交通(主に鉄道)活動・イベントの日記です。フェルメール・ブルーとは、筆者のお気に入りの列車である小田急60000形MSEの色である。


by hy_sengen-sin

京急空港線、羽田空港について

京急空港線は、羽田支線(穴守線)としてスタートした路線で、現在は、都心と羽田空港を結ぶ路線として多くの人に利用されている路線である。

京急空港線の路線 (品川・横浜方面、都営線方面へ直通運転)←京急蒲田~糀谷~大鳥居~穴守稲荷~天空橋~羽田空港

快特、エアポート快特は、京急蒲田~羽田空港間ノンストップ(途中無停車)で、普通、急行、特急は、空港線内各駅停車となる。

京急空港線の歴史

1902(M35)年6月28日 羽田支線(穴守線)の路線として、蒲田(現、京急蒲田)~穴守間が開通したのが始まりである。

1913(T2)年12月31日、0.8キロ延伸、穴守駅移設 旧穴守駅寄り0.2キロの地点に羽田駅新設

1915(T4)年1月 羽田駅から稲荷橋駅(現、穴守稲荷駅)に改称

1940(S15)年10月、稲荷橋駅が、京浜蒲田(現、京急蒲田)寄りに0.2キロ移設

1945(S20)年9月27日、連合軍の接収により、京浜蒲田~稲荷橋間、単線化 稲荷橋~穴守間が運行休止となる。

1952(S27)年11月1日、京浜蒲田~稲荷橋間上り線が返還され、複線運転再開。稲荷橋駅=京浜蒲田寄りに約0.3キロ移設

1956(S31)年4月20日、稲荷橋駅が穴守稲荷駅に改称。 穴守稲荷~羽田空港(初代)間0.5キロ延長。 

1963(S38)年11月1日 穴守線から現在の空港線に改称

1970(S45)年11月12日 空港線と大師線のATS装置の設置により、京急全線のATS化が完了。

1971(S46)年1月22日 羽田空港~穴守間(0.8キロ)が正式に廃止される。

1991(H3)年1月16日 空港新線への接続工事のため、穴守稲荷~羽田空港(初代)間の運転が休止される。 これにより、穴守稲荷行きの列車が運転されていた。

1993(H5)年4月1日 穴守稲荷~羽田(現、天空橋間)が地下新線として開業(再開)。 3両編成から6両編成に。 同時に、品川方面および都営浅草線との直通運転が開始された。

同年9月27日の東京モノレールの整備場~羽田空港(現、羽田空港第1ビル)間の開業により、羽田駅で東京モノレールと接続されるようになった。

1994(H6)年12月10日 空港線のホーム延長により、8両編成の運転が開始される。  

1998(H10)年11月18日 羽田(天空橋)~羽田空港間全線開通。 新羽田空港駅は、ターミナルビルの地下に設けられたため、電車を降りればすぐに空港ターミナルビルという状態となった。

2002(H14)年10月、連絡線路の新設により、横浜方面からの直通列車も増発される。

2004(H16)年12月1日 羽田空港の第二ターミナルビル(全日空(ANA)等が使用)のオープンにより、改札口が増設された。

穴守稲荷への参拝路線としてスタートした京急空港線は、現在は、羽田空港への直通列車が大幅に増え、空港アクセス路線として成長している。

さらに、2009年12月には、新国際線ターミナルビルの開業により、天空橋~羽田空港間に、国際線ターミナルビル駅(仮称)が新設されることになっている。

京急空港線の3両編成時代の末期は、800系が使用されていた。 こちらは、1993(H5)年3月31日まで走っていたけど、穴守稲荷折り返しの時は、京急蒲田~穴守稲荷の表示があった。朝、夕、夜には、現在でも羽田空港に乗り入れている。(6両編成)
800系は、登場当時はすべて3両編成だった。最後まで3両編成で残っていた編成(801F~810F)は、2本繋げた6両となり、中間の運転台が撤去されて客席化されていた。 

羽田空港駅=天空橋寄りの改札(赤色)、第一ターミナルビル口(開業当時からある改札) 日本航空グループ(JAL)等が使用 末端寄りの改札(青色) 第二ターミナルビル口 全日空(ANA)等が使用。

東京モノレールの路線

浜松町~天王洲アイル~大井競馬場前~流通センター~昭和島~整備場~天空橋~新整備場~羽田空港第1ビル~羽田空港第2ビル

東京モノレールは、東京オリンピック開幕直前の1964(S39)年9月17日、浜松町~羽田間の路線として開通 当初は、駅が無かった。車両は青色の100系列(100、200、300型)

途中駅の新設 1965(S40)年5月27日 大井競馬場駅駅
          
1967(S42)年3月20日、羽田整備場(現、整備場)駅 1993(H5)年9月27日に、整備場駅に改称。

1969(S44)年12月15日、新平和島(現、流通センター)駅 1972(S47)年に流通センター駅に改称。

1985(S60)年2月7日、昭和島駅

1992(H4)年6月19日、天王洲アイル駅 

1993(H5)年9月27日、整備場~羽田空港(現、羽田空港第1ビル)間の新線が開業 当時に羽田駅が京急に隣接する駅に移転 整備場~旧羽田間が廃線となり、埋め戻されていた。この路線は、旧ターミナルビルの地下にあった駅で、この区間のみ単線だった。

1998(H10)年11月18日 羽田駅が天空橋駅に改称。

2001(H13)年3月31日、りんかい線の天王洲アイル~東京テレポート間の開業により、りんかい線への乗換駅となる。

2002(H14)年、筆頭株主が、日立製作所からJR東日本となり、JR東日本グループのモノレールとして再出発。 同年4月21日に、モノレールSuicaが導入された。

同年9月28日には、ホームドア方式のワンマン運転化された。

12月1日には、りんかい線の全線開業によりさらに便利になった。

2004(H16)年12月1日 羽田空港第2ビルのオープンにより、羽田空港第1ビル~羽田空港第2ビル間の新線が開業。 同時に、東京モノレールの羽田空港駅が、羽田空港第1ビル駅に改称された。

開業当時の100型は、ドイツ、アルウェーグ社と日立製作所との提携によって登場した車両であった。 

500型は、1969(S44)年登場した赤い車両で、1991(H3)年までに全廃された。

600系列、1977(S52)年登場、初のアルミ車 1998(H10)年まで走っていた。

1000系は、1989(H元)年7月登場 6両固定の新スタイルの車両として登場。 1996(H8)年までに6両16編成96両製造されていた。 当初は、赤色の塗装だったけど、現在はブルー+オレンジ色の塗装となっている。

2000系は、1997(H9)年8月7日に登場 初のVVVF車でロングシート、両開きとなっている
 こちらの塗装は、青色+赤色となっている。 現在までに6両4編成24両製造されていた。

東京モノレールは、JR東日本グループとなったけど、日立製作所、日本航空、全日空の株も保有している。
JR東日本グループとなったことを受けて、京浜東北線の快速列車の浜松町駅停車化、モノレールの改札口と直結した新改札口の新設などが行われている。

JR西日本のICOCAが使えるけど、パスネットが使えないということで、りんかい線と異なっている。 来年には、新しいICカードであるPASMOとの相互利用により解消されることになる。

前述の京急と同様に、2009年12月に、天空橋~新整備場間に、国際線ターミナルビル駅が新設されることになっているけど、これに伴い、軌道の一部が移設されることになる。こちらは、京急とは異なり、地上部分に設置される。

地下にある駅 天空橋、新整備場、羽田空港第1ビル、羽田空港第2ビル

天空橋~新整備場間では、一旦地上に出ることになっているけど、ここから空港ターミナルビルや飛行機を眺めることが出来る。

東京モノレールの快速列車は、浜松町~天王洲アイル~羽田空港第1ビル~羽田空港第2ビルに停車することになっている。 快速の場合の所要時間は、浜松町から第1ビルまで17分、第2ビルまで19分となっている。各駅停車の場合は、21分、23分

車両基地は、昭和島駅構内にある。

羽田空港(正式名称は、東京国際空港)は、1931(S6)年8月25日、羽田飛行場として、立川から移転したことから始まった。

1945(S20)年8月に米軍によって支配されていたけど、1952(S27)年7月に一部返還、1958(S33)年に全面返還されていた。

1955(S30)年には、旅客ターミナルビルがオープン、1970(S45)年までに徐々に増築されていた。

かつては、国内線のほか、国際線の飛行機も乗り入れていたけど、1978(S53)年の成田空港(正式名称は、新東京国際空港(現、成田国際空港))の開港により、国際線が、台湾の中華航空(チャイナエアライン)を除いて、成田に移転していた。 

1964(S39)年9月17日に、東京モノレールがターミナルビルの地下に乗り入れ開始。

1993(H5)年9月27日、新国内線ターミナルビッグバード(現、国内線第一ターミナルビル)のオープンにより、国際線部分を除いた旧ターミナルビルが撤去されていた。東京モノレールも新ターミナルに乗り入れるようになり、整備場~旧羽田間は廃線となった。

1998(H10)年3月 国際線ターミナルビルが、沖合部分(第二ターミナルビル側)の暫定ターミナルビルに移転。これにより、旧ターミナルビルが全廃された。

2002(H14)年4月、台湾の中華航空(チャイナエアライン)、エバー航空の成田移転により、羽田発着の定期国際線が一旦廃止される

2003(H15)年11月30日 羽田~韓国(ソウルの金浦(キンポ)空港)を結ぶ国際チャーター便の運行開始。 

2004(H16)年12月1日 国内線第二ターミナルビルオープン 全日空等が移転。 同時にこれまでの国内線ターミナルビルが、第一ターミナルビルとしてリニューアル化された。

現在羽田に乗り入れている航空会社 日本航空ジャパン(JAL)、スカイマークエアラインズ(SKY)、スカイネットアジア航空(SNA)=第一ターミナル 全日空(ANA)、北海道国際航空(エアドゥ、ADO)

2月16日に開港予定の神戸空港への航空便は、日本航空ジャパン(JAL)、全日空(ANA)、スカイマークエアラインズ(SKY)の3社によって行われる。

神戸空港は、ポートライナーで、三宮駅から行けることになる。市民広場駅から分岐して、神戸空港へと向かうことになる。 

羽田と韓国を結ぶ空路は、日本航空インターナショナル(JAL)、全日空(ANA)、韓国の大韓航空(コリアンエア)、同アシアナ航空担当となっている

大韓航空は、1962年設立、1969年に民営化されている。こちらは、羽田発着の全盛期から乗り入れ実績がある。

アシアナ航空は、1988年(ソウルオリンピックの年)に設立された、韓国の新しい航空会社である。日本への乗り入れは、1989年(仙台~ソウル線)から開始。成田への乗り入れは、1990年から行われている。

成田からのソウル線は、ソウル市街よりも離れた仁川(インチョン)国際空港(2001年3月29日開港)から発着している。こちらは前述の日韓4社のほか、アメリカのノースウエスト航空、ユナイテッド航空も運航されている。

筆者が1998年末に韓国旅行した時には、ソウルの地下鉄にも乗っています。 飛行機は、アシアナ航空で、当時は、金浦空港発着だった。

羽田空港には、VIPスポットがあり、政府専用機も発着することもある。 

全日空のほうは、1986(S61)年3月3日、成田~グアム線(現在は運航休止中)を皮切りに、定期国際線に進出してから今年で20周年を迎える。

日本航空(JAL)の国際線は、1954(S29)年2月2日に、羽田(当時)~ホノルル(ハワイ)~サンフランシスコ(アメリカ西海岸)線が開設されたのが始まりである。 

サンフランシスコは、路面電車みたいなケーブルカーが走っていることで有名である。

2009年末には、羽田空港の新国際線ターミナルが出来る予定でこの時に羽田からの国際線定期便が復活する予定となっている。
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by hy_sengen-sin | 2006-01-05 13:34 | 鉄道車両・路線