交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

カテゴリ:バス乗車記( 32 )

新江62系統

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大泉学園駅から新江古田駅まで都営バスの新江62系統で移動しました。3月末までは練馬支所の日産ディーゼル車が使われていたけど、4月1日から杉並支所(はとバスによる委託運用)に移管されてからは日野車が使われるようになったので、かなり違和感があります。

はとバスは、大田区平和島に本社のある黄色い車体の観光バス会社で、東京都が筆頭株主となっている。その縁で、杉並、臨海、青戸、港南、新宿の各支所が受託されていたし。

4月1日の年度変わりの時には、都営バスで路線の改変や所属営業所(支所)の移管が行われているけど、練馬エリアを走る新江62系統が杉並支所に移管されるとは思っていなかったです。

杉並支所の所属車は新宿と王子を結ぶ王78系統(高円寺陸橋から北区の神谷陸橋まで環七通りを走る路線)で練馬区を通っているけど。

杉並車庫への出入庫回送は環七通りを通ることになる。

新江62系統(新江古田駅~練馬駅~大泉学園駅間)は、1997(H9)年12月19日に都営12号線(現、大江戸線)の練馬~新宿間が開業する前は、宿62系統として新宿まで乗り入れていた。

こちらは大泉学園付近の狭い道を通る路線となっており、一時期に中型車限定で運転されていたことがありました。

車両はH247(練馬200か・699)号車の日野ブルーリボンで、新宿駅にも乗り入れる車両らしくヨドバシカメラのラッピングがある。こちらも練馬区を走る路線で違和感があるし。

今回の再編で新宿支所(東京オペラシティやNTT新宿本社ビルの横にある車庫)が、はとバスへの受託と同時に渋谷営業所の分駐所から再び渋谷営業所の支所に出戻りしていた。分駐所時代の3年間は、練馬ナンバーなのに渋谷と表示されていた。
新宿区は練馬ナンバー、渋谷区は品川ナンバーの地域なので。
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by hy_sengen-sin | 2009-04-25 22:35 | バス乗車記

京王高速バス2

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こちらは甲府から新宿まで乗った京王バス東(世田谷営業所所属)の中央高速バス。車両はK50301(品川200か15-50)号車の三菱ふそうの先代エアロバス(KL-MS86MP型)。導入当初は京王電鉄バス永福町営業所に配置されていた。

目立った渋滞も無く到着出来たから良かったです。自分の隣に他の乗客が来なかったし。

最近では中央高速バス(京王バスグループ及びその共同運行会社)によるアライアンスであるCHANCE(チャンス)が結成された為にそのロゴが付いています。

この車両は、中央高速バス(中央道)のほか、新宿、渋谷発着の沼津、静岡、浜松線で東名高速を走ることもあります。

このバスの車内ではもちろんモーニング娘。のニューアルバム(プラチナ 9 DISC)の曲を中心に聴いていました。やはり高速バスの車内でモーニング娘。などの気に入ったアーティストのアルバムの曲を聴くのが面白いです。

前回乗った時はSEXY 8 BEATの曲を中心に聴いていたし。

京王バスには713番(さゆ番、道重さゆみ氏の誕生日の番号)のナンバーの三菱ふそう車の同型車もあるけど、それに当たらなかったです。
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by hy_sengen-sin | 2009-04-13 15:33 | バス乗車記

京王高速バス

これから甲府11時発の京王バスによる中央高速バスで新宿まで帰ります。今回も京王、富士急、山梨交通があるうちの京王便を選びました。ほとんどの夜行高速バスなら隔日運行でバス会社の指定は出来ないけど。

今回の車両はK50301(品川200か15-50号車)で三菱ふそうのエアロバスです。
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by hy_sengen-sin | 2009-04-13 11:02 | バス乗車記
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今日は、成増から光が丘まで、西武バスのハイブリッドバス(日野ブルーリボンシティ、A8-275、練馬200か18-96号車、練馬営業所所属)に乗りました。西武バスでは、日産ディーゼルといすゞ車がメインとなっているけど、この手のハイブリッドバスは、日野しかない為に、西武バスとしては久しぶりに日野の大型車が導入されていたのである。日野の路線バスは、従来のディーゼル車がいすゞエルガと同型のブルーリボンⅡに移行されているけど、ハイブリッド車だけは従来のブルーリボンシティ(ジェイバス小松事業所製)のままとなっている。

ライバルの東武バスウエスト(埼玉県西部)は、日野車がメインとなっており、ハイブリッド車もある。

やはり日野自動車は、プリウスなどのハイブリッドカーの十八番であるトヨタ自動車の系列となっているので、トヨタグループのノウハウが生かされている。

西武バスでは、昨年から三菱ふそうのエアロスターのOEM供給車である日産ディーゼルスペースランナーAも導入されているのでかつて存在していた三菱ふそう製の大型バスの再来ということになりました。

ハイブリッドカーと言えば、最近になってからホンダの新型インサイトが発売されたことで話題となっている。
東武バスのハイブリッドバスの画像は昨年11月30日の東武ファンフェスタで撮影。
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by hy_sengen-sin | 2009-02-13 23:57 | バス乗車記

都営バスの新車

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こちらは都営バス練馬支所に最近入ってきた新車(F-R640、練馬200か18-90号車)

今日は目白駅前から目白五丁目までそれに乗って帰りました。

今年度導入分(R番台車)は、ハイブリッド車を含めて日野自動車に一括発注されているために、全て日野車となり、練馬支所初の日野車導入となった。

特定車だったら、2002(H14)年から2005(H17)年まで、E956(練馬88か18-18号車)も在籍していたことがあったけど。こちらは、杉並営業所(現、杉並支所)に配属されていた。

練馬支所には今年度新車が導入はないだろうな!と思ってたけど、導入されてよかったです。

こちらも日野の車両で、ヘッドライトがいすゞ車の縦並びではなく、日野独自の1つ目となっている。 これで、いすゞERGAと、日野ブルーリボンⅡとの見分けが付けられる。

他にもR639(練馬200か18-89),R641(練馬200か18-91)号車も導入され、旧型のB番台車3台(F-B598、599、600号車)が廃車となった。

来年度も、B番台(1995(H7)年度導入車)の廃車が急速に進められることになる。

1日に萩原清さんと東京テレポートから門前仲町まで乗った都営バスの車両も、今年度に導入された同型車(深川営業所所属の日野車であるS-R637、足立200か16-95号車)だった。

昨年度に導入されたP番台車は、日産ディーゼル(UD)に一括発注されていた。

来年度導入予定のS番台車はどうなるのか気になります。
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by hy_sengen-sin | 2008-03-08 00:20 | バス乗車記

国際興業バス

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11日は国際興業バスによる大宮つくば線で、大宮からつくばセンター経由で土浦へと向かいました。車両は国際興業バスとしては珍しい日野セレガ(KC-RU3FSCB、戸田営業所所属、大宮200か13-32)で、以前は深夜急行バスで使用されていた車両です。

この路線は今月15日に廃止されるので最初で最後の乗車となりました。

早く新型の日野セレガまたはいすゞガーラに乗りたいです。

こちらはさいたま新都心から首都高、外環道、常磐道経由で桜土浦ICまで行き、つくばセンターを経由して土浦駅東口まで行っていた。

約10名程度の乗客が居たのに廃止されるのは惜しいです。

運行経路 大宮駅東口~上落合九丁目~(新都心西出入口)~(首都高速道路埼玉新都心線) ~(与野JCT)~(埼玉大宮線)~(美女木JCT)~(東京外環自動車道)~(三郷JCT)~
(常磐自動車道)~(桜土浦IC)~下広岡~並木大橋~並木二丁目~並木一丁目~千現一丁目~竹園二丁目~つくばセンター(つくば駅)~土浦駅東口

この路線は、2006(H18)年10月1日に開設、以来僅か1年4ヶ月で廃止されてしまうことになる。

折角開設された路線なのに勿体ないと思います。

国際興業の車両は、この903(大宮200か13-32)のほか、904(大宮200か・641)もあり、905号車が予備として使われている。

どちらも深夜急行用として使用されていた車両で、903号車は、練馬ナンバーの志村営業所で池袋→浮間舟渡線、904号車は同じ大宮ナンバーの西浦和営業所の池袋→大宮線で使用されていた。どちらも2000(H12)年式で、セレガRとしてマイナーチェンジされる前のモデルである。

国際興業といえばいすゞというイメージが強い中、異彩を放っていた。

つくば線開設に伴い、トイレ取り付けの上で戸田営業所に転属。

戸田営業所では、大宮・さいたま新都心~羽田、成田両空港へのリムジンバスも運用されているけど、羽田空港線の場合は、深夜急行バスから転用された日野セレガR(901、902号車)が使用されている。

深夜急行バスで使用されていた頃は、筆者の自宅から最も近い池袋営業所所属で、池袋→朝霞台、中浦和線担当となっていた。

リムジンバスへの転用と共に、トイレが取り付けられていた。

東京日野自動車(日野自動車系のディーラー)であった、国際観光バスでは、昨年12月27日に、国際興業の子会社である国際興業観光バスに営業譲渡されていた。

日野自動車系の時代は、全て日野車が使われていたけど、国際興業グループの日野車も継承車を含めて増えてくることになる。

塗装のほうは、従来のままで、国際興業観光バスの社名が入っている。 それは、国際が付く社名同士という縁もあると思います。

国際観光バスの本社は、東京都板橋区東新町にあり、本社営業所と所沢営業所があった。

本社営業所は、観光板橋営業所として転用されている。

国際興業観光バスは、2004(H16)年4月1日に観光バス部門の独立により設立、営業所は、板橋、戸田、川崎にある。 観光戸田営業所は、国際興業戸田営業所に隣接されている。

国際観光バスが解散したのは、昨年12月27日のことで、筆者の先代の機種である黒いW43H2が役目を終えた時と同じ時期である。
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by hy_sengen-sin | 2008-02-12 14:15 | バス乗車記

西武バス練45系統

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2月10日は、池袋から練馬までは、西武バスの練45系統で移動しました。こちらは朝の池袋行き、夜の練馬行きの各1往復しかない路線として有名だけど、今月15日で廃止されることになっている。今回が最初で最後の乗車。練馬駅到着後、乗客が一旦降ろされ、練43系統の富士見台駅経由の南田中車庫行きとなっていた。

2月16日から新宿駅西口~中井駅~池袋駅東口間の宿20系統は1時間に1本に減らされることになり、利用客の少ない練45系統が廃止されることになるし。
南長崎2丁目より先は乗客が筆者一人しか居なかったけど、もしも自分が乗ってなかったら客を乗せていない回送車と同様の状態となっていたところだった。これで廃止されるのも頷けます。

乗った車両はA7-226、練馬200か17-84

226ということで藤本美貴女史の誕生日である2月26日を思い出します。

西武鉄道からは226号車が引退していたし。
こちらは昨年10月8日に目白駅前から目白五丁目まで乗った時と同じ車両である。

練45系統は、練馬駅朝7時、池袋駅東口夜20時55分発しかない。

まさにたった1往復しかないレアな路線でもある。

従って宿20系統は、西武バスの孤立路線となり、出入庫が専ら回送となる。

出入庫運用は、宿20-1系統、池袋駅東口~目白駅前~目白五丁目間、中落合→中野坂上→新宿駅西口間となっている。

練45系統の末期の乗客は、筆者のドリヲタの友人の数になぞられている。

スピヲタ時代の友人も、同じ2月15日に廃止される予定の大宮~つくば、土浦間の高速バスの乗客になぞられていた。JRバスによって運行されていた路線が復活したものの、利用客が伸び悩んだ為に廃止されたという惨めな結末となっていた。

2005(H17)年8月からドリヲタ撤退までの間は、スピヲタ(SPEEDファン)の末期と同様にドリヲタの友人が不在であったので、練45系統の末期になぞられていた。

一昨年11月に廃止された神岡鉄道でも乗客が1人しか居なかったということも珍しく無かったし。スピヲタは、スピッツのヲタの略でも使われている。

筆者はモーヲタとの相性が良く、ドリヲタとの相性が悪かった。

宿20系統の新宿側の回送ルートは、中落合まで客扱いを行わずに、南田中車庫まで直接回送されることになっている。 中落合までは宿20系統と同じルート。

池袋側の出入庫ルートでは、以前は直接回送されていたけど、池袋駅東口~目白五丁目間で、都営バスの池65系統を補完する役割があるために、目白五丁目までの客扱い(宿20-1系統)という形となった。
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by hy_sengen-sin | 2008-02-12 13:34 | バス乗車記

ちぃばす

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五反田から田町まで山手線で移動し、田町から六本木ヒルズまで港区コミュニティバスであるちぃばす(富士急行の子会社のフジエクスプレスによる運行、日野リエッセ)に乗りました。途中話題の赤羽橋を通りました。

ナンバーは品川230あ24-73

五反田から六本木ヒルズへは直通の都営バスも出ているけど、ちぃばすに乗りたかったのでこのルートを選んだのである。

六本木ヒルズと東京ミッドタウンを見た後、都営大江戸線で新宿まで行き、山手線で帰りました。

こちらはちぃばすの画像。ちぃばすは六本木ヒルズ~赤坂循環線もある。

あとは田町駅東口~芝浦車庫間の出入庫運用もあるし。

フジとカタカナで書くと、フジテレビなどのフジサンケイグループを連想するけど、フジサンケイグループとは無関係である。

急行を英語で書けばエクスプレス(Express)となるので、ユニークな社名である。

ちぃばすは、2004(H16)年10月1日に営業運転開始、今年1月9日で利用客300万人突破していた。
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by hy_sengen-sin | 2008-01-20 21:11 | バス乗車記

京王電鉄バス

この日は山梨の別荘を出た後、石和温泉駅まで歩き、甲府まで中央本線の115系で移動。この時はSuicaを使った。石和温泉駅に向かう途中でEH200形電気機関車牽引によるタキ1000形タンク車を見ることが出来ました。このタンク車は、郡山(福島県)、根岸(神奈川県)、竜王(山梨県)、村井、南松本(どちらも長野県)でよく見ることが出来る。八王子市在住の多喜千与三氏の主な趣味対象で、いつもそれをチェックしている。

甲府から新宿まで京王バス東による高速バスで甲府から新宿へと移動していました。車両は三菱ふそうエアロバス(K50261、品川200か・643)

甲府から新宿まで京王の高速バスに乗ったのは、2004(H16)年7月以来3年半ぶりでした。

京王の高速バス自体に乗ったのは2005(H17)年9月に愛・地球博こと愛知万博に行った帰り以来だし。この車内ではモーニング娘。のアルバムの曲を聴いています。今回は前半がSEXY 8 BEAT、後半がレインボーセブンや昨年10月に発売されたベストアルバムの曲でした。

前回乗った時までは前半がモーニング娘。、後半がdreamのアルバムの曲を聴いていた。

1999(H11)年3月18日の京王電鉄のバス事業(現、京王電鉄バス)の時代に乗った時はその車内で専らSPEEDの曲をカセットテープで聴いていた。あの時にその車内でモーニング娘。の曲を聴かなかったことが心残りだったし。当時乗った車両は、日野の旧型セレガのK69604(練馬22か68-83)号車だった。現在この車両は、京王電鉄バス永福町営業所に継承されている。

1999(H11)年3月17、18日は、山梨の別荘に行っていた帰りのこと。

京王電鉄のバス事業は、1997(H9)年10月1日の中野・永福町・調布営業所の京王バス(現、京王バス東)への移管を皮切りに行われ、2002(H14)年8月1日に京王電鉄バスに移管されていた。

京王バスは、1913(T2)年4月15日に、京王電気軌道という路面電車(現在は高速鉄道)と共に誕生していた。

その翌日の1999(H11)年3月19日に、鞄から目覚まし時計を取り出すのを忘れ、父親の目覚まし時計をかっぱらってしまい、父親が仕事に遅刻しそうになったという不祥事を起こしてしまった。 当時はSPEEDの夢を見ていたので、SPEEDファン時代にトラブル続出となってしまったことになる。

筆者のSPEEDファンのトラブル多発は、首都圏を走っていた103系や、リコール隠し等の問題が多発した三菱自動車や三菱ふそうトラック・バスの状態になぞられてしまった。

1999(H11)年1月15日には、大井町での某例会の会場(現在は大崎に移転)で曇った窓ガラスにSPEEDのことを書いていた時に、とある年輩の会員に落書きしちゃダメだ!と厳重注意された時に、反省しなかったということが裏目に出て、1999(H11)年にSPEEDファンでのトラブルが相次ぎ、同年の9月のLOVEマシーンの大ヒットを期に、現在のモーニング娘。のファンに緊急乗り換えしてしまったのである。

このことでは現在になって反省しているので、遅すぎた謝罪となってしまった。

筆者がSPEEDファンからの撤退を思うようになったのは、2001(H13)年のことで、紺野あさ美氏が1推しになってからは、アンチSPEEDとなってしまった。

新宿に着いた後は、京王百貨店での有名駅弁と全国うまいもの大会に行き、高山駅の飛騨牛しぐれ寿司を買って食べました。この時に美味しいですよと薦められていた。やはり京王高速バスからの乗り継ぎの後で行けたから良かったです。飛騨高山へは新宿から京王電鉄バスと濃飛バス(名鉄系列の飛騨高山のバス会社)による高速バスでも行けるのでこの縁もある。

この催しは今月22日(うさちゃんピースの日)までである。

新宿から目白までは山手線で帰り、さよなら東急東横線の8000系から始まった3日間の旅が終わりました。

京王バス東には、K50264、品川200か・713号車(さゆみんこと道重さゆみ氏の誕生日の番号)もあるので、これに当たっていたらネ申だった。

この三菱ふそうの先代のエアロバスは、℃-uteのキューティサーキットのバスと同形である。

環境性能Aのステッカーが付いていたということは東京都(世田谷区)ベースの車両らしい。

京王バスグループの新宿発着の高速バスのうち、伊那・飯田線、長野線、飛騨高山線、高遠線(新南口発着)が京王電鉄バス永福町営業所(杉並区永福)ベースの練馬ナンバーで、その他の路線が京王バス東の世田谷営業所(世田谷区上北沢、高速バス専用車庫)ベースの品川ナンバーとなっている。

京王バスにはK60507(下3桁がこんこんこと紺野あさ美氏の誕生日の番号)の日野セレガRもあるし。

筆者が電車やバスの車内での音楽鑑賞を始めたのは、1998(H10)年10月1日に都営新宿線の急行に新宿から本八幡まで乗った時だった。

当時は、都営10-000形の初期型(番号は未確認)で、急行は、平日の日中のみの運転で、京王線との直通運転が行われていなかった。 のちに、都営新宿線の急行が、毎日運転化され、京王線との直通運転に変更、一昨年9月1日の改正で、本八幡発高尾山口行きの急行の除いて京王車の10連(6000系または9000系)に置き換えられていた。

帰りは京成八幡から京成上野まで京成3700形(こちらも番号未確認)に乗っていた。

当時はSPEEDの曲のほか、モーニング娘。の曲も聴いていた。あの時は現在とは違ってSPEEDの曲メインだったし。

その都営10-000形の2段窓の初期型車は、10-300形に置き換えられたことによって廃車となって現存しない。
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by hy_sengen-sin | 2008-01-16 15:20 | バス乗車記

都営バスのイベント3

晴海埠頭からは、都05系統の東京駅南口行きに乗り、銀座四丁目まで行きました。見本市会場が晴海にあった頃は、アクセス路線として活用され、東京駅や豊洲駅から臨時バスが出ていたこともあった。東京駅からの臨時バス輸送は、有明の東京ビッグサイトに移転した後も踏襲されている。

晴海の見本市会場は、今から20年前まで東京モーターショーが行われていた。

晴海時代はバスに頼らなければならなかったという問題があったし。

晴海埠頭から乗ったバスは、S-E436(足立200か・259)号車の日野ブルーリボン。

晴海通りが渋滞していたので、銀座四丁目で降りて、新橋まで歩きました。この時は歩行者天国が行われていた。

新橋から赤坂見附まで銀座線の01系(01-123F)、赤坂見附から新宿まで丸の内線の02系(02-129F)で移動しました。

9月16日は亀戸のサンストリートで音楽ガッタスが出てくるイベントで紺野あさ美女史を初めとするメンバーと握手出来なかったのでレポートは割愛します。この日は新宿から御茶ノ水まで、T113編成(クハ201-47F)で移動。この編成は10月に廃車となった。この時には青梅特快なのに下の青梅特快の表示が無かったです。
あとは学習院下付近で都電9000形新レトロ電車を撮影していた。
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by hy_sengen-sin | 2007-11-01 00:11 | バス乗車記