交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

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秩父鉄道撮影ツアー2

秩父鉄道の三峰口駅構内でのイベントでは、3000形、6000形2編成のほか、SLパレオエクスプレスおよび12系客車も展示されていた。 あとは秩父鉄道車両公園もイベント会場の一部となっていた。

13時30分の羽生行きに乗車するまでの間は、イベント会場でのフリータイムとなっていた。

ここでは、記念乗車券類、物産品、オリジナルグッズの販売等がありました。 

3000形は、最後の1本である3001Fが使用されていたけど、行き帰り共に臨時列車専用の急行券が売り切れていました。 帰りの急行券も早い段階から売り切れていた。

3000形には、ファイナルランの記念HMが付いており、三峰口寄りの先頭車にはさよならの表示があった。 

秩父鉄道3000形は、1992(H4)年3月31日に登場。それ以前は300形というオリジナル車両が使用されていた。 山澤さんのほうは、14年前のさよなら300形イベントにも行っていた。

300形が廃車となったことにより、秩父鉄道からオリジナル車両が全廃となっていた。同時期江ノ電で、元王子電車(現在の都電荒川線)の301Fが廃車となったことにより、オリジナル車両に統一されたことの逆の現象となっていた。

秩父鉄道へは、以前山澤さんが奥野さんと一緒に行ったことがあるということも語っていた。 1998(H10)年頃から筆者も加わった3人行動がメインで、全盛期を迎えていたことがあったけど、最近になってからは3人行動が減少し、山澤さんと奥野さんによる2人行動中心に戻ったので、原点に帰ったことになる。 3人活動は事実上の休止状態で、復活させることもある。

3人行動が減った理由は、経費やスケジュール等の問題もある。

3000形と並べられていた6000形(元西武101系)は、6001Fで元西武229Fから改造されていた。

6002Fのほうも、別の場所に留置されていた。

秩父鉄道車両公園で保存されている100形107Fのほうは、綺麗な姿となっていました。こちらは1988(S63)年に引退した秩父鉄道で最後の茶色塗装の電車となっており、三峰口寄りに荷物室があった。 

その後に登場した秩父鉄道の塗装は、黄色に茶帯となっていたけど、1000形もこの塗装となっていた。 元小田急1800形の秩父鉄道800形や秩父鉄道500形も末期はこの塗装となっていたし。

ここでは貨物列車で使用されていた機関車や貨車も見ることが出来ました。

SLパレオエクスプレスが入線した後、SLの入れ替え作業および転車台での回転実演も披露されていました。 入れ替え作業の前、撮影しやすい場所で展示されていました。 やはりSLは秩父鉄道のスターだと思います。

この時に6000形とSLとの2ショットを撮影した時に、SLならではの煙も映っていました。

これにより、10月8日にSLばんえつ物語号を見れなかったことの雪辱を晴らすことが出来ました。

この会場は、周辺の秩父の山々とマッチしていたので最高の気分でした。

この日は晴れていてよかったし。やはり休日には青空が似合っています。

このイベントで撮影した後、三峰口駅に戻り、1000形と3000形のツーショット撮影を行いました。 この時にも秩父の山々をバックにして撮影することが出来ました。 あとは、SL転車台での回転実演を見ることが出来たし。

三峰口13時30分発の列車は1000形の1002Fでした。 ここで留置されている西武4019Fも見ることが出来ました。 

寄居駅に到着した後、JR八高線のホームに移動し、ここで、貨物列車や3000形のさよなら列車を撮影しました。 

寄居駅は、東武東上線、JR八高線部分を含めて秩父鉄道によって管理されている駅なので、JR八高線のホームに入場券無しで入ることが出来たのである。

3000形が入線した時、後ろのHMがありがとうの表示となっていました。 筆者は八高線ホーム部分で撮影した後、秩父鉄道のホームに移って撮影していました。

この後は、9人で寄居の華屋与兵衛という和風レストランに行き、遅めの昼食会。

注文した商品は、9人共にカツ煮定食でした。 食べてみたけど美味しかったです。うどんのほうもだしが効いていたし。

カツ煮定食に使用されているカツは、ヒレカツで、カナダ産の豚肉が使用されている。

カナダ産といえば、メープルシロップが有名だけど。

華屋与兵衛は、1986(S61)年に新松戸店から始まった和風ファミリーレストランで、今年で20周年を迎えていた。こちらはライフ・コーポレーションの系列となっている。
すぐ隣りには、ライフというスーパーストアがあるし。

筆者の自宅近くにも華屋与兵衛がある。

この時にSLが到着していたけど、三峰口で見たし、来シーズン以降も見られるのでパスということとなった。

この後、寄居駅の改札で解散し、6人は東武東上線で帰宅、小川町まで81120Fに乗っていた。黒岩さん、山岡さん、筆者の3人は、寄居から6000形による急行秩父路号に乗車。

寄居を出た後、武川、熊谷、行田市、羽生に停車していた。

 黒岩さんと山岡さんのほうは、熊谷で下車し、JR線に乗り換えて帰宅。 筆者はそのまま羽生まで行っていたのである。 熊谷までは立席状態だったけど、熊谷より先は座ることが出来てよかったです。

広瀬川原の車両基地では、SLパレオエクスプレスを見ることが出来たし。 広瀬川原の車両基地は、仮面ライダーシリーズ、スーパー戦隊シリーズ(爆竜戦隊アバレンジャー(2003年)、轟轟戦隊ボウケンジャー(2006年))のロケで使用されている。

急行秩父路号の羽生乗り入れは、2004(H16)年10月のこと。

羽生駅に到着した後、東武伊勢崎線に乗り換えて館林へと向かいました。

羽生駅のほうは、以前東口のみで、秩父鉄道と同じ改札となっていたけど、一昨年10月22日に橋上駅舎化されてからは改札が分離されていた。

羽生駅は、埼玉県羽生市にあるけど、次の駅は群馬県に近い状態となっている。 東武伊勢崎線の場合は、羽生駅を出ると利根川を渡り、群馬県に入ることになる。 次の川俣駅は、群馬県邑楽郡明和町にある。 明和町のほうは、1998(H10)年9月まで、明和村と呼ばれていた。川俣では、1900(M33)年2月13日に、足尾鉱毒事件により、政府に請願するために出かける途中の農民と警官が衝突した事件である川俣事件が起きていた。

羽生から館林までは、10030系の6両編成(11664F)で移動。 東武の本線系統の10030系は、30000系の地上線転用により、一部が東上線に転属している。

久喜~館林間も10両編成が入線可能となっているけど、半蔵門線直通列車が入線していない状態である。 やはり10両編成入線可能なホームが2、5番線と限られていることや、距離が長くなりすぎてしまうということなどの理由でこうなったのである。

茂林寺前付近には、ぶんぶく茶釜で有名な茂林寺があるけど、館林野鳥の森フラワーガーデンの最寄り駅ともなっている。

館林駅に到着。 ここで、佐野線の801F、小泉線の8563Fのほか、役目を終えた5050系や1800系一般改造車の休車体を見ることが出来ました。 

この東口駅舎は洋風建築であり、関東の駅百選に認定されている。

小泉線と佐野線のホームは、ワンマン運転化されてからは、有人の中間改札(案内カウンター)で仕切られるようになった。佐野線は1番線、小泉線は4番線。 4、5番線ホームの先には、もう一つの改札口である西口がある。

休車中の5050系は、5151F、5153F、1800系は1812Fほかを確認することが出来ました。

ここで見たりょうもう号は、205F、208F。 208Fのほうは、1720系の1721Fの足回り品が使用されている。1721Fの一部が保存された時に廃車となった2000系から発生したアルストム台車に戻されていたのはそのためである。 

館林から久喜までは、11659F、久喜から東武動物公園まで、30000系の31615Fの急行長津田行きで移動。こちらは長津田まで行った後、中央林間から来たメトロ車と交換し、折り返しで南栗橋まで戻ることになっている。

31615+31415Fには、東武ワールドスクウェアの広告がありました。この編成は、半蔵門線直通運転開始後の2003(H15)年4月に直通仕様のまま営業運転入りした編成となっており、地上線時代を未だに経験していない編成となっている。 

久喜~東武動物公園間を半蔵門線直通列車で通ったのは今回が初めてとなった。

東武動物公園から浅草までは、特急りょうもう38号で移動。 東武動物公園から北千住、浅草までの特急料金は500円となっているけど、この列車は夜間割引(夜割)対象列車となっていたので、300円で乗れたのである。

本当は先発の36号で館林から乗っていたかったけど、夜割対象列車ではなかったので料金が1000円掛かっていたところだった。夜割の場合は館林から浅草まで乗って800円という状態となっている。

この時に乗った編成は、207Fで、4号車に乗っていました。 こちらは11月19日に南栗橋で行われた東武ファンフェスタで展示されていた編成である。

りょうもう38号は太田始発。 今年3月18日から一部列車のみ久喜にも停車するようになった。

東武動物公園を出た後、北千住、浅草に停車。 りょうもう号の東武動物公園駅停車は、2003(H15)年3月19日から。 

筆者が特急りょうもう号に乗ったのは、今回で3度目となった。 前回は昨年7月18日で209Fに当たっていたので、2回連続後期型の200系に乗ったことになった。

東武動物公園では、半蔵門線直通の東急5000系5157F(南栗橋発急行中央林間行き)が先発。越谷でそれを追い抜いていました。

北千住から浅草までの間を200系りょうもうで通ったのは今回が初めてでした。 浅草駅に到着した後、折り返しは伊勢崎行きのりょうもう41号となっていました。

特急りょうもう号のほうは、浅草~太田、赤城間の運転が基本となっているけど、佐野線の葛生、伊勢崎線の伊勢崎への直通列車が1往復ずつ存在している。葛生への直通列車は、1800系の時代から設定されていた。

この伊勢崎発着のりょうもう号は、浅草~伊勢崎間で唯一の直通列車となっている。 太田より先の停車駅は、木崎、境町、新伊勢崎、伊勢崎

伊勢崎発着の登場当時は、金・土・休日のみの運転で、伊勢崎発は北千住止まりとなっていたけど、現在は毎日運転で下り・上り共に浅草発着となっている。

JR両毛線および東武伊勢崎線の伊勢崎駅は、高架化される予定で、完成後は、JRと東武の改札が分離化されることになる。現在伊勢崎駅の管理はJRに委託されている。

浅草駅を出た後、雷門、浅草寺を通り、浅草ROX前のつくばエクスプレスの浅草駅まで歩いて行きました。

浅草から秋葉原までは、つくばエクスプレスTX-1000系の1102Fによる普通列車で移動。秋葉原から池袋までは山手線で行き、ここから大山まで東武東上線の8000系(8163F+8544F+8547F)の普通列車で移動しました。この日は本線系統と東上線系統をはしごしたことになった。

大山からは徒歩で私鉄部会の会場である大山グリーンホールへ。 私鉄部会が大山で行われるのは、この日までで、次回(12月23日)から大塚の会場に戻ることになる。 

この時に森敏英さんと合流。案内の表示が無くなっていたので、森敏英さんと一緒に会場へ。ここで問い合わせて確認していた。最初は申し込みを忘れられてそうで不安な状態でした。

この私鉄部会には、八王子市在住の多喜千与三さんもスペシャルゲストとして参加していました。 多喜千与三さんは、京王線関連で投稿していた。

多喜千与三さんは、12月3日に行われる予定の中央快速線撮影ツアーに午前中のみ参加することになっている。

この後、ミスタードーナッツで2次会。 終了後は大山から池袋まで東上線で移動したけど、行きと同じ編成でした。 折り返しは準急森林公園行きとなっていたので、この後入庫ということになる。森敏英さんは、反対側の列車で帰宅していた。

森林公園での車両基地では、12月23日にイベントが行われる予定となっている。
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by hy_sengen-sin | 2006-11-29 12:55 | 鉄道撮影ツアー

秩父鉄道撮影ツアー1

11月25日は、秩父鉄道の3000系(急行秩父路号)のさよなら運転に伴う撮影ツアーに行って来ました。

ルート 目白~池袋~大宮~熊谷~武州中川~三峰口~寄居~羽生~館林~久喜~東武動物公園~東武浅草…TX浅草~秋葉原~池袋~大山~池袋

まずは、山手線で池袋へ。池袋から大宮まではE231系による湘南新宿ラインで移動。 大宮のポストの前で森敏英さんと待ち合わせし、スタンプラリーの台紙を受け取りました。 こちらは記念品をもらってきてと言われていたので。

森敏英さんのほうは、青梅線で運転された旧型客車使用の青梅・奥多摩レトロ号(立川~青梅~奥多摩間)に乗っていたので、参加出来なかったのである。

秩父鉄道へは、11月14日の埼玉県民の日に個人で乗り歩きをしていたけど、スタンプラリーも行っていたのである。この時には3000系にも乗ったと言っていた。

この列車は4両の旧型客車+ディーゼル機関車(DD51)によるプッシュプル運転となっていた。

筆者は昨年秩父鉄道の3000系に乗ったので充分な状態である。

大宮から熊谷までは、211系による快速アーバンで移動。 鴻巣で、先行の湘南新宿ラインの籠原行きに接続していたけど、この時に10月8日にムーンライトえちご号が鴻巣で足止めを食らってしまった時を思い出してしまいました。

山岡さんのほうは、大崎から湘南新宿ラインのグリーン車で行っていたけど、鴻巣で快速アーバンに乗り換えて熊谷入りしていた。 

筆者が乗った編成はC8編成(クモハ211-3029F)だった。

熊谷で、山岡さんのほか、萩原さん、黒岩さん、奥野さん、山澤さん、高石さん、林直樹さん、木沢さんと合流。ここで8人揃いました。

山澤さんのほうは、地元の鶴瀬駅を出て、小川町経由で寄居まで行き、ここから羽生→熊谷→羽生→熊谷の順で行っていたのは、スタンプラリーに参戦するためだったのである。

筆者はスタンプラリーの記念品をGETすることが出来なくて残念で仕方ありません。(T_T)

やはり記念品の引き替えはお一人様1回までというのがネックとなっていたけど、全駅記念のみ1名までにすべきだったと思います。本当は3000形の絵はがきが欲しかったです!本当は森敏英さん本人もこのイベントに行っていれば筆者もGET出来ていたところだった。本当に青梅・奥多摩レトロ号とのダブルプレーとなったのが痛いです。
高石さんや山岡さんのほうは、記念品をGETしなくても良いと言っていた。

森敏英さんへの全駅記念品もGET出来ずに惜しいことをしてしまいました。 一足先に現地入りしていた下村さんのほうは、全駅記念品をGETしていた。当時は並んでいた状態だった。

この前には、3000形の羽生への回送列車、SLパレオエクスプレス(C58-363号機)を見ることが出来ました。

その前に6000形の6002F(元西武101系231F)による急行秩父路号が発車。 こちらは満員の状態となっていた。 急行秩父路号は、立席でも急行料金200円取られる状態となっている。

SLパレオエクスプレスのほうは、専用の12系客車4両+熊谷寄りに電気機関車(デキ201号機)1両連結。 指定席は、先頭車両(三峰口行きは1号車、熊谷行きは4号車)となっている。

SLパレオエクスプレスの年内の運転は12月3日まで。停車駅は、熊谷、武川、寄居、長瀞、皆野、秩父、御花畑、三峰口 うち、熊谷、寄居、長瀞、秩父、三峰口駅では、記念撮影が出来ることになっている。

パレオエクスプレスの12系客車のほうは、冷暖房完備で、中間車にはトイレが付いている。

C58-363号機は、1944(S19)年2月に新製。 以来、1972(S47)年の現役引退の時まで、山田線、仙山線、長町機関区入れ替え用、石巻線、陸羽東線、磐越西線、陸羽西線で活躍していたけど、陸羽西線が最後の活躍となっていた。 廃車後は、埼玉県北足立郡吹上町(現鴻巣市)の吹上小学校(高崎線吹上駅付近)で保存されていたけど、1987(S62)年3月6日に車籍復活。 以来高崎運転所(現高崎車両センター高崎支所)に配属。 翌年の1988(S63)年3月25日から秩父鉄道で営業運転開始。

吹上町のほうは、昨年10月1日に鴻巣市に編入されている。

当時は光GENJIというジャニーズ系のグループである「パラダイス銀河」という曲が大ヒットしていたので、汽車が出てきた曲にピッタリの状態となっていた。

路線については、2月末の秩父鉄道6000形のレポートを参照のこと。

購入した乗車券は、土曜・休日に限り秩父鉄道線全線乗り放題の秩父路遊々フリーきっぷ(大人1400円)。

熊谷駅では、撮影ツアー恒例の記念撮影がありました。

熊谷からは10時01分発の三峰口行きで移動。 この時に乗った車両は、元JR101系の1000系(1109F)だった。 山岡さんのほうは、この列車に乗り遅れていたので後続のSLパレオエクスプレスで追っ掛けていた。

秩父鉄道1000形のほうは、1986(S61)年から1991(H3)年に掛けて3両編成12本が譲受されていた車両で、今年秩父鉄道入りから20年を迎えていた。

冷房化は、埼玉県による補助金により、1994(H6)年から1997(H9)年に掛けて先頭車のみ行われていたので、中間車のみ非冷房のまま残されている。そのため中間車の屋根上は、旧国鉄101系時代と同様に丸形のベンチレーターが並んでいる状態である。

広瀬川原の車両基地では、5000形(元都営6000形)や12系客車等を見ることが出来ました。 秩父鉄道の3000形の解体作業はここで行われていた。その周辺にあるひろせ野鳥の森駅は、2003(H15)年3月27日に開業した秩父鉄道で一番新しい駅となっている。

武川駅で、5000形と交換。 寄居駅の手前では、八高線と併走。 こちらは高崎方面へと向かう線路となっている。

明戸~小前田間は、深谷市を走る区間となっているけど、明戸、武川駅が旧川本町部分に、長田、小前田駅が旧花園町部分に位置している。

今年1月1日には、深谷市と大里郡の岡部町・花園町・川本町が合併して新生深谷市となっていた。

因みに高崎線の岡部駅は、その名の通り、旧岡部町部分に位置している。

寄居駅では、西武線の池袋から来た直通列車である西武4000系の4019Fを見ることが出来ました。 西武線からの秩父鉄道直通運転列車は、1日2往復で、平日は飯能発着。土曜・休日は池袋発着となっている。

寄居を出ると、荒川の素晴らしい景色が広がってきました。 

波久礼駅では、5000形の5001Fと交換。

野上駅では、西武4000系の4001Fによる寄居行き(後続)と交換。 1992(H4)年4月1日に寄居まで延長されるまでの間、この駅が西武直通列車の終点だった。 

西武の4001Fのほうは、今から7年半前の1999(H11)年4月25日に、友人と所沢から西武秩父まで4000系+SLで行く貸切ツアーで乗ったことがある。 SLパレオエクスプレスには御花畑から三峰口まで乗車。当時は旧型客車が使用されていたので、旧型客車によるパレオエクスプレスに乗ったのは最初で最後となった。 
当時筆者はSPEEDファンの時代でモーニング娘。のファンを本格的に始める前だった。

筆者がモーニング娘。のファンを本格的に始めたのは、同年9月の「LOVEマシーン」の大ヒットの時だった。SPEEDファン時代にここでは言えないトラブルが多発していたので、「LOVEマシーン」の大ヒットを期にモーニング娘。のファンに乗り換えていたのである。

長瀞は、秩父エリアの観光地で、荒川の眺めが風光明媚である。

黒谷駅と大野原駅の間には、武州原谷という貨物駅がありました。

黒谷駅より先は秩父市へ。影森駅では、西武4015Fと対面。 

武州中川駅で下車した後、踏切を渡り、反対側のスペースで3000形を撮影しました。

昨年4月1日には、秩父郡の旧吉田村、荒川村、大滝村が、秩父市と合併され、埼玉県で最も広い市町村となった。 秩父鉄道の浦山口~三峰口間は、旧荒川村部分に位置しており、武州中川駅もそれに含まれている。

武州中川駅では山岡さんを除いた8人が撮影を楽しんでいたけど、山岡さんのほうは別の場所で撮影していた。

武州中川駅では、1106Fも撮影。 

武州中川から三峰口まで1012Fで移動したけど、その車内で柘植の飛猿さんと出会うことが出来たからよかったです。

三峰口に到着した後、イベント会場へ。ここで山岡さんと再び合流しました。

2へつづく
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by hy_sengen-sin | 2006-11-28 16:14 | 鉄道撮影ツアー

千葉

11月23日は、豊洲、国際展示場、千葉方面に行ってきました。

ルート 目白~高田馬場~飯田橋~豊洲~国際展示場正門…東京ビッグサイト…国際展示場~新木場~新浦安~千葉みなと~千葉~県庁前…千葉県文化会館…千葉~錦糸町~御茶ノ水~新宿~目白

高田馬場から飯田橋まで05系のワイドドア車に乗車。 こちらは1992(H4)年に最後のチョッパ制御車として製造されたグループとなっていた。

11月20日から、東京メトロ東西線および東葉高速鉄道で、平日朝の中野方面行きの列車で、女性専用車が導入されるようになったので、中野寄りの10号車にそのステッカーが貼られていた。

11月20~22、24、27、28日は西船橋→中野間だったけど、11月29日からは、西船橋→大手町間に変更されていた。

あとは、同日から中央・総武緩行線(東西線直通を含む)の平日朝の千葉→御茶ノ水間の先頭車にも女性専用車が導入されていた。 こちらは御茶ノ水で女性専用車の区間が終了することになっている。

飯田橋では、一旦改札を出ての乗り換えとなり、距離が離れているので不便な状態である。

飯田橋から豊洲までは西武6000系の6156Fに乗車。こちらは1998(H10)年3月の池袋線との直通運転開始と共に導入された。

西武6000系および東武9000系では13号線直通改造が開始され、西武6103Fが出場した時はLED表示、白色の前面となっていた。

6103Fは、1998(H10)年から改造される前は、新宿線所属だったけど、改造と同時に池袋線に出戻りしていた。現在は池袋線で試運転中である。 

この影響により、池袋線所属の20000系の一部が新宿線に転属されているけど、20105Fが移っているのを確認している。

今後も西武6000系の改造が順次行われることになる。

東武9000系のほうは、9102Fが入場中だけど、どのような姿で出場してくるのか楽しみにしています。

豊洲からは、10月5日にオープンしたばかりのららぽーとに立ち寄りました。 こちらは、石川島播磨重工業(IHI)の造船ドックに跡地に建設された豊洲の新名所となっている。

この後、ゆりかもめで国際展示場正門まで行き、東京ビッグサイトで行われた東京国際木工機械展、国際家具展を見物しました。

この時に乗った編成は7000系の7111F。 

この後、りんかい線(クハ205-122F)で新木場まで行き、新木場から新浦安まで武蔵野線の205系(武蔵野快速)で移動。こちらは、元山手線のクハ205-49Fとなっていました。武蔵野線は、市川塩浜で分岐するけど、京葉快速は市川塩浜には停車しないので、新浦安での乗り換えなければならない。

新浦安から千葉みなとまでは、クハ205-112Fによる京葉快速で移動。

これらの編成は、1989(H元)年から1990(H2)年に掛けて東京延長開業用として導入された編成で、110Km/h運転および内房線または外房線への直通運転対応となっている。

205系=外房線は蘇我~上総一ノ宮間、内房線は蘇我~君津間となっているけど、1日1本のみ上総湊 7:01発東京行き(平日は通勤快速、土曜・休日は京葉快速)も運転されている。

京葉線の通勤快速は、八丁堀~蘇我間ノンストップとなっていたけど、現在は新木場にも停車するようになっている。

千葉みなとからは千葉都市モノレールで千葉経由、県庁前まで移動。千葉みなとから乗った編成は、1017F(千城台行き)でLOFTの広告がありました。

千葉~千城台間の千葉都市モノレール2号線は、全列車千葉みなとへと直通運転されている。

1号線の千葉~県庁前間は、赤字路線となっており、本数が少ない状態となっている。県庁前駅より先市立青葉病院まで延長される計画があるけど、未だにルート問題等で白紙となっている。

この区間は廃止の噂が出ていたけど、やはり廃止反対の声が大きい状態である。

千葉から県庁前まで乗った編成は1019F。

千葉都市モノレールでは、千葉みなと~千葉~千城台間で平日の朝ラッシュ時に一部列車が2+2の4両編成で運転されるけど、電気連結器完備の1025F以降の編成で限定運用されることになる。

千葉都市モノレールの路線

1号線 千葉みなと~市役所前~千葉~栄町~葭川公園~県庁前 

2号線 (千葉みなとまで直通運転)←千葉~千葉公園~作草部~天台~穴川~スポーツセンター~動物公園~みつわ台~都賀~桜木~小倉台~千城台北~千城台

千葉都市モノレールは、1988(S63)年3月28日に、スポーツセンター~千城台間が開業したことから始まる。

1991(H3)年6月12日に、スポーツセンター~千葉間が開業。 当時は千葉駅が仮駅となっていた。

1995(H7)年8月1日に、1号線千葉~千葉みなと間が開業。千葉駅が本駅に移転

1999(H11)年3月24日に、千葉~県庁前間が開業。

県庁前駅は、関東の駅百選に認定されており、JR内房線・外房線の本千葉駅からも近い。

車両基地は、動物公園駅付近の殿台車両基地で、10月21日にイベントが行われていた。

総営業距離15.2Kmと、懸垂式モノレールとしては世界最長で、ギネスブックにも認定されてる。

県庁前駅に到着した後、千葉県文化会館へ。 この時には雨が本降りになっていました。

この日は千葉県文化会館でモーニング娘。のコンサートが行われていたけど、筆者は残念ながらチケットが取れなかったために参戦出来なかったのである。

その代わりに友人が参戦していた。終演までの間、場外参戦していた名古屋在住の友人と出会いました。その友人とは10月8日の新潟、翌9日の石川(金沢)公演で出会って以来の再会となった。彼は、12月2、3日に名古屋国際会議場(名古屋市熱田区、センチュリーホール)で行われるモーニング娘。のコンサートにも行く予定だと言っていた。

名古屋センチュリーホールのほうは、昨年3月20日に行われたモーニング娘。のコンサートで行ったことがある。そのついでに昨年3月末で廃止された名鉄の600V線区(美濃町線、岐阜市内線、揖斐線、田神線)、中部国際空港への新線、あおなみ線にも乗ったのである。あとは、名古屋市営地下鉄にも一部区間で初めて乗ったし。 中部国際空港からの帰りは、名鉄2000系ミュースカイにも乗ったけど、当時は3両編成となっていた。現在は4両編成。

名古屋センチュリーホールへの最寄り駅は、地下鉄名港線(金山~名古屋港間)の日比野駅または、地下鉄名城線(循環運転)の西高蔵駅の2つとなっている。

この後は、友人と千葉駅まで歩き、ここから総武快速線、緩行線乗り継ぎで新宿へ。新宿から山手線で帰りました。

御茶ノ水から新宿までは、オレンジ色の201系による各駅停車(クハ201-60F)に乗車していた。

オレンジ色の201系は、T6編成(クハ201-26F)に続き、T5編成(クハ201-25F)にも廃車が出ていた。

E233系の新T1編成が落成したことにより、201系のT1編成はT101編成と改番されていた。
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by hy_sengen-sin | 2006-11-26 10:09 | 鉄道乗車記

東武ファンフェスタ2

会場内に入り、一番最初に目に浮かんだのは、50050系の導入に伴い、半蔵門線直通運用から追われた30000系の31402Fの休憩用車両でした。 こちらは、51058Fに乗り入れ機器が供出されることになる。 行き先表示は区間急行太田。

まずは、はたらく自動車コーナーに行き、東武バスを見物しました。

ここに展示されていたバスは、日野のハイブリッドバス(東武バスウエスト、9802、大宮200か12-16号車)、いすゞの新型ガーラ(東武バスセントラル、2718、足立200か14-25号車)、東武・朝日自動車系列の東北急行バスの日野セレガR(833、足立230あ・833)となっていた。

いすゞの新型ガーラのほうは、足立営業事務所所属で、新越谷、草加~羽田空港線、東京駅~いわき駅線で使用されている。こちらは、2+2の座席で後部トイレ付きだけど、補助席も完備されている。

この車両の中に入ったのは今回が初めてでした。 この次は実際に乗ってみたいです。

この新型セレガ&ガーラの冷房装置は、従来主流だったサブエンジン方式ではなく、直結式となっているので、床下の荷物スペースが広く取れるようになったので、リムジンバス向けの状態となっている。

今年7月25日に開設された新越谷駅~郡山駅間の高速バス「あだたら号」でも新型ガーラが使用されているけど、こちらは草加事業事務所の所属(春日部ナンバー)となっている。

こちらの路線は、福島交通との共同運行で1日6往復となっている。経由地は、西郷バスストップ、須賀川営業所前。

昨年は足立200か12-23番のいすゞの先代ガーラが展示されていた。 12-23の番号で、モーニング娘。の亀井絵里女史の誕生日である12月23日を思い出しました。

この次に、東北急行バスのフライングライナーの車内へ。 このバスは、3列シートの夜行仕様スーパーハイデッカーで、中央部の階段下にトイレが付いている。 こちらは、昨年展示されたのと同じタイプだった。

フライングライナーは、東北急行バス東京営業所(江東区東雲(しののめ))を起点に、新木場駅経由で東京駅(八重洲口通り)へと向かい、京都駅八条口(近鉄改札前)、大阪駅前(東梅田駅)、近鉄なんば駅、大阪あべの橋を経由して、近鉄南大阪線の藤井寺駅を結ぶ路線となっており、近鉄バスとの共同運行となっている。

藤井寺のほうは、以前大阪近鉄バファローズ(現オリックスバファローズ)の本拠地だった藤井寺球場があったことで有名である。

この次は、ノンステップバスを見物。

作業車では、東武東上線の森林公園から出向いてきた車両(熊谷ナンバー)もあった。南栗橋ベースの場合は春日部ナンバーとなっている。 南栗橋車両管理区のある北葛飾郡栗橋町も春日部ナンバーの地域となっているし。
あとは、消防車も展示されていました。

その横には、もう1編成の休憩用車両である31602Fが展示されていました。表示は区間準急浅草。 こちらもやはり半蔵門線直通から追われた編成となっており、こちらには、南栗橋車両管理区のヘッドマークが付いていた。ここでは、運転台の見学も可能となっていたので賑わっていた。

このエリアでは、人気の鉄道むすめのパスネットが売られていたけど、長蛇の列が出来ていました。 こちらは、南栗橋をイメージした「栗橋みなみ」または「渡瀬きぬ」がデザインされていた。

鉄道むすめは、TOMIXの鉄道模型でうなじみのトミーテック(タカラトミーの子会社)から発売されている、鉄道現場で働く女性をイメージしたフィギュアとなっている。

11時40分になった後は、車両撮影会場に行きました。

展示されていた編成は、100系スペーシア106F、200系りょうもう207F、1800系1819F(団臨用)、8000系8104F、5050系5160F、そして、スペシャルゲストである東急8500系8614F伊豆のなつ号となっていた。

いずれも東武ファンフェスタのステッカーが付いていた。

この東急8500系8614Fは、定期運転および南栗橋での停泊のスジを利用して展示されていた。

この時に、東武5050系と東急8500系伊豆のなつ号と最初で最後の組み合わせを見ることが出来ました。

8104Fは、大宮⇔春日部、5160Fは、栃木⇔東武宇都宮という東武鉄道で過去帳入りした矢印表示で展示されていました。5160Fは普通の表示入り。

このことで、かつての東武東上線の行き先表示を思い出しました。 特に東武東上線のような幹線には、矢印表示が不向きだった。

このようなイベント列車および撮影会は、東武ファンフェスタにふさわしく、東武ファンの心をくすぐるイベントであった。

東武スぺーシアの106Fは、107、108Fと同様にJR線直通対応車となっている。

これらの編成は、従来の東武線内(浅草発着)の特急にも使用されているけど、やはりJR直通列車優先で使用されている。 座席表示がJRタイプと東武タイプ(番号のみ)の2つあるのはそのためである。共通点は、1991(H3)年導入車であること。通常は3編成のうちの1編成がJR直通列車で使用されている。

こちらは、小田急1000系の千代田線直通対応編成および非対応編成の関係と似ている。千代田線直通の6+4編成は千代田線直通優先で使用されているし。

東武100系のうち、101~105、109Fは東武線内(浅草発着)のスペーシアけごん・きぬで限定運用されている。

東武200系の207Fは、1997(H9)年にりょうもう号の増発用として導入されたけど、側面表示のLED化、シングルアームパンタ化などでマイナーチェンジされていた。 こちらもやはり1720系(DRC)の足回り品が流用されている。

1998(H10)年に残りの1800系3編成の置き換え用として、208、209Fのほか、VVVFインバーター制御による完全新製車である250系(251F)が導入されていた。

昨年は、1800系(団臨仕様車)、300系、350系、1800系(一般改造車)、200系と新旧りょうもう号の並びが披露されていた。

特によかったのは、8104F、5160F、東急8614Fによる3ショットでした。

いずれも、東武ファンフェスタのステッカーが付いていたけど、100系、200系、5050系、東急8500系の場合は、到着後にそのステッカーが貼り付けられていた。

東武1800系と8000系の並びは、以前当たり前のように見られていた組み合わせとなっていた。

8614Fは、急行中央林間。09Kと普段の表示。東急の伊豆のなつ号のほうは、昨年に東横線(8007F)で運転された時とは異なり、ダイヤが固定されておらず、東武線直通であるために、捕まえるのが困難な列車となっていた。 なので、今回の撮影会で8614Fによる3ショットによる伊豆のなつ号を初めて見たという人は少なくはなかったです。

筆者は7月1日に実際に見ている。

撮影会場では、奥野さんと合流しました。

この後、撮影会場を一旦後にして、行世軒の佐野ラーメンを食べました。 この時には行列が出来ていたので、約30分待ちました。 最初は売り切れてしまうことが懸念されていたけど、何とか食べることが出来てよかったです。 食べたところは屋内の管理棟。ここでは、鉄道模型も披露されていました。

佐野ラーメンのほうは、行列が出来ていたことあって美味しかったです。 このラーメンは、醤油味でこだわりの逸品と言われている。ここでは、宇都宮餃子なども売られていた。

天気が良ければ屋外で食べていたところでした。

屋外の物販ブースでは、東武鉄道・東武博物館、上毛電鉄、野岩鉄道、東武商事のほか、西武・東急・関鉄・秩鉄・わ鐵などのブースがあり、パスネットなどが売られていました。あとは、鉄道ジャンク品も売られていたし。

この後、車両撮影会場に戻り、再び撮影をしました。 

13時に撮影会は終了、南栗橋工場見学の午後の部がスタートしたので中に入りました。

南栗橋工場は、2004(H16)年4月1日にこれまでの西新井工場、杉戸工場が統合された最新設備のある工場としてオープン。 こちらでは、東武の本線系統所属の車両全てと、東上線所属の8000系の一部を受け持つ工場となっている。

その他の東上線所属車は、川越工場担当。

まずは、30000系の31614Fのうちの先頭車を含む3両とご対面。 こちらは昨年度中に半蔵門線直通運用から追われた編成で、現在は定期検査のために入場予定となっている。

その先頭車である36614号車の窓には、ようこそ南栗橋工場への表示があった。

この次に、10080号車を撮影。 こちらでは、ドアの開閉操作体験のために展示されていました。 このドア開閉操作体験では行列が出来ていたので断念。 10080系は、1988(S63)年に10030系ベースのVVVFインバータ試作車として導入。 このインバータ装置は、100系スぺーシアで本格的に採用されていた。

4両編成で他の10000系列と共通運用となっているので、捕まえるのが困難な編成である。

昨年後半から、インバータ装置に不具合があり、故障が相次いでいたので、長期入場の最中であり、50000系に準じたインバータ装置に交換されることになっている。

車体の上げ下ろし作業用として、81118Fの先頭車である81118号車が、その横のブロックには、82118号車がそれぞれ展示されていたけど、どちらも白い車体での披露となっていた。

ここでは、マスコン操作、パンタグラフ上げ・下げ、ブレーキ操作の体験も行われていた。

工場の奧には、台車洗浄装置、車輪圧入、CP検査場、台車塗装ロボット、回転機検修ラインがありました。 

これを見た時に、西武の武蔵丘検修場でのイベントの時を思い出しました。 どちらも最新設備を設けた車両工場で、ISO14001に認定された環境に優しい車両工場となっている。

なので、南栗橋工場のあちこちにISO14001認定証があった。

洗剤の袋には、無りんの表示があった。

かつての洗剤には、リン酸塩が含まれており、これを含む排水で富栄養化(藻の大量発生)や水質汚染が発生するという問題があったので、無リン化運動が行われてたのである。 無リン洗剤は、その名の通り、リン酸塩が含まれていない洗剤である。

この後は塗装ブースを見物。 この時に塗装されたばかりの83118号車を見ることが出来ました。 この時には、座席が外されていた状態だった。 外された座席は、ほこりを落とす作業や痛みがないかどうかチェックされて再び取り付けられることになる。
塗装サンプルもここに展示されていました。

出場検査線には、出場待ちの10000系11607Fがありました。

工場見学ルートの出口には、お客様休憩場となっているので、工場見学時間外でも立ち入ることが出来る。 この周辺には台車トラバーサーがありました。

南栗橋工場へと至る線路は、入場線、局修線、塗装線、洗浄線、検査線に分かれている。

これを見た後、30000系の休憩用車両に入ったけど、この後、クレーンによる車体移動実演を見るために南栗橋工場に戻りました。

車体の吊り上げの実演で使用された車両は、81118Fの先頭車である81118号車。 まずは車体が吊り上げられ、その後にクレーンにより東側まで移動。 この時に普段見ることが出来ない床下機器を見ることが出来ました。 この時に、湘南モノレールや千葉都市モノレールなどの懸垂式モノレールを思わせるような状態となっていた。
この横のパネルには、リバイバル塗装の8108Fが吊り上げられていた時の写真があった。

南栗橋工場では、1番線から5番線までの間にどの番号の車両が入場しているのか一目で分かる案内表示もありました。

この時の表示 2006年11月19日日曜日 1番線 81118 2番線 82118

81118号車は、第一車体作業場、82118号車は第二車体作業場のエリアにあった。

81118号車の横には、主電動機などの電車機器が展示されていた。

車体移動の実演。 東側で一旦車体が降ろされ、しばらくした後、再び吊り上げられていました。 この後は逆のルートで移動され、元の位置で車体が降ろされて実演が終了。

これが終わった後、台車塗装ロボットの実演も見物しました。 この作業もやはり普段見ることが出来ないので貴重な光景でした。 普段は扉が閉められた状態で行われているけど、公開用として扉が開けられた状態で実演が行われていた。

今回は見ることが出来なかったけど、車輪の圧入の実演も行われていた。

工場見学を終えた後、車両撮影会場を眺めたけど、100系スペーシアが終了を待たずに撤収。残りの5編成は、ステッカーが外され、普段着の状態となっていた。

この後は、宇都宮餃子を食べました。 宇都宮の餃子も有名となっているので。

こちらの宇都宮餃子は、宇都宮の味噌や餃子を扱っている青源味噌から出されており、味噌だれも付いてきたのである。

青源の餃子はやはり、味噌だれが効いた餃子となっており、宇都宮駅ビルのパセオでも味わうことが出来る。

管理棟では、黒岩さんと合流。 

14時30分には、工場への入場が締め切られていたけど、この時に入場口のシャッターが閉まっていました。

この後、シャトルバスの列に並び、シャトルバスで会場を後にしました。

この南栗橋~会場間の無料シャトルバスは、東武バスセントラルの4台使用され、うち2台は、今年度導入された新車で、直通東武ファンフェスタ会場の表示が披露されていた。 その逆は、直通南栗橋駅東口
 後部は、東武バスの表示。

1、三郷営業所 2726号車(春日部200か・428) 2、三郷営業所 2727号車(春日部200か・429) どちらもいすゞエルガノンステップ 3、八潮営業所 9624号車(春日部200か・・31号車) 日野 ブルーリボンワンステップ 4、吉川営業所 2489号車(春日部200か・124号車) 富士重工8E+いすゞLR 

筆者が今回乗ったのは、2の2727号車である。 3、4は、東武の表示。

会場を出るときは、大回りルートで出場。 この時に31614Fと8537F、伊豆のなつ号を見ることが出来ました。

南栗橋駅に到着した後、返却車両の撮影。 まずは、館林へと帰るりょうもうの207Fが入線。

200系が南栗橋に入るのは、南栗橋工場に出入場する時くらいしか見られないので貴重な光景となっている。

昨年は、事前申し込み制の直通列車が3つのルートで運転されていたけど、浅草からは200系、館林からは1800系1819F、栃木からは350系が使用されていた。

ここで、半蔵門線直通の東京メトロ8000系8105Fが入線。 これに乗って帰ってたら5050系の回送シーンを見れなかったところでした。 この8105Fは、初期型8000系の未更新車となっていた。この編成には、08系もどきの中間車2両が含まれている。 

この後、新栃木へと帰る5050系5160Fが入線。 この時に東急8500系8626Fと並ぶ瞬間を見ることが出来ました。 8626の番号で、ハロプロ(ハロー!プロジェクト)みたいな番号だな!と思いました。

5050系、この間にファンサービスで方向幕が臨時となっていた。この時に会津鬼怒川線対応の表示を見ることが出来たけど、中三依(現、中三依温泉)の表示も残っていたのが驚きでした。こちらは、開業当初中三依折り返しの列車が設定されていた時の名残である。

今年3月18日には、会津鬼怒川線(ほっとスパ・ライン)の3駅で駅名改称が行われており、中三依駅が中三依温泉駅に、上三依塩原駅が上三依塩原温泉口駅に、会津高原駅が会津高原尾瀬口にそれぞれ駅名改称されている。

上三依塩原温泉口駅のほうは、今から20年前の開業当時は、下野上三依駅と呼ばれていたけど、1988(S63)年10月19日に尾頭トンネルの開通によって塩原温泉と結ばれるようになったために、上三依塩原駅に改称。そして、3月18日に上三依塩原温泉口駅となったので駅名が2回変わったことになる。

会津鉄道会津線の芦ノ牧温泉駅は、旧国鉄(末期はJR東日本)会津線時代、おなじ読み方の上三寄駅と呼ばれていた。上三依駅が下野上三依駅となっていたのは、上三寄駅との混乱を避けるためだったのである。
1987(S62)年7月16日に会津鉄道会津線となり、芦ノ牧温泉駅に改称されたことによりこのような問題が解決されていたのである。

5050系は、吊り掛けモーターサウンドをうならせながら栃木方面に向けて走っていました。

この5050系のさよなら運転が行われることを期待しています。

この後、1800系1819Fが入線。この時に団体専用の表示の付いた姿を見ることが出来ました。

ここで、黒岩さんたちと再び合流。これらの連中は、北千住で萩原清さんに会いに行っていたのである。  

ここから北千住までは、6050系の区間快速で移動しました。この時の編成は、6170F+6151F+6168Fの6両編成。 いずれも6000系の足回り品流用車。6151Fは、1985(S60)年11月15日に営業運転開始された時から使用されている編成である。

6050系の最高速度は110Km/hとなっている。この時に複々線区間で105Km/hで快走していました。

6050系といえば、1991(H3)年7月21日の改正までは、座席指定制の快速急行「だいや、おじか、しもつけ号」にも使用されたことがあった。 あとは2001(H13)年まで尾瀬夜行やスキーアクセス夜行のスノーパルにも使用されたこともあったし。

現在は300系、350系で運転されているけど、6050系で座席指定ということで見劣りがしていた。

6050系使用の快速列車は、午前中を除き東武動物公園以北は各駅に停車という区間快速に格下げされ、スピードダウンしてしまったため、日光・鬼怒川まで急ぐなら特急を利用しなければいけないということになってしまったので、ダイヤ改正ならぬ、ダイヤ改悪の状態となってしまったことも否めない。

越谷では、東急8500系の急行中央林間行きを追い抜いて行ったけど、この編成は8616Fで、8500系初のフルカラー式LED表示となっている。 東急田園都市線のフルカラーLEDの編成は5000系の5107F以降、2000系の2103Fでも採用されているけど、8500系でフルカラーLEDということで違和感があります。

北千住では、11605Fによる普通浅草行きに接続。 ここで萩原清さんに電話で連絡したけど、到着が遅れ、品川での美勇伝のコンサートに間に合わないということで合うのを断念したのである。

北千住では、始発の普通浅草行きを見ることが出来たけど、8000系の2+2+2の6両編成
(8556F+8552F+8578F)となっていました。このような浅草~北千住間の区間運転は、今年3月18日の半蔵門線直通運転列車の増発に伴うシフトよる穴埋めとして設定されていた。

北千住から押上までは、東急8500系8616Fで移動。 

曳舟では、11605Fの浅草行きに接続していた。

押上から品川までは、都営浅草線+京急線で移動。 この時に乗った列車は、京成3700形3778Fによるエアポート快特羽田空港行き。 その前には、青砥発三崎口行きの京急1500形1707Fが接続待ちしていました。 

この列車は京成成田から来ていた。 京成線内は快速運転。

エアポート快特なので、途中浅草、東日本橋、日本橋、新橋、大門、三田、泉岳寺に停車。こちらは、他の列車に追い抜かれない通過運転の列車となっている。

1998(H10)年11月18日の登場当時は、エアポート快特のほか、エアポート特急もあった。 当時は大門駅通過となっていたけど、2000(H12)年12月12日に都営大江戸線への乗換駅となったことにより、大門駅にも停車するようになった。

12月10日には、京成、都営、京急、北総、芝山、新京成線でダイヤ改正が行われることになる。

泉岳寺では、京成3400系3408形による西馬込行きに接続。 この3400形は、先代のスカイライナーAE車の足回り品が流用された列車となっており、車体は3700形ベースの普通鋼製となっている。

AE車のほうは、1978(S53)年5月の成田空港(現、東成田)までの開業の時点では6両編成6本36両(AE1F~AE51F)あったけど、同年11月にはAE61Fの1編成が増備されて6両編成7本42両に。

1990(H2)年には8両編成5本40両組み替えられていたけど、捻出された編成はAE21、31F、中間車は、AE1、11、41、51、61Fの中間に組み込まれていた。

捻出された先頭車4両のうち2両は、中間車化および電動化により、AE61Fの中間へ。 (AE64、AE65に改番) 残りの2両の先頭車はそのまま廃車となっていた。

AE車が8両編成だった頃は、編成によってトイレが2ヶ所あることもあったけど、そのうちの1ヶ所が使用停止扱いとなっていた。

旧AE61Fの足回り品が再利用された3448Fのうちの2両は、純平成生まれの足回り品となっている。

宗吾参道の車両基地に保存されているAE車であるAE61号車は、1978(S53)年11月に登場した最終増備車のうちの1両で、最後まで残った編成もこのAE61Fだった。

1992(H4)年の7月から翌年の1993(H5)年6月27日の旧AE車のさよなら運転の時までは、ほとんど使用されていない状態となっていた。

3408Fといえば、2002(H14)年5月末から8月末に掛けて北総開発鉄道(現、北総鉄道)にリースされていたこともあった。

品川では、品川プリンスホテル内にあるステラボールで、元モーニング娘。の石川梨華女史率いるハロプロの3人組である美勇伝のコンサート(美勇伝説Ⅲ)を見ました。 ここには、エプソン品川アクアスタジアムという水族館がある。

この後、山手線で帰りました。
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by hy_sengen-sin | 2006-11-21 16:23 | 鉄道イベント

東武ファンフェスタ1

目白から日暮里までは山手線で移動。 日暮里から北千住まで、常磐線のE531系で移動しました。 この時にE501系の上野行きを見たけど、クハE501-4Fに続き、クハE501-2Fにもトイレが付いていたことを確認しました。

E531系で乗った編成は、K404編成(クハE531-4F)+K459編成(クハE230-2009F)による15両編成で、前5両が勝田行き、後ろ10両が土浦止まりとなっていました。 今年度に導入されたE531系は、グリーン車が組み込まれる関係で、付属の5両編成が主に使用されている。

E531系のグリーン車は、第一陣が11月16日に東急車輌(逗子)から勝田まで甲種輸送されていた。

この後、北千住駅の2番線に行き、1800系の臨時電車を待ちました。 この時には列が出来ていたので、椅子取りゲームの状態でした。

この時に、200系りょうもう、100系スぺーシアも見ることが出来ました。

北千住9:14発、発車2分前には、1800系1819Fが入線していました。 この前に100系スペーシアきぬ105号が特急ホームに入線。その前はりょうもう5号となっていたけど、こちらの特急券は売り切れていた。

東武1800系は、1969(S44)年9月20日にデビュー。 1973(S48)年までに4両編成8編成出揃い、1979(S54)年に6両編成化されていた。 1987(S62)年には、増備用として最終増備車である1819Fが導入されていたけど、ライトが角形になるなど大幅にマイナーチェンジされていた。

こちらは、1998(H10)年3月末まで、急行りょうもう号として使用されていた編成で、りょうもう号から追われた後も、団臨列車として残されていたけど、のちに館林から春日部に転属されていた。

この編成は、今年7月29日に行われた隅田川花火大会の臨時列車として東武動物公園から浅草まで片道で運転されていたことがあったけど、筆者は仕事で行かれなかったので、今回の列車は乗れてよかったです。団臨用で、普段は乗れないので。

東武ファンフェスタ号 北千住 9:14発→南栗橋 10:12着

途中停車駅は、西新井、草加、新越谷、越谷、せんげん台、春日部、東武動物公園、杉戸高野台、幸手となっていた。

これらの各駅に停車することは、急行りょうもう時代には有り得なかったです。 りょうもう号の東武動物公園駅停車は、特急化された後なので。

前面には、東武ファンフェスタのステッカーが付いていました。 普段は、団体専用の表示となっている。

この列車は全車自由席で、全車指定席時代だった急行りょうもう時代とはうって変わって、立ち席も出ていました。 筆者は、北千住発車時点で座れなかったので、貴重な立ち席を体験することが出来ました。

このことで平日の夜間に運転される特急きりふり283号(300系使用)の春日部以北の区間を思い出しました。 この列車は浅草、北千住から春日部までの場合は全席指定席だけど、春日部より先はフリー乗車となる。

北千住駅の日比谷線および日比谷線からの東武線各駅停車のホームが3階部分に移設された(重層化された)ことは、今から10年前の1996(H8)年7月のことだったので、あれからもう10年経ったのである。
この日比谷線ホームは、つくばエクスプレスの北千住駅と同じレベルにあり、つくばエクスプレスのホームから日比谷線のホームを眺めることが出来る。

つくばエクスプレスのほうは、12月8日に開業以来初となるダイヤ改正が行われ、列車が増発されることになる。

北千住駅の2、3番線は、かつて日比谷線および日比谷線からの東武線各駅停車が発着していた。

北千住を出ると、複々線区間が広がったけど、常磐線と交差した時にE231系を見ることが出来ました。 

北千住駅付近の荒川の土手は、TBS系ドラマである「3年B組金八先生」にも出てきている。主人公の金八先生のほうは、武田鉄矢氏によって演ぜられている。1979(S54)年の第一回目の時は、武田鉄矢氏率いる海援隊による「贈る言葉」という曲がテーマ曲として使用されていた。

常磐快速線のE231系のほうは、来年3月以降も残ることになるけど、E531系と同様にスピードアップ化されることが予想されます。この列車はE501系と同様に120Km/h運転対応となっているので。

筆者は、5号車である1829号車に乗車。 車内の座席は、回転式で、リクライニング機構は無いけど、300系、350系と同様の状態となっていました。

1800系の足回り品は、8000系に準じており、最高速度は105Km/hとなっている。

当初は1800系の足回り品流用の250系が製造される予定もあったけど、抵抗制御車であり、105Km/hまでしか出せないということで、30000系と同様のVVVF車の250系として新製されていたのである。

250系が唯一のVVVF車となっているけど、200系と共通(110Km/h運転)で使用されているので、運用上のネックは無い。200系は110Km/h、250系は120Km/h対応。但し、西武10000系のVVVF車である10112Fと同様に、たった1編成しか無いため、捕まえるのが困難な状態である。西武10112FはLED表示だから分かるけど、東武250系のほうは、207、208、209Fと同じ状態となっているので、遠くからだと見分けが付きにくい。

越谷では、6050系による快速列車(東武日光・会津田島行き)の通過待ちがあったけど、6050系が1800系を追い抜くという有り得ない風景を見ることが出来ました。この間はやはり撮影タイムとなっていました。

6050系による快速列車は、3月18日のダイヤ改正で午前中のみとなり、それ以降は、東武動物公園以北各駅停車となる区間快速となってしまったので、スピードダウンしてしまったのである。

やはり混雑する1800系を敬遠し、この列車で春日部または東武動物公園まで先行したというファンも居た。快速なので南栗橋には停車しないけど。 

一ノ割駅では、東急8500系のTOQ-BOX編成8634Fによる準急とすれ違いました。

春日部駅でも急行待避により長時間停車。 この急行は、南栗橋行きで東急8500系(番号未確認)だった。列車番号は715K。715ということで、モーニング娘。の久住小春女史の誕生日である7月15日を思い出しました。 この日は北千住で、415系の715番(モハ415-715号車)を目撃したし。

ここから座っていくことが出来たので立ち席と両方を体験することが出来ました。

北春日部を出た後、車両基地(春日部支所)が見えたけど、ここには日比谷線直通専用車である20000系のラッピング電車などが止まっていました。

東武動物公園からは東武日光線に入り、南栗橋まで各駅に停車。 赤い1800系が日光線に入線したことも、急行りょうもう時代では有り得なかった状態である。

撮影の名所である杉戸高野台駅でも、撮影する人で賑わっていました。 林直樹さんのほうは、混雑する杉戸高野台駅を避けて、幸手駅で撮影していた。

1986(S61)年8月26日に杉戸高野台駅と南栗橋駅が開業するまでの間、東武動物公園~栗橋間では、幸手駅しかなかったのである。

杉戸高野台~幸手間では、ジョイフル本田、マルエツを見ることが出来ました。 

ジョイフル本田は、茨城県土浦市に本社のあるホームセンターで、茨城県(荒川沖、古河、守谷、ひたちなか)、千葉県(千葉ニュータウン、八千代、市原、千葉、君津、富里)、群馬県(新田、太田市(旧新田郡新田町)、埼玉県(幸手)、栃木県(宇都宮)に店舗がある。

南栗橋駅に到着。この時に改札口に人が殺到していたので、反対側のホームに移り、1800系を撮影していました。

シャトルバスのほうは、行列が出来ていました。 そのため会場まで歩いていったのである。 シャトルバスは、昨年は有料だったけど、今年から無料。

途中で東北新幹線と交差。 入場列のところで、林直樹さん、高石さん、三橋さん、木沢さんと出会いました。

これらのグループは、私鉄部会でおなじみの顔ぶれで、いつも行動を共にしている。

イベント会場入り口では、クリアファイルのプレゼントがありました。

この日は、東武野田線の柏駅から南栗橋まで、東武ファンフェスタ号が運転されていたけど、こちらは、野田線の8000系で唯一のオリジナルスタイルの前面となっている8104Fが使用されていた。 

時刻は、柏 8:49発→南栗橋 9:39着で、1800系よりも先に南栗橋入りしていた。

途中停車駅は、豊四季から藤の牛島までの野田線各駅と、東武動物公園、杉戸高野台、幸手。 春日部駅のほうは、乗降扱い無しの運転停車となっていた。

この編成が東武ファンフェスタ号に使用されるだろうと予想していたけど、見事に当たりました。

(イベント本編の2へつづく)
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by hy_sengen-sin | 2006-11-21 14:41 | 鉄道イベント

都営バスの近況

11月19日は、あいにくの雨の中、東武鉄道の南栗橋車両管理区で行われた東武ファンフェスタに行ってきました。

ルート 聖母病院入口~目白~日暮里~北千住~南栗橋…南栗橋イベント会場~南栗橋~北千住~押上~品川~目白

まずは、聖母病院入口バス停から目白駅前まで、都営バス池65系統で行きました。 この時に乗った車両は、昨年度導入された北営業所練馬支所の西日本車体+日産ディーゼル車で、F-N413(練馬200か14ー88、ADG-RA273KAN)となっていた。

こちらは、尿素SCR(選択的触媒還元)システム「FLENDS」が採用された排出ガス新長期規制適合車であり、世界No1クリーンディーゼル車のステッカーが貼られていました。 このタイプの車両は、昨年11月22日に営業運転が開始されたので、あれから1年経つことになる。

今年度導入された都営バスの車両(P番台)は、この車両(PKG-RA274KAN)が指定されており、昔からの日産ディーゼル指定営業所である北、江東営業所にも入っている。

練馬支所では、今年度導入分はわずか1台のみで、P448(練馬200か15-90号車)となっており、Z270号車(練馬22か62-27)の置き換え用として導入されていた。 これにより、都営バス練馬支所から1993(H5)年度導入分のZ番台が全廃となり、全車アイドリングストップ&スタートシステム付きの車両に統一された。

元練馬のZ268号車は、末期は江東営業所所属で、ナンバーは足立200か・507号車となっていた。 507は、元モーニング娘。の紺野あさ美女史の誕生日(5月7日)の番号であったので、紺野あさ美女史の卒業の後に、このバスが除籍されたのである。こちらは、Z267号車と共に、2002(H14)年3月に練馬を追われ、2004(H16)年3月に江東営業所に再転属されていた。

1992(H4)年度に導入されたY番台車は、昨年度中に全廃となったけど、1993(H5)年度に導入されたZ番台車も廃車が進められているので、全廃になるのも時間の問題である。あとは、1994(H6)年度に導入されたA番台車にも廃車が出ているし。

現在まで導入されたP番台(2006(H18)年度導入分)の車両は、路線用が、練馬1台、大塚5台、南千住4台、江東9台、北3台、江戸川5台、青梅4台、港南2台となっており、日産ディーゼル指定営業所以外の大塚、南千住、江戸川、青梅、港南営業所にも入っていた。

特に早稲田営業所青梅支所のほうは、杉並営業所(現杉並支所)の支所となっていた関係で、日野車オンリーの状態となっていたけど、今回日産ディーゼル(UD)車も加わったことになった。

杉並営業所が早稲田営業所杉並支所に格下げされた関係で、青梅支所も早稲田営業所の支所となったのである。

大塚営業所に導入された5台(G-P450~454号車)は、AED(自動体外式除細動器)が取り付けられており、9月11日から都02系統(大塚駅~錦糸町駅間、グリーンライナー)で使用されている。

その他、都営観光(貸切)用として、いすゞの新型ガーラ(通称セレガーラ)が、渋谷営業所に3台(P001~003)、南千住営業所に2台(P005、006)導入されている。デザインは、渋谷所属の3台が緑色のラインと銀杏、南千住所属の2台が青色のラインと桜となっている。これに伴って、旧型の日野セレガ(Z008から012号車)が除籍されていた。
これらの5台のうち、Z008、009、012号車が渋谷 Z010、011号車が南千住営業所所属だった。 2002(H14)年3月までは、Z008号車=大塚、Z009号車=品川、Z011号車=江東、Z012号車=新宿の所属だったけど、2002(H14)年4月には、渋谷と南千住の2ヶ所にまとめられている。Z010号車は、南千住営業所所属の生え抜き車だったし。

1991(H3)年度に導入された貸切車6台(X001~003、005~007号車、いすゞスーパークルーザー)は、当初001=渋谷、002=新宿、003=小滝橋、005=練馬、006=千住、007=臨海(現在は江戸川営業所の支所)に分散配置されていた。 X005号車のほうは、1996(H8)年に臨海に転属。 2000(H12)年4月からは、目黒営業所(現在は廃止)に転属され、東京駅からお台場への快速バスに使用されていた。それが廃止された2003(H15)年3月末には全車廃車となった。このバスは、都営観光の車両に乗れるという乗り得のバスとなっていた。

練馬営業所所属のZ番台車は、Z260~Z270号車の11台あったけど、Z260、261号車は小滝橋、Z264、265、266、269号車は新宿、Z267、268号車は臨海(のちに江東)で末期を迎えていたのである。 Z262、263、270号車は練馬所属のまま廃車。

練馬営業所の路線では、10月23日に、白61系統(新宿駅西口~目白駅~練馬車庫間)で、榎町特別出張所前停留所(牛込保健センター~都立新宿山吹高間)、池65系統(練馬車庫、江古田二丁目~目白駅~池袋駅東口間)で、南長崎三丁目停留所(落合南長崎駅~南長崎二丁目間、池袋方向のみ)がそれぞれ新設されていた。

白61系統では、江古田二又~南長崎二丁目間でルートが異なり、新宿方向の場合は、江古田二又から千川通りを直進、南長崎六丁目から一方通行のルートを辿ることになる。

練馬支所には、主流の日産ディーゼル車のほか、渋谷営業所新宿支所(現新宿分駐所)から
転属されたいすゞ車4台もあり、M129、130、N309、310番となっている。これまでUD車一筋だった営業所にいすゞ車が入ったということで驚きの出来事だった。

江東営業所にも、1台のみいすゞ車(L-A402、足立200か14-09号車、元新宿支所所属)があるけど、UD車に混じって異彩を放っている。その他には、2003(H15)年4月1日に、都07系統(錦糸町駅~門前仲町間)の葛西営業所(現、江戸川営業所(2代目))から江東営業所に一部が移管された際に葛西から継承された日野車も6台(X605~X610号車)あったけど、半年後の2003(H15)年度9月までに廃車となっていたので、江東営業所に於ける貴重な日野車となっていた。
都07系統のほうは、2004(H16)年3月29日から、江東営業所単独運用となった。

都営バスの三菱ふそう車の導入は、リコール隠し問題により、2003(H15)年をもって中止となっている。そのため、三菱ふそうの指定営業所だった渋谷、早稲田、千住、南千住営業所および青戸支所では、三菱ふそう以外のメーカーの車両が導入されている。

うち、早稲田営業所と渋谷営業所では、呉羽車体工業(1985(S60)年から1993(H5)年までは新呉羽車体工業)製の車体が使用された三菱車が導入されていた。 新呉羽車体工業のほうは、三菱自動車バス製造(現三菱ふそうバス製造)に変更されており、三菱ふそうのバス車体のほとんどがここで製造されている、

現在は新呉羽車体工業時代の面影の残る車両は都バスに存在していない。

日産ディーゼル(UD)では、三菱ふそうとの提携が行われるようになり、前述のFLENDSシステムが、三菱ふそうのトラックやバスにも供給されることになる。このような尿素SCRシステムは、三菱ふそうでも開発が進められていたけど、リコール隠し問題により中止され、日産ディーゼルからの供給に変更されていた。

今年7月13日に発表された三菱ふそうとの提携により、大型ノンステップバスおよび中型バスは日産ディーゼル製、大型観光バスおよび大型ワンステップバスは三菱ふそう製となる。

その前には、日野自動車といすゞ自動車で、バス部門の提携が行われており、昨年8月22日に登場した新型日野セレガおよびいすゞガーラのほうは、日野・いすゞの提携によって生まれた観光バスタイプの車両となっている。

路線バスでも、日野製がいすゞに、いすゞ製が日野に供給されるようになっている。

2002(H14)年10月1日には、ジェイ・バス(J・BUS)という合弁会社が設立され、日野車体工業といすゞバス製造がその傘下に入っていたけど、その2年後には、ジェイ・バスに吸収合併されていた。

工場(事業所)は、日野ブランド車体(旧日野車体工業)が石川県の小松市、いすゞブランド車体(旧いすゞバス製造)が栃木県の宇都宮市にある。 新型のいすゞガーラの車体も、小松事業所で製造されている。
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by hy_sengen-sin | 2006-11-20 12:12 | バス車両・路線

さよなら神岡鉄道

旧国鉄神岡線から継承された神岡鉄道線(猪谷~奥飛騨温泉口間)は、11月30日をもって廃止されることになり、旧国鉄神岡線時代から数えて40年の歴史に幕を閉じることになります。

なので週末に出かける予定のある人のためにこの文章を書きます。

最終日である11月30日は平日(木曜日)なので、最後の日曜日である11月26日に大賑わいとなる。この時には奥飛騨温泉口駅でラストサンデーイベントが行われるし。

神岡鉄道の路線 猪谷~飛騨中山~茂住~漆山~神岡鉱山前~飛騨神岡~神岡大橋~奥飛騨温泉口

この路線は、神岡鉱山から産出される亜鉛鉱石の輸送のために新設された路線だけど、昨年貨物輸送が廃止され、現在は最後の旅客輸送となっている。
路線の約6割がトンネル区間。

神岡鉱山は、三井金属鉱業の子会社である神岡鉱業によって経営されている。神岡鉄道の㈱の半数は、三井金属鉱業が保有している。

やはり、利用客が減少し、現在は鉄道マニアしか乗っていない状態がほとんどである。

旧国鉄神岡線が開業したのは、1966(S41)年10月6日のこと。 1984(S59)年10月1日には、第三セクターである神岡鉄道に引き継がれていた。

猪谷駅では、JR高山本線に接続しているけど、一昨年の台風による被害により、角川~猪谷間が不通となっているので、富山側からのアクセスのみとなっている。

高山側からは、角川から猪谷までの代行バス利用。 来年に予定されている高山本線の全線復旧を待たずに神岡鉄道が廃止されることはとても残念で仕方ありません。路線自体の廃止も残念だし。

神岡鉄道の駅のうち、猪谷駅は富山県、その他の駅は岐阜県にある。

神岡鉄道の運賃 初乗り 200円 全線 580円

神岡鉄道の時刻 下り(猪谷発)奥飛騨温泉口行き 7:10、8:53、11:26、14:55、17:20、19:30

神岡鉱山前始発、奥飛騨温泉口行き 10:30、13:50、16:33

上り(奥飛騨温泉口発)猪谷行き 6:24、8:10、10:45、14:18、16:46、18:25
神岡鉱山前行き 9:30、12:07、15:32

猪谷~奥飛騨温泉口間 6往復 神岡鉱山前~奥飛騨温泉口間 3往復

車両基地、本社は、奥飛騨温泉口にある。 

神岡鉄道の車両は、KM-100形(101号車、おくひだ1号)とKM-150形(151号車、おくひだ2号)となっており、足回り品は旧国鉄キハ20形DCから流用されている。

どちらも囲炉裏コーナーが付いているけど、KM-150形151号車のほうは、高山本線への乗り入れを考慮してトイレも付いている。 高山本線への乗り入れは、実現せずに終わっているけど。

奥飛騨温泉口駅から奥飛騨温泉郷までかなり遠く、バスを乗り継ぐ必要がある。

奥飛騨温泉口駅は、2002(H14)年に改築された駅で、構内に喫茶店(あすなろ)がある。待合室にも囲炉裏があることも特徴となっているし。

駅前ロータリーでは、貨物輸送に使用されていたDE10形ディーゼル機関車が静態保存されている。

11月26日には、ありがとうアストル号(12月末をもって引退するゴールデンエクスプレスアストル号使用)が、金沢~富山経由~猪谷間で運転されるけど、猪谷で神岡鉄道の列車に接続することになっている。
 こちらは、11月5、12日にも運転されていた。

運転時刻 金沢 8:37発→高岡 9:20発→富山 9:37着、9:44発→猪谷 10:56着

猪谷 15:20発→富山 16:14着、16:23発→高岡 16:41発→金沢 17:17着

こちらは3両編成で全車指定席となっている。途中停車駅は、津幡、石動、高岡、小杉、西富山、富山、速星、千里、越中八尾、笹津

アストル号のほうは、先に廃車となったゆぅトピア号と同様に、大阪~金沢間、485系雷鳥号との併結により、和倉温泉までゆぅトピア和倉号として運転されていたことがあった。1991(H3)年9月1日の電化後は、485系に代わり、そのまま直通運転が可能となった。 現在は、681系または683系が和倉温泉に乗り入れている。
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by hy_sengen-sin | 2006-11-17 14:21 | 鉄道車両・路線
11月12日は、新越谷(南越谷)駅付近にあるサンシティ越谷市民ホールで行われたごっちんこと後藤真希女史のコンサートに行くために、新越谷まで行きました。

ルート 池袋~日暮里~北千住~新越谷~北千住~日暮里~田端~池袋

池袋では、東武東上線の8000系の初期型車である8108Fによる準急川越市行きを見ることが出来ました。 こちらは6+4の10両で、併結相手の4両は未確認である。

8108Fのほうは、2004(H16)年10月30日から翌年の2005(H17)年6月26日まで、登場当時の旧塗装に再現されたことで話題となった編成となっている。 

こちらは、昨年3月17日の改正で廃止された池袋~寄居間の直通特急(全区間6両編成)にも使用されたこともあった。

この直通列車は土曜・休日のみ1往復で運転され、1992(H4)年3月末で廃止された秩父鉄道直通列車の流れを組んでいた列車だった。

8108Fは、昨年6月28日に、秩父鉄道経由で南栗橋まで回送されていたけど、羽生→南栗橋間では、最初で最後の東武本線での披露となっていた。

これらの初期型8000系のほうは、5050系の淘汰が完了した後に置き換えられることが予想されている。

8000系のほうは、1988(S63)年の6050系が増投入されるまでの間、野岩鉄道会津鬼怒川線の会津高原(現会津高原尾瀬口)への臨時列車にも使用されていたことがあった。こちらは、4ドアロングシート車で、トイレが付いていなかったので評判が悪かった。

池袋から日暮里までは山手線のE231系の504編成(クハE531-504F)に乗ったけど、これにはDr.スランプアラレちゃんのDVDBOXの広告が付いていました。これには、アラレちゃんやガッちゃんなどのキャラクターが描かれていました。

日暮里から北千住までは、松戸車両センターのE231系(マト121編成、クハE231-44F)に乗車。 こちらは、2001(H13)年11月に落成した編成で、当初は青緑色のみの帯となっていたけど、営業開始前に黄緑色の帯が追加されていた。

松戸車両センターのE231系は、導入本数の見直しにより、2004(H16)年3月に導入されたクハE231-78、79Fをもってストップしていた。この結果、103系が今年3月17日まで運転期間が延長されていたのである。さよなら運転は同年の4月8日。

E231系の通勤バージョンは、昨年4月の山手線用の500番台の導入完了をもって一旦打ち切られていたけど、京浜東北線の209系900番台の置き換えにより、中央・総武緩行線にE231系が3編成導入されることによりE231系の通勤バージョンの導入が再開されていたのである。 80、81Fのほうは、常磐緩行線に導入予定で幻の番号となっていたけど、これが中央・総武緩行線用として導入されていた。

中央・総武緩行線に新規導入されたE231系は、仕様変更されている。

北千住から新越谷までは、東武50050系による急行久喜行きで移動。 この時に乗った編成は、今年度導入第一号である51057Fで、11月12日、営業運転初日の状態だった。

これに先立ち、31608+31608Fが、10月に地下鉄直通運用から離脱され、捻出された乗り入れ装置が51057Fに流用されていた。

今後は50050系があと7編成導入される予定となっているけど、これに伴い30000系が2本のみ地下鉄乗り入れ仕様車として残ることになる。

東武ならびに首都圏の大手私鉄で最後の吊り掛けモーター車5050系のほうは、4両編成2本(5160、5162F)が残っているけど、50050系の増投入により、廃車となる予定となっている。 これらの編成は、南栗橋検修区新栃木出張所所属で、東武日光線(南栗橋~東武日光間)、東武宇都宮線(新栃木~東武宇都宮間)で最後の活躍をしている。

11月19日の南栗橋でのイベントの時に5050系も展示予定となっている。

新越谷駅付近には、駅ビルVARIEやダイエー、サンシティ越谷がある。

新越谷駅は、1974(S49)年7月23日開業と、武蔵野線よりも1年3ヶ月遅れで開業していた。高架化前は2面2線の地上駅となっていたけど、高架複々線化された暁には、武蔵野線の高架よりも上の3階部分に移設されていた。

サンシティ越谷では、筆者は入らなかったけど、3月4日・5日にモーニング娘。のコンサートが行われていたことがあった。 

1999(H11)年9月23日にも、モーニング娘。のコンサートが行われていたけど、後藤真希女史の誕生日公演となっていた。 後藤真希女史は、あの時以来、サンシティ越谷のステージに立っていたのである。

その1週間後の11月19日に、韓国・ソウルでごっちんのコンサートが行われることになる。 

コンサートの後は、新越谷から北千住まで、東急8500系の8628Fに乗車。 東武線に乗り入れ可能の東急の車両は、8500系の一部(8613~8637F)、5000系に限定されているけど、やはり8500系が主力となっている。

9月に田園都市線・半蔵門線直通運用に復帰した8590系のうちの2編成(8694、8695F)は、東武線乗り入れ非対応のマルKマークの編成となっている。

北千住から日暮里までは、E531系の15両編成に乗車。 乗った編成はK456F側となっていた。

日暮里駅では、京成のほか、JR側でも改良工事が行われている。 来年度中には、日暮里・舎人線も開業する予定となっている。

日暮里から田端まで、京浜東北線の209系のウラ11編成に乗車。田端では、改札から出なかったけど、仮駅舎を見物することが出来ました。 これにより、北口への階段がずれている状態となっている。

田端から池袋までは山手線に乗車しました。

田端駅南口には、鉄道グッズを扱う店(エクスプレスショップはやて)があることで有名である。

萩原清さんは良く田端に行くので分かっている状態となっている。

11月8日にモーニング娘。の新曲である「歩いてる」は、「AS FOR ONE DAY」以来3年半ぶりにオリコン1位に輝いていました。

11月13日には、来年度開業予定の日暮里・舎人線の路線名および駅名が決定したという情報が入ってきました。愛称名は、日暮里・舎人ライナー

路線 日暮里~西日暮里~赤土小学校前~熊野前~足立小台~扇大橋~高野~江北~西新井大師西~谷在家~舎人公園~舎人(とねり)~見沼代親水公園(みぬまだいしんすいこうえん)

日暮里で、JR山手線・京浜東北線・常磐線、京成本線に 西日暮里で、JR山手線・京浜東北線、東京メトロ千代田線に 熊野前で都電荒川線にそれぞれ接続する予定。

車両は、ゆりかもめ(新橋~有明~豊洲間)と同じような雰囲気の新交通システムで2ドアとなる。 5両編成で、開業時までに12編成60両導入される予定となっている。

見沼代親水公園駅は、足立区北西部にあり、埼玉県(草加市)に近い状態である

車両基地は、舎人公園内に設置される。ここは、足立流通センターへの最寄り駅となるし。

仮称の時点では、赤土小学校前駅が赤土小学校駅、扇大橋駅が扇大橋北駅、西新井大師西駅が上沼田東公園駅となっていた。

足立小台駅は、隅田川と荒川に挟まれた地域である足立区小台に設けられることになる。隅田川側には尾久橋、荒川側には扇大橋が掛かっている。

現在は、都営バスの里48系統(日暮里駅~西日暮里駅~足立流通センター・舎人二ツ橋間)が走っているけど、日暮里・舎人線の開業と同時に廃止されることが予想されます。

この路線は、巣鴨営業所の路線で、 尾久橋通りを走ることになる。 今年3月31日までは、千住営業所担当便もあったけど、4月1日から巣鴨営業所単独運用となっている。

巣鴨駅前の巣鴨営業所からは、里48出入系統で、西日暮里へと向かうことになっている。こちらは、草63系統(池袋駅~巣鴨駅、西日暮里駅経由~浅草雷門間)と同じルートを辿ることになっているし。

都営バスの巣鴨営業所は、1968(S43)年2月25日に大塚営業所の巣鴨支所として開設されていたけど、1971(S46)年3月17日に巣鴨営業所に格上げされていた。

草64系統(池袋駅~西巣鴨、王子駅、尾久駅、荒川区役所経由~浅草雷門間)では、今年4月1日から従来の巣鴨営業所担当便に加え、南千住営業所担当便も加わったことにより、足立ナンバーの都営バスが池袋にも進出したということになった。
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by hy_sengen-sin | 2006-11-14 11:27 | 鉄道乗車記

大宮(11・11)

あの後は、田端から大宮へと向かったけど、京浜東北線での人身事故により、直接行かれずに、上野での乗り継ぎということとなった。

田端駅のほうは、11月12日に仮駅舎化され、コンコースにもトイレが新設されていたけど、1、2番線の端にあるトイレのほうは、閉鎖されずに残されていた。 これだと入りづらいという状態となっている。

東京メトロ銀座線の銀座駅の京橋寄りのホーム先端に、男女共用の狭いトイレがあるけど、従業員用トイレみたいなイメージで使いづらい状態となっている。

田端から上野までは、209系のウラ21編成(クハ209-22F)に乗車。 こちらもやがてE233系に置き換えられて廃車となる運命の編成となっている。

上野から大宮までは、高崎線の211系(C13編成)に乗車。こちらはA8編成+A14編成を基本に、2階建てグリーン車2両を組み込んだ編成となっている。 A8編成は3両編成に短縮、A14編成はそのまま使用されていた。

211系の5両編成のうち、房総地区に行かなかった編成(セミクロスシートのB編成中心)は、15両運転の時の増結用または、両毛線等で使用されている。

尾久では、グリーン車連結待ちのE531系の2編成(クハE531-16F、19F)を見ることが出来ました。

E531系のグリーン車は、春のダイヤ改正の時まで普通車扱いで乗れるので、筆者は体験乗車をする予定である。

さいたま新都心駅では、EF210-104号機牽引のタンク車を見ることが出来ました。

こちらは大宮駅16:10頃に通過。 

編成 EF210-104+タキ44207、1000-109・253・562・753・223・685・420・680・424・573

この後16:25頃にもタンク車牽引列車が来てました。こちらはEF65-1044号機による牽引。

編成 EF65-1044+タキ38004、43032、44021、1000-383、43638、38074、43198、43159、43033、44016、1000-399・403、43192、43012、44018、1000-387・384・646、44009、38124

発車は16:25分頃、大宮では停車していた。

この時にE331系、入場中の185系(サロ185-204号車ほか)を見ることが出来ました。あとは255系も入場中だった。

この後は、友人と共にC14編成(A60+61編成)で桶川まで移動。 桶川で友人と別れた後、湘南新宿ラインのE231系(K16+S-09編成)で大宮へと移動。 ここで115系ホリデー快速むさしの号、485系の定期の日光号、東武100系スペーシアきぬがわ号を見ました。 この日のJR直通スペーシアは、108Fが使用されていた。

東武100系によるスペーシアきぬがわ7号は、大宮を出た後、すぐに485系日光8号とすれ違うことになっているけど、後者がスペーシアで代行運転される時には、東武100系スペーシア同士のすれ違いとなる。

115系のホリデー快速むさしの号のHMは、オレンジ色のホリデー快速のHMとなっていた。

この後、湘南新宿ラインの逗子行きで池袋まで移動。この時の編成は、U507+U57編成となっていた。 

池袋では、日光82号を見ることが出来ました。 

ここで、東西線の情報。 有楽町線から転用され、7月28日に回送された07系(07-103F)は、11月8日に、07系のまま営業運転入りしていた。 東葉高速鉄道への乗り入れは、11月10日から開始。 07-104Fのほうは、現在入場中。

残りの5000系のうち、3本のステンレス車は、東葉高速の1000系を含めてインドネシアまで輸出される予定となっている。

1本のアルミ試作車のほうは、インドネシアに輸出されずに廃車・解体されることが予想されている。

11月11日は、モーニング娘。の田中れいな女史の17回目の誕生日であり、大阪国際会議場(グランキューブ大阪)でモーニング娘。のコンサートが行われていたのである。こちらは翌12日にも行われていたけど、11日の田中れいな女史のバースデー企画も行われていた。

大阪国際会議場は、大阪市北区中之島にあり、JR大阪環状線、阪神本線の福島駅、JR東西線の新福島駅、大阪市営地下鉄中央線・千日前線の阿波座駅が最寄り駅となっているけど、大阪駅、淀屋橋駅からリーガロイヤルホテルの送迎バスで行くことも可能となっている。

この周辺には、京阪中之島線(天満橋駅から分岐)の終点である中之島駅が出来る予定となっている。 こちらは2008年度末の開業予定となっているけど、京阪の天満橋~淀屋橋間は中之島線開業後も残ることになっている。

中之島線の路線 中之島~渡辺橋~大江橋~なにわ橋~天満橋
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by hy_sengen-sin | 2006-11-14 10:42 | 鉄道乗車記

尾久車両センター

11月11日は、雨の中、尾久車両センターで行われたイベント(第6回ふれあい鉄道フェスティバル)に行ってきました。昨年までは12月に行われていたけど、今年は11月の開催という珍しい現象となっている。

ルート 目白~新宿~赤羽~尾久…(尾久車両センター)…田端~上野~大宮~桶川~大宮~池袋

まずは山手線で新宿まで行き、3番線で、189系彩野編成による臨時特急日光81号を撮影しました。

この日光81、82号は、10月21日~11月19日の土曜・休日に運転されているけど、10月21、22、28、29、11月3、4、5日は東武の100系スペーシアで運転されていたので、こちらも普段見ることの出来ないスペーシア日光の表示を見ることが出来たのである。

うち189系彩野編成で運転される日は、11月11、12、18、19日の4日間で、11月11日はその初日だった。

日光81号の時刻 新宿 9:50発→池袋 9:56発→大宮 10:18発→栃木 11:02発→新鹿沼 1118発→下今市 11:34着→東武日光 11:42着

日光82号の時刻 東武日光 17:04発→下今市 17:11発→新鹿沼 17:28発→栃木 17:44発→大宮 18:29着→池袋 18:52着→新宿 18:58着

この編成は、9:40発の大宮発成田空港行きの成田エクスプレス(NE’X)15号が出た後、渋谷方から入線。この日光81号は満席状態だったので、行楽客のほか、乗車を楽しむ鉄道マニアも含まれていたと思われます。

入線の時は回送、到着後に、日光 NIKKOの表示となりました。 このような表示で、絵入りになる前の国鉄特急の表示(日本語+ローマ字)を思い出しました。

この時に一瞬だけきぬがわ KINUGAWAの表示を見ることが出来たし。

この撮影の時に萩原清さんと出会いました。もちろんきぬがわの表示も撮影したと言っていた。

萩原清さんは、その翌日の12日に栗橋で日光81号を撮影していた。

この189系彩野の編成は、6月3日に小山から平塚まで乗ったことがあります。

この撮影を終えた後は、埼京線の205系で赤羽まで移動。 今回乗った編成は元山手線のクハ205-17F(ハエ31編成)で、元山手線の車両で唯一6ドア車が連結されている。 今回乗った車両は、6ドア車のサハ204-23号車である。

萩原清さんは、某病院に立ち寄るために板橋駅で下車し、一旦別れました。

赤羽駅からは、宇都宮線に乗り換えて尾久へ。この時に乗った編成は小山車両センターのU58編成(クハE231-6021F)。

尾久に到着した後、地下道を通り、イベント会場に行きました。

今回展示されていた車両は、EF64-1001号機(茶ガマ)、DD51-842号機、EF55-1号機(ムーミン)、EF58-61号機(イベント用の茶ガマ)、EF65-1118号機(レインボー塗装)、EF81-95号機(レインボー塗装)、休憩用の旧型客車4両、きらきらみちのく、お座敷電車華、夢空間となっていた。

昨年は、115系のスカ色(豊田車)、湘南色(小山車)、ニューなのはなが展示されていていた。

EF64-1001号機は、イベント用の茶ガマで、DD51-842号機、EF55-1号機(ムーミン)と同様に高崎車両センター高崎支所の所属となっている。 

その送り込み回送は、前日の11月10日、EF64-1001号機を先頭に、EF55-1号機+DD51-842号機+旧型客車4両の組み合わせで行われていた。この時は、DD51-842号機だけが朱色で、他は全て茶色という組み合わせとなっていたし。

DD51-842号機は、お召し指定機となっており、ステンレス製の煙突が採用されている。

EF55-1号機は、ムーミンの愛称で親しまれている流線型の機関車で、前回に続いて展示されていた。

旧型客車4両は、EF81-95号機でEF65-1118号機の間に挟まれる形で展示され、休憩用客車として開放されていた。この旧型客車の休憩室としての開放は、尾久のイベント恒例となっている。こちらのトイレは使用出来なかったので、一旦外に出なければならない状態となっていた。あとはきらきらみちのくのトイレも使用出来なかったし。

組み合わせは、EF81-95号機+スハフ42-2173+オハ47-2261+オハ47-2246+スハフ32-2357+EF65-1118号機となっている。

これらのレインボー塗装の機関車は、EF58-61号機と同様に、隣接する田端運転所の所属となっている。

ヘッドマークのほうは、EF64-1001号機=北斗星、北陸 DD51-842号機=はくつる、出雲 EF81-95号機=ゆうづる EF65-1118号機=銀河となっていた。

EF64-1001号機と北斗星のHMの組み合わせは、普段見られない組み合わせとなっているけど、これを見た時は違和感がありました。普段はEF81号機による牽引。

DD51-842号機とはくつる。 はくつる号のほうは、2002(H14)年11月30日まで上野~青森間を東北本線経由で結んでいた寝台特急だった。 こちらは583系元祖寝台電車(月光形車両)で運転されていたこともあったけど、晩年は客車で運転されていた。

出雲号のほうは、今年3月17日まで、東京~出雲市間を山陰本線経由で走っていた寝台特急で、京都~出雲市間で、DD51号機による牽引が行われていた。 こちらのほうも、非電化区間の出雲号が再現されたような雰囲気となっていた。

ゆうづる号は、1993(H5)年12月改正まで、上野~青森間を常磐線経由で結んでいた寝台特急で、はくつるとの姉妹列車となっていた。 こちらははくつる号とは異なり、583系元祖寝台電車で終焉を迎えた列車となっていた。1988(S63)年3月の改正までは、客車で運転される列車もあったけど、3月13日の改正で全て583系電車に置き換えられていた。

ゆうづる号の客車時代 上野~水戸間がEF81、水戸~青森間がED75号機による牽引となっていた。

583系のはくつる号としての運転は、1994(H6)年12月改正を持って終了。

2002(H14)年10月4、6日には、583系によるリバイバルゆうづる号が運転されていた。

常磐線経由で上野~青森間を結んでいた列車といえば、かつて運転されていたはつかり号、みちのく号を思い出します。

2002(H14)年11月2日には、583系による思い出のはつかり号、翌11月3日には、常磐線経由の思い出のみちのく号がそれぞれ運転されていた。

まずは、きらきらみちのく号の車内を見物。 きらきらみちのくの車内も休憩用として開放され、車内での飲食も可能となっていた。

きらきらみちのく号は、2002(H14)年7月5日に登場。こちらは、キハ48形DCから改造された3両編成の車両で、八戸を拠点に、津軽半島、下北半島を結ぶ列車で使用されている。

この車両は、やはり前日の11月10日にEF81-137号機による牽引で送り込まれていた。

きらきらみちのく号は、2002(H14)年6月15日の品川でのデビュー記念の展示会以来の上京となっていた。 品川での展示会に行ったことがあるので、今回は初めてではありませんでした。

きらきらみちのく号の座席は、先頭車が2+1配置、1人掛けの座席は、151系旧こだま号のパーラーカーを思わせるような回転式となっている。

中間車は、ボックスシートとなっている。

入り口付近では、マジックボーイなどの作業用車が展示されていた。

この後、田端運転所120周年記念コーナーから出てきた山澤さんと出会いました。 

山澤さんのほうは、山さんと呼ばれているけど、山岡さんや山野さんと区別するために、山澤さんと表示しているのである。

もちろん筆者もこのコーナーを見ました。 ここには、EF58などの全盛期の姿や山手線の103系の現役当時のパネル等が展示されていました。

お座敷電車華のほうは、展示のみで車内に入ることが出来なかったです。

あとは、「はやて」や「こまち」などの新幹線キャラクターの「トレインジャー」の着ぐるみショーも行われていました。

EF58-61号機は、日本の国旗付きのお召し列車仕様の姿で披露され、ターンテーブルの上で展示されていた。この時はすっきりとした姿で撮影することが出来てよかったです。 

ターンテーブルの回転実演は、5回行われ、この時に反対側の銀河のHMを見ることが出来ました。 

検修庫の中では、客車のジャッキアップも行われていました。 ここでは、オロネ25-7号車(元祖シングルDX)、オシ24-701号車も置かれていました。 後者のほうは、出雲号でフリースペースとして使用されていた。

前者のほうは、出雲、出雲市の表示となっていた。

オロネ25は、今から30年前の1976(S51)年に登場したA個室寝台車で、14室ある。 
A寝台車のトイレは、このオロネ25を含め、当初から和式トイレのほか、洋式トイレも備えられている。

あとは、お子様向けのレールスター(足こぎ式、エンジン式)の体験乗車も行われていたけど、雨のために運転が中断されていました。

EF65、EF81では、運転台見学も行われており、長蛇の列が出来ていました。

あとは、ヘッドマークの展示、HOゲージの運転実演も行われていた。

夢空間では、3両が展示されていたけど、食堂車のほうは事前予約制で、フランス料理のコース、カレーを味わうことが出来ていた。

旧型客車、末端のスハフ32-2357号車のみ、昔ながらの木の内装となっていた。

この後、旧型客車に移動し、オハ47-2261号車で、山澤さん、萩原清さんと再び合流したけど、この時に、高石さん、林直樹さんも加わっていました。 この後、三橋さん、奥野さんも加わって7人となっていました。

この日は、事前公募制の豊田電車区でのイベント、本川越~国分寺間の111周年記念号の運転と重なっていた。 柘植の飛猿さんのほうは、朝一で尾久のイベントに行った後、西武の111周年記念号を見に行っていたのである。この時に使用された編成は、旧2000系の6両編成だった。

豊田電車区のイベントは、山澤さんなどが申し込んでいたけど、残念ながら落選してしまったのである。 高校時代の有人は、専用列車で行くツアーで豊田に行っていた。

この旧型客車の車内では、アイスクリーム(小岩井まきばシリーズ)、牛肉弁当が車内販売で売られていました。

この車内では、東京駅で売られているNRAのチキン弁当を食べました。 チキン弁当は、チキンライス、玉子そぼろ、鶏の唐揚げが入った弁当となっている。 鶏肉の唐揚げのほうは、普通に唐揚げと呼ばれることが多い状態である。このことは、我々が何気なく食べている鶏の卵が普通に卵と呼ばれることが多いのと同様である。

チキン弁当は、東海道新幹線が開業した1964(S39)年に、前身の日本食堂によって発売されたのが始まりで、当時は200円だったのである。現在は800円。こちらは品川、上野、大宮駅でも売られている。

あとは、チキン弁当以外にも、各地の駅弁が売っていた。 もちろん峠の釜飯も売っていたけど。

山澤さんのほうは、奥野さんと出会った後、一人で帰って行った。 

弁当を買いに行くついでに、車両のジャッキアップ作業を見物しました。

しばらくした後、撮影を再開。 

この日黒ちゃんこと黒岩さんのほうは、九州方面へ会社の慰安旅行のために行っていたので、不参加の状態だった。この2日目の長崎でのフリータイムの時に、長崎の路面電車を撮影していた。

なので、黒岩さんに携帯で撮影した画像を提供したのである。

萩原清さんが行かないイベントでも同様に、萩原清さんに画像を提供しているし。

EF58の回転実演。 萩原清さんは作業を見ることや、銀河のHMを撮影することが出来ず、悔しい思いをしていたけど、反対側から銀河のHMを何とか撮影することが出来てよかったという状態となっていた。

15時になり、イベント終了 終了直前では、EF65、EF81を人が映っていないきれいな姿で撮影することが出来ました。

この後、萩原清さんと一緒に田端駅まで歩いていきました。 この時に、尾久車両センターで休み489系ボンネット車の急行能登号、田端運転所の機関車を見ることが出来ました。

尾久車両センターへは、尾久駅や田端駅のほか、京浜東北線の上中里駅からも歩いて行ける状態である。 萩原清さんは、上中里駅から歩いて会場入りしていた。

尾久駅からさらに歩けば、都電の荒川車庫前電停まで行ける状態である。 その周辺には、NRE大増(日本レストランエンタプライズ、旧日本食堂の調理センター)がある。

田端駅北口では改築工事が行われているけど、11月12日から仮駅舎に切り替えられるので、これまでの旧北口駅舎の最終日であった。

この時、京浜東北線、新橋駅で人身事故があった関係でダイヤが乱れていたけど、日暮里方面へと帰る萩原清さんにとっては影響は無かった。

あの後、有人に会いに大宮へと向かったけど、今回は上野乗り継ぎで行ったのである。

11月25日の秩父鉄道撮影ツアーには、山澤さんも行く予定となっている。 この後大山での私鉄部会に参加するメンバーの為に、寄居駅で解散、東武東上線で帰ることになっている。 こちらは、山澤さんの帰り道となっている。

この日は、青梅線で旧型客車が運転される予定となっているけど、こちらのほうは森敏英さんにお任せということになる。
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by hy_sengen-sin | 2006-11-13 11:07 | 鉄道イベント