交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

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伊豆のなつ号の最終日

昨日(7月24日)、伊豆のなつ号の最後の列車に乗りました。

渋谷駅からは、12時37分発の伊豆のなつ号で、元町・中華街まで移動。 この伊豆のなつ号で渋谷から元町・中華街まで行ったのは最初で最後でした。

最終日、急のHMはもちろんのこと、前面・側面に特製の伊豆のなつ号のステッカー、途中から、さよなら8007Fのステッカーも取り付けられていました。

この急行伊豆のなつ号は、上下ともに日吉で特急電車の通過待ちがあったため、撮影タイムとなっていました。

東横線の渋谷駅=地下鉄13号線との直通運転が開始される2012年度中には地下化されるため、現在の渋谷駅での風景も、思い出の出来事となる。

元町・中華街駅の末端部では、撮影する人が多かったです。このことで昨年2月1日のみなとみらい線の開業初日を思い出しました。

渋谷から乗車した時、武蔵小杉まで乗っていた早川丈令(柘植の飛猿)氏と出会いました。 

伊豆のなつ号の乗車履歴 7月16日 渋谷→日吉間、7月24日 渋谷→元町・中華街間の2回 

横浜中華街を散策した後、みなみみらい駅、横浜駅で途中下車し、日吉まで移動しました。

日吉駅では、伊豆のなつ号の到着の瞬間を見ることが出来ました。 到着前は人が少なかったけど、到着後、ホームに人が殺到していました。 

伊豆のなつ号の運転日 7月2、3、9、10、16、23、24日の7日間だった。

運行番号の129の表示 7月2日から 7月3日の運転からは、T-7の表示(7月23日まで) 7月16日から、伊豆急の急行表示、○急の表示 7月23日から、伊豆のなつのステッカー、7月24日、途中からさよなら8007Fのステッカーがそれぞれ取り付けられていた。

この後、渋谷まで移動し、ちびっ子に大人気の9013Fの「きかんしゃトーマス」の記念列車を見ました。 このことで、富士急5000系の元祖トーマス列車「トーマスランド号」を思い出しました。 

今日から、平日に限り、急行・特急・通勤特急の全列車の8号車(元町・中華街寄りの先頭車)が、女性専用車となったけど、混乱が続きそうです。 平日に各駅停車や土・休日に8号車に男性が乗っている時には何か言われそうです。

平日全列車女性専用車ということは、大阪市営地下鉄御堂筋線を思い出します。

西武では、一部の編成の女性専用車に、広告が付けられています。 

この日は、埼玉高速線、浦和美園からのみなとみらい号が運転されていたけど、埼玉線・三田線ともにまだ生で見たことがありません。
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by hy_sengen-sin | 2005-07-25 13:01 | 鉄道乗車記

これより本題

八王子に到着した後、長野電鉄に譲渡される元東急8500系を撮影しました。

この時には、横浜線のホームの横に止まっていたので、横浜線の主役である205系との並びを見ることが出来ました。自分は行かなかったけど、長津田でもこのような並びを見られたはずである。

編成は、8501+8551+8511、8502+8552+8512 その中間に部品取り用の8824+8718号車が連結されていた。この中間車は、今年になって運用離脱された8603Fの一部である。 

行き先表示のLED化などによって整備されているけど、座席はロングシートのままでした。 

到着後屋代駅構内の長電テクニカルサービスで再整備されるのか、そのまま使用されるのか謎である。 そのまま使用されるということになったら、OS1型以来の4ドアロングシート車の導入となります。

牽引機は、EF65-1066号機でした。

鷺沼に疎開留置されていた東急8025Fは、長津田まで送り込まれたけど、今後の動向が気になります。

東急8000系のうち、伊豆急に譲渡された編成は、旧8011、8029、8035Fの一部である。

今後はどの編成から改造されるのか気になります。 

8009F、8028Fのほうは、8041、8049、8051Fと同様に全車両解体されてしまった。

八王子は、東急への搬入輸送が長津田に行く時、東急からの搬出車両が長津田から出る時に必ず通る駅なので、東急への車両輸送のメッカとなっています。

この回送を見た後、京王八王子まで行き、ここから特急で新宿へと向かいました。

京王線の特急のほうは8000系の6+4の編成が主流となっているけど、今回は7000系の10両固定編成である、7722Fが使用されていました。

準特急のほうは、8000系の6+4、7000系のほか、9000系+6000系または7000系の2両編成の10両も使われることもあるし。

今年度中に9000系が20両導入される予定だけど、9000系初の10両固定になるのか謎の状態です。

京王八王子駅には、パタパタ式の案内表示が残っていたけど、その裏にLED式の表示が準備中の状態となっていたので、近いうちに撤去される予定です。

京王のパタパタ表示のことで、新宿駅で使用されていたのを思い出しました。

房総特急のE257系500番台=最近になってからBe11、12編成(5連2本10両)が東急車輌から出場してきたという情報が入りました。

今年度増備分のE257系500番台(5連9本の予定)により、しおさい・あやめ号に残っている183・189系がすべて置き換えられることになるけど、今回導入された分は、内房・外房線のわかしお・さざなみ号での車両不足を解消する目的もあると思います。

E257系500番台、昨年度は日立8編成、近車2編成となっていたけど、東急車輌製の500番台は今回が初めてである。

01年から02年にかけて導入された中央線用の0番台は、日立・近車・東急3社で製造。 500番台でも3社揃い踏みとなった

ちなみにE351系は、日立と日車で製造されていました。

昨年度幕張車両センターで廃車となった183(189)系は、長野まで廃車回送されていたけど、今後の廃車回送も、113系と同様に長野で行われるそうです。

11年前に、255系導入に伴い廃車となった初期型の183系が、郡山まで廃車回送されていたことがあった。

新宿わかしお号のほうは、E257系で運転されているけど、夏の間に255系で運転されるそうです。 これにより、255系の新宿乗り入れは臨時に限り健在であるということが分かります。
9月に運転予定のビューかいじ号もそうだし。

103系の3000番台、今日営業運転に復帰したという情報が入ってきたけど、埼京線開業20周年記念のからみでさよなら運転が行われることが予想されます。

103系の3000番台は、73系旧型電車の足回り品に103系の高運転台車に準じた車体をドッキングさせた車両として登場。 当時は仙石線所属だったけど、1985(S60)年9月の川越線(大宮~川越~高麗川間)の電化に伴い、専用車として転属、103系と同様の足回り品に交換されて103系3000番台化。台車は101系から流用のDT21台車に交換。

一時的にT車抜きの3両編成で使用されていた。当時は大宮まで乗り入れていたけど、大宮~川越間の運用がすべて埼京線直通の10両編成となったため、103系が大宮から撤退(川越で系統分割)

1996(H8)年3月16日、八高線(八王子~高麗川間)の電化により、運用範囲が川越~八王子、立川間に拡大される。 八高線直通の立川行きもあったけど、のちに201系の中央線直通を除き廃止された

103系3000番台の廃車回送は、一昨年11月の3004Fを皮切りに行われ、現在は、3003Fを除いてすべて廃車となっている。
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by hy_sengen-sin | 2005-07-22 12:34 | 鉄道車両・路線
昨日は、八王子に行き、長野電鉄に譲渡される元東急の8500系を見に行きました。

まずは、新宿から、スーパーあずさ23号で八王子まで行ったけど、新宿駅発車直前で、3番線に停車中の山手線から京葉線に転用される205系の入場改造、両端にクモヤ連結を見ることが出来ました。 突然だったので撮影は出来ませんでした。 こちらは東大宮か尾久にあった編成の入場だと思われます。

京葉線では、山手線から転用される205系の導入により、103系の残りの3本のほか、201系の試作車も廃車となることが決定している。 201系試作車は、中央・総武緩行線時代にATS-Pが導入されるまでの間は、先頭に出ていたけど、ATS-P装置を取り付けることが出来ないことがネックで中間に押し込められたままであった。 中央・総武緩行線を追われ、京葉線に転属した今でも、このような状態となっている。
予想としては、試作車入りの2編成20両から、試作車10両を抜き、量産車に差し替えられた6+4の10両編成に組み替えられることが予想されます。

今回乗ったE351系は、S-2+Sー22編成(初期に導入された1次車)で、最近検査から出場したばかりの編成でした。 このうちの松本寄りの8両(S-2編成)は、6月25日の三鷹でのイベントの時に展示されていた編成だった。

E351系に乗ったのは、昨年9月25日に八王子から中野まで乗った時以来で、この時も同じS-2+Sー22編成に当たっていました。 あとは、1994(H6)2月に八王子から甲府まで、初めてE351系に乗った時もこの編成だったし。

E351系=1993(H5)年12月23日、臨時のあずさ号(振り子装置固定)で暫定的にデビュー 当時は、週末のみの限定運用だった。 翌年の1994(H6)12月3日、振り子装置使用の上で、スーパーあずさ号として本格的にデビュー。
1996(H8)年には、2次車3本導入、スーパーあずさの増発

E351系のほうは、1996(H8)年から昨年3月まで、朝の1本のみ、松本発東京行きがあったけど、現在は臨時列車を含め、新宿発着に統一されている。
E351系の大糸線乗り入れは、昨年の改正まで、2往復あったけど、南小谷発着の1往復のみE257系に変更され、現在は、新宿~白馬間(多客期のみ南小谷まで延長)の1往復のみとなっている 大糸線では、8両編成での運転となるため、貫通型のマスクで走るシーンも見られる。

今から6年前の1999(H11)年5月に友人と立山黒部アルペンルートに行った時に、新宿から8時ちょうどのスーパーあずさ3号(現5号)で新宿から信濃大町まで乗ったことがあります。当時は、S-1、21編成が使用されていた。 

以前JR東日本では、立山黒部アルペンルートへの割引周遊乗車券もあったけど、現在は廃止されているのでとても残念に思っています。
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by hy_sengen-sin | 2005-07-22 11:48 | 鉄道乗車記

東武お休みきっぷ2

館林からは、東武佐野線の5050系(5555F+5561F)で、佐野まで移動しました。

5555Fは、5050系で唯一のぞろ目編成である。

渡瀬~田島間にある、北館林荷扱所では、解体作業中の小田急9000形の廃車体を見ることが出来ました。この横には、都営三田線6000形の廃車体が置かれていたし。

この北館林荷扱所では、東武電車だけではなく、小田急、京王などで廃車となった車両が解体されています。 昨年11月に廃車となった京王5000系の先代デワ5125F、井の頭線最後のオリジナル3000系だった3714Fもここで解体された。

ここでは、解体作業中の上毛300系(元東武3000系列)、京王6000系、小田急2600形を見たことがあります。 もちろん佐野線の車窓から見たけど。

小田急9000形のほうは、これまで6両編成4本24両が廃車となり、北館林に送り込まれている。 9000形の廃車 3271~3274F導入により、今年4月、9409Fを皮切りに行われ、9406F、9403F、9408Fの順番で廃車。 さらに、今年度導入分の新3000形の8両固定の登場により、8両の簡易固定編成(中間運転台撤去)の9005+9006Fにも廃車が出た。 

小田急の場合は、大野工場で、床下機器などの撤去、車体の2分割の上で、トレーラーにより北館林まで陸送され、到着後その場で解体されることになっている。

現在は小田急新3000形の導入により、9000形の廃車が進められているけど、4両編成バージョンを含め、近いうちに全廃となりそうな感じがします。

昨年度全廃となった旧4000形も、6連・4連どちらもあっという間に無くなってしまったし。

小田急2600形の旧塗装車の2670Fは、休車となった10000形とともに、海老名に置かれたままだけど、解体されるのか、保存されるのか謎である。

佐野駅は、橋上駅舎に改築されて、JRと東武別改札となっていました。 

JR両毛線の115系には、115周年記念のヘッドマークが未だに取り付けられたままでした。 今年の12月までには外されるだろう。

佐野からは、お目当ての1800系の一般車改造車に乗りました。 

この1800系の一般車改造車は、2001(H13)年まで、館林に留置されていた急行りょうもう用の4編成のうちの3編成から改造されていました。 

館林に留置されていた1811、1812、1814、1815Fのうち、1814Fは、6両とも直接廃車
2001(H13)年には、残りの1811、1812、1815Fのみ、登場当時の4両編成に戻されて一般車格下げ改造が行われていた。 中間の2両は、北館林で抜かれて廃車・解体されている。

杉戸工場(昨年3月に西新井工場とともに廃止)への入場の時は、色褪せた姿で自力走行していた。 ちなみに杉戸工場の跡地は、未だに撤去されていない状態でした。 西新井工場は既に撤去されたけど。

変更された点=一部の座席・トイレ・自動販売機の撤去、座席撤去後の吊革の新設、回転クロスシートの固定化ならびにモケットの交換などが行われていた。

1815Fのほうは、2代目1813Fに改番されていた。

1800系のりょうもう号は、1969(S44)年に1811Fから1816Fまでの6編成登場、1973(S48)年に1817、1818Fの2編成、1979(S54)年に中間車2両組み込みの上で6両編成化

最終増備車である1819Fは、1987(S62)年に導入、りょうもう号の特急化により定期運用から離脱された後、団体・臨時列車用として使用されるようになった。 現在は、南栗橋(春日部)所属となっている。 

1991(H3)年、200系導入により余剰となった1800系から300系(350系)に改造 1973(S48)年導入の1817Fと1818Fの2編成は、6両編成の300系に、旧1813F、1816Fの2編成およびその中間車の一部(先頭車改造を含む)は、4両編成の350系にそれぞれ改造されていた。 

300系のほうは、定期運用から外されているけど、尾瀬夜行、スノーパルと言った夜行列車にも使用されています。 来年3月の100系スペーシアの新宿乗り入れに伴い、300系の急行が復活するかもしれない。

350系のほうは、今年2月末に廃止された急行南会津号にも使用されていた。

この1800系で、佐野→葛生→館林の経路で乗りました。 かつて葛生の駅から先は、セメント輸送用の線路が延びていました。 1997(H9)年ごろにセメント輸送が廃止されていた。

羽生の駅は、昨年橋上駅舎化されていました。 秩父鉄道のホームのほうには、汲み取り式のトイレ(ボットン便所)があったけど、現在は橋上部分に移設されて水洗化されている。

久喜では、提灯祭を見物していました。

せんげん台から北千住まで08系、北千住から浅草までは6050系の快速に乗りました。

東京メトロの08系には、半蔵門線内で2回乗ったことがあるけど、東武線で乗ったのは初めてでした。

東京メトロの8000系でも、8109Fを皮切りに、千代田線の6000系、有楽町線の7000系と同様に、VVVF化・車体更新が行われている。

6050系は、2両編成のトイレ付きセミクロスシート車で、西武秩父線の4000系に似た車両となっています。

こちらは、かつての6000系(チョコレート色の快速用車両)の足回り品流用の上で1985(S60)年に車体更新された車両となっている。6173F以降の東武の保有車および野岩鉄道保有の3編成(61101~61103F)、会津鉄道保有の1編成(61201F)は、それに準じて完全新製されている。 東武6000系は冷房改造されていない車両だった。かつて秩父鉄道経由で池袋まで入っていたこともあったし。それが池袋~東武日光間の定員制の臨時快速で使用されていたのが驚きでした。

西武4000系(4両編成)のほうも、101系の足回り品が再利用された車両となっているし。こちらは、トイレ前に自動販売機があったけど、ワンマン改造により撤去されている。

東武6050系のほうには、西武4000系にはない折りたたみ式のテーブルがある。

東武6050系の浅草乗り入れは、平日を含めて毎日行われているけど、西武4000系の池袋乗り入れは、秩父鉄道乗り入れの快速急行を中心に土・休日のみ行われている。

この6050系の快速列車は、浅草駅に到着後、折り返し準急新栃木行き(新栃木への入庫列車)となっていました。 面白いので北千住まで乗ってみたけど、快速が止まらないはずの業平橋、曳舟、東向島、鐘ヶ淵、堀切、牛田の各駅に停車していたことで違和感がありました。

もちろん、朝の新栃木発浅草行きの準急(快速の送り込み列車)にも使用されているし

西武4000系の池袋乗り入れ列車は、飯能発池袋行きの列車で送り込まれるけど、上りの池袋着の折り返しは、回送となっている。

1991(H3)年の300系、350系の登場前は、東武でも快速急行の種別が使用されていました。 こちらは6050系が使用されていた。

行きは、日暮里から北千住まで、常磐快速線の103系の快速、15両編成に乗りました。 今回は付属の5両編成を撮影したけど。

東武8000系は、東上線にあった8両固定編成の一部からT車2両抜き、一部先頭車改造の上で800系に改造されたけど、これに伴って、そのT車が余剰廃車となっている。8000系初の廃車発生。

東武東上線の8000系の初期型未更新車のほうは、50000系の導入により、廃車となることが予想されます。
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by hy_sengen-sin | 2005-07-19 16:04 | 鉄道乗車記

東武お休みきっぷ1

昨日(18日)は、東武の三連休お休み切符を使用して、群馬方面に行ってきました。

ルートは、北千住→赤城→太田→東小泉→西小泉→館林→佐野→葛生→館林→羽生→加須→東武動物公園→春日部→久喜→せんげん台→北千住→浅草→北千住

まずは、北千住から200系特急りょうもう9号で、赤城まで行きました。
この200系は、日光線の1720系DRCの足回り品が流用された列車であります。 

この200系に乗ったのは、1999(H11)年6月以来、6年ぶりでした。 当時は、東武動物公園に停車してなかったので、加須・羽生停車便を除き、北千住~館林間ノンストップだった。

前身の1800系急行りょうもうの時は、リクライニング機構が無かったけど、200系からリクライニング機構が取り付けられるようになった。

日光・鬼怒川方面への100系スペーシアが、観光特急であることに対して、このりょうもう号は、ビジネス特急となっている。 

200系の雰囲気は、西武10000系NRAに似ていたし。こちらも、りょうもう号と同様に、トイレ・自動販売機完備である。

200系は、DRCの足回り品流用編成9編成、完全新造のVVVF車である250系1編成の10編成となっている。

うち、208Fのほうは、DRCの第1号編成であった1721Fから流用されている。 この1721Fのほうは、引き取り手の無かった中間車の1両を除き、いろいろな場所に寄贈されていたけど、208Fに奪われた台車などは、2000系(1993(H5)年まで日比谷線直通で走っていた最後のクリーム色の電車)から転用されたアルストム台車に履き替えられたのである。

DRCのほうは、初期型のみアルストム台車が採用されていたけど、乗り心地が悪いという理由で、S型ミンデン台車に履き替えられ、余剰となったアルストム台車は、2000系に転用されていたのである。 1969(S44)年に増備された1761Fからは、最初からS型ミンデン台車が採用されていた。

250系(最終増備車)である250系は、30000系と同様のインバータ装置搭載である。

西武10000系NRAの最終増備編成(一昨年3月導入の10112F)もVVVF仕様となっているので、本当に似ている点があります。 西武10000系のほうは、10112Fを除いて、101系または5000系旧レッドアロー号の足回り品が流用されている。

初期に導入された6編成のほうは、行き先表示が幕式で、203Fから206FのみDRC発生品の座席(モケット張り替え)が使われていました。

ちなみに、DRCの座席は、東武博物館と、岩槻公園(さいたま市岩槻区、今年4月1日に岩槻市からさいたま市に編入にある)に保存されている保存体で座ることが出来ます。

寄贈された中間車の一部は、わたらせ渓谷鉄道の神戸(ごうど)駅構内にある、列車レストラン清流として使われています。 ここでは、そば・うどん・カレーなどの軽食を楽しむことが出来る。

1997年の増発時に導入された207F以降の編成は、行き先表示LED、3号車のトイレの車椅子対応化(既存編成も改良)などで変わっていました。 250系も同仕様となっている。 

最初は、館林で降車する予定だったけど、桐生線での5050系の乗車もあるので、そのまま赤城まで乗っていくことにしました。

急行りょうもう号 浅草~太田、赤城間主体で運行されているけど、1往復のみ、浅草~葛生間、浅草~伊勢崎間(伊勢崎行きは、金・土・休日のみ)も設定されている。

赤城駅では、上毛電鉄の700系(元京王井の頭線の3000系)による風鈴電車を見ました。 3年前に、西桐生から中央前橋までそれに乗ったことがある。

赤城から太田までは、吊り掛けモーター車である5050系(5552F+5554F)に乗りました。

これらの吊り掛け5000系列は、新型車両の増備により、徐々に廃車となっています。 来年からは8000系から改造された800系の導入により、さらに廃車が進むと思われるけど。

いずれにしても、東武で最後となった吊り掛けモーターサウンドを楽しむことが出来てよかったです。

太田の駅は、昨年全面的に高架化されたばかりの駅である。2000年の1月30日に、小泉線の太田~東小泉間に初めて乗りに行った時は、小泉線の部分から高架化されていた。

東武小泉線の太田~東小泉間は、一昨年3月19日にワンマン化されたため、ワンマン改造された8000系の2両編成が限定運用されていました。 前日に東武亀戸線に乗ったので、亀戸線に戻されたような雰囲気がしました。 東武大師線も同様のワンマン運転となっているし。

東小泉からは、5050系の2両編成(5553F)で、西小泉まで行き、ここから館林まで戻りました。 自分が行った時は、運用が終わっていたけど、1800系の一般車格下げ改造編成も使用される路線となっています。

西小泉からは、利根川を渡って東武熊谷線に接続する予定だったけど、第二次世界大戦後に中止となっていた。

東武熊谷線(熊谷~妻沼間)は、東武最後の非電化区間で、今から22年前の1983(S58)年6月に廃止された路線で、クリーム色の2枚窓、キハ2000型DCが3両が使用されていた。

このうちのキハ2002号車のほうは、妻沼駅跡近くの中央公民館で保存されている。

熊谷~上熊谷間は、秩父鉄道に沿って走っていた。

現在は、熊谷~太田間で、バスによる運行となっている。
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by hy_sengen-sin | 2005-07-19 14:58 | 鉄道乗車記
三連休初日の16日は、東急東横線8000系の伊豆のなつ号で、渋谷から日吉まで乗りました。

この時には、急行板が取り付けられていました。 車内のほうは、懐かしの伊豆急100系の写真などがあったし。

日吉に到着した後、引き込み線に入り、この後、元住吉まで回送されていました。

昨日から、きかんしゃトーマスのラッピング電車が運転されています。

昨日(17日)は、上野で行われた親睦会に行ってきました。 この時には10人集まっていました。
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by hy_sengen-sin | 2005-07-19 14:00 | 鉄道乗車記
7月16、23、24日には、東急東横線8007F、急行「伊豆のなつ号」に、伊豆急の開業時に使われていた急行板取り付けの上で運転されます。 取り付け時間は、渋谷 12:37発元町・中華街行きから、入庫まで このことが、レールファン東急に出ていました。

さらに、23・24日には、特製ヘッドマークも取り付けられることになります。

8039Fのほうは、土曜・休日運休の状態が続いており、狙いにくい列車となっています。 7月17日は、花火開催の臨時ダイヤとなっているので、どうなるのか分からない状態です。

7月25日から、平日ダイヤの急行・特急・通勤特急の全列車の8号車(横浜、元町・中華街寄りの先頭車)に女性専用車が導入されます。 こちらは方向とは関係なく

平日朝夕なら導入してもいいけど、平日の日中にも導入されることでクレームが来そうな状態です。

土曜・休日の全列車および各駅停車には設定されない。

菊名駅では、横浜寄り(8号車付近)に階段があるため、不便になると思います。

平日に限り終日女性専用車となることは、大阪市営地下鉄御堂筋線と同様です。

あとは、長野電鉄に元東急の8500系が譲渡される予定となっています。
これが導入されれば、かつて存在していたOSカー以来の4ドア車となります。 長野電鉄ではどのように使用されるのか不明だけど。

某サイトでの長津田検車区での留置状況を見ると3両編成。 当然のことながらワンマン運転対応。屋代線(屋代~須坂間)を除いた全線で運転されると思われます。

元日比谷線の3000系から改造された3500系は、一部の編成のみ旧営団時代には出来なかった冷房改造が行われている。

20日頃に長野への回送が行われる予定なので答えが分かるはずです。

この編成が長野電鉄入りしたら、かつて東横線で見られた組み合わせが見られると思います。 8500系は東横線で走っていたこともあったので。

長野電鉄の2500系(元東急旧5000系青カエル)が現役だった頃、3500系との組み合わせも見られていた。

長野電鉄では、長野から善光寺下(本郷)まで、地下区間を走っているため、3500系で一昔前の営団地下鉄時代の雰囲気を味わうことが出来ます。 特に2両編成の場合は、1961(S36)年の日比谷線(南千住~仲御徒町間)開業時にタイムスリップしたような感じがするし。

長電地下4駅(長野、市役所前、権堂、善光寺下駅)のうちの権堂駅は、イトーヨーカ堂長野店に隣接しており、お買い物に便利な駅となっている。こちらは地下1階とコンコースが直結している。

あとは8500系でも、東急時代に田園都市線の地下区間(渋谷~二子玉川間)、半蔵門線区間を走っている時と同じような雰囲気を味わうことが出来るし。あとは、東急グループではないけど、ながの東急をアピールしているような車両になりそうです。

元東急の車両の非東急グループへの譲渡は、3年前の十和田観光電鉄(有名なバス会社である国際興業グループ)の7700系または7200系の時以来です。

長電の8500系には、東急グループのロゴが撤去された代わりに、NAGADENのロゴが入ることになりそうです。 
 
長野電鉄では、2003(H15)年3月まで、OS10型も存在していたけど、非冷房・非ワンマン対応車となっていました。 こちらは3年前の2002(H14)年に廃止された木島線(信州中野~木島間)で、イベント列車として走っていました。 筆者は、廃止前日の3月30日に木島線に乗りに行ったことがある。

このOS10型車両のほうは、昨年7月20日に行った時は、須坂に留置されたままでした。
この時に、未乗区間の信州中野~湯田中間、屋代~須坂間の乗りつぶしも行っていた
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by hy_sengen-sin | 2005-07-14 14:49 | 鉄道車両・路線

西武9000系の入場

今日(7月13日)、自分は見に行かれなかったけど、西武9000系、9101FのVVVF化入場回送が、新秋津から逗子まで行われていました。

9000系は、旧スタイルの101系の足回り品に、N2000型に準じる車体を載せた車両で、9101Fから9108Fまで全て、西武所沢工場(5年前に武蔵丘に移転され廃止)で製造されていました。

9101Fから9104Fの編成は、新宿線に配置されていたけど、現在は、9105F以降と同様に、池袋線に集中配置されています。

これまで、9106Fと9107Fが、武蔵丘の西武車両でVVVF化されていたけど、東急車輌でVVVF化されるのは今回が初めてでした。 西武車両で更新された2編成には、省エネ車両のシンボルマークが取り付けられているけど、今回からどうなるのか気になります。

これにより、西武9000系が初めて西武線の外に顔を出したことになりました。 

西武の電車が東急車輌に入ったのは、H7年度まで導入されたステンレス製の6000系、6117Fの時以来、10年ぶりでした。

H8年度以降に導入された西武の車両(アルミ車)は、特急用の10000系を含めて、すべて日立製作所笠戸工場(鉄道車両部門の工場)で製造されているので。 ここの工場では、東武50000系、JR東日本のE257系、阪急9300系なども製造されている。

特急用の10000系は、すべて日立製作所製である。 10年前に引退した初代特急車である5000系の一部も、日立製作所で製造されていた。
ちなみに、横瀬に保存されている、クハ5503号車も、1969(昭和44)年、日立製作所製となっています。

出場して来る時には、是非狙いに行きたいと思います。この時には、1993(H5)年まで製造されたN2000系の甲種回送を彷彿とさせるシーンとなる

西武9101F=1993(H5)年に4両編成として落成、暫定的に狭山線で使用開始、10両すべて出揃ったところで、新宿線に転属、のちに池袋線に集中配置されていた。
2002年に、池袋線に20000系が初めて導入された時には、20101Fが訓練の関係で貸し出されていたため、一時的に新宿線に戻ってきたことがあった。

昨年の武蔵丘でのイベントの時は、9103Fがイベント列車に使用されていたため、こちらも古巣の新宿線を走っていたことがあった。

9000系のほうは、地下鉄乗り入れ対応ではないけど、地下鉄関連の方向幕も入っているのが特徴です。

今年度はもう1本VVVF化される予定で、2009年度までに完了することになっている。

後は、西武20000系の今年度の増備車である20158F(8両編成)が、6月24日から26日にかけて、山口県下松(笠戸工場)から新秋津まで輸送されていたけど、前照灯がHID化されていただけで、昨年度導入分の車両とは変わっていませんでした。

20158Fのほうは、池袋線配置となったため、池袋口の各駅停車および豊島線(豊島園行き)にも使用されています。 
池袋線の20000系のうち、8両固定編成は、20151Fと、この20158Fの2本しかない

昨年度導入された20157Fは、池袋線配置だったけど、現在は新宿線所属となっている。

今後は、10両編成の20108Fの導入が予定されている。 20000系の導入は、来年度以降、13号線乗り入れ対応車両にシフトされるため、今年度をもって最後になると思われます。

20151F=当初は新宿線所属で、2002年に池袋線所属となっている。 今から5年前の2000年10月9日には、イベント列車で西武秩父に入線したことがある編成であります。

池袋線所属の20000系10両固定編成では、新宿線への貸し出しが頻繁に行われています。
 先月は、20104Fが新宿線に貸し出されていたし。

西武20000系で、池袋線所属 10連6本、20102F~20107F 8連2本 20151、20158F 
新宿線所属 10連1本 20101F 8連6本 20152~20157F
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by hy_sengen-sin | 2005-07-13 16:06 | 鉄道車両・路線
7月12日は、東急車輌から、山形新幹線つばさ用のE3系1000番台の6年ぶりの増備車が輸送されるということを聞いて、始発駅の逗子まで行きました。

まずは、新宿から逗子まで、E231系湘南新宿ラインで一直したけど、E231系で逗子まで行ったのは初めてでした。

2001年のデビュー当時は、E231系の逗子乗り入れが少なかったけど、現在は大幅に増えています。 当初は逗子発黒磯行きの運用もあった。 

逗子に到着した後、お目当てのE3系1000番台を見たけど、緑色の仮台車がまぶしかったです。

これまで、ミニ新幹線の車両の甲種輸送は、2002年以降川崎重工製のこまち用の車両の導入が続いていたけど、東急車輌製の導入は、6年前の1999(H11)年8月のE3系1000番台の1001F(L51編成)以来、6年ぶりでした。 2001(H13)年に東急車輌で製造されたE926系(East-i)もミニ新幹線対応の車両だったし。残念ながらこの甲種輸送は見ることが出来なかった。

このE3系1000番台の1003F(L53編成)は、6年ぶりの増備車であるため、2002年以降に導入されたE3系0番台R18編成以降に準じた仕様に変更されていると思われます。

この輸送の牽引機は、EF65-1085号機(国鉄色の赤プレート)でした。

これまでは、本郷台が撮影スポットとなっていたけど、残念ながら通過扱いとなってしまいました。 

E3系1000番台は、今年度中に1編成7両増備される予定となっているけど、今回は、秋田新幹線のE3系(R24~R26編成)の時と同様に、増発用または臨時列車対応として導入されると思われます。 

次期のダイヤ改正でどう変わっていくのか気になります。 この時には東北新幹線の古川~盛岡間で、DSーATC(盛岡~八戸間のはやて区間で導入済)に更新される予定だし。

当然、E3系0番台はすべてDS-ATC対応に改造されています。L53編成もDS-ATC対応だと思われる。

E3系0番台の増備により、顔つきの異なるE3系試作車(R1編成)を捕まえるのはますます困難になると思われます。26本中(25:1) 自分はR1編成に1回だけ乗ったことがあるけど。

400系の試作車であるL1編成は、側面のLED表示で異彩を放っていたけど、一昨年に幕式に交換されています。 前面は量産車と共通である。 

山形新幹線の400系、E3系のほうは、400系がリース会社から借り入れられている関係で、つばさ号、または那須塩原入庫のなすの運用に限定されているけど、秋田新幹線E3系のほうは、初期型の編成(R1~16編成)の6両のうちの5両のみ借り入れ、R17編成以降がJR東日本保有であるため、本来のこまち運用、なすの号のほか、東京~仙台・盛岡間やまびこ号にも使用されています。

E2系とE3系の2本建てで、200系のオリジナル編成が淘汰されている

オリジナルスタイルの200系(緑帯)は、昨年3月の改正で定期運用から離脱されているけど、今度は、モノクラスのH編成(2階建て16両だった編成)が危ないと思います。こちらは、上越新幹線での臨時運用は無くなっており、東北新幹線でも、お盆休みの輸送が終わった後に無くなりそうです。

E3系こまちタイプの車両に自由席で乗れるのは、仙台発着のやまびこ号、なすの号だけとなっています。 こまち号は全車指定席となっており、盛岡発着のやまびこ号でも、11号車から16号車まですべて指定席扱いとなっているので。

やはり、ミニ新幹線の車両が古都鎌倉を走る姿は、東急車輌からの甲種輸送ならではだと思います。
その他にも、営業運転後ではあり得ない風景も見ることが出来るし。 E3系こまち号が日本海沿いを走るシーンもだけど!

話を元に戻すけど、逗子で撮影した後は、13時40分発の上総一ノ宮行きで、鎌倉まで移動し、ここで撮影しました。 撮影後は、鎌倉駅の百選スタンプを押し、ここから新川崎まで移動しました。

ここでももちろんE3系を撮影していました。 貨物では、EF64型の重連、EH200ブルーサンダーも見ることが出来たし。

今日(7月13日)は、見に行けなかったけど、西武9000系のVVVFインバータ化の改造に伴う入場のため、新秋津から逗子まで輸送されていました。
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by hy_sengen-sin | 2005-07-13 12:29 | 鉄道乗車記

7月10日は、2

上野駅に到着した後、常磐線のホームに行き、14時12分発のE531系の特快で、土浦へと向かいました。 

今回使われた編成は、K403+K454編成の15両でした。 

常磐快速線の103系は、7月9日のダイヤ改正後も残っていました。 今回のダイヤ改正では、M電(上野~取手間の快速)から、中距離電車への持ち替えが無かったので、103系が生き残ったことになりました。 いずれにしても、E531系に置き換えられることになっている。

この常磐線の特快は、三河島、南千住、北千住、我孫子、天王台通過となっていたので、かつての中距離電車を思い出しました。 

常磐特快の停車駅は、通勤快速の停車駅に、藤代、佐貫、ひたち野うしく、荒川沖を追加した状態となっている。

通勤快速のほうは、改正前下り1本、上り3本となっていたけど、改正後は、平日の上り2本だけとなっている。(高萩 5:15発がE531系、水戸 6:52発が415系で運転)

今回のダイヤ改正で廃止された上野19:03発通勤快速水戸行きは、通勤快速としては珍しく、土・休日にも運転されていました。

車内は、E231系の通勤バージョンに準じているけど、ACトレインで採用された、黒い大型の吊革、E231系よりも幅の広い洋式トイレなどの採用などによって変わっていました。
やはり、ACトレインに乗っているような雰囲気を味わうことが出来たし。

この列車は、E231系に乗り慣れている自分にとっても新鮮な感じがしました。

これまでの415系列や651系では、取手~藤代間のデッドセクション(交直切り替え区間)では、室内灯が消えていたけど、E531系も、E501系やE653系と同様に、室内灯が付いたままでした。

このようなデッドセクションは、水戸線の小山~小田林間にもあります。 小山駅構内が直流電化区間であるため。

8月24日開業予定のつくばエクスプレスのTX2000系が、守谷~みどり平間のデッドセクションを通過した時に室内灯が消えないと思います。

土浦に到着した後、後続の15時12発の常磐特快(この日の最終)に乗ってくる山澤さんと奥野さんを待っていました。

E531系のほうは、日中は特快で運転されているけど、朝夕には、土浦・水戸・勝田・高萩発着、上野発大津港行きの普通(快速)列車にも使用されています。 E531系乗り入れの最北端は現在のところ「大津港」

現在のところ、いわき発着の列車(大津港以北)および、水戸線の列車には使用されていない状態であります。 E531系は当面福島県には入ってこない。

今回の改正では、2階建て普通車のほか、455系の水戸~いわき間の運用も無くなっていました。 水戸~いわき間の運用は、415系の8両編成に置き換えられていた。

この415系2階建て普通車は、高萩のほうに疎開留置されたという情報が入ってきたけど、今後の動向が気になります。クハ411-1534Fのほうは、独立した4両編成としての使用が可能となっているけど。

16時07分、奥野さんたちが土浦に着いた後、415系で、天王台へと向かいました。

天王台の壱番屋というカレーショップで食事した後、E231系の快速で上野へと向かい、山手線に乗り換えて東京まで行きました。 東京の某書店に立ち寄った後、浜松町へと向かい、ここから東京モノレールで羽田空港第二ビルへと向かいました。 

やはりホリデーパスは、東京モノレールやりんかい線にも乗れるというのが魅力だと思います。

ここから京急で横浜へと向かう奥野さんたちと別れ、空港第二ターミナルビルの展望デッキで飛行機を見ながら休憩していました。

この後、東京モノレールで、天王洲アイルまで行き、りんかい線で大崎まで出て、大崎から湘南新宿ラインで池袋まで帰りました。 この時に、今年度に製造された国府津区のE231系(新津製)、S24編成に初めて乗ることが出来ました。 既存の車両とは違って、まもなく○×という表示がありました。 E531系でも、まもなく○×という表示があったし。
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by hy_sengen-sin | 2005-07-11 14:36 | 鉄道乗車記