交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

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伊豆のなつ号再び

昨年7月に東急東横線で、伊豆のPRトレインである急行伊豆のなつ号(8000系、8007F使用)が運転されたけど、今年は田園都市線で運転されることになります。

今年の伊豆のなつ号は、東急田園都市線所属の8500系の8614Fが使用されることになる。 8614Fは、東武線乗り入れ対応であるため、半蔵門線のほか、東武線(押上~久喜、南栗橋間)でも伊豆のなつ号が走ることもあるので注目となっています。

7月1日からキャンペーンスタート、その前から営業運転開始されていたのである。 7月1日のキャンペーン初日は、二子玉川、青葉台駅で伊豆のPRイベントが行われることになる。

7月1日、二子玉川 11:10発→中央林間 11:34着 中央林間 11:39発→二子玉川 12:03着の急行伊豆のなつ号の車内で、伊豆のパンフレット、うちわの配布が行われる。

昨年の伊豆のなつ号は、日吉 11:02発→元町・中華街 11:22着、11:24発→渋谷 12:17着、12:37発→元町・中華街 13:22着、13:24発→渋谷 14:17着、14:37発→日吉 14:59着というルートで運転されていた。

この8007Fは、7月24日の運転終了後、伊豆急カラーのままインドネシアに輸出されていた。
 まさに伊豆のなつ号改めジャワの夏号と言った感じである。

ジャワといえば、ジャワカレーやジャワティ、ジャワコーヒーを連想します。

ジャワカレーのほうは、ハウス食品から発売されているその名の通りのジャワ風仕立てのインスタントカレールーとなっている。やはり本場はジャワのカレーである。

ジャワティは大塚ベバレジ(大塚製薬系)で売られているおなじみの商品で、ジャワ産の茶葉が使用されている。

伊豆のなつ号のキャンペーン期間は、7月31日までとなっており、それ以降も当面現行塗装のまま運転されることになっている。

運転時刻は通常ダイヤとなっているけど、使用列車は毎日変わることになる。

8000系では実績があるけど、8500系では初めてだと思います。

この列車も是非追っ掛けに行きたいと思っています。

7月18日から、東横線、みなとみらい線、特急・急行・通勤特急の女性専用車の扱いが変わることになり、平日の終日から平日の朝夕、夜間のみに変更されることになる。

現行 平日の終日(上り、下り共に実施)

変更後 平日の朝間 始発~10時(下り、上り共に実施)

平日の夕方・夜間 渋谷発17時~終電(下りのみ実施)

同時に、8号車(元町・中華街寄りの先頭車)から5号車に変更される。

このように、女性専用車の位置が変更されるのは初である。 

女性専用車が中間車に設けられるのは、関東では横浜市営地下鉄ブルーライン(あざみ野~湘南台間)、相鉄線に続き3番目となっている。

その他の関東の女性専用車はすべて先頭車に設けられているので。

これは、8号車だと菊名駅利用客にとって不便な状態であること、平日の日中や夕方・夜間の上りに女性専用車の利用が少ないということを受けて、今回の変更に踏み切った状態である。

特に、菊名駅は、横浜寄りに改札口、JR横浜線への連絡口があるため、横浜線からの乗り換え客の男性から苦情が出ていたこともあった。

これまで、平日の日中に男性客が急行、特急列車でかぶり付きが出来ないという問題があったけど、これからは解決されることになる。

6月25日、田園都市線の高津~溝の口間の下り線が切り替えられていたけど、複々線工事が進められているんだなということを実感しました。

溝の口駅では、ペデストリアンデッキの設置も行われているので、同じ南武線への乗り換え駅である登戸駅(小田急線)と同様に進化することになる。

JR登戸駅は、6月17日に橋上の新駅舎に移設されていたのである。小田急のほうも、2008年度中の完成を目指して改良工事が行われている。

7月28日から29日に掛けて、長野電鉄線に譲渡される元東急8500系の甲種輸送が、長津田から八王子、上越線、日本海経由で屋代まで行われることになる。 こちらは8503+8504Fの3+3の6両編成となる。
東急時代は8603、8605Fとなっていた。

7月18日から20日には、東急東横線の5162Fの甲種輸送も予定されている。

この長野への8500系の輸送は、昨年7月21日以来のことで、当時は8501+8502F+部品取り用の中間車2両の輸送となっていた。

これに伴い、2000系特急車のほうも風前の灯火の状態である。 あとは元日比谷線の3000系から改造された3500系も危ない状態だし。

元小田急HiSE10000系から改造された1000系特急のほうは、今年12月に営業運転入りする予定となっている。

小田急を追われた車両の地方私鉄への譲渡は、富士急に譲渡された2200、2220、2300、2320系から改造された5700系以来となった。 富士急の5700系のほうは、今から10年前の1996(H8)年をもって全廃となったけど、そのうちの3両が山梨県内に保存されている。

これらのうち、かつて2ドアクロスシート、トイレ付きの準特急車として活躍していた車両も含まれていた。一般車への格下げと共にトイレが撤去され、3ドアロングシートに改造されていたのである。

5707、5708号車は笛吹市 5716号車は甲斐市の某所で静態保存

特急車の譲渡としては、1983(S58)年に大井川鐵道に譲渡された旧3000系SSE車(3001F)以来。

大井川鐵道に譲渡された3001Fは、5両編成のままおおいがわ、あゆの里号という急行電車で運転され、販売カウンターでは、本場の緑茶の販売が行われていた。

5両編成ということで輸送力過剰であることなどで、すぐに休車となり、1993(H5)年に解体されてしまったのである。 筆者が1991(H3)年8月に行った時は、かなり色褪せていた状態であった。やはり千頭駅構内で野ざらしとなっていたのでこうなったのである。

大井川鐵道では、SLの運転が行われているけど、今年でSL復活30周年を迎えたのである。

こちらはSL急行として運転され、座席は予約指定制となっている。
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by hy_sengen-sin | 2006-06-29 11:39 | 鉄道車両・路線

つくばエクスプレス散策

この交通(鉄道)活動日記は、6月27日をもって開設1周年を迎えました。 昨年の6月25日に行った三鷹電車区でのイベントレポートから始まり、いろいろな鉄道などに関するレポート、乗車記などを書いてきました。

6月25日は、久しぶりにつくばエクスプレスに乗り、散策しました。

ルート 目白~秋葉原~六町~南流山~流山おおたかの森~柏たなか~守谷~つくば~研究学園~柏の葉キャンパス~南流山~新御徒町~春日(後楽園)~四ッ谷~新宿御苑前~新宿(西武新宿)~下落合

つくばエクスプレスのほうは、昨年8月24日に開業。今月で10ヶ月経ったけど、あと2ヶ月で開業1周年を迎えるので、早いもんである。 この時に行われる開業1周年イベントに期待しています。 開業1周年記念HMも付くことが予想されるし。

TXの略称は、Tsukuba Expressから成っているけど、テレビ東京(テレ東)系のTXと被っている状態である。
ちなみに、テレビ東京のTXのほうは、テレビ東京のコールサインJOTX-TVから来ている。

つくばエクスプレスの正式社名は、首都圏新都市鉄道株式会社(MIR、Metropolitan Intercity Railway Company)となっており、その本社は、新御徒町駅前にある。

以前上野と筑波山麓(つくば)を結ぶ筑波高速度電気鉄道の計画があったけど、現在は、その一部が京成の路線となっている。(京成上野~日暮里間の地下線は、筑波高速度電気鉄道の路線になるはずだった。)  1933(S8)年12月10日に上野公園(現、京成上野)~日暮里間が京成上野線として開業している。

このように、都心とつくばを結ぶ路線が、ルート変更の上、常磐新線(のちのつくばエクスプレス)に受け継がれ、実現したのである。

筑波高速度電気鉄道は、上野から、日暮里、三河島、西新井、流山、初石、守谷を経由して、筑波(筑波山麓)まで至る計画となっていた。

守谷駅経由のほうは、つくばエクスプレスで実現。

つくばエクスプレスの秋葉原駅の1番出入口上空には、阪急東宝グループ(阪急電鉄系)のホテル・商業施設が、2008年4月に出来る予定となっている。その工事は、6月2日に着工されたのである。

まずは秋葉原から六町まで、TX-1106Fで行きました。 つくばエクスプレスのトンネル内は、携帯の電波が通じていた。

新御徒町駅は、4層構造になっており、地下1階がコンコース、地下2階が都営大江戸線のホーム、地下3階が、つくばエクスプレスと都営大江戸線との連絡改札口、地下4階がつくばエクスプレスのプラットホームとなっている。

ここから上野御徒町まで都営大江戸線で一駅、徒歩でも行ける状態である。ここに上野松坂屋の広告があったのはそのためである。

秋葉原~北千住間の地下トンネルは、台東トンネル、寿トンネル、三ノ輪トンネル、南千住トンネルから構成されている。

北千住駅を出ると、荒川を渡り、地下トンネルに入りました。 ここで、東武伊勢崎線、JR常磐線、東京メトロ千代田線の線路とアンダークロス。 この一部の建設工事では、JRに受託されていた。

北千住~八潮間の地下トンネル=西綾瀬トンネル、加平トンネル、綾瀬川トンネル 綾瀬川トンネルは、東京都と埼玉県の境目となっている。

南流山駅は、南流山トンネル つくば駅は、つくばトンネルにある。

六町駅は、地下3階にプラットホームがあり、綾瀬、竹ノ塚、梅島駅と、バスで結ばれている状態である。

快速、区間快速が高速で通過するため、強風が吹くという状態となっている。

つくばエクスプレスは、現在130Km/h運転が行なわれているけど、将来の160Km/h運転にも対応している状態である。

六町から南流山まで、TX-1109Fで移動。

東京都と埼玉県の県境部分(綾瀬川)は地下で横断していた。

八潮駅には、高架下の店舗であるTXアベニュー八潮があり、駅前にはフレスポ八潮というショッピングセンターがある。

三郷中央駅前には、マルエツがある。

三郷中央駅を出ると江戸川を渡って千葉県へ。この江戸川橋梁は、埼玉県三郷市と千葉県流山市にまたがっているけど、第三セクターということで松戸市との干渉を防ぐために、S字状の橋梁となっている。

南流山で、TX-2158Fの快速に乗り換えて流山おおたかの森へ。

南流山駅から、総武流山電鉄の鰭ヶ崎駅まで、徒歩10分程度で行けることになる。

南流山駅は、南流山トンネルの中にある地下駅で、地下1階部分がコンコース、地下2階部分がプラットホームとなっているので、武蔵野線への乗り換え時間があまり掛からない状態となっている。 こちらは、南千住駅と同様に比較的浅い地下駅となっているので。

秋葉原、新御徒町、浅草、青井、六町駅は深い位置にあるけど。

総武流山電鉄(馬橋~流山間)は、すべて元西武の車両となっている。今年5月17日より、日中の列車がワンマン運転化されたので、2両編成の青空号(2001F、元西武801系)、なの花号(2005F、元西武701系)がワンマン改造され、行き先表示がLED化されている。

こちらは、流山市役所に行くときに便利な路線となっているけど、JR常磐線、関東鉄道常総線と同様に、つくばエクスプレスの開業により利用客が減少していた。

総武流山電鉄の電車の一部ワンマン化は、そのためである。

鰭ヶ崎~平和台間は、つくばエクスプレス線と地下で交差(アンダークロス)している。

総武流山電鉄の幸谷駅は、JR常磐緩行線、武蔵野線の新松戸駅前にあるので、武蔵野線への乗り換えに便利な状態となっている。

流山セントラルパーク駅は、流山市の総合運動公園の前にある駅であり、仮称時点では、「流山運動公園駅」となっていた。駅舎のデザインはスポーツをイメージしたものとなっている。流山市総合運動公園には、SL、D51-14号機が静態保存されている。

こちらは、総武流山電鉄の流山駅からバスで行くことが出来る。

流山おおたかの森駅は、快速と普通列車の乗り継ぎ駅であるほか、東武野田線への乗換駅となっている。 東武の駅自体は、昨年9月18日に初めて降り立ったのである。

流山おおたかの森は、その名の通り、オオタカが生息する場所となっている。

来年はこの駅周辺に高島屋が出来る予定となっている。

流山おおたかの森から柏たなかまでは、TX-1109Fで移動。

柏の葉キャンパス駅の周辺には、柏の葉公園、東京大学(東大)柏キャンパス、国立がんセンター柏キャンパス、千葉大学環境健康フィールド科学センター、東葛テクノプラザ、警察庁科学警察研究所、財務省税関中央分析所・税関研修所などの施設がある。

柏の葉公園には、柏レイソルの準本拠地である柏の葉公園総合競技場がある。つくばエクスプレスの開業までは、バスに頼っていた状態だったけど、つくばエクスプレスが出来てからは、鉄道でも行けるようになったのでさらに便利になっていた。

現在は2166FにレイソルのHMが取り付けられている状態となっているけど、残念ながら見ることが出来なかったのである。それは、7月8日まで運転されている。

今年2月28日をもって廃止された東京~江戸川台間の高速バスは、途中柏の葉公園を経由していた。 やはりつくばエクスプレスの開業により廃止された路線だったけど、2002(H14)年5月25日に乗ったのは最初で最後となった。当時は東武鉄道バス(現、東武バスイースト)のバスに当たっていた。 あとは、JRバス関東との共同運行便となっていたし。

今年11月には、柏の葉キャンパス駅前にららぽーと柏の葉が出来る予定となっており、その建設工事が行われていた。

この駅は、三井不動産保有の「柏ゴルフ倶楽部」というゴルフ場があった場所であった。 柏ゴルフ倶楽部は、1961(S36)年開設。つくばエクスプレス開業による区画整理事業のために、2001(H13)年に閉鎖されていた。

ららぽーとのほうは、三井不動産の系列のショッピングセンターであり、南船橋(TOKYOーBAYららぽーと)が第一号となっている。

1955(S30)年2月から1977(S52)年5月まで、船橋ヘルスセンターという温泉施設があった。 

その跡地に、1981(S56)年4月にオープンしたのが、TOKYO-BAYららぽーとである。

ららぽーとは、滋賀県(守山)、兵庫県(甲子園)にもあるけど、今後、柏の葉のほか、豊洲(今年10月予定)、横浜(鴨居駅周辺、来年予定)にも拡大されることになる。

あとは、東武東上線の志木駅北口にもららぽーとがあったけど、昨年3月31日をもって閉鎖され、その建物が取り壊されたのである。跡地は、大型マンションが建つことになる。

柏たなか駅に到着。 ここで途中下車したけど、周辺は何も無かったです。 

ここは、旧田中村(柏市北部)にあったということで、柏たなかと名付けられていた。 

柏たなか(田中)ということで、モーニング娘。の田中れいな(本名田中麗奈)ちゃんを思い出しました。 余談となるけど、モーニング娘。の新曲である「Ambitious!野性的でいいじゃん」という曲は、田中れいなちゃんがセンターとなっているということで話題となっている。

あとは、つくばエクスプレスのTX-1000系に、TX-1111番の編成があるので、田中れいなちゃんの誕生日である11月11日を思い出したし。

このTX-1111Fは、昨年11月5日のつくばエクスプレスのイベントで展示されていた編成である。

柏たなか駅は周辺の利根川の流れや魚がイメージされた駅舎となっている。 このような水や川の流れがイメージされた駅は、南千住、青井、八潮、三郷中央駅となっている。 三郷中央駅は、江戸川と中川に挟まれているので。

この駅を出た後、利根川を渡り、茨城県へ。 ここで、常磐道を見ることが出来ました。 常磐道の守谷サービスエリアは、つくばエクスプレスを見ることの出来るSAとなっており、ここからドライブがてらに試運転電車を狙うことが可能となっていた。 

柏たなかから守谷まで乗った編成は、昨年1月に落成した最終増備車であるTX-1114Fだった。 筆者は昨年1月23日、横浜羽沢貨物駅で、TX-1113Fと共に輸送されたところを見たことがある。

守谷駅に到着。 ここで、TX-2160Fによる快速列車に乗り換えました。 TX-2160Fは、昨年11月5日の守谷の車両基地で行われたつくばエクスプレスのイベントで、休憩用車両として使われていた編成となっていた。

TX-2160Fといえば、開業時から、列車内無線LAN接続の実験が行われていることで有名である。開業当時は秋葉原~北千住間のみだったけど、今年3月14日からは、秋葉原~南流山間にも拡大されている。 あとは、4月13日から、TX-2159Fにも拡大されているけど、今後も増えてくることになる。

TX-2000型のボックスシートは、2151~2159Fが収納式テーブル無し、2160F以降が収納式テーブル付きとなっていたけど、現在は、2151~2159Fも収納式テーブル付きに改良されている。

TXアベニューは、守谷駅にもある。

守谷とみらい平の間に交直切り替えのデッドセクションがあり、小貝川を渡ったすぐ後に切り替わることになる。 この時にクーラーが停止する状態となる。

守谷駅より先が交流電化区間となっているのは、筑波山麓に気象庁所管の柿岡地磁気測定所があり、その地磁気観測の影響を受けないためである。

JR常磐線でも、取手~藤代間で、直流から交流に切り替わるのはそのためである。ここを走る415系や651系スーパーひたち号では、ここを通る時に室内の照明が消える状態となっているけど。E501系、E531系、E653系フレッシュひたちでは、室内の照明が消えない状態となっている。その代わり空調がストップするけど。つくばエクスプレスのTX-2000系電車でも同様、室内灯が消えないのである。

みらい平駅は、ユニークなデザインの半地下駅。 みらい平駅のあるつくばみらい市は、今年3月27日に、伊奈町と谷和原村が合併して誕生した市となっている。

みらい平とみどり野駅の間には、常磐道トンネルがあり、その名の通り、常磐道とアンダークロスしている。

みどりの駅は、旧谷田部町市街への最寄り駅。ここに保守車両の横取基地がある。 保守車両の基地は、みどりの駅のほか、八潮駅構内にもある。 

万博記念公園駅は、その名の通り、1985(S60)年3月17日から9月16日に掛けて行われた国際科学技術博覧会(科学万博つくば85)の跡地である科学万博記念公園の最寄り駅となっているけど、駅から約20分ほど歩いて行くことになる。

その公園入口には、科学の門がある。

研究学園駅は、財団法人日本自動車研究所(JARI)の旧テストコースの内側に位置していおり、このテストコースを含めた周辺地区は、大規模な再開発が行われている。

この周辺には、つくば市役所の移転が決定している。

つくばエクスプレスの快速は、守谷駅を出た後、地下駅のつくば駅までノンストップ。 このことで、東急田園都市線の平日の急行が長津田を出た後、地下駅の中央林間駅までノンストップという状態に似ていました。現在田園都市線の土・休日の急行は、南町田駅に終日停車となっている。

つくば駅に到着後、コンコースでパンが売られていたのでそれを買いました。つくば市は、パンの消費が多い状態でパンの待と呼ばれている。こちらでもパンの製造が行われているし

つくば駅前にあるつくばクレオスクエアは、クレオ、西武デパート、ジャスコ、キュート(Q’t)、MOGから成るショッピングモールとなっており、つくば駅と直結しているため、雨の日の買い物も便利となっている。

つくば駅は、茨城県初の本格的な地下駅となっており、地下鉄の駅みたいな雰囲気がある。

筆者がつくば駅まで行ったのは、昨年8月24日の開業の時以来だった。

つくばエクスプレスの開業により、周辺住民の足が確保されたので、住みやすくなったと思います。 これまでは、土浦、荒川沖、ひたち野うしく駅までバスで行き、ここから常磐線に乗って行った状態だったけど、1本で行けるようになったのである。

東京~つくばセンター間のつくば号のほうは減便の上で残されているけど、東京駅から乗り換え無しで行けるというメリットがある。 こちらは5月31日まで、最大級の2階建てバスであるメガライナーが使用されていた。 

あとは、筑波大学や研究都市へのアクセスも向上されていた。 やはりバスだと渋滞が懸念されるという状態となっていた。

学会開催時や筑波大学の入試の時は、東京駅で高速バス待ちの行列が出来ていたことがあったけど、つくばエクスプレスの開業により解消されている。

つくば駅前からは、筑波山麓へのシャトルバスも出ており、つくばエクスプレスで筑波山に行くことも可能となっている。

筑波山きっぷは、2日間で、バス、ロープウェイ、ケーブルカー乗り放題のきっぷで、秋葉原から4300円、北千住から4040円となっている。 これには日帰り入浴施設等も割引特典もある。

つくばエリアでは、コミュニティバスである「つくバス」も走っている。こちらは、これまでの福祉循環バス「のりのりバス」や、「つくつくバス」に変わる路線として、今年4月1日に開設された路線となっている。
こちらは、地域循環、センター循環、北部シャトルとなっている。

地域循環は、これまでののりのりバスを基本とした路線で、13コースある。 

北部シャトルは、つくば駅と筑波庁舎、旧筑波駅(筑波山口)を結ぶシャトルバス

センター循環は、つくばセンター地区を循環するバスで、オーストリアのクセニッツ製の小型ノンステップバスが使用されている。エンジンはフォルクスワーゲン社から供給されている。

この後、つくば駅から区間快速で隣の駅である研究学園までTX-2162Fで移動。 

つくばエクスプレスのTX-1000、TX-2000系のうち、ヘッドマークステーのある編成は、TX-1111F、TX-2160、2162、2166Fの4編成となっており、前述のTX-1111Fは、TX-1000系で唯一のヘッドマークステー付きとなっている。

開業当時は、TX-1102、TX-2163Fにもヘッドマークステーがあったけど、現在は撤去されている。

こちらは、イベント対応ということで残されると思われます。 8月の付けられることが予想される開業1周年記念HMはどの編成に付くか気になります。

研究学園駅周辺は、現在何も無い状態だけど、今後新つくば市役所を含め、建物が増えていくと思われます。ここにはショッピングセンターも出来る計画もある。 

つくばエクスプレスの車両の設計は、川崎重工業で行われていた。 アルミ車体の構造は日立製作所によるA-train方式が採用されているので、2社で製造されていたのである。

秋葉原駅のホームが地下34mと深い場所にあるのは、将来東京方面に延長した時に、ワシントンホテルの基礎が干渉しないようにするためである。

研究学園から柏の葉キャンパスまで、TX-2163Fに乗車。 

柏の葉キャンパスから南流山までTX-1106F、南流山から新御徒町まで、TX-2156Fの快速に乗車。

北千住駅は、高架駅となっているので、ここから日比谷線のホームを見ることが出来ました。

北千住~南千住間は、JR常磐線や東京メトロ日比谷線との併走区間となっているけど、つくばエクスプレスの建設工事中は、JRの線路の移設が何回か行われていた。こちらの工事も、JRに受託されていた。

JRの南千住駅は、つくばエクスプレスの建設工事を期に、駅の改良工事も行われていた。

隅田川橋梁は、JR側は移設。 つくばエクスプレスのほうは、これまでJRの橋梁があった場所に掛けられていた。

今年2月には、1998(H10)年以来使用休止されていた隅田川貨物駅への貨物支線(南千住側)が使用再開されていた。

つくばエクスプレスでは、不定期で一日乗車券が売り出されているけど、定期的に売り出されてほしいなと思っています。

新御徒町から春日まで都営大江戸線、後楽園から四ッ谷まで南北線、四ッ谷から新宿御苑前まで丸ノ内線で移動。

丸ノ内線は、来年に本線(池袋~荻窪間)もワンマン運転化される予定で、順次ホーム柵が設置されることになっている。 現在は荻窪寄りの旧荻窪線側から設置されている

車両のほうも、後期型を中心にワンマン化改造が行われており、運転台のワンハンドル化、車内表示の一部LED化、上部の番号表示の新設などとなっている。これで、方南町支線用の02系80番台と同様の状態となっている。

西武新宿から下落合までは20000系の20153Fに乗車。この列車は、花菖蒲号のHMが付けられていた編成となっていた。

東京メトロの情報。 13号線用の10000系導入により、ホーム柵に対応出来ない07系車両の6本のうちの4本が、東西線に転属する予定となっている。

東西線への転用改造は、7月より綾瀬工場で順次行われ、ラインカラーの変更、東武・西武直通運転機器の撤去、JR、東葉高速鉄道乗り入れ機器の新設が行われることになっている。

こちらは、07系のままとなるのか05系に編入されるのか不明である。営業運転は、今年秋の予定である。

07-004Fのほうは、一昨年12月11日に、新線池袋駅開業10周年記念号として運転されていた編成となっていた。

07系の第3編成から第5編成の座席のモケットが05系と同タイプとなっているのはそのためである。 

これにより、東西線に残る5000系が置き換えられることになる。

07系の残りの2編成のほうの動向が非常に気になります。 
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by hy_sengen-sin | 2006-06-26 11:53 | 鉄道乗車記

東急目黒線の急行運転

東急目黒線(目黒~武蔵小杉間)の急行運転開始が、9月25日(月)から行われるということが発表されました。

同時に東急東横線のダイヤも改正され、元住吉発着の武蔵小杉・日吉発着化、夜間帯の増発、元町・中華街発元住吉止まりの列車の渋谷延長も行われることになる。

それに先立ち、7月2日(7月1日の終電後)には武蔵小山、西小山駅が地下化、9月24日(9月23日の終電後)には元住吉駅が高架化される予定となっている。

武蔵小山駅は、2面4線の地下駅となり、9月25日から運転開始される急行列車の待避にも対応となる。

西小山駅は、1面2線の地下駅となる

元住吉駅は、車両基地の真上(日吉寄り)にずれることになり、元住吉駅からの直接の出入庫が出来なくなる。 これに伴い、運賃の変更も行われることになる。その出入り口は、現在の出入り口側に確保されることになる。

現在の地上駅は2面4線となっているけど、今後は2面6線(外側に東横線の通過線も新設)となる。 9月25日の時点では、東横線のみの通過となる。

この状態だと目黒線の日吉延長も近いという状態である。 こちらは2007年度中に行われる予定だけど。

元住吉駅の高架化切り替えは、ダイヤ改正直前に行う必要があるために、改正前日の9月24日(9月23日の終電後)に切り替えられることになっている。 これに伴い、駅前の踏切(元住吉1号踏切)の通過が出入庫列車のみとなるために遮断時間が大幅に短縮されることになる。
 今回は、踏切の完全撤去には至らないのである。

武蔵小杉~元住吉間の武蔵小杉1号踏切は、東横線の本線部分が高架化されるけど、武蔵小杉側の出入庫線側および目黒線部分が地平のまま残るためにこの踏切も残ることになる

これまでのホーム跡に、目黒線の高架線へのアプローチ部分が設置されることになる。

主要地方道鶴見溝口(都計道尻手黒川線)は道路を地上に鉄道を高架へと位置の入れ替えが行われることになる。
 こちらは、西武池袋線の練馬~中村橋間の目白通りとの交差部分などで行われている。

不動前~洗足間の地下化工事は、1995(H7)年11月の着工以来、長期に渡って行われていたけど、ようやく地下化され、16ヶ所の踏切が撤去されることになる。この工事は大幅に遅れていたので。

不動前駅のほうは、1999(H11)年10月に高架化済み、この時に2ヶ所の踏切が撤去されていた。

1998(H10)年1月28日から翌年の1999(H11)年10月9日、目黒寄りの仮駅(品川区西五反田の東京日産本社前)で営業されていたこともあった。 当時は7700系、7200系(目蒲線)の時代だった。不動前駅が、相対式の2面2線であることは、着工前から変わりないという状態である。

東急目黒線の急行の停車駅 目黒~武蔵小山~大岡山~田園調布~多摩川~武蔵小杉

目黒~武蔵小杉間の所要時間は、朝間上りで、20分→15分、日中上下で、18分→13分、夕刻下りで、19分→14分と、それぞれ5分短縮される。

運転時間帯 平日 目黒発 7時台~21時台 武蔵小杉発 7時台~21時台
        土休日 目黒発 7時台~20時台 武蔵小杉発 7時台~19時台

運転間隔 平日 朝間 8分30秒、日中 30分、夕刻 12分
      土休日 朝間 15分、日中 30分、夕刻 30分

どの列車(南北線・埼玉高速線直通、三田線直通)に充当されるのか非常に気になります。 今のところは4社局全て充当されることが予想されるけど。

急行列車の待避は武蔵小山駅で行われるけど、通過待ちではなく、接続待ちとなるので、京王井の頭線の永福町での急行列車の待避と同様の状態となっている。

メトロ、都営、埼玉車の場合はそのまま急行と表示することが可能だけど、東急車においては、上り(目黒方面)において、南北線・埼玉線、三田線と表示される関係でどのように表示されるのか気になるし。

目黒~武蔵小杉間の各駅停車の日中の所要時間も上下ともに18分→17分に短縮される。

武蔵小山駅は、1997(H9)年から橋上の仮駅舎が使用されている。 

東横線では、武蔵小杉~日吉間の高架化切り替え後の徐行運転解除および日中の運用車両の高性能車への統一により、渋谷~横浜間の特急・急行の日中の所要時間も以下のように短縮される。

特急 下り 26分→25分 上り 27分→25分

急行 下り 30分→29分 上り 31分→29分

増発列車 平日 21時以降に渋谷発武蔵小杉行き各駅停車5本、菊名行き各駅停車1本
土休日 19時以降に渋谷発武蔵小杉行き各駅停車6本 23時台に渋谷発元町・中華街行き特急1本

運転区間の延長 平日 上り20時以降の元町・中華街発元住吉行き6本、渋谷まで延長(特急2本、急行2本、各駅停車2本) 下り 24時台の渋谷発元住吉行き各駅停車1本、菊名まで延長

土休日 上り 18時以降の元町・中華街発元住吉行き7本、渋谷まで延長(特急2本、急行2本、各駅停車3本)

やはり、元住吉での直接の入出庫が出来なくなるためにこのような変更が行われることになる。 上り・下りの各初電車・終電は現行通りとなる。

これに伴い、現在元町・中華街発の上り列車で運転されている急行元住吉行きが廃止されることになる。 元住吉駅は、元住吉発着を除いた急行が通過となっていたけど、9月25日以降はすべての急行が通過することになる。

急行元住吉行きの時刻 元町・中華街発 平日 19:59、21:56、23:28、23:36、0:05、0:27、0:39

土休日 21:33、21:45、22:03

各駅停車でも元住吉行きが終電を除いて廃止されることになる。

日比谷線直通の東急1000系による菊名発元住吉行き(入庫車)も廃止されることになるし。今後は日吉止まりとなる。

1988(S63)年から1991(H3)年までの日吉駅地下化工事期間中は、日吉駅が1面2線となっていたので、元住吉駅で急行列車の通過待ちが行われていた。日比谷線直通列車はすべて菊名行きとなっていた。

都営三田線の6300系は、早朝・深夜のみ、元住吉までの回送列車が1往復運転されているけど、9月25日以降は廃止され、武蔵小杉から直接回送されることになる。

日吉駅のほうは、来年度中に目黒線が乗り入れにより、内側は目黒線が使うようになるため、元住吉での急行・特急列車の通過待ちが行われるようになる。高架化後の元住吉駅に外側の通過線があるのはそのためである。 
現在日中のみ日吉折り返しとなっているけど、目黒線の日吉延長と同時に、日比谷線直通列車がすべて菊名行きとなる。 

7月2日に地下化される西小山駅のホーム上に待合室には、壁面にシール「MARUKOMUSASHIKOSUGI MOTOSUMIYOSHI HIYOSHI」がタレントのタモリ氏によって貼り付けられているru(テレビ朝日系の番組「タモリ倶楽部」より)。

東急東横線の祐天寺駅付近には、鉄道をイメージしたカレーショップであるナイアガラがあり、前述のタモリが出ている深夜バラエティ番組である「タモリ倶楽部」でもよく出てきている。

タモリは、鉄道ファンとしても有名であり、タモリ倶楽部で鉄道の話題もよく出てきている。この時に鉄道ファンである原田芳雄氏や向谷実氏などと共演している。

目黒線は現在6両編成となっているけど、来年度に予定されている日吉延長と同時に8両化されることが予想される。

5080系の場合は、中間車2両がそのまま入れられることになるけど、東急3000系、メトロ9000系、埼玉高速2000系、都営6300系はどうなるのか気になります。

東急3000系の場合は、中間車が再び製造されることが予想される。

メトロ9000系では、今から10年前の1996(H8)年に4両編成から6両編成化されていたけど、GTO編成はGTO同士、IGBT編成はIGBT同士の組み合わせとなったのである。 8両化されればT車2両が入ることが予想されるので、前回のような組み替えは発生しないと思われます。

都営の6300系は、6301~6313Fの初期型がGTO、6314F以降がIGBTとなっているので、同様にT車2両が入ると思われる。

埼玉高速の2000系は、すべてがIGBTとなっているので、そのまま8両化されることになる。中間車はMとTとなっているので、問題なく組み替えることが出来る。

日中の運用車両の高性能車(5050系、Y500系、9000系)への統一により、8000系や8590系の東横線での運用が朝夕のみに限定されると思われます。

5050系の増備による8000系列の淘汰が進められているのはそのためである。 そのうちの5159Fは、6月21日ごろに営業運転入りしている。

これにより、8000系が大井町線を含めて東急から全廃される時が近づいてきている。8590系は、大井町線に転用予定で、8693Fが大井町線に転用されることになる。

8590系のほうは、かつて東急東横線の急行で活躍していた8090系の中間車が使われているため、8090系の東横線時代の面影が残っていた。

8090系の先頭車のほうは、1989(H1)年1月に東横線から撤退し、すべて大井町線所属となっている。

9月のダイヤ改正の時までの間は、5050系、5080系の甲種輸送が続くことになる。

6月20日から22日に掛けて、5050系の5160Fが逗子から長津田まで甲種輸送されたのである。 
7月4日から6日に掛けては、5161Fの甲種輸送も予定されています。

元住吉駅といえば、川崎縦貫高速鉄道が乗り入れる計画があったけど、武蔵小杉乗り入れに変更されたために、事業が一旦廃止されたのである。

当初のルートは、新百合ヶ丘~元住吉間となっていた。

新百合ヶ丘- 長沢- 医大前- 蔵敷- 犬蔵- 宮前平- 野川- 久末- 井田-元住吉

変更後のルートは、新百合ヶ丘- 長沢- 医大前-蔵敷-犬蔵-宮前平- 野川- 久末-子母口-等々力緑地-武蔵小杉

久末駅~武蔵小杉間は、変更後のルート

やはり元住吉駅発着だと採算が取れないと判断されたので、東急東横線・目黒線、JR南武線・横須賀線に接続する武蔵小杉駅発着に変更されたのである。おまけに元住吉駅は東急東横線の急行が停車しない状態だし。

武蔵小杉からは、川崎まで延長される計画もある。

宮前平=東急田園都市線への乗換駅となる。

当初は、地下化された後の京急大師線との直通運転を見据えて1435ミリのレール幅で建設されるはずだったけど、2003年の見直しにより、新百合ヶ丘から小田急多摩線に直通されるという計画に変更されたために1067ミリという計画となったのである。車両基地は、小田急の唐木田車両基地が借り入れの上で使用される予定となっている。

7月2日に、萩原さんたちと行く東急旧型電車撮影ツアーが行われるのはそのためである。

浦和美園、高島平、北千住からみなとみらい線に直通する臨時列車であるみなとみらい号は、今年の夏も運転されることになる。

7月15日、8月19日=都営三田線、高島平発着(都営6300系)

8月5日=埼玉高速鉄道、浦和美園発着(東京メトロ南北線経由、埼玉高速2000系)

8月19日=東京メトロ日比谷線、北千住発着(東急1000系)

どちらも1往復の運転

7月16日の花火大会の時には、3方向からの片道電車(往路のみ)が運転されることになる。

筆者は、一昨年8月29日に北千住から元町・中華街まで東急1000系によるみなとみらい号に乗ったことがあるけど、日比谷線内でも通過運転が行われていた。

日比谷線内での停車駅 北千住~上野~仲御徒町~秋葉原~人形町~茅場町~八丁堀~東銀座~銀座~日比谷~霞ヶ関~六本木~恵比寿~中目黒

これらの列車は、埼玉高速線、東京メトロ南北線、都営三田線、東急目黒線区間は各駅に停車。 東横線区間では、急行運転となる。

桜木町発着だった頃、花火大会の臨時列車として、東急3000系が浦和美園発着の臨時列車として使用されていたこともあった。 
1999(H11)年4月16日~2000(H12)年1月まで、3001Fが暫定8連の上で東横線を走っていた時も、桜木町まで乗り入れていた。当時は9000系と同様に急行と各駅停車の両方で使用されていた。

このことで、2000系の2103Fのうちの8両が、1993(H5)年に暫定的に東横線で走っていたことを思い出しました。 こちらも急行と各駅停車の両方に使用されていたし。

東横線を走っていた暫定8連は、3001Fのうちの先頭車を含む5両のほか、3002Fの中間車のうちの3両も含まれていた。(サハ3502、デハ3202、デハ3252号車がそれに該当している)
3001Fは、6連化とともに、新規製造の中間車1両(デハ3401号車)が挿入されていた。

日吉駅は、来年度中に開業予定の横浜市営地下鉄4号線(日吉~中山間)への乗り換え駅となる。 4号線(日吉~中山間)のほうは、グリーンライン、1・3号線(あざみ野~湘南台間)がブルーラインとなったのである。

センター北~センター南間はどちらも高架線上を走るので、2つの地下鉄が併走することになる。 

将来は、綱島駅付近から分岐し、新横浜、横浜羽沢貨物駅を通り、相鉄線の西谷駅を結ぶ連絡線が出来る予定で、西谷から東急側からの片乗り入れで相鉄線に乗り入れる計画もある。

こちらはすでに、相鉄線とJR線との直通運転の計画も発表されているし。2010年完成予定でJRとの相互乗り入れ。

この時には、横浜羽沢駅が旅客駅化される予定もある。

小田急の情報 6月13日に、丸1ヶ月前の5月13日のさよなら運転で使用されていた9000系の6+4編成の廃車回送が、成城学園前(喜多見)~海老名~相模大野間で行われていたけど、6両編成の9407は、大野工場で解体作業が行われていた。車体は陸送され、某解体業者へ。5200系の解体作業が中断されているのはそのためである。

9001Fは、海老名に残り、2670Fの横に並べられていたけど、後に2670Fと9001Fが連結されたのである。 どちらも保存前提で置かれているけど、どうなるのか気になります。2670Fのほうは、2年間海老名に放置されたままとなっているので、解体されることが懸念される状態となっています。
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by hy_sengen-sin | 2006-06-20 13:04 | 鉄道車両・路線

ブルーリボン賞06

筆者が所属している鉄道友の会により、今年のブルーリボン賞、ローレル賞が選定され、ブルーリボン賞に小田急の50000型VSE(ロマンスカー)が選定されました。

ローレル賞は名鉄2000系「ミュースカイ」、愛知高速交通リニモの100形、広電のグリーンムーバーMAX(5100型)、福岡市営地下鉄七隈線の3000系電車の4形式がそれぞれ受賞していた。

小田急ロマンスカーのほうは、1958(S33)年の旧3000系から1991(H3)年登場の20000系RSE車まで立て続けで受賞していたけど、今回はブルーリボン賞受賞奪回の状態となった。

3100型NSEは、1964(S39)年、7000型LSEは、1981(S56)年、10000型HiSEは、1988(S63)年、20000型RSEは、1992(H4)年にそれぞれ受賞。

1996(H8)年に登場した30000系EXEのほうは、1997(H9)年度のブルーリボン賞候補車となっていたけど、ロマンスカーのイメージが薄い、インパクトに欠けるなどの理由により、受賞が見送られていたのである。

今回のVSEは、ロマンスカーの原点に帰ったという人気車両ということで受賞していたのである。今回はグッドデザイン賞に続いての受賞となった。

2006年ブルーリボン賞は有効投票3420票のうち1005票を獲得(1人2票制のため投票者数では約59%の会員が投票)した小田急電鉄50000形を選定することに決定しました。
小田急50000形は観光輸送に特化し上質なサービスを目指して製作された連接方式10両編成の新型ロマンスカーで、「VSE」という愛称がつけられています。建築家の岡部憲明氏によるデザインで、構体にアルミ製ダブルスキン構造を採用したシルキーホワイトの車体は、大胆な流線形の前頭フォルムを有し、小田急ロマンスカーとしては久しぶりの先頭展望席付となっています。客室は愛称の由来ともなったドーム型の天井をはじめとして、各部に木質系素材を多用して落ち着きのある居住空間が演出されています。
幅4mの側窓、窓側に5度傾けた腰掛けの採用、ラウンジ形式の座席配置が可能な先頭展望席など車窓を楽しむ工夫が凝らされているほか、編成内に設置されたサルーン(コンパートメント)やカフェ、そして、喫茶サービスの復活などの接客サービスの充実も含め、非日常性を演出する試みが随所になされています。技術面でも、乗り心地と走行性能の向上のため、高位置空気ばね車体支持方式や車体傾斜装置、台車操舵制御が採用されており、連接車の構造を生かして、快適性の実現のため惜しみない技術が投下されています。
 こうした、新時代の箱根観光のフラッグシップとして発せられる存在感は、誰しも一目で強く感じられるところであり、これらの特徴が鉄道友の会会員の圧倒的支持を集めたことから、今回ブルーリボン賞に選定しました。

ローレル賞のミュースカイ(名鉄2000系)のほうは、デザインに優れていること、車体傾斜システムの採用による速達性的確な運用による空港特急としての高い利便性が評価されていた。

リニモのほうは、デザインに優れていることはもちろんのこと、「初の常電導吸引型磁気浮上式鉄道の実現」、「高加速で急勾配に強く、地形を選ばない性能の高さ」、「環境に優しい低騒音・低振動」といった特徴が評価されていた。

5100系グリーンムーバーMAXのほうは、5000系グリーンムーバーで培われた技術・デザインの採用はもちろんのこと、「国産初の独立車輪式100%低床車両」、「日本の実情にあった適切な車内サービスの提供」、「欧州の超低床車に太刀打ちできる完成度の高さ」といった特徴が評価されていた

福岡市営地下鉄七隈線の3000系は、地下鉄に対するイメージを覆すトータルデザインの採用などが評価されていた。

過去のブルーリボン賞受賞車両は

第1回(1958年) 小田急電鉄 3000形電車 「SE」  ●
第2回(1959年) 日本国有鉄道 151系電車 「こだま形」 ●
第3回(1960年) 近畿日本鉄道 10100系電車 「ビスタカーII世」 ●
第4回(1961年) 日本国有鉄道 キハ81系気動車 「はつかり形」  ●
第5回(1962年) 名古屋鉄道 7000系電車 「パノラマカー」
第6回(1963年) 近畿日本鉄道 20100系電車 「あおぞら」  ●
第7回(1964年) 小田急電鉄 3100形電車 「NSE」  ●
第8回(1965年) 日本国有鉄道 0系新幹線電車 「ひかり・こだま」
第9回(1966年) 名古屋鉄道 キハ8000系気動車  ●
第10回(1967年) 近畿日本鉄道 18200系電車  ●
第11回(1968年) 日本国有鉄道 581系電車 「月光形」 ●
第12回(1969年) 日本国有鉄道 EF66形電気機関車
第13回(1970年) 西武鉄道 5000系電車 「レッドアロー」 ●
第14回(1971年) (該当車なし)
第15回(1972年) 日本国有鉄道 14系客車  
第16回(1973年) 日本国有鉄道 183系電車
第17回(1974年) 京成電鉄 AE形電車 「スカイライナー」  ●
第18回(1975年) (該当車なし)
第19回(1976年) 阪急電鉄 6300系電車
第20回(1977年) 名古屋鉄道 6000系電車
第21回(1978年) 近畿日本鉄道 12400系電車 「サニーカー」
第22回(1979年) 近畿日本鉄道 30000系電車 「ビスタカーIII世」
第23回(1980年) 江ノ島鎌倉観光(現・江ノ島電鉄) 1000形電車
第24回(1981年) 小田急電鉄 7000形電車 「LSE」
第25回(1982年) 箱根登山鉄道 1000形電車 「ベルニナ」
第26回(1983年) 京浜急行電鉄 2000形電車
第27回(1984年) 日本国有鉄道 14系客車(700番台) 「サロンエクスプレス東京」 ▲
第28回(1985年) 名古屋鉄道 8800系電車 「パノラマDX」  ●
第29回(1986年) 伊豆急行 2100系電車 「リゾート21」
第30回(1987年) 日本国有鉄道(受賞時は北海道旅客鉄道) キハ83・キハ84形気動車 「フラノエクスプレス」  ●
第31回(1988年) 小田急電鉄 10000形電車 「HiSE」
第32回(1989年) 近畿日本鉄道 21000系電車 「アーバンライナー」
第33回(1990年) 東日本旅客鉄道 651系電車 「スーパーひたち」
第34回(1991年) 東武鉄道 100系電車 「スペーシア」
第35回(1992年) 小田急電鉄 20000形電車 「RSE」
第36回(1993年) 九州旅客鉄道 787系電車 「つばめ」 (現在はリレーつばめ)
第37回(1994年) (該当車なし)
第38回(1995年) 南海電気鉄道 50000系電車 「ラピート」
第39回(1996年) 九州旅客鉄道 883系電車 「ソニック」
第40回(1997年) (該当車なし)
第41回(1998年) 西日本旅客鉄道 500系新幹線電車 「のぞみ」
第42回(1999年) 西日本旅客鉄道・東海旅客鉄道 285系電車 「サンライズエクスプレス」
第43回(2000年) 東日本旅客鉄道 E26系客車 「カシオペア」
第44回(2001年) 九州旅客鉄道 885系電車 「白いかもめ」
第45回(2002年) 東日本旅客鉄道 E257系電車 「あずさ・かいじ」
第46回(2003年) 近畿日本鉄道 21020系電車 「アーバンライナーnext」
第47回(2004年) 四国旅客鉄道 5100形電車 「マリンライナー」
第48回(2005年) 日本貨物鉄道 M250系電車 「スーパーレールカーゴ」
第49回(2006年) 小田急電鉄 50000形電車 「VSE」

●印=現存せず ▲サロンエクスプレス東京は、現在お座敷客車のゆとりに改造されている。

過去のローレル賞受賞車両は

第1回(1961年)
京阪神急行電鉄(現阪急電鉄) 2000・2300系電車  ● 2300系は一部残っている
第2回(1962年)
日本国有鉄道 401・421系電車  ●
第3回(1963年)
京王帝都電鉄(現、京王電鉄) 3000系電車
第4回(1964年)
京王帝都電鉄 5000系電車(ブルーリボン賞/ローレル賞史上初の同一会社2連覇) ●
第5回(1965年)
山陽電気鉄道 3000系電車  
第6回(1966年)
札幌市交通局 A830形電車 ●
第7回(1967年)
長野電鉄 0系電車 「OSカー」  ●
第8回(1968年)
(該当車なし)
第9回(1969年)
東京都交通局 6000系電車 ●
第10回(1970年)
大阪市交通局 60系電車 ●
第11回(1971年)
名古屋鉄道 モ600形電車 ●
第12回(1972年)
帝都高速度交通営団(現、東京地下鉄) 6000系電車
第13回(1973年)
小田急電鉄 9000形電車 ●
第14回(1974年)
西日本鉄道 2000系電車
第15回(1975年)
日本国有鉄道 24系25形客車
黒部峡谷鉄道 EH形電気機関車
第16回(1976年)
東京急行電鉄 8500系電車
富士急行 5000形電車
第17回(1977年)
上信電鉄 1000系電車
札幌市交通局 6000形電車
第18回(1978年)
東京都交通局 新7000形電車
神戸市交通局 1000形電車
第19回(1979年)
京浜急行電鉄 800系電車
日本国有鉄道 50系客車 ●
第20回(1980年)
名古屋鉄道 100系電車
北総開発鉄道(現、北総鉄道) 7000系電車
富山地方鉄道 14760形電車
第21回(1981年)
日本国有鉄道 117系電車
長崎電気軌道 2000形電車
第22回(1982年)
福岡市交通局 1000系電車
第23回(1983年)
日本国有鉄道 200系新幹線電車 
熊本市交通局 8200形電車
第24回(1984年)
京阪電気鉄道 6000系電車
第25回(1985年)
帝都高速度交通営団 01系電車
樽見鉄道 ハイモ180形気動車 ●
第26回(1986年)
南海電気鉄道 10000系電車 
日本国有鉄道 100系新幹線電車 
第27回(1987年)
北大阪急行電鉄 8000系電車
近畿日本鉄道 7000系電車
日本国有鉄道 185系気動車(受賞社は四国旅客鉄道)
第28回(1988年)
仙台市交通局 1000系電車
第29回(1989年)
九州旅客鉄道 783系電車 「ハイパーサルーン」
第30回(1990年)
西日本旅客鉄道 221系電車
四国旅客鉄道 2000系気動車 「TSE」
第31回(1991年)
東日本旅客鉄道 251系電車 
大阪市交通局 70系電車
第32回(1992年)
東日本旅客鉄道 253系電車 
九州旅客鉄道 200系気動車
第33回(1993年)
東海旅客鉄道 300系新幹線電車 
日本貨物鉄道 EF200形電気機関車
第34回(1994年)
日本貨物鉄道 DF200形ディーゼル機関車 「Eco-Power RED BEAR」
第35回(1995年)
北海道旅客鉄道 281系気動車 
第36回(1996年)
東海旅客鉄道 383系電車 
日本貨物鉄道 コキ71形貨車 「カーラックシステム」
第37回(1997年)
北海道旅客鉄道 731系電車
第38回(1998年)
熊本市交通局 9700形電車
叡山電鉄 900形電車 「きらら」
近畿日本鉄道 5800系電車 
第39回(1999年)
スカイレールサービス スカイレール200形
第40回(2000年)
広島電鉄 5000形電車 「GREEN MOVER」
東海旅客鉄道 700系新幹線電車 
東日本旅客鉄道 209系950番台電車(E231系電車)
第41回(2001年)
名古屋鉄道 モ800形電車 ●
近畿日本鉄道 3220系・5820系・9020系電車 「シリーズ21」
第42回(2002年)
西日本旅客鉄道 187系気動車
第43回(2003年)
岡山電気軌道 9200形電車 「MOMO」
鹿児島市交通局 1000形電車 「ユートラム」
第44回(2004年)
(該当車なし)
第45回(2005年)
九州旅客鉄道 800系新幹線電車 「つばめ」
長崎電気軌道 3000形電車
第46回(2006年)
名古屋鉄道 2000系電車 「ミュースカイ」
愛知高速交通 100形電車 「リニモ」
広島電鉄 5100形電車 「グリーンムーバーmax」
福岡市交通局 3000系電車

●印=現存せず

筆者が始めてBL賞投票を行なったのは、1995(H7)年のことで、南海50000系「ラピート」がブルーリボン賞、JR北海道281系DC(スーパー北斗)がローレル賞を受賞していた。入会は、1994(H6)年6月だったのでBL賞の投票に間に合わなかった。

以降毎年投票しているけど、1997(H9)年を除いて筆者が投票した車両がブルーリボン賞を受賞していたのである。

筆者がブルーリボン賞の存在を知ったのは、第23回の1980(S55)年に、江ノ島鎌倉観光(現・江ノ島電鉄)の1000形電車が受賞していた時だった。

札幌市交通局 A830形電車と、名鉄600系、800系のほうは、昨年3月31日をもって廃止された名鉄美濃町線で走っていたことがあった。

A830型電車は、名鉄に移籍してからはモ870系として走っていた。

名鉄800系は、美濃町線が廃止された後、系列の豊橋鉄道および福井鉄道に譲渡されている。

BL賞受賞車両の最古参である名鉄7000系パノラマカー(1961(S36)年登場、1962(S37)年BL賞受賞)は、日本初の前面展望電車(運転席を2階に上げた車両)としてデビュー。かつては有料特急にも使用されていたけど、現在は料金不要の急行等で最後の活躍をしている。 姉妹車である低床タイプの7500系は、昨年8月に全廃となった。

1992(H4)年に引退した初代ブルーリボン賞受賞車である小田急旧3000系のうち、3021Fのほうは、海老名の車両基地の屋内保管庫で保存されており、10月のイベントで公開されているけど、その車内に初代のブルーリボン賞のプレートが付けられている

今年3月18日からの新宿乗り入れで話題となった東武100系スペーシアのほうは、1991(H3)年にブルーリボン賞を獲得している。
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by hy_sengen-sin | 2006-06-18 00:31 | 鉄道車両・路線
6月14日、全長15mの世界最大級の2階建てバスであるメガライナーが、青春ドリーム大阪号に導入され、夜行高速バスも大量輸送の時代が到来しました。

導入される路線は、6月14日に開設された青春メガドリーム号の1往復。7月1日からは繁忙期のみ2往復となる。

メガライナーは、2000(H12)年につくばセンター線の輸送力増強用により、ドイツ・ネオプラン社から輸入されていたけど、認可が降りず、2002(H14)年12月まで、東京支店に置かれたままとなっていた。

2002(H14)年12月8日、ようやく認可が降りたことにより、東京~つくばセンター間のつくば線で営業運転開始。当時はJRバス関東による1台のみだった。

つくば線は、昨年8月24日につくばエクスプレスが開業するまでの間、混雑が慢性化していた。 こちらは、つくばエクスプレス開業までの繋ぎとなっていた。

2004(H16)年2月1日、メガライナー便が増発され、JRバス関東分が1台から2台に増車。 同時に共同運行相手である関東鉄道にも2台が導入されていた。 こちらは、JRバス関東からのリース車両だった。

2005(H17)年8月24日につくばエクスプレスが開業した後、利用客が減少。 11月1日に減便され、関東鉄道のメガライナーの営業運転が10月31日をもって終了となっていた。 この時にJRバス関東にリースバックされていた。以後JRバス関東のメガライナーの運用が継続されていたけど、新ルートでは無く既存のルートのままで運行されていた。 従来のハイデッカー車は、新ルート経由となった。

2006(H17)年6月1日 つくば線ダイヤ改正により全便新ルート経由となり、前日の5月31日をもってメガライナーでの運用が終了。

メガライナーのつくば線時代は、関東鉄道便のみつくばセンターからつくば中央営業所(谷田部車庫)まで回送されていた。 JRバス関東の車両も、土浦支店ではなく、関東鉄道つくば中央営業所で夜間停泊していた。

関東鉄道便のメガライナーは、東京駅に到着した後、JRバス関東の東京支店に回送されずに東京駅日本橋口で留置されていた。

筆者は一昨年4月20日、東京駅からつくばセンターまで最初で最後のメガライナーつくば線乗車となったけど、往復JRバス関東の車両となっていた。 これにより、関東鉄道のメガライナーに乗れずじまいとなってしまった。

メガライナーのほうは、大型車両であるため、ルートが決められており、通行止め等が発生した時に迂回運行が出来ないというデメリットがあった。

行きのつくばセンター行きが、宝町ランプから入らずに、呉服橋ランプから入っていたのはそのためである。

つくばエクスプレスが開業した後、メガライナーは空気を運ぶ状態となっていたので、撤退するのも時間の問題となっていた。 やはり利用客の減少だけでなく、運用のやりくりの面も撤退理由となっていた。

2006(H18)年6月14日、東京~大阪間の青春メガドリーム号に転用。 東京~大阪間の青春ドリーム号はチケットが取りづらいという状態が続いていたので、定員84名のメガライナーに白羽の矢が立ったのである。
それでも、運用ルートが決められている状態なので、通行止めによる迂回運行が効かない状態、道路状況による待機がある場合があるということには変わりはない。

ルートは、JRバス東京支店…東京駅~(首都高3号線、東名道、名神道経由)~大阪駅…西日本JRバス大阪高速管理所

初日である6月14日には、大阪駅で展示会、大阪駅~大阪高速管理所の回送ルートで試乗会が西日本JRバス主催でそれぞれ行われていた。

JRバス関東のほうはそのまま使用されているけど、大阪側の西日本JRバスのほうは、これまで関東鉄道にリースされていた2台が使用されている。

トランスミッション(変速機)のほうは、JRバス関東の初期型は8速のマニュアル その他の3台は12速のオートマチックトランスミッションとなっている。

青春メガドリーム号の時刻

大阪方面 1号 東京駅八重洲口 22:50発→大阪駅桜橋口 8:04着

東京方面 2号 大阪駅桜橋口 22:40発→霞ヶ関 7:40着、東京駅日本橋口 7:51着

7月1日からの繁忙期(週末中心)には、81号 東京駅 21:40発→大阪駅 6:54着
82号 大阪駅 22:00発→霞ヶ関 7:00着、東京駅 7:11着も運転される。

東京行きのみ霞ヶ関バス停(降車専用)にも停車する。

青春メガドリーム号の片道運賃 大人 4300円 子供 2150円

前日までにネット(格安高速バスサイト)で購入すれば、閑散期 3500円 繁忙期 4000円となる。

メガライナーは、定員84名 1階席 18名 2階席 66名 座席は2+2配列

1階には、車椅子スペース、トイレがある。

その他のドリーム大阪シリーズは、ドリーム大阪号(東京、つくばセンター、TDR、東京テレポート駅発着)、ニュードリーム大阪号(新宿発着)、青春ドリーム大阪号(東京発着)、青春ニュードリーム大阪号(新宿発着)、プレミアムドリーム号(東京発着)、スーパーニュードリーム号(
新宿発着)、レディースドリーム大阪号(東京発着、女性専用)、超特割大阪号(新宿発着)がある。

超特割大阪号は、新宿~大阪間 片道4200円(補助席使用の場合は2100円)となっているけど、4列シートでトイレが付いていないため、4ヶ所で15分間の休憩が行われることになっている。 

休憩時は、補助席のお客様は一度、降車していただき、正座席のお客様がご乗車後にご乗車していただきます。 ということとなる。

昼行便は、東京~大阪間の東海道昼特急・プレミアム昼特急、新宿~大阪間の中央道昼特急
となっている。こちらは、3列シートの夜行バスの車両が使用されているので、夜行バス車両の快適性を昼行便でも味わうことも出来る。
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by hy_sengen-sin | 2006-06-16 12:23 | バス車両・路線

花菖蒲号

6月12日は、東村山の北山公園で花菖蒲を鑑賞しました。

ルート 目白~高田馬場~田無~東村山…北山公園…東村山~西武園~東村山~所沢~ひばりヶ丘~所沢~池袋

まずは高田馬場から田無まで、2511+2523Fの8両編成による快速急行川越号の本川越行きで行きました。

この列車は、登場当時の都営新宿線の急行みたく、平日の日中のみ(6往復)の運転である。

西武新宿線の快速急行は、1998(H10)年3月26日の改正で登場。これまでは西武新宿と西武遊園地を結ぶ快速急行となっていた。 

停車駅は、西武新宿、高田馬場、田無、所沢、新所沢、本川越と、特急列車が停車する狭山市を通過する状態である。 

西武新宿線の駅で特急が営業列車で唯一通過する駅は、田無と新所沢である。

この新タイプの2000系は、1988(S63)年から1990(H2)年まで製造された4連の2500番台、2連の2450番台から登場。 当時の4連は前面パンタグラフの車両となっていたけど現在は撤去されている。初期型は貫通ドアの窓が小さくなっている。

2450番台の2連は、当初新宿線系統所属だったけど、現在は池袋線に集中配置されている。

筆者は1988(S63)年の登場当時、当時4連だった国分寺線で初めて乗ったのである。

この新タイプの2000系の登場により、701系列の廃車が進められていた。701系列(701、801、401系)は、1997(H9)年2月に全廃。

新タイプの2000系は、小田急1000系と同期に製造されていた。 

小田急では1000系の4+4の8連が減少している状態だけど、西武の新2000系では4+4運用が健在である。

新2000系の4両編成は、4両単独で、小平~西武遊園地間の各駅停車にも盛んに使用されている。 平日朝ラッシュ時の急行にも新2000系の4両編成が使用されている。こちらは先頭車が女性専用車両となるけど、編成が一定でないため女性専用車のステッカーが付いていない。

新宿線所属の2000系、新101系の2両編成も同様に女性専用車のステッカーが無い状態となっている。 あとは東武、京成、京急でも女性専用車のステッカーの無い女性専用車が設定されている。 東武の場合は、本線系統からの半蔵門線または日比谷線直通列車、東上線の10両固定(有楽町線直通列車を含む)のみ女性専用車のステッカーが付いている。

西武で女性専用車のステッカーが付いている編成は、池袋線の10両固定(6000系、9000系、20000系)、2両付属編成(新101系、2000系) 新宿線の10両固定(6000系、20000系)となっている。

快速急行は、高田馬場を出ると田無までノンストップ。 鷺ノ宮と上石神井を通過していました。

鷺ノ宮駅では、6105Fを追い抜いていたけど、これが田無での乗り継ぎ列車となった。

西武6000系のうち6107Fは損傷により入場中である。 

上石神井の車両基地では、今年中に更新された2031Fを見ることが出来ました。 2031Fは、1987(S62)年に、田無事故で廃車となった車両の補充で導入された編成である。 車版のほうは、これまでの西武のマークではなく、20000系や新101系更新車に準じた表示となっていた。

田無で6105Fの急行に乗り換えました。

東村山では、2047F(新スタイル)による花菖蒲号のHMの付いた編成を見ることが出来ました。

花菖蒲号は、6月の北山公園での花菖蒲の見頃に合わせて、新宿線、国分寺線で各1編成にHM取り付けの上で運転される状態である。

新宿線のほうは20000系の20153Fの8両固定編成が使用されているけど未だに見たことがない状態である。 
国分寺線の花菖蒲号は、2025Fが使用されていたけど、2047Fに変わっていた。

西武国分寺線は、1894(M27)年12月21日に前身の川越鉄道によって国分寺~久米川(仮駅)が開通。 1927(S2)年4月19日に東村山~高田馬場間が開業してからは新宿線の支線となった。

この路線は、日中には新所沢まで、競輪開催日には西武園まで直通運転が行われる。

国分寺線での使用車両は、2000系の6両編成が中心となっており、国分寺~新所沢間の直通列車も6両編成となる。 こちらは東急田園都市線と大井町線との直通運転の関係に似ている。東急大井町線との直通運転列車は5両編成となっているけど。

西武新宿線では、平日の日中のみ、6両編成の各駅停車も運転されている。池袋線の各駅停車はすべて8両編成。

東村山駅からは歩いて北山公園まで行き、ここで花菖蒲を見ました。 この時は見頃を迎えていた。北山公園までは徒歩約20分掛かりました。

北山公園での菖蒲まつりは、6月18日まで行われている。

北山公園の前には、西武西武園線の線路が通っており、菖蒲園をかすめて電車が通っている。

北山公園では、花菖蒲以外にもいろいろな花が咲き誇っている。

東村山駅まで戻った後、2047Fによる花菖蒲号の撮影を行いました。 この後、西武園線で西武園まで1往復しました。 西武園線で使用されていた車両は255Fの4両編成でした。

西武西武園線は、1930(S5)年4月5日、東村山~村山貯水池前(仮)間が開業したのは始まりである。 

村山貯水池前駅は、1941(S16)年3月1日に狭山公園前駅に改称。 1944(S19)年5月10日に営業休止。1948(S23)年4月1日に、村山貯水池前駅に戻されて営業再開。

1950(S25)年5月23日に西武園駅が開業。 

1951(S26)年3月1日に村山貯水池前駅が廃止されて現在の路線となる。

使用車両は新101系の4両編成がメインとなるけど、競輪開催日には、西武新宿または国分寺への直通列車も運転されている。

西武園駅は、2面3線の駅であり、1番線が競輪開催日に使用されている。

西武園ゆうえんちのほうは、西武多摩湖線・山口線(レオライナー)の西武遊園地駅が最寄り駅となる。 

西武園ゆうえんちは1950(S25)年に開園。 こちらにはハローキティのメルヘンタウンが有名となっている。 夏にはプールが開設されるほか、花火大会も行われている。

冬はアイススケート場も開設されている。

所沢駅西口から西武園駅まで西武バスが出ているけど、土曜・休日には西武園ゆうえんちまで延長運転されている。 

西武園駅は、西武園競輪場の最寄り駅となっているけど、駅前から西武園ゴルフ場へのシャトルバスも出ている。

西武球場前駅付近にあるユネスコ村では、百合(ゆり)が見頃を迎えていた。

西武園線の車窓からも花菖蒲を眺めることが出来ました。

西武園駅といえば、2001(H13)年9月29、30日の復活赤電、一昨年12月19日のさよなら旧101系のイベントで使用された駅でもあります。

復活赤電は、159Fが使用されていた。筆者は赤電で西武新宿から西武園まで行ったことがある。

西武園駅に行ったのは、赤電のイベント以来だった。

159Fの赤電は、10月7、8日の池袋~横瀬間でも運転されていた。

159Fは、運転終了後赤電塗装のまま一般の営業列車に使用されることもなく、黄色塗装に変更され、2004(H16)年3月に廃車となっている。

池袋線の旧101系で最後まで残った193、197Fは、2004(H16)年10月3日の横瀬でのイベントで披露。 池袋~横瀬間の臨時列車に使用されていた。

同年12月19日のさよなら運転の時は、西武園→東村山→本川越→所沢→西武球場前→所沢→飯能→西武秩父のルートで行われていた。

筆者は西武園から西武秩父まで乗ることが出来なくて残念に思っていました。その代わりに下村さんが乗車していたけど。

西武球場前駅での折り返しの間合いを利用して、西所沢まで1往復していたけど、この時に乗ることが出来てよかったです。

西武秩父に到着した後、横瀬まで回送され、4+4編成に分割され、後日解体されたのである。
 まさに廃車回送の送り込みの列車でもあった。

こちらは昨年10月2日に飯能から横瀬まで運転された227Fも同様に横瀬まで廃車のために送り込まれていた列車となった。 こちらは秩父鉄道への譲渡の対象とならずに横瀬で解体されていた。 

東村山駅では、3番線で特急列車の待避が行われているけど、この甲斐あって、2番線に停車中の2047Fの花菖蒲号と西武新宿線の急行列車との並びを撮影することが出来ました。

東村山駅の3番線は、西武園への折り返し列車の発着番線となっている。

東村山から所沢までは2511+2523Fの急行に乗車。

所沢からひばりヶ丘まで、20107Fに乗車。 西武20000系のほうは、1999(H11)年から2005(H17)年に掛けて、10両編成、8両編成各8本144両が製造されていたけど、2005(H17)年に当初の予定数である144両分全て出揃っていた。 

ひばりヶ丘駅は、前から橋上駅舎となっているけど、改良により大きく変わっていました。 

ひばりヶ丘駅南口には、西友、パルコ、ロータリーがありとても賑やかな状態である。 

北口は隘路が入り組んだ場所にあるので分かりづらい状態であるほか、北口のバス停のほうは、駅から大幅に離れている(北口から徒歩5分) 北口からのバスは、志木、新座、朝霞台、新座営業所方面となっている。

ひばりヶ丘駅=1924(T13)年6月11日に開業した時は、田無町駅と呼ばれていた。 現在のひばりヶ丘駅となったのは、1959(S34)年5月1日のことで、ひばりヶ丘団地の造成によるものである。

平日ダイヤということで、通勤準急も運転されていました。 通勤準急は、池袋を出ると大泉学園までノンストップで、大泉学園から先は各駅停車となる。

ひばりヶ丘から所沢までは、20000系の20108Fによる急行で戻りました。 これにより、20000系16編成分すべて制覇したことになりました。 20108Fのほうは、20000系で唯一未乗車の編成だった。

通勤帰りで混雑していたけど、所沢到着時に気を付けてお帰り下さいという、通勤帰りの電車らしいアナウンスもありました。 

所沢駅の西口には、西武デパート、西友、丸井、ダイエーなどがあり賑やかな状態となっている。

東口は、西武鉄道の本社があり、ここから羽田・成田両空港へのリムジンバス、名古屋・関西方面への夜行高速バスが出ている。

所沢では、駅周辺の日高屋で食事をしました。 日高屋は、埼玉県を中心に出回っている中華そばなどを扱う店となっている。 ここの中華そば(ラーメン)は390円とリーズナブルとなっている。ここのチャーシューは、デンマーク産の豚肉が使用されている。

ここでは、新宿線に貸し出されている303Fを見ることが出来ました。 あとは279F(2両編成)も新宿線に貸し出されているけど。

所沢から池袋までは、10000系の特急(ちちぶ50号)に乗車。この時の編成は、10106Fでリニューアルされていない編成となっていました。 
その足回り品は、5000系旧レッドアロー号の5509Fのものが使用されていた。

西武の10000系は、西武秩父線の定期運用に対応するために、最終増備車の10112F(VVVF新造車)を除いて、101系、3代目501系、5000系旧レッドアロー号の足回り品が再利用されている。 
5000系の旧レッドアロー号の足回り品は、101系と共通である。 同時期に登場した東武1800系(旧りょうもう号)の足回り品が8000系と共通となっているし。

そのため10112Fは、新宿線に限定運用されている。10112Fは、2003(H15)年5月31日に所沢から西武新宿まで乗ったことがある。

かつての特急車の足回り品の再利用の面でも、西武10000系NRAと東武200系りょうもう号と似通った関係があります。

西武4000系と東武6050系の関係もそうだけど、後者の6050系は初期型のみ6000系の足回り品が再利用されている。 西武4000系の足回り品はすべて101系から流用されていた。

10000系のリニューアル化は、10101~10105Fまで完了しているけど、今年度中に2本が入場する予定となっている。そのうちの10102Fは新宿線所属となっている。

池袋、西武新宿、高田馬場から所沢までの特急料金は350円 やはりこの区間のみの利用も多かったです。 こちらは小田急ロマンスカーで新宿~町田、相模大野間のみの利用が多いということに匹敵している。

池袋では、特急専用ホームに到着。 ここでは専用の出口から出場しました。 ここから出たのは久しぶりでした。 特急ホームの出口では、パスネットの2枚投入も可能となっている。
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by hy_sengen-sin | 2006-06-15 11:59 | 鉄道乗車記
6月11日は、萩原さんや黒岩さんなどと共に、川口、西川口、蕨での東北(宇都宮)、高崎線のモノクラス編成中心の撮影会に行って来ました。

ルート 椎名町~池袋~赤羽~川口~西川口~蕨~川口~赤羽~新宿~中野~目白五丁目

この日はあいにくの雨模様だったけど、撮影に成功したからよかったです。

椎名町から池袋まで2000系2091Fに乗車。 

池袋からは赤羽乗り継ぎで川口へ。 集合は9時だったけど、30分遅れてきました。

この間に大宮発のNE’Xが通過していたけど、撮影会のネタになっていたに違いないです。

この時のメンバーは、萩原さん、黒岩さん、木沢さん、奥野さん、林直樹さん、高石さん、筆者の7人でした。

ここでは、211系のモノクラス編成を撮影しました。 あとは209系の900番台の撮影もしたし。

209系900番台のほうは、窓の開閉化や延命化などの対象外となっておらず、部品が量産車と異なっているために保守の面で不利であるということで、近いうちに中央・総武緩行線から捻出される209系500番台に置き換えられて廃車となる可能性が高い。

もしも廃車となったら、京葉線で走っていた201系900番台と同様の運命となる。

川口駅前には、川口リリア、川口そごうがあるので賑やかな状態となっている。

この後、西川口まで移動。 ここでは、夢空間や189系による団臨列車を撮影することが出来ました。あとは北斗星も撮影することも出来たし。 あとは話題のスペーシアきぬがわ号も撮影しました。

6月5日から10日まで、485系に代わり、東武100系スペーシアが代走していたことがあった。 こちらは3月の営業運転直後に続いて2度目となっていた。

こちらは、小田急20000系、JR東海371系によるあさぎり号と同様の状態です。

この次にメインの撮影場所である蕨まで移動。

ここで撮影した車両は、211系のモノクラス編成のほか、E231系の5+5の10両のモノクラス編成、185系などでした。

E231系の5+5の10両編成も、7月のダイヤ改正で無くなる予定となっている。 これから捻出した付属編成が増結用に回され、15両編成が増えることになっている。 その穴埋めには、E231系の10両固定(グリーン車付き)が導入される。

現在は、新仕様のE231系が基本・付属ともに6編成導入されている。 こちらはすべて東急車輌で製造。自力で輸送されるためにダイヤ情報やとれいんには時刻が掲載されていない。

E231系の5+5の10両編成の付属編成化のことで、小田急1000系または8000系の4+4編成の付属編成化を思い出します。

JRE231系の場合は5+5の運用があるため、小山車の付属編成では号車表示が付いていなかった。 最新増備車のほうは、国府津車と同様に11~15号車の表示がある。

小田急では4+4編成の場合 7、8、9、10、7、8、9、10号車と変則的な表示となっている。

211系のほうは、グリーン車組み込み編成が基本編成となるけど、その対象外である5両編成は一部が付属編成として使用されるけど、それ以外の編成の動向が気になります。

485系のきぬがわ4号新宿行きを撮影しようとしていたけど、見事に被ってしまい撮影出来ませんでした。

この後は、改札外にあるラーメン店で昼食を取りました。

ここでは、貨物列車の撮影のほか、EF65牽引の12系客車も撮影出来たのである。

13時24分ごろ、485系きぬがわ5号が通過。 西川口寄りに移動したためにリベンジ撮影に成功。ということになりました。

この時に黒岩さんや萩原さんが大喜びの状態でした。 萩原さん主催の撮影ツアーでは毎回成功しているので今回も成功しました。

このツアーに参加したのは、2月5日の伊豆急撮影ツアー以来だった。 3月19日の横浜市営地下鉄撮影ツアーには参加することが出来なかったけど、1000系を撮影することが出来てよかったという声を聞いている。

この後、恒例の記念集合写真の撮影、撮影後高石さんと林直樹さんが早退したけど、高石さんは浦和方面の電車に乗り、浦和から中距離電車で帰宅。 林直樹さんは、赤羽方面の電車に乗って帰宅していたけど、209系900番台に当たっていたのである。

充分撮影した後、再び川口まで移動。

ここでは、24系客車の回送、カシオペア、北斗星を撮影。 今回のツアーのトリとして、東武100系スペーシアきぬがわ6号を撮影することに成功しました。

川口には、北九州から遠征してきたカメラマンも居ました。 この沿線には同業者も居たのである。

この後、京浜東北線で赤羽まで行き、湘南新宿ラインで新宿まで移動しました。 萩原さんと黒岩さんはそのまま京浜東北線に乗車。 湘南新宿ラインに乗り換えたのは奥野さんと木沢さんと筆者の3人だった。

新宿に到着後、東武100系スペーシアきぬがわと205系との並びを撮影。 この後解散しました。 

新宿駅にしばらく居たけど、ここで189系によるホリデー快速河口湖号、485系の特急日光号などを撮影していました。

485系の特急日光号と記念HM付きのりんかい線の70-000系との並びを撮影することも出来たし。6月5日から10日までは東武100系スペーシアとりんかい線70-000系との並びが見られていたのである。

この時に幕張車両センター所属の183系旧あずさ色の編成による団臨列車を見ることが出来ました。 この時の編成はクハ183-1017F(マリ31編成)の6両編成だった。

この日の新宿さざなみ号はE257系500番台(クハE257-503F)、新宿わかしお号は255系(クハ255-1F)だった。

あとは、特急あやめ祭り号の189系を見ることが出来ました。 今回は特急の表示で走っていたのである。 このことで萩原さんはがっかりしたと言ってました。

こちらは幕張車両センター所属のC3編成でグリーン車付きだった。

C3編成といえば、今年1月に新宿さざなみ号で使用されていたこともあったけど特急の表示となっていた。

E257系500番台(大船発着)だったら専用の表示もあるけど。183系時代はあやめのHMで運転されていた。こちらはホームライナー/おはようライナー逗子号の大船(鎌倉車両センター)停泊間合いで運用されている。

新宿から中野まで201系で移動。中野から目白5丁目までは、国際興業バスの池11系統で目白五丁目まで行きました。

池11系統(池袋線)は、池袋駅西口と中野駅(中野サンプラザ前)を結ぶバス路線で、国際興業バスと関東バスによる共同運行となっている。

このバスは新井薬師駅、哲学堂、落合南長崎駅、目白五丁目、要町駅を経由して池袋駅西口まで行くことになっている。

この路線は、1949(S24)年4月1日に、東都乗合自動車(現、国際興業バス)との共同運行により開設されていた。

中野駅北口は関東バスがメインとなっているけど、国際興業バス、京王バス(中野~練馬線)も乗り入れている。

逆に池袋駅西口のほうは、国際興業がメインとなっているけど、関東バスが高速バスを除いた路線バスでの唯一の乗り入れとなっており、池袋駅西口で関東バスが目立っている状態である。

国際興業便は、池袋営業所 関東バス便は、丸山営業所所属で、後者は他の丸山営業所の路線と同様に、関東バスの子会社であるケイビーバスに運行が委託されている。

国際興業のほうは、池80系統の池袋駅西口~池袋車庫間 関東バスのほうは、中10系統の中野駅~丸山営業所間で出入庫されている。

今回乗った車両は、国際興業バスの5022番(練馬200か13-39)で、いすゞのノンステップバスとなっていた。 

国際興業の路線バスは、北海道いすゞ自動車という国際興業グループのいすゞ系販売会社を持っている関係ですべていすゞ車となっている。山梨交通、岩手県交通、秋北バス、十和田観光電鉄などの国際興業グループのバス会社も同様にいすゞ車に指定されている。

国際興業バスでも、小型車および貸切車の一部は例外で日野製が導入されている。

中野駅から西武池袋線方面(池袋、江古田、練馬、中村橋方面)へと向かうバスは、途中西武新宿線の踏切を通るので、ラッシュ時を中心に定時運行出来ないということで問題となっている。 中野駅から北へと進む中野通りには、西武新宿線にまたがる踏み切りがあるので。新井薬師駅経由の便でも、新井薬師前の駅前の踏み切りを通過するので同様の状態である。


国際興業バスの池袋営業所は、要町駅付近にあり、池袋西口発着のほとんどの便、池袋発着の高速バスを受け持っている。 

中野発着の関東バスでは、1997(H9)年まで、中野~小茂根間の路線もあった。こちらは丸山営業所経由で環七まで出ていたけど、終点の小茂根では、環七通りの上でUターンし、折り返していたのである。 やはり利用客の減少および環七での折り返しの時の危険防止のために廃止されていた。

この次の撮影会ツアーは、7月2日に東急線方面、7月9日に西武線方面が予定されており、どちらも旧型車両目当てとなっている。
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by hy_sengen-sin | 2006-06-14 13:08 | 鉄道撮影ツアー

路面電車の日

路面電車の日である6月10日は、都電の荒川車庫で行われたイベントに行って来ました。

ルート 目白~大塚(大塚駅前)~荒川車庫前(イベント会場)~三ノ輪橋~早稲田…目白~新宿~代々木上原~下北沢~代々木上原~新宿~目白

目白から大塚まで山手線で行き、ここから都電で荒川車庫前まで行きました。 この時に乗った車両は7000形の7026号車でした。 

都電の7000形は、1955(S30)年に登場。1977(S52)年から1978(S53)年に掛けて車体が載せ替えられ、1987(S62)年から1991(H3)年に掛けて冷房改造。 2002(H14)年から順次行き先表示のLED化などで再更新されているけど、今回はその工事が大詰めを迎えていた。

こちらの足回り品は製造されてから50年経ったけど、現在でも使用されている。

荒川車庫前電停は、前身の王子電気軌道の路線として、1913(T2)年4月1日に、三ノ輪(現、三ノ輪橋)~飛鳥山下(現、梶原)間が開業したと同時に、船方車庫前電停として開設されていた。 

この日は、7000形のうち、方向幕のまま残る7004号車が動いていました。 この7004号車には、こち亀「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の30周年記念のラッピング電車となっていた。

7001号車のほうは、荒川車庫に留置中。

今年3月現在7003号車が未更新の状態だったけど、今回はLED化されていた。 

幕式で残った車両は、7001、7004、7029号車となっているけど7029号車は入場中。この2両も近いうちに入場予定なので7000形の方向幕車も見納めの時が近づいている。

都電のほうは、発車の時にチン、チン!と鳴るけど、ドアが完全に閉まった時に自動で鳴ることになっている。かつては車掌さんが手で鳴らしていたこともあった。

飛鳥山を出ると、都電荒川線で唯一となった道路との併用区間に入りました。 こちらは勾配があり、路線バスも走る区間となっている。 周辺にある飛鳥山公園は、お花見の名所として名高い場所であり、春には大にぎわいとなる。 飛鳥山公園には6000形の6080号車が静態保存されている。

豊島区の大塚南公園には、6162号車が保存されている。

6000形といえば、6152号車が2000(H12)年まで、第一・第三日曜日に走っていたこともあった。現在は、あらかわ遊園に静態保存されているけど。

飛鳥山公園はSLD51-853号機も保存されていることで有名である。

向原~大塚駅前間にある大塚台公園にはC58-407号機が静態保存されている。

荒川車庫前に到着した後、イベント会場へ。ここでは、旧塗装の7022号車と、最近になって化粧直しされた7504号車が展示されていました。

都電のイベントは、路面電車の日である6月10日前後、荒川線の日である10月1日前後に行われている。昨年は6月11日のほか、荒川線の日の当日である10月1日にも行われていた。

筆者が初めて都電の荒川車庫でのイベントに行ったのは、2003(H15)年6月15日のことだった。 一昨年は6月5日に行われていたけど、小田急の2600形のさよなら運転のイベントに行っていたので行かれなかったのである。

6月10日の路面電車の日は、1995(H7)年に広島市で開かれた「第2回路面電車サミット」で制定されていたのである。 路面の6と電車の10の語呂合わせで制定されていた。

今年は土曜日に当たったので路面電車の日当日にイベントが行われていたのである。

荒川線の日である10月1日は、1974(S49)年に27系統・32系統が統合されて荒川線となった記念日である。

7504号車のほうは、昨年6月11日のイベントの時は色褪せていた。 これを見たときに解体されるのではないかと不安だったけど、化粧直しおよび車体の修繕が行われてよかったと思っています。

7504号車のほうは、最初は三ノ輪橋行き、27系統の表示となっていた。あとは国民の祝日に使用される日の丸の旗も披露されていた。 7022号車にもそれが取り付けられていた。

27系統とは、三ノ輪橋~王子駅前~赤羽間の路線で、1974(S49)年10月1日に荒川線となる前に使用されていた。 王子駅前~赤羽間は、城東エリアの最後の路線と同時に、1972(S47)年11月11日をもって廃止。 
赤羽電停は、東京メトロ南北線・埼玉高速鉄道の赤羽岩淵駅付近にあった。

ちなみに、早稲田~王子駅前~荒川車庫前間の系統は、32系統となっていた。

昨年の6月11日は、旧塗装の7022号車の初お披露目だったけど、1年経った今でも継続されている。これがすぐに終わらなくてよかったです。

もう一つの目玉は、8502号車によって3回に分けて運転された森のリトルギャング号である。 
この時に8501号車の車内でペーパークラフト教室、8504号車の車内で切り絵の展示が行われていたけど、後者の8504号車のほうは、休憩用車両としても開放されていた。

こちらは西側の車両留置スペースである。

8504号車には、路面電車の日のHMが付いていた。 

あとは、8505号車ROSE(バラ)のHM付きが、森のリトルギャングのHM付きの8503号車と並べられていた。

この日の都電の運用は、8500系の定期運用は無かった。 

5501号車のPCCカーのほうは、倉庫として使用されているけど、この車内には、使用されなくなった7000形の方向幕が置かれていた。 こちらは昨年同様に色褪せた姿となっている。

やはり長いこと屋外に保存されているとこのような状態になりやすいという状態となってしまいます。 市川市の本八幡駅付近の大和田公園に保存されている7011号車もかなり色褪せている状態である。一昨年5月にそれを確認している。

かつて荒川車庫には、7000形の7012、7014号車、7500形の7514号車も保存されていたこともあった。旧塗装、非冷房車7012・7014号車のほうは、博物館計画が中止となり、引き取り手が無かったので残念ながら解体されている。最初は豊橋鉄道に譲渡されると思ったけど、予想が外れている。

豊橋鉄道には、旧7017、7021号車も譲渡されているけど。

7514号車のほうは、車体の補修、化粧直しされた後、小金井公園にある江戸東京たてもの園に保存されている。 筆者はそれを見たことがある。系統表示は6系統、行き先は新橋となっており、青山車庫に在籍していた時にタイムスリップしたような雰囲気となっている。

荒川車庫での出入庫線は、一方通行のデルタ式となっている。 梶原寄りが入庫線、荒川遊園地前寄りが出庫線となっているけど。 出庫後、王子・大塚・早稲田方面に行く時および、三ノ輪橋・町屋方面から入庫する時は、方向転換することになっている。

荒川車庫前の電停は、町屋駅前・三ノ輪橋方面は、降車専用ホームと乗車専用ホームに分かれているけど、王子駅前・早稲田方面は乗降兼用となっている。

早稲田・大塚・王子方面から荒川車庫前行きとして到着した場合は、降車専用ホームで客を降ろし、直接入庫線に入って入庫することになっている。 乗務員の交代は、降車専用ホームで行われているけど、王子・早稲田方面のホームで行われることもある。

このような運用であるため、車両の向きが一定でない状態であり、車端部にパンタグラフのある8500形の場合は、日によってパンタグラフの向きが異なることになる。

8500形のほうは、車内広告が無く、HMの取り付けが可能なので、ギャラリー電車に盛んに使用されている。 1990(H2)年5月の登場時からこうなっている。定員が64名と従来の7000形・7500形(定員96名)と比べて定員が少ないので、稼働率が高くなく、車庫で寝ている時が多い状態である。 8501号車のワンハンドル時代は稼働率が特に低かった。

荒川車庫での車両の移動は、トラバーサーで行われている。

公開エリアは、物販ブース、車両撮影エリア、留置線の部分となっていたけど、工場のほうは残念ながら非公開だった。

このイベント中は、都電の出入りが多い状態だったので、イベントの楽しみがあった。

この後7504号車は、早稲田・32系統の表示となり、町屋駅前、荒川線・ワンマンカーの表示となった。 

7000形の旧塗装車(7022号車)と旧7500形(7504号車)の組み合わせのことで、1978(S53)年にオールワンマン化された時を彷彿とさせる状態となっています。

青帯・ワンマン化された7500形の16両(7501~7508、7510~7513、7515、7516、7518、7520号車)のうち、7502、7504、7508号車を除いた13両が冷房付きの車体に載せ替えられていたけど、7504号車のみ未更新車として残されていた。

7502号車は、大田区萩中公園(京急空港線大鳥居駅付近)に、7508号車は、板橋区の板橋交通公園(大山駅付近)で静態保存されている。

7504号車のほうは、末期は朝ラッシュ時の特別列車(学園号)として、1998(H10)年まで使用されていたけど、同年に休車となり、6152号車と同様に2001(H13)年に廃車となっていた。あれ以来7504号車は荒川電車営業所に置かれたままで倉庫として扱われていた。

7504号車の化粧直し、車体修繕のほうは、荒川電車営業所の職員によって結成された都電7504号車保存会の手によって行われていた。 このように綺麗な姿で披露されたということで都電7504号車保存会にも感謝しています。

やはり古い電車に対する愛着を持っていることで素晴らしいと思っているし。

この後、7504号車が、路面電車の日という特別仕立ての幕表示に変わっていました。横の7022号車には、路面電車の日のHMも取り付けられていた。旧7500形は、昔ながらのバス型の窓の採用などで人気が高い状態である。このことで、かつて都バスで走っていたバス型窓の日野車(RE100型)を思い出しました。こちらのほうは、品川、目黒(現在は廃止)、葛西(現、江戸川)、杉並(現在は支所)の各営業所および青梅支所で走っていた。

あとはかつての三菱車もバス型の窓が採用されていたのである。 

14時30分ごろ、8502号車のよる森のリトルギャング号が発車。 こちらは小学生に限定されていた。 端の部分で乗車。乗客を乗せたままトラバーサーで移動し、ここから出庫して行った。

入庫の時も同様のルートを通っていたけど。 

昨年は地球号として運転されていた。 

都電では、終電車の前に緑色の表示があったけど、2004(H16)年4月1日のダイヤ改正で使用されなくなってしまったのである。 こちらは5月14日に閉館となった交通博物館にも展示されていたけど、筆者はこれを見て知ったのである。

会場では、記念のバス共通カード(7000形旧塗装車、7000形、7500形、8500形による並びの図柄)が発売されていたけど、即完売状態となっていた。やはり都電人気は凄いもんだなと思いました。 このことで5月13日の小田急9000系のイベントの時を思い出したし。

来年3月からPASMOが導入され、都電でも使用開始されるので、バス共通カードは貴重な状態となっている。

バス共通カードのほうは、バス専用というイメージが強いけど、都電でも使用出来るのである。

ここでは、都立農芸高校(杉並区)の生徒による手作りジャムの販売、都電もなかの販売などもあった。和太鼓の演奏も行われていたし。 

筆者は、1993(H5)年から1998(H10)年まで都電の追っ掛けをよくやっていたし、1993(H5)年から1994(H6)年まで、都電の写真をよく撮っていたのである。

当時は6152号車が第一・第三日曜日に運転されていたのであの頃が懐かしいです。

1995(H7)年2月までは、都電の運賃が140円となっていたこともあった。現在は160円均一となっているけど。

イベントが終了した後も人が絶えなかった状態でした。 7504号車は、留置線まで行っていたけど、自力で走行していました。 この時に久々に走っている姿を見ることが出来たのである。
 このように自力で走っていたということで素晴らしいと思います。

7022号車のほうは、そのまま営業運転に入ると思っていたけど、残念ながら留置線に送り込まれていました。

荒川車庫前から三ノ輪橋まで、始発電車で移動。 この時に乗った車両は7500形の7507号車でした。

こちらは、一昨年の7月22日に発売されたモーニング娘。の「女子かしまし物語」のプロモーションビデオ(PV)のロケに使用された車両であった。 あとは荒川電車営業所でもロケが行われていたので、東京都交通局荒川電車営業所の協力で作成されたPVである。

小台~宮ノ前間は、以前併用軌道となっていたけど、一昨年に分離されている。 こちらはセンターポール式の架線柱が特徴となっている。

小台電停のほうは、上下で同じ位置となっていたけど、町屋・三ノ輪橋方面の乗り場が宮ノ前よりにずれていたのである。 現在は旧ホーム跡を見ることが出来る。

熊野前電停は、来年度中に日暮里舎人線という新交通システムへの乗り換え駅となる予定。現在はその高架線、駅舎のインフラ部分が建設されている。

町屋駅前、千代田線や京成線への乗り換え駅 町屋といえば、モーニング娘。の亀井絵里ちゃんの出身地でもある。

荒川車庫前より先の区間に乗ったのはかなり久しぶりでした。 あとは、東尾久三丁目~町屋二丁目間の一部に交差点が新設されていた。この区間には踏切が2ヶ所あった。

都電では、荒川車庫前~荒川遊園地間、町屋駅前~三ノ輪橋間でバラが咲き誇っている。

三ノ輪橋電停は、バラが咲き誇る電停として有名で、関東の駅百選に認定されている。

ここでは7004号車を撮影した後、7005号車で三ノ輪橋から早稲田まで移動しました。 1両で三ノ輪橋~早稲田間通しで乗ったのも久しぶりだった。 1993(H5)年6月に8502号車で三ノ輪橋から早稲田まで乗ったことがあるし。

鬼子母神前電停付近では、地下鉄13号線の雑司ヶ谷駅の建設工事が行われているけど、それに併行して、道路の建設も行われるので、学習院下~雑司ヶ谷間の景観が大きく変わることになる。 この区間では、サンシャイン60をバックに走っているし

学習院下付近の明治通り沿いでもサンシャイン60をバックに走っている。

地下鉄13号線のほうは、2008(H20)年6月の開業予定となっており、当然のことながら西武・東武(東上線系統)で大規模な改正が予定されている。

鬼子母神前電停付近で徐行していたのはそのためである。

場合によって、日暮里・舎人線のほうが地下鉄13号線よりも先に開業することもありゆる状態である。

学習院下電停を出ると、神田川を渡り、新宿区へ。 ここを出た後、新目白通りを横断し、新目白通りの中央部分へ。

かつては、ここから高田馬場駅まで線路が出ていたこともあった。

この後、面影橋電停を通り、終点の早稲田電停へ。 早稲田電停は、新目白通りの中央部分にあり、ここには自動販売機もある。

周辺を走る都営バスは以前グランド坂を経由していたけど、のちに新道経由となり、都電の早稲田電停の横を都バスが通る姿も見られるようになった。

この後は、都電を見ながら目白駅まで歩いていきました。 都電では鬼子母神前または学習院下から目白駅まで約15分ほどで歩いて行くことも出来る状態である。 

筆者の家から都電までも近いという状態である。 自転車でもすぐ行ける状態である。

あとは学習院下または面影橋電停から高田馬場駅まで歩いて行ける状態でもある。

目白から新宿まで山手線で行き、ここから小田急線で下北沢まで行きました。 

下北沢駅で降りた後、周辺の北沢タウンホールで行われた小田急部会改め、小田急研究会に参加しました。

6月10日からは、東北沢~代々木上原間の上り線が切り替えられていたけど、千代田線の折り返し用の2線も海側にずれていた状態であった。

都電荒川線では、6月13日に衝突事故が発生し、7505号車による三ノ輪橋発早稲田行きの電車が、7020号車による試運転車両に衝突していた。

7020号車の試運転車両側はバンパーが凹んだ程度となっているけど、7505号車とともに今後の動向が気になります。
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by hy_sengen-sin | 2006-06-12 03:30 | 鉄道イベント

東急5159F

この日(6月8日)は、東急5050系の5159Fのうちの4両を見に、長津田に行きました。

ルート 目白~渋谷~三軒茶屋~長津田~こどもの国~長津田~中央林間~相模大野~新百合ヶ丘~下北沢~新宿~目白

まずは山手線で渋谷へ。渋谷から三軒茶屋まで乗った編成は、6ドア付きの5107Fでした。こちらは、昨年4月27日に登場した6ドア編成の第二弾で、5104Fから編入された中間車1両を除いてフルカラーLEDの表示が採用されていました。

5000系の6ドア入りの編成は、今年度中に5108、5109、5110Fが登場し、5106Fにも6ドア車両が連結されるようになった。 5106Fから捻出された中間車は、5109、5110Fに組み込まれている。

5108Fのほうは、5104Fから編入された中間車も入っているけど、事故廃車分の補充ということでフル新造車となっている。

5000系の6ドア車は、昨年2月14日の導入からは平日の午前中に限定されていたけど、のちに終日運用に拡大。 今年4月下旬からは土休日にも4ドア車と共通運用で使用されるようになった。 逆に東武線乗り入れ非対応編成が平日に限定運用となってしまった。

三軒茶屋から長津田までは、東武30000系の31605F+31405Fに乗車。 こちらは、2003(H15)年3月29日から30日にかけて、3社直通運転記念号として中央林間~東武日光・鬼怒川温泉間に運転されていた。 3月29日は往路、3月30日は復路で運転。

31605Fが東武日光、31405Fが鬼怒川温泉まで運転されていた。 新栃木より先は普段30000系が走らないため、貴重な列車となった。 分割・併合駅は南栗橋駅。

31605Fのほうは、普段見ることが出来ない快速東武日光の表示で運転されていた。 

筆者は、3月30日に東武日光から中央林間まで乗ったのである。 新大平下では、2編成が集結するシーンを見ることが出来た。

30000系の動向。昨年度は、31613、31413Fが地上線運用に転用、ATC装置等は51052Fに流用。 
今年度に入ってからは、31612、31412Fが51056F、31611、31411Fが51053FにATC装置等が流用されて地上線運用に転用されていた。

最近になってからは31614、31414Fが運用離脱されたけど、これによって、2002(H14)年度に導入された30000系が、すべて半蔵門線、田園都市線直通運用を離れ、地上線運用に転用されたのである。

31614、31414Fの地下鉄直通運用を見たのは、4月22日が最後となった。

東武30000系の6+4の編成を生かした臨時列車といえば、GWに運転されたフラワーエクスプレスを思い出します。 今年は長津田~館林、太田間に運転されていた。
今年は31609+31409Fが使用されていた。 昨年は太田に到着した後、新伊勢崎まで回送されていたけど、今年は館林まで回送されていた。

ちなみに昨年使用された編成は、31604+31404Fだった。

二子玉川駅では、大井町線グラデーション塗装に変更された8090系、8590系を見ることが出来ました。 土休日に運転される中央林間~大井町間の直通急行は、8500系または8590系が使用されるたみにグラデーション塗装に変更されたけど、誤乗防止のために8090系にも採用されたのである。8090系のうち後期型の編成(8081、8083、8085、8087、8089F)においては、グラデーション塗装に変更済み。

二子玉川~溝の口間では線路の切り替えが行われており、高津~溝の口間の上り線が切り替えられていた。

鷺沼で、大井町線の8005Fを見ることが出来たけど、大井町線新塗装の対象外となっていた。 大井町線には8000系のうち8001Fと8005Fが残っているけど、複々線化されるまでの間に廃車となることは確実である。

あざみ野駅では、2000系の2101Fによる清澄白河行きを見ることが出来たけど、8500系の一部と同様に東武乗り入れ非対応であるために、運用範囲が大幅に縮小されている。 3月18日以降は平日のみの運用となった。 2000系のほうの動向が非常に気になります。

長津田駅に到着。この後、DE10-1189号機による牽引で、5050系の5159Fの甲種回送列車が到着。 前日の6月7日は元町・中華街寄りの8両が輸送されたけど、今回は渋谷寄りの4両が輸送されていた。

編成は、DE10-1189+5159+5259+5359+5459で、この日は八王子から長津田まで輸送されていた。

5159Fの甲種回送は、6月6日に逗子を出発し、この日のうちに根岸線、品鶴(ひんかく)線、武蔵野貨物線、南武線、中央線経由で八王子まで行き、ここで4両+4両に分割され、7日には横浜(元町・中華街)寄りの4両(5559+5659+5759+5859号車)が、8日に、渋谷寄りの4両(5159+5259+5359+5459号車)がそれぞれ長津田まで輸送されていたのである。

10両編成の5000系の場合は、5両+5両に分割されていた。

今年度は、5000系列が97両導入されるけど、田園都市線用5000系が10両3編成30両(今年度導入分は、29両、5106F用の6ドア車2両を含む)

東横線用5050系が8両7編成56両

目黒線用5080系が6両2編成12両

計97両となる。

田園都市線用のほうは8500系の置き換え用または6ドア拡大用

東横線用のほうは、8000系の置き換え用

目黒線用のほうは、今年9月の急行運転に伴う増備車として導入されることになる。

5080系の導入は、2004(H16)年5月以来2年ぶりとなるけど、どのような仕様となるのか気になります。 これにより、5080系を見る機会が増大することになる。

田園都市線では、5000系の導入により、8604、8605、8608Fが廃車となっている。これに伴いスカート無しの8500系が全廃となっている。これらの状態の良い中間車の一部は、他の編成に転用されることになっている。

昨年度は8603Fが廃車となっているので釣り合うことになる。

東武線乗り入れ非対応の8500系のうち、8606、8607、8609、8610、8611、8612Fのほうは先は長くない状態となっている。

VVVF試験車が含まれている8642Fのほうは、東武線乗り入れ非対応となっているけど、2000系と同様に安泰ということになる。

8000系は、東横線に8013、8015、8017、8019、8039Fが、大井町線に8001、8005Fが残っているけど、5050系の導入により、今年度中に全廃される確率が高くなってきたのである。 

この時に8005Fの回送列車を見たけど、鷺沼から長津田まで回送での運転となっていました。この編成は車両故障により運用から離脱されていた。

8601Fから転用された中間車のうち 8895号車が8620F、0704号車が8617Fに。 

8602Fから転用された中間車のうち 8792、8896号車が8620Fに。

8603Fから転用された中間車のうち 8793、8897号車が8628Fに。

8605Fから転用された中間車のうち 8795、8899号車が8515Fにそれぞれ転用されている。

8608Fから捻出された0713、0813号車のほうは、他の編成に転用予定となっている。

ここから捻出された中間車は8615Fのうちの8836、8747号車、8617Fのうちの8723号車、8620Fのうちの8726、8857、8755、8848号車、8628Fのうちの8840、8740号車となっている。

旧8723号車のほうは、譲渡用試作車として先頭車改造。のちに伊豆急のT-12編成として譲渡されている。

8603Fのうちの先頭車2両のほうは、長野電鉄に譲渡されることが予想される。

到着後DL牽引により引き込み線へ。 ここでDLが切り離された後、DLが元の場所に移動。

DE10-1189号機は、新鶴見機関区川崎派出所所属で、JRFの新塗装(朱色、白、グレー)となっていた。

この機関車は、5月30日に東京メトロの10000系の甲種回送で、新鶴見から担当していたのである。

これらのDE10型ディーゼル機関車は、甲種輸送にも大活躍しているという状態である。

しばらくした後、東急版のドクターイエローである7200系事業用車の2両(デヤ7200+デヤ7290)が入線。引き込み線で5159Fと連結されてから3番ホームに戻り、ここから長津田検車区まで送り込まれていた。 

7200系の事業用車は、1967(S42)年に東急車輌におけるアルミ試作車としてデハ7200+クハ7500の2両が落成。 登場当時は、ステンレス製の7200系と同様に、田園都市線や大井町線で使用されていたけど、1980(S55)年よりこどもの国線専用車となる。 1989(H1)年1月のワンマン化により7000系に置き換えられ、運用から追われた2両が事業用車に改造されたのである。

デハ7200型はデヤ7200型に、クハ7500型は電装化されてデヤ7290型に改造されたけど、どちらも両運転台化されていた。 

このことで、十和田観光電鉄に譲渡された元東急の7200系を思い出しました。 こちらも単行運転対応により両運転台化されているので。

デヤ7290型は、架線検測車、デヤ7000型は、動力車として使用 デヤ7290号車のモーター類は、VVVF化(7600系化)により捻出されたデハ7402号車のものが流用されている。

1998(H10)年には、軌道検測車として、サヤ7590号車が新製されていたけど、こちらはステンレス製となっている。 この車両は、検測時しかお目に掛かれない状態となっている。

これらの事業用車は黄色、赤、青の派手な塗装となっているので、派手車と呼ばれている。

検測時以外は、サヤ抜きの2両で、構内入れ替え、入出場の控え車として使用されるけど、ATC装置の無い東急多摩川線、池上線所属車両の長津田への出入場と時に併結運転されることになっている。

運転台は、事業用車に改造された時からワンハンドル式となっている。 東急のワンハンドルマスコンは、1969(S44)年に登場した8000系から採用されているけど、現在は東急所属車両の全てがワンハンドルマスコンとなっている。

東京メトロの03系のほうは、東急乗り入れ車両で唯一従来型の運転台となっている。03系以外の東急乗り入れ車両はすべてワンハンドルマスコンとなっているけど。

これまではデヤ3001号車(軌道検測車)+デヤ3499号車(動力車)が使用されていた。のちに東急車輌に譲渡。

この後は長津田駅構内にある立ち食いそば屋で昼食を取った後、横浜高速鉄道こどもの国線でこどもの国まで行きました。 この時に乗った車両は、Y012Fの2両編成で、東急3000系がベースとなっていました。

通勤線化された後のこどもの国線は、みなとみらい線と同様に、路線・車両が横浜高速鉄道の保有となっているけど、車両の運用は東急電鉄に委託されている。

こどもの国線は、こどもの国へのアクセス路線として、1967(S42)年4月28日に長津田から弾薬庫への引き込み線跡再利用の上で開業したのが始まりだった。

当初は、東急旧3000系のデハ3405+クハ3866号車が使用されており、閑散期は、デハ3405号車による単独運転となっていた。1972(S47)年には、クハ3866号車からクハ3662号車に代替されていた。施設は当時こどもの国協会の保有で、東急電鉄によって借り入れられていた。当初は、長津田~こどもの国間ノンストップ運転。

こどもの国は、1959(S34)年の皇太子殿下(現、今上天皇)のご成婚記念として、1965(S40)年5月5日のこどもの日に開園。 この場所は、弾薬製造貯蔵施設である東京陸軍兵器補給廠・田奈部隊填薬所(のちの田奈弾薬庫)の跡地に建設されていた。 敗戦後は、田奈弾薬庫として米軍に接収されていたけど、1961(S36)年に日本軍に返却されていた。

現在は、その名の通り、子供たちの為の遊園地となっており、こども遊牧場、こども動物園、ポニー牧場、キャンプ場、白鳥湖、プール、スケート場、サッカー場、サイクリング場などがある。ここには、皇太子記念館もある。 メインは横浜市青葉区となっているけど、一部は東京都町田市にもまたがっている。

よみうりランドという遊園地も、神奈川県(川崎市多摩区)と東京都(稲城市)にまたがっている。

こどもの国へは、小田急線の柿生、鶴川駅から小田急バスで行くことが出来る。

こどもの国線の車両は、1975(S50)年には、同じ旧3000系同士で置き換えられ、デハ3608+クハ3772号車となった。

1980(S55)年には、前述の7200系のアルミ試作車(7200+7500号車)が転用。

1989(H1)年1月には、こどもの国線のワンマン化により、7000系のデハ7057+デハ7052号車に置き換えられていた。

1999(H11)年8月1日、通勤線化前に、横浜高速鉄道のY000型が営業運転開始。 これにより7000系が運用から離脱され、冷房化率が一気に100%となった。Y000系化された後もワンマン運転が継続されている。

この7000系は、東急車輌に譲渡され、デヤ3001+デヤ3499号車に代わる事業用車・入替車として使用されるようになったけど、こどもの国線塗装のまま使用されている。

筆者は、1997(H9)年8月に7052Fに乗ったことがあるけど、あの時が最初で最後となった。

2000(H12)年3月29日、通勤線化され、運用時間および運用本数が拡大された。同時に中間駅である恩田駅も開業。こどもの国駅の駅舎も改築されていた。

通勤線化される前のこどもの国線は、こどもの国へのアクセス向けの路線ということで始発が8時台と遅く、終電が18時台と早く、運転本数も少なかった。 こどもの国の休園日には、運転本数がさらに減らされていたのである。

当時は、GW中や夏休み中を中心に大井町線用の5両編成も応援で入っていたこともあった。
 この時は冷房車であったので喜ばれていたこともあったし。筆者は、1994(H6)年に8003Fで通ったことがある。 この8003Fは、現在インドネシアに譲渡されている。

通勤線化の完成後は、運行時間帯が6時台~23時台と大幅に拡大し、恩田駅に交換設備が出来た為、列車の本数も平日の朝夕は1時間に5~6本になり、その他の時間帯も20分間隔のパターンダイヤとなって利便性が大幅に向上。現在は、運行時間帯は5時台~0時台となっている。

現在のこどもの国線のY000系のほうは、1999(H11)年8月1日にY011Fが登場。のちにY012、Y013Fも導入されて3編成となった。

運用はラッシュ時は2本、日中は1本での運用でもう1本が予備となる。 恩田駅で交換。

日中の運転間隔は20分。 

2001(H13)年にはGWなどの多客期には2+2の4両での運転もあったけど、現在は多客期に10分間隔による運転に変更されている。

このような運転体系は、JRの南武支線(尻手~浜川崎間)に準じている。 こちらもラッシュ時は2本、日中は1本での運用となっているので。 南武支線のほうは、205系1000番台(中間車改造車)が使用されているけど、それ以前は101系が使用されていた。

東京メトロ千代田線の北綾瀬支線(綾瀬~北綾瀬間)でも、専用車両が3編成在籍しているけど、こちらは終日1本運用となっている。

長津田駅での乗り場(7番線)は、通勤線化される前は、地下通路によって連絡されていたけど、現在は橋上駅舎の連絡改札を通ることになっている。 横浜高速鉄道側は、無人駅の状態となっている。

こどもの国線の通勤線化工事の時は、休園日にバス代行輸送が行われていたこともあった。

中間駅である恩田駅は、東急の長津田車両工場の最寄り駅であり、これが出来る前は専用の送迎電車が運転されていたこともあった。

長津田の車両工場には、運用離脱された8604Fと8023Fを見ることが出来ました。 

長津田の車両工場は、1972(S47)年に元住吉から移転して開設。 ここでは東急電車全般を扱う車両工場となっている。
世田谷線の車両は、台車・電気機器のみ上町から長津田までトラック輸送により整備されているけど、車体のみ上町で整備されている。

ここの入れ替え車として、ED301型電気機関車やデワ3043号車が使用されている。前者(ED301号機)は、伊豆急でED2511号機として活躍していた。
デワ3043号車は、デハ3498号車から改造されている。塗装は黄色と青のツートン

長津田検車区は、1979(S54)年にこれまでの鷺沼検車区から移転して開設されていた。こちらは田園都市線所属車両のほか、大井町線車両も配置されている。二子玉川~長津田・中央林間間で、大井町線用の5両編成の回送列車(一部営業列車)を見ることが出来るのはそのためである。 

こちらは、神奈川県横浜市緑区と東京都町田市にまたがっている。 田園都市線からは長津田駅を出た後に左へカーブするために全景を眺めることが不可能だけど、JR横浜線の成瀬~長津田間の車窓から眺めることが出来る。

ここには、8000、8500系などの休車体が留置されている。

長津田検車区といえば、Jポップバンドグループである175R(イナゴライダー)の「空に唄えば」のPV(プロモーションビデオ)の撮影ロケ現場となっている。

2002(H14)年11月にリリースされたハロープロジェクト系のグループであるカントリー娘。に石川梨華(モーニング娘。)(当時)の「BYE BYE 最後の夜」のプロモーションビデオ撮影は、長津田検車区に留置中であった8590系の8693Fの車内で行われていたこともあった。

8693Fは現在東横線で入っている。

8691、8692Fのほうは、大井町線に転用されているけど、8391、8291、8191、8393、8295、8195号車が休車中となっている。

長津田駅から中央林間まで、8632Fの急行に乗車。 南町田駅は、グランベリーモールへの最寄り駅となっているので、土曜・休日は急行が停車するようになったけど、平日は通過のままである。

中央林間駅は、1984(S59)年4月9日に開業した地下駅でピンク色の壁となっている。 開業当初は、各駅停車しか無く、日中は1時間に4本しかなかったけど、現在は急行列車を含め、頻繁に運転されている状態である。

小田急江ノ島線の急行の中央林間停車は、1990(H2)年3月27日の改正からである。

中央林間から相模大野まで小田急8254Fによる各駅停車に乗車。 この編成は8000系で一番最初にVVVF化された編成となっている。

大野工場では、先月廃車となった5200系5259Fの解体作業が行われていました。 この時点でクーラーが取り外されていた。 この5259Fは、5000系列で一番最初に廃車となった編成である。

小田急3000系のほうは、6両編成の3277Fまで導入されており、5259Fはそれを受けて廃車となったのである。 3000系の6両編成は、6本導入される予定だけど、ドアチャイムの無い初期更新車から順次廃車となる予定である。

今年5月13日をもって営業運転から離脱された9000系の9407F+9001Fのほうは、一昨年6月5日をもって運用離脱された2670Fと同様に、解体されずに留置されたままとなっている。

相模大野から新百合ヶ丘まで乗った編成は、3273Fの快速急行で、8000系の4両編成と連結されていた。

8000系のほうも、1000系と同様に4+4の8両編成で各停運転に使用されていたこともあったけど、3000系の8両固定編成の増備により、4両の付属編成に転用されている。 これにより、4000系や9000系の4両付属編成も置き換えられていたけど、5000系の4両編成も置き換えの対象となっている。

5259Fは、1980(S55)年に製造されて以来26年間活躍していたけど、9000系と同様に初期型の5000系よりも先に廃車となったということで驚きでした。

新百合ヶ丘から下北沢までは、1000系のワイドドア編成である1752Fの急行に乗車。この時に1000系の4両編成と併結。 

1000系のワイドドア車である1500、1700番台は、1991(H3)年4月1日に営業運転開始。 この日は、東京都庁が丸ノ内から西新宿に移転した日でもある。

当初は、6両編成、4両編成各2本ずつ配置されていたけど、ドア幅は2mとなっていた。

翌年の1992(H4)年には4両編成4編成16両追加導入。当時は4+4の各停運用で新宿方のほうに連結されていた。
1998(H10)年には、ドア幅が2000系と同様の1.6mに縮小、座席が拡大されたけど、外観は2m時代とは代わらない状態である。

2004(H16)年には、一部中間車化の上で、4両編成6本が6両編成4本に組み替えられていた。 この時に1551F~1556Fが、1753~1756Fとなった。

下北沢駅の改札の外には、地下化工事インフォメーションセンターがありました。 

下北沢から新宿までは、5200系+5000系の編成に乗車。 この時に5270F側に乗車しました。 新宿寄りには5064Fが連結されていた。

小田急5000系のほうは、5051F~5062Fが、1969(S44)年から1971(S46)年にかけて導入された初期型。 5063~5065Fは1976(S51)年に導入されていた。

東急の5159Fは、長津田で整備された後、田園都市線で試運転され、田園都市線、大井町線、目黒線、東横線経由で元住吉まで送り込まれ、営業運転に入る予定となっている。

次回の東急5160Fの甲種輸送は、6月20日から22日にかけて行われる予定。
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by hy_sengen-sin | 2006-06-08 16:45 | 鉄道車両・路線

武蔵丘でのイベント

6月4日は、西武の武蔵丘車両検修場で行われた西武・電車フェスタ2006に行ってきました。

ルート 目白~高田馬場~西武新宿~(所沢・飯能経由)~武蔵丘検修場~飯能~池袋~新宿~中野~新宿~目白

まずは、高田馬場から西武新宿まで6000系の6105Fに乗車。 こちらは登場当時池袋線に配置されていたけど、有楽町線直通対応化されなかったので、新宿線に転属。 この編成は、池袋線所属(有楽町線直通対応)の6155Fと同様に、でんたび号というイベント列車で使用されることもある。

西武6000系は、東急車輌によって設計・製造されていたけど、アルミ車のほうは、日立製作所で製造されていたのである。

西武6000系のうち、有楽町線対応化されなかった初期型の編成(6101~6107F)が新宿線配置となっている。西武新宿線に一番最初に転属してきた編成は、6107F。

池袋線所属の6000系のうち、6112、6115、6116、6117Fのほうは、新宿線で走っていたこともあった。 

池袋線所属の6000系は、13号線直通運転対応化されるけど、新宿線所属の6000系についてはどうなるのか不明である。

1992(H4)年に登場した6101、6102Fのうち、6101Fは、落成当時6101+6201+6601+6001号車の4両編成で試運転が行われていたことがあった。 当初は2編成ともに車椅子スペースが無かったけど、のちに追加されていた。

高田馬場では、イベント列車の20103Fの送り込みの回送列車を見ました。 この列車にはHMが付いていた。 昨年は20104Fが、一昨年は9103Fが使用されていた。
2003年は9000系 2002年は、101系の6+4の10両編成だった。

2002年の101系による特別列車は、飯能駅5番線(特急専用ホーム)から発車していた。この時は1500人限定となっていた。 6両編成側は1211Fが使用されていた。

20000系のほうは、10両固定の20101Fと8両固定の20152~20157Fが新宿線所属となっている。なので違和感が無かったです。

この列車は西武新宿駅3番線から発車。 表示は、急行飯能となっていたので、普段見ることが出来ない西武新宿発急行飯能行きの列車が設定されていました。

飯能までは、一般の乗客も乗車可能となっていた。

9時17分に西武新宿駅を発車。 途中高田馬場、鷺ノ宮、上石神井、田無、花小金井、小平、久米川、東村山、所沢の順に停車。 

このように、池袋線所属の車両が新宿線を走る姿を見ることが出来たので、臨時列車ならではでした。 車両操りの関係で池袋線所属の車両が新宿線に貸し出されることやその逆のこともあるけど。

西武新宿線では、以前西武新宿~上石神井間が複々線化され、地下急行線が出来る計画があったけど、中止となったために幻の地下区間となった。この時に高田馬場~上石神井間がノンストップ運転となるはずだったけど、これが実現していたら鷺ノ宮駅の利用客からクレームがあったに違いなかったです。

昨年は、西武新宿線と東京メトロ東西線との直通運転化の構想が打ち出されたのである。 この時に、下落合駅付近から高田馬場駅までの連絡線路が設けられることになる。

上井草駅のほうは、下りホームが南口、上りホームが北口となっており、連絡通路が無いので、反対側のホームに行く場合は踏切を渡らなければならないので改良工事が求められています。

所沢駅では、池袋線の下りホームに到着。 ここから進行方向が変わり、池袋線へ。普段の急行飯能行きと同じルートとなりました。

小手指駅を出ると、小手指の車両基地が広がりました。 ここでちびっ子たちがはしゃぐ姿が現れていました。こちらは、1966(S41)年5月に開設されている。

ここからは各駅に停車し飯能へ。 

入間市駅のほうは、かつて特急通過駅で周辺には何も無かったけど、現在はすべての特急が停車し、かなり開けた駅となっている。 駅前にはPePeもある。

稲荷山公園駅は、航空自衛隊の入間基地の前にある駅で、11月3日の航空祭の時には賑わう状態である。 筆者は昨年11月3日に航空祭に初めて行き、ここで高等専門学校時代の友人と再会したのである。

仏子~元加治間で入間川の鉄橋を渡るけど、ここにはかつて使用されていた旧橋梁の遺構が残されている。

飯能駅に到着。ここから臨時の表示となり、イベント列車としてのイメージが濃くなってきました。 

飯能駅は、改良前2面3線で構内踏切があったということを覚えています。 現在は橋上駅舎、3面4線に変わっている。
1、4番線=所沢、池袋、有楽町線方面 2、3番線=西武秩父方面 5番線=特急専用ホーム

西武秩父駅では、かつて使用されていた旧発車メロディー音が残っている状態だけど、特急専用ホームでは、JR西日本の京都駅在来線ホームと同じ発車メロディー音となっている。

ここを出た後東飯能駅を通過し、武蔵丘車両基地構内へ。 ここでは、6000系、2000系、101系、4000系と顔を合わせました。 ここでもちびっ子たちがはしゃぐ瞬間でした。
ここでは、HM付きの20000系の20102Fの姿もありました。 こちらは、飯能発武蔵丘行きの先発直通電車(飯能9時45分発)に使用されていた。

構内で何回も停車し、武蔵丘車両検修場構内へ。 ここで、スタッフなどの歓迎を受けました。 
行きの直通電車は、 飯能9時45分発、西武新宿9時17分発の2本のみ 本当は本数を増やしてくれればよかったなと思っています。

臨時電車は、構内の仮設ホームに到着。 この線路は、普段最終検査が行われる検査線として使用されている。

武蔵丘車両検修場は、2000(H12)年6月16日に操業開始。 これまでは、所沢駅付近の西武所沢工場で検査が行われていた。 

西武所沢工場は、2000(H12)年に閉鎖されたけど、最後に検査を受けた車両は、2459Fだった。 電車の製造のほうも行われていたけど、1999(H11)年に落成した9108Fの中間車をもって終了していた。 

2459Fは、池袋線所属の2両の付属編成で専ら8+2の10両編成の増結用として使用されている。

やはり老朽化で手狭となったほか、10両固定編成のまま送り込むことが出来ないという理由で移転されていたのである。 

西武の所沢工場へは、単線の連絡線路によって結ばれていた。途中3ヶ所踏切あり。 その踏切は現在も残っている。線路は構内を除き撤去済。

武蔵丘車両検修場は、約84750㎡と、西武所沢工場よりも広くなっており、1年に約480両の点検・整備が可能となっている。あとは、地球環境にも優しい車両工場でもある。あとは、環境活動のコーナーもあったので素晴らしいなと思いました。

西武の武蔵丘でのイベントは2002(H14)年6月1、2日より行われており、今年で5回目を迎えていた。 筆者は毎年欠かさずに行っている。

隣接する武蔵丘の車両基地は、1988(S63)年11月に電留線として開設されていた。 2000(H12)年のダイヤ改正で、拡張されて車両基地に格上げとなった。 こちらは保谷車両管理場(現、保谷電留線)の代替えとして使用されている。

4000系のほうは、当初は小手指所属だったけど、2000(H12)年から全て武蔵丘所属となっていいる。 

臨時電車を降りた後、架線作業車を見物しました。 この横にはHM付きのE31型電気機関車のE32号機がありました。

ここの臨時改札口では、有人によるパスネットの処理が行われていました。来年はPasmoが導入される予定だけど、簡易Pasmoリーダーが導入されることが予想されます。
武蔵丘までの臨時列車の場合は、西武線の東飯能までの乗車券が必要となる。

架線作業車は、京急の時と同様に、いすゞの2トントラックであるエルフがベースとなっていた。
 
E31型電気機関車は、1986(S61)年から1987(S62)年にかけて西武所沢工場で4両が製造されていた小型の電気機関車で、横瀬車両基地所属である。 こちらはE851型電気機関車と同様に貨物列車の牽引に使用されていたけど、現在は新造車両の輸送、バラスト散布車の牽引に使用されている。
前面スタイルはE851型電気機関車の流れを組んでおり、JRのEF65型の初期型、EF81型電気機関車みたいな顔つきとなっている。

E851型のほうは、今から10年前の1996(H8)年3月をもって貨物輸送から引退。 同年5月25、26日の2日間にJRから借り入れられた12系客車牽引によるさよならイベント@最初で最後の客車牽引が行われていた。 こちらは所沢~横瀬間で運転されていた。筆者はこれに乗車している。

4両あったうちのE851型電気機関車のうち、E854号機のほうは、現在でも横瀬車両基地に保存されている。

ここでの展示車両は、マルタイ、検査入場中の10101F、2061Fとなっていました。

10101Fは、1993(H5)年に登場した時は、新宿線所属で小江戸号となっていたけど、リニューアル化されてからは池袋線に転属。 こちらは、10000系のリニューアル化第一号である。
 リニューアル化後初めての検査入場。 この時に、パンタグラフがシングルアーム化されていました。
足回り品は、3代目501系から流用されていた。 

3代目501系は、1981(S56)年、1967(S42)年製の701系の一部(1785、1787、1789F)の6両編成化により、余剰となった先頭車(クハ1791~1796号車)の6両から電装化された車両となっていた。 足回り品は、101系に準じていた。

1990(H2)年に全車廃車。 701系・101系スタイルで前パンということで異彩を放っていた。

1990(H2)年当時は、新501系の足回り品を用いて新型特急の導入が検討されていたけど、諸事情により中止となったのである。

筆者が1994(H6)年4月1日に初めて10000系に乗った時の編成は、この10101Fだった。当時は所沢から高田馬場まで乗車。 

人気の乗務員室乗車体験のほうは、昨年から整理券による方式となり、今年から10000系のほか、2000系の運転台も公開されるようになった。2000系のほうは2061号車の運転台部分が公開された。表示は、快速急行西武新宿。

昨年は10106F、一昨年は10108F、2003年は10109Fの運転台が公開されていた。

2061Fは、新宿線所属の2000系の8両編成で、行き先表示が幕式のままとなっている。今年はそのうちの2両が、休憩所として車内が開放されていた。

先頭車のほうは、西武電車フェスタのHMが付いていた。

10000系の表示 特急むさし、小さな旅となっていた。 10000系の運転台見学は、2両分で行われていたのである。

この2061Fの横では、電車屋根上見学も行われていた。

この後、トラバーサーに乗車。 武蔵丘のトラバーサーは、2両分を移動させることが可能である。 こちらは、大宮でのイベントと同様に、観客を乗せて動いていました。 大宮の時は、お立ち台に立っていたけど、武蔵丘の場合は、フルに開放されていた。 作動時には「乙女の祈り」のメロディーが流れていました。今回のイベントの時は2回乗車した。

展示のブースには、車輪、主電動機、空気圧縮機、モーター、台車などが置かれていました。 これも走る電車の一部なのである。

臨時改札口付近では、HM付きの20103F、電車フェスタ号の10000系(10110F)が並んで展示されていました。

アーカイブ展示では、古いサボ表示、5000系旧レッドアロー号の表示、お召し列車で使用されていた旧5507Fの2号車の座席が展示されていました。 末期は青色の座席となっていたけど、5507Fの2号車の一部が赤色のまま残されていたのはそのためである。 5507Fの2号車のうちの3両は、旧5501Fと同様に富山地方鉄道に譲渡されているけど、赤色シートの車両は譲渡の対象とならなかったのである。

5000系旧レッドアロー号のほうは、1995(H7)年12月3日に引退後、5503Fの先頭車のみが横瀬車両基地に保存されている。 この車両は1970(S45)年のブルーリボン賞受賞車だった。

5503Fの先頭車=クハ5503号車は1両まるごと保存 HMは登場当時のものに復元されていた。

クハ5504号車のほうは、前頭部のみ保存。 1996(H8)年5月のイベントの時は西武秩父駅で展示されていたけど、現在は横瀬車両基地の屋内に保存されている。

無料送迎バス(シャトルバス)のほうは、レイクサイドパーク宮沢湖の駐車場、飯能駅から運転されていた。 どちらも埼玉県の西武バスの営業所(大宮、川越、所沢、狭山、飯能)から出向いた車両で、いすゞ車の活躍が目立っていた。

2002年の第一回の時は、国際興業バスも使用されていたこともあった。  

筆者は、2003(H15)年の時の帰りのみシャトルバスに乗ったことがある。第二回からは西武バスとなっていた。当時乗った車両は、川越営業所の車両だった。

車体吊り上げの実演に使用された車両は、2061Fの本川越(池袋)寄りの先頭車であるクハ2062号車だった。 行き先表示は通勤準急玉川上水行きとなっていた。
西武の通勤準急は池袋線系統にあるけど、新宿線系統には無いために有り得ない表示となっていた。通勤急行なら池袋線と新宿線両方にあるけど。

昨年は、新宿線所属の20055号車が使用されていた。

この日は、10000系による電車フェスタ号という特別臨時列車が運転されていた。今年も池袋~武蔵丘間で1往復されていたけど、そのチケットが即日完売となっていた。 この列車の車内では、物まねDJである立川真司氏によるパフォーマンスショーが行われていた。 何と、所沢のほか、普段特急が停車しない石神井公園、ひばりヶ丘駅にも停車していたのである。 この列車は、新宿線所属の10110Fだった。昨年は10111Fが使用されていたけど。

メインステージでも、立川真司氏によるものまねライブが行われていた。

立川真司氏は、電車のものまねなどで有名である。

ここでは、萩原さんや黒岩さんと合流しました。

この会場はほとんどが屋内を占めているので、雨の日でも過ごしやすいイベントとなっている。 屋外のほか、屋内にも飲食コーナーがあることも嬉しいです。この日は雨が降らなかったけど。筆者は屋内の休憩スペースで食べたのである。 

あとは、ちびっ子向けの高所作業車の乗車体験のコーナーもあったけど、10000系の横で行われていた。

ここでの体験コーナーは、リフティング惹起による台車入れ作業の実演、ブレーキ操作体験、モーターの整備実演ツアー、乗務員室乗車体験、高所作業車乗車体験、パンタグラフ操作体験、放送装置操作体験、運転操作体験、トラバーサー乗車体験があった。

物販コーナーでは、西武鉄道はもちろんのこと、京王、小田急、つくばエクスプレス、秩父鉄道などが出店していました。 

13時ごろ、武蔵丘発飯能行きの帰りの電車を見送りました。 この時も20103Fが使用されていました。 帰りの電車は13時、14時、15時10分の3便で、飯能に到着した後、即回送されていた。 この時にスタッフが手を振っていました。

ここで、奥野さん、三橋さん、林直樹さん、高石さん、山岡さん、下村さん、木沢さん、黒岩さんといういつもの面々と合流。

下村さんは、西武沿線在住であるので、下村さんにとっては西武のイベントがホームグラウンドとなっている。 木沢さんは小田急、三橋さんは京急であるように。 筆者も西武沿線在住なので西武電車がホームとなっているけど。

この後、模型パノラマに向かい、鉄道模型を見物しました。 この時に、西武電車および地方私鉄の元西武電車の模型を見ることが出来ました。ここには秩父鉄道の6000系(元西武101系)もあった。 あとは鉄道模型のキッズ版であるプラレールも展示されていた。
模型パノラマでは、萩原さんたちと再び合流


ここからは下村さんたちと行動。 ここで、リフティングジャッキによる台車入れ作業の実演を見物しました。 まずは、ジャッキに車体を固定し、ゆっくりと車両を上に持ち上げる。 ここで、切り離された台車が外される。 実際は、ここで工場用の仮台車に履き替えられることになる。こちらは人間の靴で言えば上履きに相当する。

この2062号車は、約20トンあるので、重たい車体を持ち上げるジャッキは凄いなと思いました。 ちなみに一番重い10000系(特急車)のM車は約26トン、一番軽い20000系(アルミ車)のT車は約16トンとなっている。

入場車両で仮台車を履いていたのはそのためである。

この後、物販コーナーに行き、検修場の車両の全景を撮影し、パンタグラフ操作体験コーナーに行きました。 ここでは、菱形パンタを操作しました。その横には、シングルアームパンタもあったし。

物販コーナーでは、黒岩さんが欲しかったというある資料を手に入れることが出来てよかったと言ってました。 

この後は、15時10分発の臨時列車で武蔵丘を後にして飯能へと向かいました。 

発車のほうは、混雑していたために少し遅れていました。 スタッフのほうは、電車が通過し終わるまで、ずっと手を振っていた状態でした。中には振り返していた人もいたし。

この時は、「さよなら SEE YOU AGAIN アディオス BYE BYE チャッチャ!」の状態でした。 こちらの曲は、モーニング娘。の7枚目のアルバムである「レインボー7」収録曲で、2月から5月にかけて行われたモーニング娘。の春のコンサートツアー「レインボーセブン」のラストで歌われた曲である。

まさに、さようなら、また会いましょうという感じであった。

行きは2号車に乗車したけど、帰りは3号車に乗車。

飯能駅に到着した後、急行池袋行きに乗り継ぎました。 この時の編成は20106Fで、20000系同士を乗り継いだことになりました。 

西所沢駅付近ではセパ交流戦のHMの付いた6111Fを見ることが出来ました。

所沢駅で皆が降りたけど、筆者はそのまま池袋まで乗車しました。

池袋からは新宿乗り継ぎで中野へと向かい、中野サンプラザホールで行われたなっち(安倍なつみ)のコンサートを見てから帰りました。

今回のイベントは日曜日1日だけとなってしまったけど、来年は土日2日間の開催に戻してほしいと思います。 やはり、小田急の海老名のイベントやJR東海の浜松工場でのイベントみたく、土日2日間の開催が理想的なので。

西武の9000系のVVVF化 6月7日に9105Fが、東急車輌への入場のために新秋津から逗子まで甲種輸送されていた。

これにより、旧101系の足回り品から再利用された9000系の抵抗制御車は、9102、9103、9108Fのみとなったけど、2007年度をもって完了することになっている。うち1本は、今年度中に入場する予定である。
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by hy_sengen-sin | 2006-06-06 16:20 | 鉄道イベント