交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

土・日きっぷの旅6(仙台市内、仙山線)

2日目(7月8日)のルート

勾当台公園~富沢~長町~仙台~陸前山王~仙台~愛子~山形~高畠~郡山~大宮~越後湯沢~十日町~直江津~越後湯沢~大宮~東京~新宿~目白

ホテルで朝食を取った後、チェックアウトし、勾当台公園を散策しました。 この時の朝食は、バイキング形式ではなく、和食か洋食を選べる方式となっていた。 この時に和食を頼んだけど、宮城産のお米である「ひとめぼれ」が使われていた。

勾当台公園は、野外ステージや、志賀潔胸像や谷風像と言った銅像のある公園で、秋になれば紅葉を楽しむことが出来る。

この周辺には、宮城県庁、仙台市役所、青葉区役所があり、一番町や国分町と言った繁華街がある。 一番町には、141(ファッションビル)や三越もあるけど。

宮城県民会館も周辺にあるけど、ここでは、一昨年11月27日に後藤真希女史のコンサートが行われていた。

昨年4月29日に安倍なつみ女史のコンサートが仙台市民会館で行われていたことがあった。 こちらは、仙台市の西公園付近にある。

ここから富沢までは、1111Fに乗りました。

広瀬通駅の地下1階コンコースには、夜空がイメージされた星空のプロムナードがある駅として有名である。

仙台市営地下鉄南北線は、1987(S62)年7月15日に八乙女~富沢間が開業。 その丸5年後の1992(H4)年7月15日には、八乙女~泉中央間が開業していた。

泉中央駅が開業した1992(H4)年7月15日は、モーニング娘。の久住小春女史の生誕日でもある。

ホームは6両編成での運転に対応しているけど、4両編成でのワンマン運転のために、柵が掛かっている。 現在は6両編成化される予定は無い。 こちらは2010年までにホームドアが設けられることになっている。

仙台市営地下鉄南北線の路線 泉中央~八乙女~黒松~旭ヶ丘~台原~北仙台~北四番丁~勾当台公園~広瀬通~仙台~五橋~愛宕橋~河原町~長町一丁目~長町~長町南~
富沢

うち八乙女、黒松、富沢駅は地上駅となっている。

1000系車両は、1986(S61)年に量産先行車である1101Fから落成。 

翌年の1987(S62)年に量産化され、1102~1120Fが導入されていた。泉中央まで開業した1992(H4)年には1121Fも追加で導入されていたし。 1121Fは、当初からLED式の行き先表示となっている。

2004(H16)年度から2013年度に掛けて、冷房改造および制御装置の電機子チョッパ制御→VVVF化が行われており、現在までに01、03、07、09、11、13、15、17Fの8編成が改造されている。

同時に行き先表示のLED化、車内のLED式案内表示、車椅子スペースの新設も行われている。

運転台のほうは、右側にある。

筆者が仙台市営地下鉄線に初めて乗ったのは、1993(H5)年10月10日に仙台から北仙台まで乗った時が最初であり、2002(H14)年11月24日には、北仙台~泉中央間にも初めて乗ったのである。 今回は仙台以南(仙台~富沢間)に乗ったことにより、仙台市営地下鉄南北線の乗りつぶしが完了したのである。

仙台市営地下鉄南北線の仙台駅は、仙石線のあおば通駅に直結しており、連絡改札口も設けられている。

泉中央駅は、泉中央副都心にある駅で、1988(S63)年に仙台市と合併される前は、泉市のエリアだった。

宮城県の泉市は、1971(S46)年11月1日に、これまでの泉町の市制施行により誕生していた。 泉市が仙台市に編入されたのは、1988(S63)年3月1日のこと。同時に名取郡秋保町も仙台市に編入されていた。

泉区(泉市)の由来は、泉区(旧泉市)北西部にある泉ヶ岳から来ている。

この周辺には、ユアテックスタジアム仙台(仙台スタジアム)があり、Jリーグのベガルタ仙台とJFL・ソニー仙台サッカー部のホームスタジアムとなっている。

仙台市営地下鉄のうち、2002(H14)年の東北の駅百選に認定された駅は、泉中央、旭ヶ丘、広瀬通駅となっている。

八乙女駅付近には、かつて仙台鉄道という軽便鉄道が走っており、最盛期は仙台と古川を結ぶ路線となっていた。

1929(S4)年に全線開通していた当時の路線。

通町~北仙台~東照宮前~八乙女~七北田~山ノ寺~陸前大沢~黒川小野~富谷~志戸田~吉岡~大童~大衡~本町~王城寺原~加美一ノ関~西四竈~四竈~鳴瀬川~加美中新田~中新田(西古川)

通町~北仙台間は、1937(S12)年2月、北仙台~加美中新田間は、1956(S31)年3月14日、最後に残った加美中新田~中新田(西古川)間は、1960(S35)年5月1日にそれぞれ廃止されている。

西古川駅は、陸羽東線への乗り換え駅だった。

五橋駅は、仙台市民病院の最寄り駅となっている。

仙台市営地下鉄では、札幌市営地下鉄と同様に乗車券は表向きに入れなければならない、横浜市営地下鉄と同様に全席優先席で、携帯電話の電源を切らなければならないということで同じ日本に居ながらカルチャーショックを感じました。 

愛宕橋駅は、広瀬川に掛かる愛宕橋の近くにある駅で、かつての仙台市電の停留所もここにあった。

長町南駅前には、ザ・モール仙台長町というショッピングセンター(SEIYU)があり、地下コンコースに直結しているので、雨の日の買い物にも便利である。

以前この土地には、東北特殊鋼(名古屋市に本社のある大同特殊鋼の系列)の本社工場があった。現在は柴田郡村田町に移転している。

地上に出たところで富沢駅に到着。 

この南側には、仙台市営地下鉄の車両基地があり、市電保存館も併設されている。市電保存館へは、富沢駅から歩いていけるほか、駅前から無料送迎バスでも行くことが出来る。

本当はここにも行きたかったけど、時間の都合上断念せざるを得なかった。

この周辺には、、日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)の仙台89ERS(エイティナイナーズ)の本拠地である仙台市体育館がある。

富沢駅では到着後、留置線に引き上げられていた。 富沢から長町まで乗った編成は1011Fで、1986(S61)年に導入された量産先行車で、1111Fと同様にVVVF化されていた。

長町駅で東北本線に乗り換え。 この時には駅側の出入り口が改良工事のために使えなかったので、駅前の横断歩道を渡らなければならない状態となっていました。

長町から仙台までは719系の4+4+4+4の8両編成(黒磯発仙台行き)に乗車。 こちらはH38+H31+H1+H2編成で、H38+H31編成は仙台到着後切り離されて仙台車両センターに回送されていた。 H1+H2編成は折り返しの4両編成で白石行きとなっていた。こちらは、1989(H元)年に導入された車両同士の組み合わせとなっている。

仙台からは同じ719系に乗り継いで陸前山王まで移動しました。 この時の編成はH3+H40+H6編成。

陸前山王駅では、717系や417系の休車体を見ました。

陸前山王駅は、1933(S8)年8月15日の開業時点では、 塩竈線の多賀城前駅となっていた。 

1944(S19)年5月1日には、現在の陸前山王駅となり、同年11月15日に、 陸前山王~品井沼駅間に東北本線の新線(海岸線、海線)が開業していた。 同時に塩竈線の岩切~陸前山王駅が東北本線に編入されていた。

陸前山王駅からは、仙台港、仙台北港まで、仙台臨海鉄道臨海線という路線が出ている。 こちらは1971(S46)年10月1日に開業した貨物線で、仙台港駅では、海上コンテナ、仙台北港駅では、新日本石油精製(旧東北石油)仙台製油所で精製された石油輸送の拠点となっている。行き先は盛岡貨物ターミナルや郡山

あとは、木田仙台港流通センターへの苛性ソーダ液等の化学薬品も扱われている。

仙台港駅からは、仙台埠頭、仙台西港への支線も出ており、前者は仙台港から陸揚げされた東日本旅客鉄道(JR東日本)向けのレールが、後者は、キリンビール仙台工場で製造された製品輸送のコンテナの輸送の拠点となっている。

この路線は、1987(S62)年7月18日~9月23日に開催された 「未来の東北博覧会」、1997(H9)年7月19日~9月30日に開催された「国際ゆめ交流博覧会」へのアクセス路線としても使用されていたことがあった。

1997(H9)年までは、陸前山王から塩釜港まで塩釜線という貨物路線も出ていたこともあった。 休止されたのは1994(H6)年4月1日のこと。こちらは海線に塩釜駅が開業した1956(S31)年7月9日まで旅客輸送も行われていたことがあった。

塩釜港駅は、仙石線の本塩釜駅付近にあった。

陸前山王駅ではED75-1028号機牽引の貨物列車を見ることが出来ました。 こちらの側面には、レインボー塗装のEF65-1118号機やEF81-95号機みたく、ED75の表示が入っているので、虹ガマと呼ばれている。

陸前山王から仙台まではE721系の2+2の4両P2+P16編成で移動しました。 こちらは松島発仙台行きで、6月30日まで417系が使用されていた列車である。

仙台に到着した後、ジョイフルトレインこがねによるこがねふかひれ号(気仙沼行き)や、485系のお座敷電車ゆう(勝田車両センター所属)を見ることが出来ました。

この時に仙台空港行きの2両編成の快速(P502編成)を見ることが出来たけど、あれは混雑していたので何とかしてほしいと思います。

仙台から愛子(あやし)までは、E721系のP18+25編成で移動。

筆者が仙山線に乗ったのは、1993(H5)年10月10日以来で、仙台~北仙台間は今回初めて乗ることが出来た。

こちらはお座敷電車「ゆう」と同時に発車していました。

東照宮駅は、1988(S63)年11月18日に開設された駅で、その名の通り仙台東照宮への最寄り駅となっている。 

この駅の南西には、先述の仙台鉄道の東照宮駅があった。 ホームは仙台鉄道跡の道路に跨がっている。

北仙台駅では、719系の6両編成による快速と交換。

東北福祉大学前駅は、今年3月18日に開業した新しい駅で、その名の通り、東北福祉大学の前にある。

開業当日には、東北福祉大学OBで、プロ野球および大リーグの投手として活躍していたハマの大魔神こと佐々木主浩氏が一日駅長で活躍し、開業記念セレモニーのくす玉開花、テープカットに加わっていた。

現在は野球解説者・野球評論家として活躍している。 1999年から2003年までは、大リーグのシアトル・マリナーズで活躍していた。 プロ野球時代は専ら横浜ベイスターズ(旧横浜大洋ホエールズ)で活躍していたし。

シアトル・マリナーズといえば、イチロー選手が大活躍していることで有名な球団である。

葛岡駅は、1991(H3)年3月16日に開業した駅で、葛岡霊園が駅前にある。

愛子駅では下車し、愛子の駅名を撮影しました。 こちらは秋保温泉口の副名称がある。

愛子の駅名の由来は、駅周辺にある、子愛観音堂から取られていると思われます。駅前には、この由来の説明板があった。

駅前には、しだれ桜が咲き誇ることで、2002(H14)年の東北の駅百選に認定されている。

こちらは、仙台圏に於けるSuicaエリアの末端の駅となっている。

西仙台ハイランド駅は、仙台ハイランド遊園地、仙台ハイランドカントリークラブ、仙台ハイランドレースウェイからなる複合レジャー施設の最寄り駅となっているけど、2003(H15)年10月1日より、停車列車が無くなり、事実上の休止状態となっている。現在はマイカーの普及により利用客が減っていた。おまけに臨時駅から離れているし。

こちらは1990(H2)年まで西仙台ハイランドと呼ばれていた。この周辺は、1987(S62)年まで宮城郡宮城町と呼ばれていた。やはり仙台市に編入され、1989(H元)年から青葉区の一部となった。

愛子から、E721系のP30+P31編成による快速で移動。

仙山線の快速は、2004(H16)年10月15日まで、快速「仙山」、「ホリデー仙山」の愛称名があった。

2003(H15)年9月30日までの土曜・休日には、途中停車駅が北仙台、山寺のみの特別快速「ホリデー仙山」も運転されていたこともあった。

さらに1999(H11)年3月11日までは、仙台~山形間ノンストップの特快仙山号もあった。

1999(H11)年3月12日から12月3日までは、山形新幹線の新庄への延長工事のために、山形~羽前千歳間で区間運休となっていたこともあった。

筆者が1993(H5)年10月10日に仙山線に乗った時は、455系も使われていた。 仙山線から455系が撤退し、719系に置き換えられたのは、2001(H13)年4月1日のこと。

仙台~愛子間では、701系も使用されている。

今回乗った快速は、全区間快速運転のAタイプで、仙台を出ると、北仙台、国見、陸前落合、愛子、作並、面白山高原、山寺、羽前千歳、北山形、山形の順に停車していた。

愛子を出た後は、作並に停車していた。

作並は、作並温泉への最寄り駅となっているけど、ここからバスに乗っていくことになる。

駅前には、作並こけしと交流電化発祥の地の碑がある。

1955(S30)年8月10日には、商用周波数による交流電化の試験のため、陸前落合~熊ヶ根間に日本初の交流電化が実施されていた。当時は電気機関車(ED44形・ED45形)や電車(クモヤ790形)が日本国内で試作されていた。 1957(S32)年9月5日には、試験区間が仙台~作並間に拡大され、同時に交流電化区間における営業運転が開始されていた。仙台~陸前落合、熊ヶ根~作並間も交流電化。

1960(S35)年11月1日には、山寺~羽前千歳(山形)間が直流電化。

1968(S43)年9月8日には、作並~羽前千歳(山形)間が現在の交流電化区間に変更されていた。

作並駅は当時、日本初の交直流接続駅となり、交直流地上切り替えのための設備が設けられていた。同時に日本初の交直流両用電車である491系が試作され、車上切り替えの試験も実施されていたし。

作並~山寺間の宮城・山形県境区間は、1937(S12)年11月10日に開業した時点から直流電化区間となっていた。これにより仙山線が全線開通していた。 

仙山線は、全線開通以前、宮城県側の仙台~愛子~山寺間が仙山東線、山形県側の羽前千歳~山寺間が仙山西線と呼ばれていた。

開業したのは、仙台~愛子間が1929(S4)年9月29日、愛子~作並間が1931(S6)年8月30日、羽前千歳~山寺間が1933(S8)年10月17日のこと。

作並駅周辺には、ニッカウヰスキーの仙台工場がある。

作並駅を出ると、緑の中の区間に入りました。 

八ツ森臨時駅は、八ツ森スキー場への最寄り駅で、スキーシーズンには賑わっていた。それが廃止された後、春・秋のみ臨時停車していたけど、2002(H14)年を最後に列車の停車が無くなり、西仙台ハイランド駅と同様に事実上の休止状態となっている。

ここは、奥新川駅、面白山高原駅と同様に鉄道ファンの間からは秘境駅と呼ばれていることで有名である。

駅名表示には、今でも八ツ森仮乗降場と書かれている。

奥新川駅を通過した後は、太白区のエリアを通過。 こちらも、作並・秋保、泉ヶ岳エリアと同様に、仙台市内だとは思えないほどの山の中の風景となっている。ここで風光明媚な川の流れを
楽しむことが出来ました。

このようなことは、静岡県の葵区(奧安倍、井川エリア)、浜松市天竜区(天竜、佐久間エリア)などでも言える。

あとは、定山渓温泉も、札幌市内の山の中にあるし。

あの後は、宮城・山形県境の仙山トンネルを通過しました。 こちらは、1937(S12)年の全線開通時に出来たトンネルで、面白山トンネルとも呼ばれている。開業当時は、上越線の清水トンネル、東海道線の丹那トンネルに次いで、3番目に長いトンネルとなっていた。

このトンネルの山形県側には、面白山信号場があり、ここで列車の行き違いが行われることもあるので、西武秩父線の正丸トンネルを思い出しました。

仙山トンネルを抜けると山形県に入り、面白山高原駅に到着。 ここは、面白山高原スキー場の前にある駅で、スキーシーズンには賑わうことになる。 冬季は周辺の道路が閉鎖されるので、鉄道によるアクセスのみとなる。

あとは、紅葉川渓谷もあるし。 夏はコスモス園が開設される。

ここは、山形市のエリアとなっているので、仙台市からいきなり山形市に入ったことになる。

面白山高原駅は、1937(S12)年の開業当時は、面白山仮乗降場で臨時駅となっていたけど、1988(S63)年3月13日に常設駅に格上げされていた。

ここを出た後、紅葉川に沿って走り、山寺駅へ。

山寺駅は、松尾芭蕉による奥の細道でおなじみの立石寺(山寺)のある駅となっている。 

元禄2年(1689年)に松尾芭蕉が旅の途中で訪れていた時には、「閑さや巖にしみ入る蝉の声」の句を詠まれていたので、参道に句碑がある。こちらは奥の細道で有名である。

あとは周辺に山寺芭蕉記念館もある。

駅舎は寺院風となっているので、2002(H14)年の東北の駅百選に認定されている。

ここを出た後田園風景に変わりました。

高瀬、楯山駅を通過した後、山形線の合流駅となる羽前千歳駅に到着。 ここでは、新庄発東京行きのつばさ114号が到着(運転停車)していました。 この時の編成は400系のL3編成。

400系のほうは、来年12月から再来年夏に掛けてE3系ベースの新型車両に順次置き換えられることになっている。

400系は、名古屋出身の鉄道好きのアイドルである木村裕子女史の推し車両と言われているので、400系の引退を惜しむ声が聞こえている。

高瀬駅は、スタジオジブリ作品の一つである、「おもひでぽろぽろ」の舞台となった駅であるけど、その舞台となった駅舎が1999(H11)年に改築されている。

こちらは1991(H3)年に公開されていた。

羽前千歳駅を出た後、オーバークロス(平面交差)を通り、標準軌(新幹線)が東側に、狭軌(仙山線)が西側に移っていた。こうなったのは、北山形から分岐する左沢線との絡みやコスト低減もある。

羽前千歳駅は、島式ホームで、単線の並列区間となっている。

北山形駅は、奥羽線、仙山線、左沢線で分かれている。

左沢線のホームが離れた場所にあるので、鶴見線の浅野駅を思い出しました。

山形駅の手前では、新庄行きのつばさ109号の400系とすれ違いました。 つばさ109号は、大宮~福島間ノンストップ。

つばさ114号は、北山形駅でつばさ109号と交換していた。

山形駅では、フルーツライン左沢線のキハ101形DCを見ることが出来ました。 

(7、山形新幹線編へ続く)
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by hy_sengen-sin | 2007-07-17 13:56 | 鉄道乗車記