交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

関西3(京都から大阪へ)

京都駅では、8月23日にJR京都NKビルが出来る予定であり、同時にビックカメラがオープンすることになっている。
同時に、嵯峨野線ホームに、ビックカメラ店内に直結する改札口である西洞院口が開設されることになっている。

JR京都駅の駅ビル、ジェイアール京都伊勢丹は、今年9月11日に開店10周年を迎えることになっている。京都駅の駅ビルのほうは、7月12日に10周年を迎えていたし。

京都駅は、第一回の近畿の駅百選に認定されている。

来年には、南側にショッピングモールが出来る予定であり、南北自由通路も整備されることになる。

近鉄の京都駅では、改良工事が行われており、4番線の新設、近鉄名店街の増床(来年10月完成予定)、4番線の上空部分へのホテルの新設、1階改札口の廃止、2階改札口の拡大が行われ、2012年に全面完成予定となっている。

1階改札口は、今年12月に使用停止となる。

近鉄の京都駅は、東海道新幹線の京都駅の真下の2階部分にホームがあるので、1964(S39)年の東海道新幹線の開業に合わせて高架化されていたのである。

2003(H15)年7月21日に、近鉄の京都駅から近鉄丹波橋駅まで一般車両に乗ったけど、この時に特急以外の近鉄の車両に乗ったのが初めてだった。

京都駅を出ると、JR京都線(複々線区間)に入りました。 京都では、一昨年12月に登場した321系を初めて生で見ることが出来ました。

来年秋には、西大路~向日町間に、JR桂駅が出来る予定となっているけど、その周辺にキリンビールの京都工場(1999(H11)年に閉鎖)があった。 

向日町駅からは、昨年3月17日まで、。住友大阪セメント京都サービスステーションへの専用線があり、本巣駅よりセメント輸送貨物列車が到着していたこともあった。

それ以前には、日本石油(現、新日本石油)やシェル石油(現、昭和シェル石油)の油槽所(現在は閉鎖)、陸上自衛隊桂駐屯地、キリンビール京都工場(1999年に閉鎖)までの専用線も出ていたこともあった。

その大阪寄りには、京都総合車両所(旧向日町運転所)があり、ここには、485系のボンネット車、583系などが止まっていました。 雷鳥用の485系もここが拠点となっている。

あとははまかぜ用の181系DCもここ所属となっているし。

長岡京駅は、長岡天神への最寄り駅であるけど、阪急京都線の長岡天神駅のほうが近い。

1995(H7)年8月31日までは、神足(こうたり)駅と呼ばれていた。

1985(S60)年11月1日までは、住友セメントのサービスステーションへの専用線により、貨物輸送が行なわれていたことがあった。

現在の駅舎の前には、車掌車ヨ8000形、0系とD51形の車輪が展示保存されている。

周辺の神足公民館には、神足駅の駅名標が保存されている。

東口には、三菱電機、松下電器、村田製作所などの営業所があり、通勤時間帯には賑わっている。

山崎駅は、周辺にサントリーウィスキーの蒸留所(山崎蒸留所、大阪府三島郡島本町)があることで有名であり、その前にあるカーブが鉄道撮影の名所となっている。 ここのカーブは、サントリーカーブと呼ばれている。

こちらは、京都府の乙訓郡大山崎町と大阪府の三島郡島本町にまたがっている。そのため、下りホームに府境の表示がある。

大阪府の三島郡は、さんとうぐんではなく、みしまぐんと呼ぶ。 新潟県のほうは三島郡(さんとうぐん)と呼ぶけど。現在三島郡は、出雲崎町だけとなっている。

モーニング娘。の久住小春女史の出身地は、長岡市の一部だけど、以前は三島郡和島村だったのである。

ここ(山崎駅)を出た後に、京都府から大阪府に入りました。

来年春には、山崎~高槻間に、島本駅が出来る予定となっている。

高槻駅は、大阪府に入ってから最初に停車する駅であり、電留線がある。 ここの電留線は、以前高槻電車区と呼ばれていたけど、のちに吹田工場高槻派出所となり、現在は、網干総合車両所明石品質管理センター管理の電留線となっている。 こちらは、JR東日本で言う、武蔵小金井電車区、習志野電車区に相当している。

明石電車区(現、網干総合車両所明石品質管理センター)への移管は、2000(H12)年3月のこと。

高槻市と言えば、2月11日に行われる埼玉サークルの特別例会で定期的に遠征してくる河村寛毅氏の地元である。

駅前にはアクトアモーレ、オーロラシティ・高槻西武などがある。

高槻駅は、1876(M9)年7月26日に、向日町駅~大阪駅間の開通と同時に開業した時点では、唯一の中間駅となっていた。

摂津富田駅は、阪急京都線の阪急富田駅の近くにあり、駅周辺には、明治製菓の大阪工場、松下電器産業の高槻工場がある。

松下電器産業の高槻工場では、1975(S50)年まで専用線があり、ここで貨物輸送が行われていたことがあった。

あとは、酉島製作所、サンスター、スーパーマーケットマルヤスの本社もここにある。

茨木駅は、今から37年前の1970(S45)年3月14日から9月13日まで開催された大阪万博の会場の最寄り駅で、ここからバスが出ていた。当時は快速が臨時停車していた。

現在は、朝ラッシュ時に限り快速が停車している。

1986(S61)年11月1日までは、日本たばこ産業茨木工場、東洋製罐茨木工場、サッポロビール大阪工場への専用線により貨物輸送が行われていたことがあった。

大阪万博と言えば、北大阪急行線の千里中央駅が仮設の地上駅で開業していたことがあった。

1970(S45)年2月24日に開業した時点では、千里中央(仮駅)~万国博中央口という臨時の地上路線も出ていたことがあった。 閉幕の翌日の9月14日には、千里中央駅が現在の地下駅に乗り入れていたのである。

万国博中央口の臨時駅があった場所には、大阪モノレールの万博記念公園駅がある。

大阪モノレールの支線である国際文化公園都市線(通称彩都線)は、1998(H10)年10月1日に、万博記念公園~阪大病院間が開業。今年3月19日には、彩都西まで延長されていた。

公園東駅は、万博記念競技場への最寄り駅であり、サッカー(Jリーグ)の試合がある時には賑わうことになる。 こちらは、Jリーグのガンバ大阪の本拠地となっている。

岸辺駅付近には、JR貨物の吹田機関区があり、EF66形、EF200形電気機関車、DD51形、DE10形のディーゼル機関車が配置されている。 以前は吹田操車場もあった。

吹田駅付近には、JR吹田工場があり、年に1回一般公開されている。ここには、クモヤ145形、クモル145系、223系9000番台・213系電車(在来線用技術試験車「U@tech」(ユーテック))が配置されている。

あとは、流線型でおなじみの52系電車のモハ52001編成も保存されている。

新大阪駅は、1964(S39)年10月1日に、東海道新幹線と同時に開業した駅であり、新横浜駅と同様に徐々に開発されていた。

大阪市営地下鉄の新大阪駅は、同年9月24日に梅田~新大阪間の開通と同時に開業しているので、新幹線や在来線よりも一足先に開業していた。 こちらは地上部分に駅がある。

2012年には、大阪外環状線の新大阪~放出間開業予定で、新大阪から分岐する予定となっている。 大阪外環状線の放出~久宝寺間は、2008年度中に開業予定となっている。

JRの新大阪駅は、第四回の関西の駅百選に認定されている。

周辺には、宮原総合車両所があり、113、117系、145系(事業用)電車や、客車が配置されている。117系は下関地域鉄道部下関車両管理室に貸し出されている。

新大阪から大阪までは、321系のD17編成(クモハ321-17F)で移動。

東海道・山陽緩行線の車両は、今年3月18日の改正で201系が撤退し、207系または321系による運用となっている。 

兵庫と和田岬を結ぶ和田岬線(山陽本線の支線)は、専用の103系のR1編成(クハ103-247F)が使用されているけど、201系が使用されることもある。

和田岬線と言えば、8月10日にてるちゃん氏が上京の間合いに乗りつぶしていた路線でもある。あの後大垣から東京まで373系のムーンライトながら号のセミコンパートメント席に乗っていた。

和田岬線は、日曜・祝日にはたったの2往復の運転となってしまう。 平日17往復、土曜日14往復、日曜・祝日2往復。

321系のほうは、たった1駅区間だったけど、初めて乗ることが出来てよかったです。

大阪に到着した後、丹波路快速の篠山口行きに乗り換えました。 こちらは網干総合車両所所属の221系のB19編成(クハ221-80F)による6両編成で移動。

丹波路快速は、大阪を出た後、尼崎、伊丹、川西池田、中山寺、宝塚、西宮名塩、三田、三田より先の各駅に停車していた。

新大阪~大阪間で淀川を渡っていたので、大阪~塚本間で再び淀川を渡っていました。

尼崎駅は、福知山線(JR宝塚線)、JR東西線への分岐駅であり、兵庫県に入ってから最初に停車する駅でもある。あとは、第四回関西の駅百選に認定されている。

以前は各駅停車しか停車しない駅だったけど、1997(H9)年3月8日のJR東西線の開通と同様に、快速・新快速列車が終日停車するようになった。

尼崎と言えば、以前アルナ工機(現、アルナ車両)の本社工場があったことで有名である。2001(H13)年11月に、最後の搬送が行われていた。

1874(M7)年6月1日の開業当時は、神崎駅と呼ばれていた。 1949(S24)年1月1日には、現在の尼崎駅となる。

1980(S55)年10月までは、尼崎から尼崎市場まで貨物支線が出ていたこともあった。

以前は、専用線はクボタ阪神工場、王子製紙神崎工場、麒麟麦酒(キリンビール)尼崎工場、住友軽金属工業工場へと続く専用線も出ていたこともあったし。

あとは、1984(S59)年2月まで、福知山線の支線が尼崎から尼崎港まで出ていたこともあった。 旅客営業の廃止は、1981(S56)年3月31日のことで、1984(S59)年2月の改正で貨物営業も廃止されていた。

旅客線だった頃は、中間に金楽寺駅があった。旅客列車の廃止当時は、1日2往復しかなかった。

2005(H17)年4月25日に尼崎~塚口間で発生した脱線事故の現場では、徐行して通過していました。 周辺には献花台もあった。

事故により廃車となった編成は、Z16編成(クハ207-17F)だった。

この事故の後、残りの207系の帯の色が321系と同じ色に変更されていた。

猪名寺駅は、1981(S56)年4月1日に、塚口~宝塚間の電化と同時に開業した駅である。電化当時は、黄色の103系が使用されていた。 JR東西線の開業と同時に青色に変更されたために、黄色い103系は現在見ることは出来ない。

因みに黄色い103系は、2006(H18)年に鶴見線で廃車となった1編成が最後となっていた。

伊丹駅に到着した後、大阪行きの207系で折り返しました。 この時に乗った編成は、S66編成(クモハ207-2021F)だった。前の4両は未確認。

大阪駅に到着した後は、列車の撮影を行いました。

大阪駅は、2011年の完成を目処に、改良工事が行われている。 

大阪駅は、乗降客数が第三位であり、関西の駅で最も利用客の多い駅としても有名である。

大阪駅前にあるヨドバシカメラ(マルチメディア梅田)は、梅田貨物駅の跡地に開設されている。

ここで見た車両は、智頭急行HOT7000形によるスーパーはくと号(HOT7004F)、KTR001形タンゴエクスプローラー(KTR011F)、485系雷鳥号(A10編成、クハ481-324F)、681系サンダーバード号(681系+683系)、キハ181系はまかぜ号(キハ181-47F)などだった。

サンダーバード号は、681系+683系+683系による12両編成だった。

この後、ホーム上の立ち食いそば屋でうどんを食べました。 やはり関西といえばうどんがいいなと思っています。

西梅田駅から肥後橋駅まで、大阪市営地下鉄四つ橋線の23系(23920F)で移動。肥後橋駅で下車した後、大阪フェスティバルホールで行われたハロー!プロジェクトのコンサートを見ました。

大阪市営地下鉄四つ橋線への23系の導入は、1990(H2)年のことで、1996(H8)年に統一されていた。それ以前は30系が使われていた。

その周辺には、2008年度末に開業予定の京阪中之島線の渡辺橋駅が出来る予定となっている。

大阪フェスティバルホールは、1958(S33)年に開設されたホールで、朝日新聞グループ(朝日新聞、朝日放送(テレ朝)系)の朝日ビルディングによる管理となっている。
この建物には、リーガグランドホテルも入っている。

こちらは、甲子園球場で行われる「全国高等学校野球選手権大会(高校野球)」の組み合わせ抽選会の会場としても使われていることで有名であり、2005(H17)年まで毎年11月に、よみうりテレビ制作・日本テレビ系列で放送される「ベストヒット歌謡祭」の公開放送も行われていた。 2006(H18)年には、神戸市のワールド記念ホールへ移行している。あとは、、「大阪国際フェスティバル」(朝日新聞文化財団、大阪国際フェスティバル協会、朝日新聞社主催)の会場でもあるし。

この屋上には、ABC(朝日放送)のお天気カメラがある。

こちらは、2013年に高層ビルに改築される予定があり、来年秋に一旦閉鎖、取り壊される予定なので、このホールも過去のホールとなってしまう。リーガグランドホテルは、来年3月31日に閉鎖されることになっている。

新朝日ビルディングが建設される前の1952(S27)年から1956(S31)年までは、アサヒアリーナというスケートリンクがあった。

感想は次の文章へ

(4へつづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-08-13 14:19 | 鉄道乗車記