステリーと呼ばれている。

三鷹事件は、同年7月15日に発生した無人列車暴走事件である。

松川駅からは、1972(S47)年5月13日まで、川俣線という路線が出ていたことがあった。

路線、松川駅~岩代飯野~岩代川俣

廃止後国鉄バス(のちのJRバス)に引き継がれていたけど、2005(H17)年4月1日に川俣町飯野町福島市自治体バス「川俣松川線」に引き継がれていた。

南福島では、ED75-116号機によるコンテナ貨物列車を見ることが出来ました。

福島駅に到着後、このまま快速シティラビットの仙台行きとして運転されていました。

快速シティラビットのほうは、719系にはヘッドマークが付いているけど、E721系の場合は付いていない。

山形線のホームでは、米沢行きの719系5000番台(Y08編成、クモハ719-5008F)を見ることが出来ました。 こちらは、板谷峠を越える数少ない普通列車で、峠駅で、峠の力餅の立ち売りサービスを受けられる列車となっている。

福島では、福島交通飯坂線の7204F(元東急7000系)と併走していました。

(2へつづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-08-23 11:45 | 鉄道乗車記

黒船電車の展示会

7月25日は、武蔵溝ノ口駅構内(3番線)で行われた、伊豆急リゾート21黒船電車の展示会に行って来ました。

ルート 目白~渋谷~三軒茶屋~溝の口(武蔵溝ノ口)~登戸~代々木上原~新宿~目白

まずは山手線で渋谷まで行き、渋谷から三軒茶屋まで東京メトロの08系の08-103Fで移動。

08系は、営団地下鉄最後の新造車として、2003(H15)年3月19日の押上延長と同時に10両6編成が導入されていた。(全て日本車輌製) こちらは東西線の新05系がベースとなっている。 営業運転開始は、2002(H15)年1月7日のことで、3月18日まで水天宮前行きの表示も見られていた。

この台車は、住友金属製のSSシリーズではなく、日本車輌製のND台車が採用されている。

三軒茶屋から溝の口までは、2000系の2102Fによる急行に乗車。 こちらは、東武線に乗り入れることが出来ないため、基本的に平日にしか使用されていない。

田園都市線では、9月中に5113Fが導入される予定となっているので、東武線乗り入れ非対応の8500系が置き換えられることが予想されている。

今年度中には5114Fも導入される予定となっている。

最近になってからは、5103Fにも6ドア車が組み込まれるようになったので、ここから捻出されたT車が5113Fまたは5114Fに組み込まれることになる。

これにより、6ドア無しの5000系は、5101Fと5102Fのみとなった。

6月に東横線に導入された5166Fは、帯無し塗装だった8039Fの置き換え用として導入されていたけど、今後は5167、5168Fが導入され、残りの8017、8019Fが置き換えられていくことになる。

8039Fは、2002(H14)年度中に廃車予定となっていたけど、車両不足により5年間生き延びていた車両だった。

溝の口駅に到着した後、南武線の武蔵溝ノ口駅へ。 ここで3番線に停車中の伊豆急のリゾート21黒船電車を撮影・見物しました。

3番線の奧にある留置線には、ナハ44編成(クハ205-28F、元山手線)が止まっていました。

リゾート21の黒船電車は、R4編成(2157F)であり、1990(H2)年に導入されていた。こちらは当初からロイヤルボックス連結の8両編成で、JR線に乗り入れている。

リゾート踊り子号は、アルファリゾート21(2161F)が使用されているけど、臨時に2157Fも使用されることもある。

この時には、武蔵新城駅寄りに黒船電車のHMが付いていました。 反対側(津田山駅寄り)は、お子様対象の撮影会スペースとなっていたけど、行き先は伊豆急下田となっていた。

黒船電車用のロイヤルボックスは、1991(H3)年に追加導入された2182号車。

この展示会では、普通車のみならず、ロイヤルボックスにも入ることが出来てよかったです。この時には、スターダストルーフの実演が行われていたので、暗くしていた状態となっていた。

ロイヤルボックスでは、座席に座ることが出来なかった。 

このことで、北越急行で乗ったゆめぞら号を思い出しました。

2003(H15)年3月31日までは、普通列車運用でもロイヤルボックスが連結されていたけど、廃止されたのが惜しいです。 

ロイヤルボックスでは、2182、2191号車を除いて全て廃車・解体されてしまった。

あとは、伊豆の観光PRも行われていました。

昨年8月26日に東京総合車両センターで行われたイベントで、伊豆急の黒船電車の車内に入ることが出来なかったので、この時にリベンジを図ることが出来ました。

このイベントが終了した時には、展示車両を見送りました。 この後、ナハ40編成(クハ205-24F)で登戸まで移動。 この時に乗った車両は元山手線の車両でした。

登戸から代々木上原までは、千代田線直通の多摩急行松戸行きで移動。この時に乗った車両は、6000系の6131F。こちらは更新と同時に日立製のVVVFインバータ装置に改造されていた。

小田急の登戸駅は、9月9日から、下りホームが移設され、現在のホームが上り線専用となり、現在の下り線部分は急行線、上り線部分は緩行線となる。

成城学園前駅では、10000形のHiSE車が通過していきました。

新4000形は、4053Fまで輸送されていたけど、9月中には4054Fも輸送される予定となっている。

代々木上原から新宿までは、3258F+1054Fによる急行で移動しました。筆者は3258F側に乗車。
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by hy_sengen-sin | 2007-08-22 16:11 | 鉄道イベント

関西8(大阪を後に)

大阪から高槻までは、221系による快速大垣行きで移動。

この時の編成は、B2編成(クモハ221-2F)+B53編成(クモハ221-57F)で、前の6両が大垣行き、後ろ6両が米原止まりとなっていた。

こちらは大垣でムーンライトながらに接続しないので注意が必要である。 

高槻から米原までは、223系2000番台の新快速に乗り換えました。 この時の編成は、W13編成(クモハ223-3013F)+V44編成(クモハ223-2072F)で、前の8両は、長浜行きとなっていた。

高槻~京都間で、221系の快速を追い抜いていました。 223系の新快速に乗っていなかったらムーンライトながら号に間に合わなかったところだった。

京都では、183系により福知山行きの特急たんば9号を見ることが出来ました。

福知山運転所所属の183系は、特急北近畿、文殊、きのさき、はしだて、たんば、まいづる号に使用されている。 こちらは、485系から交流電気機器が取り外されて改造された車両となっている。 取り外された交流機器は、113系→415系800番台化(七尾線に転属)により転用されていた。

A47編成(クハ183-201F)には、モハ182-713号車があるので、道重さゆみ女史の誕生日を思い出します。

二条駅は、1996(H8)年3月16日に高架化。これまで使用されていた旧二条駅舎は、京都市指定有形文化財に指定され、梅小路蒸気機関車館に移築されていた。

周辺には二条城があることで有名である。

梅小路蒸気機関車館は、1972(S47)年10月10日に、鉄道開業100周年記念で開館していた。 こちらはその名の通り、D51-1号機、C62-2号機などの色々な蒸気機関車が展示されている

オハフ50 68が休憩室として使用されているけど、トイレが使えない。

アクセスは、京都駅からバスまたは嵯峨野線の丹波口駅から歩いて行くことになる。

米原駅に到着した後、313系による始発列車で大垣へ。 この時に関西空港発米原行きの関空特急はるか54号の281系を見ることが出来ました。この時の編成は、A605編成(クハ281-5F)だった。

281系は、登場当時は5両編成だったけど、翌年の1995(H7)年4月には6両化されていた。

同年の1995(H7)年7月には、付属の3両も導入されていた。

京都CAT(シティエアターミナル)は、2002(H14)年8月31日に廃止されていた。

米原からは、昨年10月9日の金沢からの帰りと同じルートとなっていたので、樋口君と金沢から名古屋まで一緒に帰った時を思い出しました。

米原から大垣まで乗った313系は、大垣車両区所属の4+2の6両編成で、Y14編成(クモハ313-14F)+Y32編成(クモハ313-302F)で、どちらも転換式のクロスシートとなっていた。

大垣では、岡崎行きの普通列車である311系(G7編成、クモハ311-7F)+313系(Y40編成、クモハ313-310F)に接続していたけど、これを見ただけで樋口君を見送った時を思い出しました。こちらは逢妻~岡崎間の最終列車となっていた。

大垣では、313系のY101編成(クモハ313-5001F)を見ることが出来ました。 こちらは6両固定で、新快速や快速中心で運転されている。

大垣から東京まではムーンライトながら号に乗ったけど、この時は6号車(クモハ373-4号車)に当たっていました。こちらは373系独特のインバータ音を楽しめる席となっている。

名古屋までは、隣りに人が来なかったので最高でした。

岐阜では、211系のC2編成(クモハ211-1F)を見ることが出来たけど、こちらは国鉄時代に登場した中京仕様の211系の2編成のうちの1編成である。 登場当時は青帯となっていたけど、JR東海になってからは湘南色の帯に変更されていた。

名古屋駅では6分間停車。 この時にまた樋口君のことを思い出しました。 その隙に道重さゆみ女史のうちわが盗まれたので貴重品と同様に大切にしなければならないことを知りました。

これを捜しているうちに、名古屋から乗ってきたとあるおじさんと口論になり、追い出されたという不祥事がありました。 こちらは浜松→静岡間走行中の出来事だった。

この時に揺らすんじゃない!と言われていたので。

仕方がないのでデッキで居たけど、のちに車掌さんの案内で、空いている座席に案内して貰いました。 この時に、2号車(サハ373-8)のセミコンパートメント部分に移っていた。

てるちゃん氏のほうは、8月10日から11日にムーンライトながら号に乗っていたけど、セミコンパートメント席で乗り心地が良くなかったと言っていた。

この時に惜しいことをしてしまったということを実感しました。

盗まれたうちわは、今年春のSEXY 8 BEATツアーで買ったもので、買うことが出来ないので残念に思っています。 やはり心ないファンまたは一般による仕業だと思います。
この時に座席の後ろの部分にしまっていたので。

浜松で285系サンライズエクスプレス、静岡駅手前で下りのムーンライトながら号とすれ違いました。

沼津では、長時間停車。ここでも貨物列車の待避が行われていました。

東京駅到着後、静岡行きの普通列車で折り返されていたけど、あのショックにより見送ったのである。本当は18きっぷが有効だったので静岡まで戻ることも可能だった。

あの後、201系の快速(T112編成、クハ201-46F)で新宿まで行き、新宿から目白まで山手線で帰りました。

長くなりましたけど、関西行きのレポートを終わらせていただきます。
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by hy_sengen-sin | 2007-08-21 15:24 | 鉄道乗車記
日根野駅で、前の5両(関空快速)が切り離され、3両編成の紀州路快速となっていました。 この時には女性の運転手が乗務していました。

日根野では、東海道・山陽緩行線から転属してきたK802編成(クハ205-38F)を見ることが出来ました。 この編成は、2003(H15)年7月に東海道・山陽緩行線で乗った編成である。

東海道・山陽緩行線の205系は、201系よりも一足早く、2006(H18)年2月に撤退していた。

こちらは、中央・総武緩行線の205系が、201系よりも先に撤退したことと同様であった。

和泉砂川駅は、赤い三角屋根の駅舎が特徴である。ここでの折り返し列車もあり。

山中渓駅は、鉄道撮影の名所であり、桜のシーズンの時には賑わうことになる。

周辺には、山中渓温泉がある。

ここを出た後、大阪府から和歌山県に入りました。 今回和歌山県に行ったのは初めてでした。

紀伊駅は、かつて紀伊国の国府があったことで有名である。 この周辺を通過した時は雨が降っていました。

1974(S49)年9月30日までは、紀伊中ノ島駅から和歌山線が出ていたこともあった。 

こちらは、田井ノ瀬~紀伊中ノ島~紀和間を結んでいた。  紀和駅は、現在の紀勢本線(和歌山~和歌山市間)の路線となっている。

1972(S47)年3月15日には、和歌山線が和歌山市始発から和歌山始発となり、和歌山市~紀和~和歌山間が、紀勢本線の路線となっていた。

和歌山線といえば、今年3月18日の改正で、北宇智駅のスイッチバックが廃止されたことで有名である。

紀勢本線のうち、和歌山~新宮間は、きのくに線と呼ばれている。

和歌山~和歌山市間は、105系によるワンマン運転が行われている。

和歌山駅に到着した時には、初めて和歌山県に来たんだな!ということを実感しました。これにより、関西の府県全て制覇したことになった。

これにより筆者の行ったことのない都道府県は、鳥取県、島根県、香川県、愛媛県、徳島県、高知県となった。 これにより、未だに四国に行ったことがないということが分かる。筆者は日本の都道府県全てを制覇するのが夢である。

筆者は早く四国に行きたいと強く思っています。

六十谷~紀伊中ノ島間では、紀ノ川を渡っていた。

和歌山市駅は、南海本線の終着駅であり、和歌山港への支線(和歌山港線)も出ている。

和歌山港線は、2002(H14)年5月25日に、和歌山港~水軒間が廃止。晩年は1日2往復しか走っていなかった。

2005(H17)年11月26日に、中間駅の久保町駅、築地橋駅、築港町駅が廃止され、普通列車による運転も無くなっている。

現在は急行と特急サザンが乗り入れている。

和歌山港は、徳島港への南海フェリーが出ている。

和歌山には、和歌山城跡がある。

和歌山駅では、和歌山線の117系、紀勢本線の105系、和歌山電鐵の2270系2705Fなどを見ることが出来ました。

この時にいちご電車やおもちゃ電車を見ることが出来なかったことで残念に思いました。

和歌山電鐵は、岡山電気軌道の子会社であり、昨年4月1日に南海貴志川線(和歌山~貴志間)から継承されていた。このように、岡山電気軌道の手によって廃線を免れたということでよかったと思います。

和歌山電鐵の本社および車両基地は、伊太祈曽にある。

伊太祈曽駅は、南海時代、伊太祁曽駅となっていた。

駅周辺には、伊太祁曽神社がある。

いちご電車は、昨年8月6日、おもちゃ電車は今年7月29日に登場。 従来型車両は、南海時代の塗装が引き継がれている。

南海時代は、西武多摩川線や名鉄瀬戸線みたく、他の南海線と切り離された孤立路線となっていた。

本当は、3月31日に廃止された鹿島鉄道も、このような形で残ってくれればよかったな!と思いました。

和歌山駅は、1924(T3)年2月28日の開業登場は、東和歌山駅と呼ばれていたけど、1968(S43)年3月1日に現在の和歌山駅となっている。

1971(S46)年3月31日までは、南海和歌山軌道線が出ていたこともあった。 こちらは、和歌山市駅~海南間(海南線)、和歌山市駅~新和歌浦間(和歌浦支線)、公園前~和歌山駅間(新町線)を結んでいた路面電車であり、1971(S46)年1月に、和歌浦口~海南駅前が廃止。同年3月31日に残る全区間が廃止されていた。

和歌山城隣にある岡公園には、和歌山軌道線で使用されていた321形車両が静態保存されている。 321の番号で、321(みつい)の語呂合わせで、モーニング娘。の光井愛佳女史を思い出します。 321系も同様だし。

和歌山から日根野までは、奈良電車区の221系の4+4の8両編成で移動。 この時に使用された編成は、NA402(クモハ221-13F)+NA414(クモハ221-68F)。 奈良エリアの221系は、1989(H元)年4月10日の登場。2000(H12)年3月11日から阪和線にも進出していた。筆者はNA402編成側に乗車。

221系の4両編成は、日中には、高田(大和高田市)への区間快速の運用にも入る。

奈良県の大和高田市は、元モーニング娘。(ダブルユー)の加護亜依女史の地元である。今年3月に芸能界から追放されてしまったことで残念に思っています。

日根野からは、関空快速のE857編成(クモハ223-105F)に乗り換えて関西空港まで行きました。乗り継ぎ時間が短かったけど、何とか乗り換えることが出来てよかったです。

この関西空港線は、りんくうタウンで、南海空港線(泉佐野駅から分岐)と合流、ここから同じ線路を通り、関西空港まで入ることになる。 りんくうタウン・関西空港駅はどちらも乗り場は2面4線で別々となっている。

泉佐野駅は、関西空港線の開業に合わせて高架化される予定だったけど、高架化工事が遅れ、上り線(なんば方面)が2002(H14)年5月26日に、下り線(和歌山市、関西空港方面)が2005(H17)年11月27日にようやく高架化されていた。

泉佐野駅が全面高架化された時は、筆者が初代の1推しメンバーだったなっちこと安倍なつみ女史とようやく握手することが出来た時の次の日だった。

筆者の友人のM氏がなっちと初めて握手した昨年9月18日は、東北本線の長町駅が全面高架化された時と同じ時だった。

1995(H7)年から1999(H11)年5月9日までは、関空特快ウィングという列車が運転されていたことがあった。こちらは京橋~関西空港間の運転で、途中大阪、天王寺、堺市、鳳、和泉府中、日根野、りんくうタウンに停車していた。

関西空港線は、名鉄空港線(単独路線)の常滑~中部国際空港間に似ており、中間駅のりんくう常滑駅は、関西空港線で言うりんくうタウン駅に相当している。

どちらもりんくう駅を出た後、空港島にまたがる橋を渡ることになる。

関西空港線は、関係者輸送対策により、開港前の1994(H6)年6月15日に暫定開業していた。 

関西空港駅は、1,2番線が南海、3,4番線がJRとなっているけど、3番線は関空快速・シャトル、4番線は関空特急はるかの発着番線となっている。

こちらはJRの成田空港駅で、1番線が成田エクスプレス(NE’X)、2番線が快速列車で使用されていることに匹敵している。

関西空港駅=第一回近畿の駅百選に認定されている。

この後、折り返し時間を使用して、ターミナルビルを見物しました。 関西空港ターミナルビルには、屋上に飛行機を眺めることの出来る展望デッキが無いのが残念である。 

その代わりに、空港内にある、関空展望ホール(スカイビュー)まで連絡バスで行くことになる。

ここでは、離発着する飛行機を見れることで臨場感がある。

筆者は、関西国際空港に行ったのは今回が初めてでした。 関西国際空港からは飛行機で羽田空港まで帰ることも可能である。

関西国際空港は、1994(H6)年9月4日に開港した空港で、日本の空港としては初の24時間運行可能な空港として話題となっていた。 それ以前の大阪国際空港(伊丹空港)では、騒音規制が激しく、21時(夜9時)までしか運航出来なかったことがネックとなっていた。

開港以来滑走路が1本しか無かったけど、8月2日に滑走路が増設されていた。

今年8月25日から9月2日まで、大阪の長居スタジアムで、世界陸上選手権が行われる予定となっているので、今回の滑走路の増設はそれを受けたことによるものである。

一昨年の前回の世界陸上選手権は、フィンランドのヘルシンキで行われていた。

次回の2009年は、ドイツのベルリンで行われる予定となっている。こちらもオリンピックと同様に、次の開催地が前もって決まることになっている。

空港ターミナルビルは、1階が国際線到着ロビー、2階が国内線出発・到着ロビー、3階が国際線出発ロビーとなっている。

こちらは、小田急の新型ロマンスカーのVSE(50000形)や、来年3月に導入予定の千代田線直通用のMSE(60000形)と同様に、岡部憲明氏によってデザインされていた。

この時には、南海7000系の7045Fを見ることが出来ました。

関西空港から大阪までは、京橋行きの関空快速で戻りました。 日根野で、紀州路快速と併合されていたけど、和歌山まで乗った時と同じE860編成だった。

今回の関西遠征で、未だに行ったことのない和歌山県や関空にもいっちゃおうという計画があったけど、それが実現してよかったです。あとは、道頓堀も生で見ることが出来たし。

鳳では、くろしお用の381系によるはんわライナー3号を見ることが出来ました。この時に確認出来たのは、C602編成(クハ381-127F)。 天王寺と和歌山を結ぶ通勤ライナーで、土曜・休日にも運転されている。但し上りは休日のみ運休。

上りの2本のうち、1本は熊取始発となる。

天王寺からは大阪環状線に入りました。 オレンジ色の201系のほうは、中央快速線ではE233系の導入により、減っているけど、大阪環状線のほうは、現在の主力となっている。

この時に大阪の交通科学博物館の最寄り駅である弁天町駅を通ったけど、今回行くことが出来なくて残念に思いました。 こちらは2003(H15)年7月20日の鉄道友の会の本部総会に行った時に立ち寄っている。

桜島線(ゆめ咲線)への乗り換え駅である西九条駅では、USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)のラッピング車両であるクハ205-823Fを見ることが出来ました。こちらはセサミストリートが描かれていた。

大阪に到着した後、長崎・熊本行きの寝台特急であるあかつき・なは号を見ることが出来ました。

長崎行きのブルートレインは、2005(H17)年2月28日まで東京~長崎間のさくら号もあったけど、現在はあかつき号だけとなっている。 あかつき号のほうは、さくら号と同様に佐世保にも乗り入れていたこともあった。

なは号は以前西鹿児島(現、鹿児島中央)にも乗り入れていたこともあったし。

大阪では、名物である551蓬莱の豚まんを買って食べました。 この551蓬莱は、大阪の有名な豚まんなどを扱う店であり、戎橋に本店がある。 

こちらはハロー!モーニング。で元モーニング娘。の紺野あさ美女史のお勧めの店と言われていたので、大阪を離れる前に食べることが出来てよかったです。
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by hy_sengen-sin | 2007-08-21 13:19 | 鉄道イベント