交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

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東京総合車両センター

東京総合車両センターの一般公開「夏休みフェア」では、今年度中に首都圏から姿を消す103系、改造入場中の205系などの展示と盛りだくさんの内容でした。

まずは、103系の試乗コーナーに行き、鶴見線の103系に試乗しました。 この試乗会に使用された103系は、鶴見線で最後まで残った3両編成のT1編成(クモハ103ー66F)でした。

鶴見線では、205系への置き換えが完了しているため、この103系は現在予備車扱いとなっている。 行き先表示は、武蔵白石となっていました。 武蔵白石といえば、今から9年半前まで、クモハ12型電車がここから大川まで折り返し運転されていたことがありました。現在は東京総合車両センターに保管されている。

この鶴見線の103系は、現在貴重となった低運転台のブタ鼻ヘッドライトとなっている。 常磐快速線の103系の5両の付属編成もこうなっているけど。 あとは、関西でも見ることが出来なくなったカナリア色の103系の最後の砦でもある。南武本線からは、昨年12月に全廃となったし。

この後、JR東日本グループのバス会社であるJRバス関東の2階建てバス(三菱ふそうのエアロキング)の中に入ったけど、冷房が掛かっておらず、とても暑かったです。 特に2階部分は蒸し風呂状態となっていたし。 この横に展示されていた富士宮線用のいすゞガーラ(プレミアムコーチ)の中にも入りました。このいすゞガーラは、最近日野セレガとともにモデルチェンジされたため、先代モデルとなっている。このJRバス関東は、今から17年前の1988(S63)年4月1日に、JRバス東北とともに、JR東日本のバス事業から分離・独立された会社である。 JR東海バス、西日本JRバス・中国JRバスも同様に分社化されて設立されている。
関東の大手私鉄では、相鉄を除き、バス部門の分社化が完了している。西武バス・小田急バスは古くからバス専門の子会社となっているけど。 小田急箱根高速バスは、元小田急電鉄の高速バス部門であった。

東武鉄道のバス部門は、東武バスセントラル、東武バスウエスト、東武バスイースト、東武バス日光に分社化。 群馬エリアの東武バスは、系列の関越交通に移管。

京王バスグループは、京王電鉄の子会社である京王電鉄バスを筆頭に、京王バス東(旧京王バス)、京王バス中央、京王バス南(旧南大沢京王バス)となっているし。

話はJRに戻るけど、この時に、今年3月まで山手線を走っていた、クハ205-2F(京葉線に転属予定)も見ることが出来ました。 この吊り上げ実演も行われていたし。 昨年は、山手線色の編成が使用されていた。

休憩用の車両は、京浜東北線の209系(クハ209ー40F)が使用されていました。こちらも冷房が効いていたので最高でした。

車両展示コーナーでは、保管されている旧型車両、武蔵野線・常磐快速線・八高・川越線の103系の並びを見ることが出来ました。

エメラルドグリーンの103系は、訓練車のクハ103ー335F。こちらの動向も気になります。

八高・川越線で唯一残ったクハ103-3003Fは、かつて使われていたHMが付けられていた。

この103系3000番台は、10月2日の特別運転をもって営業運転終了となる。

これにより、残っている東日本の103系は、武蔵野線、京葉線、常磐快速線、鶴見線だけとなる。これらの車両も今年度中に全廃予定となっているし。

武蔵野線のほうは、ほとんどが205系となり、103系は予備車となりつつある。

この時にVVVF化入場中の205系の生え抜き車も見ることが出来た。

東京総合車両センターの入り口付近では、101系の試作車(クモハ101-902号車、旧モハ90503号車)を見ることが出来ました。こちらは1957(S32)年に大井工場(現東京総合車両センター)で製造され、1960(S35)年に101系に変更された。

入場した時は、行き先が東京競馬場前で、ホリデー快速観梅号のHMが付いていました。 15時ごろの撤収の時は、国分寺行きで特別快速のHMに変わっていたけど。

側面には、32年前まで使用されていた、婦人・子供専用車(女性専用車のルーツ)の表示もある。

9月5日から、中央快速線の朝ラッシュ時の上り列車(東京方面、新宿駅に7:30~9:30に到着する列車)の先頭の1号車に女性専用車が導入されることにより、婦人・子供専用車が32年ぶりに復活することになった。
これには、高尾・大月・青梅始発のほか、奥多摩、高麗川、河口湖始発も含まれることになる。
富士急線内でも初の女性専用車の対象になる。
JR東日本では、2001(H13)年に導入された埼京線・川越線に続き、2路線目となった。

今から32年前の1973(S48)年4月1日に、武蔵野線の府中本町~新松戸間が開業する前は、国分寺から東京競馬場前まで、下河原線という路線(中央本線の支線)が走っていた。
中間に北府中駅があるけど、現在でも武蔵野線の駅として使用されている。 北府中は、東芝府中事業所の前にある駅で、この府中事業所では、EH500型の電気機関車が製造されていることで有名である。

この下河原線は、武蔵野線の開業と同時に、旅客営業が廃止され、1976(S51)年には貨物営業も廃止された。

東京競馬場前駅は、府中本町駅より南方200mほどにあった。 
現在は下河原線の廃線跡とともに、遊歩道、公園として整備されている。

以前は、大井(現東京総合)、大船(現鎌倉総合)、大宮でも車両の製造が行われていたけど、現在はJR東日本の車両製造部門がすべて新津に移管されている状態である。

この101系試作車は、再来年の2007年秋に大宮にオープン予定の鉄道博物館に保存される予定である。

このブログでは、鉄道のほか、バスについても触れていきたいと思います。
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by hy_sengen-sin | 2005-08-29 16:36 | 鉄道イベント

南入曽では

南入曽に到着した後は、2000系の休憩用車両に立ち寄りました。 ここでは、冷房が効いていたので、いい気分でした。 使用車両は、2019Fの6両編成。 本川越よりの先頭車である2020号車では、マナー展が行われていました。 表示は、LEDだったけど、団体専用となっていたし。

この2020号車には、特製のHMが取り付けられていました。

ピットには、新2000系と新101系がありました。 編成番号未確認

洗車台体験車両は、特急用の10112Fが使用されていた。 この編成は、10000系で唯一のVVVF編成で、愛称・行き先表示がLEDとなっている。 この10112Fは、新宿線専用で、山岳区間を走る池袋線系統の特急に転用することが出来ない状態である。

特急車の在籍状況 池袋線 10101(R)、10103(R)、10104、10105、10106、10107、10108Fの7編成 新宿線 10102(R)、10109、10110、10111、10112(V)の5編成。 R=リニューアル車、V=VVVF車

6000系は、6105Fのでんたび号の編成で、現在は使用されていない区間準急の表示となっていた。 
区間準急は、1998(H10)年から2003(H15)年まで池袋線にあった種別で、新宿線には無い列車であった。 停車駅は、池袋、練馬、練馬寄り先は各駅に停車だった。

20000系は、土・休日には見られない通勤急行の表示、新101系は快速急行の表示となっていた。 

車両の並びでは、10000系も加わるはずだったけど、運用上の都合により、展示されなかった状態だった。

今回の南入曽の車両基地の一般公開は初めてでした。

この会場で一通り見終わったという友人と出会い、途中の所沢まで一緒に帰りました。 

入曽から小平までは3000系、小平から高田馬場までは新2000系の4+4の8両編成の車両に乗りました。 

2000系の4両編成は、多摩湖北線(小平~萩山~西武遊園地間) 6両編成は、国分寺線(国分寺~東村山間)でも盛んに使用されている。

平日の日中には、新宿線で6両編成の普通列車も走っています。ほとんどが6両固定編成が使用されるけど、4+2の6両編成が使われることもある。

3000系は、3ドア・8両固定であるため、新101系列と同様に今後の動向が気になります。
池袋線に5本(3001~3009F)、新宿線に4本(3011~3017F)在籍

西武6000系 有楽町線との直通運転に備え、1992(H4)年6月に、6101、6102Fの2編成が登場、ステンレス編成は、1995(H7)年度の6117Fまで製造され、1996(H8)年度から1998(H10)年度まで、アルミ車体として製造されていた。

この6000系のアルミ車体は、20000系にも受け継がれている。

6101~6107F=当時は池袋線所属で、地上線限定運用だったけど、1994(H6)年に6107Fが新宿線に転属、のちに地下鉄乗り入れ設備の無い6101~6106Fも新宿線に転属。

1994(H6)年度導入の6108~6112Fのうち、6108~6111Fの4編成は、1994(H6)年12月7日の西武有楽町線、新桜台~練馬間の開業と同時に、暫定的に有楽町線乗り入れとしてデビュー) 当時は、午前中、夜間のみと出会える機会が少なかった。 
6112Fは、新宿線で2本目の6000系としてデビュー、のちに乗り入れ設備取り付けの上で池袋線に転属。

1995(H7)年度導入の6113~6117Fは、当初は地下鉄乗り入れ設備が無かったけど、のちに取り付けられている うち、6115、6116、6117Fは新宿線所属だった。

アルミ車の6000系 1996(H8)年度導入の6151~6156Fは、戸袋窓付きとしてデビュー。 そのうちの6152Fのうちの2両 6152、6252号車は、大泉学園付近の踏切事故により、長期間運用から離れていたけど、現在は復旧している。

1997(H9)年度に導入された6156、6157F、1998(H10)年度に導入された6158Fは、戸袋窓が廃止されている。 

1998(H10)3月26日、西武池袋線と有楽町線の直通運転が開始され、6000系が本格的に地下鉄乗り入れ車としてデビュー。 ATC装置の無かった6106F以前の編成には、池袋寄りの先頭車のスカート部分に黄色いSマークが付いていたことがあった。

現在は、新宿線に7編成(6101~6107F)、池袋線に18編成(6108~6117、6151~6158F)在籍している。 ステンレス編成は東急車輌製、アルミ編成は日立製作所製

日立製作所製の西武の車両は、1969(S44)年に5000系(旧レッドアロー号)の初期型から採用 西武としては初の外注車両となった。 当時は国分寺から搬入されていた。 現在国分寺では、JRと西武の線路が切り離されている状態である。
JR武蔵野線の新秋津と所沢を結ぶ短絡線は、1976(S51)年に開通。あの時以来、新造車の回送はここを介して行われるようになった。 

翌年の1970(S45)年から1978(S53)年まで製造された5000系は、西武所沢工場で製造されていた。

1993(H5)年に登場した10000系特急車は、5000系以来久しぶりに日立製作所で製造されていた。 6000系のアルミ車は、西武の通勤型車両としては初めての、日立製作所製の車両となった。

東急車輌製の西武の車両 1979(S54)年に登場した新101系列から始まり、3000系、新2000系、4000系、6000系も製造されていた。 

6000系は、西武所沢工場ではステンレス製車両を製造出来ないという理由ですべて外注(東急車輌、アルミ車は日立製作所)で製造されていた。

9000系は、西武所沢工場で最後に製造された車両である。

2007年度に予定されている地下鉄13号線(池袋~渋谷間)の開業の時にどうなるのか気になります。 

今年度中に、新スタイルの101系、4連8本(1227、1229、1231、1233F)、2連1本(293F)が廃車となる予定。 そのうちの293Fは、昨年度廃車となった289Fと同様に上信電鉄に譲渡される予定。

1231、1233Fは、新宿線で走っている。 このことで、昨年旧スタイルの101系のうちの1175、1191Fが、廃車される前に新宿線走っていたことを思い出します。

1227F~1239Fは、かつて秩父鉄道に乗り入れていた編成で、側面に号車表示があるのが特徴である。 決まった編成しか組むことが出来ず、運用上でのネックとなっている。

西武の5000系旧レッドアロー号が西武線から消えてからもうすぐ10年を迎えます。 自分の家の近くを5000系旧レッドアローが走っていた時は、昨日の出来事のように感じてしまいます。 この年の10月14日と12月3日に、5000系に名残乗車したことがあります。

現在は、富山地方鉄道で、16010系として2編成走っているけど、現役当時の面影が一部のみ残されているので嬉しいと思います。旧5501、5507Fがそれに該当している。
あとは、5503Fの先頭車が横瀬に保存されているし。
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by hy_sengen-sin | 2005-08-29 15:56 | 鉄道イベント
先週の土曜日(8月27日)は、西武の南入曽、JRの東京総合車両センター(大井町)で行われたイベントに行ってきました。

ルート 目白~新大久保…西武新宿~狭山市~入曽…西武のイベント会場…入曽~小平~高田馬場~品川~大井町…東京総合車両センター…青物横丁~京急蒲田~横浜~渋谷~池袋~大塚~池袋

西武新宿からは、急行狭山市行きの臨時急行で行きました。 この狭山市行きの列車は、普段は運転されないため、レアな表示となっていました。 南入曽、撮影会へGo!の特製HM付き。

編成は、旧スタイルの2000系の未更新車(6+2)の8両で、6両編成が2031F、2両編成が2419Fとなっていました。

2000系は、1977(S52)年、西武としては初の本格的な4ドア車としてデビュー。かつては旧401系という4ドア車もあったけど。 1988(S63)年にモデルチェンジされた後、1993(H5)年まで製造されていた。 旧スタイルの車両は、新宿線のみの在籍となっているけど、新スタイルの車両は、池袋線にも在籍している。

池袋線の2097Fのうち、飯能寄りから2両目、3両目の中間車(モハ2197、2198)は、旧101系の1145Fで試用されたVVVF装置が流用されている。 こちらは東急8642Fの西武版である。
東武の本線系統の10080系、東京メトロ東西線の05-114Fも、試作VVVF車となっているし。

西武新宿線の旧スタイルの2000系は、1977(S52)年から1979(S54)年まで6両編成が導入され、1983(S58)年に増結用の2両編成も登場した。

1983(S58)年には、2両編成の2401~2407Fが完全新製、2409~2415Fは、Mc車のみ新製、Tc車は初代2031、2033Fの2編成からの組み替えによって組成されていた。
初代2031、2033Fの中間車は、2001F~2007Fの中間に組み込まれて8両固定編成化された。

今から19年半前の1986(S61)年3月の田無駅構内での衝突事故(当時は雪だった)により、クハ2017、2024、モハ2117、2118、2217、2224、クモハ2415、クハ2416号車が廃車となった。被災編成は、2017、2023、2407、2415F

生き残りの車両のうち、クハ2018、モハ2218号車は、2代目クハ2024、モハ2224号車として、2023Fに組み込まれている。 2023Fは1989(H1)年に運用復帰。

田無事故で廃車となった代替え新造車は、1987(S62)年に2代目2031、2033Fとして6両2本、翌年の1988(S63)年に2417、2419Fの2本がそれぞれ新造されている。 こちらは旧スタイルで最後の新造車となった。ベンチレーターは角形に。

旧スタイルの2000系 6両編成12本(2009~2033F、2017Fは欠番)、8両編成4本(2001~2007F)、2両編成9本(2401~2419F、2415Fは欠番)

今回のイベント列車では、田無事故の代替え新造車グループで組成された編成となっていた。
 どちらも幕式の表示となっている。

旧スタイルの2000系の車体更新は、2031、2033、2417、2419Fを除いて完了したけど、車体更新未施工の編成には、黄色い化粧版、茶色い座席が残っている。

旧2000系の車体更新は、4000系のワンマン化工事により中断していたけど、2003(H15)年度から再開されるようになった。同時に車椅子スペースも設置された

途中停車駅は、高田馬場、鷺ノ宮、上石神井、田無、花小金井、小平、久米川、東村山、航空公園、新所沢、入曽と、従来の急行列車と同じだったけど、新鮮な感じがしました。

かつて2000系は、前面のみの白幕表示だったけど、現在は、紺色に変わり、側面にも新設されている。 更新車の一部はLED化されている。

ちなみに新スタイルの2000系のほうは、1988(S63)年に4連から登場、のちに6連、8連も登場(8連は翌年の1989(H1)年に登場) 
現在は 池袋線に8両固定14本、2両編成8本 新宿線に4両編成23本、6両編成5本、8両編成8本在籍 
側面は、戸袋窓無し、2段窓から、戸袋窓付きの1段窓に変更。

西武2000系の最終増備車は、2099Fではなく、2055F(2代目となった、新宿線所属)、これに伴い、新宿線の2055F(初代)の6両編成は、2045Fに改番されていた。

一部の編成は行き先、種別表示がLED化されている。

今回は入曽で降りるのが勿体ないので、終点狭山市まで乗りました。 新所沢~入曽間の南入曽の車両基地では、スタッフが手を振って迎えていました。 このことで、武蔵丘の時を思い出しました。

狭山市では、上りホームに到着し、ここから回送されました。

狭山市からは、20000系の普通列車で、入曽まで移動。 入曽から車両基地まで、かなり歩きました。 途中狭い道も通ったし、大変な状態でした。

2両編成の2000系(2400番台) これまでは新スタイルの2451番台の編成も新宿線にあったけど、現在は、旧スタイルの2400番台は新宿線、新スタイルの2450番台は池袋線に集中j配置されている。 このため1988(S63)年製の2000系が池袋線でも見られる状態である。

2000系、旧スタイルはすべて西武所沢工場製 新スタイルは東急車輌または西武所沢工場製。

新2000系(4ドア車)の池袋線への進出は、1990(H2)年のことである。
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by hy_sengen-sin | 2005-08-29 15:10 | 鉄道イベント
昨日は、開業初日のつくばエクスプレスに乗ってきました。

まずは、秋葉原駅まで行き、入り口に行こうとしたけど、入場制限により、待たされてしまいました。 秋葉原駅からは、14時ちょうど発のつくば行き快速列車で、つくばまで行きました。

この時、駅員によるパスネットの手売りのサービスがあった。

編成は、TX-2152F。 この快速列車は、北千住まで各駅に停車。 北千住から先は通過運転で、トンネルを抜けた辺りから、130Km/h運転となっていました。

列車は、南流山、流山おおたかの森、守谷と停車

守谷を出た後、直流区間から交流区間に入った時は、電気が消えませんでした。 10年前にデビューした常磐線のE501系(上野~土浦間専用車)からは、交直切り替えの時に電気が消えないようになっている。

流山おおたかの森駅では、TX-2000系による各駅停車を見ました。 これにより日中の各駅停車でTX-1000系のほか、TX-2000系も使用されていたことが分かりました。

つくば駅に到着後、駅周辺を散策 ここには筑波西武などのショッピングセンターがありました。 ここは、つくば駅と直結していて、雨の日の買い物も便利だし。

つくばエキスポセンターは、今から20年前に行われた科学万博85の分会場として使用されていた。 メイン会場は、万博記念公園駅周辺にあった。

つくば駅=券売機で並んでいました。 平日でも夏休み期間であったために混雑していたし。 8月27、28日の土日は、さらに混雑することが予想されます。

このため、3000円分のパスネットを持ったお陰で並ばずに済みました。 つくばエクスプレスでも、パスネットの2枚投入も可能なので安心です。

帰りはつくば駅から北千住まで、TX-2151Fに乗車。 この編成は、一昨年(2003年)に、TX-1101Fとともに先行落成した編成となっている。 この年の4月に、つくばエクスプレス総合車両基地でお披露目イベントが行われていたけど、諸事情で行かれなかったのが残念でした。

今から11年前の1994(H6)年の着工以来、昨日の開通まで、長く険しい道だったと思います。

北千住から秋葉原までは、直流専用車であるTXー1104Fに乗車 こちらは、TX-2000系の4M2Tに対して、3M3Tとなっている。
北千住~南千住間で、ライバルである常磐線の新型車両E531系を見ることが出来ました。こちらも130Km/h運転となっているし。

駅には、TX-1000系の製造メーカーである川崎重工、TX-2000系の製造メーカーである日立製作所の広告もあった。

川崎重工業は、鉄道のほか、船舶、オートバイ、航空機、宇宙機器、建設重機、プラントなどのメーカーでもある。

記念のパスネットおよび入場券、一日乗車券は、すぐに売り切れていました。 ホームでも、車両を撮影する人が絶えない状態で、人気があるんだな!ということを実感しました。

TXの秋葉原駅前=9月16日にヨドバシカメラが出来る予定となっている。秋葉原は、電気街で有名な街となっている。

TXの開業と同時に、秋葉原駅の東西自由通路も出来、電気街からTX、日比谷線の入り口への近道も確保されるようになった。

JRの秋葉原駅=改良前は迷路みたいに分かりにくかったけど。改良されてからはすっきりしたコンコースとなった。
秋葉原駅の留置線には、日中に常磐線の415系列が留置されているけど、こちらの撮影もお早めに。

秋葉原からは、御茶ノ水まで中央・総武緩行線で行き、ここから中央快速線を乗り継いで新宿の職場に向かいました。

初日は、早朝の6時20分ごろ、北千住駅で守谷発秋葉原行きの普通列車がオーバーランするトラブルがあったけど、車両故障などの大きなトラブルが無くてよかったです。 初乗りも無事に完了したし。
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by hy_sengen-sin | 2005-08-25 11:46 | 鉄道乗車記
東京(秋葉原)と、学園都市で有名なつくばを最速45分で結ぶ、つくばエクスプレスが開業するまであと1週間に迫りました。

つくばエクスプレスの路線

秋葉原~新御徒町~浅草~南千住~北千住~青井~六町~八潮~三郷中央~南流山~流山セントラルパーク~流山おおたかの森~柏の葉キャンパス~柏たなか~守谷~みらい平~みどりの~万博記念公園~研究学園~つくば

普通列車は、ほとんどが秋葉原~守谷間の運用で、秋葉原~つくば間通しで運転されるのは、下り2本(始発およびつくば行きの終電)、上り1本(つくば発の終電)しかない

区間快速の停車駅 秋葉原~新御徒町~浅草~南千住~北千住~八潮~三郷中央~南流山~流山おおたかの森~柏の葉キャンパス~守谷~みらい平~みどりの~万博記念公園~研究学園~つくば

快速の停車駅 秋葉原~新御徒町~浅草~南千住~北千住~南流山~流山おおたかの森~守谷~つくば

区間快速、快速の運転区間 秋葉原~守谷、つくば間

朝には八潮発着の列車も設定される

直流電化区間(1500V) 秋葉原~守谷間 交流電化区間(20000V) 守谷~つくば間 守谷~みらい平間で電流が切り替わる

乗換駅
秋葉原 JR(山手線、京浜東北線、中央・総武快速線)、東京メトロ日比谷線
新御徒町 都営大江戸線
(浅草) 東京メトロ銀座線、都営浅草線、東武伊勢崎線 駅まで徒歩10分
南千住 JR常磐線、東京メトロ日比谷線
北千住 JR常磐線、東武伊勢崎線、東京メトロ(日比谷線・千代田線)
南流山 JR武蔵野線
流山おおたかの森 東武野田線(つくばエクスプレスの開業とともに新設された駅)
守谷 関東鉄道常総線 守谷止まりの電車⇔つくば方面

つくばエクスプレスの浅草駅は、国際通りの地下(浅草ROX前)にあり、地下鉄・東武線の浅草駅と離れているので乗り換え駅に指定されていない。 地下鉄銀座線の田原町駅からも近い

車両 TX1000系 直流区間(秋葉原~守谷間)専用車 14編成(1101~1114F))
TX2000系 交直両用 16編成(2151~2166F) 守谷~つくば間はTX2000系限定運用 
いずれも4ドア、6両編成(将来は8両編成にすることも可能) 座席はロングシート、TX2000系は3、4号車にクロスシートもある。 最高速度は130Km/h
保安装置 CS-ATC ホームドア装着 ATOによるワンマン運転
バリアフリー 車椅子スペースが各編成の2、5号車にあり、全駅にはエレベーター、エスカレーター、車椅子対応トイレが設置されている。 車内には、LED式の案内装置、電光駅名表示板もある。 弱冷房車は3号車
9月1日から、つくば寄りの先頭車(1号車)に限り、平日の朝(始発から10時まで)と、夕方・夜間(18時から終電)までの全列車で、女性専用車が導入されます。

車両基地 守谷(つくばエクスプレス総合車両基地) 八潮駅構内に留置線、保守車両基地あり

車両メーカー TX1000系 川崎重工業 TX2000系 日立製作所
車両の搬入は、兵庫または下松からJRの土浦駅まで、甲種輸送、土浦駅から守谷の車両基地まで陸送されていた。 つくばエクスプレスの車両が甲種回送された時、南流山駅を通っていたため、南流山駅の地下を走るはずのつくばエクスプレスの車両が、高架の武蔵野線部分を通っていたという光景が見られていた。
第一編成は、TX1000、2000系ともに、2003(H15)年3月に落成していた。

地下にある駅 秋葉原、新御徒町、浅草、南千住、青井、六町、南流山、つくば駅 みらい平駅は半地下駅

トンネル 秋葉原~北千住間、北千住~八潮間、三郷中央~流山セントラルパーク間、みらい平~みどりの間、研究学園~つくば間

島式ホーム 秋葉原、新御徒町、浅草、北千住、六町、八潮(2面)、南流山、流山おおたかの森(2面)、守谷(2面)、つくば

相対式ホーム 南千住、青井、三郷中央、流山セントラルパーク、柏の葉キャンパス、柏たなか、みらい平、みどりの、万博記念公園、研究学園

橋梁 南千住~北千住間、北千住~青井間、八潮~三郷中央間、三郷中央~南流山間、柏たなか~守谷間、守谷~みらい平間

東京・埼玉県境の綾瀬川部分は、地下トンネルによって横断することになる。

駅番号 秋葉原が01で、その中間が02~19、つくばが20となっている。

車両番号 TX1000系 前面=黒 側面=紺 TX2000系 前面・側面ともに赤
東京都=秋葉原、新御徒町、浅草、南千住、北千住、青井、六町駅
埼玉県=八潮、三郷中央駅
千葉県=南流山、流山セントラルパーク、流山おおたかの森、柏の葉キャンパス、柏たなか駅
茨城県=守谷、みらい平、みどりの、万博記念公園、研究学園、つくば駅

みらい平駅=谷和原村、伊奈町にまたがっているけど、来年3月27日に合併し、つくばみらい市になる予定。

日中は、普通列車がTX1000系、快速・区間快速がTX2000系で運転される。

つくばエクスプレスの運賃 初乗り 160円 秋葉原~守谷間 800円 秋葉原~つくば間 1150円 北千住~守谷間 700円 北千住~つくば間 1000円
パスネットも使用可能である。

日中の秋葉原発のダイヤパターン 快速つくば行き 00、30分発 区間快速つくば行き 15、45分発 普通守谷行き 07、22、37、52分発
つくば発 快速秋葉原行き 11、41分発 区間快速秋葉原行き 18、48分発

待避が行われる駅 八潮、流山おおたかの森駅 日中は流山おおたかの森駅で、普通⇔快速間の乗り継ぎが可能である。

所要時間(快速利用の場合) 秋葉原~つくば間 45分 北千住~つくば間 34分 秋葉原~守谷間 33分 北千住~守谷間 22分

これまで、東京都心とつくばの間は、常磐線+バス乗り継ぎで85分 高速バスで65分掛かっていた。

さらにつくばから新宿までは、新御徒町で都営大江戸線に乗り換えれば 最速で1時間で結ばれることになる。

つくばエクスプレス=当初は旧国鉄(現JR東日本)による「常磐新線」として建設されるはずだったが、現在は、1991(H3)年に設立された第三セクターである首都圏新都市鉄道㈱に譲渡されている。この本社は新御徒町駅前にある。
当初は2000(H12)年に開業予定だったが、工期が大幅に遅れ、現在の2005年度開業予定となった。 本来なら今年秋に開業するはずだったけど、始業式に間に合わせるために8月24日に繰り上げられての開業となった。

つくばエクスプレスは、今年の鉄道界のメインイベントである。 この開業により、つくば市民はもちろんのこと、これまで鉄道が通って居なかった八潮市民などの地域の住民も、より便利になる。

今から18年前の1987(S62)年3月31日、筑波鉄道線(土浦~岩瀬間)が、旧国鉄とともに廃止されたけど、その中間に筑波駅(つくばエクスプレスのつくば駅とは無関係)があった。

その旧筑波駅跡は、バスターミナルとして使用されているけど、8月24日に、高速バスと同様に、筑波山駅に変更されることになっている。

つくば市は、1987(S62)年11月30日に、筑波郡谷田部町・大穂町・豊里町、新治郡桜町が合併した都市で、さいたま市やひたちなか市などと同様に最初から平仮名の地名となっている。  翌年の1988(S63)年1月31日、筑波郡筑波町 2002(H14)年11月1日 稲敷郡茎崎町が、それぞれつくば市に編入されている。

つくばエクスプレスのロゴマーク=TX イメージキャラクターはスピーフィ

この開業により、東京駅とつくばセンターを結ぶ高速バス(JRバス関東、関東鉄道)のほうは、運賃の引き下げ(1250円から1150円とつくばエクスプレスと同額に)、停留所の増設によって巻き返しを図っている。 筑波山行きの高速バスも、ルート変更、一部区間での運賃の引き下げが行われている。 南守谷行きの高速バスは、16往復から8往復と半減

東武バスを中心とするバス会社も、つくばエクスプレスの開業と共に、路線の再編が行われた。
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by hy_sengen-sin | 2005-08-17 16:15 | 鉄道車両・路線

鉄道文化むら2

碓氷峠鉄道文化ぶらに行ったのは、一昨年の12月23日以来でした。

今年3月26日から、碓氷峠鉄道文化むら~旧丸山変電所~峠の湯を結ぶ、トロッコ列車「シェルパくん」が廃線跡の一部で運転されているけど、今回は諸事情により乗ることが出来ませんでした。 こちらは、土・休日のみの運転となっており、文化むらに入らないと乗れないことになっている。 2両編成のトロッコ列車がDLによって牽引されている。

この日はお盆休みということで混雑していたので。

189系の先頭車(クハ189-506号車)のHMは、かつての軽井沢リゾート特急である「そよかぜ」号のHMとなっていました。
オープン当初は、あさま色のまま展示されていたけど、のちに、国鉄色に復元されていた。同時にJNRマークも復元されたけど。

この車両は車内に入ることはもちろんのこと、運転席も入り放題で、小さなお子様にも大好評でした。

かつて使われていた検修車庫から転用された鉄道資料館には、EF63や189系あさま号のシュミレーター、EF63ー10号機、EF62-54号機、ヨ3500型車掌車、アプト式時代に使用されていたED42号機が展示されていました。

ミニSLの回りには、いろいろな機関車、気動車、客車が展示されていたけど、目玉は、EF65-520号機、EF63-1号機、EF62-1号機でした。

D51-96号機は、1976(S51)年に現役を引退した後、長瀞のSLホテルで、20系客車とともに保存されていたけど、廃業により、現在の碓氷峠鉄道文化むらに保存されるようになった。
現在は、銀河鉄道999(スリーナイン)にちなんだ999のHMが取り付けられている。

オハネ12-29号車 懐かしの3段寝台となっていた。 3段寝台は上段部が冗談でないほど狭かったです。 幅も狭いのでなおさらでした。

EF62、EF63、EF65、EF53、EF58、EF80、EF59、EF60、EF30、EF70、EF15、DD51、DD53、D51といった名機関車を一同に保存してくれたことで嬉しく思っています。

キハ20-467号車 かつてのツートンカラーとなっていたので、今年5月に北海道の相生線の北見相生駅跡(今から20年前に廃止)に保存されていたキハ22ー69号車を思い出しました。

このキハ20ー467号車に入ったのは今回が初めてだったけど、茨城交通湊線の旧型車に乗っているような感じがしました。 キハ20型DCは、キハ22型とともに、本家のJRから全廃となっているけど、茨城交通などで現役である。

キハ20型三姉妹(キハ20、キハ22、キハ52)のうち、キハ52のほうは、東北・新潟地域、大糸線の非電化区間(南小谷~糸魚川間)で現役である。

中に入ったある客から、懐かしい!という声が聞こえてきました。

キハ20ー467号車=末期は足尾線(現わたらせ渓谷鉄道、桐生~間藤間)で使用されていた。当時はタラコ色だったけど。 1989(H1)年3月の廃止後、廃車となったけど、この車両は鉄道文化むらに保存されるようになった。

キハ35-901号車 1963(S38)年に試作されたキハ35型DC(片運転台のトイレ付き)のステンレスバージョンで、901号車から910号車まで試作されたうちの1両である。

末期は、電化前の相模線、八高線で使用されていたけど、1996(H8)年3月の八高線の八王子~高麗川間の電化、高麗川~高崎間のキハ110系列への置き換えにより、廃車となったけど、この1両のみ、鉄道文化むらで保存されている。

キハ30系列 両運転台トイレ無しのキハ30、片運転台・トイレ付きのキハ35、片運転台・トイレ無しのキハ36型に分かれていたけど、現在は、久留里線のキハ30型3両のみが現役である。 3ドア、座席はすべてロングシート

関東鉄道常総線にも、キハ30、35型DCが、トイレ撤去の上で譲渡されていたけど、現在は新型2000系シリーズの導入により廃車が進められている。

今から20年前に川越線(大宮~高麗川間)が電化される前は、八高線と同様に、キハ30系列が使用されていた。

関西のほうでもキハ30系列が盛んに使用されていたけど、2001(H13)年の和田岬線の電化と同様に廃車となった。 和田岬線のほうでは、1990(H2)年に旧型客車に変わって、キハ35+キクハ35型が座席の一部、トイレ、エンジンの一部撤去の上で転用、2001(H13)年に電化されるまで使用されていた。

会津鉄道に譲渡されたAT-300型展望型トロッコ車両は、キハ30-18号車から改造されている。

キニ58ー1号車は、キハ58型急行型DCベースの荷物車である。 本家のキハ58系列は、東北地域、JR西日本で現役である。 一部はタイに輸出されている。サハリンにも輸出されたけど、すぐに倉庫用の車両を残して全廃となってしまった。

オハユニ61-107号車 貴重な郵便車で、1986(S61)年に鉄道郵便輸送が廃止される前の鉄道郵便時代を語ることが出来る。

休憩室として使われている、12系のお座敷客車2両(スロフ12ー822号車とオロ12-841号車)は、1999(H11)年まで、お座敷客車「くつろぎ号」として使用されていた。 姉妹車の「やすらぎ号」は、現役引退した後、一部がわたらせ渓谷鉄道に譲渡され、サロン・ド・わたらせ号として使用されている。

現在は新前橋所属の4両編成のお座敷電車である「やまなみ号」と「せせらぎ号」が使用されている。

くつろぎ号は、現役時代、筆者がさよなら号として宮原から横川まで乗ったことがある。

休憩車両は、2両とも中に入ることが出来、冷房が効いているので、大好評でした。あとは、料金無しでお座敷列車の雰囲気を味わうことも出来るし。

その他の展示車両は、涼しいくつろぎ号の車両とは裏腹に、暑い状態でした。

やはり、ここで保存車両を見るなら暑い夏を避けたほうがいいと思います。

青梅鉄道公園で、新幹線の0系の保存車両に入った時、暑い思いをしたことがあります。

あとは、トヨタのダイナによる架線保守用軌陸車も保存されています。 

EF63型電気機関車の体験運転も出来ることも大きな魅力です。これにより、EF63号機が動いているシーンを見ることが出来るし。体験コースは400m 実技に入る前に学科を受けなければならない 学科・実技=どちらも要予約制である。

トロッコ列車のまるやま駅=丸山変電所跡にある。この丸山変電所の建物は残されている。

とうげのゆ駅=日帰り温泉施設の峠の湯の前にある。

横軽区間の廃線後は、一部が遊歩道として整備されており、めがね橋の辺りまで歩いて行くことが出来る。

2002(H14)年12月、高崎でのイベントの帰り、ここの遊歩道を歩いたことがあります。 この時は峠の湯まで歩き、ここに入ったことがあるので。

あの後、115系の普通列車で高崎まで行き、両毛線に乗り継いで足利まで行きました。

足利駅で、百選スタンプを押す。 足利駅前には、EF60-123号機が保存されていました。 

時間があったので、東武伊勢崎線の足利市駅まで歩いて行きました。

足利駅で、両毛線115周年のHMの付いた車両を見ることが出来ました。 昨年の暮れに115周年を迎えたのに、未だにHMが付いていた。 今年一杯まで取り付けられると思われる。

足利から小山までも107系でした。

新前橋の211系=宇都宮・高崎線のほか、5両編成で高崎~横川間、両毛線のローカルで使用されることもある。 宇都宮~黒磯間の区間運転は、211系の5両編成も含まれている。

新前橋の115系=すべて宇都宮線を彷彿とさせる湘南色の1000番台で、3両編成、4両編成に分かれている。 4両編成のほうは、高崎線経由で上野まで乗り入れていたこともあった。
 吾妻線=ホームの有効長が3両分しかないため、115系の3両編成または107系の2両編成に限定されている。

新前橋の107系=1往復のみ高崎から両毛線経由で黒磯まで乗り入れる運用もある。もう1往復宇都宮に乗り入れる運用もあるし。

宇都宮駅=120周年を迎え、駅構内のリニューアル工事が行われている。8月20日に新装オープン予定、同時に宇都宮運転所で一般公開が行われる。

ここでは、NEトレイン(キヤE991-1号車)も展示される予定となっている。 

このNEトレインは、ディーゼルエンジンと電気によるハイブリッド方式で、二酸化炭素の排出量の削減効果が期待されます。

こちらは、トヨタ自動車のプリウスなどのハイブリッドカーの鉄道版となっている。
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by hy_sengen-sin | 2005-08-15 14:10 | 鉄道の博物館

碓氷峠文化むら

8月13日は、碓氷峠鉄道文化むらに行ってきました。

ルート 目白→池袋→武蔵浦和→南浦和→大宮→熊谷→高崎→横川→高崎→足利→小山→宇都宮→石橋→古河→栗橋→久喜→大宮→池袋

高崎線で乗った車両は、熊谷までE231系、高崎まで211系

高崎線のE231系は、湘南新宿ライン直通および間合いの上野発着のみ国府津車(K、S編成)で、他は小山の車両となっている。

高崎線の15両運転区間は、籠原までとなっているので、5両の付属編成(S編成)は、籠原~高崎、前橋間には入線しないことになっている。

同様に、宇都宮線の15両運転区間は、小金井までとなっている。 
小山のE231系の5両編成は、増結用のほか、5+5の10両編成、5両単独での宇都宮~黒磯間のローカル列車で運転されている。

宇都宮線の上野と黒磯を通しで結ぶ列車は、昨年の3月のダイヤ改正で削減され、現在は下り2本、上り3本となっている。 下りはE231系の5両(宇都宮まで5+5の10両)1本、E231系の5+5の10両1本、上りは211系の5+5の10両2本、E231系の5両(小金井から15両) この他、氏家始発上野行きの1本E231系5両(小金井から15両)もあります。

小山のE231系のグリーン車の組み込み 2004(H16)年7月1日、U508編成(クハE231ー6008F)を皮切りに順次グリーン車が組み込まれ、1年間で完了したことになった。 U507編成(クハ231-6007F)は最後まで残った10両固定のモノクラス編成となっていた。
捻出されたT車2両は、国府津のE231系のK02編成以降に転用。

国府津のE231系のうち、K01編成のみは、10両固定で唯一の完全新製車となっている。

昨年7月1日から10月15日まで、グリーン車が暫定的に普通車扱いとなっていて、上野発着の列車で使用されていた。 昨年の今頃はグリーン車乗り放題だったのであの頃が懐かしいです。

10月16日から湘南新宿ラインがグリーン車付きのE231系に統一され、グリーン車無しの編成は上野発着に回されていた。 
今年3月10日のグリーン車増投入により、上野発着のグリーン車が大幅に増え、上野発着の高崎線のE231系がすべてグリーン車付きとなる。

今年の7月1日、E231系の10両固定がすべてグリーン車付きとなる。

この後、新前橋の211系のグリーン車組み込みが開始される予定である。

現在は、A2編成(クモハ211-3002F)のみ、フライングでグリーン車が組み込まれている。 当然運用に入っておらず、新前橋で休んでいた状態である。 
田町の211系から転用されたグリーン車2両は、2階建てと平屋建て1両ずつで、耐寒改造・ドアの押しボタンの新設などでサロ212-1001、サロ211ー1001号車に改番されている。

新前橋に転用される211系は、田町の211系のほか、国府津の113系から捻出される2階建てグリーン車も含まれている。 

田町の211系、既存の2階建てグリーン車2両連結編成(N31、32編成)を除き、順次国府津の113系から捻出された2階建てグリーン車に転用されている。

国府津のサロ124=以前横須賀・総武快速線で使われていた車両は塗り分けが異なっている。 編成によって、2両で塗り分けが異なるという組み合わせも見られている。

国府津のE231系のうち、K-02、08、16編成が小山に貸し出されているけど、そろそろ返却されそうな感じがします。

E231系の増備のあおりを受けて東海道線のE231系が増えてきています。 東海道線のE231系の運用範囲 基本編成 東京~熱海、沼津、伊東間 付属編成 東京~熱海、山北間

東海道線から御殿場線へと直通する運用は、昨年10月の改正まで、山北発着のほか、御殿場発着の運用もあった。 現在は、E231系の5両編成による、山北発着の1往復のみとなっている。 東京~国府津間は15両。(国府津で分割・併合)

東京から御殿場まで直通していたことで、今から20年前に廃止された急行ごてんば号を思い出しました。

高崎駅は、今年7月3日に、改札口が西側と東側に分かれていたのが1ヶ所に統合されてリニューアル化されてました。 1番線は使用停止となり、上信電鉄の改札口が独立していました。

1番線にある、立ち食いそば屋(たかべん)は、これまで改札口の外と中に分かれていたのが、すべて改札口の外になってしまいました。

ここで売られている350円のラーメンを食べたけど、美味しかったです! 麺とだしが最高。

改札内のホーム部分にもたかべんのラーメンを食べられるところが残っていたので嬉しいです。

高崎から横川までは、107系の2+2の4両編成に乗りました。 107系は、1988(S63)年に165系の足回り品流用の上でJRの工場(現総合車両センター)で新製された2両編成の車両となっている。まずはJR日光線に0番台がデビュー、翌年の3月に高崎支社の100番台が登場していた。

高崎支社の100番台は、上越線(高崎~水上間)、信越線(高崎~横川間)、両毛線、吾妻線で使用されている。

横川駅には、EF63型2両+189系のあさま色編成、くつろぎ号が保存されているけど、189系のほうはかなり色褪せていました。

横川駅では百選スタンプを押しました。 ここは峠の釜飯が有名だけど、今回は食べませんでした。 

峠の釜飯は、駅前のおぎのやによって製造・発売されている人気の駅弁で、益子焼きの釜に入っています。
中には、鶏肉、うずらの卵、ゴボウ、椎茸、あんず、栗などの具が入っている。

かつて横川駅で特急が止まる度に立ち売りが行われていたけど、横軽区間とともに消えたのが残念です。

この商品は、長野新幹線のあさま号の車内販売、おぎのやドライブインなどでも買うことが出来る。

横川~軽井沢間の碓氷峠越え区間が廃止されてから今年で8年、早いもんです。

あの時はEF63号機が当たり前のように動いていたので、とても懐かしく感じます。
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by hy_sengen-sin | 2005-08-15 12:04 | 鉄道乗車記
都営は5300形に限定。 1991(H3)3月に、これまでの5000形の置き換え用として登場 都営のオールマイティー車 スタイルは、都営12号線(現大江戸線)の12-000形の流れを組んでいる。

京急での主な乗り入れ区間は、泉岳寺~羽田空港間となっているけど、朝・夕のみ京急久里浜、三崎口方面に乗り入れることもある。 1997(H9)年度に導入された最終増備車である5327Fは120Km/h運転対応となっているけど、従来の編成との共通運用のため、120Km/h運転を行う日中の京急快特には使用されない。

運用区間は、都営地下鉄浅草線全線、京成線押上~青砥~成田空港間、北総線全線 京急線 泉岳寺~堀ノ内~三崎口間、空港線 京急蒲田~羽田空港間、逗子線 金沢八景~新逗子間  
現在、京成上野、東成田への乗り入れは無くなっている。

都営車による、京成成田方面への直通列車は少なかったけど、大幅に増加している。 以前は、5000形の時代から前面に京成に準じた丸形の急行表示が取り付けられていたこともあった。 現在は、押上線を除き京成の急行が全廃となっている。 本線系統の急行は快速に変更。

平日には、三崎口発成田空港行きの唯一のロングラン運用(1613T、京急、京成線内は特急)にも使用される。
都営5300形の逗子線乗り入れは、平日朝ラッシュ時の1往復のみ(往路は金沢文庫始発、復路は泉岳寺行きの特急)

唯一残った5200形(5000形のセミステンレスバージョン)は、京急に乗り入れておらず、西馬込~泉岳寺間中心の運用で、青砥へは平日の1往復しか乗り入れてこない状態となっている。 こちらは来年廃車予定となっている
 6両編成時代は2編成あったけど、8両化とともに先頭車を含む4両が廃車となった。以前は5000形とともに、京急川崎、神奈川新町、羽田(現、天空橋)、東成田、千葉ニュータウン中央まで乗り入れていたことがあった。

普通鋼製の5000形は、1995(H7)年7月2日にラストランを迎えてから10年が経ちました。 このうちの5089号車と5092号車は、昨年閉鎖された旧馬込車両工場に保存されているけど、これらの車両の行く末が気になります。 5200形とは異なり、冷房改造されなかった。
5000形は、同年開業した千葉ニュータウン中央~印西牧の原間には乗り入れていなかった。

5000形は登場当時は2両編成だったけど、末期は8両編成となっていた。
1995(H7)年7月、馬込でのイベントに行ってました。 ここで奥野さんと出会ったけど。
 
余談となるけど、筆者が奥野会員と出会ってから今年で10年を迎えました。 

京成3400形=1993(H5)年に、これまでのAE型スカイライナーの車両の足回りに、3700形に準じる普通鋼製の車体をドッキングさせた車両。 当初から車椅子スペースがある。AE車時代に乗り入れることが出来なかった都営浅草線、京急線を走ることもある。
一部は、AE車時代に6両から8両に変更された時に電装化された中間車から改造された車両も含まれているので、純平成生まれの車両となっている。

京成3500形=1972(S47)年登場 車体更新前は、先頭M台車では無いため乗り入れが出来なかったけど、更新と同時に先頭M台車化され、京急への乗り入れが出来るようになった。 この3500形は、初期型の3553Fまで更新されたけど、コスト削減により車体更新が中止され、3557F以降の未更新車は新3000形への置き換えによって順次廃車となる運命となっている。3500形の車体更新は、1972年から1974年製の車両を対象に、1996(H8)年から2000(H12)年に掛けて行われていた。

これまで、3557、3561、3565Fが廃車となっており、現在残っている3500形の未更新車は、京成本線系統で4両単独の普通列車(金町線および東成田・芝山線中心)で使用されている。3500形の更新車と連結されることはない

京成3700形=1991(H3)年3月、京成成田空港新線、北総線京成高砂~新鎌ヶ谷間の開業と同時に、京成AE100形スカイライナーに続くVVVF車として登場。
こちらは、2001(H13)年度まで導入された。このうちの3801Fは北総7801Fとしてリースされている。 姉妹車の北総7300形もこの時にデビュー
この京成3700形は、三崎口まで乗り入れていたこともあった。

京成新3000形=2003(H15)年2月1日、京成グループの新標準車両としてデビュー 8両編成の3001Fのみ京急に乗り入れている。 その他の3000形は6両編成で、京成線の普通列車中心の運用。 派生車として、新京成のN800形が登場している。  

北総7000形=1979(S54)年3月9日の北総開発鉄道(現北総鉄道)北総線、北初富~小室間の開業とともに3編成がデビュー 通称ゲンコツ電車 翌年の1980(S55)年にローレル賞受賞  当時は6両編成で、吊革が取り付けられていなかった。 1992(H4)年7月8日の新京成線新鎌ヶ谷駅の開業まで、新京成線の松戸まで乗り入れていた。

1991(H3)年に、京成高砂~新鎌ヶ谷間の開業により中間車2両挿入の上で8両化、同時に京急乗り入れの条件である、先頭車の電動車化も行われている。

北総7250形=7050系(京成3150形)の置き換え用として、京成3200形の6連2本を8連1本に組み替えた上で、京成からリースされた車両である。 

7300形=1991(H3)年、京成高砂~新鎌ヶ谷間開業に伴う増備用、京成3700形の姉妹車として、8両編成2本がデビュー 一昨年には、京成3801Fがリースされ、7801Fとして使用される。

9000形=1984(S59)年3月19日、住宅都市整備公団(のちの都市基盤整備公団)の小室~千葉ニュータウン中央間の開業と同時に、6両2編成がデビュー 当時は2000形と呼ばれていた。 1991(H3)年には、北総7000形と同様に8両化、先頭車の電動車化が行われる。

2000形ということで、乗り入れ先の京急2000形と重複するために、9000形に改番。

9100形=1995(H7)4月1日、住宅都市整備公団の千葉ニュータウン中央~印西牧の原間の開業と同時に、8両2編成がデビュー 愛称はC-Flyer 流線型のデザイン、クロスシートの採用により千葉ニュータウンを颯爽と走る列車にふさわしいと思いました。

2000(H12)年7月22日の印西牧の原~印旛日本医大間の開業の時に1編成増備 現在の3編成となる。

当初はカード式の電話が取り付けられていたけど、やはり携帯電話の普及により、現在は撤去されている。

昨年7月1日、都市基盤整備公団が都市再生機構に改組されたことに伴い、京成の子会社である、千葉ニュータウン鉄道に移管された。 車両のロゴは、住都公団のロゴ→UDC(都市基盤整備公団)のロゴ→北総鉄道の表示へと変わっている。

これらの千葉ニュータウン鉄道系所有の車両は、北総鉄道によって管理されている。

この北総線は、2010年度中に、成田高速鉄道アクセスによって、成田空港まで延長される予定となっている。 同時にスカイライナーが、新線経由にシフトされ、日暮里~成田空港間が約36分で結ばれる予定となっている。 印旛日本医大から成田空港までの間に、成田NT北駅(仮称)が新設される予定となっている。最高速度は、新線で160Km/h、既存の路線でも130Km/hに向上される。 

成田~空港第二ビル間の接続点(土屋)でJRと合流。 小室以東の区間は、幻となった成田新幹線が通るはずの線路だった。
京葉線の東京~越中島間、JRの成田~成田空港間も、成田新幹線が使うはずの路線だったし。 千葉ニュータウン中央駅付近に成田新幹線で唯一の中間駅である千葉ニュータウン駅の建設が予定されていた。

越中島駅付近から原木中山まで、営団(現東京メトロ)東西線と併走するはずだったけど、もしも実現していたら、騒音問題が懸念されていたところだった。

東京から成田空港までは、新幹線で無くても充分だと思います。
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by hy_sengen-sin | 2005-08-12 10:44 | 鉄道車両・路線

京急の車両2

1500形 8両編成12本 6両編成3本 4両編成13本 166両

運用区間 京急全線、都営浅草線、京成線、北総線

旧1000形の後継ぎ車両として、1985(S60)年にデビュー 1993(H5)年まで製造 2000形に続く両開きのドアが採用されている。ワンハンドルマスコンは、東急タイプのT字型(両手式)に変更

初期に導入された車両(1501Fから1517F)は、普通鋼製となっていて、戸袋窓が採用されていた。 

1988(S63)年度に導入された車両(1521F以降)は、現在の京急の主流となっているアルミ車体に変更、戸袋窓が廃止された。

のちに、8両固定編成も登場し、都営浅草線にも乗り入れるようになった。

1990(H2)年8月に登場した車両からは、界磁チョッパ制御に代わり、京急初のVVVF装置が採用され、1700番台となる このVVVF制御車は、8連6本となっている。

2001(H13)年度からは、普通鋼製の初期型を皮切りに、1500形の車体更新が進められ、バケットシート化、車椅子スペース、ドアチャイム、車内案内装置の新設などが行われている 同時に側面のKHKのロゴが、KEIKYUのロゴに変更されている。

普通鋼製車に関しては、戸袋窓が埋め込まれたため、アルミ車と同様の外観となっている。

普通鋼製車は、増圧ブレーキが取り付けられていないため、120Km/h運転の快特には使用出来ない。

今年度は、22両更新される予定となっている。

昨年度に更新された編成 1529F、1533F(4連)、1613F、1619F(8連)

5月29日に行われた、京急ファインテック久里浜事業所でのイベントの時には、更新入場中の1537F、1637Fを確認することが出来た。 

現在は、方向幕の白幕(英文併記)に順次交換されている

1500形の4両のほうは、大師線でも走る時がある。

800形 6両編成27本162両

運用区間 品川~浦賀、新逗子間、京急蒲田~羽田空港間

1978(S53)年 非貫通の3両編成の車両として登場 京急初の右手式ワンハンドルマスコン、黒色方向幕、回生ブレーキ、界磁チョッパ装置の採用、独特のダルマを思わせるようなデザインとなっている ドア数は700形と同様の4ドア この車両は、東急車輌製造によってデザインされたし。

翌年の1979(S54)年に、筆者も所属している鉄道友の会のローレル賞を受賞

当初は、2ドアクロスシート時代や600形、2100形、新1000形と同様に、側面の窓の白い塗り分けとなっていたけど、1982(S57)年に2000形が登場した時に、現在の白帯に変更された。

801Fから810Fまでは3両固定編成、811F以降は、6両固定編成 1986(S61)年導入の827Fまで製造されていた。

800形の3両編成時代は、空港線(京急蒲田~旧羽田空港間)に使用されていた。1991(H3)年に穴守稲荷~旧羽田空港間が廃止された後も、1993(H5)年4月1日の穴守稲荷~羽田(現天空橋)間の開業の時まで空港線で使用されていた。

車体更新工事は、1994(H6)年から2001(H13)年まで行われ、3両固定編成は、一部の中間運転台の撤去、貫通化の上で6両固定編成化されていた。 801+802、803+804、805+806、807+808、809+810Fがその対象。

現在は、新タイプの白幕に交換された編成も出てきている。

この800形は、最高速度100Km/hとなっている。 当然のことながら、地下鉄に乗り入れることが出来ない。

800形は、京急久里浜~三崎口間の普通列車にも使用されていたけど、快特の三崎口乗り入れの増発に伴い、三崎口から撤退している。

2000形 8両編成6本 4両編成6本 72両

1982(S57)年12月、旧600形の置き換え用として、2ドアクロスシート車としてデビュー スタイリングは、800形の流れを組んでいる。 こちらは800形とは違い、高速運転対応 1987(S62)年まで製造

座席は固定式クロスシート、運転台後部のみはロングシートとなっていた。

翌年の1983(S58)年、鉄道友の会のブルーリボン賞を受賞。やはり、乗車券のみで乗れる快適列車であるということ、斬新なスタイルなどで人気のある車両が受賞の決め手である。

1992(H4)年4月16日からは、平日夜間の通勤ライナーである「京急ウィング号」にも使用されるようになる。 

京急ウィング号は、座席定員制の通勤列車(JRのホームライナーみたいな車両)で、品川→上大岡間に限り、着席整理券(200円)が必要となる。 上大岡より先は誰でも乗れる列車となる。 こちらは京急蒲田、京急川崎、横浜には停車しない。

1995(H7)年4月1日から行われた快特の120Km/h運転に当初から対応

1998(H10)年3月の2100形登場により、2000形は、3ドアロングシート化改造が行われる
 車端部のクロスシートは残されている。 塗装は、800形と同様に白帯塗装へ

この3ドア格下げ改造は、2000(H12)年度まで行われていたけど、2ドアクロスシート車としてのラストランは、2000(H12)年8月27日の2051Fによって行われていた。 同時に、京急久里浜工場(現、京急ファインテック久里浜事業所)でイベントが行われ、この時から定期的に行われるようになる。
  
4両固定編成は、現在でも快特の付属編成として使用されているけど、8両固定編成のほうは、地下鉄に乗り入れることが出来ないため、ラッシュ時に限定運用されている。

2000形は、前面の行き先表示が左側、種別表示が右側と他の車両と逆に配置されている。

2100形 8両編成10本 80両

運用区間 泉岳寺、品川~京急久里浜、三崎口間、京急蒲田~羽田空港間

1998(H10)年3月28日、京急創業100周年記念として、21世紀に100年を組み合わせた形式名、2100形、2000形の後継ぎ車としてデビュー 当時は8両2編成配置。

車体は、600形ベースのアルミ製で、ノルウェー製のクロスシートが採用されている。 2000形とは異なり、転換式となっており、終点で、車掌による座席の一斉転換が行われている。

インバータ装置は、ドイツ、シーメンス社製で、常磐線の上野~土浦間で使用されているE501系と同様のドレミファ音が特徴である。

この車両は、2000年まで製造された。

運用 朝は特急列車(羽田空港乗り入れあり)、日中は京急線内のA快特、平日夜間は京急ウィング号に使用されている。 

当初は、ワイパーカバーに2101、2109と、車番で表示されていたけど、現在は2100に統一されている。

2109Fと2133Fは、来年3月まで、無線LANによる車内映像配信実験の「トレビジョン」の試験が行われている。

2157Fは、606Fと同様の青色の塗装に変更され、ブルースカイトレインの第二弾として6月11日から営業運転入りとなった。

新1000形 8両編成7本 4両編成10本 47両(8月現在)

運用区間 大師線を除く京急全線、都営浅草線、京成線、北総線

2002(H14)年4月15日、2100系の3ドアロングシート版の車両としてデビュー 運転台後部、車端部のみクロスシート ワイパーカバーには1000の表示がある。

当時は、京急線内の列車に限定されていたけど、のちに、都営浅草線にも乗り入れるようになった。

2003(H15)年度までに導入された編成(1033F、1413F以前)は、2100系と同様のインバータ装置が採用されたけど、昨年度導入分の編成(1041、1417F以降)からは、1401Fで試用されたIGBTインバータ装置に変更された。

今年度分の増備車からは、1401号車で試用された京急初のLED式行き先表示が採用されるようになった。 前面は英文なし 側面のみ英文併記

幕式の新1000形でも、白幕への交換が進められている 2003(H15)年度導入分は当初から白幕である。側面窓は黒い大型窓に変更。

今年度分の増備車のうち、1425Fのほうは、8月4日から営業運転入りしている。1429Fは翌8月5日に営業入り

今後は、8両編成1本導入される予定となっている。

1025Fと1033F=昨年12月1日の羽田空港の新ターミナルビルオープンによるPR電車として運転されていた。 これらはブルースカイトレインの原点となった。

そのうちの1429、1433、1437Fは川崎重工製となっており、8月3日に逗子に到着した1433、1437Fは、8月9日、東急車輌を出場し、京急久里浜へと送り込まれている。兵庫の川崎重工から逗子まで甲種輸送される時、先頭車同士が押し込められた形で連結され、中間の妻面が後ろになるスタイルで運ばれています。

以上。 700形が全廃となるということでさよなら運転が期待されます。700形や旧1000形の最後の勇姿やブルースカイトレインなどを撮影される場合は、マナーを守りましょう。

京急蒲田駅 10月から空港線の1番ホームが仮移転 京急蒲田~雑色間の環八通り横断部は、仮線化と同時に先行的に立体交差化される。 こちらは環八通りをまたぐ最後の踏切となっているので。 空港線の大鳥居駅付近は、1997(H9)年に地下化されている。

西武新宿線の井荻駅付近は、陸橋および地下道によって道路・歩道部分が立体交差化されている。

京急横浜駅 現在は新下りホームの新設工事が行われている。 完成後は現在のホームが上り専用となる。

京急空港線、京急蒲田~糀谷間 駅前の第一京浜を横切る単線のカーブとなっている。 1993(H5)年の羽田(現天空橋)までの開業の時までは、京急の車両しか来なかったけど、現在は都営・京成・北総の車両も行き交う状態となっている。 京急蒲田駅付近が高架化されれば、この光景も見納めとなる。 羽田空港方面の列車が1番線からしか発着出来ないのはそのためである。 1993(H5)年4月から、翌年の1994(H6)12月まで、空港線は6両編成までしか入ることが出来なかった。 

駅前の第一京浜は、新春恒例の箱根駅伝のルートとなっているため、ランナーが通過する時間帯に限り、支障する羽田空港方面への直通を取りやめ、かつてのように臨時に京急川崎発着とする光景が見られます。空港線は臨時に京急蒲田折り返しとなる。
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by hy_sengen-sin | 2005-08-11 13:32 | 鉄道車両・路線

京急の車両

ブルースカイトレインの登場、新1000形のIGBT化などで話題となっている京急の車両について取り上げてみました。

600形 8両編成8本、4両編成6本 88両 

運用区間 大師線を除く京急全線、都営浅草線、京成線、北総線

1994(H6)年3月デビュー 当初は2編成のみの在籍で、地下鉄にも乗り入れるオールクロスシートということで異彩を放っていた。

座席を1人掛けにも変更出来る収納式のツイングルシートが採用されたということで話題となったけど、現在は固定式に変更されている。 京急初の車椅子スペースも採用。

インバータ装置は、601~607Fのみ1500形のVVVF車に準じている。(6M2T)

当初は、地下鉄乗り入れのほか、京急線内のA快特にも盛んに使用されていた。

600形の4連バージョンは、1996(H8)年登場 シングルアームパンタの採用、インバータ装置の変更によりマイナーチェンジされている。 同時に導入された8両固定の608Fは、4M4Tに変更されており、東芝製と三菱製のインバータ装置が搭載されている。 608Fは当初液晶の案内装置があったけど、現在は撤去されている。

600形の4連バージョンは、4+4の8連、4+4+4の12連で使用されることもある。

今年の3月14日、606Fが、青色塗装のブルースカイトレインとなり、座席が新1000形と同様のロングシート(車端部のみクロスシート)に改造されています。 同時にドアチャイム、ドア上のLED式案内装置も新設。
オールクロスシート車でも、601~607F、654,655、656Fのシートモケットが張り替えられている。

608Fは入場中だけど、606Fと同様にロングシート化される可能性があります。

現在は、白幕(英文併記)の方向幕に順次交換されている。当初から120Km/h運転対応

この600形は、1998(H10)年11月18日から、羽田空港と成田空港を結ぶエアポート快特、間合いの京成上野~成田空港間の特急、京成上野~京成高砂間の普通列車にも使用されていたけど、のちに京成上野~青砥間の通称京成上野線から撤退している。 

600形といえば、今から19年前の1986(S61)年に全廃となった、快特用の先代600形を思い出します。 そのうちの6両は、ことでんこと、高松琴平電気鉄道で1070形として現役 ロングシート、貫通式に改造されたけど、2ドア車のままである。冷房車であるため、当面は安泰状態。
旧601号車は、逗子駅付近の第一運動公園に保存されている。 逗子に保存されている旧601号車は車内の見学も自由である。こちらは原型を保っているのでとても嬉しいです。

旧600形、1956(S31)年登場、当初は700形と呼ばれていたけど、1965(S40)年に600形に改番、1971(S46)年に冷房化 この601号車を含めて40両導入されていた。

700形 4両編成3本 12両 1971(S46)年まで製造

運用区間 大師線 京急川崎~小島新田間

1967(S42)年、京急初の4ドア車としてデビュー 車体は旧1000形ベース 当時は非冷房車だったけど、1980年から1987年に掛けて車体更新・冷房化されている。

この車両は、朝ラッシュ時の増結用などで本線系統の列車にも使用されていたけど、中間に付随車2両連結の4M4T・加速度が2.7Km/h/sと他の車両と比べて悪いため、徐々に本線系統から追われ、2003(H15)年7月19日のダイヤ改正で、本線での定期運用から撤退し、大師線で余生を過ごしている。
昭和50年頃には、中間車1両抜きの3両編成もあり、3+3の6連で走っていたこともあった。
抜かれた中間車は一時的に1000形に転用されていた。

700形の廃車は、1998(H10)年度から開始されており、後期に廃車となった編成のうちの先頭車のみが、旧1000形と同様に、ことでんに譲渡されている。(ことでんでは黄色い1200形として使用されている)

廃車が開始される前は、21編成84両あったけど、現在は3編成12両のみ、これらの編成も、新1000形の導入により、全廃となる予定となっている。

昨年度廃車となった編成 701、703、723F 現在残っている編成 735、739、741F

京急大師線では、新春の川崎大師での初詣輸送の時、干支のHMが取り付けられているけど、今年は、700形最後の初詣輸送となってしまった。

700形のうち、99年度に廃車となった729Fは、最後まで残った旧白幕車(初期更新車)の700形だった。こちらはことでんへの譲渡の対象とはならず、解体されてしまった。

大師線では、旧1000形や1500形も進出してきているので700形も黄色信号の状態である。

今年5月29日の京急ファインテックでのイベントでは、ことでんに譲渡されるために整備されていた白い723号車を見ることが出来た。

旧1000形 8両編成3本 6両編成12本 4両編成7本 2両編成2本 128両

運用区間 京急全線、都営浅草線、京成線、北総線 

1959(S34)年、都営地下鉄乗り入れ用の車両としてデビュー 当初は、非貫通の2枚窓の車両だったけど、1961(S36)年登場の車両から現在の貫通式に変更。 のちに非貫通の車両も改良。

1958(S33)年には、1000形の試作車である旧800形が、4両製造されていた。こちらは1965(S40)年に、1095~1098番に改番 どちらも1988(S63)年に、デト11、12、デチ15、16型の事業用車に改造されている。

2002(H14)年に新1000形が登場したため、旧1000形と呼ばれるようになった。

地下鉄乗り入れ開始は、1968(S43)年6月21日 連絡用の新線(泉岳寺~品川間)も同時に開業。 この区間は、京急の路線で唯一の地下鉄規格となっている。

この旧1000形は、改良を重ねながら1978(S53)年まで、356両製造されたけど、現在は廃車が進められている状態である。冷房車の登場は1971(S46)年、初期型も順次冷房化

廃車となった1000形は、ことでんに1080形として6編成12両譲渡されたほか、京成電鉄、千葉急行電鉄(1998(H10)年に京成電鉄に吸収合併)、北総開発鉄道(現北総鉄道)にリースされていたたけど、リース車に関しては全廃となっている。
リース車 1988(S63)年に4両2編成が京急車両(現京急ファインテック)を通じて、京成電鉄にリースされる そのうちの1本が青色に変更され千葉急行電鉄に貸し出されていたけど、1994(H6)年に返却されて廃車となった。 千葉急に行かなかった1本も返却、除籍されたけど。

昭和50年頃には、700形の中間車を入れた1000形もあったけど、やはり加速度が低下してしまう、京急以外に乗り入れ出来ないという理由ですぐに外されてしまった状態である。800形の登場により700形が再び4両化

1000形の8両固定編成 以前は京急の快特や都営浅草線乗り入れ列車に頻繁に使用されていたけど、現在は、日中の快特の120Km/h化により、増圧ブレーキの非装着、他の形式と併結運転出来ないため、朝夕のラッシュ時のみの運用となっている。 1000形の8両編成は残り少なくなっているので、全廃となるのも時間の問題である。

6両編成は、普通列車中心だけど、朝・夕・夜には羽田空港に乗り入れることもある。

4両編成 本線の普通列車、ラッシュ時の優等列車の増結用のほか、700形に代わって大師線の列車にも使用されている。

2両編成 2+2または2+4の普通列車の運用に使用されている。

京急にある事業用車は、すべて旧1000形から改造された車両となっている。

デト11・12型=1095、1096号車 デチ15・16型=1097、1098号車 デト17・18型=旧1017・旧1018号車 クト1型 旧1021号車、旧1022号車

昨年度廃車となった旧1000形 1071F、1179F(2両編成)、1219F(4両編成)、1283F(8両編成) これにより、旧白幕および分散型クーラーの1000形が全廃 いずれも京急ファインテック久里浜事業所で解体された。

1071Fは、1961(S36)年に製造されて以来、44年間走り続けてきた車両で、初期型1000形で唯一最後まで生き残っていた車両だった。 CPの音が他の1000形と異なっていたのが特徴だった。

1283Fの廃車により、後期型の黒幕編成初の廃車となった。 今後も黒幕の1000形の廃車が進められると思われます。

旧1000形の一部の方向幕は、かつての標準型であった、蒲田・川崎・新町・文庫・八景・久里浜と言った省略型となっている。700形も同様(川崎⇔小島新田)
現在は京急蒲田、京急川崎、神奈川新町、金沢文庫、金沢八景、京急久里浜と言ったフル表示が出回っているけど。

今から20年前の1985(S60)年3月2日に、京浜逗子駅と逗子海岸駅が統合されて新逗子駅となったけど、その前は、行き先表示が逗子の表示となっていた。前述の旧601号車の方向幕は、逗子となっている。

編成の変更 1321、1325F=4+4の8両編成から分割 4両編成化
1329、1381F=2+2の4両編成から分割 2両編成化

1381F(1381、1382号車)は、やはり新1000形との重複を避けるために、1079、1080号車から改番されていた。

ことでんに譲渡された元京王5000系の1100形は、京急旧1000形の足回り品が転用されている。

ことでんは、京急と同じ1435mmの標準軌が採用されているということで、元京急の車両が盛んに導入されている。残念ながら、元京急の1080形の追加導入の予定はない

(つづく)
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by hy_sengen-sin | 2005-08-11 11:31 | 鉄道車両・路線