交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

河津桜2

小田原からは、185系による特急踊り子107号で伊東まで行きました。

その前には、新宿11時11分発の特急踊り子173号(土曜・休日のみ運転、185系10両編成使用)が出ていた。

この時に使った切符は、伊豆東海岸フリーきっぷで、伊豆急行線のほか、下田エリアの路線バスにも乗り放題となっている。

区間は、大船~小田原間の各駅からとなっている。 大船からの場合は5500円、藤沢からの場合は5400円、茅ヶ崎からの場合は5200円、平塚からの場合は4900円、小田原からの場合は4400円となっている。

スーパーホリデーパスがあった頃は、伊東から乗り越しで払っていたけど、2001(H13)年11月にスーパーホリデーパスが廃止されてからは、青春18きっぷの期間中を除き、このようなルートで行くようにしている。

小田原では、500系のぞみが通過する瞬間を見ることが出来たけど、今年7月1日に登場予定のN700系の導入により、東京~新大阪間から撤退していく運命となっている。来年3月には、西日本バージョンのN700系が導入される予定となっているので。

伊豆箱根鉄道・大雄山線では、普通鋼製の5000系5001Fと、ステンレス製の5002Fの組み合わせを見ることが出来ました。

5000系は、1984(S59)年に登場した大雄山線専用車両で、1996(H8)年までの間に東急車輌で製造されていた。

踊り子107号は、東京12時発で、前の10両は伊豆急下田行き、後ろの5両は修善寺行き。

途中品川、川崎、横浜、大船、小田原、湯河原、熱海、来宮、網代、宇佐美、伊東、伊豆高原、伊豆熱川、伊豆稲取、河津、蓮台寺に停車していた。 修善寺行きの場合は、三島、三島田町、大場、伊豆長岡、大仁にも停車。

この時に乗った編成は、前の10両がA8編成(クハ185-15F)、後ろの5両がC6編成(クハ185-12F)で、後者は品川での車両展示会での休憩用車両として盛んに使用されている。

どちらも、1981(S56)年10月1日の特急踊り子号の登場と共に導入された編成である。 1981(S56)年の登場当時は、153系との併結の上で、急行伊豆号に使用されていたこともあった。 153系のほうは、1983(S58)年に全廃となっていた。

A8編成は、2002(H14)年3月に出場。一番最後までオリジナルスタイルで残っていた編成だった。 

リニューアル化される前は、登場当時の京成AE形と同様に普通車が転換クロスシートで見劣りがしていた。 

10両編成の185系のA編成は、ほとんどの踊り子号のほか、湘南ライナー3,7、9、11、13、2、8、10、12号、ホームライナー古河、鴻巣号、東京6:07発熱海行きの普通列車727Mにも使用されているけど、日曜日の場合は、伊東11:25発の踊り子104号およびその送り込みの普通列車である521M(東京7時24分発伊東行き)にも使用されている。 521Mおよび踊り子104号は日曜以外、185系の7両編成(B編成)が使用されることになっている。
185系の10両編成のほうは、中央ライナーが登場する前、ホームライナー、おはようライナー高尾号として、新宿~高尾間で走っていたことがあった。
185系のA編成は、PS24形のパンタグラフに交換されたA6編成(クハ185-11F)を除き、中央線の高尾以西には入線出来ない。あとは5両付属のC編成も同様である。

7両のB編成は、中央線の高尾以西にも入線可能なPS24形パンタグラフが採用されている。

森敏英さんから聞いた話によると、727Mと521Mのグリーン車でのSuicaグリーン券での扱いは、車掌による携帯端末による対応となっている。

踊り子号のほうは、急行伊豆号と特急あまぎ号との統合の上で登場していたけど、運行開始当時は、183系1000番台も使用されていたこともあった。 183系は、1985(S60)年をもって新幹線リレー号から転用された185系200番台に置き換えられ、長野地区に転用されていた。そのうちのクハ183-1023号車は、田町電車区(現田町車両センター)に新製配置され、長野に渡り、2003(H15)年3月に田町に出戻りしていた。

このことで、一昨年11月に運転された183系による千葉~伊豆急下田間の臨時踊り子号を思い出しました。

こちらの自由席は、9、10、11、12号車の4両(2両)しかなく、9、12号車が喫煙車だったので大変でした。 踊り子号のほうも、スーパービュー踊り子と同様に、3月18日から全面禁煙化されることになる。 筆者は10号車に乗車していた。

185系による特急踊り子号に乗ったのは、今回が初めてでした。

こちらの指定券は、河津桜期間中であったので、グリーン車を含めて満席(完売)状態となっていました。 土日を利用しての宿泊客のほか、日帰り客も多かったので。

こちらは、1999(H11)年から2002(H14)年に掛けてリニューアル化されていたけど、トイレ・化粧室のほうはオリジナルのままとなっていた。 先頭車およびグリーン車の一部のトイレは洋式化されているけど。

やはり見劣りがするので、将来的に新型車両に置き換えられる可能性が高い状態となっている。

小田原~熱海間では、定番となった相模湾を眺めることが出来ました。

熱海より先は、後ろの5両が切り離され、10両編成となりました。

修善寺行きの場合は、熱海~三島間がJR東海、三島~修善寺間が伊豆箱根鉄道となっている。

伊豆急行線の場合は特急料金が必要となるけど、伊豆箱根鉄道駿豆線の場合は、三島~修善寺間のみに限り、特急料金が不要となる。

この後、185系による踊り子106号と対面。こちらは、前5両が修善寺始発、後ろ10両が伊豆急下田始発となっていた。

網代では、251系のスーパービュー踊り子6号と交換。 この時の編成は、RE-1編成(クロ250-1F)で、1990(H2)年4月28日の運転開始の時から使用されている2編成のうちの1編成で、2002(H14)年12月、一番最初にリニューアル化された編成となっている。

こちらは、1991(H3)年にローレル賞を受賞している。

前回の2004(H16)年2月29日に乗った時もこの編成に当たっていた。

あとは伊東線から見た海の景色も最高でした。

伊東に到着した後、一旦改札を出ました。 この時に115系から改造された200系の6両編成や、団臨用の189系の8両編成(クハ189-10F、8両のH81編成)を見ることが出来ました。 後者の団体列車は、川崎~河津間で運転された河津桜関連の団体輸送となっていた。

復路は、伊豆稲取から川崎まで運転されていた。

伊豆急の200系のほうは、元東急8000系の増投入により、F3~5編成が廃車となっていたけど、早ければ来年までには、全廃となる予定となっている。

伊東から河津までは、リゾート21こと2100系の2153Fに乗りました。 2153Fは、1986(S61)年に導入された2次車で、一部100系の足回り品が流用されている。新製当初は、伊豆急での運転に先立ち、1986(S61)年6月18日から22日までの5日間、イベント列車として東急の新玉川線(現在の田園都市線の一部)と池上線を除いた鉄道線各線を走っていたことがあった。当時は、青がえること旧5000系のさよなら運転と重なったために大注目の状態となっていた。同年リゾート21がブルーリボン賞を受賞していた。

この時は、海の見える(オーシャンビュー)の座席に座りました。

この塗装は、赤と青のラインが入っているので、理容店のサインボールを連想する人もいる状態である。

リゾート21のうち、2153Fと2155Fは、8000系に置き換えられる予定となっているので、リゾート21が普通列車で乗れなくなる可能性がある。 初代黒船電車だった2151Fのほうは、昨年3月をもって廃車となっている。

当時は各駅停車のスーパーカーと呼ばれていたけど、その終焉の時を迎えることになる。

南伊東では、8000系のT2編成(8001F)+T11編成(8151F)による新トランバガテル号(ラッピング電車)を見ることが出来ました。

これは、200系の廃車に伴う、トランバガテル号の穴埋めとしてこのような塗装となっていた。 この塗装は、初期に導入されたT1、T2、T11編成に施されている。

8000系の場合は、2両の単独運転の場合、トイレ無しの状態となるので、伊豆急下田駅の時刻表には、トイレ無しの表記がある。 あとは4+2の連結の場合、2両の付属編成と4両の基本編成の通り抜けが出来ないので、2両の付属編成側からトイレに行くことが出来ないという問題がある。なので、2両編成側にもトイレを設けるべきだったと思います。

この後、A1編成(クハ185-1F)による踊り子184号が通過していきました。 

この日は、2157Fの黒船電車による東京7時30分発伊豆急下田行きの特急リゾート踊り子81号が運転されていた。

伊豆高原の車両基地には、8000系によるスケッチトレイン、100系103号車などが止まっていました。 

100系103号車と言えば、昨年2月5日に行われた伊豆急撮影ツアーの時に動いていたというサプライズ(サプラ伊豆)を思い出しました。

あとは、昨年3月18日に間近で撮影することが出来たし。

伊豆高原では、185系の7両編成(クハ185-205F)による踊り子108号と交換。 こちらは土曜・休日を中心に運転されている。

伊豆大川では、スーパービュー踊り子8号の東京行きと交換。 この時の編成は、RE-3編成(クロ250-3F)で、1992(H4)年に導入された2次車となっており、ワイパーが2本となっている。

スーパービュー踊り子号のほうは、1990(H2)年4月28日から1992(H4)年3月改正で増発されるまでの間、新宿、東京、池袋から伊豆急下田まで各1往復していた。 うち池袋発着のほうは、祝日に当たる時を除いた水曜日に限り、185系で代行運転されていた。

この時には、大宮発着のSVOも運転されていた。こちらは、赤羽にも停車する。

伊豆熱川駅構内の足湯を見た時は、昨年3月18日に行った時を思い出しました。

片瀬白田駅では、リゾート21同士の交換がありました。 この時に見たリゾート21は、1988(S63)年に導入された2155Fである。

片瀬白田を出た後、伊豆東海岸に沿って走りました。この時には車掌より、晴れた日には、伊豆大島を眺めることが出来ますというアナウンスがありました。

まさに伊豆東海岸の絶景は最高でした。

伊豆稲取では、185系のA4編成(クハ185-4F)による踊り子186号と交換。こちらは、河津桜輸送関連で運転された臨時列車である。

河津駅に到着。ここでは200系と交換。 ここからは、河津桜を観賞しました。 帰りの特急の指定券のほうは、やはり帰りの客でグリーン車を含めて全て満席の状態でした。こちらは筆者が狙っていたモーニング娘。のホールクラスの公演が全て満席になったことにもなぞられているし。

この河津桜祭りのほうは、土曜・休日はもちろんのこと、平日でも混雑していたに違いないです。

2月1日の千葉でのSLの時や一昨年の愛知万博の閉幕間際の時みたく、平日にも関わらず混雑することもあるので、平日だからと言って甘く見てはいけないこともある。

中伊豆から河津辺りまでは、川端康成氏によって描かれた「伊豆の踊子」という小説で有名である。

2002(H14)年にTBS系で放送された、モーニング娘。新春LOVEストーリーズ1st storyでも「伊豆の踊子」が出てきていた。 こちらは、後藤真希女史と小橋賢児氏が主演となっていた。

踊り子の名称もやはり、伊豆の踊子に因んで命名されていた。

あとは、中伊豆東海バス(東海自動車の系列)による旧型ボンネットバス(いすゞBXD30形)による伊豆の踊子号も有名だけど、以前は、お花見バスとして周遊運転されていたことがあった。

河津駅からは、河津七滝、天城峠を経由して修善寺へと至るバスも運転されている。

河津七滝とは、大滝、かに滝、釜滝、えび滝、蛇滝、出合滝、初景滝の7つの滝から成っている。

こちらは、ななたきとは呼ばず、ななだると呼ぶ。 河津では、滝のことをタルと呼ばれているし。

この周辺には、ループ橋がある。

筆者が河津桜を見たのは、2004(H16)年2月29日以来3年ぶりでした。 当時はボンネットバス(伊豆の踊子号)によるお花見バスが運転されていたことがあった。 

この時には、菜の花も咲き誇っていたので、河津桜と菜の花が奏でるハーモニーとなった。

河津桜は、2月から3月に掛けて見頃を迎える有名な早咲き桜となっている。

河津桜の名称は、河津町に原木があるということで、1974(S49)年に命名されていた。翌年の1975(S50)年には、河津町の木に指定されている。

河津桜祭り会場では、しじみ汁の試飲サービスおよび桜まんじゅうの試食サービスもありました。 ここでは、サザエの串焼きを買って食べました。

3月3、4日には、散り始めていることが予想されているので、いい時に行って正解でした。

この時は寒かったために見終わった後にすぐに帰っていた人も居た。

筆者は、河津川沿いで河津桜を見ていました。

この会場周辺には、足湯が3ヶ所あるけど、そのうちのさくらの足湯処と豊泉の足湯処に入りました。 その他には、河津三郎の足湯処もある。後者のほうは、車椅子でも入ることが出来る。

峰温泉会場には、踊り子温泉会館という日帰り入浴施設があるけど、やはり花見客で混雑していました。 こちらは前回入ったのである。

河津桜は、1955(S30)年頃、河津町田中の故・飯田勝美氏により偶然発見されたさくらの苗が、現在地に植えられたのが始まりである。 1966(S41)年から開花が見られていた。

1968(S43)年頃からは、このサクラが増殖されていた。

その原木は、河津町田中の飯田家にある。

こちらは夜にはライトアップが行われている。

河津桜を見終わった後、海岸に行き、河津駅へと向かいました。

(3へつづく)
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by hy_sengen-sin | 2007-02-28 16:09 | 鉄道乗車記