交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

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初夏のイベントラッシュ

今年の初夏には、イベントが目白押しでした。

5月28日 JR東日本 大宮総合車両センター(旧大宮工場)

5月29日 京急ファインテック、久里浜でのイベント

6月4日 秩父鉄道 広瀬川原車両基地、初の一般公開

6月4・5日 西武鉄道 武蔵丘でのイベント(筆者は5日に行った)

6月11日 都電荒川車庫でのイベント

6月25日 JR東日本 三鷹電車区でのイベント

5月29日の京急では、2100系ブルースカイトレインの初お披露目などがあった。
廃車となった1071F、1283Fも展示されていた。 

京急700系=現在は4編成が大師線を中心に最後の活躍をしている イベントでは、723F(ことでんへの譲渡用)、741F(撮影用)を見ることが出来た。
今年度の新1000系の増備状況により、全廃となりそうな状態です。

あとは、1月22日に、東京メトロ東西線の深川車両基地でのイベントも行われていました。

上半期で消えた車両、路線 1月15日 JR東日本 宇都宮線の115系 上野→黒磯間の特別団体列車をもってラストランを迎えた。

1月28日 名鉄8800系 パノラマDX、5500系

2月28日 ブルートレインのさくら号、あさかぜ号、東武の急行南会津号

3月31日 名鉄の600V線区(美濃町線、田神線、揖斐線、岐阜市内線)、のと鉄道能登線、日立電鉄線の廃止

4月17日 山手線の205系

などあります。

登場した列車 1月20日 都営新宿線 10-300R形 完全新製車は、同年5月21日登場。

1月29日 名鉄の常滑~中部国際空港間、2000系(ミュースカイ)、2200系 中部国際空港の開港は、同年2月16日。

 3月6日 リニモ(藤が丘~万博八草間)  3月16日 東武50000系 3月19日 小田急50000形VSE 4月1日 伊豆急8000系(元東急8000系) 5月29日 新京成N800形

山手線の205系は、1985(S60)年3月25日登場、1988(S63)年6月26日の103系の撤退の時以来、当たり前だった。 H2(1990)3月、6ドア車試験導入 翌年のH3(1991)年、6ドア車が10号車に本格的に導入されていた。 
H14(2002)4月21日、E231系500番台の登場、置き換えの開始 H17(2005)4月17日をもって205系の運用が終了した。

リバイバルカラー 東武東上線の8000系8108F(運用終了)、都電荒川線の7000形7022号車、東急東横線の8000系8039F(7月から運用開始)

小田急 4000形の全廃、9000形の廃車開始

西武 多摩湖線にリニューアル101系1261Fの登場

京急 ブルースカイトレイン606F、2157Fの登場 新1000形1025、1033Fの広告電車の運転終了。
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by hy_sengen-sin | 2005-06-30 16:26 | 鉄道イベント
メトロポリタン口の改札口前で待ち続けること約1時間30分 池袋駅1番線に旧塗装8000系である8108Fが入線 改札の中に入り、撮影しました。 列車は22時08分発準急川越市行き

やはり夜遅くにも関わらず、撮影していた人が多かったです。 さすがこの東武東上線の旧塗装は人気者だな!と思いました。

今回は、ありがとうリバイバルの特製円形HMが付けられていました。 このHMを見たのは最初で最後となった。 その前に、ギャラリートレインのサボが付けられていたけど、残念ながら見れずじまいとなってしまった。

車内はもちろんギャラリー仕様となっていました。

この列車で成増まで行った後、8000系の6+2+2の編成で池袋に戻りました。

リバイバルトレイン 2004(H16)年10月30日 池袋発森林公園行きの特別臨時列車(記念号HM付き)、森林公園研修区での公募制イベントでお披露目、この後、寄居発池袋行きの直通特急(今年3月13日に廃止)で一般営業運転開始
10両編成で運転される場合は、従来塗装の8000系(4両)との混結となる。
当時は、ギャラリー仕様となっていた。
初日の臨時列車=悪天候の中で運転されていたけど、自分は見に行くことが出来なかったのが残念だった。 自分は応募したけど、残念ながら落選した(T_T)

2004(H16)年12月25日 森林公園研修区での東武50000系初お披露目、プレデビューイベントでも、旧塗装8000系が展示される。 この日は、寄居発池袋行きの直通特急にも使用されていた。 この日の森林公園研修区は、2000(H12)年5月21日以来の一般公開となった。 

2005(H17)3月13日 池袋~寄居間の直通特急運転最終日 この日の池袋発寄居行きの最終列車には、旧塗装8108Fが使われて、最後の花道を飾っていた。 特製HM付き、見ることが出来なかったのが残念だった。当然、ワンマン化前の小川町~寄居間のローカル列車にも8108Fが使われていた。 やはり、撮影名所である、鉢形~玉淀間の荒川橋梁では賑わっていた。

2005(H17)3月17日 東武東上線の大規模なダイヤ改正 小川町~寄居間が、4両編成のワンマン運転となったため、6両の単独運転列車が池袋~小川町間を含めて全廃となった。 8108Fによる単独運転もこれで見納めに。 ラストランまでは、10両の混結運転のみとなっていた。

2005(H17)5月 ラストランが迫っているということで、再びギャラリー仕様に戻される。 6月4日から中旬まで、ギャラリートレインのサボが取り付けられていた。自分はそのサボを生で見ることは出来なかった。

2005(H17)6月20日 さよならHMの取り付け 10両編成であるため、旧塗装側にしかHMが取り付けられていないという状態となっていた。 (こちらは未確認)

2005(H17)6月27日 池袋 8:20発→森林公園 9:32着の普通列車の運用を最後に営業運転終了。 この日は、通勤急行にも使われていた。 森林公園入庫後、HM、サボ受け、上部灯の撤去が行われていた。

2005(H17)6月28日 8510F(秩父鉄道のATS付きの2両編成)牽引により、秩父鉄道、羽生経由で南栗橋まで回送 これにて見納めとなった。

この後、南栗橋工場で現行塗装に戻される予定。

某HPによると、回送中に、東上線では見られない20000系列(日比谷線直通用)や30000系(半蔵門線直通用)などとの組み合わせが見られたそうです。 あとは、杉戸高野台で、6050系の快速電車に追い抜かれるというシーンもあったし。

旧塗装8000系が本線にもあった時は、6000系の時代だったので、6050系との組み合わせは、最初で最後となった。

東武8000系は、ほとんどが前面改造されているけど、この8108Fを含めたオリジナルスタイルの8000系のほうが、8000系らしくていい感じだと思います。 

8000系に統一された野田線では、81110Fが唯一の原型車となっている。

このリバイバル塗装の8108Fは、新生50000系と同様に、東武東上線を活気づけてくれた車両でもあるので、この編成の8ヶ月間の活躍に感謝しています。

筆者の乗車記録は 以下の5回
1.11月14日、成増→池袋間 急行
2.12月25日、寄居→池袋間 特急
3. 2月 6日、小川町→寄居間 普通
4. 5月31日、成増→池袋間 普通
5. 6月26日、池袋→成増間 準急

このように、池袋~成増間に始まり、池袋~成増間に終わるという結果となった。
  
東武のHM展が東向島の東武博物館(昨年の支部総会会場)で行われているので、機会があったら行きたいと思っています。

西新井工場の跡地は、撤去された後、更地と化してしまったけど、ここに保存されていた旧型車両も撤去されてしまったのが残念です。
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by hy_sengen-sin | 2005-06-28 11:39 | 鉄道乗車記

青い京急

横浜駅からは、京急の600形の快特で、金沢文庫まで向かい、ここで、2100形2157Fのブルースカイトレインを撮影しました。

この2157Fのブルースカイトレインは、6月11日に登場した、ブルースカイトレインの第二弾です。 

第一弾の606Fは、3月14日登場、当時は、ANA(全日空)のスポンサーとなっていました。
同時に車端部を除き、ロングシート化されている。(新1000形と同じ座席に)
今後も既存の600形も、ロングシート化されることになっている。

残念ながらこの606Fのほうは撮影出来ませんでした。 

606F=2100系とは異なり、都営浅草線、京成線、北総線への乗り入れ運用もあるので、成田空港にも顔を出したことがありました。ANAの広告時代だったので違和感は無かったけど。

京急600形といえば、以前都営浅草線の5300形と同様に、青砥~京成上野間(通称京成上野線)にも乗り入れていたことがありました。

青い京急といえば、1992(H4)年から1994(H6)年まで、千葉急行電鉄(98年に京成電鉄に吸収合併)にリースされていた、青い旧1000形(1029F)を思い出しました。 

ここでは、廃車が進められている旧1000形の撮影も行いました。 旧1000形には、大師線を中心に最後の活躍をしている700形と同様に、蒲田・川崎・新町・文庫・八景・久里浜と省略された方向幕が残っていました。 今回はそのうちの、川崎、文庫の方向幕を見ることが出来た。

旧式の白地の方向幕は、昨年度をもって、旧1000形の分散型クーラー車とともに全滅している。 

旧1000形、700形を除く京急の車両では、黒地の方向幕から白地の英文併記の方向幕への交換が進められているので、黒地の方向幕は貴重な状態となっている。

最近になってからは、白地の方向幕に交換された800形も登場している。

この後、1025Fで品川へと向かい、山手線に乗り換えて渋谷に行きました。

1025Fは、1033Fとともに、青色のラッピング列車として使用されていた編成でした。 

渋谷駅構内の喫茶店で、古川さんと出会いました。

ここで過ごした後は、池袋へと向かい、西武池袋線の改札口で下村さんと別れた後、東武東上線のメトロポリタン口の改札へと行きました。
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by hy_sengen-sin | 2005-06-28 10:48 | 鉄道乗車記

支部総会、東急東横線

この日(6月26日)は、新宿で、183系C3編成による、三鷹駅75周年記念、木更津潮干狩り号を撮影しました。

この列車には、前日展示された、新前橋の183系S3編成(特急シンボルマーク付き、クハ183-103Fの6両編成)が使用されるはずが、諸事情により、幕張の183系C3編成(特急シンボルマークなし、クハ189-13Fのグリーン車付き9両編成)に変更されていました。
HMは、前日に運転された103系の記念号の高尾寄りと同様の、鷹をイメージした特製HMとなっていた。

木更津到着後、館山まで回送されていたので、団臨列車ながら、183系の内房線運用が復活したことになった。

撮影した後、王子に向かい、北とぴあで行われた支部総会に参加しました。

王子のマックで食事した後、三橋さんたちとともに、南北線で白金高輪へと向かい、そこで、都営三田線から来た、東急5080系に乗り換え、新丸子まで行きました。

この東急5080系は、たったの2本しかない少数派の編成で、捕まえるのは困難な状態となっている。
東急車の運用(3000系または5080系)の場合は、日によって、南北線・埼玉高速線直通、都営三田線直通の運用に分かれることになっている

目黒線の武蔵小山、西小山駅付近は、来年度中に地下化される予定 
東急の広報誌によると、トンネル部分が出来上がっている状態である

新丸子で撮影した後は、5050系で、妙蓮寺まで移動し、ここでも撮影を楽しみました。

ここで、残り少なくなってきている8000系はもちろんのこと、9110Fの某ミュージカルの広告電車を撮影しました。

この後、横浜まで移動しました。

8000系=東横線では、5050系の導入が急速に進められているので、残り少なくなってきている。 現在は5編成(8013、8015、8017、8019、8039F)のみとなっており、8039Fは、東横線に在籍する最後のオリジナル塗装の編成となっている。 東横線にしかない、通称歌舞伎顔の8000系も、4編成だけとなってしまったし。

先日定期運用から離脱された8007F(オリジナル塗装)は、伊豆急カラーに塗り替えられて、7月2、3、9、10、16、23、24日に「伊豆のなつ号」として、特別運転されるそうです。

運行時刻は 日吉 11:02発→元町・中華街 11:22着、11:24発→渋谷 12:17着、12:37発→元町・中華街 13:22着、13:24発→渋谷 14:17着、14:37発→日吉 14:59着

期間中の土曜日、渋谷での折り返し時間にイベントが行われる予定である。

レールファン東急によると、8039Fが近いうちに、原型に復元、赤帯の廃止、8021Fで使用されていた方向幕の取り付け、種別表示灯の復活により、リバイバルされます。 
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by hy_sengen-sin | 2005-06-28 10:05 | 鉄道乗車記

三鷹の後は、常磐線

三鷹でのイベント終了後は、三鷹駅に向かい、奥野さん、萩原さん、黒岩さん、自分の4人で、駅構内のスタバで休憩した後、三鷹から中央・総武緩行線で秋葉原まで向かい、ここで萩原さん・黒岩さんと別れて、奥野さんと2人で、東京駅の某書店、マックに行きました。

東京駅で奥野さんと別れた後は、1人で上野駅に向かい、ここで、7月9日以降大きく変わる常磐線の撮影を楽しみました。 この時に、103系が来なかったけど、今回の改正で、定期運用から離脱される予定の、2階建て普通車(クハ415-1901号車)を撮影することが出来てよかったです。

この列車は、常磐線の混雑緩和のために、1991(H3)年に1両だけ試作された車両で、量産化されることはありませんでした。今回で、僅か14年間の活躍を終えることになる。 

この編成は、K880編成で、クハ415-1901、モハ415-523、モハ414-523、サハ411-1601、クハ411-1534、モハ415-1534、モハ415-1534、クハ411-1634号車となっていました。 これまで、モハ415-1535、モハ414-1535号車が連結されていたけど、普通鋼製車である、モハ415-523、モハ414-523号車に差し替えられていました。 やはり運用離脱を見据えてこうなったのである。

今後は、中間に押し込められている、クハ411-1534号車が先頭に出て、7両編成化されることになることが予想されます。

2階建て普通車は、普通料金で眺めを楽しむことが出来ることの出来る車両となっているけど、それが消えてしまうのが残念で仕方ありません。 座席配列は、2+3

この2階建て普通車は、土浦 6:24発→上野 7:41着、7:49発→勝田 10:13着、 勝田 16:47発→土浦 17:43着、19:24発→上野 20:32着、20:51発→土浦 22:02着となっている。

自分は、上野から日暮里まで名残乗車を楽しみました。

やはり、改正後の時刻表では、2階建て車両の文字が消えていました。 この列車は、E531系導入までのつなぎとなったことも言うまでもありません。
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by hy_sengen-sin | 2005-06-27 22:42 | 鉄道乗車記

三鷹での出来事2

三鷹駅に到着した後、駅構内の立ち食いそば屋で昼食を取り、入場列に並びました。 最後尾のほうは、北西部のガード付近となっていました。 最後尾の列に付く前に、並んでいる奥野さんと出会いました。

しばらく経ち、三鷹駅の北口に差し掛かる頃、混雑による入場制限のため、入場打ち切りを知らせるアナウンスがあったので、入れないのかどうか不安になってしまいました。 駅構内を通り抜け、南口での小田急バスの群れを見た時、やっと南口まで来たんだな!ということを実感しました。 ガードの南口付近まで来た時、すぐ行けるはずのルートなのに、随分遠回りしたんだな!と思いました。反対側も見えるはずだけど、入場列の打ち切りにより、誰も人が居なかった。

しばらくした後、地下道をくぐり、跨線橋を渡った時、あと少しだな!きっと入場出来ると前向きな気持ちで待っていました。

整列開始から約1時間40分、やっと入場出来て、幸運を手にしました。

入場口で記念品をもらった後、中央・総武緩行線でおなじみの、黄帯E231系(クハE231-26F、B26編成)に入り、この次に、東京メトロ東西線直通用のE231系800番台(クハE231ー806F、K6編成)、7月2日に営業運転再開予定の201系四季彩号(新デザイン)の車内に入りました。

この編成は、2001(H13)年に四季彩に改造される前は、武蔵小金井電車区(現在は豊田区に統合されて廃止)所属のダブリの付属編成(4両)として使用されていました。

四季彩といえば、2002(H14)年10月6日に、大月駅100周年記念号として、立川から大月まで運転されていたことがありました。 自分は大月から立川まで乗っていた。あの時は、青梅線の渓谷区間(青梅~奥多摩間)を走るはずの四季彩が、中央東線のトンネル区間を飛ばしてた姿は、従来の201系と比べて新鮮そのものでした。 もちろん、初狩駅構内でのイベントにも参加したけど。

その後、E231系800番台に戻り、ACトレインことE993系の車内に入りました。 この試作車は、未来の通勤型電車のプロトタイプで、ロングシートのほか、グリーン車みたいな特急用の座席もありました。 5月28日の大宮総合車両センター(旧大宮工場)でのイベントの時は、特急用座席にも座り放題だったけど、順番に回る方式だったので、今回は見物のみで座ることが出来ませんでした。

再び、E231系800番台に戻って、ここから下車した時点で車内見学が終了しました。

このような強制的に車内見学させる方式は、前回の高尾でのイベントの時と同様でした。 このため、入場まで炎天下の中随分待たされました。 301系の時も炎天下の下で待たされていた。

この次は、定検庫の見学、その前に、1988(S63)年12月5日の中央・総武緩行線の東中野駅での事故に遭遇した201系うちの唯一の生き残り車両である、黄色いクハ201-3号車(今なお残る黄色い201系)を見ることが出来ました。
今回は妻面のみの撮影で、残念ながら前頭部を撮影することが出来ませんでした。

定検庫の中では、青梅・五日市線のクハ200ー76号車(元中央・総武緩行線用車)、E231系と209系500番台の並びを見ることが出来ました。 足回りの見物の後、グッズ売り場、鉄道撮影エリアまで出てきました。

ここでは、勝田の485系ボンネット車@訓練車、新前橋の183系(S3編成)、松本のスーパーあずさ用E351系(S2編成)、中央線あずさ・かいじ号を中心に使用される松本のE257系(M114編成)、75周年記念号に使用された103系が展示されていました。
その他、休憩用として、E231系800番台(クハE231-804F、K4編成)が公開されていた。

485系訓練車には、懐かしの絵なしのHM(あずさ AZUSA)が付いていたので、1977(S52)年にヒットしていた、狩人の「あずさ2号」を思い出しました。

この曲は、「♪8時ちょうどの、あずさ2号で」のフレーズでおなじみである。 翌年の1978(S53)年に下りは奇数、上りは偶数に変更される前、発車の順番によって決められていました。 当時の、新宿駅を2番目(8時)に発車する、あずさ号からこの曲が生まれたのである。

反対側は、訓練車のHM 座席は、昔ながらの青色の非リクライニング座席でした。 E231系800番台から確認。現在は一般乗客は座ることが出来ない。

183系には、定期運転で見ることが出来なくなった、絵入りのあずさHMが付いていた。

現役当時のボンネットのあずさ号は、181系電車となっていた。 この車両は、1982(S57)年11月の旧・とき号の廃止と同時に全廃。 

あずさ2号といえば、 2002(H14)年2月2日に、リバイバル運転されていたことで話題となっています。 車両はシンボルマーク付きの国鉄色183系で絵無しのHMも再現されていた。 残念ながら自分は見に行かれなかったけど。

183系のあずさ号、現在は幕張車両センターの原色編成で、多客期に限り運転されている。

E351系スーパーあずさ 普段は新宿~松本間、8+4の12両運転となっているので、8両単独で上京してきたのは珍しい。
反対側の貫通マスクを見ることや撮ることが出来なかったのは残念。 このマスクは、松本車両センター構内、大糸線の松本~白馬、南小谷間で見ることが出来る。

E257系 中央線特急の主役で、2002年度のBL賞受賞編成である。 9両単独で上京してきたけど、普段見慣れた編成となっている。
この編成のカラーリング=筆者の気に入りである。

どちらも、常磐線で使用されている特急型車両がベースとなっている。 E351系は651系スーパーひたち、E257系はE653系フレッシュひたちベース

今回は、3時で終了するはずだったけど、特別に4時まで延長してくれました。

今回のイベントは、前回の高尾の時と同様に炎天下の中で待たされたけど、待った甲斐のある素晴らしいイベントとなりました。 

諸事情により、75周年記念弁当を食べることが出来なかったのは心残りです。

ちなみに、現在新宿駅を8時ちょうどに発車するあずさ号は、E351系によるスーパーあずさ5号、松本行きです。
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by hy_sengen-sin | 2005-06-27 17:15 | 鉄道イベント

三鷹での出来事1

ここで、鉄道友の会会員である、吉原 秀明(秀坊)による日記を開設しました。

まずは、25日の三鷹電車区でのイベントから

この日は、8時30分に自宅を出て、目白から新宿へと向かい、新宿から、215系による、ホリデー快速ビューやまなし号で、三鷹へと向かいました。

この215系は、昨年10月15日まで、湘南新宿ラインの新宿~逗子、横須賀間で使用されていた車両でした。 昨年10月16日のダイヤ改正により、湘南新宿ラインの運用から撤退し、乗れる機会は、湘南ライナー、ホームライナー小田原23号・おはようライナーライナー26号、不定期運転のホリデー快速ビューやまなし号だけとなってしまいました。

昨年9月25日の、新宿駅7・8番線の切り替えに伴う、湘南新宿ラインの運休に伴い、大崎始発の列車としても使用されていたことがある。

湘南新宿ラインの前は、東京~熱海間の快速アクティーにも使用されていたことがありました。

三鷹駅に到着した後、記念往復乗車券を買おうとしていたけど、残念ながら10分前に売り切れてしまいました。

三鷹駅では、山澤さんと出会いました。

三鷹駅からは、武蔵野線用のクハ103-821Fによる、三鷹駅75周年記念号に乗り、高尾まで行きました。 

このオレンジ色の103系は、1983(昭和58)年まで、中央快速線で使用されていたことがあったので、23年ぶりのリバイバル運転となりました。
中央快速線では101系もあったけど、翌年の1984(昭和59)年のオール201系化によって全廃となっている。

車内は、予想通り、一昨年8月3日に運転された、301系(営団地下鉄(現東京メトロ)東西線直通用車両)のさよなら運転(三鷹→高尾間)の時と同様に、通勤列車並の混雑でした。
前回と同様に、途中乗降扱いによる停車なし。

この列車は乗るもよし、撮るもよし、の電車だったし。 

行きは、4号車(モハ103-685号車、弱冷房車)、帰りは6号車(モハ103-686号車)に乗りました。 

やはり、多摩川や浅川を渡る鉄橋には、マニアが多数集まっていました。

高尾に到着した後、撮影会が行われていたけど、もの凄い人が集まっていたので思うように撮影出来ませんでした。 

ヘッドマークは、三鷹よりと高尾寄りで異なっており、三鷹よりが、75周年記念号の文字入り、高尾寄りが、鷹をイメージしたデザインとなっていました。

このE38編成(クハ103-821F)は、2000(H12)年まで、習志野電車区(H15年12月に三鷹電車区に統合されて廃止)のラシ303編成として、中央・総武緩行線を走っていたことがありました。 この編成が三鷹に現れたのは、あの時以来だった。

中央・総武緩行線から103系が消えたのは、翌年の2001(H13)年3月27日のことであった。

2000(H12)年12月2日、武蔵野線の一部列車の海浜幕張延長に伴う増備車として、サハ2両抜きの8両として、オレンジに塗り替えられた上で転属されて現在に至る。

八王子駅では、ブルーサンダーことEH200型機関車を見ることが出来ました。 

国立駅付近では、上り線の仮線化工事が始まっているので、大きく変わろうとしています。 高架化工事により、関東の駅百選に認定された、国立駅のユニークな駅舎が消えるので残念に思っています。 
武蔵境・東小金井・武蔵小金井駅は、既に仮線への切り替えが完了している。

東小金井駅の中線で、7分停車 ここで、E257系による、あずさ8号の通過待ちと、快速電車の待避がありました。 
東小金井では、撮影に持ってこいの状態であったため、そこに居合わせた人は勝ち組だったと思います。 

11時32分、三鷹駅に到着 1往復の記念列車の旅を終えました。
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by hy_sengen-sin | 2005-06-27 15:33 | 鉄道イベント