交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

<   2007年 04月 ( 14 )   > この月の画像一覧

4月17日は、仕事が休みだったので、八王子まで東急5000系の5111Fの甲種輸送を撮影しました。

ルート 目白~新宿~立川~八王子~橋本~南大沢~京王多摩センター~曙橋~目白五丁目バス停

目白から新宿までは山手線で移動。新宿から立川までは、E233系のT10編成(クハE233-10F)による青梅特快に乗りました。 4月2日に豊田で到着のシーンを見たけど、その15日後に乗れるのは思っていませんでした。

E233系の導入状況=4月26日には、T12編成(クハE233-12F)が、EF64-1030号機牽引により輸送されていた。

その陰で、201系のT120(旧H21)編成(クハ201-40F)が廃車回送されていた。 こちらは、霜取りパンタ採用の編成となっていた。

来月以降も、T編成化された分割・併合編成に廃車が出ることが予想されている。

E233系の車内では、4月2日から、車内の液晶ディスプレイで日テレNEWS24のヘッドラインニュースが見られるようになっている。

青梅特快の表示は、緑色となっていた。

立川駅に到着した後は、青梅の表示となっていました。

立川で、到着した5000系+EF65-1121号機を見ることが出来ました。

輸送された編成は、6ドア車2両を含む9両で、中央林間寄りの先頭車(10号車)である5011号車が中間に押し込められていた。

編成はEF65-1121号機+5711+5611+5511(6ドア)+5011+5911+5811(6ドア)+5311+5211+5111となっていた。

立川から八王子までは、201系のT13編成(クハ201-47F)に乗車。

こちらは、4月17日に逗子を出発し、横須賀線、根岸線、武蔵野貨物線、南武線、中央線経由で八王子まで輸送されていた。

到着後、6両と3両に分割され、ディーゼル機関車による入れ替え作業が行われていました。

4月18日には、5711+5611+5511(6ドア)+5011+5911+5811(6ドア)号車の6両が、4月19日には、5311+5211+5111号車の3両が長津田まで輸送されていた。

このため、2つの編成の並びを撮影することが出来ました。
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by hy_sengen-sin | 2007-04-27 11:25 | 鉄道車両・路線

松戸へ

東京駅の大江戸そばで昼食を取った後、京浜東北線の快速で上野まで行き、ここから常磐線の特別快速で松戸まで行きました。

京浜東北線で乗った編成は、ウラ71編成(クハ209-73F)。

東京駅の南口では、東京駅南口発、目黒駅経由等々力行きの東急バス(東98系統)を見ることが出来ました。 車両は、M7713(品川200か15-32、三菱ふそう車)こちらは、東急バスで唯一東京駅に乗り入れる路線となっている。

現時点では、東急バス目黒営業所の路線では、PASMO(Suica)で乗ることが出来ない。

現在東急バスでPASMOが使えるのは、淡島、下馬、弦巻、高津営業所所属の路線である。

上野から松戸までのった常磐線のE531系は、K464編成+K421編成。

快特なので、日暮里を出た後、松戸までノンストップだったので、かつての常磐線の中距離電車を思い出しました。 

北千住駅前にあるTHEATER1010では、ごっちんこと後藤真希氏が出てくるミュージカル「2007 劇団 シニアグラフィティ 第4回公演~昭和歌謡シアター『横須賀ストーリー」が、4月24日から30日まで行われるけど、筆者のほうは残念ながら行く予定は無い。

松戸在住の友人は、その公演に行き、2列目で見ていたけど、北千住と松戸は、常磐線の快速で1駅と近い状態である。

THEATER1010は、西口の丸井のビルの10階から12階にある。 

1010ということは、千住の語呂合わせであるということが分かります。

松戸に到着後、新京成線に乗り換えて八柱へと向かいました。

この時に乗った車両は、8800形の8881Fで、松戸寄りの先頭車が8888番とぞろ目となっていました。 この時に、今年1月21日の常磐線撮影ツアー第二弾のスタートの時を思い出しました。この編成は、1990(H2)年に導入された車両である。1990(H2)年には、親会社の京成電鉄から払い下げの旧型車両が全廃となっていた。

八柱駅からは歩いて会場である松戸森のホール21へと向かいました。ここでは、なっちこと安倍なつみ氏のコンサート(安倍なつみコンサートツアー2007春 25~ヴァンサンク~)を見ました。

八柱駅からは、小金原団地および北小金駅から松戸新京成バスに乗っていくことも可能である。 あとは常磐緩行線の北小金駅からもバスで行けるし。

松戸森のホール21は、正式名称は松戸市文化会館で、1993(H5)年11月3日に開館した松戸で一番新しいホールである。

この周辺には、21世紀の森と広場や、市立博物館がある。

筆者が松戸森のホール21での公演に行ったのは、一昨年8月21日のモーニング娘。の公演以来だった。

一番最初に行ったのは、2004(H16)年4月11日のごっちんこと後藤真希氏の公演だったけど、当時は八柱からバスに乗って行っていた。

あとは、同年10月10日に行われたなっちこと安倍なつみ氏の公演にも行ったことがある。

その応援団の友人との連番でなっちの公演を見たのは、昨年6月4日の中野サンプラザでの公演以来だった。 あの時筆者は武蔵丘でのイベントの後に行っていた。

今年の西武武蔵丘でのイベントは、6月10日となるので、都電のイベントと被ってしまうことが懸念されています。 6月10日は中野サンプラザでのGAM(松浦亜弥、藤本美貴両氏によるデュオ)の公演の夜の部に行くので、武蔵丘から中野への移動ということになる。

今年のなっちのツアーは、4月14、15日に松戸森のホール21、4月21日に八王子市民会館で行われていたけど。4月28、29日に中野サンプラザ、5月4日に大阪厚生年金会館、5月5日に愛知厚生年金会館でも行われることになる。

なっちのツアーは、昨年春の~おとめちっくBank~以来1年ぶりに行われていた。

昼の部は、千葉市在住のなっち推しの応援団の団員と参戦。 この時は、なっちこと安倍なつみ氏による単独出演だったけど、最初から最後までバンドによる生演奏が魅力の公演だった。披露されていた曲は、やはり3月14日に発売されたミニアルバムである「25~ヴァンサンク~」の収録曲が中心となっていた。

チケットは、友人の枠だった。

その友人は、八王子公演にも行っていたけど、4月29日の中野公演に行く予定となっている。友人にとってはなっちと握手した後初めてのツアー参戦ということになった。

このことは、車で言えば、ETC装置(Electronic Toll Collection System、有料道路自動料金収受システム)が取り付けられた(導入された)ことになぞられている。

アーティスト本人と握手した瞬間は、ETCゲートのバーが開く瞬間になぞられているし。

筆者がFCチケットを申し込む時は、ほとんどが日曜・祝日の公演で、モーニング娘。が出てくる公演以外は、なるべく夜の部を申し込むようにしている。 こちらは鉄道の活動とのからみもある。

筆者の場合は、お釣りを取り忘れたどうか気にすることが多いので、ETCの場合はこのような心配がないのでちょうどいいと思います。

この後、当日券を買い、夜の部も参戦しました。 

やはり、昼の部を見ていいな!と思ったし、19日の八王子および28、29日の中野には行かれないので急遽夜の部も見たのである。

終演後には、八柱行きの臨時バスが2台出ていました。

八柱駅からは、新京成線で松戸へ移動。この時に乗った車両は8800形の8809F。

松戸では、くぬぎ山行きの8000形旧塗装である8501Fを見ることが出来ました。 新京成の8000形は、1978(S53)年に登場。8501Fと翌年の1979(S54)年に導入された8503Fは、抵抗制御車となっている。

8000形のほうは、1985(S60)年まで製造されていたけど、全て6両編成で、京成千葉線への直通運転に対応している。

松戸から上野までは、K419編成(クハE531-19F)に乗車。 上野から秋葉原までは、山手線のE231系500番台の511編成(クハE231-511F)に乗ったけど、外観にはジャニーズ系の6人グループであるKAT-TUN(カトゥーン)のニューアルバムの広告が本人の顔入りで入っていました。

KAT-TUNとは、K:亀梨和也(かめなし かずや、1986年2月23日 - )B型
A:赤西仁(あかにし じん、1984年7月4日 - )O型
T:田口淳之介(たぐち じゅんのすけ、1985年11月29日 - )AB型
T:田中聖(たなか こうき、1985年11月5日 - )B型
U:上田竜也(うえだ たつや、1983年10月4日 - )B型
N:中丸雄一(なかまる ゆういち、1983年9月4日 - )O型

の6人組で、そのグループ名はメンバーそれぞれの名字の頭文字から構成されている。

あとは、勝つ運という意味も込められている。

4月18日に発売されたKAT-TUNのニューアルバムは、cartoon KAT-TUN II You

その発売の翌日の4月19日には、昨年10月以来アメリカ・ロサンゼルスへの語学留学の為に渡米していた赤西仁氏が帰国し、活動が再開されたということで話題となっている。

4月21、22日の宮城県(グランディ21)での公演から本格的に活動が再開されていた。

グランディ21は、宮城県総合体育館のことで、仙台市郊外の利府町にある。2003(H15)年3月27日には、モーニング娘。の公演が行われていたことがある。

こちらは利府駅から宮城交通バスに乗っていくことになる。

KAT-TUNの東京公演は、6月2、3、16、17日に東京ドームで予定されている。

KAT-TUNといえば、昨年8月26~27日の24時間テレビのパーソナリティで活躍していたことがあった。 武道館での募金の時は、KAT-TUN目当てのギャルたちで混雑していたことを覚えている。 あの時は八王子支社のイベントの時みたく、募金の時に待たされていたし。

秋葉原から御茶ノ水までは、中央・総武緩行線のE231系(クハE231-14F)に乗車。 この車内は、全て全労済の広告となっていた。

全労済とは、正式名称が全国労働者共済生活協同組合連合会であり、消費生活協同組合法(生協法)に基づき、厚生労働省の認可を受けて設立された“保障”の生協となっている。

全労済など協同組合によって行われる保障に関わる事業は、「保険」ではなく「共済」と呼ばれている。

御茶ノ水から新宿まで乗った車両は、中央快速線の201系のT118(旧H19)編成(クハ201-118F)。これによって、4月15日に切り替えられたばかりの新12番線での発着を体験しました。

新宿からは山手線で帰りました。

ここで樋口君のハワイレポートです。

こんにちは。樋口です。「モーニング娘。のハワイツアー」から帰国して早一ヶ月が経ちました。遅くなりましたがレポをします。吉原さんの日記にも簡単で良いから取り上げてくれると嬉しいです。一日目はドキドキイベント、メンバーとツーショット撮影です。僕の名古屋組はハワイに到着後、一番最初のイベントなので衝撃を受けました。トイレで髭を剃って、髪の毛をセットして身嗜みを整えました。そして、自分達の番が来ました。荷物をスタッフに預けて部屋に入ると、メンバーの声が。一番前の愛ちゃん、えりりんに「お願いします」と言われたときは、自分は緊張しすぎて固まってしまって、うなずくことしか出来なかったです。写真撮影が終わるとウェルカムランチとハワイ観光巡りだけど、どうでも良いので省略します。そして、夕方のイベントは<ハラハライベントbyソロコーナー&古今東西ゲーム&抽選会>です。プレゼント抽選会は個人的に2番違いがあったけど、やはり簡単に当たるほど甘くはなく全て外れ。今回のイベントは全体として考えればそれほど面白いといった物はなかったけど、愛ちゃんが間近で見れてめっちゃくちゃ可愛かったと言うことと、ミキティーのトークが抜群に面白かったから、これはこれで一応アリじゃないでしょうか。二日目の朝は追加イベントです。会場前でかなり待たされてイライラしました。そして、クジを引いて入場しました。ようやくメンバーが登場して来て、自分はイベント内容はてっきり集合写真かなぁと思っていたのですが、よっすぃが「今から体操したいと思います」って聞いて、ふざけるなよ。と思いました。メンバーの周回は良かったけど。体操が終わるとメンバーが作った「モーニング新聞」を配布して、一旦ホテルに帰ります。自分はえりりんからの手渡しです。その時、愛ちゃんに手を振ってもらったのでめっちゃ嬉しかったです。最後のスペシャルライブイベントも良いことがありそうなやぁと思い、ホテルに帰りました。

最終日のイベントは「スペシャルライブ&握手会」です。ホテルのロビーで気合いを入れて座席抽選券を引くと何と250番台。まぁ前の方やから良いじゃんと思い、野外会場へバスで移動。入口では厳重な持ち物チェックが行われていて、みんな携帯電話を預けていたので自分も素直に預けることに。入場してカナーリ待たされてライブスタート。今回のライブは、前回の香港ツアーの用にソロライブがあったので、セットリストからすればかなりのボリュームでした。新垣、愛ちゃんによる「黄色いお空でBOOM BOOM BOOB」など懐かしいメドレーが聞けて良かったです。後、出だしの「青空がいつも続くような未来であれ!」は場面に合っていて良かったですね。「青空~」のような定番曲をもう二、三曲歌って欲しかったかな。そしてMCと休憩が終わると、ラストイベント握手会です。

最後のイベントは握手会です。列ごとの順になります。握手は光→久→田→道→亀→藤→新→高→吉の順です。メンバーが登場して、握手会が始まった瞬間、自分はいきなり涙が出て来ました。メンバーとお別れするのは寂しいのと、今まで一年間、名古屋で一人暮しをしていて辛いことが山ほどあったけど、モーニング娘。のファンをやってるから全部乗り越えられたのです。辛いときはDVDを見て、メンバーが歌って踊って楽しいそうにしている姿を見ているだけでワクワク、ドキドキして、癒されていました。今までどれだけメンバーに慰めてもらって、そしてパワー、勇気をもらった事か。僕は七年間モーニング娘。のファンを続けて本当に良かったです。その事を思い出すと泣けてきました。握手会は「香港ツアー」よりもややスローだったのでメンバーに一言二言話せたと思います。僕は愛ちゃんに「副リーダー頑張って下さい」と伝えることが出来たし。そして握手会が終わり、バスを待っていたのですが、その場にいる参加者が皆すっごい笑顔なんです。だいたいどのライブでも終わった後は満足した表情が出てくるものだけど、今回は別格でしたね。もう、幸せな空気が充満していました。翌日は自由行動なので特筆することはなく、ワイキキビーチを散歩したりお土産を買いました。帰りの機内では色々なシーンを思い出すと幸福感がどんどん高まって来て、またプチ泣きをしちゃいました。中部国際空港に無事到着して、名鉄、JR(313系2次車などに)乗り継いで大阪の実家に帰ってきました。その日の夜より約365日ぶりに実家の生活を再会する事になります。一年間名古屋で一人暮しをして、今回のツアーに参加したということで自分にとって「モーニング娘。」の思いが一段と熱くなり、愛ちゃんの事がさらに好きになりました。吉原さんへ:新曲のイベントお互い絶対当選させようね。 最後になりますが雑文読んでくれてありがとう。涙腺の緩い樋口でした。それぐらい満足できたFCツアーでした。おしまい

という内容のレポートとなっていました。
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by hy_sengen-sin | 2007-04-26 12:46 | ハロプロ観戦系

中央線の切り替え工事3

4月15日は、中央線等の新宿駅構内切り替え工事を見たり、松戸で行われたなっち(安倍なつみ氏)のコンサートを見たりしました。

ルート 目白~新宿~中野~市ヶ谷~東京~上野~松戸~八柱~松戸~上野~秋葉原~御茶ノ水~新宿~目白

まずは、新宿まで山手線で移動し、ここから中野までは、201系T115編成(クハ201-52F)による各駅停車大月行きで移動しました。 

各駅停車大月行きのほうは、普段は運転されていないし、方向幕に入っていないので、普段の大月の表示のままで運転されていた。

土曜・休日には、大月21時24分発の各駅停車東京行き(大月発着で唯一の東京方面への各駅停車)が1本設定されている。

中野では、各駅停車の201系、E233系のほか、中野発着の特急も撮影しました。

中には、各駅停車青梅行きと珍しい表示もあったし。

中野駅で見たスーパーあずさ号は、S3+S23編成で、前8両が白馬行きとなっていた。

E257系が中野駅に停車するシーンは、回送列車で見られるけど、E351系(スーパーあずさ号)が、中野駅に停車するのは、切り替えの時限定で、中野行きの表示も工事の時限定である。

スーパーあずさ号には、千葉行きの表示もあるけど、現時点では乗り入れがない。

中野駅5番線にオレンジ色の電車が入線するのも、切り替えの時ならではである。 早朝・深夜における各駅停車の場合は、1、2番線発着となるので。

この時に、東京メトロ東西線の車両と201系またはE233系と並ぶシーンが見られていたけど、5000系、東葉高速1000系のほうは、既に全廃となっているので、昨年4月で最後となってしまった。

4月19日には、201系の6+4編成のT103(旧H2)編成(クハ201-5F)が例の長野総合車両センターまで廃車回送されていた。 6+4編成としては3本目の廃車。

この時には、前面の種別表示が事前に外された状態となっていた。

鉄道ファンの今月号には、3月18日に撮影されていたT103編成(旧H2編成)の最後の晴れ姿が出ていたけど、奇しくもその1ヶ月後に廃車回送されてしまったのである。

旧T32編成(クハ201-58F)のほか、旧T130編成(クハ201-56F)も京葉線に転用されていたのは、川越線で発生した踏切事故により、205系が1編成使用不能となったために、その電動車1ユニットが京葉線の205系から捻出されるために、その穴埋めとして、201系がもう1本入ったのである。

今回の切り替え工事は、前回とは異なり、12時頃まで行われていた。

中野駅で撮影していたときに、河口さんと出会いました。

この日は、埼京線や湘南新宿ラインでも運休となり、行き先変更が見られていた。 南側のほうは、大崎折り返しとなり、普段見ることが出来ない、湘南新宿ラインの大崎行きの表示も出ていた。りんかい線も全て大崎折り返し。

北側の埼京線は、池袋折り返しで、湘南新宿ラインは、臨時に上野発着となっていた。日光、きぬがわ、スペーシアきぬがわ号などは、池袋発着。

E257系で見た編成は、M110+M205編成のあずさ号、M111編成のかいじ号。

この後、E351系のS4+S24編成の中野駅到着シーンを見ました。

10時54分頃、8番線に201系のT106(旧H7編成)、クハ201-69Fによる回送列車が入線。

この日の緩行線は、従来の黄帯の総武線直通電車も運転されていた。

中野から市ヶ谷までは、201系のT128編成(クハ201-53F)に乗車。

市ヶ谷では、各駅停車立川行きを撮影しました。

市ヶ谷から東京までは、T126編成(クハ201-49F)に乗車したけど、水道橋駅付近で、T106編成による回送列車が待避していました。

御茶ノ水駅手前で転線し、普段のルートへ。 東京駅に到着した後、ここでも撮影をしました。 この後、T106編成が入線。 折り返しは試運転列車となっていました。

あとはE233系のH46編成(クハE233-46F)も、切り替え関連の試運転で使用されていた。

6月30日から7月1日に掛けて、中央線の三鷹~国分寺間の下り線が高架線に切り替えられることになり、切り替え当日は列車の運休等が発生することになる。

7月1日からは、武蔵境、東小金井、武蔵小金井駅の下りホームが高架ホームとなる。 この日は、東海道・山陽新幹線のN700系の初日でもある。
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by hy_sengen-sin | 2007-04-25 14:27 | 鉄道乗車記

ほくそう春祭り

4月14日は、北総鉄道(千葉ニュータウン鉄道)の千葉ニュータウン中央駅前で行われたほくそう春祭りに行って来ました。

ルート 目白~日暮里~京成高砂~千葉ニュータウン中央~印西牧の原~印旛日本医大~印西牧の原~千葉ニュータウン中央~白井~西白井~新鎌ヶ谷~東松戸~新八柱…八柱~新鎌ヶ谷~矢切~京成高砂~青砥~日暮里~目白

まずは山手線で日暮里へ。 日暮里から高砂までは、3300形の8両編成による特急成田空港行きに乗りました。 この3300形の8両編成は、3500形の車両故障に伴う代走によるもので、4月12日に結成されていた。こちらは、上野方より、3320+3319+3318+3317+3336+3335+3334+3333

これに伴って3341+3342,3343、3344号車が抜かれていた。

3300形の8連組成は、2002(H14)年12月以来4年4ヶ月ぶりだった。 こちらは、3353、3354号車の重要部検査入場によるものだった。

これにより、3300形による8連特急が復活し、3300形初の京成線内快特運用に入っていた。

3200形のほうは、3261~3264号車の4連が残り、金町線を中心に最後の活躍をしているけど、今年度中に全廃となることが予想されている。

このように3300形の8連を見ることが出来てよかったです。

京成高砂では、北総鉄道の1日乗車券(1000円)を買ってからホームにある立ち食いそば屋で昼食を取りました。

京成高砂から千葉ニュータウン中央までは、都営5300形の5323Fに乗りました。 この5300形は、1991(H3)年3月31日の北総開発鉄道(現北総鉄道)の京成高砂~新鎌ヶ谷間の開業と同時に登場。 この時からは5000形の置き換えが開始されていた。

秋山では、ヘッドマーク付きの7300形を見ることが出来ました。

ほくそう春祭りのヘッドマークは、今年は7300形、9000形に付いていた。

北総鉄道には、元京成3300形の7250形(7261F)が1編成在籍しているけど、C-ATSに更新されているために現時点も引き続き使用されることになる。

北総春まつりは、毎年千葉ニュータウン中央駅前で行われ、鉄道グッズの販売などが行われている。

今回は、北総鉄道のほか、京成、京急、都営、秩父鉄道などが出店していた。

ここでは、さよなら7000形の記念乗車券を買ったけど、未だに売れ残っていました。 

駅構内では、鉄道模型のパノラマや、鉄道模型のキッズ版であるプラレールがあった。

千葉ニュータウン中央駅付近には、イオン千葉ニュータウンショッピングセンターがあり、昨年4月21日に増築されていた。

今回は増築されて以来初めて立ち寄った。

千葉ニュータウン中央駅は、1984(S59)年3月19日に、住宅都市整備公団(のちの、都市基盤整備公団)の駅として開業。当時は何も無かったけど、現在は大きく変化している。

ここでは、ちばレインボーバス(京成グループ)や消防車などの展示もありました。

展示されていたちばレインボーバスは、白井車庫所属の日野のワンステップバスで、ナンバーは、習志野200か・319。 管轄エリアである白井市は習志野ナンバーとなっている。

こちらは、白井駅と六実駅、西船橋駅、木下駅を結ぶ路線を中心に活躍している。

その車庫は、白井と船尾。ちばレインボーバスは、1998(H10)年6月1日に京成電鉄のバス部門(現在の京成バス)から独立して誕生した千葉ニュータウンのバス会社である。

船尾車庫は、船橋営業所の分車庫から、白井車庫は、松戸営業所の分車庫から独立されている。

習志野22の場合は、をナンバーとなっているけど、習志野200の場合は、ほとんどのエリアと同様に、かナンバーとなっている。

あとは、成田ゆめ牧場のソフトクリームも食べたのである。

駅横のスペースには、2010年の成田高速鉄道の開業祈願の為に、2010本のバラが植えられている。

ここでは、奥野さん、三橋さん、林直樹さん、高石さん、下村さんと出会いました。

千葉ニュータウン中央から印西牧の原までは、9000形の9011Fによる印西牧の原行きに乗車。 この時には、ほくそう春まつりのHMが付いていました。 

北総(千葉ニュータウン鉄道)9000形は、1984(S59)年の小室~千葉ニュータウン中央間の開業に備えて、2編成が導入されていたけど、当時は2000形だった。

やはり、相互直通先の京急2000形と形式が重複するために、1994(H6)年に9000形に改番されていたのである。 2000形の時代は、2101から始まっていたために、京急2100形とも被ることになる。

印西牧の原駅では、3月25日に立ち寄っていたので、久しぶりでは無かったです。

3月25日のさよなら7000形の乗車会・撮影会に参加していた人たちは、印旛の車両基地から印西牧の原まで、北総7500形の7503Fによるお見送りサービスがあったので、まさに新旧交代のシーンだった。

北総線では、かつて7050形(元京成3100形)の4両編成による矢切~新鎌ヶ谷間の区間運転列車も運転されていたこともあった。

7300形のうち、初期型の7301Fと7311Fは、新京成線の松戸まで乗り入れていたこともあったけど、1年で廃止されてしまったことになる。

新京成線と北総・公団線(現北総線)との直通運転が行われていた頃は、北初富駅から分岐し、新鎌ヶ谷へと向かっていた。 北総線から松戸への直通運転は、1991(H3)年3月31日の京成高砂~新鎌ヶ谷間の開業後も継続されていたけど、翌年の1992(H4)年7月8日に、新京成線の新鎌ヶ谷駅が新設されたことにより、新京成線と北総・公団線との直通運転が廃止されていた。

当時は、新京成線の車両も千葉ニュータウン中央まで乗り入れていた。

1990(H2)年に全廃となった京成電鉄からの払い下げ車両だった200形や2000形という吊り掛けモーター車も、晩年は千葉ニュータウン中央へも乗り入れていたことがあった。


印西牧の原から印旛日本医大までは、都営5300形の5304Fに乗車。 こちらは、1991(H3)年度に導入された初期型で、車椅子スペースが中間の4、5号車にある。

1991(H3)年3月31日の営業運転開始時点は、5301、5302Fの2編成しかなかった。

翌年の1992(H4)年に導入された5307Fからは、車椅子スペースが先頭車(1、号車)に移設されていた。

5300形の初期型は、C修繕工事により、座席が交換されている。 ドアチャイムのほうも、2003(H15)年頃から使用開始されていた。

都営5200形は、昨年11月3日のさよなら運転の時は、西馬込~千葉ニュータウン中央間で特別運転が行われていたけど、折り返しの間合いで印西牧の原へも入っていた。

5200形は、晩年は5201Fの1編成のみ存在で、西馬込~泉岳寺間の区間運用が中心となっていた。 京成への乗り入れ範囲は青砥まで。

5300形は、運用限定されることもなく、オールマイティーに使用されている。

5200形のほうは、昨年12月20日に京急ファインテック久里浜事業所まで回送され、その場で解体されてしまったのである。

京急ファインテック久里浜事業所と言えば、今年5月27日に恒例のイベントが行われることになるけど、奥野さんは行くことに決めている。

筆者が印旛日本医大駅に行ったのは、2004(H16)年9月19日以来だった。 この区間の初乗り運賃は300円と高い。

印旛日本医大駅は、2000(H12)年7月22日に開業した駅で、駅舎だとは思えないほどのデザインが評価されて、関東の駅百選に認定されている。副名称は松虫姫。松虫姫とは、不破内親王の別名である。所在地は千葉県印旛郡印旛村。

現在は一般公開されていないけど、展望台があることが特徴である。

筆者は2001(H13)年の関東の駅百選スタンプラリーの最終回に立ち寄った駅を印旛日本医大駅にしたのである。

当初は、都営新宿線の本八幡駅から、新鎌ヶ谷を経由して、印旛松虫(印旛日本医大)まで、千葉県営鉄道北千葉線が計画されていたけど、2002(H14)年に県営鉄道としての事業が廃止されたので、成田新幹線みたく、幻の路線となっている。

2010年4月を目処に、成田高速鉄道の路線が成田空港まで延長される予定であり、その建設工事が行われることになる。 現在は行き止まり部分が盛り土によってせき止められているけど、それが崩されることになる。

周辺では、いには野ニュータウンの整備が行われている。 印西牧の原駅と同様に、前回訪問した時よりも開けてきていると思います。

この辺りの住民は、都心まですぐ行けるのが魅力だけど、北総線の運賃が高いということが泣きどころである。

印旛日本医大から印西牧の原までは、京急600形の605Fで移動。 京急車の北総線への乗り入れは現在も少ない状態である。 乗り入れ編成は、1000形、1500形、600形、新1000形。

京急600形のロングシート化改造は、603,604、606、608Fで行われているけど、そのうちの606Fは、ブルースカイトレインとなっている。 

605Fのほうは、未だに改造されていないため、ツイングルシートに座ることが出来ました。

印旛日本医大から三崎口への直通運転は、平日の2本のみとなっている。 こちらは京急車が使用されている。

3月31日に登場したステンレス製の新1000形である1073Fは、現在京急線内のA快特中心の運用で、現時点では、都営線や京成線、北総線には乗り入れていない。

印西牧の原駅では、都営5300形への車両交換により入場する前の北総7300形の7801F(ヘッドマーク付き)を見ることが出来ました。 こちらは、7300形で唯一、京成からのリース車で、京成時代は、3700形の3801Fだった。 

既存の7300形との違いは、車椅子スペースや前面のスカートの有無である。

北総鉄道への京成車の乗り入れは、2000(H12)年以来途絶えていたけど、昨年12月10日のダイヤ改正で、平日夕方の1往復に限り復活していた。 こちらは、羽田空港 16時31分発、印旛日本医大 18時20分発となっており、3400形、3700形、3500形更新車、3000形(3001F)が使用されている。

印西牧の原から千葉ニュータウン中央までは、都営5300形5310Fに乗車。

千葉ニュータウン中央から白井までは、北総7500形7503Fに乗ったけど、新車の匂いが漂っていました。

白井駅前も賑やかとなっていました。

白井市のほうは、2001(H13)年4月1日に市制が施行されるまでの間、印旛郡白井町と呼ばれていた。

千葉ニュータウン中央駅と印西牧の原駅のある印西市は、印西牧の原駅の開業から1年後の1996(H8)年4月1日に市制が施行されていた。 以前は印旛郡印西町。

小室駅は、北総線で唯一船橋市にある駅で、北習志野駅や船橋駅から船橋新京成バスが出ている。

白井から西白井までは、9121Fで移動。 西白井駅構内には、2000(H12)年に印旛車両基地が出来るまでの間、車両基地として使用されていたけど、現在は建物が残されている。

西白井から新鎌ヶ谷までは、5323Fで移動。 新鎌ヶ谷では、イオン鎌ヶ谷ショッピングセンターとアクロスモール新鎌ヶ谷に立ち寄りました。

新鎌ヶ谷のイオンのほうは、2004(H16)年9月19日に立ち寄ったことがある。

新鎌ヶ谷から東松戸までは、北総7500形の7501Fで移動。 この編成は、昨年2月20日に登場した時から使われている編成で、7500形で唯一の東急車輌製となっている。 7502、7503Fは日本車輌製。

これにより、北総7500形で3編成共に制覇したことになりました。

東松戸駅は、1991(H3)年の開業当時は、北総線の駅があるだけとなっていたけど、1998(H10)年3月14日に武蔵野線の駅が新設されているけど、相互の乗り換え客が少ない状態となっている。

こちらは、北総線の本数が少ないこと、北総線の特急や急行が東松戸駅に停車しないこと、都心直通で割高になることなどの影響である。

東松戸から新八柱までは、武蔵野線の205系(クハ205-44F)に乗車。こちらは元山手線のVVVF改造編成である。

新八柱駅は、地下駅となっている。

この周辺には、八柱霊園があるけど、こちらは都外(千葉県松戸市)にある東京都立の霊園となっている。

八柱霊園へは、八柱、新八柱、東松戸駅から松戸新京成バスで行くことになるけど、お彼岸の時期は混雑する。 あとは松飛台の駅から徒歩で行くことも出来る。

新八柱駅からは徒歩で、21世紀の森の広場にある森のホール21まで歩いていきました。 こちらは、なっちこと安倍なつみ氏のコンサートが行われていたけど、今回は入らなかった。

この前には、大学堂というホットドッグやアイスクリームの移動販売が来ていました。 大学堂は、千葉県市川市に本社があり、ここを拠点に東京都東部や千葉エリアを回っている。

この大学堂の移動販売車は、今年4月8日に放送されたテレビ東京系のハロモニ@で、錦糸町に来ていたことでモーニング娘。のメンバーが目撃していたのである。

道重さゆみ氏は、アイスドッグを頼んでいたので、筆者もアイスドッグを頼んだのである。

なっちファンの友人は、この日の公演に参戦していた。

八柱駅からは、新京成線の8000形の8505Fで新鎌ヶ谷まで戻りました。 この編成は、1981(S56)年に導入された界磁チョッパ制御方式の第一号である。

新鎌ヶ谷から矢切までは、5310Fに乗車。

矢切駅は、市川と松戸の中間にある地下駅で、地下1階がコンコース、地下2階がプラットホームとなっている。

駅前には、市川松戸線という道路が出ており、その市川側の手前では、国府台駅を通ることになる。

矢切駅前には、4月19日に笑がおの湯という京成グループのスーパー銭湯がオープンしていたけど、この時はオープン前だった。

笑がおの湯のほうは、他に、千葉県千葉市中央区寒川町に千葉寒川店がある。 こちらは、本千葉駅、千葉寺駅が最寄り駅となっている。

矢切駅前では、野田22か・・・1番の京成バス(松戸営業所所属、3348号車)を見ることが出来ました。 

こちらは、野田自動車検査登録事務所(野田ナンバー)が、習志野自動車検査登録事務所(習志野ナンバー)から独立した上で設立された後、初めて登録された路線バスの証である。

因みに野田ナンバーの管轄地域は、松戸市、野田市、柏市、流山市、我孫子市となっている。

矢切から京成高砂までは、5314Fに乗車。ここで、Suica(PASMO)にバトンタッチした後、青砥まで、5327Fで移動。こちらは、3月19日の北海道からの帰りに羽田空港から品川まで乗った時と同じ編成だった。

青砥では、京急ブルースカイトレインの605Fによる、2010年の中国・北京万博のPR列車を見ることが出来ました。 外観のほか、車内広告にも北京万博がアピールされていた。

青砥から日暮里までは、3700形の3751Fによる特急に乗車。日暮里から目白まで山手線で帰りました。

長くなりましたけど、これでレポートが完成です。
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by hy_sengen-sin | 2007-04-23 12:01 | 鉄道イベント

高崎

青春18きっぷの最終日である4月10日は、高崎まで行って来ました。

本当は4月9日の山梨からの帰りに使用するはずだったけど、両親と共にマイカーで帰ったために、この日に使うことになったのである。

ルート 目白~池袋~倉賀野~高崎~高麗川~拝島~立川~国分寺~新宿~渋谷~新宿~目白

目白から池袋までは山手線、池袋から倉賀野までは、湘南新宿ラインの特別快速(高崎行き)に乗車。

こちらは籠原まで5+10の15両で、前の5両はS04編成、後ろの10両はK03編成で、2004(H16)年10月16日に第二世代の湘南新宿ラインが登場した時から活躍している車両である。2004(H16)年10月16日の改正では、東海道線にもE231系が登場していたけど、当時は本数が少なかった。

湘南新宿ラインの第一世代は、2001(H13)年12月1日から2004(H16)年10月15日のことで、当時はE231系のほか、211系、215系、E217系も使用されていた。

湘南新宿ラインの211系のほうは、小山のE231系と同様に、東海道線⇔高崎線、横須賀線⇔宇都宮線系統の両方に使用されていた。 2005(H17)年12月から翌年の2006(H18)年7月に掛けて211系にグリーン車が組み込まれていたけど、湘南新宿ラインの運用に復帰することはない。

E217系は、昨年3月18日の改正で、3編成が東海道線に転用されていたけど、運用がE231系と独立しているので、湘南新宿ラインで使用されることはない。

小山のE231系のほうは、2004(H16)年10月15日まで、東海道線⇔高崎線直通列車にも使用されていたけど、2004(H16)年10月16日の改正で、国府津車両センター所属の車両に変更されていた。

国府津のE231系のうち、一部の編成は、長期間小山車両センターに貸し出されていた編成があった。

逆に小山のE231系の新バージョンの編成の一部が国府津車両センターに貸し出されていたこともあったし。

大宮操車場(さいたま新都心)では、EF66-117号機などを見ることが出来ました。

この時にチェックしたタンク車は、EH200-3号機+タキ1000-167、601号車などでした。

大宮では、鶴見線用の205系のT19編成(クハ205-1109F)が入場待ちで止まっていました。 こちらは、サハ205-152号車+モハ205-47+モハ204-47号車が種車となっている。

大宮総合車両センターに入場中の編成は、モハ205-388、サハ204-39号車など。

今年10月14日にオープン予定の新生鉄道博物館では、建物の部分がほぼ出来上がっていました。 以前は大成駅が車両から見えたけど、現在は鉄道博物館の建物に隠されてしまった。

ここには、保存機であるEF58-93号機(青大将)などもありました。

鉄道博物館には、EF58-89号機が展示される予定となっている。

北本~鴻巣間、岡部では、タンク車牽引の列車とすれ違いました。

岡部で見たのは、EF65-1035号機牽引で、タキ1000-394号車などが連結されていました。 これは12時34分頃の出来事だった。

籠原~深谷間には、東芝の工場がある。

深谷駅は、3番線のみ15両編成対応であるため、深谷発着の普通列車が15両で運転されることもある。

倉賀野駅に到着した後、タンク車の調査と思っていたけど、止まっていない状態でした。

倉賀野駅は、八高線と兼用で、ホームが嵩上げされていないので、211系やE231系の場合は段差が生じている。

倉賀野駅にタンク車が発着するのは、日本オイルターミナルの高崎営業所があるからである。

日本オイルターミナルは、札幌営業所、 北海道札幌市白石区(札幌貨物ターミナル駅構内)
旭川営業所、北海道旭川市(北旭川駅構内)
帯広営業所、北海道帯広市(帯広駅付近)
盛岡営業所、岩手県盛岡市(盛岡貨物ターミナル駅構内)
郡山営業所、福島県郡山市(郡山駅付近)
宇都宮営業所、栃木県河内郡上三川町(宇都宮貨物ターミナル駅構内)
高崎営業所、群馬県高崎市(倉賀野駅構内)
八王子営業所、東京都八王子市(八王子駅構内)
上田営業所、長野県上田市(しなの鉄道、西上田駅構内)
松本営業所、長野県松本市(南松本駅構内)
高知営業所、高知県高知市

にある。

その本社は有楽町にある。

根岸駅の新日本石油精製からの輸送列車は、中央本線、八王子、竜王駅、辰野駅
篠ノ井線、村井駅、南松本駅
しなの鉄道、 坂城駅
信越本線、長野駅
高崎線、 倉賀野駅(一部川崎貨物駅経由)、岡部駅(一部梶ヶ谷貨物ターミナル駅で別列車より継走)
東北本線、宇都宮貨物ターミナル駅
東海道線、三島駅
東海道貨物線、川崎貨物駅(交番検査を行う空車の貨車のみ)

へと出ている。

八王子を経由するタンク車は、根岸発南松本行きが多いと思われます。

タキ1000形車両は、最高速度95Km/hの高速石油輸送列車にも対応している。

以前は根岸から郡山、神立、榎本、吹上、渋川、二本木駅へも石油輸送列車が出ていたこともあった。

2001(H13)年8月までは、航空自衛隊の航空燃料輸送列車として根岸から鹿島鉄道の榎本駅へも運転されていたこともあった。 ご存じの通り、鹿島鉄道線が今年3月31日をもって廃線となったので、どちらも過去帳入りしてしまったのである。

倉賀野から高崎までは、八高線から来たキハ110系DCで移動。この時に乗った編成は(キハ110-218+222+220号車による1+1+1の3両編成だった。

北藤岡駅は、高崎線から見える場所にあるけど、高崎線の駅の新設を望む声が高まっている。 北藤岡駅を出た後、すぐに高崎線と合流することになる。

八高線のキハ110系DCにATS-Pが付いているのは高崎線に乗り入れるためである。

こちらは、水郡線の列車が安積永盛から郡山に乗り入れるのと似ている状態だけど、水郡線のほうは間もなくキハE130系DCに置き換えられることになる。

高崎は、少林山達磨寺が有名で、ダルマがトレードマークとなっている。たかべんによるだるま弁当も有名だし。

ここでは、たかべん(高崎弁当)による立ち食いラーメンを食べました。 

高崎線の1番線は閉鎖され、1番線へと向かう階段が、改札外の上信電鉄への乗り換え通路に転用されていた。

こちらのラーメンは鶏ガラや豚ガラが使用された醤油味のスープが特徴であり、350円とリーズナブルである。

高崎から高麗川までは、八高線のキハ110系DC(キハ110-207+210号車による2両編成)で移動。

207番ということで、℃-uteの矢島舞美、萩原舞両氏の誕生日である2月7日を思い出しました。 2月7日は、先月契約解除されてしまった元モーニング娘。(W)の加護亜依氏の誕生日でもある。

北藤岡~群馬藤岡間の交差部では、上越新幹線のE4系の8+8の16両編成によるMaxたにがわ411号(東京発越後湯沢行き)を見ることが出来ました。その手前には、上信越自動車道との交差部があった。 

群馬藤岡~丹荘間の神流川(利根川の支流)で群馬県から埼玉県へ。 高崎線も神流川周辺が埼玉・群馬の県境となっている。

東武日光線に藤岡駅があるけど、こちらは、群馬県の藤岡市ではなく、栃木県の下都賀郡藤岡町となっている。 なので混乱しやすい状態となっている。

八高線の群馬藤岡駅がある場所は、群馬県の藤岡市。

児玉駅では、キハ111-205Fの2両編成によるワンマン列車と交換。 

寄居駅の手前では、秩父鉄道と併走。 こちらは桜川~寄居間で熊谷、羽生方面へと至る線路である。

寄居駅では、東武81119Fによるワンマン列車が止まっていました。 

寄居駅からは、緑の中を走る路線に変わりました。 寄居~倉賀野間では、田園風景が広がっていた。

小川町~寄居間は、東武東上線と重複しているけど、八高線は西側、東武東上線は東側を走ることになる。竹沢~小川町間からは、東武東上線の東武竹沢駅を見ることが出来る。

東武東上線の小川町~寄居間は、一昨年3月17日の改正までの間は、8000系のほか、10030系も使用されていた。

小川町では、東武東上線の14444Fによる急行池袋行きを見ることが出来たけど、現在の8000系以外の東上線の車両の北限は、小川町までである。

小川町駅は、東武鉄道による管理。

駅周辺にある埼玉県立の小川高校には、桜が咲いていました。 こちらは3月31日に廃止された鹿島鉄道の小川高校下(茨城県立小川高校)とは無関係である。

東京都立の小川高校のほうは、西武拝島線、国分寺線の小川ではなく、町田市小川(JR横浜線成瀬駅付近)にある。

明覚駅のある比企郡ときがわ町は、昨年2月1日に、玉川村と都幾川村が合併して誕生した町である。 明覚駅は、旧都幾川村部分にある。

越生駅では、列車の交換があり、ここで、キハ111-204Fによるワンマン列車と交換。 東武越生線では、8514+8502Fを見ることが出来ました。 こちらはワンマン化されていないので、8000系のほか、10030系も使用されることもある。

高麗川駅付近には、1999(H11)年9月に廃止された日本セメント専用線もありました。 こちらは川越線の線路と紛らわしい状態となっている。

この列車は、折り返し高崎行きのワンマン列車となっていました。

高麗川から拝島までは、209系3000番台(クハ209-3004F)で移動。

川越行きは、205系3000番台(クハ205-3004F)。

高麗川~東飯能間も緑の中を走っていました。

東飯能駅では、クハ205-3003Fと交換。 この時に西武10000系による特急ちちぶ19号が通過していました。 

八高線の八王子~高麗川間は、1996(H8)年3月16日に電化されているけど、高麗川~倉賀野間が電化される予定は今のところ無い。

箱根ヶ崎駅の北側では、八高線の車両基地の建設工事が進められているけど、どうなるのか気になります。

箱根ヶ崎~東福生間では、在日米空軍の横田基地があるけど、車窓から軍用機を見ることが出来ました。

横田基地では、石原都知事により、民間との共用化が行われる予定となっているけど、騒音問題により反対の声が高まっている。

現在民間と航空自衛隊で共用されている日本国内の空港は、札幌(千歳)空港、札幌(丘珠)空港、三沢空港(米軍)、小松空港、米子空港、徳島空港となっている。

拝島駅からは青梅線に乗り換え。 

拝島駅では橋上駅舎化が進められているけど、こちらは再来年完成予定となっている。 これにより、JRと西武の改札が分離されることになる。

西武線の側線から在日米軍横田基地へ専用線が出ているけど、現在は石油輸送に使用されている。安善駅(鶴見貯油施設)からは、週に数回、石油輸送貨物列車が運行されている。

この時には、209系3000番台(クハ209-3003F)による拝島始発の箱根ヶ崎行きを見ることが出来ました。箱根ヶ崎到着後は、折り返し八王子行きとなる。

箱根ヶ崎発着の列車は、現時点では1往復のみ。

青梅線で乗った201系は、クハ201-152F+クハ201-17Fによる6+4の10両編成。
こちらもE233系に置き換え予定となっている。

立川から国分寺までは、T123(旧H23)編成(クハ201-86F)に乗車。

国分寺からは、T101編成(クハ201-13F)による中央特快に乗車。 この時に、西武国分寺線の2013Fも入線していたので、13番同士の編成が入線していた。

このT101編成は、2号車(モハ201-19号車)のパンタグラフが菱形のままで残されている編成となっている。 これらのMMユニット(モハ201-19、モハ200-19号車)は、H4編成(現、T104編成)の4両側のクハ201-11Fに連結されて武蔵野線で走っていたことがあった。 

こちらは、現在四季彩で使用されているMMユニット(モハ201-263号車+モハ200-263号車)と交換されていたことがあったので、その名残として菱形のまま残されている。

こちらも、廃車になるのも時間の問題となっている。

この後渋谷まで行き、ハロプロショップに立ち寄ってから新宿に向かいました。

これで、18きっぷ5回分を最終日に使い果たすことが出来てよかったです。
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by hy_sengen-sin | 2007-04-19 10:35 | 鉄道乗車記

山梨、諏訪へ2

上諏訪駅からは、松本発高尾行きの普通列車で甲府まで移動しました。 この時に乗った編成は、C14編成(クハ115-1106F)で、4月2日に立川から豊田まで乗った時と同じ編成だった。

茅野(普門寺信号場)~岡谷間は、中央本線で珍しい単線区間となっているけど、上諏訪~下諏訪間では、諏訪湖を眺めることが出来る。

今回は下諏訪まで行かなかったので、徒歩で諏訪湖畔まで行ったのである。

その前に発車した臨時のあずさ76号は、M105編成(クハE257-5F)。

茅野駅では、南小谷発新宿行きのあずさ24号の待ち合わせ。 この時の編成は、M107+M205編成で、M105編成が南小谷から来ていた。

このあずさ24号は、新宿駅7番線に到着し、折り返しは、18時に7番線から発車するあずさ29号松本行きとなる。 あずさ24号の前運用は、千葉発南小谷行きのあずさ3号。

千葉への送り込み運用は、松本17時18分発千葉行きのあずさ32号で、時期によっては後ろの9両のみ南小谷始発となることもある。

千葉発着のあずさ号は、183(189)系の9両編成の時代は、秋葉原駅にも停車していたけど、2002(H14)年12月1日にE257系の11両編成に置き換えられてからは、通過扱いとなっていた。 これは、秋葉原駅の中央・総武緩行線ホームの有効長が10両分しかないためである。

この後小淵沢始発のホリデー快速ビューやまなし号が出ていたけど、上野原駅で追い抜かれていたので、小淵沢で乗り換えた人が多かったです。

ビューやまなし号は、回送で富士見まで入線している。

大月までは、442Mの普通列車のほうが先着するので、このまま甲府まで乗っていきました。

小淵沢では、先ほど見た小海線のキハ110-110号車が、小海行きとして出ていました。

小海線のハイブリッドDCであるキハE200形DC3両のほうは、4月5日から6日に掛けて逗子から長野まで甲種輸送されていた。 それは、3月22日に発送予定だったけど、諸事情により遅れていた。

これらのハイブリッドDC(キハE200形DC)のほうは、水郡線のキハE130形DCベースで、青色と黄色の塗装が入っている。 ドア数のほうは、2枚。

まさに高原路線にピッタリである。

こちらは、試運転が行われた後に、今年夏頃には営業運転に入る予定となっている。

甲府駅に到着した後、徒歩で舞鶴城公園(甲府城跡)に行ったけど、ここでも桜が咲いていました。 

この次ぎに、山梨県民情報プラザ特設会場で行われた甲斐の国、風林火山博の会場へ。こちらは、今年1月20日から1年間の期間限定で行われている。

地下1階は有料、1階は無料ゾーンとなっているけど、1階部分には山梨の物産展も行われていた。

甲府の駅前には、武田信玄像があることが有名である。

甲府駅の北側には、躑躅ヶ崎館(武田氏の居館)跡である武田神社がある。 武田神社へは、北口から山梨交通バスに乗っていくことになる。 その手前には山梨大学(梨大)がある。

周辺には、武田信玄公の隠し湯である湯村温泉があり、新宿発着の中央高速バスのうちの下り3本、上り4本が乗り入れている。

山梨大学(梨大)には、日本で唯一のワイン専門研究所である「ワイン科学研究センター」もあることで有名である。

これを見た後、モーニング娘。のコンサート会場である山梨県立県民文化ホールに行きました。 この周辺には、1962(S37)年まで、山梨交通電車線が走っていたことがあった。こちらは、かつて第二高校前電停があった場所となっている。

山梨県民文化ホールは、定員1990名の大ホール完備で、甲府でのコンサートやイベントの拠点となっている。

このホールには、今から3年前の2004(H16)年3月14日にモーニング娘。さくら組(矢口真里、吉澤ひとみ、加護亜依、高橋愛、新垣里沙、紺野あさ美、亀井絵里各氏による7人組)のコンサートの時に行って以来だった。 当時は矢口真里氏が病欠していたので、6人で行われていた。前日の群馬(桐生)で行われた公演も6人で行われていた。

同年3月21日には、飯田圭織、石川梨華、辻希美、小川麻琴、藤本美貴、道重さゆみ、田中れいな各氏によるモーニング娘。おとめ組の公演が山梨で行われていた。

筆者はおとめ組の公演は、同年2月11日に柏市民文化会館(北柏駅付近)に行っている。

この時に、モーニング娘。ファンの友人と出会いました。 中には、前日の松本文化会館に続いて参戦していた人も居た。 これらの仲間はマイカーで移動していた。

この公演は、都心から近いということで、地元民はもちろんのこと、東京近郊からかなり集まっていたのである。 

今回は、前日の松本公演と同様に、昼・夜共にチケットが完売状態であった。これは、5月6日に吉澤ひとみ氏が卒業することに伴う最後のツアーであることや、都心に近いこと、8000円の安い青春18きっぷが売り出されていたという効果もある。

やはり青春18きっぷの期間にやってくれれば需要があると思います。

群馬在住の某よっすぃー推しの団員は、当初はさいたま公演のみの参戦予定だったけど、評判を聞いて急遽松本、山梨公演にも入っていたのである。

あとは、矢口真里氏が1推しのA氏とT氏の真里推しコンビのほうは、モーニング娘。のコンサートにも盛んに顔を出していたけど、今回も参戦していたのである。 これらの2人組は、2階席での参戦。 終演後には、このツアーでは初参戦だったけど楽しかった!という声が聞こえていた。

このような狭いホールは、チケットが取りづらくなるというデメリットがあるけど、後方でも良く見えるということで好評である。

筆者は、FC(ファンクラブ)で申し込んでいたけど、あいにく落選し、一般でも手に入らなかったので、友人からチケットが余っているということを聞いて友人からチケットを買ったのである。この場合は転売にはならない。

筆者は19列目で見ていたけど、全員の表情を読みとることが出来ました。

この時に出てきた曲は、3月21日に発売されたモーニング娘。の8thアルバムである「SEXY 8 BEAT」の収録曲が中心となっていた。

特に、筆者の推しメンバーである道重さゆみ、久住小春両氏(重ピンクとこはっピンク)による宝の箱という曲に魅了されています。

このようなユニットは、一昨年5月に久住小春氏が加入した時に道重さゆみ氏がその教育係として活躍していたということやピンク色が好きであるという縁で結成されていた。

昨年2月から5月まで行われていたモーニング娘。の昨年春のツアー「レインボーセブン」で
出てきた「レインボーピンク」を皮切りに、昨年秋の「踊れ!モーニングカレー」ツアーでは、.わ~ MERRY ピンX'masという曲も披露されている。

樋口君が行っていたモーニング娘。のハワイツアーでは、.わ~ MERRY ピンX'masという曲が道重さゆみ氏によるソロバージョンで歌われていた。

昨年春に行われていたレインボーセブンツアーでは、2月26日の座間、3月26日の仙台、4月2日の宇都宮、4月9日の神奈川、5月7日のさいたまスーパーアリーナに行っている。これで、先代の1推しメンバーだった紺野あさ美氏が卒業した後に、現在の道重さゆみ、久住小春両氏(重ピンクとこはっピンク)を推すようになった。 両者のほうは、以前から気になっていた。

このツアーは、樋口君が行かれなかったツアーとなっている。

筆者はツアーグッズで買った道重さゆみ氏の応援グッズであるピンク色のツアーTシャツやリストバンドを着用していた。

福生市在住の元世界娘。宣言!!Y氏のほうは、今回のツアーで道重さゆみ氏を本格的に推すようになったので、応援する仲間が増えてよかったと思っています。

山梨と福生市(東京都の西部)は距離的に近い状態でもある。

4月1日にさいたまスーパーアリーナで行われたBerryz工房のコンサートで、道重さゆみ氏が1推しだったN氏が、菅谷梨沙子氏に推し変していたけど、道重さゆみ氏を応援することを継続すると言っていたので安心しました。 N氏は、かつて加護亜依氏が1推しで、道重さゆみ氏1推しになった後も加護亜依氏を推していた。 こちらは、鉄道の世界で言えば、JR東海で313系の新バージョンが大垣車両区に導入されたことにより、211系の一部が静岡エリアに転用され、その玉突きで113系、115系、123系に廃車が発生していたことになぞられている。

それはさておき、今回のコンサートは見応えがありました。 

樋口君は、4月30日に名古屋国際会議場(センチュリーホール、名古屋市営地下鉄の日比野または西高蔵駅付近)で行われるモーニング娘。のコンサートに行く予定だけど、1階31列という1階席最後方で見ることになる。 

後方でも、見れるだけで有り難く思ったほうが良いと思います。

名古屋センチュリーホールのほうは、一昨年3月20日に行われたモーニング娘。のコンサート「第六感 ヒット満開!」で行ったことがあるけど、当時は3階席の前方で見ていた。 この時には、安倍なつみ、後藤真希両氏もスペシャルゲストとして出てきていた。

樋口君は、4月に大阪厚生年金会館で行われた公演に行っていた。当時は石川梨華氏のモーニング娘。としての最後のツアーだったけど、筆者にとっては不運のツアーとなってしまった。

不運のツアーとなった理由は、良い席に恵まれなかった、落選続きだった、極度の金欠により追加参戦出来なかった、矢口真里氏が突然脱退してしまった、武道館での石川梨華氏の卒業公演を見ることが出来なかったなどだったのである。

この公演が終わった後、甲府駅まで行き、始発の普通列車(終電の1本前)で石和温泉まで行きました。 この時に乗った編成は、C5編成(クハ115-443F)で、立川寄りの先頭車にもトイレが付いている編成だった。

この列車は、高尾で各駅停車東京行きに接続していたので、これに乗って東京に帰ることも可能である。

石和温泉で下車し、例の別荘で1泊。 この時にマイカーで現地入りしていた両親と合流しました。 両親のほうは、山梨に行くことを計画していたのでちょうどよかった。

その翌日には、マイカーで帰ったけど、途中で桃源郷を見ることが出来てよかったです。

高速は、勝沼インターから高井戸インターまで中央道経由。途中談合坂サービスエリアまで筆者が運転していた。

この車にはETCが付いているので、ETCレーンを通りました。

昨年3月末までは、ハイウェイカードというプリペイドカードが出回っていたけど、ETCの急速な普及および偽造防止のために廃止されたので時代の流れとなっている。 こちらはSuicaやPASMOの導入により、プリペイドカードが衰退の道を歩んでいることと同様である。30000円券と50000円券のほうは、一足早く、2004(H16)年をもって廃止されている。

ハイウェイカードのETCへの付け替えも行われていた。 

萩原清さんのほうは、ETCの取り付けのほうは、面倒であることや有料道路を通る頻度が少ないという理由で見送られている。 

運転免許制度のほうは、6月2日に改正され、中型免許(最大積載量5トン未満・総重量8トン未満・乗車定員10名以下の車が運転可能)が新設され、従来の普通免許が、最大積載量3トン未満・総重量5トン未満・乗車定員10名以下に変更されることになる。

6月の改正までの間に取得された普通免許の場合は3トンクラスや4トンクラスも運転可能となっているけど、改正以降に取得された場合は、これらの車を普通免許で運転することが出来なくなる。大型免許のほうは従来通り。

筆者の場合は、3トン車や4トン車クラスを運転することは無いので関係無いけど、自動車教習所では、早めの運転免許取得が呼び掛けられている。

筆者が自動車教習所に通っていたのは、今から9年前の1998(H10)年4月から6月のことで、練馬区の某自動車学校に通っていた。当時は、西武池袋線と地下鉄有楽町線との直通運転が開始されたばかりの頃だった。
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by hy_sengen-sin | 2007-04-18 12:39 | ハロプロ観戦系

山梨、諏訪へ1

4月8日、青春18きっぷを使用して、山梨、諏訪方面に行ってきました。

ルート 目白~新宿~三鷹~高尾~大月~勝沼ぶどう郷~小淵沢~上諏訪~甲府…(山梨県立県民文化ホール)…甲府~石和温泉

目白からは山手線で新宿へ。新宿から三鷹まで乗った車両は、E233系のT7編成(クハE233-7F)でした。 

休日の快速なので、高円寺、阿佐ヶ谷、西荻窪駅は通過していた。

三鷹を出た後、高尾の表示に変わっていました。

三鷹からは、T118(旧H19編成、クハ201-132F)による中央特快で移動。

武蔵境、東小金井、武蔵小金井駅の下り線は、線路が引かれているので、近いうちに切り替えられる予定となっている。

武蔵小金井電車区の部分は、新下り線からのアプローチ部分もあるので、残ることになる。 全面高架後どうなるのか気になります。 もしも留置線が高架線上に移設されたら、小田急線の経堂駅みたいな状態となる。

武蔵小金井電車区と言えば、2月4日に行われたE233系の撮影会が行われた場所である。 柘植の飛猿さんは、この後にCoCoバスに乗って江戸東京たてもの園に行っていたし。

国分寺駅は、かつて下河原線という支線が、東京競馬場前まで出ていたことがあったけど、現在は改良工事により、その面影が無くなっている。

武蔵野線の西国分寺~府中本町間は、下河原線の代替え路線となったことも言うまでもない。 北府中駅は、元下河原線の駅で、武蔵野線の開業と同時に武蔵野線の駅に転用されていた。

国鉄時代は、中央鉄道学園という日本国有鉄道(国鉄、JNR)による教育施設が周辺にあり、下河原線の廃線跡が使用された引き込み線があったけど、国鉄の民営化と同時に売却・閉鎖されていた。

タイムボカンシリーズやハクション大魔王、科学忍者隊ガッチャマン、マッハGoGoGoなどでおなじみのアニメ制作会社であるタツノコプロは、国分寺に本社がある。

国立駅では、旧下りホーム跡が完全に撤去されていました。

国立~立川間(立川駅寄りの南側)には、トヨタ自動車系列の自動車教習所であるトヨタドライビングスクール東京(TDS)があるけど、以前は日本自動車学校と呼ばれていた。現在の校名のほうがトヨタグループらしくていいと思います。

四輪の教習車および送迎バスにはもちろんトヨタ車が使用されている。

立川では、南武線開業80周年記念ラッピング編成であるナハ10編成(クハ205-131F)を、
八王子では、横浜線の205系で唯一の元山手線、前面LED表示のH27編成(クハ205-30F)をそれぞれ見ることが出来ました。

山手線から205系が撤退してから4月17日で2年経ったのである。 山手線に最後まで残っていた編成は、クハ205-4F(2段窓の車両)だった。 こちらは京葉線で走っている。

京葉線を走っていたケヨ23編成(クハ205-15F)は、武蔵野線の増発用として、中間T車2両抜きの8両で転用されていた。 こちらは、山手線から転属された205系で唯一オリジナルの足回り(6M2T)となっている。

その代わりに中央快速線からクハ201-58F(旧T32編成)が転用されていたけど、さらにもう1本、クハ201-56F(旧T130編成)が加わっている。

京葉線では、3月18日からE331系が営業運転開始され、土曜・休日に運用されていたけど、車両故障の影響により、運用が休止されている。

高尾に到着した後、201系の撮影。 ここでは、登山客らで混雑していました。

高尾駅の北口駅舎は、社寺風のデザインであり、今から80年前の1927(S2)年に建てられている。 この駅舎は、大正天皇の大喪列車の始発駅として新宿御苑に設置された仮設駅舎が移築されたものである。

やはり、高尾山薬王院有喜寺のからみもあると思います。 

高尾駅の北口駅舎は、大社線の大社駅駅舎(1990(H2)年3月末に廃止)と同様に、曽田甚蔵氏によって設計されていた。

大社線のほうは、1990(H2)年3月31日まで、島根県の出雲市と大社を結ぶ路線として走っていた。 出雲大社へは、一畑電車大社線の出雲大社前駅が近い。

一畑電車は、昨年4月1日に、一畑電気鉄道(現在は特殊会社)から分離・独立された鉄道部門の会社となっている。

高尾駅では、E233系のH54編成を見ることが出来ました。 

高尾から大月までは、スカ色の115系(小淵沢行き)で大月まで移動しました。 この時の編成は、M5編成(クモハ115-308F)+M10編成(クモハ115-313F)だった。

スカ色の115系と言えば、かつて急行にも使用されていたことがあったけど、東武線を走っていた6050系の快速急行の時みたく、セミクロスシートでも急行料金を取られていたということで見劣りしていた。

中央本線のATS-P化は、1990(H2)年3月25日に、東京~中野間を皮切りに行われていたけど、現在は、東京~岡谷~みどり湖~塩尻間全線がATS-P化されている。 あとは篠ノ井線の塩尻~松本間もATS-P化されているので、この区間を走るJR東海の車両(313系、383系など)にもATS-Pが付いている。

大八回りの旧線(岡谷~辰野~塩尻間)のほうは、従来のATS-SN形のままである。

小仏トンネルを入り、神奈川県へ。

相模湖、藤野エリアは、相模原市の一部となっている。 昨年3月20日の相模湖町、津久井町の編入に続き、今年3月11日は、城山町と藤野町が相模原市に編入されたのである。

これにより、中央本線の神奈川県エリアは、全て相模原市となったのである。

藤野~上野原間で、神奈川県から山梨県へ。 山梨県との県境には、周辺の道路に標示があるけど、周辺に廃車体置き場があるので、これも目印となっている。

大月駅の駅舎は、山小屋風の丸太作りの駅舎で有名で、前述の高尾駅と同様に関東の駅百選に認定されている。

ここでは、E351系のスーパーあずさ号11号の通過待ちがありました。 このスーパーあずさ11号は、前の8両が臨時に白馬まで延長されていた。

折り返しは、南小谷まで回送されて、南小谷発のスーパーあずさ28号となる。

ここでは、富士急行のマッターホルン号、フジサン特急の2000形(元JR165系パノラマエクスプレスアルプス)を見ることが出来ました。 今回見たのは、大月(河口湖)寄りに展望席のある2002編成(クロ2002F)だった。

この時に201系の大月行き快速が入線。 編成は、T117(旧H18)編成、クハ201-130F)。

201系で大月まで行くことは、2月18日に体験している。あの時に乗った編成は、H8(現T107)編成である。

ここでは、吉田うどんという富士吉田市の名物を食べました。

うどんということで、Berryz工房の徳永千奈美氏が、うどんのことをおーどんと呼んでいたことを思い出しました。

この後には、甲府から来た115系の3両編成(M1編成、クモハ115-304F)が、富士急行線の河口湖から来たM3編成(クモハ115-306F)と連結されるシーンを見ることが出来ました。

306の数字で、Berryz工房の嗣永桃子氏の誕生日である3月6日を思い出しました。

往路は、高尾7:47(土曜・休日は7:46)発の普通列車で、大月までは3+3の6両となっている。 こちらは、富士急行線で唯一の115系の普通列車となっている。

この時には、EH200-8号機牽引のコンテナ貨物列車が通過していました。大月通過は11時38分ごろ。

大月から勝沼ぶどう郷へは、115系の3+3の6両編成で移動。 編成は、M12編成(クモハ115-325F)+M4編成(クモハ115-307F)で、後ろの3両(M4編成)が臨時に韮崎まで延長されていた。前の3両は甲府で切り離し。

韮崎からの折り返しは、3両単独による甲府行きとなっていた。

笹子駅では、かつて使用されていたスイッチバックの跡が残っていました。

笹子駅を出た後に笹子トンネルに入っていたことで、西武秩父線で、正丸駅を出た後に正丸トンネルに入っていたことを思い出しました。

笹子トンネルは、国道20号線にもある。

甲斐大和駅でも、EH200-8号機牽引によるコンテナ車が待避していました。

甲斐大和駅は、武田氏終焉の地である旧大和村(現甲州市)にある駅となっている。駅前には、武田勝頼氏の銅像がある。

以前は、初鹿野という地名(駅名)でもあった。

勝沼ぶどう郷駅前には、桜と最近保存されるようになったEF64-18号機が目に付いたので、途中下車して見物しました。

EF64-18号機は、廃車後、篠ノ井駅から陸送されたものとなっており、来年に完成する予定の「勝沼タイムトンネル百年構想」の一環である記念公園(鉄道遺産記念公園)のシンボルとして、展示される予定となっている。

桜とEF64-18号機の組み合わせを撮影することも出来てよかったです。

現在EF64の0番台は、JR貨物のEH200形電気機関車の導入により廃車が進められている状態だけど、JR貨物で活躍していたEF64-18号機が静態保存されるということで嬉しい出来事だと思います。

1980年代の最初に導入された1000番台のほうは、当面置き換え予定がない。

長野総合車両センター所属だったEF64-42号機のほうは、3月4日にラストランを迎えていたお座敷客車浪漫と共に解体されている。 

EF64-18号機は、晩年塩尻機関区篠ノ井派出所所属で、中央東線での重連での運用(タンク車の牽引中心)で運転されていた。 

勝沼ぶどう郷から小淵沢までは、長野総合車両センター所属の115系で移動。 この時に乗った編成はC8編成(クハ115-1512F)で、元小山電車区(現小山車両センター)に所属していた編成である。

松本車両センター所属の115系は、3月18日のダイヤ改正で長野総合車両センター所属となり、松本車両センターから115系の所属が無くなったのである。

松本車両センター所属の車両は、中央線特急用のE351系、E257系、ミニエコーの123系、大糸線のE127系100番台、クモヤ143形電車1両、マニ50形客車1両となっている。

大糸線のE127系は、大糸線以外にも、篠ノ井線の塩尻~明科間、中央東線の塩尻~辰野間でも運転されていたけど、塩尻~松本間のATS-P化によって、大糸線での運用のみとなった。

多喜千与三さんからの報告で、115系のC編成の表記が長ナノに変わっていたのはその為だったのである。

春日居町駅付近や新府駅付近には、桃源郷があるけど、この時に見た桃の花は綺麗でした。

この時には、485系お座敷電車「華」による快速桃源郷パノラマ号が新宿~甲府間で運転されていたけど、春日居町~石和温泉間の桃源郷では、速度を落とした上で運転されていた。

この時には、215系によるホリデー快速ビューやまなし号も運転されていたけど、この時の編成はNL4編成(クモハ215-4F)だった。 現在はライナー以外で唯一乗れる215系となっている。

竜王駅ではタンク車の調査。 この時に見たタンク車は、タキ1000-27、17、483、118、129号車

小淵沢駅に到着した後は、駅構内の立ち食いそば屋に行き、そばを食べました。

小淵沢駅の小海線のホームには、キハ110-110号車というぞろ目の車両が止まっていました。

小淵沢からは長野行きの115系の普通列車で上諏訪まで移動。 この時に乗った編成は、N22編成(クモハ115-1081F)。小淵沢駅では、小海線と同じ5番線から発車していた。

その前には、E257系のあずさ17号(9両編成が出ていた)こちらは、かいじ号での運用の後にあずさ17号として松本に帰る運用となっている。 

小淵沢駅では、北杜市(旧小淵沢町)の駅弁業者である丸政による、高原野菜とカツの弁当や元気甲斐が有名である。

信濃境~富士見間では、かつて使用されていた旧立場川橋梁が残っていました。

現在のルートは、1980(S55)年9月25日に複線化によって切り替えられていたけど、切り替え以来27年間そのままの姿で残されている。

上諏訪駅に到着した後、駅構内の足湯に入りました。

周辺には、諏訪湖や高島城があり、風林火山の由布姫(諏訪御料人)のふるさととしても有名である。

今年のNHKの大河ドラマである風林火山では、新人女優の柴本幸氏によって、由布姫役が演ぜられている。

因みに風林火山での武田信玄役は、二代目市川亀治郎氏によって演ぜられている。

このことで、今から19年前の1988(S63)年に放映されたNHKの大河ドラマである武田信玄を思い出しました。

武田信玄の湖衣姫(諏訪御料人)役は、当時人気アイドルだったナンノこと南野陽子氏によって演ぜられていたし。

あとは、湖衣姫役のほか、諏訪御料人)及び百姓娘おここ役も南野陽子氏によって演ぜられていたし。

諏訪御料人は、武田信玄(武田晴信)の側室であり、武田勝頼の母親である。

あの後、諏訪湖まで行ったけど、千人風呂で有名な片倉館の前を通りました。 この次はここに入ってみたいと思っています。

湖畔には、間欠泉や足湯がある。 

(つづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-04-17 11:13 | 鉄道乗車記

東中野と市ヶ谷

4月7日は、東中野と市ヶ谷で桜をバックに撮影していました。

ルート 目白~東中野~新宿~市ヶ谷~新宿~目白

この日は、樋口君が、広尾のラ・クロシェット(最寄り駅は恵比寿)で行われたあややこと松浦亜弥女史のカジュアルディナーショーに参戦するために上京していたのである。

樋口君は、モーニング娘。と行くハワイツアーから帰国した後、1年間の名古屋での一人暮らしの生活を終え、大阪・枚方市の実家での生活に戻ったばかりだった。 この時には、大阪から琵琶湖環状線に乗ってから普通列車で新宿まで移動していた。

当初は、東京駅で樋口君と落ち合う予定だったけど、小田原から湘南新宿ラインに乗り換えていたために、新宿駅4番線での集合に変更されていたのである。

筆者は、時間調整を兼ねて、東中野~中野間の歩道橋のポイントまで行って撮影していました。

新宿から東中野までは、209系500番台(クハ209-512F)で移動。

東中野のポイントでは、201系のほか、特急電車やE233系も撮影しました。

201系のほうは、来年春までには全廃予定なので、桜との組み合わせが最後となる。

このポイントは、今から19年前の1988(S63)年の春(筆者が中学生だった頃)、友人と撮影したことがあるので、初めてでは無かった。 当時は、オレンジ色の201系や、黄色い103系、201系、183系による特急が走っていた。当時は、JR東日本1周年のHMの付いた黄色い103系が走っていたことを覚えている。 今年は、JRグループが20周年を迎えていた。

こちらへは、筆者の自宅から自転車で行くことも可能である。

E233系導入情報として、4月12日に、T11編成(クハE233-11F、10両固定の新T編成)が新津から豊田まで輸送されていた。 

今後予定されているのは、4月26日のT12編成、5月15日のT13編成となっている。

4月15日から5月15日の間は、新H編成の輸送が無い。 

この日は、風林火山号の初日であり、特別塗装をまとったM116編成(クハE257-16F)が使用されていた。 この列車は、6月までの期間限定で、土曜・休日を中心に新宿、甲府~長野間で運転されている。表示は、風林火山となっていた。

松本~長野間は、快速扱い。

201系のH編成のT編成(分割・併合非対応)化は、既に廃車となったH3、6編成と、暫定4+6に組み替えられたH1、11、12、13、14、16、17編成を除いたH編成に対して行われていた。 これにより、京葉線の201系の分割・併合非対応編成2本(ケヨ71、72編成)と同じような状態となった。

T編成化により、次のように変更された。※印=2代目。
H2→T103※、H4→T104※、H5→T105、H7→T106、H8→T107、H9→T108※、H10→T109、H15→T110※、H18→T117※、H19→T118、H20→T119、H21→T120、H22→T121、H23→T125、H24→T129、H25→T130※

暫定H編成は、H1、11、12、13、14、16、17編成で、H1編成を除き、H2~6編成(2代目)に改番されていた。

E233系の分割・併合運用は、ホリデー快速おくたま・あきがわ号を含めて、2段式の表示となる。

東中野の撮影地は、評判通り、人が集まっていました。 ここには河口さんも立ち寄っていたこともあった。

あの後、新宿まで移動し、4番線で樋口君の到着を待ちました。

東中野から新宿まで乗った編成も209系500番台で、クハ209-509Fとなっていました。

樋口君は、E231系のK13編成(クハE231-8513F)で到着。 この時に3号車に乗っていた。

筆者が樋口君と会ったのは、3月10日以来でした。

当初は、仕事が休みならば松本文化会館で行われたモーニング娘。のコンサート会場に行くことを計画していたけど、この日は仕事が入っていたので、急遽樋口君と出会うことになったのである。 

この時に道重さゆみ氏の写真を貰うことが出来たのでよかったです。 

こんにちは。今日はよしちゃんにお会いできてすごくハッピーです。

僕は先月の28日の夜から大阪に帰って来ました。やはり実家が一番です。これからも、JR西、京阪を中心に鉄道活動をすると思います。

ハワイツアーはめちゃ良かったです。握手会の時はメンバーに伝えることが出来たし。こんかいのツアーで愛ちゃんのことがさらに好きになりました。
ファンクラブツアーに参加している以上は、まだまだ青春だと思ったのです。

あと、ここ一年でモーニング娘。のことが余計に熱くなったと思います。その気分で4/30名古屋センチュリーホールの夜の部に参戦します。
それではまた会いましょう。参戦ネタのメールもお待ちしています。

という内容の手紙も入っていたので嬉しかったです。

あの後、中央・総武緩行線のE231系で市ヶ谷まで移動し、201系と桜を撮影しました。

この時に乗ったE231系は、クハE231-11Fでした。

ここではもちろん、201系やE233系を撮影していました。

樋口君のほうも、ここで撮影出来てよかったですね!

この後、黒岩さんと合流。 黒岩さんもここで撮影していた。

撮影した後、市ヶ谷まで行き、ここから209系の500番台(クハ209-501F)で新宿まで移動しました。 

筆者は仕事場に行ったけど、樋口君は、恵比寿で行われたカジュアルディナーショーに参戦していた。

カジュアルディナーショーは、最初に食事があり、この後に、ライブや2ショットポラ撮影、握手会があった。

樋口君は高橋愛氏が出ていた会を申し込んでいたけど、残念ながら落選していしまったのである。 

このイベントは、定員80名で、毎回競争率が非常に高いプレミアイベントである。

終了した後、新宿駅で、樋口君と萩原清さんと対面。 萩原清さんのほうは、勤務終了後、恵比寿まで行き、ここで樋口君と合流していた。 ホームで雑談した後、萩原さんはそのまま日暮里まで行っていたけど、樋口君は目白で一旦下車し、見送った後、新宿まで戻り、某ツアーの夜行バスで帰っていました。

あとは、4月29日に行われる予定の撮影ツアーのいい参考になったと言っていました。

この時に樋口君に会えてよかったです。 あとは、鉄道&ハロプロファンである親友が出来てよかったし。

樋口君は、2004(H16)年に白根号の撮影の時に萩原清さんや黒岩さんと出会い、仲良くなったということで、萩原清さんならびに白根号に感謝しています。 
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by hy_sengen-sin | 2007-04-16 15:40 | 鉄道乗車記

六本木

渋谷からは、六本木ヒルズ行きの直行バスに乗り、六本木ヒルズと、3月30日にオープンしたばかりの東京ミッドタウンに行ってきました。

この区間で乗った車両は、B-L663(品川200か・957)で、三菱ふそう製の六本木ヒルズのラッピング車(KL-MP37JM)となっていました。

その前には、昨年度に導入された日産ディーゼル車(B-P492、品川200か15-86)による都01系統、新橋行きが出ていました。

都営バスの日産ディーゼル車は、北営業所、同練馬支所、江東営業所が指定営業所となっているけど、昨年度になってからは、これらの3営業所以外にも日産ディーゼル車が盛んに導入されたのである。これらの車両は、尿素による排ガス浄化システム(尿素SCR還元システム)が採用されているので、営業所に尿素の補給設備が導入されている。

渋谷営業所には、16両UD車が導入されていた。

都営バスでは、1993(H5)年度に導入されたZ番台が、昨年度をもって全廃、1994(H6)年度に導入されたA番台にも廃車が出ている。

昨年度導入されたP番台車は、ディーゼル車は日産ディーゼル、CNG車は、三菱ふそう製となっているので、京王バスグループと同様に、三菱車の導入が再開されていたのである。

CNG車は、深川営業所に1両、北営業所、臨海支所に各2両、計5両導入されていた。

新仕様のUD車は、小滝橋営業所、千住営業所、早稲田営業所、杉並支所、青戸支所、臨海支所、新宿分駐所を除く営業所に配置されていた。

江東営業所には、昨年の12月まで、唯一のいすゞ車(L-A402、足立200か14-09)もあったけど、それが廃車となったことによって、日産ディーゼル車オンリーに戻っていた。

A402号車は、新宿営業所(現、新宿分駐所)に配置され、C-A402(練馬22か64-11)として活躍していたけど、昨年4月に江東営業所に転属、晩年は江東営業所で唯一のいすゞ車となっていたのである。

都01系統は、1968(S43)年12月10日に、これまでの都電6系統の代替路線バスとして開業。 当時は、504系統だった。

1972(S47)年3月7日に系統番号の変更により、橋89系統に。

1984(S59)年3月31日に、都市新バス計画の第一号路線として都01系統となり、グリーンシャトルという愛称が付けられる。

2004(H16)年4月1日からは、新宿支所(現、新宿分駐所)の運用も加わっているけど、練馬ナンバーであるということで区別が付いている。

こちらは、池86系統の新宿伊勢丹~渋谷駅間での入出庫運用に入ることになっている。

新宿分駐所の配置車両は、今年4月1日現在で24両と青梅支所(34両)よりも少なくなっている。

都市新バス計画は、低床化、冷暖房装備、豪華なシート、案内装置の改善などの整備、停留所のシェルターやバスロケーションシステムの導入などの停留所の整備、バスレーン設定などによる定時性の確保などが行われていたけど、1994(H6)年1月18日の都08系統(旧里23、日暮里駅~錦糸町駅間)の路線を最後に都市新バス化されていない状態となっている。

都市新バス仕様で導入された車両は、かつて東急バスの渋11系統(渋谷~田園調布間)を走っていたワンロマ車みたく、豪華な仕様となっていたけど、車両の代替えに伴い、従来の路線と同じような仕様の車両となっている。

六本木ヒルズへの直行バスは、2003(H15)年4月25日にグランドオープンの時から運転されている。 渋谷駅からの無停車の直通バスの運転開始は、その半年後の10月10日のことだった。

こちらは、渋谷駅を出た後、六本木ヒルズまでノンストップ運転となっていました。復路は六本木けやき坂にも停車。

バスターミナルには、富士急行の系列であるフジエクスプレスによる、ちぃバスが止まっていました。 こちらは、六本木ヒルズ~田町間および、六本木ヒルズ~赤坂循環の路線となっている。

車両は、日野リエッセにゆるCNG車が使用されているけど、3月18日に導入されたPASMOにも対応している。4月1日からは、出入庫のために、田町駅東口から芝浦車庫まで延長されていた。

フジエクスプレスは、富士急行の東京営業所(港区芝浦)から引き継がれた本社営業所のほか、富士急横浜営業所から引き継がれた横浜営業所(中区新山下)もある。

今年4月1日からは、横浜市営バスの134系統(桜木町駅前~山元町~みなと赤十字病院~本牧元町循環 )が、フジエクスプレス・横浜タウンバスに移管されていた。

六本木ヒルズの毛利庭園(テレビ朝日の本社横)、さくら坂などで、桜を見ることが出来ました。

この次には、徒歩で、3月30日にオープンしたばかりの東京ミッドタウン(防衛庁跡地)に行きました。 

青山一丁目寄りの出入り口(7番出口)からは、日比谷線方面に行くことが出来なかったけど、東京ミッドタウンのオープンを期に、地下の改札外連絡通路が整備されたことにより、日比谷線方面へと行くことも可能となった。

東京ミッドタウンは、千代田線の乃木坂駅へも近いけど、雨の日の場合は六本木駅からのほうが便利ということになる。

東京ミッドタウンでも、桜を見ることが出来たし。こちらの夜桜も最高でした。

4月21日からは、渋谷駅から東京ミッドタウン間の循環路線バス(都営バス、都01折り返し)も新設される予定となっている。

やはり渋谷から六本木まで行くときは、バスに乗ったほうは早いという状態だけど、道路が渋滞している時は要注意である。

六本木から新宿までは、都営大江戸線の12-000形(12-341F)に乗車。 2番線(新宿、光が丘方面)の表示は、誤乗防止のために、ピンクの表示となっていた。

六本木ヒルズのほか、東京ミッドタウンにもスタバがありました。

最近は多忙により、このブログの更新が大幅に遅れたことを深くお詫びいたします。
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by hy_sengen-sin | 2007-04-16 11:17 | バス乗車記

豊田E233系

4月2日は、豊田まで行って、E233系の配給輸送を見てきました。

ルート 目白~新宿~立川~豊田~八王子…京王八王子~北野~府中~調布~つつじヶ丘~明大前~渋谷~六本木ヒルズ…東京ミッドタウン…六本木~新宿~目白

まずは山手線で新宿まで移動。新宿から立川までは、201系のT116編成(クハ201-54F)による中央特快で移動しました。

201系の廃車は、10両固定のT編成が中心となっているけど、今後は6+4編成の廃車が加速される見込みとなっている。

4月12日には、10両固定のT編成にまた廃車が発生し、T122編成(クハ201-30F)が長野まで廃車回送されていた。

その前の週の4月5日には、T123編成(クハ201-31F)が廃車回送されていたし。

立川から豊田までは、C14編成(クハ115-1106F)で移動。 こちらは立川発松本行きのロングラン運用で、松本への送り返し運用でもある。

豊田では、1番線に新津から輸送された新T10編成(クハE233-10F)による配給輸送が到着。 この時の牽引機は、EF64-1031号機でした。

品川の時とは違い、EF64-1031号機に繋がれたまま、豊田電車区に入庫していました。 こちらは電車区内で切り離されていた。

ここでも201系の撮影を行いました。

4月4日には、幕張車両センターの113系の長野への廃車回送があったけど、この時にEF64-1031号機が返却されていた。

この時に回送された編成は、マリ235編成(クハ111-1046F)の4両+マリ302編成(クハ111-1093F)のうちの2両のモハユニット(モハ113-1106号車+モハ112-1106号車)の6両となっていた。

1901(M32)年2月22日に、豊田駅が前身の甲武鉄道の駅として開業した当時は南口にしか改札口が無かった。

豊田電車区が開設されたのは、1966(S41)年11月10日のことで、昨年40周年を迎えていた。

この時に、EH200-10号機牽引のタンク車が通過していきました。 その前には上り線をEH200号機牽引のタンク車が通過していたし。

八王子を17時13分頃に山梨、長野方面に向けて発車したタンク車牽引列車は、EH200-10号機、タキ43549+1000-603+1000-50+1000-759+1000-766+1000-786+1000-601+1000-167+1000-441+1000-83+1000-618+1000-223+1000-496+43448+1000-190+1000-176+43121でした。

豊田駅を16時36分頃に通過、その前には上り線をEH200牽引のタンク車が通過していきました。

こちらは根岸発南松本行きの5479列車である。

この前には、豊田電車区から出庫した快速むさしの号(八王子発大宮行き)の115系のM40編成(クモハ115-318F)の送り込みの回送を見ることが出来ました。

豊田から八王子までは、E233系のH46編成(クハE233-46号車)に乗車。

豊田電車区では、長野の485系の彩(フリーザ列車)を見ることが出来ました。 こちらは4月2日に長野から豊田まで回送され、4月5~6日に長野へと帰っていったのである。 このお陰で彩を初めて生で見ることが出来たのである。

八王子では、タンク車をチェックしました。 この時に、大宮行きの快速むさしの号が発車していた。

あとは、E233系のH52編成(クハE233-52F)の試運転列車が通過していきました。

3月28日には、川崎重工業からE233系のH55編成が到着していた。 その翌日の3月29日には、豊田~酒折間で試運転が行われていた。 E233系のほうは、中央東線の大月以西での定期運用が無いので、貴重な出来事となった。
こちらは、3月20日に東急車輌から輸送された編成となっている。

この後、京王八王子まで歩いていき、ここから準特急で北野まで行きました。この時の編成は8000系の8709F。 北野から府中までは、8両編成の8732Fの各駅停車で移動。

高幡不動駅の橋上駅舎への改築工事は、3月28日をもって完成し、駅構内に京王高幡ショッピングセンターという店舗街が設けられるようになった。

この中には、京王ストア、京王アートマン(生活雑貨)、啓文堂書店、リモーネ(ファッション・雑貨) 、K-Shop(ミニコンビニ)、高幡そば(立ち食いそば店)、ベーカリー&カフェ ルパ、京王ほっとネットワーク(生活サポートサービス)、カレーショップC&C PLUS(カレー)、京王観光(旅行代理店)、京王不動産、フラワーショップ京王(花屋)、オレンジヒール(靴の修理・合カギ作成)という京王グループのテナントなどがある。

これにより、京王線の駅と多摩モノレールの駅が自由通路で結ばれるようになった。

府中から調布までは、8000系の8712Fによる準特急に乗車。

調布駅は、地下化工事中で、現在は南口と東口に地下改札があるけど、地下化工事によって移設されることになる。

この時に、都営10-300形の10-370Fによる調布駅での折り返しのシーンを見ることが出来たけど、短い時間で上り本線上で折り返されることを見て凄いな!と思いました。 このことは、調布駅が地下化された頃には解消されることになるけど、ダイヤが乱れた時の最大のネックとなっている。

調布からつつじヶ丘まで、7000系の7710Fの各駅停車に乗車。この時に布田、国領駅の橋上駅舎の外観を見ることが出来ました。 7710Fは、車体更新と同時に、9000系と同様のVVVFインバータ装置に交換されている。

つつじヶ丘から明大前までは、6734Fによる快速本八幡行きで移動。 こちらのほうは、6000系で最古参の編成となっているけど、今年度の廃車対象車となる確率が高い。

昨年度に9000系の乗り入れ仕様車3編成の追加導入により、6737F、6746F、6431Fが運用離脱されている。

明大前から渋谷までは、3000系のラストナンバーである3779F(ブルーグリーン)の急行で移動。 こちらは、1988(S63)年に導入された3000系の最終増備車で、リニューアル化されている。

将来京王線全線が井の頭線を含めてATC化されることになるけど、これに伴う3000系の動向が気になります。 もしも残る場合は、ワンハンドルの運転台への更新が行われることが予想される。

3722Fのうちの3722号車のほうは、踏切事故により廃車となっているために、1991(H3)年に代替新造されていた。

北陸鉄道石川線に譲渡された元京王3000系である7700系の2両は、1月31日から営業運転入りしている。 こちらは、3711号車+3761号車から改造されている。 これにより、オリジナルの旧型車両の3761号車が廃車となったけど、能美市に無償譲渡され、旧能美線辰口温泉駅付近で保存されることになった。

北陸鉄道では、昨年12月1日をもって石川線の準急運転、浅野川線の急行運転がそれぞれ廃止されて、全て各駅停車による運転となっていた。

昨年10月9日に北陸鉄道浅野川線に乗りに行った時には急行運転があったけど、それが廃止されていたということは知らなかったです。

昨年10月9日に筆者と樋口君がモーニング娘。のコンサートで立ち寄っていた石川厚生年金会館(ウェルシティ金沢)は、石川県営兼六園野球場があった場所に建設されているということを最近になって知りました。

石川県営兼六園野球場は、1947(S22)年に開設。以来プロ野球の試合等が行われていた。 ここでは、1956(S31)年9月19日に、国鉄スワローズ(現、東京ヤクルトスワローズ)対広島カープ24回戦(ダブル第2試合)で、国鉄の宮地惟友選手が、日本プロ野球史上3人目となる完全試合を達成していたことがあった。

閉鎖されたのは、1973(S48)年のことで、1977(S52)年に石川厚生年金会館がその跡地に建てられていたのである。 石川厚生年金会館の形が扇形をしているのは、跡地の形のままで設計されていたので、その名残のある状態である。

石川厚生年金会館のHPの大ホールの部分で、兼六園野球場の跡地に建てられた扇形のワンスロープで造られた1707席の大ホール。 と書かれていたことで分かりました。

3月25日に、能登半島地震が発生していたけど、兼六園のほうは無事でした。これにより、のと鉄道が被害を受けていた。

渋谷では、109の地下2階にあるハロー!プロジェクトオフィシャルショップ(ハロショ)に立ち寄りました。

(つづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-04-12 13:08 | 鉄道車両・路線