交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

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明日(3月31日)には、鹿島鉄道鉾田線のほか、宮城県のくりはら田園鉄道も廃止される予定となり、4月1日から代行バス輸送となります。

くりはら田園鉄道の路線

石越~荒町~若柳~谷地畑~大岡小前~大岡~沢辺~津久毛~杉橋~鳥矢崎~栗駒~栗原田町~尾松~鶯沢~鶯沢工業高校前~細倉マインパーク前

JR東北本線への接続駅である石越駅は登米市、その他の駅は栗原市となっている。

登米市は、2005(H17)年4月1日、登米郡8町(迫町、登米町、東和町、中田町、豊里町、米山町、石越町、南方町)と本吉郡津山町が合併して誕生した市。

栗原市は、登米市と同じ2005(H17)年4月1日に、栗原郡の全ての町村(築館町、若柳町
栗駒町、高清水町、一迫町、瀬峰町、鶯沢町、金成町、志波姫町、花山村)の10町村が合併して誕生していた。

開業したのは、1921(T10)年12月20日、石越~沢辺間、1922(T11)年12月17日、沢辺~岩ヶ崎(現、栗駒)間、1942(S17)年12月1日、岩ヶ崎~細倉鉱山間、1990(H2)年6月16日、細倉~細倉マインパーク前間が開業していた。

これにより、90年間の歴史に終止符が打たれることになる。

電化されたのは、1952(S27)年9月21日

細倉~細倉鉱山間は、1987(S62)年3月29日に休止、翌年の1988(S63)年10月に廃止されていた。

1990(H2)年6月16日には、細倉マインパーク前駅が開業していた時は、細倉駅の移転・延長の形となっていた。 旧細倉駅跡が残っているのはそのためである。

開業当時は、栗原軌道と呼ばれていたけど、1955(S30)年11月29日に栗原電鉄と改称されていた。

現在の気動車による運転となったのは、1995(H7)年4月1日のことで、 栗原電鉄からくりはら田園鉄道として再生されていた。

くりはら田園鉄道となってから12年で廃線の時を迎えてしまったのである。

気動車は、1995(H7)年に導入されたKD95形3両、名鉄から譲渡されたKD10形2両在籍しているけど、普段はKD95形DCが使用されている。

KD10形気動車(11、12号車)は、名鉄時代キハ10形(15、16号車)となっていた。

名鉄のキハ10形気動車は、晩年は、名鉄八百津線(明智~八百津間、2001(H13)年9月30日廃止)で走っていた。

くりはら田園鉄道の車両基地、本社は若柳にあるけど、以前走っていた電車が保存されている。

3月16日から、KD95形DCに「90年間ありがとうございました」というヘッドマークが付いている。

あとは、27日から花列車も運転されているし。

東北新幹線のくりこま高原駅と、沢辺駅を結ぶシャトルバスである「栗夢号しゃとる」が宮交栗原バスによって運行されていたけど、くりでんよりも早く、昨年9月30日をもって廃止されている。やはりこの路線の廃止も残念に思っています。

あとは、この日をもって廃止される路線がもう1つあるけど、それは、西日本鉄道(西鉄)宮路岳線の新宮~津屋崎間である。 同時に残された貝塚~西鉄新宮間の路線名が宮路岳線から貝塚線に変更される。

西鉄宮路岳線の路線

貝塚~名島~西鉄千早~香椎宮前~西鉄香椎~香椎花園前~唐の原~和白~三苫~西鉄新宮

以下は3月31日をもって廃止される区間

西鉄新宮~古賀ゴルフ場前~西鉄古賀~花見~西鉄福間~宮地岳~津屋崎

宮路岳線では、300形、313形、600形が活躍している。
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by hy_sengen-sin | 2007-03-30 10:58 | 鉄道車両・路線

鹿島鉄道の乗り納め

石岡から鹿島鉄道で鉾田まで行こうとした時には、車両故障により、不通となっていたので石岡駅で待機していました。

最初は、常陸小川行きのキハ601号車が出発。 これで常陸小川まで行き、常陸小川で鉾田行きに乗り継ぐはずだったけど、鉾田まで行かれなくなる不安があったので、見送ったのである。

ここでは、土曜・休日限定の1日きっぷを買いました。

この後、鉾田行きのKD500形のKD502号車(赤色の帯)に乗車。 KD500形の4両のうち、KD502号車に乗ったことがなかったので、廃止を前に、4両全て制覇したのである。

2001(H13)年6月に百選ラリーで初めて乗った時は、KD503号車に乗っていた。

これによって列車が遅れていました。

まずは、石岡南台で、601号車と交換。 本当は常陸小川まで行って待機していても同じことだった。

601号車には、昨年10月29日に乗ったので充分です。

玉里では、K503+505号車の重連と交換。 

常陸小川駅では、DD901形ディーゼル機関車(DD901号機)が静態保存されていたけど、廃線を前にした今年2月27日に解体されていた。 こちらは晩年ジェット燃料輸送で活躍していた。

イベント用として活躍していた朱色のDD902号機のほうは、いち早く日本製鋼室蘭製作所に売却されている。

小川高校下から桃浦間では、霞ヶ浦の風景を見ることが出来たけど、これが見られなくなるのが惜しいです。

桃浦駅では、431+432号車と交換。 筆者は1月13日に432号車に乗ったことがあるのであの時を思い出しました。

玉造町駅では、714号車+602号車と交換。 714号車は、第二土曜日に定期運用が行われていたけど、廃止を前に助っ人として活躍している。 

714号車のほうは、1月13日に乗ったので充分である。

鉾田駅に到着。 この後の列車で折り返しました。

3月31日の土曜日は、仕事があるし、混乱を避けるために行かないことにしているので、3月24日が最後の乗車となった。

1月13日に鉾田に行った時にたい焼きを食べたので、鹿島鉄道でたい焼きを食べに行ったのが714号車の乗車と共に最初で最後となってしまった。

これで鉾田駅とお別れしました。

玉造町駅では、KR505号車、常陸小川でKR503号車と交換。 暗くなっていたので、霞ヶ浦の景色を楽しむことが出来なかったです。

玉里駅では、始発のKR501号車(ありがとうかしてつ号)が止まっていたので、それに乗り換えました。

これにより、鹿島鉄道の乗車をKR501号車(ありがとうかしてつ号)で締めくくることが出来ました。 車内には、メッセージがあった。

この車両は、がんばれかしてつ号として走っていたけど、廃止決定後、ありがとうかしてつ号となってしまった。

このことで鹿島鉄道の廃止のことで残念だな!と思いました。

石岡から土浦までは、E501系の土浦行きに乗りました。 こちらは、改正前の3月4日に乗ったのと同じ列車となっていたけど、改正前は415系による4両編成が使用されていたけど、改正後は、E501系により10両編成となり、一気に6両増えたことになる。

ここでは、スーパーひたち58号の通過待ちが行われていました。

この時に乗ったE501系は、K702編成(クハE501-2F)で、昨年12月17日に乗った時と同じ編成である。

土浦からは、E531系のK408編成(クハE531-8F)に乗車。 この日に土浦から水戸まで乗った時と同じ編成で、行きはグリーン車、帰りは普通車に乗っていたのである。

こちらは勝田に到着後、勝田13時54分発土浦行きの列車(560M)で送り込まれていた。 この列車は、勝田~土浦間の区間運転で唯一グリーン車が設定されている。

我孫子では、E653系によるフレッシュひたち60号の通過待ち。

松戸で、新京成電鉄の8800形の6連である8803-1Fを見ることが出来ました。こちらには、BMW(ドイツの自動車メーカー)の広告がありました。 やはりBMWジャパンの本社が直通先の幕張新都心にあるという縁もある。

BMWジャパンでは、BMWブランドの高級乗用車やオートバイのほか、ローバーMINI、ロールス・ロイスの輸入も行われている。

綾瀬では、北綾瀬支線の5000系を見ることが出来ました。 5000系のほうは、3月17日をもって東西線からスキンステンレス車の5009Fが引退したばかりだけど、北綾瀬支線では、アルミ試作車の2編成が引き続き活躍することになっている。

これによって、東京メトロ保有の旅客用車両がアルミ車に統一されていた。
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by hy_sengen-sin | 2007-03-28 13:40 | 鉄道乗車記

常磐線415系

3月24日は、水戸まで行き、常磐線のありがとう415系号を撮影しました。

ルート 目白~日暮里~土浦~水戸~勝田~水戸~上菅谷~水戸~石岡~鉾田~玉里~石岡~土浦~日暮里~大塚~池袋~目白

まずは山手線で日暮里まで移動。 日暮里駅では、JR・京成共に改良工事が行われており、2007年度中には、日暮里・舎人ライナーを迎えることになるけど、線路の部分はほぼ出来上がっていました。

日暮里では、黄色+オレンジ色のフレッシュひたち号が通過していきました。この時の編成はK306編成+K351編成。

K306編成は、昨年10月29日に、上野から石岡まで乗った時と同じ編成である。

日暮里から土浦まではE531系の特別快速で移動。 この時の編成は、K417編成(クハE531-17F)+K451編成(クハE531-1001F)だった。

E531系のほうは、今年3月までに、10両基本編成22本(K401~422)、5両付属編成16本(K451~466)が導入されていた。

3月18日の改正でE531系の水戸線への定期乗り入れが無くなったけど、5月3、4日に笠間への直通快速である「笠間deおさんぽ号」が運転されるけど、こちらは上野8時05分発の片道のみとなっている。 グリーン車を含めた10両は土浦止まりで、付属編成のみ臨時に延長されることになる。

特別快速なので、松戸、柏、取手の順に停車していた。

綾瀬駅の手前では、小田急1000形による千代田線直通列車を見ることが出来たけど、こちらは今年9月から新4000形に順次置き換えられることになる。

松戸駅では、E231系による快速に接続。 

柏駅で接続する東武野田線のほうは、3月10日にダイヤ改正が行われ、日中は全て大宮~柏間の直通運転に統一されていた。 この改正で清水公園行きの列車が廃止されていた。 

最近になってからは東武野田線の大宮、柏、船橋駅で発車メロディーが導入されている。

我孫子駅付近の留置線では、203系が3本並ぶ風景を見ることが出来たけど、来年夏以降はE233系の直通バージョンに順次置き換えられることになっている。

取手では、関東鉄道常総線のキハ310形DC(315F)を見ることが出来ました。 こちらは、元国鉄キハ16・177形気動車の足回り品が再利用されているけど、機器の更新により、その面影が薄れてしまった。

土浦に到着した後、12時30分発の勝田行きを待ちました。

この列車には、土浦から水戸まで乗車。 この時にSuicaグリーン券を使い、グリーン車に乗りました。 この時の編成はK408編成(クハE531-8F)で、乗った車両はサロE530-6号車。

グリーン車扱いなので、シートカバー、グリーンアテンダントによるサービスがありました。

ラッシュ時に於けるグリーン車と普通車との締め切り扱いは、朝は土浦→北千住間、夜間は上野→取手間で行われることになる。

グリーン車の車内料金は、事前料金よりも割高となるので、小田急ロマンスカーに特急券無しで乗った時に300円取られるのと同じ状態となる。

常磐線でのグリーン車のサービス開始後、1度でもいいから試乗してみたいと思っていたので丁度よかったです。

2階席だったので、筑波山などの眺めを楽しむことが出来ました。

高浜駅では、スーパーひたち23号の通過待ちがありました。 後ろに連結されていた編成にエアーダムが付いていたので、K109編成(クハ651-9F)だと言うことが分かりました。 

K109編成とK209編成は、1992(H4)年に導入された最終増備車で、エアーダムが付いているのが特徴である。 既存の編成にはエアーダムが取り付けられる予定が無いので、異彩を放っている状態である。

1992(H4)年3月の改正では、スーパーひたち号が上野~勝田間の列車(のちのフレッシュひたち)の一部にも登場していたので、その為の増備となっていた。

水戸駅に到着。 この時にE501系のK751編成による水戸発いわき行きの普通列車に接続。 こちらは5両編成となっていた。

E501系では、2月21日まで上野~土浦間を走っていた頃は、10+5の15両編成が当たり前となっていた。1995(H7)年から1997(H9)年までは10両単独で走っていたこともあった。

今年3月17日のダイヤ改正前日には、E501系の10両編成が運用の関係で、上野~いわき間の4往復の列車に使用され、奇跡的な1日限りの復活となっていた。

この時には、青い上野行きの表示も見られていたけど筆者は生で見ることが出来なかった。その代わりに萩原清さんがそれを撮影していたのである。

上野~いわき間の直通の普通(快速)列車は、3月17日をもって廃止されていたので、E501系が大トリとなった。

13時35分頃には、6番線にありがとう415系号が入線。 こちらは115系や103系の時と同様にびゅうプラザによる団体扱いとなっていた。

運転区間は水戸~いわき間の1往復で、7両編成のK819編成(クハ411-524F)が使用されていた。 

K819編成は、3月4日に乗った時と同じ編成である。

ヘッドマークは、3月17日に付いていたのと異なるバージョンで、白い415系がデザインされていた。 3月17日に取り付けられていたのは、かつての赤電がイメージされていた。

側面には、水戸~いわきのサボが付いていた。 

常磐線の赤電といえば、2002(H14)年から2003(H15)年まで、K510編成によって復元されていた。

この時には撮影する人で賑わっていました。 水戸を出た後、一旦赤塚駅まで引き上げられて、勝田まで回送されていた。 赤塚では、河口さんがそれを撮影していた。

赤塚へと出発していた時には、拍手の嵐が沸き上がりました。

この時に見た鹿島臨海鉄道の車両は、6018号車。 

ここから勝田までは、水戸始発高萩行きのE501系のK704編成(クハE501-4F)に乗車。この時に元祖ドレミファインバーターの音を聴くことが出来ました。

その前に出ていた小山行きの列車は、K754編成。

上野~高萩間の直通列車は、朝夕のみとなり、日中は水戸~高萩間の区間運転に変更されていた。

こちらは、2004(H16)年10月の改正で、東京~沼津間の普通列車が朝夕のみに変更されたことと同じような状態となっている。

E531系の高萩乗り入れは、E231系の沼津乗り入れと共に少数派となっている。

常磐線のいわき以北の普通列車では、3月18日から原ノ町で系統分割され、455系、717系、E721系は原ノ町~岩沼~仙台間の運用となった。 これにより全廃予定の455系や717系も一足早くいわきから撤退していた。

3月4日にいわきで717系を撮影出来てよかったと思っています。

いわき~原ノ町間の列車は、415系1500番台または701系のワンマン列車となったけど、いわき~仙台間の直通列車は701系が使用されることになる。

原ノ町駅のある南相馬市は、昨年1月1日に、原町市と相馬郡小高町、鹿島町が合併して誕生した市である。

3月17日までの間は、415系普通鋼製車と415系1500番台(ステンレス車)との連結運転が当たり前のように見られていたけど、3月18日の改正以降は、415系1500番台が小山~友部~原ノ町間での運用で独立していた。

3月26日には、W(ダブルユー)のあいぼんこと加護亜依氏が、2度目の喫煙騒動発覚により、契約解除(事実上の芸能界からの引退)となってしまったので、辻希美氏とのユニットであるW(ダブルユー)も解散となってしまった。

辻希美氏のほうは、ソロとして独立、5月16日には、4月1日からスタートするテレビ東京系のアニメである「ロビーとケロビー」の主題歌である「『ここにいるぜぇ!」が"アテナ(唄:辻希美)"名義でリリースされ、ソロデビューする予定となっている。こちらは、辻希美氏が在籍していたモーニング娘。のカバー曲となっている。

こちらは、415系で普通鋼製車が引退し、415系1500番台が独立して残ることになぞられている。あとは、休止された後に廃止されたことにもなぞられているし。

辻希美氏とは、4月30日の江戸川区でのFCイベントで握手する予定があるけど、加護亜依氏とは握手することなく終わってしまったのである。 こちらは、415系1500番台のみにATS-PS形に改造されることになぞられている。

余談はさておき、勝田では、留置線に止まっているE531系、E501系、415系1500番台を見ることが出来ました。

来年に廃止が噂されている茨城交通湊線では、キハ3710-1号車が運用されていました。 

415系1500番台による定期の回送(K541編成、クハ411-1531F)が入線。

その後に415系の団臨の回送が入ってきました。 この時にはヘッドマークやサボが付いたままの回送となっていたので、とても嬉しかったです。 この時には、415系1500番台との並びで撮影出来ました。

この後、水戸まで始発のE531系(K412編成、クハE531-12F)で移動。 412の番号で、5月6日をもってモーニング娘。を卒業する吉澤ひとみ氏と、℃-uteの鈴木愛理氏の誕生日である4月12日を思い出しました。 4月12日は、モーニング娘。のデビューのきっかけとなったテレビ東京の開局記念日でもある。

水戸から上菅谷までは、水郡線のキハE130系DCに初めて乗りました。 今回は試乗するのが目的だった。 この時の編成は、キハE131-6Fで、郡山行きのワンマン列車だった。

両運転台のキハE130形(赤系)は、1月19日に営業運転が開始。2両編成のキハE131+132形(エメラルドグリーン系)は、3月1日に営業運転が開始されていた。

エンジンのほうは、排気中の窒素酸化物や粒子状物質の低減化が図られた新型のディーゼルエンジンとなっている。

現在キハE130系列とキハ110系列との併結運転が行われているけど、こちらは全面置き換えまでの期間限定となっている。

車内設備はE233系やE531系に準じていたので、走ルンですシリーズの気動車版となっている。

トイレのほうは、車椅子対応の幅広タイプで、キハE130形およびキハE131形に設置されている。

クロスシート部分では、E231系近郊バージョンやE531系、E721系の座席に準じている。

導入予定は、1両編成、2両編成共に13本となっている。

上菅谷から水戸までは、キハ110系列のキハ111-152Fに乗車。 こちらは、盛岡車両センターに転用され、花輪線、山田線、岩泉線で活躍することになっている。

こちらは常陸太田始発。

花輪線では、3月18日のダイヤ改正で、鹿角花輪駅~秋田駅間の快速列車1往復(旧急行よねしろ号)を除き、キハ110系列に統一されていた。 これにより、盛岡色のキハ52、キハ58形気動車が花輪線から撤退していた。

山田線、岩泉線ではキハ58形やキハ52形DCが使用されているけど、来年度中にキハ110系列に置き換えられることになる。

秋田への直通快速のほうも、大館で系統分割の上で廃止される予定となっている。

下菅谷駅では、キハE130系列の4両編成による常陸太田行きと交換していました。 編成は、キハE130-12号車+キハE130-1号車キハE131-1号車+キハE132-1号車による4両編成。

水戸に到着した後、E531系のK420編成(クハE531-20F)で石岡まで移動しました。

(つづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-03-28 09:21 | 鉄道乗車記

北海道への旅行6

あのレストランからは、JALやANAのB747-400型機などを見ることが出来ました。


新千歳空港からは、16番ゲートから出発。

この時に乗った飛行機は、ボーイング777-300型機(JA751L)で、2003(H15)年に導入された機種となっていました。

座席は後方の58E。

B777-300型機は、B777-200型機のストレッチバージョンとして導入され、胴体の長さが73.9mとB747-400型機よりも3.2m長い、最長の機種となっている。

日本の航空会社には、1998(H10)年7月に初登場していた。

定員のほうは、普通席422席、クラスJ78席、計500席と、ジャンボ機(B747型機)並の定員を誇っている。

日本の国内線では、ジャンボ機並の定員を誇り、かつ経済的なB777型機が主流になってくることになる。

B777-300型機は、長距離国際線仕様のER型もあり、JALはヨーロッパ線、ANAは太平洋(アメリカ本土)線を中心に活躍している。

来年(2008年)には、JAL、ANA共にB787型機(ドリームライナー)という新型の中型機が登場する予定となっている。

札幌を後に離陸した時には夜景が広がっていました。 夜間の飛行なので何も見えなかったです。 B777型機は低騒音で快適でした。

B777-300型機は、2003(H15)年4月6日に札幌から東京までのANA便、2004(H16)年11月23日に札幌から東京までの間のJAL便でも乗ったことがある。

羽田空港では、新A滑走路に着陸。着陸前には夜景が出迎えてくれました。

空港ターミナルビルに到着した後、京急で品川まで行きました。 この時に乗った列車は都営5300形の5327Fによる急行泉岳寺行きだった。 5327Fは、1997(H9)年に導入された最終増備車で、唯一120Km/h運転対応となっている。

品川から目白まで山手線、目白から自宅まではタクシーで帰りました。

ここで、3日間の旅行が全て終わりました。

このような旅を盛り上げてくれた添乗員さんをはじめとする阪急交通社の皆さん、はまなす観光の運転手さん、バスガイドさん、家族全員などに深く感謝しています。
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by hy_sengen-sin | 2007-03-27 16:21 | 航空機

北海道への旅行5

3月19日(旅の3日目)は、上川町のアイスパビリオン、旭山動物園に行きました。

ルート 層雲峡~上川アイスパビリオン~旭川~旭山動物園~千歳~新千歳空港~羽田空港~品川~目白

朝起きた後、別館にある露天風呂に行き、雪見の露天風呂を楽しみました。 朝7時から9時まで清掃が行われていたので、朝7時までに出なければならなかったのがきつかったです。

男性用の露天風呂では、浴槽が2つあったけど、奧のほうがぬるかった。手前がちょうどよいほどの湯加減だった。

別館には内風呂もあった。

あとは、石狩川の眺めもよかったです。

筆者は前日に本館の内風呂と別館の露天風呂・内風呂の両方入ったけど、やはり別館の風呂のほうがよかったです。

朝食の後、集合、バスでアイスパビリオンまで移動しました。 この時に山並みの風景を見ることが出来ました。 あとは、バスガイドさんからの説明もあったし。

層雲峡へは、石北本線の上川駅のほか、旭川駅からもバスで行くことが出来る。

上川町は、1998(H10)年の長野オリンピックでの金メダリストである元スキージャンプ選手の原田雅彦氏の出身地としても有名である。

昨年3月に現役を引退した後、所属していた雪印乳業のスキー部のコーチとして活躍している。

選手時代は、オリンピック、世界選手権を通して9個のメダルを獲得していたことで、日本人最多記録を更新していたのである。

原田雅彦氏は、今年札幌市で行われる2007年FISノルディックスキー世界選手権札幌大会の特別広報大使に任命されたのである。

上川町アイスパビリオンでは、氷点下20℃の体験のほか、氷点下41℃という超極寒体験をすることも出来ました。

マイナス41℃ということは、前日のオホーツク流氷館よりも寒い状態で、半端じゃないほど寒かったです。

こちらは、ボタンを押せば一定時間のみマイナス41℃の寒波が出てくることになる。

マイナス41℃の最低気温は、1902(M35)年1月5日に、旭川で記録していたことがあった。これは、気象観測史上に残る、日本の最低気温となっている。

ここでは、大氷柱郡や雪だるまを見ることが出来ました。

出た後は、温かい飲み物のサービスがあり、ここで飲みました。

周辺には、氷神宮身勝手神社、かまくらと雪だるまの里などがありました。 

売店の横には、クリオネの水槽がありました。 前日のオホーツク流氷館にもあったけど、今回は上手く撮影することが出来ました。

ここにあるトイレは、トイレ美術館と呼ばれていた。

この後、高速道路で旭川まで行きました。入ったインターは、愛山上川IC。

こちらは旭川紋別自動車道で、比布JCTから上川天幕ICまで開通している。 将来的には、紋別まで結ばれることになる。

これで、層雲峡方面まで高速で行くことも出来るようになった。

こちらは暫定無料区間となっている。

比布JCTから旭川北ICまでは、有料区間の道央自動車道を通っていました。この時にはETCレーンを通過していた。

道央自動車道は、八雲IC~札幌JCT~ 士別剣淵ICまで開通しているけど、将来的には、大沼・函館方面と名寄・稚内方面が結ばれることになっている。

旭川北ICからは、旭川市街まで行き、昼食の会場であるドライブイン@ラベンダーヒルズで休憩が行われていました。

ここでは昼食を採らずに周辺を散策していました。

この次は、旭川の人気スポットである旭山動物園に行きました。

旭山動物園では東門から入場。

旭山動物園は、1967(S42)年7月1日に開園した日本最北端の旭川市営の動物園である。

当初は人気に陰りがあり、閉園が懸念されていたけど、現在は打って変わって人気スポットとなり、ツアーで必ず組み込まれるようになっている。

今シーズン(冬季)の開園区間は、4月8日までで、4月28日には営業再開されることになっている。

まずは、丹頂鶴を見物し、この次にペンギンを見ました。 旭山動物園では、雪上でペンギンの散歩が行われることが有名だけど、今回は期間が終了していたために見ることが出来なかった。 その代わりにペンギンを見ることが出来てよかったです。まずは、水中トンネルでペンギンの泳ぎを見た後、屋内のスペースでペンギンが歩いている姿を見ました。

旭山動物園では、メロンパンが名物となっているのでそれを買って食べました。

この次は、ホッキョクグマ館へ。 最初は2頭のホッキョクグマが昼寝をしていたのを見たけど、別の場所で動いているところを見ることが出来てよかったです。

別の2頭のうちの1頭は、観客の前でウロウロしていました。

ここには、シールズアイ(カプセル)があり、ここからホッキョクグマを眺めることも出来ました。

ホッキョクグマ館では、ホッキョクグマが水中で泳ぐシーンを見ることが出来る。

この次はアザラシ館に行き、アザラシが水中で泳いでいるところを見ました。

アザラシ館では、北海道内の漁港がイメージされた造りで、小さな漁船やテトラポットがあるのが特徴となっている。アザラシの野生環境を再現するために、ウミネコやオオセグロカモメ、オジロワシも飼育されているし。 この時には、事故で片方の羽を失ったオジロワシが居ました。

この時に、もぐもぐタイムという餌やりの実演を見ることが出来ました。 場所取りをしていたので間近で見ることが出来たし。 この時には、6頭のアザラシにホッケという魚をあげていたシーンを見ることが出来たのである。

6頭のアザラシのうちの一部は、ゴマの模様の入ったゴマフアザラシとなっている。

ゴマフアザラシと言えば、以前TBS系で放映されていたアニメである少年アシベに出てきたゴマフアザラシの赤ちゃんである「ゴマちゃん」を思い出しました。

あとは漫画にもなっていたので、知名度が高まっていた。

アザラシと言えば、2002(H14)年に多摩川で発見されたアゴヒゲアザラシのタマちゃんを思い出します。

もぐもぐタイムは、ペンギン館、ほっきょくぐま館などでも行われるけど、ぺんぎん館では時間帯によって、水中で餌を与えるシーンを見ることも出来る。

この後は、猛獣館などを見ました。 この時に雪が降っていました。

旭山動物園には、おがくずを使ったバイオトイレがある。 バイオトイレは、洋式便器となっており、男女兼用の個室には、小便器も併設されている。

こちらは生ゴミも処理できるトイレとなっており、富士山の山小屋のトイレにも採用されている。

冬季以外は、シルバーシャトルという無料のバスが園内を回っている。

ここには、サル山やオランウータン館チンパンジーの森等もある。

旭山動物園へは、旭川駅からバスに乗って行くことになる。

4月28日から9月30日までの期間限定で、キハ183系DCによる特急旭山動物園号が札幌~旭川間で運転されることになっている。GW・夏休み中は毎日、それ以外は土日に運転される予定。

こちらは4両編成で、ホッキョクグマ、ライオン、チンパンジー、ペンギンが描かれることになる。

こちらのデザインは、元旭山動物園飼育士で絵本作家のあべ弘士氏によるものとなる。

1号車には、もぐもぐコーナーというお子様向けのフリースペースがあり、ここには絵本や動物ソファーが設けられることになる。

旭山動物園号の時刻 札幌 8:26発→旭川 10:10着

旭川 16:06発→札幌 17:43着

全車指定席。 途中岩見沢、滝川にも停車。

これを見た後は、ツアーバスで、旭川を後にし、高速道路(道央自動車道)で千歳まで行きました。

入ったICは、旭川北IC。 途中ミキティこと藤本美貴女史の地元である滝川市を通りました。

4月14日には旭川でモーニング娘。のコンサートが行われるけど筆者は無理である。

途中砂川ハイウェイオアシスで休憩。 ここは、2002(H14)年8月31日に行ったことがある。

こちらは砂川サービスエリアに隣接した場所となっているので、高速からは特設のゲートを通って行くことになる。

ここでは、花畑牧場のみるくぷりんなどを食べました。 

砂川を出た後、高速道路で千歳へ。 途中札幌を通ったけど、ここから札幌ドームを見ることが出来ました。

千歳ICで高速を降り、千歳市にある千歳道産市場まで行きました。 この外観は、札幌の時計台を模したものとなっている。 

ここではいももちを食べました。

ここで最後の休憩となり、お土産を買っていた人が多かったです。

この後、新千歳空港へ。 途中、南千歳(旧千歳空港)駅前を通りました。

新千歳空港の開港は、1992(H4)年7月1日で、同時に南千歳~新千歳空港間の新線も新設されていた。 旧千歳空港の時代は、連絡橋でターミナルビルと結ばれていたけど、新千歳空港になってからは地下で直結するようになった。

今年秋のダイヤ改正の時には、781系が789系1000番台(スーパー白鳥と同じタイプの車両)に置き換えられることになるけど、この時にライラック号から新名称に変わることになる。

同時に785系使用の列車もスーパーホワイトアローから統一された新名称に変わることになる。

789系1000番台も、785系と同様に、快速エアポート号にも使用されることになる。

781系が使用されている特急すずらん号(札幌~東室蘭(室蘭)間)も、785系に置き換えられるので、781系が全廃となる。

1995(H7)年12月22日、筆者は新千歳空港から札幌まで781系の快速エアポートに乗っていたけど、あの時が最初で最後となる可能性がある。

室蘭といえば、元モーニング娘。のなっちこと安倍なつみ女史の出身地として有名である。

元モーニング娘。のかおりんこと飯田圭織女史は、札幌市出身だけど、出生地は室蘭市であるので、なっちの2日前に生誕していたのである。

かおりんのほうは、1981(S56)年8月8日生まれで、なっちのほうは、同年8月10日生まれとなっているので、2日違い、同じ室蘭市の某病院の新生児室で過ごしていた。

安倍なつみ女史の妹であるあさみんこと安倍麻美女史のほうは、現在ワタナベエンタテイメント(ナベプロ)所属のタレントとして活躍している。

新千歳空港に到着した時には、3日間お世話になったはまなす観光バスや運転手さん、ガイドさんと別れました。

今回のバスの運転士であるM氏の運転は、とても上手でした。 雪道の中も安全運転でこなしていたし。

ガイドさんの案内と相まって快適なバス旅行となったことも言うまでもないです。

バスが出発した時には、3日間お世話になったバスガイドさんが手を振ってくれました。

車による旅行の場合は、ほとんどが父親による運転となるので、今回のバスツアーでは、父親でもゆっくり寝ていけるということで好評の状態でした。

父親と母親でレンタカーによる旅行の場合は、専ら父親による運転となる。

以前筆者がレンタカーで旅行した時には、車を運転したことがある。 筆者の場合はドライブ旅行に行くたびに運転させてもらうことになっているし。 あとは妹も車を運転することもある。

バス旅行では、筆者にとっても楽な旅行となっていました。

この後、JALのカウンターまで行き、添乗員さんから航空券を受け取りました。

添乗員さんのほうは、新千歳空港到着から空港に戻ってくる時までの間でお世話になっていた。

この後、コンビニ(ローソン)に行き、父親がご当地のおにぎりを買っていました。 この後飛行機が見えるレストランまで行き、札幌ラーメンを食べました。

妹のほうは、豚丼を食べていた。 分けて貰ったけどとても美味しかったです。自分が頼んだラーメンも美味しかったし。

(6へつづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-03-27 11:01 | バス乗車記

北海道への旅行4

2日目のルート 阿寒湖~摩周湖~屈斜路湖~網走~層雲峡

起床した後、朝風呂に入り、この後朝食。 

このホテルの売店は、小春日という名が付いていたので、モーニング娘。の久住小春女史を思い出しました。

この後出発し、摩周湖まで行きました。その途中では、雄阿寒岳がある。

以前阿寒湖に行った時は、ボッケを見物していた。

釧路のほうは、ししゃもという魚が有名で、地元では卵の入ったメスのほか、オスも盛んに食べられている。 

国道240号線を南下すれば、釧路空港、釧路市大楽毛に行くことが出来る。

阿寒湖から根室本線の大楽毛駅付近までは、阿寒川が流れている。

丹頂鶴のほうは、赤い部分が皮膚となっていることをガイドさんからの話で分かりました。 2004(H16)年まで発行された旧1000円札の裏には、釧路湿原と丹頂鶴が描かれていた。

釧路川のほうは、屈斜路湖から釧路市街から釧路湿原を通って釧路市街まで流れている。

釧路市街にある幣舞橋は、釧路の有名スポットとなっている。

釧路市街には、釧路市博物館(春採湖付近)、フィッシャーマンズワーフMOO、和商市場などの有名スポットもある。 和商市場では、自由に選んで買ってどんぶりの上に載せる勝手丼が名物となっている。 その名の通り、海鮮物を勝手に選んで食べるオリジナルどんぶりである。

まずは摩周湖へ。 摩周湖は、日本で最も透明度の高い湖として有名で、北海道遺産にも指定されている。

こちらは、ロシアのバイカル湖と並ぶ湖となっているし。

この日は、凍っていない状態となっていました。 あとは雪の1日だったし。

この次は、屈斜路湖へ。 屈斜路湖では、砂湯で休憩。 屈斜路湖は、中に島(中島)があることで有名で、川湯温泉、和琴温泉などがある。 屈斜路湖沿いには、露天風呂があるけど、一昨年5月に父親との2人旅で入ったことがあるし。

屈斜路湖では、白鳥の舞を見ることが出来ました。 あとは、クッシーという生物も生息していることでも有名である。

ここでは、足湯、砂湯もありました。 ここでは、クレアートという日本一美味しいソフトクリームを食べました。 

砂湯とは、砂を掘れば温泉が出てくることになっている。 あとは胃に効く飲める温泉もありました。

ここでは、御神祭り現象を見られることもあるけど、今回は見られなかったです。

この周辺は、第48代横綱力士だった元大相撲の大鵬幸喜(納谷幸喜)氏(現、相撲博物館館長)の地元として有名で、その実家が納谷土産店となっている。バスは、この前を通っていました。

この周辺には、川湯相撲記念館があり、大鵬幸喜氏の銅像もある。

相撲博物館は、東京都墨田区の両国国技館に隣接されている。

この後、小清水町を経由して、網走海鮮市場まで行きました。 この時にオホーツク海や釧網本線の線路、原生花園駅を見ることが出来ました。

原生花園駅は、1995(H7)年8月に筆者が初めて北海道に行った時に立ち寄った駅でもある。

釧網本線の網走~知床斜里間は、唯一オホーツク海を眺めることの出来る鉄道路線となっている。 以前は湧網線、名寄本線、天北線も出ていたこともあった。

左手には、濤沸湖や藻琴湖が見えました。

海鮮市場では、海鮮ラーメンを食べました。 

この後、オホーツク海を散策。流氷を見ることが出来ました。

この時に、ノロッコ号が通過していました。

この日は、網走港から流氷砕氷船であるおーろら号に乗るはずだったけど、雪および強風の影響により、欠航となっていました。 これに乗っていたら流氷を見られるチャンスもあった。

その代わりに網走監獄博物館を見物しました。

途中網走駅を通ったけど、札幌行きの特急オホーツク号、ノロッコ号を見ることが出来ました。

特急オホーツク号は、札幌と網走の間を結ぶ特急で、初期型のキハ183系が使用されているけど、老朽化により、去就が気になります。

以前は9、10号という夜行列車も出ていたけど、3月18日のダイヤ改正で冬季限定の季節列車に格下げされていた。

網走監獄博物館では、以前の網走監獄(現、網走刑務所)の生活などが復元、展示された屋外博物館となっている。

この時には、現地の係員による展示物の解説も行われていました。

この次は、天都山にあるオホーツク流氷館へ。 ここでは、マイナス18℃の状態で流氷が展示されていました。 この時に流氷を見ることが出来てよかったです。

この時にマイナス18℃の中、濡れたタオルを棒のようにして凍らせるシバレ体験も出来ました。

この後、タイヤチューブで滑ることも出来ました。筆者は1回(入場券1枚に付き無料)だったけど、母親だけは、追加料金300円を払ってもう2回挑戦していた。 

天都山では、展望台に上がり、網走湖を眺めていました。

この後、北見、留辺蘂、温根湯、石北峠を経由して層雲峡へと向かいました。

北見市は、一昨年5月に行ったことがあるけど、ふるさと銀河線の始発駅となっていた。

この時に北見市にあるオホーツクドライブインで休憩を取りました。 北見市は、玉ねぎの産地として有名で、オニオンスープの試飲などが行われていた。

筆者はここでじゃがバターを食べました。

温根湯は、温泉地となっており、道の駅がある。

石北峠を越えた辺りから暗くなっていたので景色を楽しむことが出来なかったです。ここでは、キタキツネが横断していました。

上士幌へと至る国道273号線との合流地点付近には、大雪湖がある。

この後、トンネルを通り、層雲峡に到着しました。 この時には、層雲峡氷爆まつりの会場を見ることが出来ました。

層雲峡は、石狩川の上流にある渓谷で、大雪山連峰である黒岳の麓に位置している。

黒岳へは、層雲峡ロープウェイで行くことになる。 

あとは、銀河の滝、流星の滝、大函、小函、サイクリングコースがあることも有名だし。

この日のホテルは、全員ホテル層雲で、昭和天皇もご宿泊されたホテルとしても有名である。

風呂は、本館のほか、別館に露天風呂があるけど、ここでは雪見の露天風呂を楽しむことが出来てよかったです。

夕食では、特別注文したタコしゃぶというタコのしゃぶしゃぶを食べたけど、とても美味しかったです。

この後、層雲峡氷爆まつりを見物しました。

こちらは、1976(S51)年から毎年行われており、カラフルな光で彩られた氷像が有名である。この会場は、石狩川の上に設けられていた。

石狩川は、大雪山系の石狩岳の麓から層雲峡、上川盆地、石狩平野を経て、石狩市で日本海に注ぐ、日本で第三位(北海道で第一位)の長さを北海の大河である。 あとは、北海道遺産にも指定されている。
 
この時に見ることが出来てよかったです。やはり、カラフルな氷像は、とても印象に残ったので携帯にその画像を保存しておきました。

今シーズンは3月25日をもって終了。 前日の3月17日には花火が上がっていたけど、花火のほうは阿寒湖で見たので充分だと思います。

ホテルから会場までは無料のシャトルバスが出ていたけど、往復雪道の中を歩いたのである。

あとは氷像の中にも入れてよかったです。あとは展望台からの眺めもよかったし。

入場の時には100円の協力金を払うことになっていました。こちらは、国立公園内の自然保護と環境保全のために使われることになる。この時にポストカードを貰いました。

この時には、香港や台湾からの観光客も目立っていました。

これを見た後、セイコーマートというコンビニに立ち寄り、筆者と父親の部屋に集まって4人で宴会を楽しみました。 前日も筆者と父親の部屋が本部となり、4人で宴会が行われていた。

因みに母親と妹の部屋は、支部と呼ばれていた。

こうして観光が充実していた2日目が終わりました。

(5へつづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-03-26 15:16 | バス乗車記

北海道への旅行3

新千歳空港に到着した後、現地の添乗員さんの出迎えを受けて集合、この後、ツアーバスで阿寒湖へと移動しました。この時は、1号車(はまなす観光)、2号車(スマイル観光)に分かれていた。

この時に乗ったバス(1号車)は、はまなす観光の三菱ふそうの先代のエアロクイーン(札幌22か30-17号車)だった。

2号車のスマイル観光(坂本輸送サービス)は、三菱の現行型エアロクイーン(札幌200か・651)

はまなす観光は、北海道の札幌近郊の北広島市に本社があり、小型車を含めて三菱ふそう車が配置されている。

坂本輸送サービスは、本社が石狩市にある。

新千歳空港を出た後、沼ノ端東インターまで行き、ここから日高自動車道を通って日高富川インターへと向かっていました。

この区間は暫定無料区間となっている。 ここからはサラブレッドを見ることが出来ました。

日高自動車道のうち、鵡川IC~日高富川IC間は、昨年3月19日に開業していた。今後は、新冠、静内、浦河方面への延長計画もある。

沼ノ端インターに向かう途中、室蘭本線の線路を横断していました。 こちらは非電化区間で複線となっていたので、関東鉄道常総線の取手~水海道間を思い出しました。

1986(S61)年10月31日までは、日高本線の鵡川から日高町まで、富内線という路線も出ていたことがあった。

インターを出た後、沙流川沿いを通りました。

途中平取町を通ったけど、こちらは、トマトの栽培が盛んで、ここで栽培されたトマトが使用されたトマトジュースは、ニシパの恋人と呼ばれている。

周辺には、二風谷アイヌ文化博物館や義経神社、二風谷ダムがあることでも有名である。 

北海道では、ジンギスカン料理が有名であるけど、それには羊の肉が使用されている。 羊の肉は、牛・豚・鶏の3大食肉と比べて体脂肪が少ないことやくせがないというのが特徴である。

あとは、振内鉄道記念館を通ったけど、ここは、富内線の振内駅跡となっている。ここでは、駅舎(鉄道記念館)、SL、客車が保存されている。 レンタカーで行っていた場合は時間が許す限り立ち寄ることが可能だったけど、団体でのバス旅行なので通過しただけだった。

日高町のウエスタンファームで、昼食のために休憩。ここでは、十勝牛のカットステーキを食べました。 こちらは、鉄板で焼く方式となっていた。

こちらでは、馬油が有名である。

この後、沙流川沿いに走り、この日のハイライトである日勝峠を越えました。 この後、十勝清水のドライブインで休憩を取りました。 ここから十勝平野を眺めることが出来てよかったです。

次の休憩地である足寄までは、国道274号線、241号線を経由していきました。

その途中で、十勝清水ICを通ったけど、高速に乗らずに素通りしていました。 足寄までは、本別JCTを介して高速で行くことも可能となっている。

現在開通している区間は、十勝清水IC~本別JCT~本別IC間。 足寄へは、本別JCTから分岐

東側は、釧路、網走方面まで、西側は、夕張、千歳方面まで延長される予定である。

西側の区間のうち、十勝清水IC~トマムIC間は、2007年度中に開通予定で、日勝峠の代替えルートとして使うことも可能となる。

2009年度中には、占冠まで、2011年度中には、夕張まで開通予定となっているので、全通後には、千歳恵庭JCTまで1本で結ばれることになる。

1968(S43)年までは、新得から鹿追町を経由して、上士幌駅まで、北海道拓殖鉄道という路線が出ていたこともあった。末期は新得~瓜幕間の路線となっていた。

当時の路線。 新得~南新得~屈足~鹿追~瓜幕~東瓜幕~中音更~上士幌

さらに、十勝清水から鹿追までは、河西鉄道(十勝鉄道)の路線も出ていたこともあったし。

上士幌駅は、 帯広と糠平(十勝三股)を結んで居た士幌線も出ていた。 こちらは、1978(S53)年12月に、糠平~十勝三股間、1987(S62)年3月に、帯広~糠平間が廃止されていた。

糠平駅跡には、上士幌町鉄道資料館があり、その周辺の糠平湖付近には、アーチ橋が保存されている。

十勝三股よりさらに北上し、三国峠を越えれば、層雲峡方面まで出られることになっている。

十勝地方では、豚丼が有名で、2002(H14)年9月に家族旅行に行った時に本場で食べたことがある。

バスの車内では、バスガイドのNさんによる丁寧な説明があったので、とてもよかったです。

足寄では、あしょろ庵というドライブインで休憩。ここではワインを試飲することや、手作りチーズを試食することが出来てよかったです。

足寄町は、シンガーソングライターの松山千春氏や、鈴木宗男衆議院議員の出身地で有名である。

ドライブインの横には、昨年4月20日をもって廃止された北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の廃線跡がありました。

この後、足寄駅の駅舎を見ることが出来たけど、こちらは、道の駅あしょろ銀河ホール21として使用されている。

足寄町では、足跡の模様の入ったタイルがある。

足寄からは、国道241号線を通って阿寒湖へ。 途中螺湾(ラワン)というところを通ったけど、こちらは日本一大きな蕗(フキ)の産地としても有名である。

その途中では、オンネトーへと至る道が分かれていました。 オンネトーは、オコタンペ湖、東雲湖と並ぶ北海道三大秘湖の一つとなっており、遊歩道も整備されている。

こちらは、雌阿寒岳と阿寒富士の麓にあり、この眺めは美しい。 こちらは、2002(H14)年9月と2005(H17)年5月に行ったことがある。

冬の間は閉鎖されている。

この後、釧路市に入りました。 阿寒湖のある場所は、以前阿寒町と呼ばれていたけど、一昨年10月11日に、音別町と共に、釧路市に合併されていた。 これにより、阿寒湖も釧路市の一部となっていた。

この日の宿は、ホテルエメラルドとホテル御前水に分かれていたけど、筆者たちはホテル御前水にほうに宿泊。

その前には、吉田屋という土産物店に立ち寄りました。ここではトウキビを使ったラーメンが売られていたけど、ここで試食をしました。

2005(H17)年5月に阿寒湖に行った時は、周辺のニュー阿寒ホテルに宿泊していた。

阿寒湖のほうは、マリモの産地として有名である。

ホテルに到着した後は、部屋に行き、夕食を食べました。 この時には、阿寒湖で採れたヒメマスやワカサギなどを食べることが出来てよかったです。

風呂は、内風呂と露天風呂があったけど、露天風呂のほうは、上が空いているだけの状態でした。

この後、周辺での阿寒湖氷上フェスティバルに行きました。

阿寒湖氷上フェスティバルでは、バナナボートの乗車体験、冬花火などのイベントがありました。

バナナボートのほうは、凍った湖の上を通っていたのでスリルがありました。こちらは添乗員さんお勧めとなっていた。

あとは、耐寒証明書も手に入れました。

今回の花火鑑賞は、凍った湖の上で行いました。

これで1日目が終わりました。

(つづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-03-26 13:56 | バス乗車記
あの後、搭乗ゲートに入り、JAL1005便の発着サテライトである16番ゲートへと向かいました。

この時の飛行機の機体は、ボーイング747-400D型機で、登録番号は、JA8904。

日本の航空会社の機体番号のJAはJAPANのJAであり、農業協同組合(Japan Agriculture)のことではない。

筆者が飛行機に乗ったのは、一昨年5月15日に釧路空港(現在のたんちょう釧路空港)から羽田まで乗った時以来だった。今回はこのブログを始めて以来初となる航空機搭乗レポートとなる。

当時は、往復JAS(日本エアシステム)から継承されたエアバスA300-600R型機で、行き(5月13日)がJA014D号機、帰り(5月15日)がJA8561号機)だった。

前者(JA014D号機)は、2004(H16)年3月末まで、JASの国際線(成田~中国(香港、上海、広州、西安、昆明)線)で活躍していた。 JALジャパンに変更されたと同時に、国際線で活躍していた機材が国内線にコンバートされていた。

日本エアシステム(JAS)のほうは、2002(H14)年10月にJALこと日本航空(現在の日本航空インターナショナル)と経営統合されるまでの間、東急電鉄が筆頭株主の東急グループの航空会社だった。

2002(H14)年10月1日にJALと共に、日本航空システム(現、日本航空)の傘下入り、2003(H15)年4月1日には、国内線の路線の整理により、一時的にJALは幹線中心、JASはローカル線中心の路線となっていた。

2004(H16)年4月1日には、社名が日本エアシステムから日本航空ジャパンに代わり、JALブランドの国内線を受け持つ会社となっていた。 同時にこれまでの日本航空が日本航空インターナショナルに変更されていた。

昨年10月1日には、日本航空ジャパンが日本航空インターナショナルに吸収合併され、国内線と国際線の両方を扱う航空会社に戻されていた。存続会社は日本航空インターナショナル。

宮崎台にある東急の電車とバスの博物館に、日本エアシステムから寄贈されたYS-11型機のシュミレーターがあるのは、その縁である。

JASから継承された飛行機は、A300-600R型機のほか、ナローボディのMD-81、MD-87、MD-90型機があるけど、MD-81、MD-87号機のほうは、近いうちに退役することになっている。

昨年の3月31日までは、従来型のエアバスA300-B2/B4型もあったけど、経営統合に伴う機種整理により退役してしまったのである。 こちらは、JAS時代のレインボーカラーで最後まで残っていた。3月31日に定期運航が終了した後、予備機として残されていたけど、同年夏に海外に売却されていた。

日本エアシステム時代には、日本航空が保有していたDC-10-40型機とは仕様が異なるDC-10-30型機も2機あった。 こちらは羽田~札幌線や成田~ソウル、シンガポール、ホノルル線で活躍していたけど、JALに継承されずに退役してしまった。

経営統合前の日本エアシステムのほうは、とても良い航空会社と言われていた。 こちらは、2002(H14)年7月7日に、dreamが3人組から、モーニング娘。を思わせるような8人組のアイドルグループに変わってしまったことになぞられている。

筆者的には、dreamは3人組のほうがよかったと思っています。 萩原清さんも同じようなことを言っていた。

dreamの8人組から7人組への減員=JAS→JALジャパン化。 筆者のdreamファンからの撤退=JALジャパンがJALインターナショナルに吸収合併されて消滅したことと同じ時期となっている。

JALジャパンとの吸収合併によるJALインターナショナルへの1社化は、筆者がdreamファンから撤退し、ハロプロファンに一本化されたことになぞられているし。

ボーイング747-400D型機は、ボーイング747-400型機をベースとした国内線専用機となっている。JALでの就航は、1991(H3)年のことで、ANAこと全日本空輸も同じ時期に導入されていた。

ジャンボジェットの愛称で親しまれているボーイング747型機は、1970(S45)年に初期型が登場。JALも、就航された年に導入されていた。

こちらは、ほとんどのコンサートホール(大ホール)と同様に、2階席(アッパーデッキ)もある。

コンサート会場の2階席以上の席のことは、天空席と呼ばれている。

2003(H15)年4月5日に羽田から札幌まで、ANAのジャンボ機に乗った時には、2階席に当たっていた。

羽田~札幌線は、JAL、ANAのほか、スカイマーク、北海道国際航空(AIRDO)も就航しているドル箱路線となっており、2月のさっぽろ雪祭りの時には賑わうことになる。

昨年12月27日には、新千歳空港~羽田空港線の年間旅客数が1000万人を突破していた。

将来北海道新幹線が札幌まで延長された時には、どうなるのか気になります。

あとは、新幹線が新青森、新函館まで延長された時でも言えることでもあるし。

羽田~三沢線のほうは、4往復あったけど、東北新幹線のはやて号の登場により、3往復減便されていたけど、生き残っている。

1982(S57)年に東北・上越新幹線が開業するまでの間、羽田空港から仙台、新潟、花巻への路線も出ていたことがあったけど、当時は航空運賃が高かったために、減便されずに廃止されていた。

羽田~新潟線に関しては、2004(H16)年10月23日に発生した新潟県中越地震の影響により、翌24日から翌年の1月4日まで、臨時便として復活していた。

JA8904号機は、1992(H4)年に導入された機体で、2001(H13)年にディズニーキャラクターが描かれたJALドリームエクスプレスのSWEET号となっていた。

2001(H13)年1月31日に、東京(羽田)から沖縄(那覇)へと向かう途中、,静岡県の上空で、韓国(釜山)発成田行きのダグラスDC-10-40型機(JA8546号機)とのニアミス事故を起こした機種でもある。

日本航空株式会社所属ボーイング式747-400D型、JA8904は、平成13年1月31日(水)、同社の定期907便(東京国際空港-那覇空港)として、東京国際空港を離陸し、東京航空交通管制部の上昇指示に従って、高度約37,000ft付近を上昇飛行中、同管制部からの指示により高度35,000ftへ降下を開始した。また、同社所属ダグラス式DC-10-40型、JA8546は、同日、同社の定期958便(釜山国際空港-新東京国際空港)として釜山国際空港を離陸し、飛行計画に従って高度37,000ftで愛知県知多半島の河和VORTACを通過し、大島VORTACへ向けて巡航中であった。両機は、同日15時55分ごろ静岡県にある焼津NDBの南約7nm(約13km)の駿河湾上空約35,500ft~35,700ft付近で、異常に接近し、双方が回避操作を行ったが、907便において、回避操作による機体の動揺により、乗客及び客室乗務員が負傷した。 907便には、乗客411名、乗務員16名計427名が搭乗しており、乗客7名及び客室乗務員2名が重傷を負い、乗客81名及び客室乗務員10名が軽傷を負った。 907便は、機体が動揺した際、機内の一部が小破したが、火災は発生しなかった。 一方、958便には、乗客237名、乗務員13名計250名が搭乗していたが、負傷者はなかった。 958便には、機体の損傷はなかった。

JALのDC-10型機のほうは、2005(H17)年10月31日をもって全廃となっている。 後継機であるMD-11型機のほうは、前年の2004(H16)年10月12日をもって全廃。

当初JALでは、MD-11型機によってDC-10-40型機が置き換えられるはずだったけど、3発機で成田の増設滑走路での発着が出来ないことが仇となっていることや、コスト低減ならびにJASとの経営統合に伴う機種整理により、MD-11型機もリタイヤへの道を進んでしまったのである。残りのDC-10は、B777によって置き換えられていた。

JALのB777型機は、国内線のみの導入となる予定だったけど、MD-11型機の置き換えにより、急遽国際線にも導入されることになったのである。

ANAのほうは、国際線にA340型機が導入される予定だったけど、やはり機種統合により、B777型機に変更されていた。

MD-11型機のほうは、JALとの提携航空会社であるアメリカン航空にもあった。

やはり、空気抵抗が予想以上に大きく、またエンジンの燃費が予想以上に悪かったこと、さらには機体重量が予定を大幅にオーバーしてしまったことなどの理由により、JALだけではなく、他国の航空会社でも評判の悪い機種となってしまった。

JALで最後まで残ったMD-11型機は、JA8582号機で、晩年はJALの新塗装をまとっていた。

現在日本に乗り入れているMD-11型機は、フィンランド航空のみとなっているけど、こちらは関西空港および中部空港に乗り入れている。成田~ヘルシンキ線はA340-300型機が使用されているけど。

B747-400D型機は、JA8904号機を含め、8機在籍中。 就航路線は、東京~札幌、小松、福岡、沖縄(那覇)線で使用されている。

以前は大阪(伊丹)空港にも乗り入れていたことがあったけど、昨年4月1日より、騒音規制に伴い、3発機および4発機の乗り入れが禁止されたことによって撤退している。

そのため、東京~大阪(伊丹)線では、2発機でキャパの多いB777系列が主流となっている。

JALのB777-200型機は、JALオリジナルのB777-246型(旧スタージェット)と、JASから継承されたB777-289号機(旧レインボーセブン)の2種類あるけど、定員および仕様が異なる為に、別々に運航されている。 時刻表では、前者は、772、後者は7J2の表示となっている。

こちらは、小田急ロマンスカーの7000形LSEと10000形HiSEの関係にも似ている。どちらも定員が異なるので。

レインボーセブンと言っても、昨年春に行われていたモーニング娘。のツアーおよび7thアルバムとは無関係である。

昨年春に行われていたるレインボーセブンのほうは、樋口君が参戦出来なかったツアーとなっていた。

B777-200型機のJAS時代は、東京~札幌、福岡線を中心に運航されていた。

余談はさておき、JAL1005便は、定刻より10分遅れの7時50分に出発していました。

離陸した滑走路は、沖合にある新C滑走路(第二ターミナルビル側)なので、湾岸道路(首都高速)の上に掛かる誘導路を通っていました。

出発の時に見ることが出来た飛行機は、B767-300型機(JA8398号機)、B777-200型機(JA8977号機)でした。

8時ごろにJAL1005便が新C滑走路から離陸。 この時に前方のスクリーンで離着陸の様子を見ることが出来ました。

札幌行きの飛行機は、山形や岩手の上空を飛ぶことになる。 8時35分には、岩手県上空を通過していた。ベルト着用サインが点灯したのは、8時50分のこと。

ベルト着用サインが点灯中は、自分の座席に着用しなければならないし、機内のトイレに行くことも出来ない。

機内のトイレは、ラバトリーと呼ばれる洋式の個室で、洗面用具などが完備されているけど、最新の機種では、バリアフリー対応となっている。 

9時10分に着陸し、9時13分に13番ゲートに到着していました。

着陸前には、北海道の苫小牧の工業地帯が出迎えてくれました。

あとは、札幌空港で、東京行きのJALのB747-400D(JA8907号機)や、ちびっ子に大人気のANAのポケモンジェットを見ることが出来たし。

ここで、1時間30分のフライトを終えました。

この後、ロビーに集合しました。

(3へつづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-03-21 18:23 | 航空機
3月17日から19日に掛けて、家族4人で北海道まで行って来ました。

行ったメンバーは、筆者と両親、妹の4人である。

1日目のルート 目白~品川~羽田空港~札幌(新千歳空港)~日高町~十勝清水~足寄町~阿寒湖

まずは、目白駅までタクシーで移動。 目白から品川まで山手線、品川から羽田空港まで、京急1500形による快特で移動しました。

目白では、EF65+DE10号機の牽引による貨物列車が通過していきました。やはり早朝でないとあまり見られない風景である。

新宿では、485系による快速フェアウェイ(黒磯行き)、E233系による各駅停車を見ることが出来ました。 このように、中央快速線用のE233系が増えていることが分かりました。早朝にE233系による各駅停車を見たのは今回が初めてだった。

品川では、京急2100形(2115F)による急行品川行きを見ることが出来ました。 こちらは、三浦海岸発羽田空港行きの快特運用を終えた後、急行で品川まで送り込まれ、その後に本来の品川(泉岳寺)発着の快特運用に入る列車となっている。こちらは、2100形で唯一の急行運用となっているし。

品川から乗った快特は、品川6時17分発で、泉岳寺発となっていた。 編成は、1719F。 快特なので、途中京急蒲田のみの停車。

鮫洲では、京成3700形のLED改造車による急行品川行きとすれ違いました。

京急蒲田より、京急空港線に入ったけど、やはりここもノンストップ運転となっていました。

羽田空港駅に到着。この後、急行品川行きとして折り返されていました。 この時に、登場したばかりの北総鉄道7500形の7503Fによる急行京成高砂行きが発車していました。 北総7503Fは、3月14日に定期運用を終えた7000形7004Fの置き換え用として、日本車輌から導入されていた。

北総鉄道の車両は、千葉ニュータウン鉄道(旧都市基盤整備公団の鉄道部門)保有車を含めて、日本車輌製が主流となっている。 

ベースとなった京成新3000形のほうは、日本車輌によって開発されたブロック車体が採用されているので、東急車輌製よりも日本車輌製のほうが多い状態である。

この後、第一旅客ターミナルの北ウィングにあるJALの団体カウンターに行きました。

このツアーは、阪急阪神東宝グループの大手旅行会社である阪急交通社による、オホーツク流氷船と旭山動物園 阿寒「冬華美」・層雲峡「氷爆まつり」 3日間の旅。

こちらは北海道でツアーバスによる移動だったので、このブログの対象となっている。

本当は、3月10~12日に行くはずだったけど、全員用事があったために、3月17~19日に変更されていた。 これにより、3月10日に最後の特急東海号に乗ることや、樋口君に出会うことが出来たのである。

その代わりに、3月17、18日にハーモニーホール座間で行われたモーニング娘。のコンサート会場に場外参戦することが出来なかった。

このような楽しい旅行とは裏腹に、筆者が座間に来なかったことでモーニング娘。のファンの仲間から寂しがられたという問題が発生してしまったのである。

チェックインをした後、地下1階にあるカフェテリアでコーヒーを飲みました。

筆者とその母親のほうは、仕事や兄の子守の関係で参加出来なくなるとという不安があったけど、それを乗り越えて4人揃うことが出来たのである。

筆者の妹のほうは、先日広島まで出張に行った時には、全日空(ANA)の使っていた。旅行から帰ってきた直後の3月20日から10日間、再び広島への出張に行っていたけど、このときもANAで行っていた。

筆者の両親は、大人の休日倶楽部の会員であるので、夫婦で北海道に行く時に、大人の休日パスで函館まで行っていたことがあった。

羽田空港では、2004(H16)年12月1日に第二ターミナルビルがオープンし、ANAなどが移転していた。

筆者とその父親のほうは、2003(H15)年9月に鹿児島に行った時以来ANAに乗っていない状態が続いている。 なので、第二ターミナルビルから出発したことがない。

羽田空港の北ウィングのほうは、以前ANAが使っていた部分である。

3月18日のダイヤ改正で、東京モノレールのダイヤが改正され、これまでの快速から、浜松町~羽田空港第一ビル間ノンストップの空港快速と、天王洲アイル、大井競馬場前、流通センター駅停車の区間快速に変更されていた。 同時に快速が増発され、昭和島駅での待避も行われるようになった。

昭和島駅の待避線は、外側に設けられ、2面2線から2面4線に変更されている。 通過待ちを伴う列車は1、4番線 通過待ちを伴わない列車は2、3番線から発車となる。






(2へつづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-03-21 12:55 | 鉄道乗車記

相鉄グループカラー

4月22日から、相模鉄道創立90周年記念として、相鉄の7000系、8000系、9000系の塗装が、10000系と同じブルーとオレンジの帯(相鉄グループカラー)に順次変更されるという情報が入ってきました。

最初に登場する編成は、9000系で、4月22日に、いずみ野駅構内で撮影会が行われることになる。あとは、緑園都市駅付近の某所でJRPS(日本鉄道写真作家協会)の会員指導による撮影教室も行われることになる。

現在の相鉄のロゴは、昨年7月1日から採用されている。スローガンは、「ときめきとやさしさをつなぐとなっている。

この塗装変更は、2010(H22)年度末までに行われる予定となっているので、7000系、8000系、9000系の赤色の帯の塗装はやがて見られなくなることになる。

4月4日から5月6日まで、緑園都市駅にある相鉄ギャラリーで、JRPSによる鉄道写真展が行われることになっている。

相鉄いずみ野線は、1976(S51)年4月8日に、二俣川~いずみ野間、1990(H2)年4月4日に、いずみ野~いずみ中央間、1999(H11)年3月10日に、いずみ中央~湘南台間が開業している。

これらの路線が開業した頃は、どちらも子供向けの楽曲がヒットしていた時だった。

1976(S51)年は、およげ!たいやきくん、1990(H2)年は、おどるポンポコリン、1999(H11)年は、だんご三兄弟がヒットしていた。

フジテレビ系の幼児向け番組は、ポンキッキのほか、1966(S41)年から1982(S57)年まで、ママとあそぼう!ピンポンパンという番組もあった。

1966(S41)年から1971(S46)年までは、みんなであそぼう!ピンポンパンと呼ばれていた。
 
こちらは、NHKで放送されている「おかあさんといっしょ」みたいな雰囲気の番組だった。

「ピンポンパン体操」はオリコンの童謡チャートで1位となり、180万枚以上を売り上げる大ヒットを記録していたことがあり、1972(S47)年の日本レコード大賞童謡賞を受賞していた。

相鉄8000系の8707Fは、2004(H16)年に事故に遭い、昨年廃車・解体されていたので、新塗装が採用されなかった8000系となった。

5000系のほうは、10708Fの導入により近いうちに廃車となる予定なので、新塗装化の対象となっていない。

相鉄いずみ野線では、平塚市への延伸免許が取得されているけど、未だに着工の目処が立っていない。

相鉄では、和田町~天王町まで高架化される予定となっており、その中間にある星川駅が高架化されている。

星川駅構内にあった電留線が、西横浜駅構内に移設されていたのはそのためである。

相鉄の駅のうち、JRの車窓から見える駅は、平沼橋駅と西横浜駅となっている。

いずみ野、いずみ中央駅のある横浜市泉区は、元モーニング娘。の矢口真里女史の出身地である。

モーニング娘。では、アジア進出の一環として、3月15日に、中国人留学生2人(ジュンジュンとリンリンが加入したという情報が入ってきたのである。

ジュンジュン
本名:李 純 Li Chun (リー・チュン)

生年月日 :1988年2月11日 19歳
出身地 :中国湖南省
身長 :168cm

得意な楽器および年数:ピアノ 2年
趣味および特技:歌、演技
外国語:英語(初級レベル)
好きなアーティスト:林俊傑、王心凌(シンディ・ワン)

芸歴:2006年"超級女声Super Girl"長沙エリアベスト50入賞

リンリン
本名:銭 琳 Qian Lin (チェン・リン)

生年月日 :1991年3月11日 16歳
出身地 :中国杭州
身長 :153cm

特技:司会、演技、ものまね、歌唱、ダンス、ピアノ、ギター、水泳など

芸歴:小学校2年生の時、テレビ局にスカウトされ、その後テレビドラマ出演やテレビ番組の司会など、中国での芸能活動をスタート。

これらの2人は、5月6日のさいたまスーパーアリーナでの公演でお披露目される予定となっている。

このようなアジア進出により、日本での活動が少なくなってしまうことが懸念される声も高い。

筆者も応援する予定だけど、道重さゆみ・久住小春両女史を推していることには変わりないです。

それよりも、今後どうなるのか気になります。

後者のリンリンのほうは、既にハロー!プロジェクトエッグの中国人留学生として活躍している。

今後は、中国のほか、韓国などのアジア方面から入ってくることが予想されています。

4月25日には、モーニング娘。の新曲である「悲しみトワイライト」が発売される予定だけど、現行の9人メンバーの曲となる。 4月29日には、東京のディファ有明と大阪国際交流センターで抽選制のイベントが行われるけど、メンバーのほうは2組みに分かれて行われることになる。 筆者は当選すれば行く予定。 樋口君のほうは大阪公演を申し込むと思われます。

3月10日に、横浜ランドマークホールで行われるはずだったdreamのコンサートのほうは、以下の理由により中止となり、4月8日に延期されていた。

4月8日は筆者は山梨方面に行く予定なので、横浜には行かないです。やはり樋口君とモーニング娘。のファンを続けることを誓ったので。

本日(3/10)に公演を予定していました「dream live 2007 Spring」ですが、
dreamメンバーの橘佳奈、高本彩が急性胃腸炎を患い、
医師との相談の結果公演を中止にせざるをえなくなりました。
公演を楽しみにして頂いたファンの皆様、並びに関係者の皆様にはご心配と、
大変なご迷惑をお掛けする事となり、深くお詫び致します。
直前まで実施を検討したため、連絡が遅くなりました事を重ねてお詫び申し上げます。
事情をご理解のうえ、ご了承頂けますようお願い致します。
また、本日は御来場頂いたお客様に橘佳奈、高本彩以外のメンバーで
ご挨拶をさせて頂きます。

この公演の振替は、下記の通り実施いたします。

日程:4月8日(日)
会場:横浜ランドマークホール
時間:15:00 開場 15:30 開演
18:30 開場 19:00 開演

3/10の公演のチケットは、振替公演でそのままご使用いただけます。
紛失などないよう、大切に保管して下さい。
※チケットの再発行は出来ません。
今回1公演目をお申し込みの方は、振替公演においても1公演目
同じく2公演目をお申し込みの方は、振替公演においても2公演目となります。

モーニング娘。のイベントが行われるディファ有明は、新交通ゆりかもめの有明テニスの森駅の近くにあり、格闘技の会場となっている。 ここは、NOAHの聖地ともなっている。

ゆりかもめが豊洲まで延長されてから3月27日で1周年を迎えるので早いもんである。

大阪会場である大阪国際センターは、近鉄線の上本町駅付近にある。

樋口君は、4月に1年間の名古屋での一人暮らしを終え、大阪・枚方市の実家に戻ることになっている。

4月30日に名古屋センチュリーホールで行われるモーニング娘。のコンサートに樋口君が行く予定となっているけど、大阪から名古屋への移動を余儀なくされることになる。

あとは、4月7日に広尾で行われる松浦亜弥女史のディナーショーに参戦予定だと言っていた。樋口君は、広尾で行われる保田圭・高橋愛両女史によるディナーショー、大阪で行われる松浦亜弥女史のディナーショーに落選したと言っていた。
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by hy_sengen-sin | 2007-03-16 12:06 | 鉄道車両・路線