交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

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秩父鉄道6000系

3月15日、西武の新101系から改造された秩父鉄道の6000系(急行秩父路用)がデビューするというニュースが入ってきました。

秩父鉄道の6000系は、3000系(元JR165系から改造された車両)の置き換え用として導入される急行用の2ドアクロスシート車で、車椅子スペース、開閉時のドアチャイムの採用によってバリアフリー化されている。

こちらは、1編成のみ改造されているけど、今後はもう2編成改造されて、3編成となることになっている。

塗装は、秩父鉄道標準のカラーリングであるブルー系となり、前面のステンレスの飾りは撤去されている。 前面のセンターピラーが黒く塗りつぶされていたので、西武の3000系を思わせるようなスタイルとなった。

中間のドア跡は、大型の固定窓となっている。 行き先・愛称表示は、LED式

この編成は、西武時代は1229Fとして活躍し、秩父鉄道への乗り入れ列車に使用されていた実績もあるため、秩父鉄道のATS装置がそのまま使用されている。

編成はTc+M+Mcの3両編成で、中間車1両が抜かれている。 Mc車のほうは、パンタ無しのM車から移設されている。

1231、1233F=秩父鉄道入りする予定の編成で、現在は改造中である。 これらの編成は、末期は西武新宿線で走っていた。

1227Fは、秩父鉄道への譲渡の対象から外され、10月2日のイベント列車の運転の後、横瀬に留置されたままとなっているけど、こちらは解体予定となっている。

秩父鉄道の路線

羽生~西羽生~新郷~武州荒木~東行田~行田市~持田~熊谷~上熊谷~石原~ひろせ野鳥の森~大麻生~明戸~武川~永田~小前田~桜沢~寄居~波久礼~樋口~野上~長瀞~上長瀞~親鼻~皆野~黒谷~大野原~秩父~御花畑~影森~浦山口~武州中川~武州日野~白久~三峰口

急行秩父路号の停車駅 羽生~行田市~熊谷~武川~寄居~野上~長瀞~皆野~秩父~御花畑~影森(一部のみ停車)~三峰口

SLパレオエクスプレスの停車駅 熊谷~武川~寄居~長瀞~皆野~秩父~御花畑~三峰口

西武直通列車の運転区間 池袋、飯能~三峰口、寄居間 飯能・三峰口寄りの4両が、西武秩父・影森経由三峰口行き 池袋・横瀬寄りの4両が、御花畑・長瀞経由寄居行きとなる。 横瀬駅で分割・併合。

平日は、飯能発着の各駅停車 土・休日は、池袋発着の快速急行で運転 1日2往復となっている。池袋~飯能間の停車駅 池袋、石神井公園、ひばりヶ丘、所沢、小手指、入間市

車両は、セミクロスシートの西武4000系の4両編成で、飯能・三峰口寄りの先頭車にはトイレが付いている。

秩父鉄道の車両 1000系(元JR101系)、3000系(元JR165系)、5000系(元都営6000系) いずれも3両編成。1000系、5000系使用列車は、ラッシュ時を除き、ワンマン運転となる。

1000系は、元国鉄(JR)101系から改造された車両で、当時は全車非冷房車だった。 のちに、埼玉県の補助により、先頭車のみが冷房改造されたけど、中間車は、非冷房車のままとなっている。
これによって、100型または800型(元小田急1800系)が置き換えられていた。現在は3両編成12本36両在籍。登場当時は、黄色に茶色の帯だった。

これらの改造種車には、かつて武蔵野線で走っていた1000番台も含まれていた。 本家JRの101系は、2003(H15)年11月の南武支線をもって引退しているので、この1000系は、かつての国鉄101系の雰囲気を味わうことの出来る電車となっている。

この扇風機には、JR東海に継承された113系などの国鉄型電車と同様に、JNRマークが残っているため、国鉄時代の名残がある。
あとは、座席の色がオリジナルの青色なので、懐かしいなと思いました。

元小田急の1800型から改造された800型は、秩父鉄道で最後の吊り掛けモーター車で、1990(H2)年に全廃となった後、3両が保存されている。

小田急1800系は、今から60年前の1946(S21)年に、旧国鉄63型電車から改造された車両であり、1957(S32)年から翌1958(S33)年に掛けて鋼体化されていた。 秩父鉄道入りしたのは、1978(S53)年のことだった。

秩父鉄道の100系は、最後まで残った茶色の電車で、三峰口寄りの先頭車に荷物室があった。 1988(S63)年に引退後、2両が三峰口駅構内の鉄道公園に保存されている。

3000系は、1992(H4)年に、300型急行型車両の置き換えにより、JRから譲り受けられた165系から改造された車両。 改造内容は、前面の改造、トイレ・洗面所の撤去などとなっていた。こちらは3両編成3本9両在籍しているけど、順次6000系に置き換えられて廃車となる予定である。

5000系は、都営地下鉄三田線で走っていた6000系から改造された車両で、1000系とは異なり、3両全車が冷房車である。 こちらは都営時代に冷房化されている。
現在は3両編成4本12両在籍 都営時代は、6191、6241、6251、6261Fとなっていた。

こちらは、20m4ドアのワンマン車両であるので、運用が1000系と共通である。

登場は1999(H11)年11月。 これにより、元東急の7000系から改造された2000系(4両編成4本)が置き換えられていた。

2000系は、1991(H3)年から1999(H11)年まで、4両編成で走っていたけど、全車非冷房車で、3ドア18m車であること、4両編成で輸送力過剰となることなどを理由に、5000系に置き換えられていたのである。 こちらは翌年の2000(H12)年に全車解体されている
こちらは、準急列車(現在は廃止されている)で走っていたこともあった。 4両編成であるため、1000系と運用が別だった。

2000系登場前は、500系という2ドアの電車が走っていたこともあった。こちらは、三峰口寄り
の先頭車にトイレが付いていたけど、タレ流し式であるため、のちに使用停止となっていた。

急行秩父路号は、全車自由席だけど、急行料金200円が必要となる。

SLパレオエクスプレスは、冬季を除いた土・休日を中心に運転されている。 1往復で、JRから購入された専用の12系客車が使用されている。 SLはC58-363号機で、電気機関車が補機として連結されている。

今年は3月18日から運転されることになっている。当日は恒例のファーストランセレモニーが行われることになる。

こちらは、SL整理券500円が必要となっており、1号車は指定席(指定料金700円)となっている。 SL客車は4両編成で、中間の2両にはトイレがある。2号車から4号車までは自由席。

長瀞駅、秩父駅では、長時間停車するため、記念撮影タイムとなっている。

御花畑駅では、ホームが短いため、後ろの2両のドアが開かないので注意が必要である。

三峰口駅では、SLの転車風景などを見ることが出来る。 駅構内には、車両公園があり、過去に活躍していた電気機関車、貨車、107型電車が保存されている。

武川駅からは、三ヶ尻線という貨物支線が出ており、武川~三ヶ尻貨物駅~熊谷貨物ターミナル駅を結んでいる。 熊谷貨物ターミナルで、JR高崎線に接続している。

熊谷貨物ターミナルは、1979(S54)年10月1日に開業。 上越新幹線の建設工事により、熊谷駅での貨物扱いが廃止されたために移転されたのである。

乗換駅 羽生 東武伊勢崎線 熊谷 JR(高崎線、上越・長野新幹線) 寄居 東武東上線(池袋方面へはすべて小川町で乗り換え)、JR八高線(八王子方面へはすべて高麗川で乗り換え) 御花畑 西武秩父線(徒歩5分、長瀞方面からの西武直通運転列車は、御花畑駅から直接西武線に入る)

秩父鉄道の車両基地、本社は、熊谷にある。

C58-363号機は、1944(S19)年2月に川崎車輌(現在の川崎重工業)で製造されて以来、山田線、仙山線などの東北地方で活躍していた。 1972(S47)年10月に廃車。国鉄時代の末期は、新庄機関区所属で、陸羽西線で活躍していたこともあった。

廃車後は、吹上小学校で静態保存されていたけど、1987(S62)年3月に復活し、翌年の1988(S63)年3月15日に秩父鉄道で走り始めたのである。復活してから秩父入りするまで、高崎運転所(現、高崎車両センター高崎支所)に配属されていた。

現在までに、1400回以上運転されている。昨年8月19日に1400回目を達成していた。

12系客車は、1969(S44)年から1978(S53)年まで製造された、ブルートレインを思わせるような青い客車で、座席は固定式のクロスシートとなっている。

JR東日本では、高崎車両センター高崎支所の6両が、SL奥利根号などのイベント・団臨用として使用されている。 
SLばんえつ物語号の7両のうちの6両は、12系客車から改造されている。 1両のイベントカーは、2000(H12)年に追加新製されていた。

高崎に在籍している6両および秩父鉄道で使用されている4両の12系客車は、1978(S53)年製の末期型である。

今から10年前の1996(H8)年5月には、西武のE851型電気機関車のさよならイベントとして、12系客車が借り入れられ、所沢~横瀬間でE851+12系客車という特別列車が運転されていたこともあった。 筆者はそれに乗っていたのである。
このことは、普段では味わえないので、貴重な体験であった。

このE851型電気機関車のうち、1両が横瀬で保存されており、10月のイベントで一般公開されている。

現在西武の電気機関車は、E31型の4両のみの在籍となっている。

上長瀞~親鼻間の荒川橋梁は有名で、SLをバックに撮影すればとても絵になる。 あとは秩父ライン下りの舟をバックに撮影することも可能。

秩父鉄道は、前身の上武鉄道として、1899(M32)年に設立 当時本社は東京市(現東京都)日本橋区にあった。

1901(M34)年10月7日、熊谷~寄居間が開業したのが最初。当時は非電化路線だった。

1903(M36)年4月2日、寄居~波久礼間開業

1911(M44)年9月14日、波久礼~宝登山(現、長瀞)~秩父(のちの国神、荒川)間が開業

1914(T3)年10月27日、宝登山~大宮(現、秩父)間開業 宝登山~国神(のちの荒川)間の旅客営業の廃止。

1915(T4)年12月29日、国神(現在の上長瀞)駅開業により、貨物支線の起点が国神駅となり、これまでの国神駅が荒川駅となった。

1916(T5)年2月25日、現在の秩父鉄道に社名変更。

1917(T6)年9月27日、秩父~影森間開業

1918(T7)年9月16日、武甲線、影森~武甲間開業、こちらは貨物支線となっていた。

1921(T10)年4月1日 北武鉄道により、羽生~行田(現、行田市)間が開業

1922(T11)年1月20日 熊谷~宝登山間電化。(直流1200V) 翌1月21日には、秩父~影森間、同年5月20日には、宝登山~秩父、影森~武甲間も電化されていた。

1922(T11)年8月1日 行田~熊谷間開業 同時期に北武鉄道が秩父鉄道に吸収合併されていた。

1926(S2)年6月19日 貨物支線 国神~荒川間廃止

1930(S5)年3月15日 影森~三峰口間開業により全線開通。

1952(S27)年2月1日 直流1200Vから1500Vに昇圧

1984(S59)年2月1日 貨物支線(武甲線)、影森~武甲間廃止

1992(H4)年4月1日 全線にATS導入

秩父鉄道の筆頭株主は、太平洋セメントである。

太平洋セメントは、1881(M14)年5月3日に笠井順八氏によって設立。1951(S26)年小野田セメントに商号変更 1994(H6)年10月1日、秩父セメントと合併し、秩父小野田に。
1998(H10)年10月1日に、日本セメント(旧浅野セメント)と合併したことにより、現在の太平洋セメントとなったのである。

武甲山から産出される石灰石を輸送する貨物列車は、影森~秩父~武川~熊谷貨物ターミナル間で運転されている。

東武東上線から秩父鉄道への直通運転は、1949(S24)年4月3日から1992(H4)年3月31日まで、寄居駅を介して行われていた。当時は準急列車としての乗り入れで、特急フライング東上号も長瀞まで乗り入れていたこともあった。

末期は、池袋から8000系の6両編成が、上長瀞、三峰口まで乗り入れていた。

昨年3月13日まで、かつての秩父鉄道直通列車を彷彿とさせる池袋~寄居間の直通特急が1往復運転されていたこともあった。 現在小川町~寄居間は、全列車が8000系の4両編成によるワンマン運転となっている。

現在は、東上線車両が南栗橋の車両工場に入場する場合および車両の入れ替えの時に、寄居~羽生間で東武の電車が走ることもある。この場合は、秩父鉄道のATSが付いた8000系による牽引となっており、秩父鉄道線で最長10両編成で走ることもある。

東武の新造車の場合は、熊谷貨物ターミナルまで輸送され、ここから秩父鉄道の三ヶ尻線、秩父本線を経由して寄居、羽生で送り込まれることになっている。

以前は、本線系統が東鷲宮、東上線が熊谷貨物ターミナルから搬入されていたけど、現在は本線系統の50050系でも、東鷲宮では無く、熊谷貨物ターミナルから搬入されている。

西武線から秩父鉄道への直通運転 1989(H1)年4月1日開始。 4000系は登場当時から使用されている。 以前は平日のみ新101系も使用されていたこともあった。こちらは、西武線内急行運転だった。 往路は小手指まで2+4+4の10両編成で運転されていた。

当初は野上までだったけど、1992(H4)年4月1日に寄居まで延長されていた。

あとは、2001(H13)年12月まで、JR高崎線から秩父鉄道への直通運転も行われていたこともあった。 2001(H13)年12月3日に運転された「秩父夜祭り」号が最後だった。
最盛期は、夜祭り期間以外に、みつみね号などの行楽臨時列車も運転されていたこともあったし。

八高線からも八高秩父路号として、高崎~寄居~上長瀞間で直通運転されていたこともあった。

秩父鉄道の6000系は、3月15日(水)、急行秩父路1号 熊谷 7:15発から使用開始される。

4月1日には、熊谷~秩父間で臨時急行秩父路号が1往復、6000系で運転されることになる。

熊谷 10時33分発 秩父14時09発

5月13日(土)には、広瀬川原でのイベントが行われ、SLパレオエクスプレスの蒸気機関車(C58-363号機)、電気機関車等が展示されることになっている。

このイベント会場への臨時列車には、1000系、5000系、6000系が使用されることになる。

昨年6月4日に筆者がこのイベントに行ったけど、SL等を撮影することが出来たからよかったです。 
昨年は、乗車券販売スペースが少なく、待たされる、直通列車が少ないという不満があったけど、今年はアンケート通り、改善されることになっている。自分も直通列車が少ないという意見を出していたので、それが改善されるからとてもよかったです。

元165系から改造された3000系の廃車により、かつての165系から改造された列車が、富士急行に譲渡された2000系フジサン特急(元165系パノラマエクスプレスアルプス)だけとなってしまうことになる。

しなの鉄道でも、169系が走っているけど、こちらは新型車両に置き換えられて姿を消すことが決まっている。

本家JRからは、2003(H15)年をもって、165、167、169系ともに全廃となっている。

ひろせ野鳥の森駅は、2003(H15)年3月27日に開業した駅で、広瀬川原でのイベント会場への最寄り駅となっている。

広瀬川原の車両基地は、1969(S44)年に新設。 ここには、500系の廃車体、部品取り用の都営6000系が置かれていました。

一部を除いた西武線の駅から秩父鉄道(三峰口、長瀞方面)に行く場合は、秩父フリーきっぷが便利でお得である。

こちらは、発駅からフリー区間までの往復運賃が割引となり、西武秩父線の芦ヶ久保~西武秩父間、秩父鉄道の野上~三峰口間が乗り放題である。 2日間有効。 

池袋、西武新宿からは2260円 所沢からは1820円
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by hy_sengen-sin | 2006-02-28 12:00 | 鉄道車両・路線

旧万世橋駅跡

2月24日(金)、交通博物館の中にある、旧万世橋駅跡の遺構見物をしました。

この日は平日だったけど、平日にも関わらず、子供連れの客などが目立っていました。 春休みになれば平日でも混雑する状態になってくるし。

まずは、目白から直接秋葉原に向かわずに、内回りで新宿へ、ここから中央線の快速(201系)で御茶ノ水へ、ここから歩いて交通博物館に向かいました。

入場した後、遺構見物受付でチェックインし、参加票を受け取りました。

この日の硬券は切れていたので、この次は朝早くから行ってGETしたいと思っています。

集合時間になり、1号機関車・客車・模型パノラマ横の集合場所に集合し、ここからスタッフの誘導により、特別展示室横の入り口から会場に入りました。

その入り口は、普段は関係者以外立ち入り禁止となっているので、ここを通ったということは貴重な出来事でした。

まずは、ドーム状の広場に集合し、ここで、万世橋駅の歴史に関する映像の上映がありました。 

この映像では、ここはかつて駅だったというアナウンスがあったけど、今年5月の閉館後は、ここはかつて、交通博物館だったということになる。

あとは、関東大震災で焼けてしまったということのエピソードもあった。

この映像を見終わった後は、撮影タイム、この後、万世橋駅のホーム跡へと移動しました。

ここには60年以上も眠っていた当時と変わらぬ階段が残されており、まんせいばしの表示もありました。

万世橋駅ホーム跡の見物。 ここは、安全のため、ガラスに覆われた場所での見物となった。

ホーム跡には、かつての駅名票も再現されており、しばいせんま、萬世橋、づみのゃちお、だんかの表示となっていました。 昔は平仮名で逆に読んでいたということだったので。

ここは、201系電車やE257系特急型電車が通過する場所となっているので。この遺構と201系電車との組み合わせは、貴重な出来事となります。 中央快速線の201系も、2007年度中には全廃予定で交通博物館とともに過去帳入りすることになるし。

この見学時間は、平日は20分、土曜・休日は15分という制限がある。

こちらの見学は、4月28日までとなっている。
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by hy_sengen-sin | 2006-02-25 11:28 | 鉄道イベント

北総7500形

2月20日、北総鉄道北総線の新型車両である7500形が登場。 

この列車は、京成新3000形ベースの京成グループ新標準車体の車両で、7300形(京成3700形の姉妹車)以来15年ぶりの新型車両として導入されたのである。

京成グループ新標準車体とは、2003(H15)年2月1日に登場した、京成新3000形に始まり、昨年5月に登場した新京成のN800形に続いて3段目となる。

帯は、濃い青色(北総ブルー)と水色(北総ライトブルー)となっているけど、先頭車の帯の部分に、航空機の翼をイメージした形状となっている。

こちらは、羽田空港と成田空港が結ばれるということでこうなったのである。 成田空港への乗り入れは、2010年度中の予定なので。

先頭車には、7801Fと同様に車椅子スペースがある。 

制御装置 VVVFインバータ方式(IGBT) 冷却装置には純水が使用されている。

第一陣の7501Fは、2月1日に東急車輌から出場。 2月20日営業運転開始。

運転範囲は、既存の北総車と同様に、印旛日本医大~羽田空港、西馬込間となっている。 

この7500系は、今年度中もう1本(7502F)が、来年度中に7503Fが導入される予定となっており、ゲンコツ電車こと7000形が置き換えられることになっている。

それよりも、7000形よりも老朽化の激しい7250形(元京成3200形)の行く末も気になります。

7000形は、1979(S54)年に6両3編成が登場。 やはり同期に製造された都営10-000形初期型と同様にスキンステンレス製であるため、老朽化が早まっていたので、早くも廃車となってしまうことになる。

成田高速鉄道=今年2月4日に着工され、併行する北千葉道路も整備されることになっている。

京成新3000形、今年度は6両編成4本24両導入予定だけど、東急車輌製の3015、3017Fが既に落成、営業運転入りしている状態である。

2月28日~3月1日、3月9日~10日には、日本車輌製の新3000形が、豊川から逗子まで甲種回送され、東急車輌で整備された後、京急、都営浅草線経由で京成の宗吾参道まで輸送されることになっている。

こちらは、3008Fで試行された純電気ブレーキが本格採用されている。

これにより、3200形の廃車が進められることになり、今年になってからは3257Fなどが廃車となっている。
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by hy_sengen-sin | 2006-02-22 13:26 | 鉄道車両・路線

さようなら富山港線

2月28日、富山と岩瀬浜を結ぶ富山港線が廃止され、4月29日から富山ライトレール「ポートラム」に生まれ変わることになっています。

富山港線の路線 富山~富山口~下奥井~越中中島~城川原~蓮町~大広田~東岩瀬~競輪場前(臨時駅)~岩瀬浜

4月29日以降は 富山駅北~インテック本社前~奥田中学校前~下奥井~粟島(大阪屋ショップ前)~越中中島~城川原~犬島新町~蓮町~大広田~東岩瀬~競輪場前~岩瀬浜

これにより、富山~下奥井間および富山口駅が廃止され、富山駅北~下奥井(奥田中学校前踏切)間が、併用軌道に移設されることになる。

新設される駅(電停)は、インテック本社前、奥田中学校前、粟島(大阪屋ショップ前)、犬島新町の4ヶ所である。 競輪場前駅は、通年の停車となる。これまでは、競輪開催日のみの停車。

富山港線は、1924(T13)年7月23日、富岩鉄道の貨物路線として、富山口~岩瀬港(現、岩瀬浜)間が開業したのが始まりだった。

1927(S2)年12月15日、富山口~富山間が開業。

1928(S4)年7月11日、旅客営業開始。

1936(S11)年12月27日、西ノ宮信号所(現、大広田駅)~岩瀬埠頭(のちの富山港)間の貨物支線が開業

1938(S13)年8月24日、富山市営鉄道運河線、富山~日曹工場前(のちの奥田)間の貨物線が開業、富岩鉄道に譲渡。

1941(S16)年12月1日、富山電気鉄道(現富山地方鉄道)に吸収合併され、富山電気鉄道富岩線となる。

1943(S18)年1月1日 富山電気鉄道から富山地方鉄道に社名変更

同年6月1日、国営化され、富山港線となる。

1967(S42)年3月30日 600Vから1500Vに昇圧

1984(S59)年2月1日 大広田~岩瀬浜間の貨物営業および、貨物支線の富山~奥田間廃止。

1986(S61)年11月1日 最後まで残っていた富山~大広田間の貨物営業、貨物支線の大広田~富山港間が廃止。 これをもって、富山港線の貨物輸送が終了した。

1987(S62)年4月1日 国鉄分割民営化により、JR西日本の路線となる。

2001(H13)年3月3日 昼間と夜間のみ、高山本線と共通のキハ120型気動車によるワンマン運転となる。朝夕は電車による運転。

2006(H18)年2月28日、富山ライトレールの開業準備のため、廃止される。

3月1日から4月28日までの開業準備期間は、代行バスが運転され、富山駅北~永楽町~下奥井~越中中島~城川原~蓮町~大広田~東岩瀬~競輪場前~岩瀬浜というルートとなる

富山港線の時刻(2月28日まで)
富山発 5:47(M)、6:08(M、休日運休)、6:52(M)、7:23(M、休日運休)、8:01(M)、8:36(M)、9:23(M、臨時)、10:00、11:11、12:09、13:04、14:04、15:04、16:08(M)、17:26、17:51(M)、18:32、19:13(M)、20:20、21:32

岩瀬浜発 6:11(M)、6:55(M、休日運休)、7:26(M)、8:00(M、休日運休)、8:35(M)、9:25(M)、10:02(M、臨時)、10:28、11:37、12:36、13:29、14:29、15:28、16:34(M)、17:54、18:35(M)、19:15、19:41(M)、20:47、21:56

M印=3両編成の電車(475系)で運転 無印は、キハ120型DCによるワンマン運転

臨時列車は、2月21、23、24、25、26日に運転

富山港線では、1985(S60)年3月13日まで、スカイブルーの72型旧型電車が走っていたこともあった。こちらは、72型旧型電車の最後の砦として有名だった。 その前年の1984(S59)年には、可部線から撤退。
載せ替え車体では、昨年10月に全廃となった八高・川越線の103系3000番台が有名だったけど。

LRT化によって、旧型電車が走っていた頃の面影が残らなくなる。

現在富山港線では、旧急行塗装に再現された小豆色の475系の3両編成が使用されているけど、惜別HMも付いている。

最後の日曜日である2月26日は、定期列車全てが国鉄色の475系となる 2月28日の最終日もこうなることが予想される。

富山ライトレール「ポートラム」の車両は、新潟トランシス製の2両編成のLRTで、7編成あり、レッド、オレンジ、イエロー、イエローグリーン、グリーン、ブルー、パープルの7色となっている。

もちろん乗り降りしやすいタイプの電車で、車椅子スペースもある。

日中の運行間隔は、30~60分間隔から、15分間隔と大幅に増発されることになる。

終電のほうも、21時台から23時台に延長される。

運賃は、200円均一だけど、来年3月31日まで、平日の9時~16時30分までに富山および岩瀬浜を出る列車および土曜・休日には、時間割引として、大人100円となる。

プリペイドカードは、IC式で、1枚2000円となっており、預かり金(デポジット)は500円、1650円分利用出来ることになる。

富山駅=2014年度中には、北陸新幹線が乗り入れてくる予定。 これに合わせて富山駅が高架化され、富山港線と富山地方鉄道富山市内軌道線との接続。直通運転が行われる予定となっている。

路面電車は、交通混雑の原因となるということで時代遅れとなっていたけど、現在は、地球環境に優しい乗り物として再評価されており、今回の富山港線のLRT化もその一環となっている。

富山地鉄の鉄道線では、元京阪3000系や、元西武5000系レッドアローが走っていることで有名である。

東京から富山へは、上越新幹線で越後湯沢まで行き、ここから特急はくたか号(ほくほく線経由、681系または683系8000番台)に乗り換えて行くことになる。 長岡で特急北越号(485系)に乗り換えて行くことも可能。
はくたか号・上越新幹線乗り継ぎで東京まで帰る場合、越後湯沢でとき号のほか、始発(冬季はガーラ湯沢始発)のたにがわ号に乗り継ぐことも可能である。

大阪からは、特急サンダーバード号(681系または683系)、米原・名古屋からは、特急しらさぎ号(683系)が出ている。

夜行は、上野駅から寝台特急北陸号(14型客車)または夜行急行能登号(489系)となっている。

高速バス 池袋から西武バス・富山地鉄による高速バスが出ており、夜行を含めて3往復運転されている。 あとは、東京八重洲口発富山経由金沢行きのドリーム金沢号という夜行バスもある。

航空機 東京(羽田空港)から富山空港まで、JAL(日本航空)2往復、ANA(全日空)6往復が出ている。 羽田から富山までは、アルプスを越えるので、天気の良い日のフライトでは、アルプスの山並みを眺めることが出来る。
東京~富山間の機種は、どちらもボーイング767-300型という中型機で、JALはクラスJ、ANAはスーパーシートプレミアムが設定されている。

富山空港から富山駅へは、リムジンバス(富山地鉄)で約30分~40分 運賃は400円

同じ富山県の高岡から越ノ潟まで運転されている万葉線でも、アイトラムという名のMLRV1000型LRT車両が走っている。現在は2編成が活躍しているけど、来年度増備される予定である。
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by hy_sengen-sin | 2006-02-21 12:46 | 鉄道車両・路線

セントレア開港から1年

2月17日、セントレアこと、中部国際空港(愛知県常滑市)が開港してから1年を迎えました。

名鉄の中部国際空港への新線のほうは、1月29日に開業してから1年を迎えたし。

中部国際空港(セントレア)は、これまでの名古屋空港(現、県営名古屋空港)に代わる、24時間運用可能な海上空港で、昨年3月25日から9月25日まで行われた愛知万博(愛・地球博)の開催に備えて、2月17日に開港していた。

こちらは、これまでの名古屋空港の時と同様に、国内線および国際線が発着する空港となっている。1994(H6)年9月4日に開港した関西国際空港と同様に、国内線と国際線の乗り継ぎがスムーズとなっている。

現在の羽田空港と同様に、ショッピング街、レストラン、展望デッキ等が充実しているので、航空機利用客以外でも楽しめる空港となっている。あとは、展望風呂もあるということで話題となっている。

もちろん、段差無しでスムーズにアプローチ出来る、ユニバーサルデザインが導入されている。

1階 ウェルカムガーデン(エアポートオアシス(レストラン)、コンビニ(ローソン)、郵便局

2階 到着ロビー ここには、東京で人気のカレーショップ(C&C)がある。 C&Cは、京王グループのカレーショップで、京王沿線などに出店している こちらでは、ご当地のエビフライカレーもある。こちらは、筆者おすすめのカレーショップとなっている。
京王沿線以外では、池袋西口、高田馬場、神保町、秋葉原、上野、西葛西にある。

新宿の京王線の西口改札前にある新宿本店では、行列が出来る店となっている。 ここのカレーは、スパイスにもこだわりがあり、美味しいと言われている。

名鉄の駅への連絡通路(アクセスプラザ)もあり、コンビニ(サンクス)、カフェレストランもある。

ボーダフォンカウンターでは、国内外で使える携帯電話の販売・レンタルが行われている。

アクセスプラザには、名鉄の駅のほか、高速船乗り場、バス・タクシー乗り場(1階)、セントレアホテルもある。

3階 出発ロビー、チェックインカウンター ここには、土産品を扱う店が並んでいる。 名鉄の駅とはスロープで結ばれている。駅(アクセスプラザ)から向かって左側が国際線、右側が国内線となっている

4階 スカイタウン(レンガ通り、ちょうちん通り)、展望デッキ レンガ通りは、洋風 ちょうちん通りは和風の街並みとなっており、レストランが並んでいる。

くつろぎ処、展望風呂(宮の湯)も4階にある

中部国際空港からの国内線は、札幌(JAL、ANA)、旭川(ANA)、釧路(JAL)、女満別(ANA)、函館(ANA)、青森(JAL)、秋田(ANA)、いわて花巻(JAL)、仙台(JAL、ANA)、福島(ANA)、新潟(ANA)、成田(JAL、ANA)、鳥取(ANA)、米子(ANA)、徳島(ANA)、松山(ANA)、福岡(JAL、ANA)、長崎(JEX、ANA)、熊本(JEX、ANA)、大分(ANA)、宮崎(ANA)、鹿児島(JAL、ANA)、沖縄(那覇)(JAL、ANA)、石垣(ANA)

中部国際空港からの国際線は、中国・香港・台湾方面 北京(JAL、中国国際航空) 重慶(中国国際航空) 大連(中国南方航空) 広州(JAL) 上海(JAL、ANA、中国東方航空、中国国際航空) 長春(中国南方航空) 天津(JAL) 香港(キャセイパシフィック航空) 台北(JAA、ANK、チャイナエアライン、キャセイパシフィック航空、ユナイテッド航空) 

韓国・東南アジア方面 済州(大韓航空) 釜山(JAL、大韓航空) ソウル(JAL、ANA、大韓航空、アシアナ航空) マニラ(JAL、フィリピン航空、ノースウエスト航空) デンパサール(バリ島、ガルーダ・インドネシア航空) クアラルンプール(マレーシア航空) シンガポール(シンガポール航空) バンコク(JAL、タイ国際航空) ホーチミン(ベトナム航空)

ハワイ・アメリカ方面 ホノルル(JALウェイズ、コンチネンタル航空) サンフランシスコ(ユナイテッド航空) デトロイト(ノースウエスト航空)

ヨーロッパ方面 フランクフルト(ルフトハンザ・ドイツ航空)、パリ(JAL) 

グアム・サイパン・オセアニア方面 グアム(ノースウエスト航空、コンチネンタル航空) サイパン(ノースウエスト航空) ケアンズ(オーストラリア航空) シドニー(オーストラリア航空) オークランド(ニュージーランド航空)

その他、JAL、ノースウエスト航空による、名古屋(中部)~成田間の国際線乗り継ぎ専用便もある。 あとは、日系航空会社と外資系航空会社との共同運航便もある。

JAL=日本航空 ANA=全日空 JAA=日本アジア航空 ANK=エアーニッポン

名鉄空港線の常滑~中部国際空港間 2004(H16)年10月16日に、空港関係者限定路線として開業 2005(H17)年1月29日に一般客にも開放された。同時にりんくう常滑駅も開業した。

中部国際空港駅は、現在2面2線となっているけど、今年春には、ミュースカイ専用の新1番線も増設されて2面3線となる。 同様に、ミュースカイ(2000系)の4両化、増備・増発が行われることになる。

中部国際空港からは、金山、名鉄名古屋、名鉄岐阜、犬山・新鵜沼・新可児、豊橋方面への列車が出ており 全席指定のミュースカイは、新鵜沼、名鉄岐阜、名鉄名古屋方面を結んでおり、神宮前~中部国際空港間はノンストップ運転である。

特急は、1時間2本の運用で、23時32分発の最終特急金山行きを除いて、特別車両(指定席)が連結されており、日中は、金山経由で豊橋まで運転されている。

特急の車両は、金山・名鉄名古屋・名鉄岐阜方面が主に2200系 豊橋方面が主に1000系列(パノラマスーパー)が使用されている。

ミュースカイの2000系 1月29日から3月31日まで、2006Fが、特別塗装のセントレア・フレンズ号として運転されている。ミュースカイの場合、名鉄名古屋駅と中部国際空港の間が28分で結ばれている。

最高速度は、120Km/h 車体傾斜装置も付いている。 列車は3両編成で、中間車にトイレ・化粧室がある。

ミュースカイ(快速特急)の停車駅 中部国際空港~神宮前~金山~名鉄名古屋~国府宮~名鉄一宮~新岐阜 名鉄名古屋~岩倉~江南~犬山~犬山遊園~新鵜沼 犬山~西可児~可児川~日本ライン今渡~新可児

特急の場合は、名鉄岐阜、新鵜沼、新可児~神宮前間は、快速特急と同じだけど、途中駅(太田川、尾張横須賀、朝倉、新舞子、常滑)にも停車する 金山~豊橋間の停車駅 金山~神宮前~知立~新安城~東岡崎~国府~豊橋

豊橋~中部国際空港間の特急は、金山駅でスイッチバックするため、神宮前駅に2回停車することになる。 

1000系列、2200系は、特別席部分にトイレ・化粧室がある。 指定券は、ミューチケットと呼ばれている。

中部国際空港からのリムジンバスは 名古屋駅、名古屋市内、赤池駅、豊田市駅、岡崎駅、豊橋駅、知立駅、三河安城駅、西尾駅、蒲郡駅、知多半田駅、河和駅、桑名駅、近鉄四日市駅、鳥羽駅、福井駅、浜松駅、磐田、静岡駅・清水駅、新富士・沼津駅、中津川、高山駅、長野駅、松本駅、岡谷駅・茅野駅、伊那・箕輪町まで運転されている

船舶は、常滑港、津・なぎさまち(津市)、神社港(伊勢市)、四日市港へと出ている。

鳥羽駅へのバスは、常滑港まで行き、常滑港から鳥羽港までフェリーに載せて輸送、鳥羽港から鳥羽駅までバスで行くことになる。

これまでの名古屋空港は、昨年2月16日から県営の名古屋空港となり、J-AIRというJALグループの小型ジェット機が発着している。

名古屋(小牧)空港からは、とかち帯広、秋田、山形、新潟、高知、松山、長崎、熊本に就航しているけど、3月16日に開港予定の新北九州空港にも就航する予定である。
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by hy_sengen-sin | 2006-02-17 11:37 | 航空機

神戸空港開港

2月16日、兵庫県神戸市の人工島であるポートアイランド沖に、神戸空港が開港。

神戸空港は、大阪(伊丹)空港、関西空港に続く、関西の空の玄関口で、マリンエアと呼ばれています。

ターミナルビルは、1階が到着ロビー、手荷物受け取り場 2階が出発ロビー、チェックインカウンター、出発口、搭乗口、ポートライナー神戸空港駅 3階がレストラン街 4階が展望デッキ、展望レストランとなる。
こちらは、バリアフリーや歩行動線の短縮などによる、ユニバーサルデザインが導入されており、人や環境に優しい空港となっている。屋上には、庭園があるし。

神戸空港からは、JALが、東京(羽田)、札幌(新千歳)、沖縄(那覇)、仙台、熊本、鹿児島に ANAが、東京(羽田)、札幌(新千歳)、沖縄(那覇)、仙台、新潟、鹿児島に SKY(スカイマークエアラインズ)が、東京(羽田)に就航している。

乗り入れ機材は、JALが、ボーイング767、ボーイング777、ボーイング737(JALエクスプレスによる運航)

ANAが、ボーイング767、エアバスA320、ボンバルディアDHC8-Q400(プロペラ機、エアーセントラルによる運航)

SKYが、ボーイング737-800となっている。

東京から神戸までの航空運賃(大人) 普通席は、片道18800円 往復割引 17000円 3月10日から31日などのピーク期には、片道20800円、往復割引 17850円となる。

スカイマーク便は、片道10000円となる。

JALのバーゲンフェア、ANAの超割、スカイマークのスカイバーゲンを使えば安く行けることになる。

ポートアイランドとは、空港連絡橋(神戸スカイブリッジ)で結ばれている。

滑走路 2500m1本 運用時間 7時~22時

神戸空港へは、三宮駅から、ポートライナーという新交通システムで16分で結ばれている。

運賃は、全線320円

ポートライナーの路線 三宮~貿易センター~ポートターミナル~中公園~市民病院前~市民広場前~先進医療センター前~ポートアイランド南~神戸空港

朝夕のみ快速列車が運転されるけど、貿易センター、ポートターミナル駅は通過となる。

これまでの循環ルートは 三宮→~貿易センター→~ポートターミナル→~中公園→~市民病院前→市民広場前→南公園→中埠頭→北埠頭→中公園→ポートターミナル→貿易センター→三宮となっている。

神戸空港から南公園、中埠頭、北埠頭駅まで行く場合は、市民広場前駅で 南公園、中埠頭、北埠頭駅から神戸空港まで行く場合は、中公園駅で乗り換えとなる。

このポートライナーは、1981(S56)年2月5日、神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア81)の開催(同年3月20日~9月15日)に備えて開業。

市民広場前~神戸空港間は、2月2日に開業 同時に中公園~市民広場間が複線化されていた。複線化と同時に、線路が切り替えられていた。

車両は、開業当時から使われている8000系、2月2日に登場した2000系があり、無人運転となっている。

東京(羽田)~神戸線 JAL 2往復 ANA 2往復 SKY 7往復 全11往復。
4月1日から、JAL便が、スカイマークとのコードシェア便(座席提供、販売提携便)となる予定。運航はこれまで通りJALによって行われる。

東京~神戸線の時刻表(2月16日~3月15日)
         東京    神戸
ANA 411  6:45発→ 7:55着 B767(S)
SKY 101  6:50発→ 8:10着 B737
JAL1341  8:15発→ 9:35着 B777
SKY 103  9:20発→10:40着 B737
SKY 105 11:25発→12:45着 B737
SKY 107 13:40発→15:00着 B737
SKY 109 15:40発→17:00着 B737
SKY 111 17:40発→19:00着 B737
ANA 413 20:05発→21:15着 A320
JAL1351 20:10発→21:30着 B767
SKY 113 20:10発→21:30着 B737

          神戸     東京
JAL1342  7:05発→ 8:20着 B767
ANA 412  7:10発→ 8:20着 A320
SKY 102  7:25発→ 8:40着 B737
SKY 104  9:25発→10:40着 B737
SKY 106 11:45発→13:00着 B737
SKY 108 13:45発→15:00着 B737
SKY 110 15:35発→16:50着 B737
JAL1346 16:50発→18:05着 B777
SKY 112 18:15発→19:30着 B737
SKY 114 20:15発→21:30着 B737
ANA 414 21:00発→22:10着 B767(S)

B767=ボーイング767-300 B737=ボーイング737-800 B777=ボーイング777-200 A320=エアバスA320

ANAのボーイング767型機は、スーパーシートプレミアム(特別席)付き JALの全便には、クラスJという特別席(追加料金1000円)もある。

JAL、SKYは、羽田第一ターミナルビル ANAは、羽田第二ターミナルビルから発着することになる。

JALの1342便 ボーイング767型機は、神戸空港からの1番機として羽田に向かっていた。

神戸空港へのリムジンバス 神戸市内、淡路島、姫路、西宮、岡山、鳴門、徳島、三木、西脇、三田、城崎、浜坂、大阪(なんば)から出ている。

関西空港とは、高速船(K-JET)で結ばれている。

3月16日には、北九州空港が沖合移転し、新北九州空港として開港される予定である。これにより、大型機の発着、24時間運航が可能となる。

2月17日、中部国際空港(セントレア)が開港してから早1年を迎える。

4月28日、スカイマークエアラインズの東京(羽田)~札幌(新千歳)線が就航予定。1日10往復(20便)となる。

スカイマークエアラインは、1998(H10)年9月19日、東京(羽田)~福岡線を皮切りに就航。
 現在は、羽田~福岡、徳島、関西、鹿児島に就航しているけど、羽田~札幌(新千歳)間の就航により、羽田~関西線が3月末 羽田~徳島、鹿児島線が4月21日をもって廃止される予定となっている。

スカイマークの羽田~関西線 昨年3月11日から今年3月31日までの1年間の短命路線となる。

昨年7月1日から9月13日まで、東京(羽田)~沖縄(那覇)間に深夜便が臨時運航されていたこともあったけど、今年夏に定期化されることが予想される。

スカイマークエアラインズの機種、ボーイング767-300型と新規導入のボーイング737-800型(小型のモノクラス機)があるけど、767型機のほうは、2010年までに退役、737型機に統一される予定である。

767のほうには、特別席に当たるシグナスクラスがあるけど、順次廃止される予定となっている。

以前は、大阪(伊丹)~札幌(新千歳)、福岡線 東京~青森線もあったけど 東京~札幌線の開設により、スカイマークが札幌に帰ってくることになる。

スカイマークは、現在国内線の運用のみとなっているけど、2009年度の羽田空港再拡張により、国際線の羽田~ソウル線にも就航する予定である。もちろんB737-800型機が使われる予定。

現在は、原油価格高の影響および大手2社との差別化を図るために、大幅なローコスト化が進められているけど、機種の小型化、機内サービスの簡素化はその一環である。
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by hy_sengen-sin | 2006-02-15 15:30 | 航空機
1921(T10)年の開館、1936(S11)年の移転以来70(85)年間親しまれてきた交通博物館が、老朽化による手狭状態および、来年10月のさいたま市への移転に伴い5月14日をもって閉館という残念なニュースが入っています。

こちらは、来年10月14日に、さいたま市の大宮総合車両センター横に開館予定の新生鉄道博物館に移転されることに伴い閉館され、1年5ヶ月という休止期間が発生してくることになる。

そんなもんで、2月12日に行ってきました。 昨年11月23日に行ってきたけど、諸事情によりレポート作成を見合わせていた。

まずは、国立競技場で行われた東京国際マラソンを観戦しました。 優勝は、エチオピアのアンネッセ・トロッサ選手だった。 準優勝は、我が国日本の高岡寿成選手で、優勝候補と言われている。

この大会は、1981(S56)年から毎年行われていたけど、来年からはコースが変更されてリニューアルされることになるので、現在のコースとしては最後となっている。

この後は、交通博物館に移動。 入場料は、大人310円だけど、鉄道友の会会員なら、子供料金(4歳以上中学生まで)の150円で入場出来るのである。

さすがに日曜日であり、閉館前の見物修めの観客などで混雑していました。 硬券は残念ながら手に入らなかったけど、この次こそは、朝一で手に入れたいと思っています。

あとは、4月28日まで、旧万世橋駅の遺構見物ツアーが行われているけど、今回は残念ながら定員に達したために入ることが出来なかった。この次は是非行きたいと思っているけど、行き次第、レポートを作成する予定です。

外には、D51-426号機、0系新幹線(21-25号車、H25編成)の前頭部が腕木式信号機とともに保存されているけど、これらの車両の行く末が気になります。こちらは、1978(S53)年から交通博物館のエントランスの顔となっている。こちらも、新生鉄道博物館に継承されるので嬉しいニュースである。

0系新幹線のほうは、以前運転台の特別公開が行われていたこともあった。これには、昔懐かしの超特急ひかり22号、東京行きのサボもありました。

かつての新幹線は、愛称・行き先表示がサボ式となっていたことを物語っている。

テーマは、1階が鉄道 2階が自動車・船舶 3階が航空・あすの交通・人力の交通となっている。
4階は、図書室、軽食堂、屋上

3階には、映画ホールもある。

別館には、休憩室、プレイランド、売店があり、その1階には、開拓使号の客車、善光号機関車(1290型)、弁慶号機関車(7100型)が保存されており、いずれも鉄道記念物に認定されている。こちらも新生鉄道博物館の屋内で展示されることになる。別館へは、2階からの連絡通路が2ヶ所ある。

やはり、閉鎖される理由は、老朽化で手狭となったことだけではなく、バリアフリーに対応出来ないということである。 ここは、エスカレーターやエレベーター、車椅子対応のトイレが無い状態だし。

懐かしい雰囲気の中、交通全般を楽しめる博物館となっているので、閉館を惜しむ声が多い状態である。 この閉館および埼玉への移転は時代の流れだし。

交通博物館の前身である(旧)鉄道博物館は、今から85年前の1921(T10)年10月14日、鉄道開業50周年記念事業として、東京駅北側高架線下に開館したのが始まりである。 当時は、国鉄による直営で、鉄道博物館らしく、鉄道関係のみの展示だった。

1923(T12)年9月1日の関東大震災で全館被災し、資料が消失 1925(T14)年には、鉄道博物館が再開

1936(S11)年4月25日、万世橋に移転し、駅舎の一部が博物館に転用。 万世橋駅の3代目駅舎は、ほとんどが博物館という簡素な駅舎となっていた。

1943(S18)年10月31日、万世橋駅廃止。 建物はすべて博物館のものとなった。

その翌日の1943(S18)年11月1日に開業した新子安駅は、万世橋駅の設備や備品が流用されている。

1946(S21)年1月25日、交通文化博物館として、交通全般に渡る総合的な博物館となる。 当時は、財団法人日本交通公社に受託されていた。

1948(S23)年 交通博物館に改名。

1971(S46)年2月、財団法人交通文化振興財団に運営が移管される。

2004(H16)年2月16日、さいたま市に移転、新生鉄道博物館としてオープンすることが発表。

2005(H17)年11月10日に新生鉄道博物館の起工式が行われる。

2006(H18)年5月14日、交通博物館が閉館。85年間(万世橋は70年間)の歴史に終止符が打たれる。

2007(H19)年10月14日、新生鉄道博物館としてさいたま市にオープン予定。運営は、東日本鉄道文化財団となる。

万世橋駅は、1912(M45)年4月1日に開業。これまでの昌平橋駅が廃止。当時は、東京駅丸の内口と同様、赤煉瓦の駅舎だった。

1919(T8)年3月1日、万世橋~神田~東京間の開業により、中間駅となる。

1923(T12)年9月1日、関東大震災により焼失 

1925(T14)年春、焼け残った部分が再利用され、2代目万世橋駅として復興。

1936(S11)年4月25日、鉄道博物館と併設された駅舎に改築される。

1943(S18)年10月31日、万世橋駅が廃止。

開業当時は、2面2線だったけど、末期は1面1線となっていた。 最後まで使われていたホームは、撤去されずに残されている。

関東大震災が発生した9月1日は、防災の日となっており、鉄道会社でも防災訓練が行われている。

万世橋駅前にあった万世橋交番の建物は、小金井市の江戸東京たてもの園までトレーラーで輸送され、ここで展示されている。

江戸東京たてもの園は、小金井公園の中にあり、都電の7514号車(ツーマン時代の旧車体)も保存されている。こちらは、JR中央線の武蔵小金井駅、西武新宿線の花小金井駅からバスまたは徒歩で行くことが出来る。

中央部の休憩室(自動販売機のある部分)は、万世橋駅と鉄道博物館を結ぶ通路の一部となっているけど、閉館とともに失われつつある。

1階の鉄道部門の展示=機関車ホール 1号機関車(150型、イギリス製)。こちらは、1872(M5)年の鉄道開業時に、新橋~横浜間で走っていた機関車。重要文化財と鉄道記念物に認定され、日本の鉄道の歴史を語る上では欠かすことの出来ない車両となっている。

こちらは、当時の客車や駅名板(志んばし)も再現されている。

あとは、大正時代に現在の御殿場線で活躍していた9850型マレー式機関車、蒸気機関車による最後の旅客列車牽引に活躍していたC57-135号機も展示されている。 C57は、1976(S51)年に交通博物館入りしている。

C57-135号機の最終運用は、1975(S50)年12月14日、北海道の室蘭本線の室蘭発岩見沢行きの普通225列車の牽引だった。

あとは、明治時代、大正時代、昭和時代の列車の座席、D51型蒸気機関車の運転台、機関車の模型、腕木式信号機も保存されている。機関車の仕組みのコーナーもある。

旅客車のブース 167系修学旅行用電車の前頭部、電車用台車(DT24A型)、可動実験装置、旧京都市電台車、TR73型3軸台車、各種集電装置、205系・209系・211系電車のシュミレーター、旅客車の模型(旅客車のあゆみのコーナー)がある。 

信号と安全のブース ウェブ・エンド・トムソン式電気通票機(鉄道記念物で、明治末期に奥羽本線の板谷峠で使用されていた)、新幹線CTC表示板(1995(H7)年まで東北・上越新幹線で使用されていた)、各種信号機、連動機、信号テコ(1998(H10)年まで花輪線の荒屋新町駅で使用されたいた)、通票閉塞器、自動信号システム総合模型(ATC、CTC、連動装置)、ATS等各種動作模型

線路・保線 各種レール、枕木、線路標識、電動ポイント、各種保線器具

地形に挑む鉄道 トンネル模型(関門トンネル、松川ループトンネル等)、橋梁模型(第一白川橋梁、筑後川可動橋等)、ラックレール、アプト式機関車模型

筑後川可動橋(昇開橋)は、JR化直前の1987(S62)年3月27日をもって廃止された、九州の佐賀線(佐賀~瀬高間)のうちの諸富~筑後若津間で使用されていた。 こちらは国の重要文化財となり、廃線後も保存されている。

車両の部品 0系新幹線、103系電車輪軸・減速歯車装置、各種車輪(車輪の移り変わり)

新幹線の安全 200系新幹線のシュミレーター、新幹線車両模型(0系、200系)、新幹線の安全システムの紹介

鉄道の施設 反転フラップ式発車表示器(以前岡山駅で使用されていた表示)、乗車券印刷発行機、東海道線電車シュミレーター

軌道 人車、各種模型(馬車鉄道、路面電車)

御料車 1号御料車(初代)、2号御料車(初代)、8号御料車女官室等が保存されており、1号・2号御料車は、鉄道記念物に認定されている。 1号御料車は、重要文化財でもある。 

交通の歴史 交通の総合年表がある

現在は、特別資料展示として、惜別特集が行われており、貴重な鉄道・自動車・飛行機の模型が展示されている。万世橋駅の歴史のコーナーもあるし。

模型鉄道パノラマ(80分の1スケール)には、JR東日本の車両、新幹線はもちろんのこと、JR貨物のM250型スーパーレールカーゴ(貨物電車)、サンライズエクスプレス、JR北海道のスーパーおおぞら、500系・700系新幹線もラインナップされており、定期的にショーが行われている。あとは、昨年7月に登場した常磐線の新型E531系の模型もある。

新幹線のほうは、スピードが速めに設定されているということで驚きでした。実車と同様に、E2系+E3系(はやて・こまち)、E4系+E3系1000番台(Maxやまびこ・つばさ)も再現されていた。
この模型パノラマショーを見たけど、とても見応えがありました。 やはり学芸員による解説もよかったし。 

2階の船舶部門には、鉄道連絡船のコーナーもあり、壱岐丸の号鐘が鉄道記念物となっている。

自動車部門では、昨年末に放送終了したNHKのプロジェクトXに出てきたスバル360型軽自動車や、懐かしのマツダのT2000型オート3輪トラックなどが展示されている。ベンツ1号車(3輪自動車、複製品)は、世界最初のガソリンエンジンの自動車となっている

バスのコーナーには、国鉄バス第一号車(鉄道記念物)、フォードTT型改造の東京市営バス(円太郎バス)、JRハイウェイバスの座席、万世橋バス停の表示が保存されている。

国鉄バス第一号車は、1930(S5)年、鉄道省により、愛知県・岐阜県の岡崎~多治見間で初めて使用された国産のバスである。

円太郎バスは、1924(T13)年1月18日に東京駅~巣鴨、中渋谷間で開業した、東京市営乗合自動車(現在の都バス)の第一号の車両となっている。こちらは11人乗りとなっていた。

国鉄バス第一号車は、鉄道博物館で保存されることになっている。

3階の航空部門には、航空機のプロペラ、エンジン、飛行服、コックピット、ジャンボジェット機(B747型機)のモックアップ、航空乗務員の制服などが展示されている。 ここに展示されている飛行機は、アンリ・ファルマン機(日本で最初に飛んだ飛行機)、1910(M43)年12月19日に代々木練兵場(現在の代々木公園)にて、初飛行した飛行機である。現在日本航空発祥の地の記念碑がある。

ベル47D-1型ヘリコプターは、日ペリ航空(日本ヘリコプター輸送、現在の全日空(ANA)の前身)によって導入されたヘリコプター(回転翼機)で、かつて全日空機に描かれていたロゴが入っている。こちらは、閉館後全日空に返還されることになる。

あすの交通は、リニアモーターカー、チューブ鉄道などの模型などの展示がある。

人力の交通 嫁入り駕籠、人力車、輪タク、ミショー式自転車等が展示されている。

4階には、かつてのこだま号の食堂車をイメージした軽食堂「こだま」がある。

遺構の見物は、4月28日まで行われており、事前予約も可能となっている。

交通博物館は、JR山手線・京浜東北線・総武緩行線、地下鉄日比谷線、つくばエクスプレスの秋葉原駅 JR中央快速線・中央・総武緩行線の御茶ノ水駅 地下鉄千代田線の新御茶ノ水駅 地下鉄丸ノ内線の淡路町駅 JR山手線・京浜東北線・中央快速線、地下鉄銀座線の神田駅
 地下鉄都営新宿線の小川町駅が最寄り駅となっている。

開館時間は 9時30分~17時(入場は16時30分まで)

入館料は、大人310円、子供(4歳以上中学生まで)150円 JRの主な駅のみどりの窓口やびゅうプラザでは割引入場券(大人260円、子供130円)も売り出されている。

休館日は月曜日だけど、春休み期間(3月26日~4月6日)、GW(4月29日~5月5日)は無休である。

閉館間際は混雑が予想されるので要注意である、今のうちに行っておいたほうがいいと思います。 特に5月13・14日の2日間は大混雑が予想されている。
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by hy_sengen-sin | 2006-02-13 12:15 | 鉄道の博物館

埼玉サークル

2月11日は、北浦和で行われた埼玉サークルに参加しました。

まずは池袋から埼京線のハエ3編成(クハ205-91F)で赤羽へ。 この編成の10号車(平日朝の上りと深夜の下りに女性専用車となる車両)に、伊豆の温泉のPR広告が外だけでなく、中にもありました。 この広告が有るのは、10号車のみで、一般の1~9号車は、普通の広告だった。

赤羽から京浜東北線の209系を乗り継いで北浦和へ。 日中は1本置きに大宮行き・南浦和行き交互に運転されているので、乗り遅れたら10分待たされることになる。

浦和で、小山のE231系の最新増備車による上野行きを見ました。 まだ乗ったことはないけど、国府津車に準じて仕様変更されています。 某サイトによると、6号車のトイレが洋式に変更されている。やはりバリアフリー法の改正により、車内トイレは洋式が義務づけられている。やはりこれまでの揺れる車内での和式トイレだと安定性に劣るという問題がある。洋式トイレでは、立ち小便の時に振動による垂れかけで汚れてしまうという問題があるけど。特急用車両などでは、男子用の小トイレも設置されている。

運転台のほうも当然国府津車と同様のデジタル式となっている。中間に連結されている時にスピードメーターを拝むことが出来ないのが残念だけど。

これに伴い、長いこと小山に貸し出されていたK-02編成(クハE231-8502F)が、ようやく国府津に返却されて、東海道線・湘南新宿ラインで営業運転されている。

これに伴い、宇都宮線・横須賀線直通の湘南新宿ラインが、小山のE231系に統一されたのである。

国府津に転用されるE217系は、元鎌倉のF01~03、F51~53編成となる。 こちらは、基本編成の7号車に連結されていたサハ(T車)が、付属編成の14号車に転用されることになる。

どのような姿で出てくるのか楽しみである。

運用は、東京~平塚、国府津、小田原、熱海間、15両編成での運転となり、非常時以外は10両または5両での単独運転されず、E231系と連結出来ないため、限定運用されることになる。 これにより、湘南新宿ライン、伊東線、JR東海管内(熱海~沼津間、国府津~山北間)には入って来ないのである。

残念ながら湘南新宿ラインにE217系が復帰するということは無い。

15両固定で限定運用されるということは、E217系登場当時に逆戻りの状態である。

E217系は、横須賀・総武快速線での導入完了後、東海道線への導入も計画されていたけど、E231系に引き継がれたことにより、幻のものとなっていたけど、今回実現に至ったのである。

211系のグリーン車組み込み=現在までにC6編成まで組み込みが完了している。

高崎車両センター(旧新前橋電車区)の211系のうち、グリーン車組み込みの編成は、C編成と呼ばれている。

これまで幕式の種別標示だった元小山車のうち、グリーン車の組み込みを期に、生え抜きと同様のLEDの種別標示に交換されているのを確認した。

これまでは、前面の種別標示で生え抜きか、元小山車かを見分けることが可能だった。

例会会場は北浦和。 ここで、皆さんとお会い出来たほか、大阪から定期的に遠征してきた河村さんと出会いました。 河村さんは、以前鎌倉市の湘南モノレール線沿線(旧大船工場の近く)在住だったけど、現在は、大阪府の高槻市在住である。 やはり山澤さんや森敏英さんらは、河村さんに出会えることを楽しみにしていたのである。

埼玉サークルのメイン会場である労働会館は、旧浦和市の部分で、すぐ近くが与野市となっている。毎週第二火曜日に行われている定例会もここで行われている。

旧与野市といえば、埼玉サークルのサブ会場となっているコミュミティセンターがある。 こちらは与野本町駅下車で、3月21日に行われるスライド大会の会場でもある。12月23日に行われる忘年会の会場でもある。

北浦和駅周辺にある北浦和公園の下は、武蔵野線から大宮方面を結ぶ短絡線が通っている。
 中浦和駅で埼京線、東北・上越新幹線とオーバークロス。
快速むさしの号などもここを通っている。

この日は、大宮、桶川まで行ったけど、大宮総合車両センターには、251系SVOの姿もありました。 これまでは、鎌倉総合車両センターに入場していたけど、今年3月末をもって工場部分(深沢地区、旧大船工場)が閉鎖されるのに伴い、大宮に移管されたのである。

東京総合車両センター(旧大井工場)では、209系やE231系という新世代の通勤電車のメンテナンスが主体となるので、これまで鎌倉総合車両センターに入場していた横浜線の205系などが大宮に入場するシーンも見られることになる。

京浜東北線がオール209系化されてから早8年。 209系500番台を迎え入れたことにより、バリエーションが加わっている。

大宮~宮原間の例の解体場所には、東海道線の113系や元幕張の183系が解体待ちの状態でした。

この後、会場に戻り、終了後に北浦和駅周辺の某居酒屋で行われた二次会に参加しました。 

埼玉サークルの二次会 北浦和で行われた場合は、北浦和駅周辺。与野本町で行われた場合、電車で大宮まで移動し、大宮駅周辺で行われることになる。

7月の埼玉サークルの旅行会の時、大宮で旅行終了となり、この後に大宮駅周辺の居酒屋で二次会が行われることになる。

二次会の後、森敏英さんと一緒に、北浦和から京浜東北線の209系900番台(クハ209ー921F)に乗りました。 こちらは、901系時代はC編成と呼ばれていた。

森敏英さんは、南浦和で武蔵野線に乗り換え。 筆者はこのまま赤羽まで乗車しました。

赤羽からの埼京線では、新宿・大崎方面への直通電車の運転が終了していたので、すべて池袋行きとなっていました。

この時に乗った編成は、ハエ1編成(クハ205-89F)で、4号車と7号車のサハ(T車)は、しぶとく残る幕式の標示(廃車予定車)となっていました。

この時に、幕式の池袋行きの表示を見ることが出来たけど、撮影しました。

本当にこれらのT車の行く末が気になるけど、廃車・解体になりそうで不安な状態です。

この列車は、湘南新宿ラインの北行などが発着するはずの池袋3番線に到着。折り返しは池袋始発赤羽行きとなっていたので、かつての赤羽線時代を思い出しました。
新宿行きの最終は赤羽23時35分発(赤羽始発)となるので、それ以降は池袋止まりとなっていました。
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by hy_sengen-sin | 2006-02-13 11:32 | 鉄道友の会イベント

祐天寺のナイアガラ

2月7日には、祐天寺にある鉄道をイメージしたカレー&コーヒーショップである「ナイアガラ」に行ってきました。

渋谷から祐天寺までは、8695Fに乗車。 この編成は、1997(H9)年から2001(H13)年まで、長津田に長期間留置。2001(H13)年から1年間、田園都市線を走っていた編成であった。

大井町線に転属した8691Fは、最近になってから前面にも各停の表示が新設されている。

祐天寺駅に到着した後、ナイアガラの店に入る前に、すぐ近くに保存されている動輪を見に行きました。 こちらは、ナイアガラによって管理されている動輪で、1974(S49)年8月に宮崎で廃車となった後、1976(S51)年5月27日に、鹿児島工場で解体されたけど、第二動輪のみ、ナイアガラ付近で保存されたのである。あとは、腕木信号もあるし。

こちらは以前店員さんに教えてもらったので知っていたので先に行きました。

東京駅の丸の内地下北口付近にある動輪の広場には、C62型蒸気機関車の15号機の動輪が保存されている。

こちらは、内装はもちろんのこと、外観も鉄道グッズがてんこ盛りの状態でD51のボイラーも展示されていました。

店に入る前に、食券(乗車券)を買う仕組みとなっている。 店内には、SLのプレートや駅標で埋め尽くされているので、感動したという客も多い状態である。

基本のナイアガラカレーは、600円で、辛さが選べることになっている。 甘口は鈍行、中辛は急行、辛口は特急で、激辛が超特急となっている。 もちろんタマゴやチーズ、カツなどのトッピングも可能である。

新幹線という名のお子様ランチもあるので、お子様連れでも安心である。

座席は、昔の電車から流用されている。 注文したカレーは、汽車の模型によって運ばれてくるのでムード満点であります。

そのカレーを食べたけど、美味しかったです。

テーブルのすぐ近くで止まるので、ここから取ることになる。

あとは、駅長さんの帽子をかぶっての記念撮影も出来るのでとても嬉しいサービスである。

営業時間は、11:00~20:00で、定休日(運休日)は月曜日(祝日に当たった場合はその翌日)となっている。

店を出るときに、日付入りのスタンプおよび硬券(ナイアガラ駅記念入場券)の土産もあるので、こちらも嬉しいサービス。

厨房は、駅長事務室となっているし。

ここの店員さんも感じが良かったです。

店を出る時、とてもよかった、また来たいです!と言ったけど、このようなことを言ってくれる人がもっと居ればいいなと思います。

前回訪問したのは、2004(H16)年5月7日で、モーニング娘。で1推しの紺野あさ美ちゃんの誕生日ということで、そのスタンプが欲しいということで行ったのある。

訪問当日の2月7日は、W(ダブルユー)の加護亜依ちゃんの誕生日だったけど、その2日後に、謹慎処分されてしまったという残念なニュースが入ってきたのである。

2月7日といえば、森敏英さんが推しているアイドルグループである「制服向上委員会」の橋本美香会長の誕生日である。

昨年2月7日、森敏英さんが、京王の橋本駅の入場券を2月7日の日付で購入していたのはそのためである。 本名の橋本にちなんで。

残念ながら、9月24日をもって全員卒業(解散)してしまうことになっている。
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by hy_sengen-sin | 2006-02-09 16:08 | 鉄道イベント

伊豆急撮影ツアー2

伊豆高原に到着、185系踊り子号およびリゾート21の標準色の撮影が終わった後、ホームで待機しました。

昨年4月にデビューした元東急の8000系は、全編成伊豆高原の車両基地に置かれていました。 この時に昨年秋に追加導入された8003F(元東急8043F)が構内を走行しているシーンも見ることが出来ました。

あとは、新黒船電車用のロイヤルボックス(グリーン車、サロ2182号車)も置かれていました。 これを組み込めば、リゾート21EXの新黒船電車が、東京までの乗り入れも可能となる。

ロイヤルボックスは、2182号車(EX、新黒船電車用)、2191号車(アルファリゾート用)を除いて、廃車・解体されているけど、これからは普通車ユニットの廃車も開始されることになる。
これまで廃車となった車両は、サロ2181、2183、2184号車の3両。

今年3月11、12日に引退予定の初代黒船電車も、伊豆高原の車両基地で休んでいた状態でした。

この後、伊豆急100系の103号車の走行シーンを見ることが出来たというサプライズイベントがありました。 

萩原さんたちとツアーに行けば毎回いいことがあるので、強運の持ち主だと思います。

黒岩さんから聞いた話によると、この日の寝台特急出雲号(3月17日廃止予定)が遅れて来ていた。黒岩さんは、それを撮影することが出来てよかったと言ってました。

この伊豆急100系は、2002(H14)年4月に勇退した後、両運転台車の101号車と103号車が残される予定だったけど、101号車が、東急車輌に里帰りしたため、103号車のみが残ることになった。 103号車は、今なお残る伊豆急100系である。

103号車以外の100系は、2003(H15)年までに解体されていた。 

2003(H15)年2月22日に行った時点では、1000型が残っていた状態だった。

この時103号車は、先ほどの新黒船電車用のロイヤルボックスと牽引され、入れ替え作業が行われていました。この時に見やすい場所に一旦停車。

11時30分頃、新黒船電車が入線。 この時に、新黒船電車用のロイヤルボックス(グリーン車)と並ぶ貴重なシーンを見ることが出来ました。 ここで、251系SVO(スーパービュー踊り子53号)を待避していた。 こちらは、1990(H2)年のデビュー当時からある、池袋発のSVOである。 SVOのほうは、普通車が満席でも、立席特急券は発売されないことになっている。

新黒船電車は、初代黒船電車とは違い、前面の行き先表示が隠されていない状態である。初代黒船電車は、行き先表示が黒船電車の表示によって隠されている。

伊豆高原駅の伊豆大川寄りで、ロイヤルボックスを切り離したことにより、103号車単独での走行に戻っていた。 これで、103号車の披露は完了した。

黒岩さんも、伊豆急100系の走行シーンを見ることが出来てよかったと言ってました。

この後、8000系に順次置き換えられる予定の200系(元JR115系)を撮影しました。

伊豆急の200系は、F3、F4編成が青色、F5、6編成が紺色のトランバガテル塗装、F8~11編成が赤色となっており。 3+3の6両運転の時、青色および紺色の編成(F3~F6)が伊豆急下田寄りに、赤色の編成(F7~11編成)が、熱海(伊東)寄りに連結されることになっている。

この時に見た編成は、赤色の後期型(F10編成)+バガテル塗装のF6編成の組み合わせでした。

0番台から改造されたのは、F3~F8編成で、中間車がモハ115-800番台から改造されたので、低屋根型となっている。 AU712型クーラー&非ユニットサッシ型の車両なので、房総地区の113系の初期型とともに消えゆく運命となっている。

300番台から改造されたF9~11編成は、JR時代6両固定編成として使用されていたけど、伊豆急入りと共に、3両編成に短縮。 クーラーは集中型でユニットサッシ窓、タイフォンの形状などで、0番台(F3~8編成)との違いである。 あとは、伊豆急下田寄りの先頭車に、車椅子スペースが設置されているし。

12時10分頃、奥野さんを乗せた185系の踊り子103号が到着。この時点で全員集合となり、7人揃いました。

奥野さんは、伊東まで、211系の普通列車、伊東から伊豆高原まで、185系の踊り子103号に乗って来ていた。

全員揃った時点で、恒例の記念撮影が行われました。 この後、赤い200系の並びを撮影しました。 伊豆急下田行きのほうは、初期型の赤い200系でした。

この後、伊豆高原駅構内のやまもプラザにあるラーメン店に入り、7人で昼食を食べました。 ここで食べたラーメンは、とんこつラーメンでした。

この後、1人で、駅前の足湯「美足の湯」に入りました。ここには、手洗い・顔洗い処もあったけど、こちらは熱かったです。 駅前ロータリーのクスノキの横には、天城山から湧き出た伊豆高原のうめえ水が出ていました。それをペットボトルに入れました。

あとは、足湯の横から黒船電車を撮影したし。

再びホームに入り、200系の入れ替え作業を見物しました。ここでは青い200系の撮影も行った。

リゾート21の第二編成には、前面にResort21のロゴがあったけど、第三編成にはそれがありませんでした。

14時08分発熱海行き。こちらは新黒船電車の折り返しとなっていた。 林直樹さんは、用事があるため、この新黒船電車に乗って早退していました。

あの後、2151Fの初代黒船電車が入れ替えのために走行するシーンを見られたので、こちらもサプライズイベントでした。 この時に良いときに伊豆高原に来れてよかったということを実感しました。

14時43分、アルファリゾート21によるリゾート踊り子号が到着。 この編成(2161F)の前面の帯は、伊豆急下田寄りが赤、伊東(熱海・東京)寄りが青となっている。

このアルファリゾート21は、2003(H15)年2月22日に、小田原から伊東まで乗ったことがある。こちらはグリーン車付きの全車指定席となっている。

14時58分、森敏英さんも、秋葉原でのAKB48というフレッシュなアイドルグループのコンサートに行くために早退していました。 この時の編成は、200系の3+3で、後ろは青色の261Fだった。この時に、リゾート21の第三編成と並んでいたので、森敏英さんが行き乗った列車と帰りに乗った列車の並びとなった。

AKB48(秋葉原48劇場)とは、その名の通り、本拠地が秋葉原の48劇場となっており、ドンキホーテの8階にある。 現在はメンバー21名となっている。 2月1日に、「桜の花びらたち」でCDデビュー。 現在は発売記念イベントが行われており、新人のアイドルらしく、握手会も行われている。曲は、かつてのおにゃン子クラブの曲と同様に、秋元康氏によってプロデュースされている。

あのおにゃン子クラブの時代から20年が経ったのである。 伊豆急のリゾート21は、おにゃン子時代の全盛期に登場した車両となっているし。

自分は現在モーニング娘。のファンをやっているけど、その前はSPEEDという沖縄出身の4人組グループ(2000(H12)年3月31日に惜しまれて解散)のファンをやっていました。 
当時は、hiroこと島袋寛子女史が1推しだった。

この後、1番線に、8000系の8002F(元東急8029Fから改造)の4両編成が入線。 こちらは4両編成のワンマン運転。 15時36分に伊豆高原を発車。この時に、車両交換が行われ、200系の3+3の6両編成が入れ替わりに入庫していました。

この8000系のほうは、昨年4月9日に乗車したことがある。現在は少ないけど、やがて8000系で埋め尽くされることになる。リゾート21のほうは、東京乗り入れ対応編成が残ることになるけど。
8029Fは、一昨年1月のみなとみらい線開業直前に運用離脱された編成である。

今のところは、伊豆高原、13:36発熱海行きの5650M、熱海、14:46発伊豆急下田行きの5651Mが、JRに乗り入れる唯一の8000系運用である。 この日は、伊豆高原~熱海間に限り、200系の3+3の6両編成が代走していた。普段は、後ろの2両を切り離し、伊豆高原から4両編成のワンマン運転となるけど。

この200系の3+3編成は、この後、洗車作業が行われていた。

この後、帰りの電車(伊豆高原16時24分発)まで、撮影しながら過ごしました。

200系の運用のうち、後ろの3両(赤色の編成)を切り離し、前の3両のみで伊豆急下田まで行く運用もありました。切り離された3両は、城ヶ崎海岸寄りの留置線に置かれていた。

この時に、名物のやまももジュースを飲みました。こちらは、伊豆高原の名物で、100円で売られている。駅前のやまもプラザは、やまももから名付けられている。今回は上がらなかったけど、車両基地等を眺めることが出来る展望台もある。

16時10分台に、新黒船電車が入線。ここで、撤収前の撮影会の締めとなりました。 

あの後、予定通り、16時24分発の普通列車で熱海へ。 この時に、先ほど切り離されていた赤色の編成である(F-9編成、267F)が増結されていました。 我々は、始発の267Fで熱海まで行きました。 200系も伊豆急線内で自動放送が使用されていました。

熱海に到着した後、E231系の普通列車で東京まで向かいました。 この時に乗った編成はK-40編成(クハE231-8540F)で、今年1月に新製された編成でした。1月10日に新津から輸送。 完全に暗くなる前だったので、相模湾の景色を楽しむことが出来ました。今年新製された車両に乗ったのは今回が初めてだった。

熱海から国府津までは、10両編成で、国府津で5両付属編成(S30編成)が増結されていました。 増結作業の前、251系によるスーパービュー踊り子52号、大宮行きに追い抜かれました。 この列車は、普段は池袋行きで、週末を中心に大宮まで延長されている。 大宮発着のSVOは、赤羽駅にも停車している。

平塚に停車した時に、先月15日の東海道線撮影ツアーを思い出しました。 18時36分、横浜駅着。この時に、奥野さんと別れました。 この列車の場合、ここで10分待っていれば、湘南新宿ラインに乗り継ぐことも可能となっている。

19時02分、東京駅に到着・解散。ここで伊豆急撮影ツアーが無事に終了しました。 木沢さんは、中央快速線で新宿へ。黒岩さんは、内房線特急さざなみ19号で帰宅。萩原さんは用事があるために総武地下ホームから新小岩へと向かっていました。

筆者は、京葉線地下ホームに行き、19時30分発の特急さざなみ19号で、上総湊まで帰る黒岩さんを見送りました。 筆者がホームに到着した時、列車のドアが開いて居なかったので、ここで黒岩さんと出会い、良い鉄道のHPを教えてもらいました。

この時に使用された編成はE257系500番台の5+5の10両編成で、NB09+NB15編成の組み合わせでした。 黒岩さんのほうは、NB15編成で帰っていた。 NB15編成は、昨年12月10日から営業運転入りした編成であり、11月頃に銚子での試運転、12月3日に新宿から銚子までの特別団体列車(E257系試乗列車)に使用されていた。

黒岩さんの旅は、内房線で始まり、内房線で終わることになっている。

この後、武蔵野線の205系の生え抜き車で唯一VVVF化されていたケヨM61編成(クハ205-145F)を見ることが出来ました。 中間のサハ(T車)は、元山手線のトウ16編成に連結されていたサハ205-31、32号車となっていたので、中間のT車のみ小窓となっている。

総武地下ホームへと移動、ここで、255系によるしおさい13号、成田空港行きのNE’X(成田エクスプレス)47号の併合シーンを見物しました。 このNE’X47号は、成田空港行きの最終で、途中、千葉、四街道、成田にも停車していた。 夜の下りと朝の上りのNE’Xは、千葉、成田、一部四街道にも停車するので、通勤にも利用されている状態である。

255系のほうは、最近故障が多いので、今後どうなるのか気になります。 足回り品の交換もあり得るけど。

東京から目白まで山手線で行き、目白の松屋で、豚めしを食べてから帰宅しました。
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by hy_sengen-sin | 2006-02-06 12:11 | 鉄道撮影ツアー